南京大虐殺に関する論争の解説と検証

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「捕虜監視」命令による矛盾

板倉由明『本当はこうだった 南京事件』p127-128
(3)これらの命令に続き、気枠令時刻及び命令番号不詳で、
「十一、大隊ハ聯隊命令ニ依リ大小行李及之レカ監視ノタメ一部ヲ残置シ雨花台露営地ヲ徹シ午後九時零分同地出発南京城内ニ入ル……」
と城内への出発を記している。この「大小行李之レカ」という文章は、大小行李の他に何か監視するモノがあったとも受け取れる書き方である。
 一方、依拠した聯隊命令と推定される歩六六作命甲第八六号
「ロ、聯隊ハ本十三日夜本部及ビ掃蕩隊ヲ次テ南京市内ニ其他ヲ南京市外ニ宿営セントス。
ハ、各隊ハ指示セシ区域ニ舎営スヘシ。
ニ、……市街宿営部隊ハ第一大隊長ニ於テ警戒ヲ担任スヘシ」
は、午後九時に城内の聯隊本部から出て、午後十時に雨花台の気謀着したことになっている(註14)。即ち、午後九時に聯隊が気望覲綾姫弔鮖惻┐靴臣度その時刻に、気藁隊命令と称して南京城内に向かって出発したことになる。
 このような記録の不信な食い違いから推測すれば、聯隊としては、気暴住案夜は雨花台で大小行李と捕虜の警戒監視を命じたとも考えられる。そうなれば捕虜処分を命じる聯隊命令の存在は疑わしく(極端な場合、上級には殺害の意志は無く)、この場合、捕虜処分は議垢瞭斑任箸覆蝓後日責任回避の意味で、戦闘詳報を「命令により」と改竄した可能性も出てくる。
板倉の主張によれば、歩兵第66連隊本部(歩66本部)は作戦命令「歩六六作命甲第八六号」で、歩兵第66連隊第1大隊(歩66-機砲紡个靴同花台で捕虜と大小行李の警戒監視を命じていたにも関わらず、歩66-気蓮△海量仁瓩鮗けて城内に向かって出発している。つまり、連隊本部から命令された雨花台での監視任務を実行せず、命令されていない城内への移動を「命令」として行っているのであり、矛盾した記述だということになる。

また、戦闘詳報「十一」ある「大小行李之レカ」という記述は「大小行李と捕虜」のことを意味し、「歩六六作命甲第八六号」では、「大小行李と捕虜」の監視を命じていると推測する。ところが、「歩六六作命甲第八六号」の前の連隊命令で捕虜は殺害しているので、連隊は捕虜が存在しないという認識を持っていたはずである。つまり、連隊は、捕虜殺害を命じた後に、捕虜の監視を命じているという矛盾が生じていることになる。

これらの矛盾点から、捕虜の殺害が、歩66-気瞭斑任嚢圓錣譴燭發里任△蝓∧疥沙Τ果仁瓩魑した戦闘詳報の記述は改竄された可能性があると主張するのである。


「雨花台での警戒」と「城内への出発」の矛盾点

歩66-気蓮◆歩六六作命甲第八六号」では雨花台で大小行李の警戒を命じられているにも関わらず、戦闘詳報では城内に進発しているという矛盾点を考察してみる。

戦闘詳報「十」に記された「歩六六作命甲第八六号」のうち、問題となる部分を抜粋する。
歩六六作命甲第八六号 ロ、聯隊ハ本十三日夜本部及ビ掃蕩隊ヲ次テ南京市内ニ其他ヲ南京市外ニ宿営セントス。 ハ、各隊ハ指示セシ区域ニ舎営スヘシ。 ニ、……市外宿営部隊ハ第一大隊長ニ於テ警戒ヲ担任スヘシ
板倉は、この命令を「午後九時に聯隊が気望覲綾姫弔鮖惻┐靴拭廚伐鮗瓩靴討い襦

しかし、この命令では 「市外宿営部隊ハ第一大隊長ニ於テ警戒ヲ担任スヘシ」と書いているのであり、命令の対象者は第一大隊ではなく、第1大隊長である渋谷大尉ということになる。つまり、板倉は、「第一大隊」という部隊に対する命令と理解しているが、実際には、「第一大隊長」という個人に対する命令だと理解すべきである。

もし、板倉の主張するように「第一大隊」という部隊に対する命令の場合は、「第一大隊は…すべし」と書くことになる。例えば、「歩六六作命甲第八十四号」では以下のように書かれている。
歩六六作命甲第八十四号 4 第一大隊(聯隊機関銃小隊 独立機関銃二小隊工兵小隊を属せらる)は左第一線となり本道東側約二百米の線より鉄道線路に沿ひ集団家屋に亘る間を占領し夜を徹すへし…
つまり、この大小行李の警戒を命じた命令は、大隊長個人に対するものでり、「第一大隊」の部隊としての行動を命じたものではない。この命令によって、どのように警戒するかは第一大隊長の責任の下に行われることであり、必ずしも、第一大隊主力や同本部をこの警戒に当てることを命じたわけではない。実際、「市外宿営部隊ハ第一大隊長ニ於テ警戒ヲ担任スヘシ」という連隊命令を受けて、第一大隊長は「大小行李及之レカ監視ノタメ一部ヲ残置シ」という処置を取っているのである。

板倉は、「歩六六作命甲第八六号」により「市外宿営部隊」の「警戒」が命じられたのが第一大隊だと解釈したが、正しくは第一大隊長(渋谷大尉)が命じられたのであり、第一大隊長は、この命令のために第一大隊の「一部」を「残置」し「警戒」を実行したのである。

つまり、板倉氏は、「第一大隊長」と「第一大隊」とを混同してしまい、「不審な矛盾」を感じていたのである。


捕虜殺害後に捕虜監視させる矛盾点

12月13日14:00に殺害させたはずの捕虜を、同日21:30に警戒監視させる命令を出しているという矛盾点を考察する。

板倉が13日21:30に捕虜を警戒監視させているという命令を確認してみよう。
歩六六作命甲第八十六号 ニ、南京宿営部隊は指示せし位置に下士哨を配置し尚直前に警戒兵を配置すへし市外宿営部隊は第一大隊長に於て警戒を担任すへし
見ても分るとおり、命令文には、一言も「捕虜」を警戒監視するなどと書かれていないし、そのことを暗示するような文章も見当たらない。

板倉は、この命令文から「聯隊としては、気暴住案夜は雨花台で大小行李と捕虜の警戒監視を命じたものと考えられる」という推測を行っているのである。この推測には、まったく根拠がないのである。

板倉は、12月13日12:00に歩66-気受領した捕虜殺害命令が偽造されたものであるという先入観があり、「歩六六作命甲第八十六号」の記述と矛盾していると感じたようであるが、そもそも「歩六六作命甲第八十六号」では、「捕虜の警戒監視を命令している」ことを示す文章は存在せず、したがって矛盾する部分も存在しないのである。


結論

以上のように、板倉氏が挙げた二つの問題点は、 不正確な文章の読み方、根拠の無い主張でしかなかった。これらのことを根拠とした”戦闘詳報の記述は改竄されたものである”という主張は根拠の無い不当な主張であると言わざるを得ないだろう。


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