「.hack//G.U.」と「コードギアス 反逆のルルーシュR2」と「LAS(LMS)」と「ゴッドイーター」と「仮面ライダーディケイド」の荒唐無稽恋愛活劇SSサイト(のつもり)。

『俺のために……人間のために……アギトのために!』
                                                                  【仮面ライダーアギト 第50話「今、戦う時」(2002年1月20日放送)より】


視よ。
新たな光(リョース)の王、誕生の瞬間(とき)を。


「たぁっ!!!」
『ギッ!?』


憑神(ツキガミ)の少年の唸りが、低く、低く、響く。
咆哮と共に駆け出したカイトの攻撃は残像を伴って乱れ飛ぶ光の斬撃となり、またしてもモルガナの上半身を削り取った。
シングルモードからトライモードに切り替わり、臨戦態勢と共に展開した
三本の牙(クロスホーン)が余剰エネルギーを放出し、妖しく嘶く。


「スゥゥ――――――


着地と共に、再び攻撃態勢を整えるカイト。
深呼吸(ディープブレス)が周囲の空気を張り詰めさせていく。
蒼い後光(オーラ)を迸らせる虚空の双牙は、カイトの手中で更に輝きを増した。
やがてキッと目標を見据えると、カイトの脚は地面を離れ、光と共に宙に舞った。


「はぁぁ……はっ!」


稲妻よりも疾く駆け抜けて、哀しみよりも息を吸う。
モルガナとの間合いを一気に詰め、カイトは光の一撃を悪鬼に目掛け振り下ろした。
鈍い衝撃と共に、双剣を受け止めたモルガナの腕がミシミシと悲鳴を上げ、軋む。


『ぐうっ……!?』


初撃は見事に敵のガードを切り崩すことに成功、大きく仰け反らせることが出来た。
しかし懐に飛び込んだカイトの追撃は終わらない。
これが始まりだった。


「光刃演舞ッ!!」


カイトが振り回す度に幾重もの残像となった光の刃が
再生したモルガナの躰に癒えることのない傷を瞬く間に刻みつける。
止まることのない蒼光の炸裂音。反撃する暇すら与えることを許さない、超高速の光の演舞(シャイニング・ダンス)。


「はぁっ!!」
「っ……!」


更に恐るべきはカイトの移動速度。
全職業(ジョブ)中、最速の双剣士とは言え、明らかに仕様を逸脱した光速の連続攻撃と移動速度。
回避したと思った瞬間には、もう次の攻撃が二手三手先を見越して繰り出されている。
人間の限界を超越した神業としか言い表せない、異様な動きをカイトは見せていた。
肉眼で彼の動きを察知するのは不可能と言っていいだろう。


「(この疾さなら……いけるッ!)」


スピードを殺す物、すべて振り落とせ。
カイト自身、まるで空気抵抗を感じていなかった。
蒼炎態(バーニングフォーム)へ変神した時に感じていた鈍重な感覚も全く無く、
全身を縛りつけていた重力の鎖から解き放たれたような高揚感と解放感すら、戦闘中であるにも関わらず感じてしまう。
同時に、全身を駆け巡る“彼女”の力も。
この超スピードこそが“光輝への目覚め”……薄明態(シャイニングフォーム)の真骨頂なのか。


『おの、れッ……人間風情がぁぁああぁあぁぁぁあぁっ!!!』
「ハズレ」


髪を振り乱し、負けじとカウンターで触手で薙ぐモルガナ。
憎悪一色に染まった羅刹の女の一撃は、確かにカイトの四肢を切り落としたかに見えた。
だが、捉えたと思ったカイトは既に存在せず、


『!?』
「こっちだ!」
『ガッ!?』


いつの間にか背後に回られ、バックアタックによるクリティカルを受ける始末。
先程とは打って変わって、完全に形成は逆転してしまったようである。


『はぁ……はぁっ……!』


薄明を纏ったキックを背中からモロに受けたモルガナは土煙を上げながら地面に転がった。
既に全身に負った傷から齎されたダメージは4ケタを突破している。
それでも彼女が斃れないのはひとえに無限のHPを有するからなのだが、逆に言えば無限の責苦を負うことも孕んでいた。
不死の躰であるが故、カイトに刻まれた癒えぬ傷に永久に苛まれるのだ。


『何故……何故、癒えないのです……!?』


この瞬間にもHPは減り続けている。
なのに傷は自動回復することなく、モルガナに苦痛を与え、蝕むのだ。
モルガナは狼狽する。
眼光を鋭く、燦然と立ち塞がる1人の双剣士の少年から齎される苦痛と恐怖に。


『……どうしてっ!?』


生まれ出る娘に対して感じていた恐怖とは違う、彼女にとって未知の恐怖感。
半年ほど前までゲームに触れたことすらなかった少年に、絶対の支配者であるはずの自分が脅かされている。
地母神モルガナにあってはならない、無様な姿だった。


『こ、こんなはずは……こんなはずは、ありませんっ……!! ……お前は、化け物ですかっ!?』
「お互い様さ」


今しがたキックを見舞ったはずのカイトが数十メートル先に転がったモルガナの背後に、もう立っている。
モルガナの相(かお)は当然の如く凍り付いていた。
瞬きする僅かな時間でカイトは自分に追いついたとでも言うのか。
煌く蒼い光のオーラ。
それを総身から迸らせ立ちはだかるカイトに、モルガナは一時、声を発することさえ忘れていた。


『(薄明態……!? ま、まさか……アウラと“あの男”の差し金……!?)』


双剣を構えるカイトの姿にダブる憎き娘の姿。
アウラが此処に居るワケでもないのに今のカイトからは、彼女の存在を感じる。
戦っているのだ、幼くして完全体となった彼女もまた。この少年と共に。


「(視える……!)」


システムを統べる《The World》そのものとなったアウラが
カイトのサポートを買って出ているのなら、彼の急激なパワーアップも理解出来るといもの。
モルガナ自身が楚良を媒介にスケィス以下の八相を生み出したように、アウラもまたカイトを媒介にし、何かを生み出そうとしているのではないか。
旧き地母神のノイズ混じりの思考に、そんな予感が過ぎった。


「“僕達”には勝てないぞ……モルガナ」
『アウラぁ……! お前は……またサヤを使い……!!』



ズズッ……。



『私を滅ぼそうと言うのですかっ―――――――――――――アウラァァァッ!!!』


激情を吐き出しながら。
悲鳴にも似た雄叫びを上げ、メチャクチャな軌道を描いてモルガナの触手が撓る。
無論カイトには何れも届いていない。
触手が届く前に全てが双剣によって叩き落されるか切り落とされてしまい、延々とそれが繰り返されていた。
人間の限界速度を遥かに越えた驚異的な、それこそ非人間的なアクロバティックさ。
今のカイトには、それがある。
光のオーロラを身に纏った彼の有無を言わさぬ圧倒的な迫力が、全てを物語っているのだ。





三爪炎痕!!!





後退して両腕を交差させ、気を双剣に充満させていくカイト。
地響きとと共に光を帯びた双剣が空中に描く、デルタの軌跡(サイン)。
それも2枚。
紋様(ウェイブ)のように輝き、モルガナ目掛けて2枚が直進で連なっていた。
勇者と女神、カイトとアウラの想いが同調(シンクロ)し、蒼炎と蒼光が交わって。





蒼炎光球!!!





直後、2枚の三爪痕のサインを貫き、蒼い光が弾丸となって射出される。
カイトが自身の後光(オーラ)を球状に変化させ、サッカーボールに見立て、思いきり蹴り飛ばしたのだ。
三爪炎痕と蒼炎球自体はカイトが蒼炎態に目覚めた頃から使用できた技であるが、新たに薄明態に目覚めたことで更なる技のアレンジが身に付いたのだろう。
無論その威力は、蒼炎態の頃の比ではない。


『こんなもの……! こんなものでっ、この私がっ……!!!』


最初に描いた2枚のサインのエネルギーを吸収して肥大化した《蒼炎光球》が、モルガナに迫る。
蒼炎態の必殺技の一つである蒼炎球に、新たに蒼光の力をプラスした、カイトの新たな必殺技だった。
だがモルガナは敢えて逃げず、真っ正面からカイトの攻撃を受け止めた。
自負心の強さから、彼女が攻撃を避けるために不様に地面を這うなど、あってはならないことだからだ。
而して―――――――――――――――――――


『こんなものッ……! くっ、あぁぁあああああああっ……!?』


受け止め、そのまま弾き返そうとしたモルガナの努力も虚しく。
悲痛な叫びと共に再度、彼女は地面を不様に転がる結果となってしまった。
全身を業火に灼かれ、苦痛の声を洩らしながら。


「な、何だってのよ、あの子……?」


後方から事態を見守るブラックローズらも茫然とならざるを得ない。
時期的に言えばほぼ同時に《The World》のプレイを開始したカイトとブラックローズであるが、最早その差は歴然。
到底マネの出来ない、カイトの異常なまでの反応速度。
テニスを嗜んでいる分ブラックローズの動態視力も悪くない方であるが
何と言うか、あの戦いを一言で表すなら、


「ア、アイツ……もう何でもありね……。
 前からだけど……」


だった。
しかし、手に汗握る一秒たりとも見逃せないデスマッチであることに変わりは無い。
良子もなつめもハラハラしながら、カイトの戦いを見守る他に術が無かった。
唯一。


「薄明態……。
 アレが……アウラがカイトに与えた……新しい力……」


冷淡な瞳で推移を見守る呪紋使いの少女、エオスだけは例外であったが―――――――――――――


「ここまでだ。降参してよ……モルガナ」
『降参、ですって……本気で言っているのですか、お前は……!?』


反問するモルガナ。
蒼炎光球を受け流しきれず、大地に伏して悶える地母神への最後通告だった。
降参すれば殺しはしない。カイトなりの慈悲の心だった。
例え相手がネットワーク上の存在であるとは言え、女性を、それも二度も殺すのは忍びないという気持ちの表れだろうか。
それはそれで仕方がないだろう。彼は今年、中学3年に上がったばかりだ。
悪神の生死を自由に出来る絶対の力があっても、それを無闇に行使するような愚者ではない。
だが、彼女がまたも世界を脅かす存在となり得るのなら―――――――――――――話は違ってくるだろうけれど。


「君はアウラの母親だ。……もう一度、君を殺したくない」



後光(オーラ)を揺るがせ、カイトは言い放った。
一方的にカイトによって甚振られた矢先、彼が提案したのは降伏。
最後のチャンス、だとでも言うのか。
たじろぐモルガナに、間髪入れずカイトは言葉を続ける。


「君が死に物狂いでアウラを殺そうとしてたのは……僕も識ってる」


勇者の後光(オーラ)が更に輝き、周囲を蒼く染めていく。


「アウラが完全体になってしまうと……
 自分は存在意義を失ってしまうんじゃないかと、怯えていたのも」


八相を全て撃破してきたカイトだからこそ、理解できるモルガナの想い。
想いは力。力は想い。
地母神に生み出された八体の小さき仔ら。
屠ったカイトしか理解の出来ない、苦しみ続けてきた闇の女神の嘆きの声。


「でもアウラが完全体となっても、君はそうやって存在してるじゃないか。
 アウラが生まれてしまったら自分は用済みになるなんて、全部、君の思い込みだったんだよ」
『違うっ! そんなはずは……そんなはずは、ないのですっ!!』
「違わない。凡て、君の被害妄想だ。
 本当なら君は、アウラと一緒に、この《The World》をもっと良くして――――――――――――
『違う! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!!!!!!』


耳を劈くモルガナの怒声。
半裸の女は血走った眼で、眼下の少年に否定の声を上げた
サソリの下半身も奇妙ながらもおぞましい奇声を発し、唸った。
耳障りなハウリングボイスが、衝撃波となってフィールド全体を大きく揺るがす。


「モルガナ……」


しかしカイトは耳を塞ぐこともなく、ただモルガナに向き合っていた。
かつて彼女と対話するため現実(リアル)での肉体を捨てた、あの男のように。


『サヤの影持つ者……お前に私の恐怖と苦痛が理解できるものですか……!』


あの恐怖感を彼女だけが識るもの。
でなければ、娘を殺すための分身を八体も生み出さないだろう。
ギリギリまで追い詰められた母親の狂気が誕生させた、仮面の死神達を。


「だったら――――――――――――――――


今まで穏やかだったカイトの口調が、別物となった。


『どうして……誰かに助けを求めなかった!』
―――――――――っ!?」


カイトの想いに反応してか一際、蒼い後光(オーラ)が激しく迸る。
キラキラと光の粒子が舞い散り、カイトとモルガナ、両者を包み込んでいく。


「誰かに助けを求めるのは、そんなに恥ずかしいことなの……?」


凡てを自分で抱え込み、自分で解決することだけが、最良の方法だったのだろうか。


「アウラは僕に助けを求めたよ。
 ……君はどうなの? 誰かに助けを求めなかったの?」
『わ、私は……』


誰の理解も得ることなく、ただ破壊することだけが、生き延びる唯一の術だったのだろうか。


「助けを求める人の手を僕は振り払わない。
 僕のこの手は……この力は……人を守るためのものだから」


救い、滅び、どちらにもなる力。
一度は失い、また手に入れた幼き女神の想いの結晶。


「僕のために……《The World》のために……アウラのために」


目覚めろ、その魂。
黄昏から薄明へと移ろい、未知なる可能性へ赴く通過点。
本当の自分自身に出会うため。
それはやがて、新しい夜明けへと続く道に変わるのだろう。


「君は生きるために戦った、それは否定しない。生きることは戦いだから」


人間は皆、戦って死んでいく。
ネットワークで生まれた人工生命であっても、その観念は変わらないはずだった。


「僕も君と同じだ。
 僕も生きるために戦う。生きることを……素晴らしいと思いたい……!」


闘争に打ち勝ち、最終勝者となった者だからこそ理解し到達できる領域が存在する。
何かが始まる限界線。
物語を支配する調律者たる力を得た者だけが行使し得る、「優しさ」という名の磔刑措置。


「おいでよ、モルガナ。君がもう誰にも脅かされない世界になったんだ」
『く、来るなっ……来ないでっ! 来ないでくださいっ!!』


瘴気を撒き散らす下半身のサソリに構うことなく、カイトはモルガナに歩み寄る。
差し出された右手には光は燈っていない。
それどころか、カイトの躰からは光のオーラが完全に消え失せていた。
危害を加えることはない、自分は丸腰だという意思表示のつもりのようだった。


「今度は、僕が君を助ける番だと思うから――――――――


僕が……君を助けてみせる。絶対。
カイトの指先が、モルガナの指に触れるか触れないかの刹那だった。


『っ……私に、優しくするなっ……優しくなんて、しないでェェェェェェェェェェェェェ!!!!』


彼の想いすら畏怖の対象にしか見据えることの出来ないモルガナは。
自身の抱く想いの琴線に、少しでも触れられたことを恥辱と感じたのか。
カイトの手を振り払い、何度目かも忘れた奇声を上げるのだった。









*******************









「アンタさぁ……ホンット、女に甘いってゆーかさ」
「そーかな?」
「そーよ」


黄昏刻の古都を往く4人の男女。
紅い双剣士の少年を真ん中に、褐色の重剣士、純白ドレスの重斧使い、碧髪の双剣士の少女らが並んで歩いていた。
特に重剣士の少女は、何やら不機嫌極まりない様子である。


「トドメ刺しちゃえば良かったのに。
 わざわざ逃がしちゃうなんて……どーかしてるわ、イカれてるわ」
「酷い言われようだなぁ(汗)」
「で、でもカイトさんが無事で良かったじゃないですか」
「本当に……。心臓が止まりそうでしたわ」


良子らのフォローもブラックローズには一向に効き目がない。
それはそうだろう、元はと言えばブラックローズの弟のカズが未帰還者にされたのもモルガナが元凶なのだから。
彼女にとってはまさに因縁の相手なのだ。
カイトにあれだけの力があれば、一気にカタをつけてモルガナを斃すことだって出来たはず。
なのに―――――――――――――――――


「アンタってば見逃しちゃうんだもん! オマケに
『覚えていなさい、カイト! お前はいつか、必ず私の手で殺してあげます!!』
 とかなんとか、悪役にお決まりの捨て台詞まで吐かれちゃってさ! 
 ……今度こそモルガナを完膚なきまでにやっつける絶好の機会をみすみす逃すとか……アンタ、何考えてんのよ!?」
「ブラックローズさんっ、抑えて、抑えてください〜っ!」
「カイトさんの優しさを、どうか分かってあげてくれませんか?」


だがブラックローズの意見に対して、


「まあ、なんて言うか……ほら、ライバルがいないと寂しいじゃない?」


こう、あっさりと答えるのがカイトらしいと言えば、らしかった。
ブラックローズの怒りの沸点を超えるのを見越しているかどうかは、別としてだが。


「アホかーっ! 寂しくないっちゅーのっ!!」


アンタあいつに殺されかけたのよ、分かってんの!?とか。
私達がどれだけ心配したと思ってんの!とか。
てかアンタ、もしかしてモルガナがアウラの母親だから甘い顔したんじゃないでしょーね!?とか。
まさかとは思うけど、ア、アンタ、モルガナのコト可哀想とか思ってるワケ!?とか。
可哀想ならまだしも、もしかしてアンタ、モルガナのコト……ぜ、絶対許さないんだからね、そんなコト!などと。


「(うーん。やっぱり女の子って面倒だなぁ)」
「ちょっとっ!? カイト、聞いてんのっ!?」
「聞いてる聞いてる(笑)」


カイトからしてみれば言われの無い嫌疑で、あることないことを捲し立てたブラックローズだった。


「そう言えば……エオスさんは何処でしょう?」
「あれ? ホントだ、居ませんね……いつの間に居なくなっちゃったのかなぁ?」
「どうせ戦いが終わった後にでもログアウトしちゃったんでしょ。
 ……あんな戦い見れば、誰だって怖くなって腰抜かすわよ」
「へぇ。ブラックローズも腰、抜かしたんだ?」
「ぬ、抜かすかっ! ちゅーか、女の子の前で腰の話すんなっ!!」


あの双剣士の少年は、どうして3人の美少女に囲まれながら困った顔をしているのだろう?
道行くプレイヤー達の疑問を他所に、傍観者の立場からすれば羨ましい光景が、その後も小一時間続いたと言う。









*******************









「カイト……口惜しや……!」


瓦礫となって積み重なった廃ビルの影を這う、女が1人。


「トドメを刺さなかったコトを……必ず後悔させてあげます……!」


ボロきれを纏い、髪は乱れに乱れ、左眼に大きな傷があったが、確かに人間の姿をしていた。
四肢は健在、五体満足の状態。
薄い紫がかった銀色の長い髪を揺らし、息も絶え絶えに女は廃墟の街を彷徨う。
ルートタウンに属さない、《The World》内のアンダーグラウンド――――――――――――ネットスラムを。


「この私が、こんな貧困街に身を隠すコトになるとは……屈辱以外の何物でもありません……!」


ゴミと瓦礫に塗れた奇奇怪怪な異界。
住民はと言えば、自我を持っているかどうかも分からない低級な放浪AIや
ハッカーが冗談半分で作成した違法なプログラムが実体化したPC、
或いはリアルとネットの区別がつかなくなってスラムに身を置くしかなくなった課金者(プレイヤー)など
多種多様に及んでおり、まさに“人種のるつぼ”ならぬ“PCのるつぼ”状態。
それがネットスラムという街だった。


「渡会め……。
 碧衣の騎士団は何をやっていたのですか……!?」


瓦礫を避け、辿り着いた時に拾って纏ったボロきれが落ちぬよう
胸元辺りを手で押さえながら彼女は歩く。何せ、これを取ったら裸だからだ。
カイトから逃げ延びた後、一先ず身を隠さねばと思い、規制していたサソッカーを棄て、
一般PCになり済まそうと女性型PCを模したまでは良かった。
良かったのだが、戦いで殆ど力を使い果たしてしまい、服まで作成する余力も無かったようで。


「くっ……こんな、みすぼらしい……!」


まさしく今、彼女は落ち伸びている最中の落ち武者よろしく、落ち女神であった。


「アハハハハハハハハ! お姉さん、新入り? ねえ、新入り?」
「うるさいっ! クズデータの分際で、私に話かけるなど……ジャンクにしますよっ!?」
「怖ーいw アハハハハハハ!」


敵意剥き出しで、彼女は話しかけてきたネットスラムの住民を一蹴する。
頭部がいわゆる顔文字(アスキーアート)の類で構成された、歪な造りの男か女かも判別できない者だった。


「出来そこないのジャンクが……何と程度の低い街なのでしょう……!」


モルガナ・モードゴンから産み落とされた彼女からすれば、ネットスラムの住人は塵屑以下の連中である。
まがりなりにも《The World》の根幹、骨子、礎。
システムそのもの、女神そのものだったモルガナ。
そんな自分がジャンクの住まう薄汚い街に足を踏み入れることになろうとは。
モルガナの生まれ変わりと言っても差し支えの無い彼女にとっては、思ってもいなかった屈辱だろう。


「(しばらくは此処に身を置き、機会を待って……)」


待って、その先はどうするのだろう。
分からない。
今の今まで、カイトへの復讐とアウラの抹殺だけを考えていたのに。
その先を考えるのが、不意に怖くなってしまった。


「(怖い? 何故? どうして?)」


ヨロヨロと黄昏を遠ざけるように、モルガナは路地の中へと歩みを進めていく。
そうして歩きながら思考する。
その間も、カイトの双剣によって刻まれた左眼の傷が疼く。
薄明態に目覚めたカイトが、最初にモルガナに付けた傷。
それが左眼の傷だった。おかげで瞼は完全に閉じ、左眼だけは完全に失明状態だ。


「(何故、この傷だけは消えないのです……?)」


既にネットスラムに侵入した時点でモルガナのHPは回復済み、本来は痛みなど感じないはずなのに。
不思議と、左眼の傷だけは癒えないままだった。
無論、HPを全回復させたところで、カイトとの戦闘で失った力はすぐにも戻りはしない。
休養が必要なのだ。
幸い、このネットスラムならば栄養には困らない。
低級な放浪AIでも、喰らえば少しは足しになるはずだ。
モルガナからすれば下賤な食事方法であることに変わりはなく、
とことんまで自分を貶めている強迫感に苛まれること確実の栄養摂取方法ではあるのだが。


「(いえ……消したくない、というの? 馬鹿な……そんなコト、あるはずが……)」


無意識に、カイトが自身に一番最初に見舞った左眼の傷を残してしまったと言うのか。
有り得ない。理由が見つからない。
しかし、彼の言葉だけは未だ耳にこびりついているのも確かなのだ。



『今度は、僕が君を助ける番だと思うから――――――――



八相とあれだけの死闘を繰り広げておきながら、あの少年は一体何を考えているのか。
よりによって彼にとっては諸悪の根源であろう自分に、救いの手を差し伸べるなど。
自分は憎悪の対象でしかないはずだ。
誰からも憎まれ、疎まれ、愛されずに生きてきた。


「助ける、ですって……私を、この地獄のような輪廻から救おうと言うのですか、彼は……?」


アウラを救ったように、自分も救ってやろうと言うのか。
ならば見当違いも甚だしい。
自分を救えるのは自分だけだ。


「私に救いなど、不要です……っ!」


けれど。
嗚呼、けれど。
“救い”とは、何と甘美な響きなのだろう。
サヤの影を持つ、あの少年ならば。
もしや不可能を可能にしてしまうのではないか。
八相とクビアの撃破という苦行を為し終えた彼なら、もしや。


「っ……違う!
 違う、違う、違うっ! サヤの影持つ者に……カイトになど、私を救うコトなんて出来はしません……っ!!」


では、何故。
昏い路地に座り込み、佇む自分は。
彼が付けた左眼の傷を、こんなにも愛おしく指でなぞっているのか。


「何なのですか……バグ……? 
 一体、何ですか、この想いは……? ノイズが……生じる……なのに、苦痛じゃない……」


左眼に感じていた苦痛は、最早苦痛に非ず。
この指先も、僅かではあるがカイトの指に触れた。
本来ならば、彼の纏っていた蒼いオーラで消し飛んでいたはずの指だ。
けれど、彼がオーラを解除し、無防備だったからこそ可能になった刹那の邂逅。


「私、私は……どうしたら……嗚呼……」


モルガナが何事か呟きかけた、その時だった。


「いい身分ね……モルガナ」
「……っ!?」


路次の先の先。
暗闇の中から、彼女の名を呼ぶ者が在った。


「誰ですかっ……!?」


カツン。カツン。
ブーツの音が酷く耳障りなノイズに思えて仕方が無かった。
ソレが近づくと思う度、存在するかどうかもあやふやな心音が跳ね上がる。
そんなモルガナの緊張を余所に、闇の中から現れたのは――――――――――――――――――――


「お前は……」
「はぁい」


白い髪、白いドレス。
そして処女雪のように真っ白な肌。
少女の姿をした幽鬼がひとり、そこに居た。


「こんばんは。モルガナ・モード・ゴン」


闇の中、見つめてる。
少女の紅く光る眼が、モルガナの視線を釘付けにする。
酷く不安にさせ、感情を掻き乱す彩(いろ)をしている瞳だった。


「お前は……サヤと一緒に居た……呪紋使いの女ですね……!?」
「そう、エオスよ」


いつの間にかカイト達のパーティから離脱していたエオス。
カイトの下から逃亡する刹那、モルガナを凝視していた彼女の視線は、未だに覚えている。
ウイルスバグに寄生し、カイトを油断させて瀕死に追い込んだ時は必死になって泣き喚いていたエオス。
そのエオスが、どうして、
このネットスラムに―――――――――それもモルガナ・モード・ゴンの前に立ちはだかるのか。


「くすくす。可哀想……あたしに気づかないくらい、カイトにヤラれちゃったのね」
「何ですって……。
 お前は一体―――――――――――――――


蹲りながらも、モルガナは警戒を怠っていなかった。
そのはずだった。
が。





「貴女の左眼、あたしに頂戴」
「!?」





手を伸ばし、掴み取れ。
いつの間にかモルガナの眼前にまで迫っていたエオスの貌が歪み、白い指先が眼球目掛け、伸びていた。
カイトに傷をつけられ、瞼を閉じたままになっていたモルガナの左眼。
それをエオスは、強引に、信じられない程の力で、無理矢理に、抉じ開けた。


「貴女みたいなジャンクに、カイトとの繋がりなんて必要ないのよ」


突き立てられたエオスの指が、見る間にモルガナの顔面に喰い込んだかと思うと。
そのまま、一気に指を減り込ませ、見開いた瞳を指で摘み取って。
息を呑むことも許されず、驚愕の顔を崩せないモルガナの耳元で、こう囁きながら。



「ねえ? かあさん……」



グチャッ! ブチッ!!
鮮血と共に、かつて女神だった女の左眼を、エオスは抜き取った。
躊躇することなく。ドレスに返り血を浴びることも厭わず。


「あははははっ!」


カイトにも見せたことのない満面の笑顔を浮かべて。
無抵抗の女を嬲り、紅い双剣士の少年との唯一の絆を奪い、満足気に哂っていた。
その美しさに翳が差すことはなく、むしろ貌に飛び散った鮮血こそが彼女に相応しい化粧であるかのように。








ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
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アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア










女の叫び、叫び、叫び。
ネットスラム中を揺るがす、苦痛と哀切の叫び。
それは廃墟の街に長らく木霊し、やがてパタリと止んだ。
叫びの発生源である路地に、もう白い呪文使いの少女の姿はもうない。
左眼から夥しい出血を伴い、かろうじて命を取り留めている女が
何かを掴もうと僅かに垣間見える黄昏の宙に、手を伸ばしている姿が在るだけだった。
出血の概念。
それは彼女もまた《The World》に受肉し、祝福されたた存在であろうことを皮肉に、しかし如実に物語っていた。












「……そういうコトか」



廃ビルの屋上から、闇(ダック)の女王は凡てを視ていた。
凡てを視ていた上で、敢えて何もしなかった。
ここ(ネットスラム)は、そういう場所なのだ。


「アウラ……いいえ、エオスか。珍しいわね」


再誕によって完全体となったはずのアウラとは、また別の可能性を持つ少女。
このゲームが持つ自律性を思えば、何が起ころうと不思議ではない。
ハロルド・ヒューイックが究極AIたるアウラ(Aura)を生み出す過程で生じた放浪AIは数知れず。
しかし。もしも、だ。
かつてモルガナが呪紋使いの少女・司を使い、歪んだアウラを誕生させようとした、あの計画が実は成功していたとしたら?
腕輪の反存在としてクビアが生まれたようにアウラにも反存在が生じていたとしたら?
言うなれば、Another Aura(受け入れがたきもの)。


「世界を司る女神は1人でいい……。
 これから先、どうなるか……見届けさせてもらうわ……エオス」


暁の女神のもう1つの名を呟き、女王は夕闇に染まる廃墟の街から去って行った。
生れながらの蛭子の行く末、総じては《The World》の未来を案じて。                                                                【The End】

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