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Loufas ◆TTnPTs4wAM 本編(397)−(425)

(397)
ヒロが去って、領事館には3人が残された。
爺さんは背を預けていた壁から離れて地図をしまい始めていたが、フルキフェルは相変わらず椅子に座ったまま変化がない。
目が開いているのかどうかも、ここからでは確認できない。
今この状況で寝る事ができるのなら、それはそれで頼もしいような気もしてくる。

「おーい、フルキフェル!」
すこし大きな声で呼びかけると、ようやく反応を見せた。
「あぁ… すみません、話は聞いていたのですが少し別のことを考えていたもので…」
コイツはコイツで忙しいらしい。

「今更な話なんだが、お前、俺に付いて来て大丈夫なのか?」
敢えて具体的にどうだから、という話はせずにそう聞いてみた。
アルテパの一件から様子がおかしいのはわかっていたし、その上で今のフルキフェルはサンドリアで着替えを見てしまった時のフルキフェルではない事は既に確信している。
その2者がどういう関係であるのか俺には知る由もないが、少なくともその2者が別の性格を持っているのは間違いない。
だから、サンドリアで聞いたのと同じ質問を再度ここですることになった。

フルキフェルは最初こそ意図を汲みかねるといった表情をしたが、やがて昨日コロロカで見せたのと同種の表情を浮かべた。



(398)
また地雷を踏んだかな、とも思ったが、やはり聞いておかない訳にも行かない。
ただ、彼が今こうしてここにいると言うことは、ある程度の覚悟はあるのかも知れないが。

やがて、慎重に言葉を選ぶようにフルキフェルは口を開いた。
「僕にも、目的があります。その上であなたに手を貸すことは、僕にも意味があります」
見事に煙に巻いた答えだ。
これでも随分と譲歩したのだ、というような表情をフルキフェルはこちらに向けている。
おそらく事実なのだろう。また、俺としてもそれ以上聞く意味もない。

「ま、腹の探り合いをしたところで意味がない。協力してくれるってんならもう聞くことはないよ」
そういって手の平をヒラヒラさせて見せた。同時にフルキフェルの表情も和らいだ。

「では坊ちゃま、そろそろここから抜け出す算段をするといたしましょう」
視線を声の方向へ移すと、爺さんは領事の机の下を覗いていた。
さっき俺も見た、床の色が違う部分を見つけたらしい。爺さんはさらに机の下にもぐって床の周辺を確認しているようだ。
やがて、ガコッという音がそこから響いてきた。
それから少しして、爺さんが机の上に顔を出してにんまりとして見せた。
「サンドリア騎士とはその精神論に反して、こういった抜け穴が好きなものでございますな」



(399)
「どこに通じているか、見当は付いてるのか?」
「見当を付ける程の事もございません。ここから北に向けまっすぐの通路でございます」
ここから真っ直ぐ北というと、もう大工房の外壁だ。
「…ただ落ちるには、少しばかり高過ぎないか?」
「ご安心を、下への穴が深いようでございます。おそらく、外壁の段差に続いてるものと思われます」
よくもまぁそこまでわかるものだ、と思ったが、これを作った人間が余程無責任でない限りはそう言うことになるだろう。

抜け穴は、確かに爺さんの言うとおりしばらくは垂直に続いていた。
側壁に僅かばかりの凹凸が存在し、それに手をかけて背中で反対側の壁を圧迫するようにしてその縦穴を降りていく。
最後に降りてきた爺さんは、どうやら入ってきた場所を内側から閉じたらしい。
そりゃ、こんな穴が見つかっただけでも十分な外交問題だろうから、その判断は正しい。
照明がなくなった穴をを手探り足探りでゆっくりと降りていく。

今から俺達のやることも、このくらい先の見えないことなのだろうか、と思いもしたが、最初から比べるとまだ先が見えた気がする。
最終的には何とかなるのではないか、という甘い考えすら頭にある。
もっとも、あまり褒められた事ではないがそのくらいの余裕がないと平然と嘘をつく事はできない。
自分の我侭を通すためにこれだけの勝手をするのだから、きっと今後の俺はロクな事にならないだろうと言うような事もふと頭をよぎった。

(400)
縦穴は思ったよりも深く、下に足が付くところまでは結構な時間がかかった。
一番最初に降りた俺は、次に降りてくるフルキフェルに小声で床に付いた事を伝え、返事を待つ事なく北側へと手探りで進む。
すぐに、金属を思わせる冷たい感触が前に伸ばした手に走る。どうやら、下に長いだけで横にはそれほどでもないらしい。
さらに周辺を手探りで調べると、取っ手のようなものがある。ゆっくりと力を込めながらそれを引いてみる。
引きずるような音を立てて、それはゆっくりと開きだした。

正面より少し下くらいに街頭の明かりが見えた。目が眩むのも構わず、そのままさらに大きく開いた。
視線を上げると前方にバストゥーク港を望む景色が広がっている。そして、眼下にはそこへと向かうための階段。
なるほど、これはバストゥーク側としては絶対にあってはならない類の抜け穴だ。心臓部ともいえる大統領府の防衛に関わる。

身を屈めてあたりの様子を伺いながら壁沿いに進んだが、辺りを見回して妙な事に気が付いた。
普段ガードとして配置されている銃士が、明らかに少ない。いや、少ないというよりもうほとんどいない。
昼に通りかかった時には普段通りの位置に、確かにいたはずだ。昼間の騒ぎの件もあるし、警備を減らす筈もない。
町に特に変わった様子はない。人通りがまばらであるのは時間帯のせいで、ただ銃士の姿だけが見当たらない。
振り返って、俺と同じように身をかがめている爺さんを睨み付けた。何かやったか?と問いただすように。
爺さんはわずかに首を捻った後、そのまま左右に振って見せた。



(401)
銃士の数が少ない事は、俺達が合流地点へ向かって進む事に関して言えば都合が良かった。
しかし、わずかに見かける銃士の姿は、どこか落ち着かないような様子だった。
もう一度、後ろを進む爺さんに視線で問いかける。
爺さんの反応は芳しいものではなかった。

「警備の事ですか?」
フルキフェルが小声で問いかけてきた。
「あぁ、なんかおかしいだろ。警備を厚くするなら分かるが、薄くする理由はない」
「そうですね…」
気のない返事がフルキフェルから返された。それほど興味はないと言った様子だ。
その反応に少し反感を覚えたが、余計な事の心配をしている場合でもないと思い直した。
今は、とりあえず俺達の目的とする所を達成するのが先決だ。他人の心配をしている場合じゃない。

言葉を交わす事はほとんどなく、俺達は居住区を走り抜けてバストゥーク港へと急いだ。
銃士を目にすることがほとんど稀であり、ヒロ達に監視が付いているかどうかの確認など必要ないような気もしてくる。
とは言え万一という事もあるし、そうなれば色んな意味で立場が悪くなる。最低限の確認はしなければならない。
やがてバストゥーク港への門が見えてきた。勢いを殺して、さも一般の冒険者のように取り成してみたものの、そこにもやはり銃士の姿は無かった。



(402)
バストゥーク港に入ったすぐのところに、冒険者にレンタルハウスの貸与手続きをする銃士がいた。
大工房からここにくるまでで見かけた銃士はこれを含め2名のみだ。
特に警備をするという様子でもなく最低限の業務を行っているだけだが、やはり落ち着かない様子だ。

ここにはたしか、門の両端に1名づつ計2名の銃士がいたはずだ。しかし辺りを見回しても、いるのは一人のみ。
警戒が薄いどころか、通常いるべき場所にすら人手がいない。
以前サンドリアで黒マントに襲われたときのことを思い出したが、人通りはそれなりにあるし、周囲に妙な気配も無い。
ならば、単純に人員がどこかに割かれているというと言う事だろうか。何のために、何処に。
銃士を捕まえて話を聞ければどんなにスッキリすることだろうと思いながら、しかしその横を、いかにも冒険者というような風に通過した。

やがてヒロやラディール達を視界に捉えるところまで来ても、監視はおろか警備の銃士も満足に配置されていなかった。
「考えたところで、栓のないことでございましょう」
俺の考えてることを見透かしたように、爺さんがそう言った。
「わかってるよ、わかっちゃいるんだが…」
都合が良過ぎやしないか、と言うべきか否か迷ってから、その言葉を飲み込んだ。
今は、この出来過ぎな流れに乗ってみるのも悪くない。




(403)
居住区の入り口で、と言ったが、実際に全体が落ち合ったのは跳ね橋の横で、外洋を望むことができる地点だった。
そこにはアオツキの姿もあった。そのことについて触れるべきか否か悩んだが、あえて触れない事にした。
おそらく、ヒロあたりが散々言ったに違いないだろう。
ヒロ達は足元の水面を眺めながら、なにか愚痴めいたことを呟いている様だ。

「そんなに珍しい物でもないだろ、黒く塗ってあるだけだ」
「準備万端だな、もちろん悪い意味で」
思わずこぼれた苦笑いをそのままに、領事館でした一通りの説明に付け加える形でここからの手順の説明を始めた。

「この小船は、まぁ潜入用だな。これで外洋を経由して旧港区の方面に向かう。もっとも、見ての通りせいぜい2人が限度だ」
この船については、昨夜から今朝にかけて爺さんと話した内容の中に既に含まれていた。
南グスタベルグのあたりの漁師から買い取って、それを黒く塗ったものらしい。
今朝方からマルトに用意させると言っていたが、思ったよりも本格的に黒く塗られており、闇にまぎれるにはもってこいと言った感じだ。
さらに、小船の中には漆黒に染められた大きな布もあった。
「これに乗って現地近くまで接近する。状況の確認が主な仕事になるな」
我ながら少し白々しいな、と思わざるを得ない。
しかし、この出来過ぎな状況を合わせて考えると、先ず俺が渦中に飛び込むのがある意味一番の安全策であるように感じられる。
爺さんのこの準備も含めて、どうやら俺が暴れない事には始まらないのだろう。




(404)
「ちょっとまって、これには誰が乗るの?」
すこし不機嫌そうにラディールが口を挟む。
「私めと坊ちゃまでございます。特に私めのような老いぼれに山登りはいささか厳しゅうございますので」
よく言う、と思いながら爺さんの口上をさも当然と言うように頷いて見せた。

「ちょっと待ってよ… ルーファス、あなた乗り物に酔うからって飛空挺にも乗らなかったのに…」
ラディールは完全に真顔で、本気で心配してるようだ。事実は事実だが…
「試しに汽船に乗せてみたら、海賊もそっちのけで欄干に寄りかかって吐いてたじゃない…」
「ラディール、ちょっと黙ってくれ… 話が反れる」
なんだか場違いな流れになりそうなのを無理やりに切って話を続ける。
「で、残りの面子には予定通り岩壁の上からの狙撃に随行してもらう。護衛役に俺や爺さんが向いてないってのもひとつの理由だ」
ここまで言うと、一同もやや納得したような顔つきになっていた。

ただ、アオツキの表情には困惑の色が見て取れた。
見届けると彼女は言ったが、恐らく戦闘になればそれ所の話ではない。
それがわからない訳でもあるまいに、何故彼女は此処にいるのだろうか。




(405)
この場に至って、それぞれ思うところがあるのか表情も様々だ。
不満の色を隠そうとしないヒロ、その表情とは対照的なアオツキ。
そして、この場で最も張り詰めているのは、おそらく先ほどから殆ど言葉を発しないフルキフェルだろう。

皮肉なもので、俺にはそれほどの緊張感は無い。
不安が無い訳ではないが、もう流れに身を任せると決めているせいなのだろう。
その流れを作っている原因のひとつである爺さんは、フルキフェルとはまた別の緊張感がある。

「だったら、私もこれに乗るわ。大丈夫、私軽いし」
「ダメです!この船は元々1人乗りですので、2人乗るのも少し厳しいくらいですからっ…!」
マルトが慌ててラディールを説得しようとする。そうかと思えば、ヒロが半笑いで皮肉を言う。
「いいじゃないか、その背中に背負ってるので船漕いで貰えば」
他のメンバーとは違って、この3人はある意味余裕がありそうだ。

俺がお手上げのポーズをすると、爺さんが咳払いをしてから話を締めにかかる。
「皆様、準備は宜しゅうございますか?」
緩んでた空気がスッと引いて、顔から笑顔が消えた。まぁ、このくらいが丁度いい。




(406)
「では、配置に着いた時点で報告をいただきたく存じます。こちらも確認できる地点に入り次第、お知らせいたします」
さて、爺さんはかつてこういう物言いをしただろうか、と思いながらそれを聞く。
婉曲とは言え、要するにほぼ命令だ。
もしかすると、爺さんもそれなりのリスクを背負ってるかも知れない。それがどういった類のものであるかは想像も付かないが。

「んじゃ、そう言うこった。行くぞ」
そう言って、先ず俺が岸壁から海に浮かべられていた船に乗り込んだ。爺さんもそれに続く。
一人乗りだとマルトが言っていたのはまさにその通りで、2人乗った時点で船の縁のあたりまで水が来ている。
3人は無理だ、と言うように振り返ってラディールに首を振って見せた。

振り返った先には、ラディールとヒロだけがこちらを眺めている。他の3人は早々に踵を返していて、背中が見えるだけだった。
マルトはともかく、アオツキやフルキフェルは少し危うい雰囲気がある。
思い詰めた奴はろくな事をしない。それに関してはヒロもそうだが、こいつは案外開き直りが早いタイプだと思っている。
何かあったとき、多分一番マシに立ち回ってくれるだろう。

「そっちは任せた。ヤバければすぐに連絡してくれ」
こちらを眺めていた2人にそう声をかけてから、岸壁を蹴って船を湾の外へと向かわせた。



(407)
海面は空の色を映していて、漆黒に染まっている。
その上を、同じく黒い色に塗られた小船がゆっくりと進んでいる。
「思ったよりも船足がでないな。まだ30分くらいはかかるか」
小声でそうつぶやくと、爺さんはさもあろうという顔で大仰に頷いて見せた。
オールで漕ぐ代わりに長い竿を使って海底を押して進めているから、仕方が無いと言えば仕方が無い。
できるだけ音を出さない配慮だ。

出発間もなくは何故かコードネームを決めたり雑談が飛んでいたリンクパールも今は静かなもので、
目的地が迫るにつれて一同の緊張が高まってきているのがわかる。
それは俺も同じで、エルリッドの奪回と共に爺さんの頼みで訳のわからないモノの回収もしなくてはならない。
「なぁ、爺さん。昨日言ってた、黒髪野郎…シュムサザだったか」
「はい」
「そいつが持ってる、回収したいモノってのはなんなのか、見当は付いてないのか?」

正面を向き辺りの気配を探る姿勢は崩さぬまま、少し考えた後に爺さんが答える。
「付いている、と言うよりは、昼の一件で見当が付きましたな」
「流れ着いた兵器の類、か…」
爺さんは黙って頷く。その表情には張り詰めたものが浮かんでおり、好々爺の面影は微塵も無かった。



(408)
「坊ちゃまはご存知ないかと思われますが、異世界からの漂流物は何かと不安定なものなのでございます」
しばらくの静寂が過ぎた後、爺さんが口を開いた。
船の舳先から少し手を伸ばし、海水に手を浸してさらに言葉を続ける。
「漂流物を使用した装備が非常に高性能である事には理由がありまして、漂流物とこの世界の素材は構成元素レベルで反発しあっているのでございます」
竿で海底を押しながら、唐突に始まった奇妙な話に耳を傾ける。それは大事な事であるのには間違いないのだろう。

「反発し合うが故お互いを圧縮しようとし合い、結果的に素材の持つ強度や性能を遥かに上回った物となっております。
さらに申しますと、その性向は漂流物がこの世界に存在する時点で既に発現している可能性が高いのでございます。つまり…」
「つまり、金属であれば密度が高くなり、昼間みたいな爆発物であればその圧力で爆発の威力が上がる、と」
ほう、と爺さんが意外そうな声を上げた。
「わかるよ。んで、何が言いたい?」
俺がやや不満げに返す。そうは言いつつも、昼間見たスタングレネードの威力に納得がいったのも事実だった。

「例えば、でございますが、かの場所にあるものが爆発物であった場合、それが爆発の臨界にあっても不思議ではないのでございます」
「おい、ヤバイだろ、それ…」
とっさにリンクパールに呼びかけそうになったが、ここで対策も立てずに喚いても意味がない。
それにしても、この爺さんは何故そんな事を今更になって言い出したのか…



(409)
仮に、あくまで仮にそうであった場合のことを考えれば、火をかけるというやり方は最悪だ。
「マルトに持たせた弾丸には炸薬が入っております。それ故万が一着弾した場合、引火する可能性が高いかと」
「…弾丸は止まるんだろ?」
「止めて見せましょう」
「おい…」
「事が済んだ後、最優先でマルトの撃った弾丸を打ち落としておく必要がございます。その事を肝に銘じていただきたく…」

相変わらず闇の中を行く船の中で、月明かりで見える爺さんの顔はどこか浮世離れしているように見える。
そして話している内容も、同様に通常では成立し得ない話だ。
「我が不明を恥じるばかりでございます。既にこの件、私共のみに非ず多くの者が動静を伺っております。我らが為さねば、おそらく他の物の手に渡ることになりましょう」
「まずいのか?」
「そうでなければ、ここまで強引に皆様を巻き込んだりはいたしませぬ」
そこまで言って、爺さんは遠くを見るようなそぶりを見せた。
俺は俺の目的のためにヒロやフルキフェル達を巻き込んだつもりでいたが、それも爺さんの目論見通りだったらしい。
そう思うと、不謹慎だとは思いつつ少し心が軽くなった気がした。

竿を操る手は止めずに、俺も爺さんの見る方向を見てみる。月の風下に、分厚い雲が広がっていた。



(410)
最初予定していた俺達の待機場所は軍港の目と鼻の先だ。
そこに移動するのにこの月明かりはどうしても邪魔になる。あの雲が月にかかるのを待って配置に付くのがいいだろう。
「先程お話した漂流物の事は、来訪者にも同じことが言えるのかも知れませねな」
竿を漕ぐ手を休めていると、爺さんはそんな事を言い出した。
「管理者を素手で殴り飛ばすなど、前代未聞でございますよ」
含み笑いを堪えたような、空気の漏れる音が聞こえる。
「殴ったのは俺だが、腕を切り落としたのはラディールだぜ?」
「それはあなたの影響でございましょう。ともかく、今必要なのはそういったものに類する力でございます」
爺さんはまた、雲の行方を見る。

数分ほどで月は雲に覆われ、辺りは近くの岸壁すら見えないほどの闇に包まれた。
「あるかないかもわからん物をあてにするのか。神頼みだな」
「神に祈りもいたしましょう。何かもわからぬ者に世界を蹂躙される事に比せば安いものでございましょうよ」
「行くぞ」
声をかけてから、再び竿を操り前方へと進む。軍港の方向は僅かながら明かりが見えるから、方向を見失うことは無い。

軍港の明かりが辛うじて届かない場所で、竿を海底に刺して船を止めた。リンクパールに向かい、最小限の声で囁く。
「バーマンより各リーダー、こちらは配置についた。そちらの状況を教えてくれ。オーバー」




(411)
所定のポイントに到着したのは案外早かったらしく、俺と爺さんはしばらく無言のまま船に揺られている。
とは言え風もなく、海面の穏やかなうねりに揺られるのみで、人によってはむしろ心地良いくらいかもしれない。
上空の雲は風上の方向にかなり大きく広がっている。雲の流れはそれほど速くないし、当分このままだろう。
俺は浅瀬にしっかりと差し込んでいる竿に寄りかかるように船の縁に屈み込んで、動くべき時を待っていた。
この格好でいるのには理由がある。早い話が、ちょっと気持ち悪い。
周りの状況を隙無く伺う爺さんが、時折こちらに視線をよこして苦笑いをしているのが分かった。頼むから放って置いてくれ…

船酔いと格闘して数分ほどで、ヒロから配置についたと言う連絡が来た。
バーマンやらアメショやら、何故か猫の種類で呼び合う。所謂コードネームのようなものだ。
「バーマンよりアメショリーダー。了解した。準備ができ次第やっちゃってくれ。タイミングだけ教えてくれれば、後は任せる」
返って来る返事の中で、コードネームの発案者であるアオツキだけは、名前を略さずにコーニッシュレックスと名乗った。
彼女が何を考えているかは、当然俺の知るところではない。

「随分適当な指示だなおい。まぁいいけどさ」
相変わらず、ヒロは軽口をたたく余裕があるらしい。良い傾向だ。
「待ちくたびれて、そろそろ夜釣りも飽きたところなんだ」
「船酔いするなら、撒き餌にゃ困らんしな」
悪態を相手にせず適当に返事を返す。取り合えず、この一連のやり取りからは問題は見当たらないように思えた。



(412)
状況が変わったのは、それから数十秒後だった。
「大丈夫か?」
ヒロの声が、パールを通してこちらに聞こえてくる。
どうやら、マルトが狙撃の狙いを付けるのにてこずっているらしい。
「肩を貸そう」
またヒロの声が聞こえてくる。

「行けるか?」
いい加減心配になった俺がそう言うと、マルトからははっきりとした返事が返って来る。
爺さんが少し意外な顔をして、こちらに視線をよこした。
俺はそれに首を捻って返すのみだ。

「申し訳ございません、風が強すぎます。狙撃は……無理です」
また少しの静寂の後、マルトの細い声がパールから聞こえた。
『風』と聞いて最初に思い出したのは、あの黒髪の男だった。
もし狙撃ポイント付近のみに風が吹いていると言うのならば、その風は作為的なものである可能性が高い。
いや、そうでなくても、高台のみに風が流れていると言う可能性もない訳ではない。
しかし、パールから聞こえる声を察する限り、そうではないだろう。



(413)
「申し訳ございません。……申し訳、ございません」
マルトの震えた声がパール越しに聞こえてくる。
ようやく俺は自分の思惑にあった穴に気が付いた。
考えてみれば、マルトはまだ子供だ。こんな状況で重要な役割を担わせるべきではなかった。
「ああ、うん。上の方はすごい風なんだ。ゴルゴでも外すね、これは」
ヒロが見え見えのフォローを付け加え、他の方法を模索するよう提案してきた。

さて、何が起きているのかをつぶさに知ることはできないが、できる限りの想像を巡らせる必要がある。
マルトが怖気づいているのも、おそらくは一つの事実だろう。それはいい。
それが自発的に現れたものか、あるいは何かによって引き起こされたことか、というのが問題になる。
例えば、仮に山の上で風が吹いていたとするならば、既に黒髪の男が干渉してきている可能性もある。
そうするとマルトの状況は奴によって作られていると言うことも考えられる。
とは言え、それは最悪のパターンだ。今仕掛けてくる理由も乏しいように思われる。

しかし、仮にそうであっても本来の目的である陽動は達せられている。特に何かを考え直す必要も無いはずだ。
リンクパールでは作戦変更だとか喧々諤々と意見が述べられていたが、それをうなり声で遮って、一言
「ヒロ、なんとかしろ」
とだけ言った。


(414)
「い、いや、なんとかしろって……。どーすんだよ」
ヒロは少しばかり慌てたような声で返してきた。
まぁ当然と言えば当然で、俺の言葉も人に指示をするのには不適切極まりない。
だが、最悪の場合も考えるとそうとしか言えないのも事実だ。
「こちらからは状況が分からん。だから現地の判断に任せる。時間をかければジリ貧なのは変わらないが、
今のプランにこだわって大きな失敗をするよりはマシだからな。必要なら裸踊りでも何でもしてどうにかしろ」
素っ気無くそう言いつつ、船を動かす準備を淡々と始める。

気付かれてなくて、マルトが怖気づいたと言うだけならそれでも良い。最悪、狙いを付けずにヒロが撃てばいいだけの話だ。
黒髪の男が向こうに出張っているなら、陽動として成功している訳だからそれでも良い。
非情なようだが、そのリスクも考えて向こうに人数を回したのだから、それも予想の範囲内と言える。
今後必要なのは、俺と爺さんが迅速に行動する事だけだ。

一先ず、上で決定的な判断材料となる事がないとどちらとも言えない事もあり、リンクパールからの音声に神経を傾ける。
すると程なく、何か硬い物同士がぶつかった様な音がした。
「すごい音がしましたよ?」
「何があったの?」
ラディールとフルキフェルの声がリンクパールから聞こえる。俺はすかさず船を漕ぎ出す体制に入っていた。



(415)
漕ぎ手に答えて船が前に進もうとしたときに、リンクパールからマルトの細い声が聞こえてきた。
「ヒロ様に殴られました…」
俺は力強く押そうとした竿を慌てて止めて、たたらを踏むような格好になってしまった。
ちらっと目が合った爺さんは、目を細めてニヤついている。
その視線に首を振って、リンクパールに向けて、最悪だ、とだけ呟いた。

ヒロがそういう方法を取るというのは少し以外だった。それだけに怒る気にもならない。
しかし女に手を上げるのは少しばかりいただけない方法だ。
「だーうるせー! 何とかしろって言ったろ、信じろ! ダメだったら全裸でバスからウィンダスまで泳いでやるよ!」
別にそんな事をして欲しい訳ではなく、今そこで何とかしろという意味を分かっているかどうか。
まぁ、ヒロなりの覚悟の仕方なのだろうが。

しばらくして状況が落ち着いてきたらしい事が、リンクパール越しに聞こえる会話で分かった。
また、爺さんが目に当てていた望遠鏡を仕舞い込んで両手の掌を合わせるような格好をしている。
「念仏には早いぜ?」
俺がそう言うと、まぁ見ていろ、とでも言うように一瞬だけこちらに視線をよこした。


(416)
ゴルゴだかガンダムだか、よくわからない会話がマルトとヒロの間で交わされているのが聞こえた。
大した余裕だ。むしろその不謹慎さが怖いくらいだ。

俺は再び竿を強く握って、漕ぎ出す準備を始める。
爺さんは相変わらず念仏ポーズのまま、動く様子も無い。
そのポーズが何を意味しているのかは分からないが、ここに来るまでの会話から考えるならば、
赤い鎧がやっていた時間を止めるのを爺さんが今ここでやると言うことなのだろう。
多少引っかかる部分もあるが、今はそれができるのに越した事はない。


やがて、リンクパールから轟音が響く。ほぼ同時に、マルトとヒロがいるはずの場所がチラッと光る。

光が収まるまで、恐らく1秒とかからなかっただろう。
そんな間だったが、着弾するのではないかと言うくらい、俺には長く感じられた。
背筋に冷たい汗が浮かんでくるような感覚に襲われそうになった頃、爺さんが前で合わせていた掌を少しだけ開いたように見えた。




(417)
瞬間、周りの空気が集まり始めた。俺にではなく、船の舳先に腰をかがめている爺さんに向けて、だ。
実際に空気が集まって風が吹いているのではない。だが、何かが小さな船の上にいる爺さんに向けて集まり始めている。
そして、弾けるようにして収縮していた何かが一気に外側へと広がった。

実際の時間にしてみると、その全てを含めても1秒にすら満たない時間だったようにも思える。
辺りは全くの静寂に包まれ、ただ船が海のうねりで軋む音だけが聞こえていた。
「では、参りましょう」
静かに、そして何事も無かったように、爺さんが呟いた。それに答えて、無言で船を漕ぎ出す。

実際に弾丸が止まっているかどうかは暗くて確認できない。
しかし、炸薬入りの弾丸が着弾すればこの静けさはありえない。
ついでに言えば俺は、この感覚を既に何度か経験している。

1つ分かったのは、これは時間を止めている訳ではないようだ、と言う事だ。
海にはうねりがある。そして、船の速度を上げると頬に風も感じる。
しかし、それ以外は1つの物音もしなければ、軍港を横切っている小船に対して何の反応も無い。
こんな場合、俺はもっとうろたえるべきなんだろう。そうならない自分自身が、その事を完全に受け入れてしまっているように思え、少し複雑な気分になった。



(418)
リンクパールから、各々の驚いた声が聞こえてくる。目の前でその瞬間を見ていた俺は、ただそれを聞くのみだ。
安心したような声と、それをむしろ不安がる声。それに対して「あぁ」とか「うん」とだけ答えている。

「では集合ですね。合流ポイントでお待ちしています」
一通り感嘆の声がやんだ後、フルキフェルがそう言った。そう言えば、コイツだけは驚いた声を上げていなかった。
冷静なだけか、それともある程度理解していた上での事なのか。もっとも、どちらでもこの際問題は無い。
「バーマンより各員へ、速やかに合流ポイントに向かってくれ」
竿を押す手は止めずに、リンクパールに向けてそう告げる。
それぞれの返事は一様に力強いものだった。それを裏切る側としては少々辛いものがある。

「もう大丈夫でございましょう。こちらをお使いください」
爺さんが船の横に取り付けられていたオールをはずして、こちらによこした。
自分も漕いだらどうかと思ったが、小さな船の上で2人が舟を漕ぐスペースはない。
爺さんが漕ぐよりも俺が漕ぐほうが船足は早そうだし、この使用人の無礼に目を瞑るのはもう慣れたものだ。

船の両縁に、錆びた釘が2本づつ打ち込まれている。そこにオールを入れ、俺は進行方向に背を向けて勢いよく漕ぎ始めた。
その漕ぎ出す方向は、合流ポイントよりも目的地側だ。



(419)
もし仮に合流するとした場合、現在地から合流地点までは10分くらいはかかる。
ヒロとマルトは移動を始めたようで、フルキフェル達は現状待機。そこに、俺達も向かうと言うことになっている。
だが、それはあくまで建前だ。
「こっちはもう少しかかる。そっちで合流したら連絡をくれ」
ヒロやフルキフェル達には10分だけ、俺はリンクパールで嘘をつく。

昨日の爺さんとのやり取りの中で、先ずお互いが合意した事を忠実に行うとすればこういう事になる。
最終的にケツを拭く、要するにこの一件の幕引きは俺達の仕事だ。
だが現実的には2人ですべてを行うには明らかに手が足りないし、そう言えば必ず反発もあるだろう。
だから、この場面で先行してすべてを片付けるしか方法がない、というのが俺と爺さんの結論だった。

船の舳先に座る爺さんは、特に普段と変わりも無く、ただ注意深く辺りを窺っている。
他人に落とし前云々と言って喧嘩を売るのだから、自分もそれに則るのが筋と言うものだ。
俺がそう言うと、爺さんはその考えに諸手をあげるように賛成した。
こういうところで妙に通じ合う部分があるから、この不可解な老人を特に疑問も無く受け入れてしまうのだろう。



(420)
船が港に接岸するまで、そう時間はかからなかった。
リンクパールでは、ヒロが悪態をつきながらも合流した事を伝えてきた。
「そっちはまだか?」
まだか、と言う質問には、この状況では答えがない。

返答に困っていると、爺さんが口を出してきた。
「すこし潮に流されたようでございます。位置を確認いたしますので少々お待ちを」
湾の中で潮に流されたも無いだろう、と思ったが、それで十分なのかもしれない。
船を側面を岸壁に付けよじ登るように陸に上がる。目的地はもう目と鼻の先と言う位置だった。

調べるも何も無い。しかし、こうまで近くによる予定ではなかった筈だ。
「…すまん、流されたら倉庫街の目の前だったわ…」
他に言う言葉も無く、俺は正直にそう告げた。
パール越しに驚きの声が上がっている。まぁ、俺も他人事ならそうしているだろう。
その喧騒を他所に、爺さんが険しい表情でつぶやいた。
「引き寄せられましたな… 嘘が真やも知れませぬ」

そう言った次の瞬間、さっきも感じたような空気が集まるような感覚が、今度は僅かばかり遠くで起こっている気配がした。
さっきよりも、集まっている何かが濃い気がする。闇夜よりも暗い何かの気配が、確かに辺りに充満していた。



(421)
少し、目の前に集まる闇を眺めて呆然としていた。
先ず最初に考えたのは、何故これに気が付かなかったか、という事だった。
近づいてこれだけの気配を放つものならば、遠くにあっても気が付かないはずはない。
緊張感が足りなかった、という訳はない。バストゥークに来てこっち、こういった気配を探ることは一切怠ってはいない。
ならば何故か。そう考えて、ふと自分の両手に付けられている篭手に目が止まった。

そう言えば、バストゥークについてからこの篭手も大人しい。
アルテパの一件から鑑みれば、コイツは赤鎧の持っている装備になんらかの反応をするものと見て間違いない。
その前にも、──────────

「…前?」
「どうかなさいましたか?」
前方に対して鋭く警戒している爺さんが、目線をよこしながら声をかけてきた。
「いや…」
アルテパ以前にも何かあったように思ったが、それに該当するような事を思い出す事はできない。
ここ3日ほどの事を忘れるなどあり得るだろうか…?

ともかく、爺さんの話やヒロとマルトが襲われた一件からも、バストゥークには赤鎧が複数いると見ておかしくないのに、
それに対してこの篭手も一切反応をしていない。何もない事を、先ず不審に思うべきだった。



(422)
考えていることが現状と大幅にずれていると気が付いたのと、目の前に集まる闇が徐々に肥大している事に気が付いたのがほぼ同時だった。
「おい!何とか言えよ!」
ヒロがリンクパール越しに怒鳴っている。だが、それに対して説明する言葉が今はない。

「…なぁ、ありゃ止めようと思って止まるものかね」
「さて… いささか難しゅうございましょう。しかし、放っておく訳にも行きますまい」
何であるのか分からないとは言え、黙って見過ごす手もない。つまりはそう言う事だ。
リンクパールからの呼び掛けには答えずに、俺は前方に見える闇に向かって走り出した。少なくとも2,3歩は。

出足を妨げたのは、前方の闇とは別に辺りに急速に集まった気配だった。
闇が集まる、などという曖昧な気配ではなく、もっと明確な存在を示す気配だ。

人間がいる。
この空間が停止している状況で、俺が前方に走り出すのに呼応して少なくとも複数の気配がこちらに向かって動いている。
ヒロ達ではないだろう。その証拠に、方向は全てまちまちだ。
「ちょっと!ルーファス!マティエールさん!返事しなさいよ!」
ラディールの喚く声が聞こえる。それには答えず、辺りの地形を確認しながら戦闘の準備に入っていた。



(423)
一番近い気配は左側。ヒロやフルキフェル達がいる方向とは反対側の方向だ。
そう感じた直後、薄い戸板をノックしたような軽い音と共に、その気配が直近まで迫ってきた。
俺は後ろに飛び退きながら、左腕を軽く振り抜く。

左手の篭手にある竜の尻尾が、刹那の前に俺がいた場所をなぎ払っていたはずだった。
しかし実際には篭手は何も応えず、俺の眼前には迫っていた気配の主、黒いマントを羽織った大柄のガルカがいる。
その黒マントには遠く離れた場所で、俺の左腕は空を切っていた。
視線を正面に向けたまま、俺は少しだけ状況を整理するために考えを巡らせなければならなかった。

突然目の前に現れた黒マントは、俺が初撃を避けたことを確認するとそのままするすると後退し、肥大し続けている闇の中へと入っていく。
気が付いてみると、もう20歩ほどの距離まで闇が迫ってきている。
だがその代わりに、集まってきていた人間の気配が霧散したようだった。

篭手が反応しない事はひとつの答えを俺に示した。
恐らく、バストゥークに到着してからずっと、このプライマルアーツは機能していなかったのだ。
アルテパでの戦闘が原因なのか、或いはこのバストゥークという都市に原因があるのかはわからないが、この状況は芳しくない。
もっとも引くには引けないのだから、それでも前に進む以外に道はない訳だが。



(424)
「気配が消えましたな」
爺さんが幾分緊張を解いたように、背筋を伸ばして呟いた。
リンクパールでは相変わらずこちらへの呼びかけが続いており、向こうは向こうで移動を始めたような内容が聞こえてきている。
警告をするべきだろうか、と一瞬迷ったが、連中をここで退かせれば俺達の状況が最悪になるだけでメリットは何も無い。
退けと言ったところで正直に従うはずもないだろう。

さて、どうしたものかという表情を爺さんに向けると、爺さんはリンクパールに向けて少し奇妙な行動をとった。
「こち… ─── でご… ます」
そう言ってからリンクパールを懐に仕舞い込んでしまった。
あぁ、その手があったか。

この先、どちらかが窮地に陥ったとしてもこの状況ではどのみち救援には行けない。
ならば、他方の情報など入ってくるだけ雑念になる。斟酌無用、という事だ。
「無事で… ── そっちはそっ… 頼ん…」
俺はそう言ってから、耳に付けていたリンクパールをはずし、そのまま地面に落とした。
それに足を乗せて踏み割ろうとしたときに、目の前まで迫っていた闇が高速で収縮し始める。

爺さんが横で息を飲む音が聞こえ、その音に合わせるように、闇が収縮して行った先から乾いた破裂音が聞こえた。



(425)
最初は、闇が壁を作って迫ってくるような印象だった。
そしてそれに触れた途端、俺は身体の中を何かが通過していくような感覚に襲われ、思わず膝を付く。
その壁は俺を飲み込んだ後も背後に進み続ける。やがて一定距離まで進んだ後、一切の空気の動きが止まったように思えた。

同時に、右腕の篭手が強烈に振動を始める。
これはアルテパの時や、その前のオルデールの一件以来だ。

───オルデール?
そうだ、俺は確かにこの強い振動を2度体験している。
どちらかと言うとこの振動は1度目の方に近い。あの黒い大きな、奴が「禍神」と呼んだバケモノと戦ったとき以来だ。

───奴?
オルデール鍾乳洞で一緒にバケモノと戦った、あの赤い鎧の男…

妙に空気が澄んだような、それでいて計り知れない辺りの雰囲気も、あの時と似ている。
忘れていたのではなく、忘れさせられた筈の記憶だ。
1つ違うのは、右手から流れ込んでくる感情のようなものが、甘ったるい愉悦に近いものではなく、純然たる怒りに満ちていると言うことだ。
2007年12月30日(日) 22:47:13 Modified by mct_0921




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