.hack//JOJO ハセヲの奇妙な冒険 - トーナメント編 第20話
『バカな奴は単純なことを複雑に考える。普通の奴は複雑なことを複雑に考える。賢い奴は複雑なことを単純に考える』


【稲盛和夫  京セラ創業者】

八咫の右腕たるパイとて窺い知れぬこともある。
今とて、ハセヲチームと“がび”チームの試合が開始される数十分前から
旧い友人の連絡を受け、G.U.メンバー以外の者が知識の蛇へと足を踏み入れていることを彼女は知らない。
ゲストキーは不要、女神の寵愛と加護を受けた彼にそんなセキュリティは意味をなさない。
彼、勇者カイトには。


「調子はどうかな……?」
「久し振りに身体動かす割にはいい感じだよ。ありがとう、ワイズマン。……あ、今は八咫か(汗)」
「それは何より」


このトーナメントにどうしても不可欠な要素がある。
それは単にイベントを盛り上げるためなどではなく
真理を追求する彼にとって、かつての友の助力なしには達成できない事柄。
だから身体を、手足を彼に還した。
女神の加護によって去年の火災によるデータ損失を免れた勇者のPCボディを、本来の持ち主である彼へと。
あの天城や番匠屋でさえも存在を知りながら一切の手出しをできなかった、あのPCを。


「ロストグラウンドで回収できた碑文の解析、進んでる?」
「一言で言えば解読不能、だな。……すまないが、あと少し待ってほしい」
「らしくないね」


既にカイトも八咫より大まかな情報を得ている。
今回の《The World》への復帰はなつめとの再会のためでもあり、彼の計画に協力するためでもある。
遂行に欠かせないのが碑文、そして勇者の存在。
彼の持つ腕輪の力がどうしても必要だった。
アウラが対AIDA対策に生み出した三爪痕こと蒼炎のカイトでは、どうしても達成できない。
それ故に。


「全部で16箇所か……。
 あの“逆さまの城”とか“巨大生物の体内”とか“月の裏”もロストグラウンドだったのかなぁ」
「今は失われてしまってはいるが……恐らく、そうだ。
 残されたロストグラウンドに埋設されていた碑文だけで計画を進めるしかあるまい。
 今後も君の助力を仰げると有難いのだが……」
「いいよ。何だかワクワクするよね(笑)」
「故人曰く『全ての道はローマに通ず』」
「そして『全てのロストグラウンドは黄昏の鍵に通ず』……か。
 うーん。腕輪がキーアイテムなのは間違いなさそうなんだけどな」


『グリーマ・レーヴ大聖堂』『アルケ・ケルン大瀑布』『死世所エルディ・ルー』
『モーリー・バロウ城砦』『王者の島イ・ブラセル』『嘆きの都 エルド・スレイカ』
『コシュタ・バウア戦場跡』『糖蜜の館 シフ・ベルグ』『ギャリオン・メイズ大神殿』
『竜骨山脈 ブリューナ・ギデオン』『背面都市 マグニ・フィ』『罪界 ラーン・バティ』『創造主の部屋』。
これまでにユーザーによって発見されたロストグラウンドは13箇所。
上記のものに、新たに発見された
『六鳴山アル・ファデル』『バル・ボル美術館』『曙光の都アーセル・レイ』
を加えると16箇所となる。
その1つ1つのエリア内に碑文が埋蔵されており、既に八咫によって全てが回収済み。
《The World》の前身、《フラグメント》の時代から人目に触れずひっそりと眠っていた
それらの碑文は、天城の起こしたデータ損失事故の影響を受けることもなく2007年から実に10年の間、
八咫に回収されるのを待っていたのだ。


「だが、碑文を解読・解析していて分かったことも幾つかある。
 エマ・ウィーラントのネット叙事詩『黄昏の碑文(The Epitaph of the Twilight)』を原型に
 ハロルド・ヒューイックが西欧諸国に伝わる数々の神話や伝説をモチーフとして組み込んだ
 壮大な物語……それが《The World》。そして彼とエマの娘、究極AIアウラを誕生させるための揺り篭。
 それが《The World》。
 少なくとも、今まで私はそう考えていた……」
「違うの?」
「ハロルドの目指していたものは『人間とコンピュータの調和のとれた未来』。
 だから不特定多数の人間の集うネットゲームを、その実験場に選んだのだと……
 しかしAIDAの自己進化や碑文の反存在であるクビアの復活を機に、私はある疑念を抱いた。
 以前、君は言っていたな……
 『僕達はやっと気づいたんだ。ハロルドの作ったこのゲームの、本当の遊び方に』と。
 私も思い始めた。
 もしかしたら……我々はまた、このゲームの遊び方を間違ってしまっているのではないか、と……」


ただモンスターを倒してレベルをあげ、イベントに参加してアイテムを手に入れるだけがネットゲームではない。
ネットゲームにそもそも終着点などないのだ。
料金を払い続ける限り、キャラを削除しない限り、ログインし続ける限り、サービスが停止しない限り……
そこに世界がある。永遠がそこにあるのだ。


「AIDAだけではなく、我々ヒトもこのゲームによって進化できるとしたら……?」
「……どうだろう。
 僕が腕輪を手に入れたり碑文使いって人達が八相……憑神を使えるようになったりしたのは、進化って言えなくもないけど」
「……いずれにせよ、私の憶測に過ぎん。忘れてくれ」 


ゲームが人を進化させる。
突拍子もない話かもしれないが、AIDAに感染したプレイヤーの脳内に突如として
出来たあの腫瘍……CC社がプレイヤー達を密かに隔離して調査した結果、
AIDAによって齎されたものだということも分かっている。
未帰還者とは現実に還れない者達。
だが言い換えれば、《The World》がある限り、ずっとこの世界に留まれるとも考えられないだろうか。
リアルの肉体は歳を取るが、精神は《The World》に居さえすれば老いも知らず。
かつて、呪紋使いの少年がリアルを「クソみたいな世界」と罵って帰還を拒んだように。
女神の義母たる銀色の髪の少女が、大好きな双剣士の少年との永遠の追いかけっこを望んだように。


「ヒトは無限の可能性を秘めている……。
 もしかすると、君こそがこのゲームに進化の可能性の体現者なのかもしれないな。
 古代ケルトの英雄達の様に……」
「……この世界の元型(アーキタイプ)もケルト神話だよね?」
「然り。
 例えばバルムンクとオルカに与えられた『フィアナの末裔』の称号。
 フラグメントのテストプレイ期間中にネット詩人W・B・イェーツなる人物の
 BBSの書き込みによって広まったが、本来はケルト神話の1つ……『フィアナ騎士団伝説』に因んでいる」


西欧圏の出身であるエマとハロルドならば、ケルト神話体系を《The World》に採用してもおかしくはない。
ケルト神話は西ヨーロッパから中央ヨーロッパの広範囲に渡って信仰された物語。
日本で言うところの
「桃太郎」「浦島太郎」「金太郎」「龍の子太郎」のように馴染み深く
老若男女問わず誰もが知っている物語……とでも言えばいいのか(龍の子太郎はややマイナーだが)。
幼少期に見聞きした物語は、その人間の性格や精神形成に大きく関わると言う。
いわゆる仏教思想における因果応報(良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが起こる)の
教えのように宗教色に物語が染まってしまっていることも珍しくはないが、
ケルトの神話においては独自の発展を遂げて地域ごとに特色が異なることが多い。
21世紀においても未だにコーンウォールやウェールズの人々が妖精の信仰を止めず、
その年の最初に絞った牛の乳を「大地の妖精に」と土に零すように。
或いは昨日まで何も無かった草原に環状の窪みを見つけると「妖精達が昨夜踊っていたんだ」と呟くように。
長い年月を経ても失われぬ神性。人々が語り継ぐことで、神話は不死性を得る。
彼(か)のコティングリー妖精事件の如く。


「そしてフィアナ騎士団の伝説から、聖剣王の伝説が派生する。
 木々にリンゴの実る美しき永久の楽園にて、最期の時を迎えた悲劇の王。
 人から人に語り継がれることで12人の円卓の騎士と聖杯をも手中に収め、
 現代にも色褪せず語り継がれる彼もまた……不死性を得た伝説の一つなのだろうな」
「アーサー王……ランスロットとかガウェインが出てくる話だよね? ブリタニア列王史?」
「左様。
 説によっては12人以下とも300人とも言われてはいるが……一般的に円卓の騎士は12人とされている。
 ……皮肉だな。
 今、この世界に留まっているドットハッカーズと碑文使いを含めれば……やはり12人だ」
「ホント? えーっと、ドットハッカーズが僕、なつめ、ぴろし3……八咫とエルクはどっち?」
「碑文使いにカウントしてくれて構わない」
「じゃあドットハッカーズが3人か。
 で、碑文使いが八咫とエルクを含めて8人……あれ、1人足りない?」


7年前。
反存在クビアを倒してアウラを再誕させ《The World》を救った伝説のパーティ・ドットハッカーズ。
八咫(ワイズマン)の言う通り彼とエンデュランス(エルク)を除けば、
今現在ログインしてこのゲームに残留している、かつてのドットハッカーズメンバーはカイト、なつめ、ぴろし3の3人のみ。
加えて、散逸したモルガナ因子をPCに宿し、
反存在クビアを倒してネットワーククライシスの危機を回避した碑文使いなる存在は
ハセヲ、アトリ、クーン、八咫、朔望、エンデュランス、パイ、オーヴァン。
既にこの世界に溶け込んでしまったオーヴァンを「ログインしている」とするならば、確かに8人である。
だが、それでは11人しかいない。
残りの1人は?


「第一相・スケィスを駆る碑文使いが、もう1人存在する。ハセヲ以外に……」
「……カールって子か」
「恐らく、明日の決勝で戦うことになるだろう。彼女は、女神の育ての親だ……」
「アウラの……うーん。やり辛いなぁ」


訝しげな表情から一変、アウラという言葉だけでカイトの顔が綻ぶ。
疑問よりも好奇心が勝ったらしく、
数十分後に行われる試合よりも明日の試合が楽しみになった……そんな顔だ。


「いずれにせよ、ロストグラウンドで発見された碑文の解読は進める。
 君はハセヲとなつめを助けてやってくれ。
 もう間もなく試合が始まる。特にハセヲは、楚良の覚醒兆候のためか本調子ではないようなのでな……」
「分かった」


理想郷の標となる、黄昏の鍵を持つ勇者カイト。
八相全てのデータを取り込むことで、キー・オブ・ザ・トワイライト(黄昏の鍵)と化したハセヲ。
2本の鍵が織り成す物語は、
ようやくここからゆっくりと……それこそ、歩くような速さで始まる。


「……始まるね。僕達のRA計画が」
「そして最後のロストグラウンドへの扉が開く。
 ――――――――――理想郷(アヴァロン)への扉が」


【 TO BE CONTINUED... 】

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