イリヤの奇妙な冒険12
【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】
『12:Line――方針』
【魔術協会所蔵の一資料より】
ただ存在するだけで、呪文の詠唱も、魔法陣や道具も使わず、魔術効果をもたらすものがある。
第一に魔眼。魔眼とは『見る』という行為だけで、相手に影響をもたらす魔術である。邪視、邪眼ともいう。対象が見返すことで、その効果は飛躍的に増大する。魔術師にとって魔眼が使えることは一流魔術師の証だが、真に強力な魔眼となると、生得のものに限られている。
有名なものは、ギリシャ神話に登場する女怪メドゥーサの、石化の魔眼『キュベレイ』や、エジプト九栄神の一柱、王族の守護神ホルス神の、幸福と栄光の象徴『ウジャト』。見たもの全てを滅ぼす、ケルトの魔神バロールの魔眼や、北欧神オーディンの全てを見通す眼などがある。
無論、これら神話級の魔眼など、現世にはほとんど残ってはいない。
また逆に、見られることで見た者に影響を及ぼすものも多い。
伝説においては、見た女性を魅了する、ディルムッド・オディナの『愛の黒子』などである。
魔術的なものかはまだ確かめられていないが、フランスのルーブル美術館には、見た者を死に至らしめる『この世で最も黒い絵』が隠されており――
◆
「まずは、私をどうしてくれるのか、というところから話してほしいわね。私はもう敵対する気はないけれど」
イリヤたちの話し合いは、まずランサーの言葉から始まった。
「どうする……って言っても………凛さん?」
イリヤは、運ばれてきた紅茶を口につけている凛に、おずおずと視線を向ける。
彼女たちがいるのは、どこにでもあるファミリーレストランだ。
今時、24時間開いているレストランは珍しくない。深夜にほぼ未成年だけでの来店は、店側が疑問に思うかと考えたが、杞憂に終わった。
年齢も人種も異なるメンバー、それも全員美男美女――のインパクトが際立ち、逆に不審として警察に通報する発想を、店員の思考から吹き飛ばしたらしい。
注文を済ませた後、話し合いが開始された。
「そうね………もう、元々のマスターとのパスは切れてるのよね?」
「ええ。令呪も使い切っているしね」
凛の確認に頷くランサー。道すがら、マスターのことは大まかに聞いている。人柄からすると、この期に及んで戦闘を続けるタイプではない。今頃は見切りをつけて、さっさと逃げているだろうというのが、ランサーの弁だ。
実際は、魔術を使えなくされたうえで、窃盗やホテルの無賃宿泊といった罪で、警察に突き出されているのだが、凛にもランサーにも、それを知る術はなかった。
「貴女はどうしたいの? 聖杯戦争に召喚される英霊には、聖杯に叶えてもらいたい願いがあるはずでしょう?」
「………私は生前、敵を倒しきれずに死んでしまった。一人の子供に後を託してね………だから戦いに戻りたいのよ」
そう語るランサーの目には、強い力があった。英霊は、生前における、全盛期の年齢で召喚されるが、ランサーは生前においてもその一生は20年にも満たぬ短いものであった。にもかかわらず、その物腰には、既に百戦錬磨の凄みがあった。
(やはり………彼女はどこかで見たような気がするな。誰かに似ている………?)
アヴドゥルはそんなランサーのあり方に既視感を覚え、首をかしげる。一方、彼と組んでいるルヴィアは、獲物を前にした猫のような微笑みを浮かべていた。
「そういうことであれば、私が再契約してあげてもよろしくてよ? この聖杯戦争、現界において魔力供給はしないですむようですし、微量の魔力で手が増えるなら大歓迎ですわ」
ルヴィアの言う通り、この聖杯戦争は、魔力を周囲から吸収する『カード』を利用することで、現界のための魔力を節約している。マスターからの魔力供給が必要なのは、戦闘でより強い力を必要としたときだけだ。
ランサーの様子からすると、マスターがいなくなっても、サーヴァントはそのまま残り続けるようだ。これは同時に、仮に聖杯戦争が終わっても、サーヴァントは残り、暴走し続ける可能性が高いということでもある。
「………私が敵対していたことは水に流してくれるということ?」
ランサーとしては、現界し続けることにマスターは必要ないが、願いを叶えるためには、協力者がいた方が有利に戦えることは明白である。
「フッ、このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。些末な恨みを引きずるような、器の小さい女じゃありませんわ。誰かさんとは違ってね!!」
『誰かさん』の台詞を言うとき、ルヴィアの視線が一瞬、凛の方へと向いたのを、凛は見逃さなかった。青筋を額に浮かべ、目尻を吊り上げて鬼の形相を浮かべる。
「勝手に話を進めんじゃないわよ! そっちにはもうスタンド使いの味方がいるってのに、更に戦力強化されてたまるもんですか!」
「これは私の人望というものですわ! 邪魔しないでくださいませ!」
そしてごく自然な流れで取っ組み合いの喧嘩が始まる。だんだん彼女たちの行動にも慣れてきたイリヤは喧嘩を止めようとせず、ほっといて、アヴドゥルに話しかけた。
「それで、えっと、アヴドゥルさんは、いったいどういう人なんですか?」
イリヤはまだこの異国人について、ほとんど何も知らない。名前と、ルヴィアと美遊の仲間であるということ、スタンド使いという一種の超能力者であるということくらいだ。
だがその落ち着いた物腰と、武骨な顔ながらも優しい表情は、イリヤに恐ろしさを感じさせなかった。
「私はスピードワゴン財団という組織から派遣されてきた者だ。ルヴィア君たちが所属する時計塔とは特別仲がいいわけではないが、敵対しているわけでもない。魔術関係には通じてはいるが、専門ではなく、聖杯戦争や『カード』に対しても、それだけであればタッチする気はなかったのだが………」
アヴドゥルは一枚の写真を取り出す。そこには、黒いローブをまとい、ライフルを掲げた、謎の怪人の姿が写っていた。
「この人物の名は『ミセス・ウィンチェスター』。この人物が所属する組織の名は『ドレス』。我々と敵対する組織であり、この聖杯戦争にも参加している相手だ」
『スピードワゴン財団』、その設立は1910年。
『ドレス』、その設立は1960年代。
どちらもあまりに若い組織であるが、若さゆえの活力は馬鹿にできるものではない。また、この二つの組織は、特定の分野においては他の魔術組織を凌駕する知識量を誇っていた。
特に『スタンド能力』において、『スピードワゴン財団』が持つ情報は、他の組織の追随を許さぬものであった。
それゆえに、『ドレス』は『スピードワゴン財団』の持つ情報を得るため、幾度もの攻撃を『スピードワゴン財団』に仕掛けていた。その最精鋭の刺客(エージェント)の一人が、『ミセス・ウィンチェスター』であった。
「この……『ミセス・ウィンチェスター』が姿を見せるようになったのは8年前のことだ。南米の遺跡発掘を行っていた財団の調査団を皆殺しにしたのを最初に、何百人もの財団関係の人間を殺し、施設を破壊し、情報や研究成果を強奪している。写真に写っているように得意な武器はライフルだが、格闘、ナイフ、爆発物、どれも一流レベルで使いこなすことができる。魔術においても素養があるようだ。スタンド使いではないが……以前の戦いで、私と同じく財団のエージェントとして働いている花京院という男に手痛い負傷を与えている」
アヴドゥルの声音には、油断ならない強敵に対する警戒が感じられた。しかし怯えは見られなかった。
「私はさきほどまで、この『ミセス・ウィンチェスター』と戦っていたが、奴のサーヴァントである……おそらくセイバーであろうが………黒い鎧と黒いバイザーをつけた、金髪の女戦士。黒い剣を持ち、周囲に黒い霧を展開する」
イリヤの全く知らなかった、セイバーの情報がアヴドゥルの口から語られる。
「近距離戦では私のスタンドと互角以上のパワーがある。黒い霧は私の炎を阻み、更に剣に纏わせて振りぬくことで飛ぶ刃となる。遠距離攻撃も可能ということだ。彼ら二人相手に、正直手も足も出なかった。財団の運び込んだ物資や施設も破壊され、今後、財団の支援は期待できまい」
「無理もない。セイバーのクラスは、聖杯戦争において最優のクラスとされている。見たところ無傷で生き延びただけでも僥倖というものだ」
アヴドゥルからの報告に応じ、アーチャーも口を開く。
「私の方からも情報を提供しよう。キャスターについてだ」
「ふむ? 私としてはむしろ、君らの陣営の情報を知りたいのだが?」
アヴドゥルの探るような視線を、アーチャーは軽く受け流すように肩をすくめ、
「すまないが私のマスターは、極力この聖杯戦争にかかわる気はないのだよ。彼は巻き込まれただけの一般人でね。魔術も学んでいないし、戦闘の術も習っていない。行動については私の好きにさせてくれるが、積極的にかかわる気もない。聖杯を求めることもなく、自分に被害のないうちに、この聖杯戦争が終わってほしいと思っている。気が向けば多少の手助けくらいしてくれるだろうが、基本いないものと扱ってほしい」
アーチャーの言葉に偽りはなかった。言っていないことは多くあったが、嘘はなかった。
「では君自身の目的は? マスターに願いがないなら、君自身の願いは?」
「うむ………それが実を言うと、聖杯にかけるほどの願いは無いんだ」
「………なに?」
アヴドゥルは戸惑う。イリヤたちもまた首を傾げた。聖杯戦争において、英霊が召喚に応じるのは、聖杯によって叶えたい願いがあるからのはずだ。
「おかしいと思うかもしれないが、英霊によっては聖杯に願いがあるからではなく、ただ自分が生きていた時代の未来の姿を見たいだとか、他の英霊と戦って腕試しがしたいだとか、そんな理由で召喚されるものもいるのだ。ただ、私の方はそれらとも違うが」
「どういうこと? 勿体ぶらずに言いなさいよ」
「まずこの聖杯戦争は――私が独自に調べた結果で、詳しい情報元についてまで説明はしないが――カードがあってから生み出されたものだ。このカードというものを誰が作ったか知らないが、聖杯戦争とは関係がない。それを便利だからと英霊を召喚する媒介にしてしまったんだ。おかげで、私は聖杯にかける願いはないのに無理に召喚されてしまったというわけさ」
急かすランサーに、アーチャーは説明する。
「ではなぜ戦う? 私たちの味方をして、戦いに参加する?」
「………聖杯戦争をほっておけば、この町が、罪もない人々が傷つくことになるだろう。だから私は………『正義の味方』をやってやろうと、そう思っただけさ」
そう言ってアーチャーは、どこか自嘲気味に笑った。聞く者の信用を求めていないような、自分自身でさえ信じていないような、奇妙な態度だった。自分の価値観しか知らないような、視野の狭い人間ならば、何か裏があると疑念を持つに違いなかった。
けれど、
「………『そこんとこだが、俺にもようわからん』……か」
「なに?」
「いや………信用しよう。『正義の味方』なら、信用できる」
アヴドゥルは懐かし気な眼差しをアーチャーに向け、強く断言した。
そんなアヴドゥルに、アーチャーは束の間驚いたように目を見開き、やがて照れたように顔を逸らし、苛立たし気に言葉を紡ぐ。
「そちらがそう思うなら、私から何か言う義理もないが………安易に他者を信用して、裏切られたとしても自分の責任だぞ?」
(あ、これ知ってる。ツンデレってやつだ)
その様子に、イリヤもまた、アーチャーを信じると心に決めたのだった。
「………とにかくキャスターについての情報を渡しておこう。今、キャスターは冬木市民会館にいるらしい。一般人が多く出入りする、隠れ住むのに適さない場所だ。誰にも見られずにいるとしたら、おそらく地下だろう」
「冬木市民会館………サファイア」
≪はい、美遊さま。この冬木の中でも5本の指に入る優良な大霊地です。キャスターが拠点としても不思議ではありません≫
質の高い霊脈の通る冬木市の中でも、特に良い霊地になっている場所がある。聖杯を完成させるには、聖杯を降臨させる場所もまた重要であり、候補としてあげられる霊地は4つである。
第一に円蔵山。第二に、凛の本家である遠坂邸。第三に冬木教会。そして四番目が冬木市民会館だ。
今のところ、冬木市民会館以外の霊地に、マスターやサーヴァントが手を付けた形跡はない。
「キャスターのマスターについては、いまだに情報がまるでない」
「私も同じくだ」
アーチャーとアヴドゥルがそろって肩をすくめる。
ライダーが脱落、ランサーとアーチャーが味方になり、残りは4組。
オンケルとバーサーカー。
ミセス・ウィンチェスターとセイバー。
セレニケとアサシン。
そして正体不明のキャスター。
「どれも強敵と言えようが、情報を見せないキャスターが特に厄介だな。各所につくった拠点は潰しているが、あとどれだけ拠点があることか」
「いくつもの拠点を次々と生み出せる腕。キャスターの中でも最高の達人と見ていいだろう。だが霊地の格から考えて、冬木市民会館以上の重要拠点はあるまい。そこを潰せば、かなり追い詰められる」
こうして、出せるだけの情報が出終わった。
だが、今後の方針についてはまだ決められない。決める人物二人が、会議に参加していないのだ。
≪ちょっとお二人さん、いつまで喧嘩してるんですかー?≫
ルビーがうんざりした声で、取っ組み合いを続ける凛とルヴィアに言う。
すると二人は、お互いの頬をつねり合った状態で答えた。
「うぎぎぎぎ………は、話はついたわよっ! ランサーは私とイリヤの側についてもらう! 代わりにさっき手に入れたライダーのカードはルヴィアに渡す!」
「にゅぐぐぐぐ………なおランサーが契約する相手は、遠坂凛ではなくイリヤスフィールですわ!」
「ええっ!? わ、私が?」
てっきり凛が契約することになるだろうと思って聞いていたイリヤは、自分にお鉢が回ってきて驚いた。
「ぬがががが………通常時、魔力供給は必要ないし、戦闘時ならステッキがあれば魔力はほぼ無限に供給できる! 契約はルビーがやってくれるでしょ! アサシンのマスターに襲われたって聞いたし、普段の護衛としてついていた方がいいという判断よ!」
「おごごごご………私としても遠坂凛の直属にして、私の寝首をかく刺客にでもされたらたまりませんわ! この女ほど性悪ではないと見込んでのことですから、信頼を裏切らないことですわイリヤスフィール!」
「誰が刺客にするかっ!! このド低能がァ―――ッ!!」
「なんですってぇっ!? 低能って言いましたわねっ!? 殺して差し上げますわっ! 遠坂凛!!」
そして再び激しい拳と蹴りの応酬が開催される。
≪あー、もう喧嘩はいいかげんやめにしてくださいよー。まあ契約自体は構いませんがね。ルビーちゃんとしても後輩ができるのは嬉しいですし≫
「えっ? コレの後輩………!?」
思い切り嫌そうな顔をするランサーだったが、イリヤと契約した者同士としては、先輩後輩の関係が成り立たなくもない。
「あー、その、やっぱしやめる……?」
「………かなりヘビーだけど仕方ないわ。今更やめましたっていうのもカッコ悪いし、覚悟を決めるわよ」
かくて、イリヤスフィールはランサーのマスターになることが決定した。
「これからよろしくね? 私の真名は徐倫……ジョリーンよ」
「私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。こちらこそよろしくお願いします」
あるいは、イリヤにとってこの時が、真の意味で聖杯戦争に参加した瞬間であったのかもしれない。
そして、
≪そろそろいいですかお二人さん。今後の方針についてですがー≫
ルビーが、凛とルヴィアに問うと、もはや精魂尽き果て、ダブルノックダウンした二人が倒れ伏しながら言った。
「くっ………あ、明日の夜0時、冬木市民会館前に集合………」
「キャスターを………仕留めてやりますわ………ぐふっ」
あんな喧嘩しながらも、イリヤたちの話も聞いていたらしい。やはり優秀なのだろうが、どうしてもその残念さは拭えない。
「私も参加しよう。キャスターが何を企んでいるかわからないが、時間を与えたら何をするかわからん」
アーチャーも戦力に加わってくれた。
こうして、方針は決定された。イリヤたちは最強の戦力で、明日、キャスターに挑むのだった。
……To Be Continued
『12:Line――方針』
【魔術協会所蔵の一資料より】
ただ存在するだけで、呪文の詠唱も、魔法陣や道具も使わず、魔術効果をもたらすものがある。
第一に魔眼。魔眼とは『見る』という行為だけで、相手に影響をもたらす魔術である。邪視、邪眼ともいう。対象が見返すことで、その効果は飛躍的に増大する。魔術師にとって魔眼が使えることは一流魔術師の証だが、真に強力な魔眼となると、生得のものに限られている。
有名なものは、ギリシャ神話に登場する女怪メドゥーサの、石化の魔眼『キュベレイ』や、エジプト九栄神の一柱、王族の守護神ホルス神の、幸福と栄光の象徴『ウジャト』。見たもの全てを滅ぼす、ケルトの魔神バロールの魔眼や、北欧神オーディンの全てを見通す眼などがある。
無論、これら神話級の魔眼など、現世にはほとんど残ってはいない。
また逆に、見られることで見た者に影響を及ぼすものも多い。
伝説においては、見た女性を魅了する、ディルムッド・オディナの『愛の黒子』などである。
魔術的なものかはまだ確かめられていないが、フランスのルーブル美術館には、見た者を死に至らしめる『この世で最も黒い絵』が隠されており――
◆
「まずは、私をどうしてくれるのか、というところから話してほしいわね。私はもう敵対する気はないけれど」
イリヤたちの話し合いは、まずランサーの言葉から始まった。
「どうする……って言っても………凛さん?」
イリヤは、運ばれてきた紅茶を口につけている凛に、おずおずと視線を向ける。
彼女たちがいるのは、どこにでもあるファミリーレストランだ。
今時、24時間開いているレストランは珍しくない。深夜にほぼ未成年だけでの来店は、店側が疑問に思うかと考えたが、杞憂に終わった。
年齢も人種も異なるメンバー、それも全員美男美女――のインパクトが際立ち、逆に不審として警察に通報する発想を、店員の思考から吹き飛ばしたらしい。
注文を済ませた後、話し合いが開始された。
「そうね………もう、元々のマスターとのパスは切れてるのよね?」
「ええ。令呪も使い切っているしね」
凛の確認に頷くランサー。道すがら、マスターのことは大まかに聞いている。人柄からすると、この期に及んで戦闘を続けるタイプではない。今頃は見切りをつけて、さっさと逃げているだろうというのが、ランサーの弁だ。
実際は、魔術を使えなくされたうえで、窃盗やホテルの無賃宿泊といった罪で、警察に突き出されているのだが、凛にもランサーにも、それを知る術はなかった。
「貴女はどうしたいの? 聖杯戦争に召喚される英霊には、聖杯に叶えてもらいたい願いがあるはずでしょう?」
「………私は生前、敵を倒しきれずに死んでしまった。一人の子供に後を託してね………だから戦いに戻りたいのよ」
そう語るランサーの目には、強い力があった。英霊は、生前における、全盛期の年齢で召喚されるが、ランサーは生前においてもその一生は20年にも満たぬ短いものであった。にもかかわらず、その物腰には、既に百戦錬磨の凄みがあった。
(やはり………彼女はどこかで見たような気がするな。誰かに似ている………?)
アヴドゥルはそんなランサーのあり方に既視感を覚え、首をかしげる。一方、彼と組んでいるルヴィアは、獲物を前にした猫のような微笑みを浮かべていた。
「そういうことであれば、私が再契約してあげてもよろしくてよ? この聖杯戦争、現界において魔力供給はしないですむようですし、微量の魔力で手が増えるなら大歓迎ですわ」
ルヴィアの言う通り、この聖杯戦争は、魔力を周囲から吸収する『カード』を利用することで、現界のための魔力を節約している。マスターからの魔力供給が必要なのは、戦闘でより強い力を必要としたときだけだ。
ランサーの様子からすると、マスターがいなくなっても、サーヴァントはそのまま残り続けるようだ。これは同時に、仮に聖杯戦争が終わっても、サーヴァントは残り、暴走し続ける可能性が高いということでもある。
「………私が敵対していたことは水に流してくれるということ?」
ランサーとしては、現界し続けることにマスターは必要ないが、願いを叶えるためには、協力者がいた方が有利に戦えることは明白である。
「フッ、このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。些末な恨みを引きずるような、器の小さい女じゃありませんわ。誰かさんとは違ってね!!」
『誰かさん』の台詞を言うとき、ルヴィアの視線が一瞬、凛の方へと向いたのを、凛は見逃さなかった。青筋を額に浮かべ、目尻を吊り上げて鬼の形相を浮かべる。
「勝手に話を進めんじゃないわよ! そっちにはもうスタンド使いの味方がいるってのに、更に戦力強化されてたまるもんですか!」
「これは私の人望というものですわ! 邪魔しないでくださいませ!」
そしてごく自然な流れで取っ組み合いの喧嘩が始まる。だんだん彼女たちの行動にも慣れてきたイリヤは喧嘩を止めようとせず、ほっといて、アヴドゥルに話しかけた。
「それで、えっと、アヴドゥルさんは、いったいどういう人なんですか?」
イリヤはまだこの異国人について、ほとんど何も知らない。名前と、ルヴィアと美遊の仲間であるということ、スタンド使いという一種の超能力者であるということくらいだ。
だがその落ち着いた物腰と、武骨な顔ながらも優しい表情は、イリヤに恐ろしさを感じさせなかった。
「私はスピードワゴン財団という組織から派遣されてきた者だ。ルヴィア君たちが所属する時計塔とは特別仲がいいわけではないが、敵対しているわけでもない。魔術関係には通じてはいるが、専門ではなく、聖杯戦争や『カード』に対しても、それだけであればタッチする気はなかったのだが………」
アヴドゥルは一枚の写真を取り出す。そこには、黒いローブをまとい、ライフルを掲げた、謎の怪人の姿が写っていた。
「この人物の名は『ミセス・ウィンチェスター』。この人物が所属する組織の名は『ドレス』。我々と敵対する組織であり、この聖杯戦争にも参加している相手だ」
『スピードワゴン財団』、その設立は1910年。
『ドレス』、その設立は1960年代。
どちらもあまりに若い組織であるが、若さゆえの活力は馬鹿にできるものではない。また、この二つの組織は、特定の分野においては他の魔術組織を凌駕する知識量を誇っていた。
特に『スタンド能力』において、『スピードワゴン財団』が持つ情報は、他の組織の追随を許さぬものであった。
それゆえに、『ドレス』は『スピードワゴン財団』の持つ情報を得るため、幾度もの攻撃を『スピードワゴン財団』に仕掛けていた。その最精鋭の刺客(エージェント)の一人が、『ミセス・ウィンチェスター』であった。
「この……『ミセス・ウィンチェスター』が姿を見せるようになったのは8年前のことだ。南米の遺跡発掘を行っていた財団の調査団を皆殺しにしたのを最初に、何百人もの財団関係の人間を殺し、施設を破壊し、情報や研究成果を強奪している。写真に写っているように得意な武器はライフルだが、格闘、ナイフ、爆発物、どれも一流レベルで使いこなすことができる。魔術においても素養があるようだ。スタンド使いではないが……以前の戦いで、私と同じく財団のエージェントとして働いている花京院という男に手痛い負傷を与えている」
アヴドゥルの声音には、油断ならない強敵に対する警戒が感じられた。しかし怯えは見られなかった。
「私はさきほどまで、この『ミセス・ウィンチェスター』と戦っていたが、奴のサーヴァントである……おそらくセイバーであろうが………黒い鎧と黒いバイザーをつけた、金髪の女戦士。黒い剣を持ち、周囲に黒い霧を展開する」
イリヤの全く知らなかった、セイバーの情報がアヴドゥルの口から語られる。
「近距離戦では私のスタンドと互角以上のパワーがある。黒い霧は私の炎を阻み、更に剣に纏わせて振りぬくことで飛ぶ刃となる。遠距離攻撃も可能ということだ。彼ら二人相手に、正直手も足も出なかった。財団の運び込んだ物資や施設も破壊され、今後、財団の支援は期待できまい」
「無理もない。セイバーのクラスは、聖杯戦争において最優のクラスとされている。見たところ無傷で生き延びただけでも僥倖というものだ」
アヴドゥルからの報告に応じ、アーチャーも口を開く。
「私の方からも情報を提供しよう。キャスターについてだ」
「ふむ? 私としてはむしろ、君らの陣営の情報を知りたいのだが?」
アヴドゥルの探るような視線を、アーチャーは軽く受け流すように肩をすくめ、
「すまないが私のマスターは、極力この聖杯戦争にかかわる気はないのだよ。彼は巻き込まれただけの一般人でね。魔術も学んでいないし、戦闘の術も習っていない。行動については私の好きにさせてくれるが、積極的にかかわる気もない。聖杯を求めることもなく、自分に被害のないうちに、この聖杯戦争が終わってほしいと思っている。気が向けば多少の手助けくらいしてくれるだろうが、基本いないものと扱ってほしい」
アーチャーの言葉に偽りはなかった。言っていないことは多くあったが、嘘はなかった。
「では君自身の目的は? マスターに願いがないなら、君自身の願いは?」
「うむ………それが実を言うと、聖杯にかけるほどの願いは無いんだ」
「………なに?」
アヴドゥルは戸惑う。イリヤたちもまた首を傾げた。聖杯戦争において、英霊が召喚に応じるのは、聖杯によって叶えたい願いがあるからのはずだ。
「おかしいと思うかもしれないが、英霊によっては聖杯に願いがあるからではなく、ただ自分が生きていた時代の未来の姿を見たいだとか、他の英霊と戦って腕試しがしたいだとか、そんな理由で召喚されるものもいるのだ。ただ、私の方はそれらとも違うが」
「どういうこと? 勿体ぶらずに言いなさいよ」
「まずこの聖杯戦争は――私が独自に調べた結果で、詳しい情報元についてまで説明はしないが――カードがあってから生み出されたものだ。このカードというものを誰が作ったか知らないが、聖杯戦争とは関係がない。それを便利だからと英霊を召喚する媒介にしてしまったんだ。おかげで、私は聖杯にかける願いはないのに無理に召喚されてしまったというわけさ」
急かすランサーに、アーチャーは説明する。
「ではなぜ戦う? 私たちの味方をして、戦いに参加する?」
「………聖杯戦争をほっておけば、この町が、罪もない人々が傷つくことになるだろう。だから私は………『正義の味方』をやってやろうと、そう思っただけさ」
そう言ってアーチャーは、どこか自嘲気味に笑った。聞く者の信用を求めていないような、自分自身でさえ信じていないような、奇妙な態度だった。自分の価値観しか知らないような、視野の狭い人間ならば、何か裏があると疑念を持つに違いなかった。
けれど、
「………『そこんとこだが、俺にもようわからん』……か」
「なに?」
「いや………信用しよう。『正義の味方』なら、信用できる」
アヴドゥルは懐かし気な眼差しをアーチャーに向け、強く断言した。
そんなアヴドゥルに、アーチャーは束の間驚いたように目を見開き、やがて照れたように顔を逸らし、苛立たし気に言葉を紡ぐ。
「そちらがそう思うなら、私から何か言う義理もないが………安易に他者を信用して、裏切られたとしても自分の責任だぞ?」
(あ、これ知ってる。ツンデレってやつだ)
その様子に、イリヤもまた、アーチャーを信じると心に決めたのだった。
「………とにかくキャスターについての情報を渡しておこう。今、キャスターは冬木市民会館にいるらしい。一般人が多く出入りする、隠れ住むのに適さない場所だ。誰にも見られずにいるとしたら、おそらく地下だろう」
「冬木市民会館………サファイア」
≪はい、美遊さま。この冬木の中でも5本の指に入る優良な大霊地です。キャスターが拠点としても不思議ではありません≫
質の高い霊脈の通る冬木市の中でも、特に良い霊地になっている場所がある。聖杯を完成させるには、聖杯を降臨させる場所もまた重要であり、候補としてあげられる霊地は4つである。
第一に円蔵山。第二に、凛の本家である遠坂邸。第三に冬木教会。そして四番目が冬木市民会館だ。
今のところ、冬木市民会館以外の霊地に、マスターやサーヴァントが手を付けた形跡はない。
「キャスターのマスターについては、いまだに情報がまるでない」
「私も同じくだ」
アーチャーとアヴドゥルがそろって肩をすくめる。
ライダーが脱落、ランサーとアーチャーが味方になり、残りは4組。
オンケルとバーサーカー。
ミセス・ウィンチェスターとセイバー。
セレニケとアサシン。
そして正体不明のキャスター。
「どれも強敵と言えようが、情報を見せないキャスターが特に厄介だな。各所につくった拠点は潰しているが、あとどれだけ拠点があることか」
「いくつもの拠点を次々と生み出せる腕。キャスターの中でも最高の達人と見ていいだろう。だが霊地の格から考えて、冬木市民会館以上の重要拠点はあるまい。そこを潰せば、かなり追い詰められる」
こうして、出せるだけの情報が出終わった。
だが、今後の方針についてはまだ決められない。決める人物二人が、会議に参加していないのだ。
≪ちょっとお二人さん、いつまで喧嘩してるんですかー?≫
ルビーがうんざりした声で、取っ組み合いを続ける凛とルヴィアに言う。
すると二人は、お互いの頬をつねり合った状態で答えた。
「うぎぎぎぎ………は、話はついたわよっ! ランサーは私とイリヤの側についてもらう! 代わりにさっき手に入れたライダーのカードはルヴィアに渡す!」
「にゅぐぐぐぐ………なおランサーが契約する相手は、遠坂凛ではなくイリヤスフィールですわ!」
「ええっ!? わ、私が?」
てっきり凛が契約することになるだろうと思って聞いていたイリヤは、自分にお鉢が回ってきて驚いた。
「ぬがががが………通常時、魔力供給は必要ないし、戦闘時ならステッキがあれば魔力はほぼ無限に供給できる! 契約はルビーがやってくれるでしょ! アサシンのマスターに襲われたって聞いたし、普段の護衛としてついていた方がいいという判断よ!」
「おごごごご………私としても遠坂凛の直属にして、私の寝首をかく刺客にでもされたらたまりませんわ! この女ほど性悪ではないと見込んでのことですから、信頼を裏切らないことですわイリヤスフィール!」
「誰が刺客にするかっ!! このド低能がァ―――ッ!!」
「なんですってぇっ!? 低能って言いましたわねっ!? 殺して差し上げますわっ! 遠坂凛!!」
そして再び激しい拳と蹴りの応酬が開催される。
≪あー、もう喧嘩はいいかげんやめにしてくださいよー。まあ契約自体は構いませんがね。ルビーちゃんとしても後輩ができるのは嬉しいですし≫
「えっ? コレの後輩………!?」
思い切り嫌そうな顔をするランサーだったが、イリヤと契約した者同士としては、先輩後輩の関係が成り立たなくもない。
「あー、その、やっぱしやめる……?」
「………かなりヘビーだけど仕方ないわ。今更やめましたっていうのもカッコ悪いし、覚悟を決めるわよ」
かくて、イリヤスフィールはランサーのマスターになることが決定した。
「これからよろしくね? 私の真名は徐倫……ジョリーンよ」
「私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。こちらこそよろしくお願いします」
あるいは、イリヤにとってこの時が、真の意味で聖杯戦争に参加した瞬間であったのかもしれない。
そして、
≪そろそろいいですかお二人さん。今後の方針についてですがー≫
ルビーが、凛とルヴィアに問うと、もはや精魂尽き果て、ダブルノックダウンした二人が倒れ伏しながら言った。
「くっ………あ、明日の夜0時、冬木市民会館前に集合………」
「キャスターを………仕留めてやりますわ………ぐふっ」
あんな喧嘩しながらも、イリヤたちの話も聞いていたらしい。やはり優秀なのだろうが、どうしてもその残念さは拭えない。
「私も参加しよう。キャスターが何を企んでいるかわからないが、時間を与えたら何をするかわからん」
アーチャーも戦力に加わってくれた。
こうして、方針は決定された。イリヤたちは最強の戦力で、明日、キャスターに挑むのだった。
……To Be Continued
2016年06月12日(日) 01:02:55 Modified by ID:nVSnsjwXdg