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Fate/XXI 21


   Fate/XXI



   ACT21 『悪魔』生まれる



 暴力が振るわれていた。
 暴虐が振り撒かれていた。

『食物連鎖というのがあったな………。草は豚に食われ、豚は人間に食われる。我々はその人間を糧としてるわけか……。人間を食料にしてこそ【真の帝王】』

 傷を癒すために大量の命を奪いながら、邪悪な魂を呼び寄せてしもべとし、彼の帝国は成長していく。

『頭にのるなよ。たかが虫ケラが。俺は生物界の頂点………未来を拓く新しい生物となった……。人間ごときと対等の地におれていけるか! 無礼者がッ!!』

 圧倒的な悪の大気。絶対的な暴君の威風。

『お前は今までに食ったパンの枚数を憶えているのか?』

 かつて同族であったものを、今や食料としか見ない傲慢なる視点。

『【波紋】? 【呼吸法】だと? フーフー吹くなら、この俺の為に、ファンファーレでも吹いてるのが似合っているぞッ!!』

 強者の傲慢と共に、強大な力を得てもなお、研鑽は怠らず、新たな力の獲得を求め、敵対者への対処を迅速に行う慎重さを兼ねそろえていた。

『猿が人間に追いつけるかーッ!! お前はこのディオにとっての、モンキーなんだよ! ジョジョォォォォーーーッ!!』

 しかしその絶対的強者としての自負も、宿敵の前に崩れ去る。悪がより暗く濃くなれば、同時に正義もまた眩さを増すということが、世界の法則であるかのように。

『う、う……腕を動かせ………波紋が、頭まで達する………そ……の……ま………まえに………その前に…………』

 だがそれでも、敗北を喫してもなお、彼は断固として諦めはしなかった。

『ジョジョ! 最後の最後まで屈服しないヤツよ! しかし! それはこのディオも同じこと! 俺は生きる!! 何が何でも生きる!! 貴様の肉体と共にな!!』

 悔いはしない。変わりはしない。悪は悪のまま、心を改めることなどなく、野望を燃やし続ける。

『ジョジョ……!? こ……こいつ………死んでいる………!』

 そして、悪の化身は闇へと沈む。

 牢獄に閉じ込められ、身動き一つできずに、彼は無為な百年を過ごした。

 そして、運命の悪戯か、この世界に再び彼が解き放たれたとき、彼は何一つ変わらず彼のままであった。

『始末すべき宿命、抹消すべき因縁………既に手は打った!!』

 幾度もの敗北も、百年の封印も、彼の悪意を止めることはできない。絶対に諦めない。野望は捨てない。彼は幾度でも、立ち上がり挑み続ける。

 世界に。

 運命に。

   ◆


「おはよう。おじいちゃん、おばあちゃん………ランサー?」

 キャスターが滅んだ夜が明けて、ウェイバーはマッケンジー老夫妻に朝の挨拶をした。同時に、台所にランサーが立っているのに気付く。どうやら食器の支度をしているらしい。ウェイバーの視線に気付いたマッケンジー夫人が、照れたように微笑む。

「お客様にお手伝いをしてもらうなんて、失礼だと思ったんだけど、是非にと言ってくれるものだから、ついついねぇ」
「いいえ、宿泊させていただいているのですから、この程度のことは当然。何か他に雑事があれば、いかようにも申しつけください」

 優雅な手つきでテーブルに皿やフォークを並べながら、ランサーは柔らかな表情で仕事を請け負う。その慎ましい態度は、夜の戦争で見せる猛々しくも華やかな騎士の姿と離れた、正しく召使い(サーヴァント)のようだった。

「いや若いのに、実に真面目で礼儀正しくしていらっしゃる。貴方のような方とウェイバーが友人であって安心しましたよ」
「そんな、むしろ私こそウェイバーさんにはよくフォローしてもらっているのです。間違いや思い込みを正してもらったり、行動の方針を私の好む方向に合わせてもらったり、本当に、ウェイバーさんにはいくら感謝しても足りません」

 ランサーがマッケンジー家に来て、まだ一週間も経っていないというのに、ランサーはすっかり夫妻に気に入られていた。言葉づかいも仕草も丁寧で、よく気が付き、率先して仕事を引き受ける若者が好かれるのは当然といえば当然である。
 ウェイバーとしては、伝説に刻まれた英雄が時にエプロンや三角巾をつけている姿を見るのは、何だか複雑な心地がするが、まあ悪いことではないと思っている。マッケンジー夫妻に、自分を孫であるという暗示をかけ、騙して家に住まわせてもらっているウェイバーにとって、グレンとマーサが楽しそうにしていると、罪悪感が薄れるというものだ。
 それはそれで身勝手な話であると、ウェイバーは更なる罪悪感を抱くのだが、それでも、もう本当の家族も親戚も絶えて、天涯孤独の身のウェイバーには、この家族の中での生活は、温かかった。

「紅茶はどうですか? ウェイバーさん」

 夫妻の前では、ウェイバーを『ウェイバーさん』と呼ぶランサーが声をかける。呼び捨ての方が自然だと言ったのだが、演技とはいえ、そこまでの無礼ははたらけないということで、その呼び方を許していた。

「………美味いけど、もう少し渋みのある方が好きかな。明日は僕が淹れてやるよ」

 束の間の安らぎを、ウェイバーは存分に味わっていた。

   ◆

 ロード・エルメロイの陣営の状況は一言で説明できた。

『相変わらず』である。

 廃工場を多少整えた程度の隠れ家に閉じこもったケイネスは、無表情で使い魔を操り、情報収集に努めている。昨夜の戦いではキャスター討伐に間に合わず、令呪を手に入れ損ねた彼は、壮絶に不機嫌であった。
 しかしライダーを相手に罵ることはなかった。それはライダーに怒りを抱いていなかったのではなく、もはや面と向かって相手にすることさえしたくないほどに憤っていたためだ。その激昂は今も続いており、ライダーを見向きもしない。

 そんなマスターを、ライダーの方もまた相手にしなかった。既に完全に見限っている相手と話をしなくていいのなら、むしろ願ったりというものだ。外出は禁じられたが、先日、セイバーたちと問答する前に入手しておいた(図書館から略奪した)『イリアス』を読むことで、楽しい時間を過ごしていた。

 そして、ソラウだ。

 彼女はケイネスに時折、お茶などを差し入れ、ケイネスが集めた情報に目を通し――それをアサシンへと送っていた。そんな情報などは、念写能力を持つアサシンの方が、より価値のある情報を手に入れられるだろう、必要なのはケイネスがどこまで知っているのかを把握しておくことだ。そしてそこから、ケイネスの行動を予測し、最高の位置で、喰らい付く。
 殺すだけならば、ソラウが茶に毒でも仕込めば容易いだろう。しかし、アサシンはケイネスにまだやってほしいことがあるらしい。それでも最終的には死なせることになるのだが、ソラウはケイネスの決定された死に、一片の同情も罪悪感もしていなかった。
 あるのは期待だけだ。愛しい男が、自分のものになる時が近づいているという期待。
 アサシンは聖杯に、現在生存している宿敵の血筋を絶やすことを願った後、現世に在り続けて、更なる生前の願いを達成するつもりなのだという。だが、それくらいならばまだ聖杯の力に余力はあるだろう。サーヴァントをもう一体復活させて、現世に留め置くくらいはできるかもしれない。
 アサシンは聖杯に、ランサーの復活と、ソラウへの愛を誓わせることを願うと、そう約束した。

(だから、ごめんなさい、ランサー。一度だけ、死んで頂戴。必ずその後で蘇らせてあげるから)

 あまりに身勝手な邪恋であったが、ソラウにとっては掛け値なしに本気の恋であった。
 生まれて初めての、恋情であった。ゆえに、そこに歯止めがかかることはなく、口約束だけの、強制力のないアサシンとの『約束』を信じて、彼女は罪へと堕ちていくのだった。

   ◆

 言峰璃正は、報告書に目を通しながらため息をつく。
 昨夜、キャスターが駅を中心とした街の一区画を戦場とし、何百人もの一般人を巻き込んだ件について、教会は必死の揉み消しを計っていた。
 海魔はキャスターがセイバーの剣の光に呑み込まれたと同時に消滅したが、屍生人は消えなかった。キャスターの魔力供給と関係なく動く存在であったからだ。幸い、セイバーとランサーが片付けてくれたが、その被害は相当なものであった。死者の数は璃正たちも把握できていない。
 そして怪物が片付いてからもまた問題が山積みしていた。警察などへの連絡もされてしまったし、生き残った人々もこの異常極まる事態を忘れることはない。防犯カメラにもしっかりと事実が記録されてしまっている。
 街に設置された防犯カメラの方はすぐに記録を消去したが、市民の所有物までは把握しきれない。人々の記憶の方も、病院や避難所に魔術師を送りこんで記憶改竄を行うものの、全員にそれを行えたという保証は無い。
 破壊された街や、死傷者の方も問題だ。特に死体はあれもこれも損壊されすぎている。あるものは五体が分断され、あるものは食いちぎられている。とても警察に持っていかれるわけにはいかない異常な死体ばかりだ。屍生人に関しては、太陽の光によって溶けてしまい、死体さえ残っていない。それはそれで問題だ。明確な死者となればそこまでだが、死体がなく、死んだ証拠が無ければ、行方不明者となって捜索され、調査されてしまう。だが、ことがことだけに調査されるわけにはいかない。
 最終的には、武装テロリストの襲撃による無差別殺人、街の破壊、及び、幻覚作用を有する毒ガスと細菌兵器の流出というかたちになった。死体は殺菌のために、すべて即座に焼却されたという言い訳が用意された。
 様々な面で無理があるが、それで押し切るしかない。ある程度納得できる理由を与えれば、少なくとも魔物の群れが現れたなどという非現実的な真実よりは、まだ現実的な虚構の方を、人は信じようとするだろう。
 後は臨機応変に対応するしかない。

「起こったことはもはやどうしようもないとしても………我々としては、もうこのようなことが起こらないよう、前もって対処しておかねばならん」

 璃正の言葉は、背後に立つ青年へと向けられたものだった。璃正の息子であり、この聖杯戦争におけるアサシンのマスター、言峰綺礼。アサシンの健在が周囲にばれたため、教会で保護するわけにはいかなくなり、外での行動を余儀無くされている彼が今ここにいるのは、璃正が秘密裏に呼び出したためだ。

「それは当然のことですが………なぜ私を呼び出したのですか? 父上」

 綺礼の疑問に、璃正は振り返って息子の顔を真っ直ぐ見ながら答える。

「単刀直入に聞くが、綺礼よ。アサシンは完璧に御しきれているのか?」

 璃正が手にした書類には、昨夜のキャスターが死徒化した件について書かれていた。キャスターは昨夜まで死徒ではなかったが、昨夜現れた時は死徒になっていた。そして、アサシンは死徒であり、死徒は他者を死徒に変えることができる。

「アサシンがキャスターを死徒にした………つまり、昨夜の一件を仕組んだと? それはありますまい。アサシンがそのような行動をした気配はありません。キャスターであったジル・ド・レイは、吸血鬼伝説の原点の一つとなった反英雄。死徒になる力があった可能性もゼロではないでしょう」

 この上なく落ちついた口調で、綺礼は父の疑念を否定する。しかし、璃正の心は晴れず、首を横に振った。

「綺礼。お前の言葉を信じたいところだが、今回の一件を抜きにしてもあのアサシンは危険だ。能力や宝具さえ、完全には把握できていないまま、ここまできてしまった。時臣君は今回の件に疑問を抱いていないようだが、これは見過ごせない。これまで時臣くんの采配に過度に口出しはせずにいたが、思えば彼の家系はどこかうっかりしたところがある。忠告した方がよいだろう」
「すると………つまりどうすると?」

 険しい顔の父を見つめ、綺礼は返事を概ね予想しながらも、璃正に問う。

「時臣くんの立ち会いのもと、令呪を使ってでもアサシンが今回の件に関わっていないかを問い質すべきだろうな。もし関わっているのであれば、いっそ自害させてここで消してしまっても良いかもしれないな」

 それは正しい判断だ。既にアサシンの能力で調べたマスターたちの情報は十分。全てのマスターの居所も報告してある。無論、綺礼が隠し持ち、報告されていない情報も山とあるが、最低限必要である情報量には足りている。もうアサシンを聖杯の贄としても問題ない。

「確かに………そうですね」
「ひとまず私の方から時臣くんには話を通しておこう。お前はアサシンの動向に、今以上に気を配っていてくれ」
「それはつまり………時臣師には、まだ話は通っていないのですね?」

 綺礼は呟いたかと思うと、流れる様な動きでその手に黒鍵を現し、璃正の首にめがけて勢いよくその切っ先を突き込んだ。

 ベキリ

 首の骨が貫かれ、折れ砕けた音が微かに響く。

「………?」

 何が起こったのか、本当にまるでわからないという表情を見せた老神父は、その表情のまま絶命し、魂を失った体を床に倒れこませた。

「………ああ」

 自らの父の血で濡れた手と、刃を見る。自分がいましがた行ったことをじっくりと味わうように沈黙し、やがてじわじわと、その鉄のように硬い表情に、微笑みが広がっていく。

「そうか………私は、こういう人間だったんだな」

 本当は、自分の真実など、とうに知っていたのだ。かつて、妻とした女性を病で失った時、言峰綺礼という男は、確かに『この女をもっと苦しめたい』と、そう思ったのだ。
 アサシンを召喚し、彼と語らい、彼の夢を見て、そして昨夜、あの街の惨劇を見た。

 喰われる無辜の人々。壊される街。救われぬ狂気。
 そしてその果てに、惨劇をなした邪悪さえ、より巨大な悪意によって喰らわれ、利用され、絶望に堕ちて泣き叫ぶ。
 その流れの全てに見入った。その残酷の光景に酔いしれた。キャスターの絶望の叫びは、綺礼の心に、深く深く響いた。その瞬間、彼は、この世界と自分自身が初めてガッシリと『歯車がかみ合った』のを実感したのだ。

 そして今、父をこの手で殺して、全てを納得できた。幾千もの思索を超えた、ただ一度の実践が、綺礼に答えを与えた。自分が、『邪悪』であることを。
 今なら、もう時臣を裏切ることも、遠慮なく行える。いやむしろ、悦びをもって行える。

「フフ………ようやく自覚したようだな。君は本当に頑固だったが、どうだね? 父親を殺した感想は」

 背後に、己のサーヴァント、アサシンが霊体化を解いて現れる。璃正はアサシンを連れずに一人で来るように言われていたが、実際はずっと二人の会話を聞いていたのだ。

「少し呆気なかったな。とはいえ、時間をかけていては私に勝ち目はなかっただろう。父は私以上の拳法の使い手だからな。しかし………それでもやはり、もっと苦しめてみたかった」

 アサシンが父を殺す体験を夢として味わってからというもの、ずっと自分もしてみたいと思っていたことが、あっさりと終わってしまったことに少し残念さを感じつつ、璃正の死体に手を触れる。

「『神は御霊なり。故に髪を崇める者は、魂と真理をもって拝むべし』」

 ヨハネ福音書4:24に書かれた文言が、綺礼の口で唱えられる。その声に呼応し、璃正の右腕から、綺礼の手へと、今までの聖杯戦争で使われずに残された令呪が移っていく。
 アサシンの能力で知った、令呪を他者へ引き継がせる合言葉だ。

「さて………一仕事終えたところで聞こう。君はこれからどうする?」

 アサシンの言葉に、綺礼は唇を開く。

「―――私は私の在り方がようやく実感できた。君のおかげだ。だが、私はまだ、なぜこのような私が生まれたのか、まっとうな価値観とは真逆の感性を持った私のようなものが、生まれてきたのか。それが理解できない。この答えを導く方程式を、私は手に入れたい。答えは得た。だが探求はまだこれからだ」
「悪が悪であるのは何故か、か。深淵なる問いだな。だがよかろう。私についてくるといい。『天国』の果てに、君が求めるものはきっとある」

 令呪をすべて自分の右腕に移し終えると、綺礼はアサシンの前に改めて向き直る。

「ついていこう、DIO。君は私の真の友だ。神を信じるように君を信じ、君の道を共に歩いていこう」

 言峰綺礼は、信仰の道を歩き始めてからここに至るまでで、今ほど神を信じたことは無かった。この男と巡り合えたという運命を前に、神がいるということを、綺礼はこの上なく確信していた。神はいて、奇跡はあり、救済はもたらされるということを。


   ◆

 夜、ウェイバーは冬木教会へと向かっていた。
 昨夜、キャスターとの戦いに参加したことによって受けられる追加令呪を受け取るためだ。厳密には、ウェイバーとランサーはキャスターの手駒を打ち払い、セイバーの手助けをしただけで、キャスターと直接戦ってはいないのだが、これも協力したということになり、報償を貰えるかもしれない。
 問題は、

(教会までの道の間に、あるいは帰りに、敵が待ち伏せていないかってことだったんだけど………)

 ウェイバーの拠点であるマッケンジー家はまだ見つかった様子はないが、この教会にまでくる道は限られている。周辺を見張っていれば、ウェイバーを見つけられるだろう。
 ウェイバーの脳裏に、衛宮切嗣の冷たい殺気がよぎる。霊体化したランサーを隣に配置し、使い魔数匹で周囲を観察しているが、どうにも恐怖は消しきれない。そんな怯えが伝わったらしく、

(ご安心ください、我が主よ。もう二度と、貴方を見失ったりはしません。貴方を敵の手に捕えられたりはしません。必ず私がその前に、敵の手を穿ち、心臓を貫いてみせましょう)

 力強い念話がウェイバーに届く。

(………ふん、そんなことは当然だ。それより、昨日ようやくキャスターが脱落した。残り5体をどう倒す? お前の考えを言ってみろ)

 既に何度も話し合ったことだが、教会につくまでにもう一度情報を整理する。

(はい。セイバーに関しては、あの対城宝具【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】を放つ隙を与えなければ互角に戦えるでしょう。その時、願わくば主の持つ【他が為の憤怒(モラルタ)】をお貸し頂ければと………)

 ウェイバーがランサーを召喚するための媒介に使った【他が為の憤怒(モラルタ)】は、もともとディルムッド・オディナが振るった『一振りで全てを倒す剣』。護身用の剣【己が為の怒声(ベガルタ)】より、更に強力な戦闘用の剣。護身用の槍【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】より強力な剣。ディルムッド・オディナは二槍流も確かに強いが、本来は【他が為の憤怒(モラルタ)】と【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】の、一剣一槍こそが最強である。
 最初にセイバーを傷つけた一戦目を凌駕する戦力を魅せるだろう。

(わかった。その時が来たらな。セイバー戦では正攻法の方がいいとは僕も思う。下手な罠や策は切り倒されるし、あのマスターには敵う気がしない。むしろ、敵マスターの策に嵌らないように戦えるように注意しなくては………)

 ウェイバーは過去に友人たちの戦いを見た経験から、戦闘において重要なのは、自分にとって有利な戦況に持ち込むことであると考えている。どれだけ強くとも、それだけで勝てるものではない。己が強さを、万全に発揮できる状況あってこそだ。そのうえで敵の利点を殺せるならば最高である。
 人質や搦め手を使うセイバーのマスターは、それがわかっている。自分が正面きっての戦いにおいて、そこまで強くは無いことを知っている。もちろんウェイバーなどよりはずっと強いだろうが、魔術師として、戦闘者としては、人間を超越したような怪物ではない。もしそこまでの強さがあるなら、あのような冷酷な策を使う必要もないからだ。

(それが怖い。自分の弱さを理解している奴が一番強い。マスターとしては、ケイネスとかよりも、あいつが多分、一番やばい)
(ええ、あの男は騎士の裏をかき、後ろから刺すやり方を知り尽くしていると見受けられます。私がセイバーと戦う際は、何よりあれからの横槍を注意する必要があるでしょう)

 方針としては、セイバーに仕掛ける時はウェイバーの側から仕掛け、向こうから仕掛けられることは避ける。セイバーと戦っている間、ウェイバーは切嗣から見つけられないように徹底的に隠れる。そんなところだろう。

(次はアーチャーだが………やつの正体は、おそらく間違いないだろう)

 何度か話し合い、その正体を考察した。あのように多様な宝具を撒き散らし、酒や乗り物さえ取り出す、莫大な財を持てる英雄とは何か。
 アーチャーは自分を王と、それも最も偉大な王と自負していた。征服王イスカンダルさえその主張を受け入れていたようだった。

 ウェイバーは考えた。

 そこまでの王たる英雄がいるだろうか? 歴史上最大の領地を持ったチンギス・ハン? 72の魔王さえ従えたソロモン王? ヴィシュヌ神の化身にして無数の神々の武器を与えられたインドの王子ラーマ? どれもピンとこない。他の王と比べようもないような王………。

 それは、世界全ての王くらいしかいない。だが全世界を征服をした王などいない。一つの時代に、世界に王が一人だけなんて、そんな時代があったというのか?
 近代にはない。古代にも、神代の時代にも、世界全てに王が一人だけの時代なんて………そこまで考えたウェイバーは、ふと思いついた。

 遥か古代、文明が始まり、ようやく王という概念が生まれた頃、最初の王の時代なら、それは世界にただ一人、世界全ての王たりうる。

 最古の王………それは、最古の文明の、最古の神話に刻まれた王。

(古代オリエントの、シュメール・アッカド神話に語られるウルクの王。『ギルガメッシュ叙事詩』のギルガメッシュ)

 本当のところは、ウルク以前にも王朝はあり、ギルガメッシュ以前にも王はいただろう。神話においてギルガメッシュは、自身も神と崇められた英雄王ルガルバンダと、女神ニンスンの子であり、ウルクの第1王朝5代目の王と書かれているのだから。
 だが、今の時代まで確たる文献、確たる神話として、いまだに信仰を集め、人の記憶に残る、英霊として召喚できるような者は、彼しかいない。
 武勇に優れ、ウルクを立派な城塞都市として栄えさせ、天空神アヌと豊穣の女神イシュタルの神殿を宝物で満たした優れた王。野人エンキドゥを友とし、大怪物フンババや天の雄牛を討伐したという大英雄。

(………確かに最古の英雄、英雄の原形となった存在であれば、あの宝具や物品の所蔵量にも頷けます。世界全ての宝は自分のものとうそぶいていましたが、確かにその通りだったのでしょう)
(あの宝具の山も、そういうことか。世界各地で英雄が宝具を手にする以前に、全ての宝具はあの男一人の手にあったわけだ。ならば、あいつはきっとお前の宝具も持っている。全部の宝具を持っている。冗談じゃないな。あの性格だからよかったが、もし本気だったら一夜にして聖杯戦争は終わっていたな)

 全ての宝具を持っている。

 対人宝具がある。対城宝具がある。対軍宝具がある。正面突破もできる。広域殲滅もできる。暗殺もできる。
 敵の居場所を探る宝具がある。敵の情報を知りつくせる宝具がある。敵の下に一瞬で移動する宝具がある。敵の護りを破壊する宝具がある。
 敵から感知されなくなる宝具がある。敵の能力を封印、無効化する宝具がある。敵の弱点を突く宝具がある。敵の行動を未来予知する宝具がある。敵の攻撃を防御する宝具がある。敵から受けた傷を癒す宝具がある。

 戦士である前に王であることから、全ての宝具を完全に使いこなせるわけではないかもしれないが、全力で無くても充分だ。どんな敵にも対処できる。どんな敵だって倒せる。どんなことだってできる。いっそ聖杯なんかいらないだろう。あるものだけでいくらでも願いなんて叶う。

 この聖杯戦争、本気を出せば、一夜どころか一時間だってかける必要があるかどうか。

(『ネコドラくん』か、ってぇ話だよな………こいつに関しては、もうあの慢心を突くしかないな。でなきゃマスター狙いか)
(情けないことですが………流石に私も手立てがありませぬ)

 主従そろって憂鬱な表情になってしまう。軽く絶望しかけながらも、ウェイバーは希望を捨てずに考えを切り替える。自分たちで倒せないなら、幸いこの戦いはバトルロイヤル。別の誰かに倒してもらえばいい。

(バーサーカーとアーチャーを潰し合わせたいところだな)

 最初の戦いの時も見ることができたが、バーサーカーはアーチャーの放つ宝具を己も物にでき、アーチャーに対して多少は相性がいい。倒せるかどうかはわからないが、アーチャーに多少はダメージを与えてくれるだろう。

(バーサーカーに関しては、まだ情報は足りないけれど、あいつの持つあらゆる物体を宝具にできる力は、お前の【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】で無効化できる。あいつとの戦いではお前が有利に立てるだろう。最後に残しても問題無い。バーサーカーは他の奴らと戦わせて、他陣営を消耗させた方がいい)

 そして、他のサーヴァントの情報が、ある程度は集まっている中で、一体だけ、その力の本質がまだ全く謎のままな奴がいる。

(アサシンの力は………よくわからないな。瞬間移動のようなことをしていたようにも見えたが………)

 本名を明かし、目的を明かし、それでもなお戦争において重要な宝具は隠しおおせている、傲慢でいて、その上で、慎重で用心深いサーヴァントだ。
 こんなことなら、あの海洋生物学者やその祖父、髪をおっ立てた女好きの剣士に、もっと話を聞いておけばよかったと後悔する。

(スタンドは典型的な近距離パワー型だ。射程距離は短いが、パンチ一発で並みの鎧など貫通する。というか、スタンドである以上、ある程度の厚さの物はすり抜けられるから、防御力に関係なく、霊核を直接握り潰せるだろうな)

 スタンド使いというだけで相当に厄介である。サーヴァントにははっきりと見えるらしいが、魔術師では一流であっても、見ようと意識しなくては見えない。不可視であるというだけで危険だ。しかも魔術ではスタンドは傷つけられない。

(本体も吸血鬼だからな………。霊核を破壊しない限り、体をバラバラにしても再生するだろう)
(キャスターの死徒化に関わっていた可能性も高いです。キャスターを利用して、我々の力を計ったのでしょう。狡猾な奴です)
(………それだけかな? まだ何かありそうな………いや、情報が無い今は、これ以上考えても妄想になるだけか―――ッ!!)

 使い魔として放っていた鼠の感覚が、迫る強い気配を感じ取った。鼠は高い感知能力を持ち、何百メートルも先から人間が近づいてくることを悟れる。高速で空を貫くように突進してくる気配は、とても特徴的で誰なのかはすぐにわかった。

「AAAAAALaLaLaLaLaie(アァァァァァララララライッ)!!」

 冬木教会のすぐ近く、田畑が広がり、民家もまばらな開けた場所に、ライダーの巨体が降り立った。雷の轟音が響いても、家の中から外に様子を見に出てくる者はいない。既に、眠りの術か何かをかけられているのだろう。

「よう! 坊主、そしてランサー! 一勝負しに来たぞ!」

 昨夜、酒宴に誘ったのと同じ調子で、殺し合いを申し出る征服王に、ウェイバーとランサーは身構える。逃げようとしたところで背後から轢き殺されるのがオチだ。

(ライダー。征服王イスカンダル。宝具は、雷をまとって蹂躙する対軍宝具【神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)】と、生前の部下をサーヴァントとして召喚する固有結界【王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)】。防御結界を張る【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】はあまり使っていないようだけど、魔力で張った結界は【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】で貫けるからあまり問題はない)

【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】がバーサーカーに破壊されたことを知らないまま、ウェイバーは分析する。

(戦車は前の戦いで攻略できたけど、結界に取り込まれたら多勢に無勢、勝ち目は無い。けれど)

 ウェイバーの目に、闘志が宿る。

「策はある。行くぞランサー!!」
「御意のままに、我が主よ!!」

 槍兵と騎兵の戦い―――第二幕、開演。

   ◆

 遠坂時臣。遠坂家五代目頭首。
 この第四次聖杯戦争に、誰よりも早くから準備し、最強のサーヴァントを召喚し、聖堂教会とも手を結び、マスターを一人最初から自分の部下として参戦した男。誰よりも圧倒的優位に立ち、必勝を確信していた彼の余裕が、今揺らいでいた。
 昨夜の、間桐雁夜たちとの会話により、自分の過去の行動に不安を抱いた。桜を臓硯に託したのは、本当に正しかったのか。もしも桜が魔術師として教育されているのではなく、ただ道具として利用されているのだとしたら? 時臣に、臓硯がそうしないという具体的な理由は見つけられなかった。
 今朝の、綺礼からの連絡により、自分の未来の結末に迷いを覚えた。言峰璃正が死んだ。時臣の父の朋友であり、時臣の後見人であり、この聖杯戦争の心強い協力者であった。全く予想していなかった悲劇を前に、自分もまた思いもよらぬ最後を遂げるのではないか? 時臣に、それを否定しきれる余裕は存在しなかった。

「………まったく、優雅ではないな」

 夕方に、妻と娘を避難させている禅城家に行き、二人と顔を合わせた。そして、凛へと多くの言葉を残した。遠坂の魔術師として必要な知識を尽く。
 時臣の娘は、その全てを真摯に、強く受け入れてくれた。おかげで未来への重荷は消えた。凛ならば、遠坂家の未来を背負いきってくれるだろう。
 未来は凛に任せられた。だが過去は? 桜は?

「………雁夜と、もう一度話すべきか」

 聖杯戦争とは関係のない行為であった。魔術師であるのなら、まずは聖杯を手に入れ、根源へと至ることを求めるべきだ。だが、今の彼は魔術師である前に父親であった。

「ほぉう、時臣。少しは良い顔になったではないか。今までよりは味がある」

 時臣の前に、金色の英雄王が姿を現す。苦悩する時臣の顔を、珍味を味わうかのような表情で見つめ、

「今のお前には教えてやってもいいだろう。もう少しの間、我とこの遊戯を続ける権利を与えてやる」

 誰よりも高みから、言い放った。




 ……To Be Continued
2013年06月19日(水) 00:10:07 Modified by ID:rVdulSoPkw




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