Lead_161 ◆zmxSLEadCU 第23話04
それから俺たちは、ずいぶん長い時間抱きあっていたように思う。
グンバに再三せかされてようやく、俺たちはツェールン鉱山へと足を踏み入れた。
懸念の一つだった関所は、グンバに姿隠しを施術しておいただけで難無く突破できた。
あまりにも、あっけなかった。
ずいぶん後に聞いたのだが、実は、グンバが事前に門番に話をつけていたのだ。
公にならないなければ見てみぬ振りを、と。
ゆえに、俺とメイミィ、そして姿を消したグンバの三人は誰に咎められることもなかった。
コロロカの、ひんやりと湿った空気が頬をなぜる。
そよそよとかすかではあるが、バストゥーク側へと風が吹き抜けているようだ。
「な、大丈夫って言ったろ？」
無事に通過できたからくりを知らない俺たちに、得意げにうそぶくグンバ。
もう“姿隠し”の必要はないだろうと、視界を邪魔するフードすらも跳ね上げていた。
彼は革リュックに吊り下げていたランタンを外して片手に持つと、器用に火を灯し、掲げた。
ぽぅ、とオレンジ色の光が辺りを照らし、三つの影が岩肌に揺れた。
万が一のことがあれば、灯りを持つ者が真っ先に狙われかねない。
闇雲に襲ってくる野獣よりも、そこまで知恵の回る相手のほうが危険度も高いのだから。
そして、そういった脅威こそが、俺たちの敵。本来ならば、俺がランタンを掲げるべきだろう。
が、その時の俺は、外套の下で一瞬も剣柄から手が離せなかった。
自然の冷気とは別種の、淀みながら凍ったような不快な気配を、ひりひりと首筋に感じていたからだ。
背後か、それともこの先で待ち受けているのか。
剣呑な気配を隠そうともせず、ずいぶんと「やる気」らしい。
ただの冒険者とは、質が違う。違いすぎる。
警戒しすぎることはないが、先へ進むしか、俺たちに道はない。
やがて下り階段は平坦となり、分岐点へと辿り付いた。
正面の、今より更に下へ降りつつ真っ直ぐアルテパの出口まで続く横幅の広い道。
かたや左へ折れる、曲がりくねった狭い脇道。
どちらに進むべきか、の段で、俺はメイミィの意外な一面を垣間見た。
「これ、見てください」
そう言って、メイミィが真剣な眼差しで足元を指差した。
グンバが近づけたランタンの明かりはそれほどでもない。彼女が何を発見したのか、いまいち判明しない。
「水の跡です。この場所では初めて見ましたけど」
言われてみれば確かに壁面の色が一直線に線引きしたように違い、こびりついた汚れのようなものも続く･･･か。
水がここまできていた、という痕跡らしい。彼女に教えてもらわなければ、はたして気づいたかどうか。
「それに」
メイミィが膝をつき、かがみこむ。手触りや匂いで何かを確かめるようだった。
「まだ新しい･･･、ほんの二・三日前か、もしかすると昨日」
ということは、と俺は唸るように推察を口にした。
「目の前の正面通路すべてが水で埋まって、例えばプールのようだった･･･？」
はい、と彼女は頷いた。
コロロカを水没させるのは、不可能ではない（勿論、通常は無理だ）。
直上は大海。
洞窟の天井に穴でも開けて、流出入量を釣りあうように設定すればいい。
必要性を無視すれば、それができる連中にも心当たりはある。
誰が、というのは言わずもがなだ。
「だが、何のために」
俺は思わずつぶやき、メイミィも首をかしげた。
罠、もしくは側道を使わせたいとか？
いや、気づかれないような、わずかな水の跡だけでは、意味がない。
むしろ、こうして逡巡している時間こそが、ロスなのかもしれない。
「俺たちとは無関係な理由かもしれないが、万が一のこともある。側道を行こうか」
思考を切り替える。
バストゥーク方面からの追っ手がいると仮定して、ちょっとした偽装を施していこう。
メイミィとグンバは側道で待っていてもらい、俺はいったん中央の通路へ。
そうして、分岐点から下りの石階段前までの、湿った砂にくっきり残る足跡を適当に消した。
“足跡を消しながら中央の道へ行きました”風に、水分を含んだ砂が露わにしながら。
側道へ通じる砂道には多数の足跡がそれなりに残っているから、比較して不自然なことこの上ない。
この程度に引っかかってくれる相手なら行幸。
えてして、なまじ深読みしすぎてハマってくれる。
「OK お待たせ」
ざしり、ざしりと足もとの砂を踏みしめながら、俺たちは洞窟の奥へと進んだ。
側道といっても、幅の広いところはガルカが三人は並べるほどの余裕はある。
グンバがランタンを掲げて先頭、そのすぐ後ろに俺とメイミィ。
ちょうどトライアングルの陣形になる。
コロロカに生息するミミズが、砂道の下の頑丈な岩盤をも突き抜けて、そこここに現れていた。
暗闇の中をぼんやりと照らされながら、くねくねとウネる姿は、お世辞にも見ていて快いものではない。
たいていは昼夜を問わず、それらを“狩る”冒険者がいるものだが、今日は一人も見当たらない。
「いつもだと走るんですけどね･･･」
ミミズか、それとも暗いところが苦手なのか、メイミィはううぅ、と気弱げに口ごもった。
「ゲームと違って、走り続けるわけにもいかないしなぁ。あぁ、そういえば」
俺はふと、さっきのことを思い出していた。
壁に残っていた、水の跡だ。
「よくアレを見つけられたと思う」
「そうなんですよねぇ」
と、メイミィは自分でも感心した、といった風に頷いて、そっと胸に手を当てた。
「でも、あれってわたしのお手柄っていうより、この子、メイミィのおかげっていうか･･･。
頭の中に、そういう知識が自然に流れ込んできたような感じで」
それを聞いた時、俺はよほど引きつった表情をしていたに違いない。
すでに意識が融合してしまったのか？
なぜ、まさか、いや、バカな―――！
Lead_161 ◆zmxSLEadCU 第23話05
Lead_161 ◆zmxSLEadCU まとめ
グンバに再三せかされてようやく、俺たちはツェールン鉱山へと足を踏み入れた。
懸念の一つだった関所は、グンバに姿隠しを施術しておいただけで難無く突破できた。
あまりにも、あっけなかった。
ずいぶん後に聞いたのだが、実は、グンバが事前に門番に話をつけていたのだ。
公にならないなければ見てみぬ振りを、と。
ゆえに、俺とメイミィ、そして姿を消したグンバの三人は誰に咎められることもなかった。
コロロカの、ひんやりと湿った空気が頬をなぜる。
そよそよとかすかではあるが、バストゥーク側へと風が吹き抜けているようだ。
「な、大丈夫って言ったろ？」
無事に通過できたからくりを知らない俺たちに、得意げにうそぶくグンバ。
もう“姿隠し”の必要はないだろうと、視界を邪魔するフードすらも跳ね上げていた。
彼は革リュックに吊り下げていたランタンを外して片手に持つと、器用に火を灯し、掲げた。
ぽぅ、とオレンジ色の光が辺りを照らし、三つの影が岩肌に揺れた。
万が一のことがあれば、灯りを持つ者が真っ先に狙われかねない。
闇雲に襲ってくる野獣よりも、そこまで知恵の回る相手のほうが危険度も高いのだから。
そして、そういった脅威こそが、俺たちの敵。本来ならば、俺がランタンを掲げるべきだろう。
が、その時の俺は、外套の下で一瞬も剣柄から手が離せなかった。
自然の冷気とは別種の、淀みながら凍ったような不快な気配を、ひりひりと首筋に感じていたからだ。
背後か、それともこの先で待ち受けているのか。
剣呑な気配を隠そうともせず、ずいぶんと「やる気」らしい。
ただの冒険者とは、質が違う。違いすぎる。
警戒しすぎることはないが、先へ進むしか、俺たちに道はない。
やがて下り階段は平坦となり、分岐点へと辿り付いた。
正面の、今より更に下へ降りつつ真っ直ぐアルテパの出口まで続く横幅の広い道。
かたや左へ折れる、曲がりくねった狭い脇道。
どちらに進むべきか、の段で、俺はメイミィの意外な一面を垣間見た。
「これ、見てください」
そう言って、メイミィが真剣な眼差しで足元を指差した。
グンバが近づけたランタンの明かりはそれほどでもない。彼女が何を発見したのか、いまいち判明しない。
「水の跡です。この場所では初めて見ましたけど」
言われてみれば確かに壁面の色が一直線に線引きしたように違い、こびりついた汚れのようなものも続く･･･か。
水がここまできていた、という痕跡らしい。彼女に教えてもらわなければ、はたして気づいたかどうか。
「それに」
メイミィが膝をつき、かがみこむ。手触りや匂いで何かを確かめるようだった。
「まだ新しい･･･、ほんの二・三日前か、もしかすると昨日」
ということは、と俺は唸るように推察を口にした。
「目の前の正面通路すべてが水で埋まって、例えばプールのようだった･･･？」
はい、と彼女は頷いた。
コロロカを水没させるのは、不可能ではない（勿論、通常は無理だ）。
直上は大海。
洞窟の天井に穴でも開けて、流出入量を釣りあうように設定すればいい。
必要性を無視すれば、それができる連中にも心当たりはある。
誰が、というのは言わずもがなだ。
「だが、何のために」
俺は思わずつぶやき、メイミィも首をかしげた。
罠、もしくは側道を使わせたいとか？
いや、気づかれないような、わずかな水の跡だけでは、意味がない。
むしろ、こうして逡巡している時間こそが、ロスなのかもしれない。
「俺たちとは無関係な理由かもしれないが、万が一のこともある。側道を行こうか」
思考を切り替える。
バストゥーク方面からの追っ手がいると仮定して、ちょっとした偽装を施していこう。
メイミィとグンバは側道で待っていてもらい、俺はいったん中央の通路へ。
そうして、分岐点から下りの石階段前までの、湿った砂にくっきり残る足跡を適当に消した。
“足跡を消しながら中央の道へ行きました”風に、水分を含んだ砂が露わにしながら。
側道へ通じる砂道には多数の足跡がそれなりに残っているから、比較して不自然なことこの上ない。
この程度に引っかかってくれる相手なら行幸。
えてして、なまじ深読みしすぎてハマってくれる。
「OK お待たせ」
ざしり、ざしりと足もとの砂を踏みしめながら、俺たちは洞窟の奥へと進んだ。
側道といっても、幅の広いところはガルカが三人は並べるほどの余裕はある。
グンバがランタンを掲げて先頭、そのすぐ後ろに俺とメイミィ。
ちょうどトライアングルの陣形になる。
コロロカに生息するミミズが、砂道の下の頑丈な岩盤をも突き抜けて、そこここに現れていた。
暗闇の中をぼんやりと照らされながら、くねくねとウネる姿は、お世辞にも見ていて快いものではない。
たいていは昼夜を問わず、それらを“狩る”冒険者がいるものだが、今日は一人も見当たらない。
「いつもだと走るんですけどね･･･」
ミミズか、それとも暗いところが苦手なのか、メイミィはううぅ、と気弱げに口ごもった。
「ゲームと違って、走り続けるわけにもいかないしなぁ。あぁ、そういえば」
俺はふと、さっきのことを思い出していた。
壁に残っていた、水の跡だ。
「よくアレを見つけられたと思う」
「そうなんですよねぇ」
と、メイミィは自分でも感心した、といった風に頷いて、そっと胸に手を当てた。
「でも、あれってわたしのお手柄っていうより、この子、メイミィのおかげっていうか･･･。
頭の中に、そういう知識が自然に流れ込んできたような感じで」
それを聞いた時、俺はよほど引きつった表情をしていたに違いない。
すでに意識が融合してしまったのか？
なぜ、まさか、いや、バカな―――！
Lead_161 ◆zmxSLEadCU 第23話05
Lead_161 ◆zmxSLEadCU まとめ
2007年11月05日(月) 22:48:10 Modified by zmxsleadcu