吉原遊郭の正面入り口、アーチ型の大門?は明治四十四年の大火で鉄柱を残すのみになったが、大門から水道尻にいたる目抜き通りが仲の町で、町といっても町の名前ではない。通りの両側に引手茶屋?が軒をつらね、客は引手茶屋の案内で貸座敷(遊女屋)へおもむく。志ん生一代〈上〉85ページより
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