イリヤの奇妙な冒険11
【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】
『11:Kaleidoscope――変幻』
【聖堂教会本部への冬木第4次聖杯戦争における報告書】
以上が、冬木にて起こった、第4次聖杯戦争、あるいは、大聖杯を失った後で再構築した、新第1次聖杯戦争の経過と結末である。
第1次と記したが、おそらく第2次が開催されることはないであろう。
御三家の一角を担う、間桐――マキリの一族はもはや存在しないに等しい。
マキリの長老、間桐臓硯は死亡。その身を、異形の蟲へと変え、他者に寄生して生きながらえたおぞましい怪老も、ついに果てた。
使い魔の創造に長け、令呪のシステムを生み出した、魔術の名家も、ここに滅ぶこととなった。
間桐鶴野・雁夜は生き残ることができたが、二人とも魔術師を継ぐ意思はなく、鶴野の子である慎二には魔術回路が継承されていない。
最後に、遠坂からの養子である桜であるが、彼女もまた魔術師となることはなく、自衛手段として魔術を学ぶ程度の魔術使いになるのが関の山であろう。彼女は遠坂の家に戻ることなく、そのまま間桐の名で生きることを選んだようだ。
魔術師として高すぎる資質を持つ彼女には、今後、つけ狙う者も出てこようが、そういった不埒者は、今回、雁夜の協力者となった歴戦の【スタンド使い】たちを相手にしなければならないだろう。
当然、我々も手を出すべきではない。
◆
「さて、奇襲は防がれ、敵に囲まれ、逃げ場はないな。まだやるかね? まだやるというのなら………せっかく入れたらしい差し歯を、もう一度引っこ抜かれることになるが」
大地を転がり、火を擦り消したものの、【女教皇(ハイプリエステス)】は安堵できなかった。
歩み寄るモハメド・アヴドゥルの姿。スタンド使いミドラーは、その男の力を良く知っていた。かつて戦った敵として、彼の持つスタンド能力を知っていた。
それゆえに、状況が最悪であることを知っていた。
(炎を操るスタンド……【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】)
タロットにおける1番のカード、『魔術師』。意味するのは、起源、開始、可能性、機会、意志、創造。
(この世の始まりは炎に包まれていた。始まりを暗示し、始まりである炎を操るスタンド。その力は、私が知るスタンドの中でもトップクラス!)
かつてミドラーの所属していた組織と敵対した、ある集団の中に、アヴドゥルはいた。その集団の中でも特に恐れられた一人として。
集団を襲う刺客は、まずアヴドゥルへの対処を第一に考えた。ある者は、スタンドを全力で使えない飛行機の中で襲い、ある者はスタンドを使われる前に奇襲を仕掛け、あるいは二人がかりで戦った。
ミドラーにしても、狭く、全力を出せない、海中の潜水艦内部で奇襲をかけた。
正面からの戦いでは、あまりに手強すぎる相手であったから。
燃やせば勝てる。
焼けば終わる。
それが炎。
遥かな過去、人が火を手にしたときに、総ては始まった。人類と獣を隔てる、最強の武器。
ミドラーが知る限り、アヴドゥルの炎と正面から戦い、善戦できたのは、せいぜい『戦車』の暗示のスタンド使いくらいである。
(瓦礫に紛れて逃げる? いや駄目だ。こいつは速さもかなりのもの。変化しようとした瞬間に焼かれる。第一、こいつは私の射程距離も知っている。逃げ延びたところで、探されればすぐ見つけ出される。こうなれば、不利だとしても、こいつをここで殺すしかない……そうなれば、あとはタイミング)
ミドラーは覚悟を決めて、アヴドゥルの挙動を見据える。スタンドを傷つけられるのはスタンドだけ。ランサーが自由を取り戻すには、あと少しかかりそうだ。今、【女教皇(ハイプリエステス)】の脅威になるのは、この褐色のエジプト人だけ。
対峙する雌雄の傍で、イリヤはその勝負の行方を見守る。
(これって………西部劇だ。どちらが抜くのが早いか………)
イリヤの心臓が早鐘を打つ。
歩み来るアヴドゥル。全身全霊を集中させるミドラー。
(―――勝負っ!!)
【女教皇(ハイプリエステス)】は円盤状の刃に変わり、弾けるように跳躍する。折れる寸前まで引き絞られた弓矢が、解き放たれたときのような速さでもって。
ギャリリリリリリリッ!!
電気ノコギリのように高速で回転する【女教皇(ハイプリエステス)】に向けて、【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】の炎が放たれる。しかし、【女教皇(ハイプリエステス)】の転じた刃は、その炎を蹴散らし、アヴドゥルの首元目がけて飛来する。
『くたばりなぁっ!!』
変幻自在のスタンドは汚い言葉を吐き、勝利を確信する。が、
ググンッ!
『!?』
【女教皇(ハイプリエステス)】の動きが空中で静止する。蹴散らされ、バラバラになった炎が、再び寄り集まり、紐状になって【女教皇(ハイプリエステス)】を縛り上げていたのだ。
本来、固体でもない炎に物を押さえつけるような真似はできないはずだが、【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】は普通の炎だけでなく、スタンド同様、常人の目には見えぬ『パワーある像(ヴィジョン)』である特殊な炎も使うことができる。
かつて、最強のスタンド【星の白金(スター・プラチナ)】の動きさえ止めた、炎の束縛。
その名も『赤い荒縄(レッド・バインド)』。
『アギャァァァァスッ!?』
そして、【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】の太い腕が振り上げられ、灼熱をまとった拳が、【女教皇(ハイプリエステス)】の顔面を殴り飛ばした。
メメタァァァァァッ!!
『ウゲェェッ!!』
鼻をへし折られ、炎に焼かれながら吹き飛ばされた【女教皇(ハイプリエステス)】。スタンドと本体は一心同体。スタンドに与えられたダメージは、本体にも刻まれる。
「ぅぅぉぉぉ………」
悲鳴をあげる余裕ももはやなく、スタンド使いのミドラーは、その場に崩れ倒れる。その意識は次第に闇へと落ち込んでいった。
同時に、【女教皇(ハイプリエステス)】も姿をかき消し、幾たびも幻のように、万華鏡のように、優劣が移り変わる戦いは、ついに決着がついたのだった。
◆
ランサーのマスター、マナヴ・ソービャーカは顔を蒼褪めさせていた。
魔術師の悲願は、この世のすべての根源である「」にたどり着くこと。ソービャーカ家もまた「」を目的として、研究をしていた。
彼らの研究対象は『虚偽』。「」とは世界の始まりであり、一切の不純物が無い完全な真実であると考え、虚偽を全て取り去った果てに「」にたどり着くと考えたのだ。
だが次第に彼らは研究した虚偽を利用し、他者を騙し、利益を得るようになった。研究対象であった『虚偽』の生み出す利得に呑まれ、「」への到達を忘れた、魔術使いに成り下がった。
聖杯戦争に参加したのも、現世的な利益を求めてのことである。必ずしも聖杯を手に入れる必要はない。他の参加者の魔術を見聞きして盗み取ることや、逆に他の参加者に協力して見返りを貰うことで利益を得られる。
自分は安全な場所から動くことなく、サーヴァントを動かし、決して無理することなく、危険を犯さず、最大限の成果を得る。それがマナヴの方針であった。
いまだに高校生にもならぬ歳の、そばかす顔の少年は、慎重さと、狡猾さと、そして、他者を踏み躙って恥じない邪悪さを備えていた。
「嘘だろ………こんな横槍があるなんて………」
しかし彼は勝負に敗れた。
ライダーは突然現れたアーチャーによって、今度こそ完全に打倒された。
「『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』だと……? 宝具をあんな使い捨てにするなんて………」
アーチャーは、宝具をライダーに突き立て、そのうえで爆発させた。宝具を破壊することで、宝具に宿る神秘を爆発させる――『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』。
その威力は絶大だが、普通そんな真似はしない。爆発させた宝具はもう使えないし、何より宝具は、それぞれの英雄が持つ、誇りの結晶のようなもの。まさしく宝なのだ。それを自ら破壊するなど、できようはずもない。
それを容易く実行したアーチャーは、一体何者なのか?
「いや、いや今はもうそんなこと考えている場合じゃない。早く逃げなくては」
ランサーを縛る令呪を使い切ってしまった今、マナヴを守るものはない。
ランサーが消える前に、自分を捨て石にしたマスターに復讐をするために戻ってくるかもしれない。
そうでなくても、サーヴァントを失った無防備なマスターなど、聖杯戦争で生かしておく理由などない。後に別のサーヴァントと再契約する可能性もある。低い可能性ではあるが、一応念のためという程度の理由で、あっさり殺されるくらいに、か弱い獲物なのだ。
「くそっ! 聖杯もステッキも、カードも何も手に入らないとは。骨折り損じゃないかっ!」
愚痴を吐きながらも、さっさと最低限の荷物をまとめ、逃走の準備をする。失敗した仕事に未練を残さず、下手に執着しないで保身を第一とする姿勢は、一貫したものだった。
だが、残念ながらそれも遅いものとなった。
ガチャリ
突如、ドアが開いた。
「!?」
マナヴが驚きながらも、反射的に攻撃を仕掛ける。プロの軍人も顔負けの速度で、魔術強化を施したナイフを抜き放とうとしたが、
「おっと」
侵入者のそんな声を聴いたと同時に、マナヴの体は指一本動かすことができなくなり、立ったまま硬直してしまった。
「初めまして……僕はアーチャーのマスターだ。いやまさか、ランサーのマスターが同じホテルに泊まっているとは思ってもいなかったよ」
嘘を研究していた一族であるマナヴは、侵入者のその言葉は嘘であると見抜いた。目の前の男は、マナヴがこの冬木ハイアットホテルに宿泊、より正確に言えば、魔術による洗脳で、一室を無料で乗っ取っていたことを知っていたのだ。知っていて、自分を仕留めるために泊まったのだ。
「なぜわかった……」
どうやら舌は動くようだった。だが攻撃のために呪文を唱えようとすると、動かなくなる。
どうやら攻撃手段は完全に封印されているらしい。逃げることも、またできない。
「確かに、町の中に人間一人が紛れ込んで、それを見つけ出すことは簡単じゃない。だから後を追わせてもらった」
「後を………ランサーのか? だが、奴は隠密能力だけは高い……尾行なんて」
「ランサーじゃなく、君の放っていた使い魔だ。コウモリだったか。いや、見つけたのはアーチャーだ。彼はとても目が良くてね」
それは、今もランサーへと使いに出した、あのコウモリの使い魔のことだ。最初に、ランサーがイリヤと出会い戦った夜も、マナヴはコウモリの使い魔を放ち、様子を見ていた。だが空飛ぶ使い魔を追うなど、それもまた簡単な話ではないはずだった。
「あのとき、僕も近くにいてね。気づかれぬうちに、コウモリに少し細工させてもらった。見つけやすく、ゆっくり飛ぶようにね」
「そういえば戻るのが遅かった気も………だが馬鹿な………そんな細工の痕跡など」
「そう簡単に見つかるものじゃない。今わかったところで無意味だが」
そして話は終わりだと、マナヴの目の前の男は踵を返し、その部屋を出ていく。
その背中を見つめながら、マナヴはゆっくりと意識を失っていった。
そばかすの不気味少年の聖杯戦争は、こうして終焉を迎えたのだった。
◆
「こりゃ酷い………女の顔に、容赦ないわね」
凛は、倒れ伏して、ピクピクと痙攣するだけのミドラーを見下ろし、若干引き気味に言う。ミドラーは鼻を折られ、鼻穴から血を流し、白目を剥いていた。女ならば同情を覚えることを抑えられない、無様な顔面である。
「なぁに、彼女はもともと、以前に私の仲間によって、歯を全部へし折られている。あの時に比べれば大したことあるまい」
「あんたの仲間も容赦ないのね………」
真顔で言うアヴドゥルに、凛は嫌そうなしかめっ面を更にしかめる。
「さて諸君。この場を移動して、改めて自己紹介でもしないか?」
アヴドゥルの提案に反対する者はなく、一行は瓦礫の山となったオンケル邸を後にした。
『マナヴ・ソービャーカ:ランサーのマスター………再起不能(リタイア)』
『ミドラー(スタンド:【女教皇(ハイプリエステス)】):ライダーのマスター………再起不能(リタイア)』
『ライダー(真名:メドゥーサ)………消滅(リタイア)』
『カード入手』
◆
【CLASS】ライダー
【マスター】女教皇のミドラー
【真名】メドゥーサ
【性別】女性
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力B 耐久D 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A+
【クラス別能力】
ただし、竜種は該当しない。
【保有スキル】
魔力C以下は無条件で石化、魔力Bでもセーブ判定次第で石化、魔力A以上ならば全ての能力を一ランク低下させる「重圧」をかける、強力な魔眼。スキルの「対魔力」によっても抵抗できる。
ランクCならば、マスターを失ってから1日現界可能。
使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
【宝具】
◆騎英の手綱(ベルレフォーン)
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:2?50
最大捕捉:300人
あらゆる乗り物を御する黄金の鞭と手綱。単体では全く役に立たないが、高い騎乗スキルと強力な乗り物があることで真価を発揮する。
制御できる対象は普通の乗り物だけでなく、幻想種であっても、この宝具でいうことを聞かせられるようになる。また、乗ったものの能力を一ランク向上させる効果も持つ。
真名解放すれば、限界を取っ払って時速400?500kmという猛スピードで、流星のごとき光を放った突貫となる。
◆自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)
ランク:C-
種別:対人宝具
レンジ:0
最大捕捉:1人
対象に絶望と歓喜の混ざった悪夢を見せ、その力が外界へ出て行くことを封じる結界。普段のライダーはバイザーとして使用し、自身のキュベレイや魔性を封じている。使用中、視覚は完全に絶たれるため、ライダーは視覚以外の聴覚、嗅覚、魔力探査などを用いて外界を認識している。
◆他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)
ランク:B
種別:対軍宝具
レンジ:10?40
最大捕捉:500人
形なき島を覆った血の結界。
内部に入った人間を融解し、血液の形で魔力へと還元して、使用者が吸収する。形はドーム状をしており、内部からは巨大な眼球に取り込まれたように見える。ただし、結界外からは敵に察知されないようにするために、そのようには見えないようになっている。
……To Be Continued
『11:Kaleidoscope――変幻』
【聖堂教会本部への冬木第4次聖杯戦争における報告書】
以上が、冬木にて起こった、第4次聖杯戦争、あるいは、大聖杯を失った後で再構築した、新第1次聖杯戦争の経過と結末である。
第1次と記したが、おそらく第2次が開催されることはないであろう。
御三家の一角を担う、間桐――マキリの一族はもはや存在しないに等しい。
マキリの長老、間桐臓硯は死亡。その身を、異形の蟲へと変え、他者に寄生して生きながらえたおぞましい怪老も、ついに果てた。
使い魔の創造に長け、令呪のシステムを生み出した、魔術の名家も、ここに滅ぶこととなった。
間桐鶴野・雁夜は生き残ることができたが、二人とも魔術師を継ぐ意思はなく、鶴野の子である慎二には魔術回路が継承されていない。
最後に、遠坂からの養子である桜であるが、彼女もまた魔術師となることはなく、自衛手段として魔術を学ぶ程度の魔術使いになるのが関の山であろう。彼女は遠坂の家に戻ることなく、そのまま間桐の名で生きることを選んだようだ。
魔術師として高すぎる資質を持つ彼女には、今後、つけ狙う者も出てこようが、そういった不埒者は、今回、雁夜の協力者となった歴戦の【スタンド使い】たちを相手にしなければならないだろう。
当然、我々も手を出すべきではない。
◆
「さて、奇襲は防がれ、敵に囲まれ、逃げ場はないな。まだやるかね? まだやるというのなら………せっかく入れたらしい差し歯を、もう一度引っこ抜かれることになるが」
大地を転がり、火を擦り消したものの、【女教皇(ハイプリエステス)】は安堵できなかった。
歩み寄るモハメド・アヴドゥルの姿。スタンド使いミドラーは、その男の力を良く知っていた。かつて戦った敵として、彼の持つスタンド能力を知っていた。
それゆえに、状況が最悪であることを知っていた。
(炎を操るスタンド……【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】)
タロットにおける1番のカード、『魔術師』。意味するのは、起源、開始、可能性、機会、意志、創造。
(この世の始まりは炎に包まれていた。始まりを暗示し、始まりである炎を操るスタンド。その力は、私が知るスタンドの中でもトップクラス!)
かつてミドラーの所属していた組織と敵対した、ある集団の中に、アヴドゥルはいた。その集団の中でも特に恐れられた一人として。
集団を襲う刺客は、まずアヴドゥルへの対処を第一に考えた。ある者は、スタンドを全力で使えない飛行機の中で襲い、ある者はスタンドを使われる前に奇襲を仕掛け、あるいは二人がかりで戦った。
ミドラーにしても、狭く、全力を出せない、海中の潜水艦内部で奇襲をかけた。
正面からの戦いでは、あまりに手強すぎる相手であったから。
燃やせば勝てる。
焼けば終わる。
それが炎。
遥かな過去、人が火を手にしたときに、総ては始まった。人類と獣を隔てる、最強の武器。
ミドラーが知る限り、アヴドゥルの炎と正面から戦い、善戦できたのは、せいぜい『戦車』の暗示のスタンド使いくらいである。
(瓦礫に紛れて逃げる? いや駄目だ。こいつは速さもかなりのもの。変化しようとした瞬間に焼かれる。第一、こいつは私の射程距離も知っている。逃げ延びたところで、探されればすぐ見つけ出される。こうなれば、不利だとしても、こいつをここで殺すしかない……そうなれば、あとはタイミング)
ミドラーは覚悟を決めて、アヴドゥルの挙動を見据える。スタンドを傷つけられるのはスタンドだけ。ランサーが自由を取り戻すには、あと少しかかりそうだ。今、【女教皇(ハイプリエステス)】の脅威になるのは、この褐色のエジプト人だけ。
対峙する雌雄の傍で、イリヤはその勝負の行方を見守る。
(これって………西部劇だ。どちらが抜くのが早いか………)
イリヤの心臓が早鐘を打つ。
歩み来るアヴドゥル。全身全霊を集中させるミドラー。
(―――勝負っ!!)
【女教皇(ハイプリエステス)】は円盤状の刃に変わり、弾けるように跳躍する。折れる寸前まで引き絞られた弓矢が、解き放たれたときのような速さでもって。
ギャリリリリリリリッ!!
電気ノコギリのように高速で回転する【女教皇(ハイプリエステス)】に向けて、【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】の炎が放たれる。しかし、【女教皇(ハイプリエステス)】の転じた刃は、その炎を蹴散らし、アヴドゥルの首元目がけて飛来する。
『くたばりなぁっ!!』
変幻自在のスタンドは汚い言葉を吐き、勝利を確信する。が、
ググンッ!
『!?』
【女教皇(ハイプリエステス)】の動きが空中で静止する。蹴散らされ、バラバラになった炎が、再び寄り集まり、紐状になって【女教皇(ハイプリエステス)】を縛り上げていたのだ。
本来、固体でもない炎に物を押さえつけるような真似はできないはずだが、【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】は普通の炎だけでなく、スタンド同様、常人の目には見えぬ『パワーある像(ヴィジョン)』である特殊な炎も使うことができる。
かつて、最強のスタンド【星の白金(スター・プラチナ)】の動きさえ止めた、炎の束縛。
その名も『赤い荒縄(レッド・バインド)』。
『アギャァァァァスッ!?』
そして、【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】の太い腕が振り上げられ、灼熱をまとった拳が、【女教皇(ハイプリエステス)】の顔面を殴り飛ばした。
メメタァァァァァッ!!
『ウゲェェッ!!』
鼻をへし折られ、炎に焼かれながら吹き飛ばされた【女教皇(ハイプリエステス)】。スタンドと本体は一心同体。スタンドに与えられたダメージは、本体にも刻まれる。
「ぅぅぉぉぉ………」
悲鳴をあげる余裕ももはやなく、スタンド使いのミドラーは、その場に崩れ倒れる。その意識は次第に闇へと落ち込んでいった。
同時に、【女教皇(ハイプリエステス)】も姿をかき消し、幾たびも幻のように、万華鏡のように、優劣が移り変わる戦いは、ついに決着がついたのだった。
◆
ランサーのマスター、マナヴ・ソービャーカは顔を蒼褪めさせていた。
魔術師の悲願は、この世のすべての根源である「」にたどり着くこと。ソービャーカ家もまた「」を目的として、研究をしていた。
彼らの研究対象は『虚偽』。「」とは世界の始まりであり、一切の不純物が無い完全な真実であると考え、虚偽を全て取り去った果てに「」にたどり着くと考えたのだ。
だが次第に彼らは研究した虚偽を利用し、他者を騙し、利益を得るようになった。研究対象であった『虚偽』の生み出す利得に呑まれ、「」への到達を忘れた、魔術使いに成り下がった。
聖杯戦争に参加したのも、現世的な利益を求めてのことである。必ずしも聖杯を手に入れる必要はない。他の参加者の魔術を見聞きして盗み取ることや、逆に他の参加者に協力して見返りを貰うことで利益を得られる。
自分は安全な場所から動くことなく、サーヴァントを動かし、決して無理することなく、危険を犯さず、最大限の成果を得る。それがマナヴの方針であった。
いまだに高校生にもならぬ歳の、そばかす顔の少年は、慎重さと、狡猾さと、そして、他者を踏み躙って恥じない邪悪さを備えていた。
「嘘だろ………こんな横槍があるなんて………」
しかし彼は勝負に敗れた。
ライダーは突然現れたアーチャーによって、今度こそ完全に打倒された。
「『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』だと……? 宝具をあんな使い捨てにするなんて………」
アーチャーは、宝具をライダーに突き立て、そのうえで爆発させた。宝具を破壊することで、宝具に宿る神秘を爆発させる――『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』。
その威力は絶大だが、普通そんな真似はしない。爆発させた宝具はもう使えないし、何より宝具は、それぞれの英雄が持つ、誇りの結晶のようなもの。まさしく宝なのだ。それを自ら破壊するなど、できようはずもない。
それを容易く実行したアーチャーは、一体何者なのか?
「いや、いや今はもうそんなこと考えている場合じゃない。早く逃げなくては」
ランサーを縛る令呪を使い切ってしまった今、マナヴを守るものはない。
ランサーが消える前に、自分を捨て石にしたマスターに復讐をするために戻ってくるかもしれない。
そうでなくても、サーヴァントを失った無防備なマスターなど、聖杯戦争で生かしておく理由などない。後に別のサーヴァントと再契約する可能性もある。低い可能性ではあるが、一応念のためという程度の理由で、あっさり殺されるくらいに、か弱い獲物なのだ。
「くそっ! 聖杯もステッキも、カードも何も手に入らないとは。骨折り損じゃないかっ!」
愚痴を吐きながらも、さっさと最低限の荷物をまとめ、逃走の準備をする。失敗した仕事に未練を残さず、下手に執着しないで保身を第一とする姿勢は、一貫したものだった。
だが、残念ながらそれも遅いものとなった。
ガチャリ
突如、ドアが開いた。
「!?」
マナヴが驚きながらも、反射的に攻撃を仕掛ける。プロの軍人も顔負けの速度で、魔術強化を施したナイフを抜き放とうとしたが、
「おっと」
侵入者のそんな声を聴いたと同時に、マナヴの体は指一本動かすことができなくなり、立ったまま硬直してしまった。
「初めまして……僕はアーチャーのマスターだ。いやまさか、ランサーのマスターが同じホテルに泊まっているとは思ってもいなかったよ」
嘘を研究していた一族であるマナヴは、侵入者のその言葉は嘘であると見抜いた。目の前の男は、マナヴがこの冬木ハイアットホテルに宿泊、より正確に言えば、魔術による洗脳で、一室を無料で乗っ取っていたことを知っていたのだ。知っていて、自分を仕留めるために泊まったのだ。
「なぜわかった……」
どうやら舌は動くようだった。だが攻撃のために呪文を唱えようとすると、動かなくなる。
どうやら攻撃手段は完全に封印されているらしい。逃げることも、またできない。
「確かに、町の中に人間一人が紛れ込んで、それを見つけ出すことは簡単じゃない。だから後を追わせてもらった」
「後を………ランサーのか? だが、奴は隠密能力だけは高い……尾行なんて」
「ランサーじゃなく、君の放っていた使い魔だ。コウモリだったか。いや、見つけたのはアーチャーだ。彼はとても目が良くてね」
それは、今もランサーへと使いに出した、あのコウモリの使い魔のことだ。最初に、ランサーがイリヤと出会い戦った夜も、マナヴはコウモリの使い魔を放ち、様子を見ていた。だが空飛ぶ使い魔を追うなど、それもまた簡単な話ではないはずだった。
「あのとき、僕も近くにいてね。気づかれぬうちに、コウモリに少し細工させてもらった。見つけやすく、ゆっくり飛ぶようにね」
「そういえば戻るのが遅かった気も………だが馬鹿な………そんな細工の痕跡など」
「そう簡単に見つかるものじゃない。今わかったところで無意味だが」
そして話は終わりだと、マナヴの目の前の男は踵を返し、その部屋を出ていく。
その背中を見つめながら、マナヴはゆっくりと意識を失っていった。
そばかすの不気味少年の聖杯戦争は、こうして終焉を迎えたのだった。
◆
「こりゃ酷い………女の顔に、容赦ないわね」
凛は、倒れ伏して、ピクピクと痙攣するだけのミドラーを見下ろし、若干引き気味に言う。ミドラーは鼻を折られ、鼻穴から血を流し、白目を剥いていた。女ならば同情を覚えることを抑えられない、無様な顔面である。
「なぁに、彼女はもともと、以前に私の仲間によって、歯を全部へし折られている。あの時に比べれば大したことあるまい」
「あんたの仲間も容赦ないのね………」
真顔で言うアヴドゥルに、凛は嫌そうなしかめっ面を更にしかめる。
「さて諸君。この場を移動して、改めて自己紹介でもしないか?」
アヴドゥルの提案に反対する者はなく、一行は瓦礫の山となったオンケル邸を後にした。
『マナヴ・ソービャーカ:ランサーのマスター………再起不能(リタイア)』
『ミドラー(スタンド:【女教皇(ハイプリエステス)】):ライダーのマスター………再起不能(リタイア)』
『ライダー(真名:メドゥーサ)………消滅(リタイア)』
『カード入手』
◆
【CLASS】ライダー
【マスター】女教皇のミドラー
【真名】メドゥーサ
【性別】女性
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力B 耐久D 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A+
【クラス別能力】
- 対魔力:B
- 乗騎:A+
ただし、竜種は該当しない。
【保有スキル】
- 魔眼:A+
魔力C以下は無条件で石化、魔力Bでもセーブ判定次第で石化、魔力A以上ならば全ての能力を一ランク低下させる「重圧」をかける、強力な魔眼。スキルの「対魔力」によっても抵抗できる。
- 単独行動:C
ランクCならば、マスターを失ってから1日現界可能。
- 怪力:B
使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
- 神性:E−
【宝具】
◆騎英の手綱(ベルレフォーン)
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:2?50
最大捕捉:300人
あらゆる乗り物を御する黄金の鞭と手綱。単体では全く役に立たないが、高い騎乗スキルと強力な乗り物があることで真価を発揮する。
制御できる対象は普通の乗り物だけでなく、幻想種であっても、この宝具でいうことを聞かせられるようになる。また、乗ったものの能力を一ランク向上させる効果も持つ。
真名解放すれば、限界を取っ払って時速400?500kmという猛スピードで、流星のごとき光を放った突貫となる。
◆自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)
ランク:C-
種別:対人宝具
レンジ:0
最大捕捉:1人
対象に絶望と歓喜の混ざった悪夢を見せ、その力が外界へ出て行くことを封じる結界。普段のライダーはバイザーとして使用し、自身のキュベレイや魔性を封じている。使用中、視覚は完全に絶たれるため、ライダーは視覚以外の聴覚、嗅覚、魔力探査などを用いて外界を認識している。
◆他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)
ランク:B
種別:対軍宝具
レンジ:10?40
最大捕捉:500人
形なき島を覆った血の結界。
内部に入った人間を融解し、血液の形で魔力へと還元して、使用者が吸収する。形はドーム状をしており、内部からは巨大な眼球に取り込まれたように見える。ただし、結界外からは敵に察知されないようにするために、そのようには見えないようになっている。
……To Be Continued
2016年05月14日(土) 23:06:32 Modified by ID:nVSnsjwXdg