南京大虐殺に関する論争の解説と検証

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南京事件 国民党極秘文章から読み解く

2006年5月2日 第1刷発行
著者 東中野修道
装丁者 藤村誠
発行者 木谷東男
発行所 株式会社草思社
印刷 株式会社三陽社
カバー 株式会社大竹美術
製本 大口製本印刷株式会社
ISBN4-7942-1488-X
定価 1,400円

目次


  • 第一章 極秘文書発掘……プロローグに代えて 7
    • 現在の南京大虐殺の根拠となった『戦争とは何か』
    • 『戦争とは何か』は宣伝本ではなかったかという疑惑
    • 極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』を手にして
    • やはり『戦争とは何か』は対敵宣伝本だった
    • 戦争プロパガンダの視点から新たな検証へ
  • 第二章 国際宣伝処ができるまで 23
    • 第二次上海事変勃発から日中前面戦争へ
    • 南京放棄か死守か
    • 国民党中央宣伝部国際宣伝処の成立
    • 国民党中央宣伝部を率いた董顕光と曽虚白
  • 第三章 巧妙な国際宣伝 35
    • 宣伝活動と対敵宣伝を中心とする国際宣伝
    • キリスト教団体を使っての宣伝活動
    • 国際友人を使っての宣伝活動
    • 新聞記者を使っての宣伝活動
    • 外国人記者の記事にたいする厳格かつ厳密な検査
    • 対敵宣伝の狙い
    • 中国大陸の日本軍にたいする対敵宣伝
    • 国内外の日本人にたいする対敵宣伝
  • 第四章 南京大虐殺が報じられるまでの序曲 63
    • 国際委員会の発足
    • 南京でお茶会と記者会見が開催される
    • 避難民の人口
    • 安全地帯の範囲
    • 安全地帯から撤去されなかった軍事施設
    • 安全地帯の致命的欠陥にともなう警備上の問題
    • ラーベ委員長の周辺・その一……国民党政府と繋がりのあるアメリカ人
    • ラーベ委員長の周辺・その二……中国軍将校を匿う事態に
    • ラーベ委員長の周辺・その三……中国軍将兵は何のために残されたのか
    • 中国兵を武装解除し安全地帯の中に入れてしまう
  • 第五章 アメリカの新聞記事も中央宣伝部の宣伝戦だったのか 94
    • 南京戦の敗北を想定していた中央宣伝部
    • 中央宣伝部と新聞記者
    • ダーディン記者の書いた記事
    • 南京占領を高価にする別の計画があった
    • スティール、ダーディン両特派員が「南京大虐殺」を報じる
    • 他三人のジャーナリストは何を見たのか
    • スミス記者の講演
    • 南京在住の外国人の記録
    • ベイツ教授からアメリカ人記者への「レポート」
    • 動き始めた『戦争とは何か』の関係者
    • アメリカの新聞記事には反応はなかった
    • 中央宣伝部は「南京大虐殺物語」を虚報と認識していた
  • 第六章 宣伝本『戦争とは何か』を改めて検証する 136
    • ティンパーリ記者の序文が果たした役割
    • 『戦争とは何か』の第一章から第四章に書かれた生の声
    • 検証1──『戦争とは何か』の第一章
    • 城門陥落までの人口分布
    • 南京陥落から四日間
    • 検証2──『戦争とは何か』の第二章
    • 検証3──『戦争とは何か』の第三章
    • 大量処刑の更なる証拠
    • 埋葬隊の報告は加筆されたものだった
    • 加筆の二文字を検証する
    • 検証4──『戦争とは何か』の第四章前半
  • 第七章 中央宣伝部は南京大虐殺はなかったと考えていた 192
    • 戦時国際法から見た陥落後の中国兵
    • 今も変わらない鉄則
    • 軍服を脱いだ中国兵をどう見るか
    • 中央宣伝部は日本軍による処刑を合法か検討していた
    • 中央宣伝部はベイツ教授の二文を削除する
    • 蒋介石政府は「日本軍(四万人)不法処刑説」を其の後も削除し続けた
    • ベイツ教授自身も「日本軍(四万人)不法処刑説」を否認していた
    • 中央宣伝処が処刑を合法と考えていた更なる証拠
  • 第八章 極秘文書は玉手箱だった……エピローグに代えて 216
    • 戦争プロパガンダの視点に立って
    • 東京裁判の根拠は「証人たちの述べるところ」であった
    • 東京裁判に出廷すべき「証人たち」が出廷しなかった
    • アメリカ人三人の証言
    • ベイツ証人にたいする疑問
    • 極秘文書という玉手箱を開いてみると
  • 参考文献 230



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このページへのコメント

未だに南京大虐殺等という明らかな捏造を本気で信じているとは、お前
ら反日ブサヨク共はどれだけ頭がお花畑な輩共なんだ?
お前ら反日ブサヨク共は南京大虐殺論争について、さも反日ブサヨク側
の勝利で決着が付いたように語っているが、そのような事実は当方が知
るかぎり存在しないんだが?

まず南京大虐殺があったかどうかについてだが、当時の資料で南京攻略
戦前に南京城内の安全区を管理していた「南京安全区国際委員会」が
食料配給の試算のために行った人口調査で、南京人口は約20万人と認識
されている。
そして、南京陥落の3ヶ月後に同じく「南京安全区国際委員会」の事務局
長であったルイス・S・C・スマイスが実施した戦争被害調査(スマイス
報告)では南京の人口は25万人とされている。

つまり、中国が唱える「犠牲者30万人説」が正しいとするなら、当時の
人口を超える人間が殺害され、且つ大量虐殺が行われている現場に、三
ヶ月で虐殺前よりも多くの人口が移り住んだことになる。

また、攻略戦終了後一ヶ月と経たない1938年1月1日、南京自治委員会の
発会式が挙行されている。式場には南京難民区に避難していた3万人の
市民も詰め掛け、新政権の出現を日の丸と五色旗を振って祝い、国民政
府の悪政を非難する主意書および同政府と絶縁して目指す政治を示す
宣言が発表されている。

ソース
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E6%94%BB%E7%95%A5%E6%88%A6

お前ら反日ブサヨク共はこういった歴史的事実を知らないのだろうか?
これらの事実からすれば、「戦闘が行われた都市だから当然死者はいた
だろうが、それが虐殺と言えるものではない」と考えるのが普通ではな
いだろうか?

更に言えば、1938年(南京陥落の翌年)には日本軍の進軍を遅らせる為、
中国軍(国民党)が黄河の堤防を決壊させ莫大な被害を出す事件があっ
たが、その際、日本軍は避難する民衆を救助し「中国軍により破壊され
た堤防の修復作業」まで行っている。
(因みに中国軍は民衆や民衆と協力して救助作業や防水作業を行う日本
軍を攻撃した)

ソース
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E6%B2%B3%E6%B1%BA%E5%A3%8A%E4%BA%8B%E4%BB%B6

こんな事をする軍隊が、都市1つの住人全てを殺すようなことをするだ
ろうか?

これだけの事実が有りながら、戦後半世紀経っても未だに増加を続ける
被害者数を言い張る中国の言が正しいと言い張るのであれば、まず被害
者の遺体、遺骨、遺品など何でも良いので被害者が存在するという証拠
の提示が第一なのではないだろうか?

お前ら反日ブサヨク共は日中戦争で南京問題は散々槍玉に挙げるくせに、
その半年後に起きた国民党軍による黄河決壊事件の際、日本軍が被害者
救助や堤防修復に尽力したのに対し、本来人々を守るべき中国側が日本
軍、及びそれに協力する市民や救出された被害者に対し航空機まで用い
た攻撃を行い、更に当初「洪水は日本軍の攻撃により発生した」と虚偽
の発表を行っていたという点を同等に取り上げない時点で、お前らの主
張は片手落ちどころか両手落ちと言わざるを得ない代物でしか無いだろ
う。

以上、反論できるなら反論してみろ。但し証拠付きでな。
尚、反論は↓此処でも受け付けて居るぞ。
ttp://jipangbito.blog93.fc2.com/blog-entry-54.html

0
Posted by ロン・セガン 2023年08月27日(日) 06:37:50 返信

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