カテゴリー
このウィキの読者になる
更新情報がメールで届きます。
読者数:1名
このウィキの読者になる
タグ

非人称受動01

Cabredo Hofherr (1999) "Two German Impersonal Passives and Expletive pro"のレビュー

1. Introduction
ドイツ語の動詞受動構文は基本的に助動詞werdenを伴います。ドイツ語はいわゆるpro脱落言語ではない(1)にもかかわらず、非人称werden受動では虚辞のesが生じてはいけません(2)。もしesが生じた場合、これは虚辞ではなく三人称単数中性代名詞の解釈(人称受動)が可能(3)ですが、動詞の性質上、人称受動が許されない場合には当然、非文法的になります(4)。
(1) Gestern kam *(er) zu spät.
(2) Gestern wurde (*es) kange diskutiert.
(3) Gestern wurde es früh gegessen.
(4) Gestern wurde es früh geschlafen.

2. The Semi-pro-drop Analysis
第2節では、非人称受動文の主語が空になることについての先行研究を概観し、問題点を指摘します。

生成文法の枠組みでは、ドイツ語が「準pro脱落言語」であるという分析が一般的です。「準pro脱落言語」に対して、スペイン語のような「完全pro脱落言語」も存在します。スペイン語では、動詞の活用で主語の数や人称が明確になりますから、人称代名詞主語は極力(あるいは完全に)省略されます(5a)。それに対し、準pro脱落言語のドイツ語では、(5b)のような非人称代名詞(proexpl)のみが省略可能であると言われてきたのです。
(5) (スペイン語)
  a. pro hablo.
  b. proexpl es evidente que quieren invitarnos.

空の虚辞を仮定することによって、非人称受動の主語位置が「空でありうる理由」と「空でなければならない理由」が説明できます。
  • 前者:proexplが主語位置を占めているため
  • 後者:代名詞回避原理(6)「音形を持つ代名詞の出現が回避できる場合は回避しなければならない」(cf. Chomsky (1981:65 (5)))
proexplが生起すると仮定していますから、代名詞回避原理が適用でき、空の虚辞しか生じないことが結論します。

2.1. The Distribution of Expletives in German
「準pro脱落」分析では、非人称受動の空の主語を虚辞と見なしていますが、この分析には数々の問題があります。
□ドイツ語では、能動文の非人称用法において、虚辞の脱落が許されません。このesを虚辞ではなく「準項」と見なすとすれば、真の虚辞はproexplしかないということになり、実際そのような提案がなされてきました。
(7) Vorhin hat *(es) am Fenster geklopft.
(8) Heute schneit *(es).

□外置の際に生じるesは省略可能な場合(9a)もありますが、省略不可能な場合(9b)もあります。proexplと代名詞回避原理をからめた分析では、この現象を説明することができません(当該原理に従えば、代名詞は絶対に生起するか、生起不可能かのどちらかだからです)。
(9) a. ...dass (es) klar war, dass es so kommt.
   b. ...dass *(es) keinen Verdacht erregte, dass ...

□ドイツ語と同じくゲルマン系に属するオランダ語やデンマーク語には、2種類の(音形を持つ)虚辞があるといわれます。1つは真の虚辞、もう1つは準項の虚辞です。外置の場合、主語位置を占めるのは準項のステータスを持った虚辞のみです。
(10) (オランダ語) ...dat het/*er mij irriteert dat ...
   (デンマーク語)...at det/*der irriterer mig at ...      (例はVikner (1995:235)より)

□ドイツ語には他にも非人称構文があり、その1つである非人称中間構文(11)では、proexplではなく虚辞esが生じなければなりません。proexpl分析では、非人称受動構文と非人称中間構文の主語の性質が異なると言わなければなりませんが、主題役割などにも違いはなく、虚辞が表面に現れるか否かの違いしかありません。
(11) Hier lebt *(es) sich gut.

2.2. Conclusion
ドイツ語を準pro脱落言語と分析することには、様々な問題があることを見てきました。それに対して、ドイツ語の虚辞の分布は、それが現れる統語構文によって変わり、proexplが生じるのは非人称受動に限られることも見てきました。第3節・第4節では、音形を持った語彙的な虚辞が全く生じることのできない構文、すなわちsein受動とwerden受動に焦点を当てて論じていきます。先行研究での仮定に反し、非人称受動で音形を持った虚辞が生じることのできない理由は、ドイツ語が「準pro脱落言語」だからではなく、過去分詞の特性と、過去分詞が現れる統語環境との相互作用によって説明できると主張することになります。具体的には、自動詞(特に非能格動詞)が空の目的語を持ち、これが受動文の主語に対応しているという提案を出します。

3. Sein- and werden-passive
3.1. The Sein-passive
ドイツ語のsein受動は、seinと過去分詞で作られます。werden受動同様、人称受動(12)・非人称受動(13)があります。
(12) Der Garten ist gegossen.
(13) Er sah, dass eingekauft war.

werden受動と同様、やはり虚辞esは生じません。仮に生じたとしても、虚辞の解釈はありません。Rapp (1997:214)にも似たような例が挙がっています。
(14) a. Er sah, dass schon serviert war.
   b. Er sah, dass es schon serviert war. [esは食べ物を指す]

a. weil geöffnet/aufgetischt/serviert ist
b. weil genug getanzt ist           (Rapp (1997:214 (4c-d)))

3.2. Interpretive Differences
werden受動とsein受動には、解釈上の違いがあります。1つは動作読みの可能性であり、もう1つは再帰読みの可能性です。
□動作読みと結果読み
werden受動は、能動動詞の持つ動作性を修飾する副詞とも共起しますし、動作性を失った結果性を修飾する副詞とも共起します(15)。しかし、sein受動は結果性を修飾する副詞のみを許します(16)。
(15) Der Brief wird langsam/mit riter Tinte geschrieben.
(16) Der Brief ist *langsam/mit roter Tinte geschrieben.

□再帰読み
werden受動は、文法上の主語と(含意された)動作主が異なる解釈のみが可能ですが、sein受動はそれに加え、動作主が文法上の主語自身である解釈も可能です。たとえば、(17)は「Hansが洗われている」という意味ですが、洗っている人はHansかも知れないし、Hans以外の誰かかもしれません。werden受動であれば、Hans以外の誰かによって洗われているという意味にしかなりません。
(17) Hans ist gewaschen.

4. The Analysis
4.1. The Sein-passive
Levin and Rappaport (1986)は、英語の形容詞受動を過去分詞に対する「語彙範疇変化操作」によって分析しています。
(18) V [Part] → [V [Part]]A

しかし、ドイツ語の形容詞受動には適用しがたい部分があります。Kratzer (1996)は、形容詞受動化を受けた動詞が、内在格の支配を維持できる点で(「語」ではなく)「句」であるとしています。
(19) Das Land war ihm abgeschmeichelt.

ここでいくつかの仮定をたてます。1つは、ドイツ語の形容詞的過去分詞が、VやVPへの形容詞接辞付加によって派生されるということ、もう1つは動詞の外項が動詞句外に導入されることです。第2の仮定に関して、外項を導入するのはKratzer式に言えばVOICE主要部であり、この主要部は同時に対格も導入することも仮定できます。

対格目的語をとるような動詞の現在分詞は形容詞化できません(22)。
(22) *Der Mann ist seine Kinder liebend.

分詞は形容詞化するとVoicePの投射を妨げることが分かります。VoicePが投射されないとなると、上の仮定より、外項は統語的に存在しないことになります。sein受動は、語彙的性質を持つものも統語的性質を持つものも、構造は純粋な形容詞を伴うコピュラ文と同じだということになります。
(23) a. Das Haus ist gestrichen.
   b. Das Haus ist blau.

4.2. The Werden-passive
werden受動でも、派生の順序としては最初に内項を投射しますが、Hofherrの提案として、続いてVoicePを投射するものとします。VoiceP主要部を占めるのは助動詞werdenです。
(24) [VoiceP [Voice' [Voiceº werden] [VP object [V' V]]]]

VoiceP主要部は「対格目的語が導入可能」ではありますが、動詞のwerden(「〜になる」の意味)が対格目的語を取れない(25)ために、具現するのはただ1つの主格項のみです。この項は内項であり、VP内にマージするために、主語項((25)ではer)が認可される時点ではすでに統語計算に導入されていなければなりません。
(25) Er wird der neue Gesundheitsminister.

助動詞がseinの人称受動に対して、同じ助動詞をとる非人称受動が存在します。助動詞werdenをとる人称受動についても同様に非人称受動が存在します。各々の助動詞は人称受動か非人称受動かによって統語構造を変えるとは見なしづらく、過去分詞も同じ受動助動詞に対して一貫した統語構造をもつと考えるのが自然です(sein受動の場合、人称受動でも非人称受動でも過去分詞はAPであり、werden受動の場合、人称受動でも非人称受動でも過去分詞はVP)。すると、あることが想定できます。つまり、人称受動は直接目的語を主語に「配置換え」する操作である(→そのために、基底動詞は原則として他動詞)ならば、非人称受動(原則として非能格動詞にのみ適用)も直接目的語を主語にかえる操作だということです。非能格動詞は自動詞ですから、定義上、目的語は持たないものです。しかし、同族目的語構文などのように、時折目的語が顔をのぞかせることがあります。本稿は、ドイツ語の非能格動詞が全て「空の同族目的語」を持ち、これが「統語的に具現する」と考えます。

さらに、非能格動詞の空の目的語はVP内に生起しますが、人称受動とは異なり、そこから移動する(VP外に出ていく)ことはないと仮定します。人称受動の場合、(VP外に移動して)目的語は主格を付与されて主語となることで認可されますが、非人称受動の空の目的語も主格を付与されることで認可されると考えます。ただし、VP内に留まったままですが。すると、ドイツ語の非人称受動はVP内に「空の主語」を持つことになります。

では、ある名詞句(主語に対応するもの)がVP内で主格を付与されることは可能でしょうか。ドイツ語の二重目的語構文では、対格目的語がwerden受動文では主語になりますが、この主語がVP内にあるという事実があります。
(26) a. dass Hans einem Jungen dieses Buch gegeben hat.
   b. dass einem Jungen dieses Buch gegeben wurde.

続いてオランダ語のデータを見てみましょう。オランダ語には、与格と対格を明示的な格変化で区別はしませんので、語順が重要です。英語と同様、オランダ語の間接目的語も名詞句単独で、あるいは前置詞を伴う形で表現され得ますが、前置詞を伴わない場合、直接目的語に先行しなければなりません。
(27) a. dat de jongen (aan) het meisje het cadeau gaf.
   b. dat de jongen het cadeau *(aan) het meisje gaf.
(28) a. dat (aan) het meisje het cadeau werd gegeven.
   b. dat het cadeau *(aan) het meisje werd gegeven.
(28)は(27)をそれぞれ受動化した例です。先ほどのドイツ語の例は、二重目的語構文が受動化されると、直接目的語が「その位置で」主語になることを示すものでした。(27)-(28)のオランダ語の例でも同じことが示せます。前置詞の省略可能性をみると、(28b)は(27a)ではなく(27b)から作られたものであると考えられます。もし(27a)から(28b)が作られたとすれば、当然直接目的語het cadeauのNP移動があるはずなのですが、前置詞のふるまいが違う以上、この分析は妥当ではないと考えるのが筋でしょう。一方、(27b)から(28b)が作られたとすれば、直接目的語het cadeauの位置は変わっていません。すなわち、NP移動はないことになります。

4.3. No Expletive Subject
句がベースのsein受動、werden受動では、基底目的語が目的語位置(VP指定部)にあります。これは、人称受動(目的語が主語位置に移動する)でも非人称受動でも同じです。
(29) [VP sein [AP A [VP object V]]]
(30) [VoiceP [Voice' werden [VP object V]]]

非人称受動の場合、空の目的語があると仮定しています。空の目的語は格をもらわなければなりません。ここでもらう格は「主格」です。本来は主語位置に与えられるべき主格が、非人称受動構文では空の目的語に与えられるというわけです。主格がすでに目的語に与えられてしまっていますから、主語位置(IP指定部)に語彙的な要素(虚辞含む)が生じることはできません。格フィルターに違反してしまいます。ところが、非人称受動は虚辞esが文のはじめに来ることがあります。主語位置以外で文の先頭、あるいは動詞に先行する位置で可能なのはCP指定部です。ドイツ語はV2(動詞第2位)言語ですから、定動詞はCP主要部まで繰り上がります。その際、(語彙的な)虚辞が直接CP指定部に挿入されれば、格の問題は起こらないことになります。
[CP 虚辞 C [IP 主語位置 [VP 目的語位置 V]]]
(31) [CP Es [C' wurde [IP [VP null object [V' getanzt.]]]]]

語彙的sein受動(32a)が、単純な形容詞文(32b)を許すという事実を見ると、上述のような類似性は姿を潜めてしまいます。つまり、語彙的sein受動とsein形容詞文は、es主語、すなわち語彙的虚辞が主語位置に生じるという事実があるのです。
(32) a. Bei dir ist (es) immer so aufgeräumt.
   b. Bei dir ist *(es) immer so ordentlich.

(32b)の形容詞文の虚辞は省略できないために「主語位置」に生起していると考えられますが、(32a)の語彙的sein受動の虚辞は省略してもしなくてもよく、省略できない場合は主語位置に、省略した場合は(29)のように分析できます。

4.4. The Interaction of Werden with the Perfect
本稿のこれまでの議論では、受動の助動詞werdenがVoiceP主要部に生じると分析してきました。4.2節でもそのような分析の利点を挙げていましたが、ここでさらなる証拠を見ていきます。それは、受動のwerdenと語彙的動詞の結びつきが、動詞と完了助動詞の結びつきよりも強いということです。

完了と項構造の相互作用が見られる言語はいくつもありますが、ドイツ語の法助動詞もその一つです。法助動詞には「根源的な解釈(root)」と「認識的な解釈(epistemic)」があるといわれています。例を挙げると次のようになります。
rootepistemic
may, mögen〜かもしれない〜してもよい
must, müssen〜しなければならない〜するにちがいない
can, können〜できる〜でありうる

つまり、Er muss lachenといえば、「彼は笑わなければならない」(根源解釈)と「彼は笑うに違いない」(認識解釈)という2つの解釈が出うるわけです。しかし、完了では認識解釈が影を潜め、根源解釈のみが可能になるといわれています。これは、完了と(法(助))動詞の相互作用であると考えられますね。具体的には、完了助動詞が法(助)動詞の項構造に何らかの影響を与えているということです。
(33) Er hat lachen müssen.
   ○「彼は笑わなければならなかった」
   ×「彼は笑ったに違いない」
※ドイツ語の法助動詞には、本動詞としての用法があり、語順に違いがあります。
  • 助動詞:Er muss lachen haben.
  • 本動詞:Er hat lachen müssen.
本動詞としてのmüssenは、完了のhabenに選択され、かつ自身も別の動詞をとっているとき、通常の過去分詞形gemusstではなく、不定形と同形のmüssenとなります。例(33)はまさにそのような例であるといえます。

werden受動の完了形でも興味深い現象があります。この受動文を完了形にすると、werdenの過去分詞形にはge-がつきません。「〜になる」という意味の本動詞werdenの過去分詞にはge-がつきますから、ここに何らかの影響を認めざるを得ません。
Er ist Lehrer geworden. 「彼は医者になった」
(34) *Heute ist lange gearbeitet geworden.
   Heute ist lange gearbeitet worden.

一方、sein受動ではseinが過去分詞でもge-を維持し、完了助動詞habenでも同じことが観察されます。
(35) a. Das Haus ist angestrichen.
   b. Das Haus ist angestrichen gewesen.
(36) a. Er hat angerufen.
   b. Er hat angerufen gehabt.

(34)と(35)-(36)の違いはどのように説明されるでしょうか。ここで、Wyngaerd (1996)の提案する過去分詞構造(37)を仮定しましょう。また、werden受動は、(24)のような構造を持つと仮定しています。
(24) [VoiceP [Voice' [Voiceº werden] [VP object [V' V]]]]
(37) [FP -t [V' V [geP ge-]]]

gePがVoicePとVPの間に挿入されると、Vに生じる語彙的動詞の主題領域が分割されてしまいます[werdenから主格や対格が転送されない、ということかな?]。また、VoiceはVP以外を補部に取れないともいわれています。これを防ぐには、werdenの過去分詞がge-を持たなければいいわけですね。

標準オランダ語では、ge-を持たないwerdenの過去分詞は許されません。つまり、werden受動の過去時制を「zijn+過去分詞」という迂言的完了であらわすことができないのです。代わりに、werden受動をsein(zijn)受動にしてしまう、ということです。
(38) オランダ語
   a. *er is gedanst worden.
   b. *er is gedanst geworden.
   c. er was gedanst.
   d. er is gedanst (geweest).
5. Conclusion



参考文献(References)

Cabredo Hofherr, Patricia (1999) "Two German Impersonal Passives and Expletive pro", CatWPL 7, 47-57.
Chomsky, Noam (1981) Lectures on Government and Binding:The Pisa Lectures, Foris, Dordrecht.
Kratzer, Angelika (1996) Lecture Notes, Girona GLOW Summerschool.
Levin, Beth and Malka Rappaport (1986) "The Formation of Adjectival Passives," Linguistic Inquiry 20, 623-661.
Rapp, Irene (1997) Partizipien und semantische Struktur: Zu passivischen Konstruktionen mit dem 3. Status, Stauffenburg Verlag, Tübingen.
Vikner, Sten (1995) Verb Movement and Expletive Subjects in the Germanic Languages, Oxford University Press, Oxford.
2007年12月17日(月) 13:54:13 Modified by k170a




スマートフォン版で見る