IF20・To meet again,someday

366 :To meet again,someday :05/03/03 21:58 ID:LeuGh/Pw
雲行きが怪しくなっていく空の色。
せめて今日の日ぐらいは快晴でいて欲しかったものの、
世の中そう思い通りにはいかないものだ。

午前中は行事にかかりきりだった為に残っていた事務仕事も
漸く一段落つき、紅茶でも淹れようかと棚に向かった折、
姉ヶ崎妙は窓の端から覗いた空を見上げて眉をひそめた。

目線を下げると、泣きながら抱き合う生徒達の姿が散見される。
青春だね、と妙齢の女性相応の感想が浮かんだ。
「さて」
一言呟いて行動を再開する。
ティーサーバーを棚から取り出し、
紅茶葉の入った缶を手に取った瞬間。
「あ、忘れてた」
空っぽの缶を棚に戻し、
買い置きしておいた筈の茶葉の行方に頭を巡らせる。

とその時、扉の向こうの人影に気付いた。
また保健室独特の入りにくさに身構えている生徒がいるのだろうか、
と笑って彼女は自分から扉へと向かい、開け放った。

「だーれ……え?……」



367 :To meet again,someday :05/03/03 21:59 ID:LeuGh/Pw



「どうしたの?気分でも悪くなった?」
入室を促して備品棚の所へ向かう。
しかし播磨拳児は押し黙ったまま、
何か言い出しにくそうな顔で突っ立っていた。
「それにしても……ハリオももう卒業か。
……寂しくなるね、本当に」
そう言って播磨に向き直った彼女の目の前に、
一通の大判封筒が差し出された。
「えっと…何?」
戸惑う姉ヶ崎に、播磨が済まなそうな笑顔で応えた。
「その……前に、約束したじゃないスか。
『描き上がったら一番に見せる』って。
……随分時間が掛かっちゃいましたけど」
ああ、と思い出す。
前に同居していた時、そんなやり取りがあったことを。
全く些細な約束だったのに、
彼がその事をしっかり覚えていてくれた事が純粋に嬉しく思えた。
「ふふ……うん、確かに約束したよね。
じゃ、心して読ませて貰うから」
にっこりと笑って、姉ヶ崎は封筒を受け取った。



368 :To meet again,someday :05/03/03 22:00 ID:LeuGh/Pw



ある雨の日。
女は濡れ鼠になっている男に、傘を差し出す。
ねえ、あなた。何してるの、こんなトコで?
男は言った。
半ば自暴自棄に、自虐的に。
彼女が行ってしまったと。
自分を裏切って、他の男と婚約してしまったんだと。
彼女が傍らにいない世界なんて、何の意味も無いとまで。
そんな男に、彼女は優しく微笑んで。
ウチに来なよ。
行く当ても無い迷い鼠には、抗う理由など無かった。

彼女との生活は、
決して男の心の穴を埋める事は出来なかったものの。
彼女の優しさは、人を信じる心を少しずつ男に取り戻させていく。

そんなある日、男は街中で一人の女性に出会う。
会った途端に彼を平手打ちにしたその女性は、
男のかつての最愛の恋人の親友だった。
彼女は言った。
親友が婚約した理由は、あなたの為だったのだと。
あなたの絵の才能を殺させない為に、
愛してもいない男に己の身を捧げたのだと。
なのにあなたは、絵を描くことすら止めて
こんなところで一体何をやっているのだと。
そして、明日は彼女の結婚式である事も。




369 :Classical名無しさん :05/03/03 22:00 ID:weM189Oc
しえん


370 :To meet again,someday :05/03/03 22:01 ID:LeuGh/Pw
衝撃を受ける男。
どうして良いかわからず帰った男を、
同居人の彼女は優しく抱きしめる。
ちゃんと、向き合わなくちゃ…自分の気持ちに。
彼女の言葉に、男は決意する。

厳かに進行する婚礼の式典。
そして、新婦が誓いの言葉を述べる直前、
男が教会の扉を開け放った。
驚き、うろたえる皆を他所に、
男は新婦を抱きかかえて連れ去っていく。

新婦を停めてあったバイクに乗せ、自分も跨ろうと思った時。
こちらを見つめる視線に男は気付く。
見るとそこには、この数週間一緒に暮らした女性の姿があった。
ぐっと拳を掲げる彼女。
男は深々と頭を下げる。
そして追っ手の声が近付くと、
バイクに乗って風のように走り去っていった。
女性はその後姿を、見えなくなるまでじっと見守って…。






371 :Classical名無しさん :05/03/03 22:02 ID:STts8Yl.
やあ誕生日とはいいものですな(*´ー`)


372 :To meet again,someday :05/03/03 22:03 ID:LeuGh/Pw
「…もしかして、この話ってモデルがあるの?」
くすくすと笑いながら、姉ヶ崎が顔を上げて播磨を見た。
播磨は頬を掻きながら、恥ずかしそうに肩を竦める。
「本当は、もっと早くに描きあげてたんスよ。
でもどうしても、納得いく結末が描けなくて、ね……」
「ふうん」
原稿を封筒に大切にしまい、口を閉じる。
播磨に差し出すと、
「いや、良かったらオネーさんに貰って頂ければと」
「え、良いの?」
思っても見なかった申し出に、単純に喜ぶ。
「はい。お世話になったお礼に……なってれば良いんスけど」
自嘲気味に。
如何にも彼らしい、と姉ヶ崎の顔がまた綻んだ。
「十分だよ、本当に」
彼女はゆっくりと播磨に近付くと、そっとその胸に身を預けた。



373 :To meet again,someday :05/03/03 22:03 ID:LeuGh/Pw



「少しだけ、こうしてても…良い?」
恋人同士というには他所他所しく、
赤の他人というには親し過ぎる…そんな距離の抱擁。
播磨は暫く無言で、姉ヶ崎の身体を預かったまま立ち尽くしていた。
「…!」
刹那、そっと優しく背に回された感触に、姉ヶ崎が一瞬身体を震わせる。
それは決して不快や畏怖によるものではなく。
応えて貰えるだろうとは思っていなかった事への、ただ純粋な驚き。
「…………ありがとう、オネーさん」
低い、小さな声。
しかしそれは強く逞しい言葉だった。
「うん……ありがとう、ハリオ」
知らず笑みが零れた。

ありがとう。

なんて素敵な言葉だろう。
目を閉じて、播磨との様々な思い出を姉ヶ崎は思い起こす。
決して長い時間一緒に居たわけではなく、むしろホンの僅かで少ない思い出。
それでも彼という人間を知る事が出来たのは、
限りなく彼女にとって貴重な財産だと思えた。



374 :To meet again,someday :05/03/03 22:06 ID:LeuGh/Pw
「……ん、もう良いよ、ハリオ。
また誰かに見られたら大変かもしれないし」
すっと身を離す。
それはつい先刻まで感じていた温もりが、
急激に失われる寂しさとなる。

二人に訪れる、少しの静寂。

先に破ったのは、姉ヶ崎の方だった。
「ねえハリオ」
「何スか?」
姉ヶ崎は先ほど仕舞った封筒から原稿を一枚取り出す。
それは、ラストシーンのページだった。
「このラストは、ハリオにとって
納得のいく結末だったのかな?」
「……わかんないんスよ。でも、これしか結局浮かばなくって」
今度は照れた様子も無く、真摯に答えているようだった。
そんな播磨を見ていると、
寂しいようで、でもとても優しい気持ちになる。



375 :To meet again,someday :05/03/03 22:06 ID:LeuGh/Pw
「そっか…。あ、もうこんな時間だ。良いの?こんなに長居してて」
姉ヶ崎の言葉に、播磨が、やべえ、と声を上げる。
「いけね、バイトに遅れちまう。…じゃ、俺もう行きます」
「うん。……またね、ハリオ」
「ハイ…オネーさん、またいつか」
さよなら、とは言わなかった。
口にすれば、本当にさよならになる気がしたからだろうか。
それは播磨も同じだったのか、
『ありがとう』の言葉すら過去形にしなかった。

廊下に出て、走り去っていく播磨の背中を見送りながら。
姉ヶ崎は、今度あの背中を見る時は、
どれだけ大きな背中になっているのだろうかと考えていた。

部屋に戻り、机に置いてある原稿を手に取る。
ラストシーンに姉ヶ崎はもう一度目を通した。



彼女が、男の花嫁誘拐事件を見送ってから数ヵ月後。
あの時とは違う場所、違う男、
だがしかし同じように濡れ鼠になっている男に出会う。
彼女はそんな男にゆっくりと近付き、傘を差し出す。

ねえ、あなた。何してるの、こんなトコで?




2010年11月21日(日) 11:53:41 Modified by ID:/AHkjZedow




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