Fate/Arakitype
【Fate/Arakitype】
死者は蘇らない。
なくした物は戻らない。
いかな奇跡と言えど、変革できるものは今を生きるものに限られる。
末世に今一度の救済を。
聖都の再現。
王国の受理。
徒波の彼方より、七つの首、十の王冠が顕れる。
罪深きもの。
汝の名は敵対者。
そのあらましは強欲
その言祝ぎは冒涜となって吹きすさぶ。
遍く奇跡を礎に。
此処に逆説を以て、失われた主の愛を証明せん。
『主の愛の証明?』
『崖から跳び下りて、神が自分を救うことを証明して見せろと言った悪魔に、キリストは言った。主を試してはならない。主は信じるものだと』
『ただ懸命に正しく生きて、奇跡を祈り、信じれば、それだけで良かっただろうに』
『だがもう起こってしまったことだ。人は前を見なくてはいけない』
『彼らは奇跡に選ばれるだろうか? 彼らの勇気と覚悟は、黄金に届くだろうか?』
『………それはこれからわかる』
◆
「魔術とはろくに関わりが無い一般人による、偶発的な召喚……中盤まで生き残れるかどうかかな。運が悪いことだ」
「と、思ったけど、得技が『人殺し』ねぇ………中々サスペンスな展開だ」
「いいさ。君のような『人間らしい』マスターは好ましいところだ」
「朽ち果てた殺人鬼が、人間らしいとは思えないって? そんなことはない。暗殺の道具として鍛え上げられ、使われた後は自殺することを命じられた君が、そうせずに『生きる』ことを選び、反旗を翻した。それは君が道具ではなく『人間』であったからに他ならない。無論、学ぶべきことはあるけれどね」
「君となら見られる気がする。僕の願い。僕の望み。善も悪も、運命さえも超えた果てにある」
「人間が、賛歌に値する瞬間を」
◆
耳を痛ませる金属音が断続的に響く。新宿の夜の中、ビルの屋上を舞台に、二つのヒトガタが交差する。
「フッ」
「ハァッ!」
片や長柄の鎌。マントの下に鎧をまとう、仮面の男。
片や日本刀。コートを羽織り、旧い様式の軍服で装った男。
互いの攻撃を受け止め合い、互いの得物を噛み合わせたまま、彼らは口を開く。
「強いな。マスターの魔力供給なしでここまで持つなんて、一体どれほどの人間の命を吸ったんだい?」
「さあ? 数えてないからわからないな。でもこの街の人間全部を使えば、聖杯戦争終了までは持つことは確かだ。それさえわかっていれば問題ないだろう?」
その答えに、日本刀を持った男はつまらなそうに首を振る。
「良くないな、そういう考えは。『目的のために手段を選ばない』という考えは非常に良くない。どうやら君は……止めねばならない相手のようだ」
日本刀の男は床を蹴り、鎌を持つ仮面の男との間合いをとる。
「止められるかな? 君の格好、君の武器、君の顔。写真通りでとてもわかりやすいサーヴァントだ。ねえ、新撰組副長殿」
余裕綽々、そんな様子で鎌を構え直し、同時に、今まで出し惜しんでいた力量を解放する。放たれる威圧感や殺気が、肌で感じられるほどに増大し、日本刀の男に襲いかかる。
「神秘の蓄積、信仰の質量、英霊の格付け、全てにおいてワタシの方が君より上だ。君に勝ち目は、無い」
仮面の男は断言する。日本刀の男も、それは正しいと内心で頷いた。
彼はこれまでの戦いから、相手の正体を洞察していた。手にした鎌、空を飛ぶことができる羽の生えたサンダル、西洋風の鎧………それらの情報を統合すると、その正体は、ギリシャの英雄・ペルセウス。
大神ゼウスと、アルゴスの王女ダナエとの間に生まれた半神の英雄。石化の怪物メデューサの首を落とし、大海獣を石と変えてエチオピア王女のアンドロメダを救い出した、伝説の持ち主。
(アンドロメダを妃とし、ティリュンスの王座につき、暗殺などの悲劇に見舞われることもなく、子孫もまた繁栄した。そんな幸せな英雄が、なぜこんな『吐き気を催す邪悪』をはたらいているのかはわからないが………確かに僕に勝ち目は無い)
【不死身殺しの鎌(ハルペー)】や【空駆ける羽のサンダル】以外にも、さまざまな宝具を神々から授かっているはずだ。それを使われたら、今の彼には対抗できない。
彼に攻撃のための宝具は無い。攻撃手段はスキルである、天然理心流【虎逢剣(とらあいけん)】――敵の攻撃に対し、防御や回避を行わずに、攻撃を受ける前に喉元を貫く捨て身の技だけだが、それを持ってしても勝てるとは思えない。
「『土方歳三』ならばわからないが………僕ではね。仕方ない」
呟き、彼は刀を鞘に納め、
「変わるか」
◆
【CLASS】?
【マスター】?
【真名】土方歳三?
【性別】男性
【属性】?
【ステータス】筋力:B 耐久:D 敏捷:B 魔力:E 幸運:D 宝具:−
【クラス別スキル】?
【固有スキル】
【虎逢剣(とらあいけん)】
対人魔剣。最大補足・1人。
天然理心流の技。攻撃してきた敵に対し、防御や回避を行わず、迎え撃って、剣を敵の喉元に突き立てる、捨て身の技。
相討ち覚悟の、死を恐れぬ精神的境地を基盤とした技で、幻惑や精神汚染などの効果を跳ねのける。
◆
「やあ、僕が君のマスターだ。アサシン、佐々木小次郎」
「栄養ドリンク飲む? それともスパゲッティでもつくろうか? 少しは魔力を補えるし。この辺では最高級の霊地を手に入れたとはいえ、そもそも魔術師ではない僕じゃ、魔力供給が滞るだろうしさ」
「まずは基本から行こうか。君は何を願って召喚に応えた? へえ、君の目的はまだ見ぬツワモノたちとの戦いか。なら良かった」
「僕はこの戦争の参加者たち、マスターとサーヴァントの人間性について知りたいんだ。だから、君は彼らと一人ずつ戦ってみて、それを探ってほしい」
「僕はサーヴァントとしては最弱の第7位だが、マスターとしては4位の主天使だ。言ってくれれば令呪でサポートもするが、大してできることはないし、基本は口出ししない。その代わり邪魔もしない。君が言ってこない限り、戦いの邪魔や横槍はしないし、止めもしないと約束する」
「うん……では契約は成立だね。よろしく頼むよ、アサシン」
◆
キャスターが己の陣地として選んだのは学校。自らのマスターの仕事場でもあり、人が多い分、紛れ込みやすくもある。ちょっとした催眠術によって用務員の一人として潜り込んだ彼だったが、そこに偵察に出かけていたアサシンが飛び込んできた。
報告を聞くよりも早く、アサシンを追って別の存在が現れる。
「■■■■■■■■■■■■――――ッ!!」
鼓膜を突き破らんばかりの雄叫びと共に、夜の学び舎を鉛色の巨人が荒れ狂った。
その眼に理性の輝きは無く、獰猛な本能に満ちていた。紛れもなく、バーサーカーのサーヴァント。知性を奪う代わりに、その肉体の限界以上の力を引き出したクラス。
技術も何もない、力任せの破壊を前に、アサシンのサーヴァント『佐々木小次郎』は成す術がなかった。自らの代名詞とも言うべき秘剣『燕返し』で一度は斬り伏せたものの、瞬く間に傷を癒し、攻め込んでくるのだ。
「これは私にはどうにもできぬな。マスターよ、交代してくれんか」
「おいおい、アサシンよりももっと肉体労働に向かないキャスターに、一体どうしろっていうのさ」
そう言うキャスターの顔は、それでもなお微笑んでいた。柔和なその微笑みは、万能の天才と謳われた男が描いた婦人画にも似て、ミステリアスな魅力を感じさせる。
「どの口が言う、狐めが。私と同等の剣の腕前を秘めておきながら、何もできぬとは言わせぬぞ」
「いやぁ、これはそういうんじゃないんだけどね」
黒コートを指でさすり、腰の刀に目を落とす。
「いくら強力なサーヴァントといえど、アサシンに斬られても生きていられるというのは普通じゃない。スキルか宝具か、何かあるな。僕もあれに勝つのはちょっと無理そうだけど、痛み分けに持ち込むくらいなら何とか」
考えをまとめながら、キャスターはバーサーカーに向かって歩き出す。そんなキャスターの姿を認め、暴走する機関車のように突進してくるバーサーカー。対するキャスターは落ちついたものだった。
「本来、似ていると言うだけで親和性の低い、【土方歳三(フルハウス)】では厳しいか。ならば……より馴染む方に切り替えよう」
呟きながら、キャスターはその手の中にトランプの束を生み出す。しかしそれはただのトランプではない。見る者が見れば、凄まじい魔力と神秘の塊であることを看破するだろう。
それこそは、キャスターの所有する第一の宝具。
「【奇人来訪・魔性武装(ゴージャス・ポーカー)】………【吸血鬼(フォーカード)】」
キャスターがトランプの束の中から、五枚のカードを抜き取った瞬間、カードが強い光を放ち、キャスターを光で包む。
「■■■■■■■■■■■■――――ッ!!」
力を発揮しようとする宝具に対し、一瞬の怯みもなく、正面から攻め込んだバーサーカーは、雄叫びと共に拳を振り下ろした。
そして、
バッシイィィィィン!!
「生前は、吸血鬼映画を見る度に血を吸いたくなったけど、さて、実際に血を吸うというのはどんなものなのかなぁ」
岩をも粉砕する鉄槌の如き拳を、キャスターはその右手で受け止めていた。光が消えた後、キャスターの姿は旧式の軍服から、黒スーツと黒マントを着込んだ紳士のものとなり、腰の刀も消えていた。
その微笑みは先ほどとほとんど変わらぬままだったが、一つだけ、一瞬前には無かった鋭い犬歯、いや、一対の牙が、その唇から覗いていた。
◆
【宝具】
【奇人来訪・魔性武装(ゴージャス・ポーカー)】
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:− 最大補足:1人
キャスターの逸話が結晶化し、宝具となったもの。トランプの形をしている。かつてキャスターが、『その正体は○○である』と言われた存在へと、変身することができる。例としては、土方歳三、モナリザ、波紋戦士、吸血鬼、究極生物などがあげられる。格の高い存在であるほど、魔力消費量は激しくなる。
ステータスや固有スキルを模倣することも可能だが、宝具までは模倣できない。
◆
「初めまして………僕はキャスター、君らが倒したアサシンのマスターであり、君らとの同盟を求める者だ」
アサシンを倒した沙条綾香とセイバーを出迎えるキャスターに、セイバーは周囲に攻撃的な罠が無いことを確認しながらも、警戒を解くことは無かった。
キャスターの姿は今、ほどほどの値段であろう黒スーツを着込んだ、今の日本のどこにでも見かけるような、普通の青年に過ぎない。しかし、セイバーが放つ『気』を受けて、普通にしていられる時点で、目の前の男は普通でなかった。
「アサシンからそちらの願いは聞いた。同盟を結びたいと言う提案はわかる。だが、仮にも部下を倒されて、わだかまりは無いのか? キャスターよ」
「君らとの決闘は、アサシン自身が望んだことだ。元々、彼は戦いを求めて召喚されたサーヴァント。偵察という役目を終えて、最後に君らと尋常な決着をつけたいと申し出たゆえに、了承したのさ。結果として彼は敗れたが、悪い結果ではなかったと思うよ。最後まで武人として戦った彼の消滅を悲しむのは無礼というもの。僕はただ、敬意を払うだけだ」
微笑みを浮かべて言うものの、キャスターの眼差しにはほのかな寂しさが浮かんでいた。それを見て、セイバーはキャスターの人間性を少しは認めることにし、詳しい話を始めた。
「まずは、こちらの質問に三つ答えてほしい。そちら側からの質問は、それからだ」
「同盟を頼んでいるのはこちらだし、譲歩はするつもりだよ。どうぞ、聞いてくれ」
キャスターの頷きに、セイバーは問う。
「一つ、君は聖杯に何を願うのか。一つ、君には何ができるのか。一つ、なぜ僕らを同盟相手に選んだのか」
「わかった、答えよう。まず一つ目だけど………『聖杯自体は別にどうでもいい』」
最初にキャスターは、聖杯戦争の前提――聖杯で願いを叶えるために戦うことを、否定した。綾香は驚きを表情に表したが、セイバーは動じず、続きを待った。
「アサシンが、聖杯戦争に集う者たちと戦うことを望んだように、僕もまた、聖杯戦争に集う者たちが見せるものをこそ求めている。戦いの中で見せる、彼らの人間性、善悪や強弱の中に垣間見せる『貴い幻想』。それが僕の目的だ。生前、描き続けたもの………人間の素晴らしさというものを、僕は直に感じたいんだ」
描き続けたという言葉から綾香は、このキャスターは本来魔術師ではないのではないかと推察する。画家か何かだったのではないかと思うが、名前は思い浮かばない。ただわからないのではなく、熟睡していたところを起こされたばかりのように、知っているのに単語が浮かばないような感覚がある。何かのスキルか宝具が使われていると、綾香は判断した。
「………嘘は無いと信じよう」
「うん。じゃあ次に何ができるかだけど、アサシンに集めてもらった、他のサーヴァントの情報。全サーヴァントの真名までわかっている。その情報を提供しよう。魔術的な支援は無理だね。推察していると思うけど、僕はキャスターではあるけど魔術師ではないんだ。けど宝具を使えば戦うことはできるし、足手まといにならないことは約束しよう。では最後に、君らを同盟相手に選んだ理由はね―――」
◆
【固有スキル】
- ペンネーム:B
◆
「映画でも見る? レンタルしてきたのは……『サンゲリア』『ブレインデッド』『28日後……』『REC』……どれがいい?」
「どれもゾンビホラーじゃないですか! 生死が懸かっている最中に、こんなもの見てたら気が滅入るなんてもんじゃないですよ!!」
「えっ! 君はゾンビに癒されないのかい!?」
◆
薄暗くも、劇場ほどの広さを持った地下教会にて、戦いが行われていた。
綾香は、目の前の敵の情報を再確認する。
名はサンクレイド・ファーン。バーサーカー・ヘラクレスのマスター。教会が聖杯戦争に投入した異端審問官。魔術師としての技量はおそらくこの聖杯戦争で最高クラス。
魔術師として二流、戦闘経験も皆無の沙条綾香では、勝ち目が無い。
「なのに、なぜ戦うのです? アナタでは勝利者にはなれない。他のどのマスターにも勝つコトはできないというのに!」
「そんなの、八年前から分かってる! 私には何もできない!」
けどそれでも、セイバーの言葉が回想される。
『過程と結果はワンセットじゃない。それらは別のものだ。結果を出せない努力に意味は無い? 愚かしい詭弁だよ。過程と成果はそれぞれ独立したものだ。時には選ぶこと自体が、答えになることもある』
キャスターの答えが回想される。
『君たちを同盟者に選んだ理由はね、君らがこの聖杯戦争で唯一、結果だけを求めていなかったからさ。目的のために手段を選ばない者、結果が全てと思い込む者は、結局は目的自体を見失うものだ。手段を見失わない君らであれば、道を外れずに進み続けられるだろう。たとえ聖杯を手にする前に死んだとしても、それは敗北ではない。正しい意志は、どこかで誰かに伝わり、受け継がれ、いつかは目的に辿り着く。真の意志から出た行動は、決して滅びない。だから、君たちは絶対に勝利者になれる。僕は本命の勝ち馬に賭けただけさ』
たとえ敗北という結果が待っていても、戦おうとすることには価値があると説いたセイバー。
たとえその身が滅びても、正しい意志がある限り、それは勝利なのだと断言したキャスター。
彼らのことを想うと、勇気が湧いてくる。
「戦う。何もできなくても、戦いを選ぶことくらいは、正しいことに挑むことくらいは、私にもできるんだから!!」
◆
戦いの行われる地下教会の、地上部分。普通の教会である敷地内の庭にて、二つの人影が立っていた。
「――それで、貴様は手助けしなくていいのか? キャスター」
キャスターのサーヴァント。そのステータスは最弱、序列は最下位、歴史は最短、信仰は最小。全てにおいて、彼を下回るサーヴァントなど、この聖杯戦争の下には存在しない。
にもかかわらず、キャスターは決して怖じることなく、目の前の敵に向かって微笑んでいた。
「これは彼らが主役の舞台だ。僕としては飛び入り乱入を防ぐくらいしか、することはないね」
キャスターは黄金の鎧を身にまとう、暴君へと答えた。
「まあいい。我としてもこの場をかき乱す無粋をするつもりはない。だが貴様、この我の行動を防ぐつもりだったのか? 絵描き風情が、この史上最強の英雄王を、少しでもどうにかできるというのか?」
「君は確かに力があるが、強いのとは違う。本当に強い人間と言うのは、他者を踏みつけたり貪ったりはしない。欲望を抑えず傲慢に振舞うのは、自分自身を制御する強さが無い、弱い人間だ。その弱さが攻撃に変わる故に、恐ろしいのは確かだが、負けるつもりはないね」
はっきりと告げられた『弱い』という評価に対し、黄金のアーチャーは気を悪くした素振りも見せず、カハハハと笑った。愉快そうな顔つきでキャスターを見つめ、
「この英雄王に対し、よくも言えたものだ。しかしここまで言われてもあまり腹が立たぬのは、声に悪意や侮辱が無いせいか?」
「ああ、僕は『弱さ』を否定する気はないからね。正しいものも暗黒なものも全て『人間賛歌』だ。君はむしろ人間としては僕の理想に近い。『王であること』にこだわり、妥協無しで迷わずに突き進む。『王であること』の部分を『漫画』にしたら、まさに理想だ」
「フン、我が理想であるのは分かるが……『漫画』か。『この世の全てを描く』という意味だな。大きく出たものだ。貴様は『漫画王』でも目指すつもりか?」
「うーん、『漫画の神様』には出会ったことあるし、『漫画の王様』ももういるなぁ。そもそも僕が漫画の描き方を勉強したのも『漫画の王様』が描いた入門書だしね。あれは今でもバイブルさ。あの人の代表作である改造人間の悲哀とかは、あんまりよくわからないんだけど。人より強い力を持ったら、普通ラッキーって思わない?」
そこでキャスターの言葉が止まる。キャスターが綾香に与えたスキル『エンチャント』が発動したことを感じ取ったのだ。
「……『二人の囚人が窓の外を見た。一人は泥を見た。一人は星を見た』。どうやら彼女は星を見たようだ」
「ほう? さすがは我が妃に足る女というところか」
「いやぁ、妃かどうかはともかく、大した子ではあるね」
キャスターは笑みを深くし、讃える言葉を紡ぎ贈る。
「魔術師の血は宿命そのもの。自分の責任ではないのに被る悪意。それは時として『死』そのものよりも恐ろしい。しかし逆に言えば、それを乗り越えられれば恐れるモノなど何もない。君は何者とでも戦える」
◆
【固有スキル】
- エンチャント:D+++
◆
葛木宗一郎は思う。自分は変わったのであろうか。変わっていないのであろうか。
暗殺者として、いや、『者』ではなく、ただの暗殺の道具として育てられた。
だが暗殺を行った後は速やかに自決するべきだったはずなのに、自分はその道から外れた。生きたまま、追手を皆殺しにし、市井に紛れこんで教師という職にまで就いた。
今の自分は何者なのかはわからない。暗殺の道具には成りきれず、かといって人間であると言い切れない。他者を殺しても、戦いに巻き込まれても、恐怖も高揚も感じずにいる自分とは何者なのか?
わからないまま、彼は死闘を始めようとしていた。
「よう、あんたとは初めましてだな。キャスターのマスター」
「そう言うお前はランサー……クー・フーリンだったな」
猛犬のごとき荒々しさと、手にした槍にも勝る研ぎ澄まされた殺気が、葛木へ叩きつけられる。対する葛木は、蛇のような冷静さによってその闘気を受け流す。
「まさかと思うんだが……あんた、今ここで俺と戦うつもりなのか?」
「………そうだと言ったら?」
ランサーは葛木の頭の上から足の先までをジロリと見回した後、
「やめときな。確かにその姿勢、その気勢、素人じゃないようだが……勝ち目はないぜ。令呪でキャスターを呼ぶことだな」
舐めてかかっているわけではない。素手で人を瞬殺できる葛木といえど、英霊は音速を容易く上回るような存在である。相手が悪い。
「………彼は動けん。魔力供給の不足でな。マスターである私の責任だ」
それでも葛木は構えをとり、拳を向ける。
「ゆえに、ここは私が戦おう。及ばぬは承知の上だ」
「………本気のようだな。いいだろう。これ以上、言葉を交わすのは無礼だな」
ランサーもまた、葛木に敬意を表すように槍の穂先を傾け、葛木の心臓を狙う。
「………」
対峙したままに、二人とも微動だにせず、攻撃に移る瞬間を待つ。攻撃までに流れた時は果たして数分か、稲妻が閃くよりも短い刹那以下の時間だったか。どちらにせよ、葛木はその間に多くのことを思い出し、考えていた。
『人間としての生き方なんて、そんな特別なものじゃない。誰かと話し、遊んで、笑って、憎んで、嫌って、好きになって、思い出をつくる。それが生きるということだ』
葛木宗一郎は、教師となってからも義務だけをこなして生きていた。例えば、此度の聖杯戦争によって学校が壊されようが、生徒が死のうが、悲しむことはないだろう。大切な思い出など、つくってはこなかった。
『人間と他の生物が違うところは何か………好奇心が強いとか、火を扱うとかあるけれど、僕は勇気こそが、人間と他の生物の違いだと思う。好奇心が強くても、勇気が無ければ何かに近づいて調べて、好奇心を満たすことはできない。勇気があるからこそ、恐ろしい火を使えるようになれた。人間の価値は勇気にある』
勇気が人間の証明なのだとすれば、やはり自分は人間ではないのだろう。勇気を出したことなどない。そもそも勇気を出さなければならないことなどない。死ぬような状況でも、今回の戦争でも、勇気など出さずとも進んでこれた。怖いもの知らずなどというものではない。ただ、自分も他人も、生命というものを大切に思えてないだけだ。
恐怖を乗り越えることが勇気だとすれば、自分は勇気を持っていない。
(だからこそ、見せてほしい。キャスターが求める『人間賛歌』を、私も見たい。見ずにはいられない。私は………人間を知りたい!)
ここで負けるわけにはいかないという感情。ここで死ぬわけにはいかないという心境。
人としてゼロの位置にも立っていない、マイナスである自分のままで、終わりたくないという決意。
葛木はまだ理解していないが、それは既に『勇気』であり、『覚悟』だった。
そして今、『人間』と『英霊』の戦いが始まる。
◆
何が何だかわからない『モノ』が蠢いていた。
人間というものの逆位置にあるモノ。人間の持つ良きモノを何一つ持たず、人間の持たぬ、人間が捨てた全てのモノを持ち合わせた存在。
敢えて名付けるとすれば、『獣』………動物を意味する獣ではなく、人間ではないモノとしての『獣』。黙示録に謳われる災い。神の懲罰。悪の塊。
第8のサーヴァント『ビースト』―――それが顕現しようとしていた。
「やれやれだ。こりゃあ【究極生命体(ロイヤル・ストレート・フラッシュ)】でも勝てる気がしない。こうなればルールも舞台もまとめてブッ飛ばす、【火炎瓶】を食らわせるしかないか」
キャスターの手から、光が生まれる。光は書物の形を形成し、ページが剥がれて宙を舞い踊る。十枚、百枚、千枚と、瞬く間に周囲を雪のように舞う、数えきれぬ光のページが織り成す結界がビーストを、この町全体を包んでいった。
「キャスター、お前は……」
葛木が息を呑む。ページが舞い上がるごとに少しずつ、キャスターの姿が薄れていっているのだ。
「僕自身の存在を『結界』とする………宝具【語り継がれる人間賛歌(エターナル・ビザール・アドベンチャー)】。この結界内では、人間には無限の可能性が与えられる」
綾香は心身から力が湧きあがってくるのを感じていた。ただの強化にとどまらぬ、存在としての何かが高まっていることが、本能的に察せられる。
「勝利を掴むのは、既に過去のモノとなった『英霊』ではない。未来を紡ぐ存在である、『君たち』だ」
◆
【宝具】
【語り継がれる人間賛歌(エターナル・ビザール・アドベンチャー)】
ランク:EX 種別:対『人間』宝具 レンジ:無し 最大補足:制限無し
キャスターが生涯に渡って描き続けた『人間賛歌』。キャスター自身がその身を結界へと変え、敵と味方全てを包み込む形で展開する。たとえば敵が地球の裏側にいるなら地球全土を包み込むことになり、上限は無し。
その結界の中では、人間が人間以上の存在に勝利しうる可能性が与えられる。たとえ卑小な人間の身に過ぎない者でも、人間より格上の存在である英霊や神霊、真祖やアルティメット・ワンにでも勝利しうる。
無論、努力し、策を練り、全身全霊を尽くして、更に幸運に恵まれればの話となるが、それでもゼロである可能性を覆すことができる。ただし、この恩恵は敵に対しても与えられてしまう。
◆
主は語った。地に富を積んではならないと。
虚飾の繁栄を無に帰した時、次代の千年期は訪れる。
富の象徴。人の七罪。
汚れに汚れた金の杯。
全ては天の門を開く為。
最後の奇跡は、最も優れたモノの手に。
『優れているとは、何だろう?』
『力が強いことだろうか? 勢いがあることだろうか? 弱くないことだろうか?』
『いいや、聖杯に相応しく優れているというのは、おそらく清らかであること』
『清らかであるためには、全てを差し出さなくてはならない。そう、聖杯さえも差し出して』
『君らはきっと、最後には全てを得る』
『そして、次へと続いていくだろう』
『人間賛歌は、終わらない』
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【CLASS】キャスター
【マスター】葛木宗一郎
【真名】荒木飛呂彦
【性別】男性
【一人称】僕
【サーヴァント階位】7位
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力:E 耐久:E 敏捷:E 魔力:E 幸運:C 宝具:EX
【クラス別スキル】
- 陣地作成:D
- 道具作成:D
【固有スキル】
- 無辜の怪物:B
- ペンネーム:B
- エンチャント:D+++
【宝具】
【奇人来訪・魔性武装(ゴージャス・ポーカー)】
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:− 最大補足:1人
キャスターの逸話が結晶化し、宝具となったもの。トランプの形をしている。かつてキャスターが、『その正体は○○である』と言われた存在へと、変身することができる。例としては、土方歳三、モナリザ、波紋戦士、吸血鬼、究極生物などがあげられる。格の高い存在であるほど、魔力消費量は激しくなる。
ステータスや固有スキルを模倣することも可能だが、宝具までは模倣できない。
【語り継がれる人間賛歌(エターナル・ビザール・アドベンチャー)】
ランク:EX 種別:対『人間』宝具 レンジ:無し 最大補足:制限無し
キャスターが生涯に渡って描き続けた『人間賛歌』。キャスター自身がその身を結界へと変え、敵と味方全てを包み込む形で展開する。たとえば敵が地球の裏側にいるなら地球全土を包み込むことになり、上限は無し。
その結界の中では、人間が人間以上の存在に勝利しうる可能性が与えられる。たとえ卑小な人間の身に過ぎない者でも、人間より格上の存在である英霊や神霊、真祖やアルティメット・ワンにでも勝利しうる。
無論、努力し、策を練り、全身全霊を尽くして、更に幸運に恵まれればの話となるが、それでもゼロである可能性を覆すことができる。ただし、この恩恵は敵に対しても与えられてしまう。
2013年11月02日(土) 23:48:34 Modified by ID:Zknca+225A