イリヤの奇妙な冒険17
【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】
『17:Quick――神速』
【とあるオカルト雑誌の特集】
ナチス・ドイツ――悪の華、理性と狂気の結晶、人類史の忌み子。
近代における、負の面の象徴であり、代表。この奇形の組織は、歪んだ思想と優れた技術を保持し、現代に至るまで、この世に自らの爪痕を残している。
彼らにまつわる都市伝説も数多い。
曰く、ナチスの残党は、南米や南極に逃げ、UFOを開発している。
曰く、いいや、ナチスが逃げ延びたのは、夜空に浮かぶ、あの月の裏側だ。
曰く、ナチスはキリスト殺しの聖槍、ロンギヌスの槍を手に入れていた。
曰く、ナチスの総統ヒトラーは死んではいない。影武者を残して逃げ、今も生きている。
曰く、世界的に有名なスピードワゴン財団は、ナチスに技術協力を行っていた。
その中で、戦時中に囁かれていた噂を一つ紹介しよう。
『ナチスは人間の肉体を改造した【機械人間】を生み出す技術を持っており、実戦に投入している』
とても信じられない、荒唐無稽な噂だ。
だが実は【機械人間】に関しては、敵であったソ連の報告書にそれらしきものがあるのだ。
かのスターリングラード戦線において、『戦車を素手で破壊する男』や『腹部に機銃を備え、全身を金属で造られた男』の目撃例が、多数存在する。
『血を吸う化け物が突如現れ、敵味方関係なく兵士たちを殺傷した後、両軍の攻撃を受け消滅した。その際ととどめとなったのは、あの【機械人間】の眼から放たれた光線であった』
などと書かれた、ソ連軍人の日記は流石に、何かの暗号か創作小説の類であろうが、当時の戦場で、この【機械人間】が恐怖と共に語られ、信じられていたことは確かなのである。
◆
イリヤたちが前にしている、荒れ果てた空き地は、間桐――マキリという、魔術師の一族が使っていた土地であった。
10年前の、第4次冬木聖杯戦争で敗退し、当主の間桐臓硯が死亡。館もその時の戦いで全壊。臓硯の息子たちも後を継がず、魔術師としての血筋はそこで終わった。
その後、残された土地は封印され、遠坂家の当主となった凛は、土地の利用を考えることもなく海外に留学。そうしてこれまで、忘れ去られてきたのだ。
「遠坂凛………貴方それでもセカンド・オーナーですの? 魔術師としての土地利用にくらい関心を向けなさい。そんなだから貴方はいつも貧乏なのですわ!」
ルヴィアはジト目で、凛に蔑みの視線を送る。魔術や学業、体術などの能力はほぼ互角である凛とルヴィアだが、金銭的な裕福さにおいては、完璧にルヴィアの方が上であった。
「うっせーわ! お、お金なんて、こ、心の贅肉だしっ!」
はっきり負け惜しみである。遠坂やエーデルフェルトが使う宝石魔術は、金食い虫である。何せ、魔力を貯めこむために使う媒体が宝石である。しかも魔力を開放すればなくなってしまう。宝石商や職人に見られたら、延髄に蹴りをかまされても仕方ない、酷く勿体ない魔術なのである。
従って、宝石魔術を極めようとすれば、どうあがいても金銭問題からは離れられないのだ。もちろん、凛だって四六時中、お金のことには頭を悩ませざるを得ない。
凛の父親の代までは、冬木の土地の所有者である立場から、土地を他人に貸し出して儲けていたのだが、凛が家督を譲られてから、ついうっかりそれらの土地を安値で売り出してしまったのである。
気が付いた時には後の祭り。我が子でも殺さんばかりに狂い猛り、血の涙を流して後悔したが、もうどうしようもなかった。
救いは父親がその大失敗をあまり怒ることなく、『やっぱり血筋なのかなぁ』などと何かを諦めたらしい呟きと共に、生暖かい視線を送るだけですませてくれたことくらいだ。救いと言って本当にいいのかは、疑問が残るところだが。
「落ち着くんだ二人とも。敵地での喧嘩など危険すぎる」
今にも殴り合いを始めそうな(いつでもそんな感じだが)二人を押しとどめ、アヴドゥルは周囲を警戒する。
アヴドゥルは前も使った『炎の探知機』を生み出し、空中に浮かべる。
《反応はないようですねー》
「結界もそれほど攻撃的ではない………罠もなさそうね」
「罠などあったところで、食い破るのみですわ!」
「って、こら! 先にどんどん行くんじゃない!」
ルヴィアは己が家名につけられた二つ名、『この世で最も優美なハイエナ』に相応しい、堂々と野性的な態度で臨む。
先陣を切るルヴィアを、凛が怒鳴りながら追いかける。
「だ、大丈夫かな………」
「罠があるかどうかは多分平気よ。ルヴィアの言うとおり、魔法少女に凄腕魔術師、スタンド使い、ついでにサーヴァントと揃ってる私たちなら、生半可な小細工は通用しない。むしろ、あの夜のバーサーカーがいるのなら、正面から叩き潰しにくるでしょう。罠より、あのこわもてと睨み合うことを、覚悟をしておくことね」
「う、うん」
イリヤは、最初の戦いの時のことを思い出す。
鉛色の巨人。人型の嵐。まったく手も足も出なかった、暴力の化身。
「勝てるかな………?」
《なぁに、前回より倍以上も多いんですから大丈夫ですって。戦いは数ですよ!》
ルビーは明るく励ます。確かに理屈はわかるが、あの日出会った狂戦士の凄まじさは、多少の量でどうにかなるような相手とも思えない。
イリヤの怯えは影のように張り付き、消えなかった。
「………ビクビクするんじゃないわ。教えたでしょう。『立ち向かう』ことが大事なんだって。真っ直ぐ相手を見ていれば、戦い方も見えてくる」
ランサーは何でもないことだと、イリヤの肩を軽く叩く。
「バーサーカーはそりゃ、でたらめに力が強くて、あんたの魔力砲にも無傷で耐えた怪物だけど、アーチャーが放った攻撃には血を流していた。決して無敵じゃない。ただ強いだけなら、いくらでもなんとかなるわ」
死線を死ぬほど潜り抜けてきた女戦士の言葉は、イリヤの心に勇気を与えた。
「は、はいっ! 私、頑張るよっ!」
できる限り元気のいい声を出し、イリヤはアーチャーのカードを握る手の力を強める。
(そうだよ、アーチャーさんはバーサーカーと戦えた。なら、このカードで、アーチャーさんの力があれば、きっと………!)
気取った態度、偽悪的な物腰、しかし見え隠れする優しさと正義感。そんなアーチャーの姿を思い起こし、イリヤは想いを新たにし、戦う者の誇り高さを奮い起した。
そんなイリヤのことを見ていた凛は、ニッと笑う。
(軽いトラウマになってたみたいだけど、大丈夫そうね………しかしどこにいるのか)
かつての間桐が使っていた敷地は中々の広さだ。それを何年もほっといたものだから、草が茂り、若木も育っている。かき分けて進むのも一苦労だ。
(市民会館と同じように、地下室の入り口があると思うんだけど………)
ボッゴオォォォンッッ!!
出入り口を探していた凛の耳に、凄まじい轟音が響く。
そして、吹き上がる土砂と、大地の震動。その中央に立つ、巨人の姿。
『炎の探知機』も反応しない、地下からの出現。
「――――――――――――ッ!!!!!」
先ほどの爆音よりも大きく、重く、響き渡る狂戦士の雄叫び。
大気を引き裂き、それだけでイリヤたちの心臓を止めようかという、強烈な咆哮であった。
「………やっこさん、向こうから現れてくれたみたいね。工房を戦場にはしたくなかったのかしら」
凛は、つとめて不敵な笑みを浮かべる。それでも、体がかすかに震えてしまっていたが、態度を強気に保てただけで褒めるべきだろう。
一方、より経験豊富であった男は、更に一歩先を行った。
「『クロス・ファイヤー・ハリケーン・スペシャル』!!!」
アヴドゥルの声と共に、十個もの巨大な灼熱のアンクが、空中に踊る。赤い爆炎の塊が、バーサーカーを包囲し、全方向から襲い掛かる。
これこそ、アヴドゥルの『最強』の必殺技であった。
ボゴォオオオオッッ!!
鉄をも蒸発させる炎は、巨人を覆い包み、焼き焦がす。周囲の草木は灰も残さず煙になって消え、大地は高熱で溶けてドロドロになる。
「――――――――――ッッッ!!!」
炎に呑まれ、燃え上がるバーサーカーを見ながら、アヴドゥルは冷や汗を流す思いであった。
「炎が肌で止まっている………なんという肉体」
《ただ防御力が高いというわけではないでしょう。あれが敵の宝具………おそらく一定ランクに達しない全ての攻撃を無効化する鋼の肉体》
アヴドゥルの呟きに応え、サファイアが推測する。
「一定ランクって………どの程度?」
《アヴドゥルさんの炎を弾くほどとなると………正直、私たちの魔力砲ではどうしようもないですね。それこそ、宝具でないと》
イリヤの質問に対してのルビーの回答は、戦法を大幅に狭めるものであった。最初の手札として『最強』を切り、それが無効化されたのだ。もはや『最強』を超える『規格外』を使うしかない。
人の『規格』を逸脱したその力を。
人を超えた、『英霊』の力を。
現状、イリヤたちが持つクラスカードは4枚。
ライダー。
アサシン。
セイバー。
そして、アーチャー。
アサシンの宝具は攻撃力に乏しい。そうなると使えるのは3枚である。
「先に言っておくけど、私の宝具は補助するタイプだから、攻撃力は無いわ。あの炎の威力で駄目なら、私の拳も無理でしょうね」
ランサーが質問するより先に、期待を潰す。だが、イリヤはがっかりしたりはしない。そう言うランサーの声に怖気は無く、その眼差しは、しっかり現実を見つめたうえで、勝機を探る、頼もしいものであったから。
「………来るぞっ!!」
アヴドゥルが叫んだ直後、バーサーカーが炎を吹き飛ばして突進を開始した。暴走する機関車のように一直線にこちらに向かってくる。
「くっ!!」
凛が地を蹴る。全員、同じように地を蹴って跳び、八方に散ってその突進をかわす。凄まじい速度は、ただ通り過ぎるだけで彼らの体に衝撃を浴びせた。
「ビッ、ビリビリ来ますわねっ!」
「魔術防御があっても、結構響く………」
《直接殴られたら、とても持ちません。注意してください》
ルヴィア、美遊、サファイアが、バーサーカーの桁外れの怪力に慄く。
「イリヤ、ルビー、宝具を出して攻撃できる?」
《実際に出した経験もないですからねー。迅速に、となると難しいかと》
「アーチャーさんのは弓矢で、セイバーのは剣だよね………あのスピードがちゃんと当てられるかなぁ………」
凛に対するイリヤとルビーの返答は、自信に乏しい。
「焦って攻撃しても良くないみたいね」
「ああ、チャンスが来るのを待つべきだろうな」
こちらの攻撃は効かない。敵の攻撃は一発でこちらを殺せる。
決め手になるのは宝具で攻撃すること。だが、その攻撃を上手く当てられる保証はない。
この現状から、ランサーとアヴドゥルは、上手く当てられる機が来るまで粘るという判断をする。
「いい案だけど………いつまでも逃げ回れるかどうか………。狂っているくせに、結構狙いは正確みたいだし」
凛は、バーサーカーの動きが、乱暴であると同時に研ぎ澄まされたものであることを理解する。乱暴に振り回されているように見える拳だが、ちゃんと体全体を使って捻り、回転、遠心力などの力を加えて、より攻撃力や速度を高めている。その物腰には武術面から見て、隙が見当たらない。姿勢も良く、安定している。
凛も中国武術を嗜む身。素人ならどんなに大男で体重があっても、少し的確な方向から力をかけてやれば、簡単にバランスを崩し転ばせられる自信があるが、バーサーカーはそうはいかない。
ただ馬鹿力ではなく、その馬鹿力を効率よく、武術的に正しく運用しているのだ。
「器用なことね………じゃあ、ひとまずは目くらましをして惑わせましょう。イリヤ、目を狙って魔力砲を撃って。効きはしなくても、眩しいはずよ」
「わかった! いくよルビー!」
《ラジャーですっ!》
イリヤはカレイドステッキを振るい、バーサーカーの目を狙って十数発の魔力砲を放つ。さすがにバーサーカーも目をやられるのは嫌がったか、腕を構えて、ガードする。だが、それはその分、拳を振るう機を失うということだ。
「おお、いい感じ?」
バーサーカーが攻撃から防御に動きを変えたのを見て、イリヤが喜びの声をあげる。しかし、それは気が早かった。
「―――――――ッ!!!」
バーサーカーは吠え、目をガードしたままの体勢で、イリヤに向かって走り出す。弾がどれほど当たっても、何の痛痒もなく、動きが鈍る様子さえなく、恐ろしい速さで駆けてくる。
「うひいいいいいいっ!!」
その突進を、闘牛士が身をひるがえして、牛の角をかわすように、紙一重でかわすイリヤ。だがバーサーカーはその巨体にしては機敏にストップをかけ、すぐに方向転換して、イリヤに向かって再度走り出す。
「わわわわわわわわぁぁぁぁっ!!」
それをイリヤはまた紙一重でかわす。
「イリヤっ!! このぉっ!!」
「【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】!」
凛もまた、宝石を投げて魔術の炎をバーサーカーに浴びせかける。アヴドゥルも自慢の炎を雨のように降らせた。だが、バーサーカーは少々煩わし気に腕を振り回すだけで、それらの炎を振り払ってしまう。
イリヤたちの命がけの戦いは、しかし本当に時間稼ぎ程度にしかならない。それほどにバーサーカーは強いのだと、イリヤたちは改めて思い知っていた。
「フッ、それでよろしいですわ遠坂凛に、イリヤスフィール! そのまま囮の役目をまっとうなさい! 美遊! ライダーのクラスカードを使って、宝具で攻撃を!」
そんなイリヤたちとバーサーカーの攻防を、少し離れて見ながら、ルヴィアは大げさな身振りと共に指示を下していた。
《漁夫の利を得るわけですね》
「………戦術としては間違っていない」
とは言いながらも、美味しいところだけ持っていくことに、少し気が引けている美遊であったが、チャンスではあるので、ルヴィアの指図に従う。
「クラスカード・ライダー。『限定展開(インクルード)』――【騎英の手綱(ベルレフォーン)】」
カードが輝き、ステッキが黄金の手綱へと姿を変える。そして溢れ出す光は大きな四足獣の姿を形成していく。
数秒後、美遊は、翼ある白馬に跨り、神々しい手綱を握っていた。
「イリヤスフィール!!」
美遊の呼びかけに、イリヤは準備が整っていることに気が付き、頷く。美遊はイリヤに頷き返し、手綱に力を加える。その動きを合図に、ペガサスは滑走を、否、滑空を開始した。その速度は、バーサーカーの爆走と比べても遥かに速い。
キュガッ!!
まさに神速。
瞬きするほどの時間で、美遊はバーサーカーとの間合いを詰め、そしてその強靭な身体に、風穴を開けていた。
「―――――――ッ!!?」
凶獣の左腕が飛び、左胸がごっそりと抉れて、顔面も半分潰れる。そしてそのまま幻想種の突撃を受けた衝撃で吹き飛び、大地に転がった。
本当に、一瞬の出来事だった。
「す、すっご………」
天馬の突進が始まる直前に跳んで、できる限りバーサーカーとの距離をとっていたイリヤスフィールは、その威力に呆然とする。
敵として追いかけ回されていた時は生きた心地がしなかったが、味方になると頼もしく、そしてやっぱり強すぎる威力が恐ろしい。
「……無事? イリヤスフィール」
美遊は手綱とペガサスを消し、カードに戻すと、やや呆然として戦友の戦果を見ていたイリヤの前に立ち、声をかける。
「え、あ、うんっ! 美遊さんのおかげで……凄いね、あんな大きな相手を一撃だなんて!」
「別に、カードが凄いだけで……それに」
美遊は興奮して褒めるイリヤに、冷静な声を返す。そして、少し目を泳がせ、珍しく逡巡する様子を見せ、唇を動かす。
「それに……イリヤスフィールが引き付けていてくれたから」
「美遊さんっ!!」
美遊の言い終わる前に、血相を変えたイリヤが叫び声をあげた。
「!?」
美遊もまた、背後で気配が動くのを感じた。振り向いた美遊の目には、
「――――――――ッ!!」
無傷で吠え猛るバーサーカーが立っていた。
ギュガァッッッ!!
岩のような腕が振り回され、空気を引き裂く音をまとわせて美遊に迫り、
バッグオォォォンッ!!
必殺の一振りが美遊を引きちぎるよりも前に、美遊の足元が爆発した。
「うぇええええ!?」
突然の爆発に、イリヤも吹き飛び、地面を転がる。
「マスター、大丈夫?」
まだまだ転がりそうだったイリヤを抱き留め、助け起こしたランサーが言う。
「うん、なんとか……って、美遊は!?」
「あそこ」
ランサーが空を指差すと、そこに美遊が浮かんでいた。
《どうやらさっきの爆発は、美遊さんの魔力砲によるものであったようですねー》
「ええ……その爆発の風を受けて、あそこまで飛んだのよ。魔力を防御にまわしたみたいだけど、無茶するわね」
ランサーをして無茶と言わせる美遊の行為に、イリヤは目を丸くする。
「あの美遊さんが……」
《無茶はイリヤさんの専売特許だと思ってたんですがねー》
ドゴウッ!!
イリヤが見ていると、またも美遊の近くで爆発が起き、美遊が吹き飛ばされる。とんでもない速度で飛ばされながら、美遊は落ち着いた様子で身をひるがえし、敵の射程距離の外にまで飛んで、大地に降り立つ。
「……ねえあれってひょっとして」
《美遊さんが考えに考え抜いた飛行方法の一つ、でしょうね。どうやら美遊さんは可愛い顔して、酷い方向にぶっ飛ぶタイプだったみたいですねー。ルヴィアさんが考えたという無茶な飛行訓練より、もっと酷いアイデアです。自分でやってる分、威力やタイミングを調節できるとはいえ、ほとんど自爆みたいなもんです。ああいう殺伐とした考え方はルビーちゃんの好みじゃありませんねー》
今回はイリヤもルビーに同感だった。
常に冷静な美遊を、頼もしいと思っていたイリヤだったが、今は危うさを感じる。夢で見たランサーは、恐怖しながらもその恐怖を、勇気と決意で乗り越えていたが、美遊はどこか違う。恐怖を乗り越えているというような、前向きな姿勢ではなく、
(恐怖を、他の感情ごと、無理矢理に凍らせているような……)
気になる。
だが、イリヤも今は美遊のことだけ慮ってはいられない。
「それにしても、一体どうなってるの?」
イリヤは先ほど腕を落とされ、どう考えても致命傷を負ったはずのバーサーカーを見る。シュウシュウと煙のようなものを体から発しているが、全然元気そうだ。
《これは……思った以上にヤバイですねー。バーサーカーの宝具は、攻撃を無効化する防御力なんかじゃありません。【蘇生能力】……それがバーサーカーの真の力です》
「そ、それって……つまり、死んでも生き返っちゃうっていうこと?」
口にして、イリヤは自分の言ったことの絶望的な意味を思い知り、顔を蒼褪めさせる。
「不死身だというのか……? いや、しかし、私の知る吸血鬼は、五体を粉みじんにされようが、首だけになろうが生きていられるが、それでも脳を破壊されたら死ぬぞ。ファンタジーやメルヘンだとしても、不死身などそうやすやすと存在するはずはない」
《神話の英霊には、不死身の者や、決して傷を負わない者もいますが、誰も完全無欠とはいきません。アキレス腱という言葉にもなった、トロイア戦争最強の英雄アキレウスのかかとのように、どんなに無敵に見えても、限界はあるはずです》
サファイアがアヴドゥルに答える。
ネーデルランドには、竜の血を浴びて不死身になったジークフリートという英雄がいる。彼は、血を浴びたとき、菩提樹の葉が背中に張り付いていたため、背中だけは血の加護が得られず、背中を刺されて死に至った。
「この世に完璧は無いというのは、確かに道理だが、いかんせん情報が少なすぎるな……」
「難しく考えることはありませんわ! 殺しても生き返るのなら、死ぬまで殺し続けるだけのこと!! 負けるなどありえません!! このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに敗北は似合いませんもの!!」
ルヴィアは相変わらずだったが、この能天気ともとれる我の強さは、今は強みだ。くだらない絶望で、まごついている暇はない。
「ええっと、わ、私はどうすればいいかな」
《イリヤさんもカードを使いましょう。こちらには3枚もカードがあるんですし》
イリヤは自分の持つカードを見る。
アーチャー、セイバー、アサシン。
「うーん、アーチャーさんのカードを使いたいけど、弓矢を射たことないし……お兄ちゃんが弓道しているのはカッコよかったけど、あんな風にできる気はしないなぁ。セイバーの剣ならまだわかりやすいかも……」
迷うイリヤだったが、戦場において、迷いは隙だ。その隙を感じ取ったのか、バーサーカーはイリヤを睨み、
「――――――――ッ!!」
狙いを定めて、襲い掛かってきた。
「ヒイッ! き、来たよルビー!!」
《飛んでください!!》
「あっ、そっか」
イリヤは大地を離れ、空中へ逃れる。見たところ、バーサーカーに飛行能力も、遠距離攻撃能力もないようだ。どんなに強くても攻撃が当たらないところにいれば安全である。
「ふぅ、一安心」
「――――――――ッ!!」
「へ?」
地上から10メートルほど上空を浮遊していたイリヤの前に、バーサーカーの恐ろしい魔獣じみた顔があった。
バーサーカーは、イリヤと同じ位置にいた。イリヤを殴りつけられる位置に来た。なんのことはない。ただジャンプしただけである。
「嘘〜〜〜ッ!?」
「―――――――――――――ッ!!」
泣くイリヤに向かい、バーサーカーは容赦なく腕を叩き付けようとし、
「【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】!!」
ギギンッ!!
その腕が、糸に縛り付けられて動きを止める。そしてバーサーカーは、イリヤを撃墜できないまま落下し、地面へと戻っていった。
「ッ!!」
「ランサーさんっ!!」
イリヤが見たのは、バーサーカーの肩に乗る女性の姿。ランサーのスタンドが巨木の如き腕に絡みつき、動きを抑えている。バーサーカーが跳躍する瞬間、すかさずランサーもバーサーカーに飛び乗り、ついてきたのだろう。
だが、
「つ、強いっ!!」
編み束ねて、太く強固にした糸が、今にも引きちぎれそうだ。
スタンドの糸が引きちぎられれば、本体のランサーも同様に引きちぎられてしまう。
「大変っ! ルビー! セイバーでっ!」
《了解です!》
イリヤは決断し、アーサー王のカードを手に取る。
「『限定展開(インクルード)』!!」
光り輝く聖剣がイリヤの手に現れる。持っているだけで、空気を切り裂いてしまいそうな鋭い切れ味が見るだけでわかった。
「今度こそ!」
イリヤは全力で高速飛行を行う。流れ星のように、地上のバーサーカーへと突撃する。
「オラァッ!!」
ザンッッッッッ!!!
ランサーを真似た掛け声と共に、イリヤの手にした究極の剣は、バーサーカーの鋼の肉体を、頭頂部から股にかけて、真っ二つにしてのけた。
バーサーカーは声もなく絶命し、両断された肉体はそれぞれ左右に倒れる。
「や、やった?」
《あ、イリヤさん、それやってないフラグ》
ルビーのこの期に及んで緊迫感のないツッコミは、しかし正しかった。
「ッッッ!!」
ギョロッ!!
「うひぃっ!!」
視線だけで、心臓を穿ちかねない凶眼がイリヤを射すくめる。
そして、
ブォンッ!! ギュゴッ!!
ランサーが縛り上げてない方の腕が持ち上がり、大地に叩き付けられた。
ズガガガッガガァァァァァンッ!!
ただそれだけのことで、大地が爆散し、拳の威力に弾き跳ばれた砂利が、イリヤの方へと降りかかる。
「っ! きゃぁっ!!」
ただの土砂とはいえ、常軌を逸する力で叩き付けられたそれは、イリヤを軽く吹き飛ばした。トラックに撥ねられたかのように宙に飛んだ少女は、地面を転がり、動きを止める。
そして、起き上がらない。
《イリヤさん!》
ルビーでさえ、悲鳴じみた声を出す。
いくら魔法少女とはいえ、魔力による防御があるとはいえ、打ちどころが悪ければ、万が一ということもある。
「イリヤっ!」
「マスターっ!」
凛と、バーサーカーからスタンドを離したランサーが、走ってイリヤに駆け寄る。
「―――――ッ!!」
バーサーカーの体はシュウシュウという音と煙を立てながら、切断面がくっついていき、見る見るうちに再生していく。
狂気のままに、傷が癒えきらぬうちに攻撃を再開しようとするが、
「砲撃(シュート)!!」
魔力砲を顔面に当てられ、そちらに気を取られて動きを止める。
美遊だ。
「そう、こっち、こっち……」
イリヤへの追撃をさせないため、美遊は必死で、バーサーカーの気をこちらに向ける。
そんな美遊のフォローをするため、ルヴィアもまた宝石を手に取り、いつでも術を使えるよう準備する。
「心臓を抉っても、頭部から真っ二つにしても生き返るとは……これは肉体的な急所は無いかもしれませんわね」
アキレウスやジークフリートのように、そこを突けば殺せるという弱点はない。あと考えられる弱点は、無効化できない攻撃。あるいは蘇生回数の限界といったところ。
だが、それを調べるには情報が少ない。バーサーカーの真名がわからないのでは、流石に弱点を見抜くのは難しい。
ルヴィアは、顎に手を当てながら考え、
「これは流石にきついですわね。マスターのオンケルを探して叩く方に変えるべきか……」
オンケルを探して捕まえ、脅して令呪を使わせ、バーサーカーを自害させるのが手っ取り早いと判断する。
正直、ここまで規格外の怪物とは思っていなかったのだ。
「そうしたいのはやまやまだが……敵もそれをされたら危険なのはわかっている。そう簡単に、バーサーカーを潜り抜けて、オンケルのいるところまではいけまいよ」
アヴドゥルは首を振る。アヴドゥルの友人である、老戦士であれば、こんな状況からでもどうにかできる最高の必殺技――『逃亡』を決めてのけるのだろうが。
(ないものねだりをしても仕方ない。今あるもので、できる限りのことをするしかない)
そして、彼の誇る炎を支配するスタンドを傍に立たせる。
「囮、目くらまし、足止め、その程度しかできんが、それだけでもできるのなら、それをなそう」
己の力及ばぬことを、否定するでも、卑下するでもなく、ただ認め、そのうえで勝利のために役立つことをする。たとえ自分を上回る強敵が現れたとしても、確固としてゆらぐことのない、行動力と自信。それがアヴドゥルの強さであった。
「【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)!!】」
再生し立ち上がるバーサーカーを、スタンドの炎が取り巻き、縛る。【女教皇(ハイプリエステス)】を封じた、『赤い荒縄(レッド・バインド)』だ。
ひとまずは動けなくなったバーサーカーを確認し、束の間なれど余裕ができた美遊は、
「凛さん……イリヤスフィールの様子は!」
珍しく、大きな声をあげてイリヤの容態を訪ねる。
《大丈夫です! 脳震盪で気絶してますが、それだけで、怪我もありません!》
イリヤの体をスキャンしたルビーから答えが得られ、美遊はほっと息をつく。
その様子を見ていたアヴドゥルは、こんなピンチの中でありながら、微笑みを浮かべた。何時であれ、大人としては、子供には仲良くしていてほしいのだ。
ルヴィアもそう悪い気はしないようで、温かい目を向けていたが、今は非常時である。目に強い闘志を込め、手を伸ばす。
「サファイア。美遊はもう一度カードを使ってしまい、数時間は『限定展開(インクルード)』できない。カードなしで戦うしかないのならば……わかりますわね」
《――仕方ありませんね》
サファイアはしぶしぶという感じで答え、美遊も頷く。そして、カレイドサファイアは、ルヴィアの手に渡された。
「『多元転身(プリズムトランス)』……!!」
一瞬、ルヴィアの身が閃光に包まれ、光が消えると、犬耳のカチューシャと犬の尻尾をつけた、魔法少女姿のルヴィアが立っていた。その手には当然のごとく、カレイドサファイア。そしてその先端には魔力を凝縮して造りだした刃が展開されている。
「美遊、貴方はイリヤスフィールの方へ。目が覚めるまではついていてあげなさい」
チャキリと剣先を巨人に向け、ルヴィアは美遊に指示を出す。美遊はそれに従い、バーサーカーを迂回しつつ、イリヤの方へと走った。
「――――――――――ッ!!」
2度殺されたバーサーカーは、殺される前よりも強壮になったように見えた。
その不死身、その無敵、いまだにそれを破る術は見つからない。
戦いは、いまだ序盤に過ぎなかった。
◆
◆
◆
『お前の事は……いつだって大切に思っていた』
――夢を見ていた。
……To Be Continued
『17:Quick――神速』
【とあるオカルト雑誌の特集】
ナチス・ドイツ――悪の華、理性と狂気の結晶、人類史の忌み子。
近代における、負の面の象徴であり、代表。この奇形の組織は、歪んだ思想と優れた技術を保持し、現代に至るまで、この世に自らの爪痕を残している。
彼らにまつわる都市伝説も数多い。
曰く、ナチスの残党は、南米や南極に逃げ、UFOを開発している。
曰く、いいや、ナチスが逃げ延びたのは、夜空に浮かぶ、あの月の裏側だ。
曰く、ナチスはキリスト殺しの聖槍、ロンギヌスの槍を手に入れていた。
曰く、ナチスの総統ヒトラーは死んではいない。影武者を残して逃げ、今も生きている。
曰く、世界的に有名なスピードワゴン財団は、ナチスに技術協力を行っていた。
その中で、戦時中に囁かれていた噂を一つ紹介しよう。
『ナチスは人間の肉体を改造した【機械人間】を生み出す技術を持っており、実戦に投入している』
とても信じられない、荒唐無稽な噂だ。
だが実は【機械人間】に関しては、敵であったソ連の報告書にそれらしきものがあるのだ。
かのスターリングラード戦線において、『戦車を素手で破壊する男』や『腹部に機銃を備え、全身を金属で造られた男』の目撃例が、多数存在する。
『血を吸う化け物が突如現れ、敵味方関係なく兵士たちを殺傷した後、両軍の攻撃を受け消滅した。その際ととどめとなったのは、あの【機械人間】の眼から放たれた光線であった』
などと書かれた、ソ連軍人の日記は流石に、何かの暗号か創作小説の類であろうが、当時の戦場で、この【機械人間】が恐怖と共に語られ、信じられていたことは確かなのである。
◆
イリヤたちが前にしている、荒れ果てた空き地は、間桐――マキリという、魔術師の一族が使っていた土地であった。
10年前の、第4次冬木聖杯戦争で敗退し、当主の間桐臓硯が死亡。館もその時の戦いで全壊。臓硯の息子たちも後を継がず、魔術師としての血筋はそこで終わった。
その後、残された土地は封印され、遠坂家の当主となった凛は、土地の利用を考えることもなく海外に留学。そうしてこれまで、忘れ去られてきたのだ。
「遠坂凛………貴方それでもセカンド・オーナーですの? 魔術師としての土地利用にくらい関心を向けなさい。そんなだから貴方はいつも貧乏なのですわ!」
ルヴィアはジト目で、凛に蔑みの視線を送る。魔術や学業、体術などの能力はほぼ互角である凛とルヴィアだが、金銭的な裕福さにおいては、完璧にルヴィアの方が上であった。
「うっせーわ! お、お金なんて、こ、心の贅肉だしっ!」
はっきり負け惜しみである。遠坂やエーデルフェルトが使う宝石魔術は、金食い虫である。何せ、魔力を貯めこむために使う媒体が宝石である。しかも魔力を開放すればなくなってしまう。宝石商や職人に見られたら、延髄に蹴りをかまされても仕方ない、酷く勿体ない魔術なのである。
従って、宝石魔術を極めようとすれば、どうあがいても金銭問題からは離れられないのだ。もちろん、凛だって四六時中、お金のことには頭を悩ませざるを得ない。
凛の父親の代までは、冬木の土地の所有者である立場から、土地を他人に貸し出して儲けていたのだが、凛が家督を譲られてから、ついうっかりそれらの土地を安値で売り出してしまったのである。
気が付いた時には後の祭り。我が子でも殺さんばかりに狂い猛り、血の涙を流して後悔したが、もうどうしようもなかった。
救いは父親がその大失敗をあまり怒ることなく、『やっぱり血筋なのかなぁ』などと何かを諦めたらしい呟きと共に、生暖かい視線を送るだけですませてくれたことくらいだ。救いと言って本当にいいのかは、疑問が残るところだが。
「落ち着くんだ二人とも。敵地での喧嘩など危険すぎる」
今にも殴り合いを始めそうな(いつでもそんな感じだが)二人を押しとどめ、アヴドゥルは周囲を警戒する。
アヴドゥルは前も使った『炎の探知機』を生み出し、空中に浮かべる。
《反応はないようですねー》
「結界もそれほど攻撃的ではない………罠もなさそうね」
「罠などあったところで、食い破るのみですわ!」
「って、こら! 先にどんどん行くんじゃない!」
ルヴィアは己が家名につけられた二つ名、『この世で最も優美なハイエナ』に相応しい、堂々と野性的な態度で臨む。
先陣を切るルヴィアを、凛が怒鳴りながら追いかける。
「だ、大丈夫かな………」
「罠があるかどうかは多分平気よ。ルヴィアの言うとおり、魔法少女に凄腕魔術師、スタンド使い、ついでにサーヴァントと揃ってる私たちなら、生半可な小細工は通用しない。むしろ、あの夜のバーサーカーがいるのなら、正面から叩き潰しにくるでしょう。罠より、あのこわもてと睨み合うことを、覚悟をしておくことね」
「う、うん」
イリヤは、最初の戦いの時のことを思い出す。
鉛色の巨人。人型の嵐。まったく手も足も出なかった、暴力の化身。
「勝てるかな………?」
《なぁに、前回より倍以上も多いんですから大丈夫ですって。戦いは数ですよ!》
ルビーは明るく励ます。確かに理屈はわかるが、あの日出会った狂戦士の凄まじさは、多少の量でどうにかなるような相手とも思えない。
イリヤの怯えは影のように張り付き、消えなかった。
「………ビクビクするんじゃないわ。教えたでしょう。『立ち向かう』ことが大事なんだって。真っ直ぐ相手を見ていれば、戦い方も見えてくる」
ランサーは何でもないことだと、イリヤの肩を軽く叩く。
「バーサーカーはそりゃ、でたらめに力が強くて、あんたの魔力砲にも無傷で耐えた怪物だけど、アーチャーが放った攻撃には血を流していた。決して無敵じゃない。ただ強いだけなら、いくらでもなんとかなるわ」
死線を死ぬほど潜り抜けてきた女戦士の言葉は、イリヤの心に勇気を与えた。
「は、はいっ! 私、頑張るよっ!」
できる限り元気のいい声を出し、イリヤはアーチャーのカードを握る手の力を強める。
(そうだよ、アーチャーさんはバーサーカーと戦えた。なら、このカードで、アーチャーさんの力があれば、きっと………!)
気取った態度、偽悪的な物腰、しかし見え隠れする優しさと正義感。そんなアーチャーの姿を思い起こし、イリヤは想いを新たにし、戦う者の誇り高さを奮い起した。
そんなイリヤのことを見ていた凛は、ニッと笑う。
(軽いトラウマになってたみたいだけど、大丈夫そうね………しかしどこにいるのか)
かつての間桐が使っていた敷地は中々の広さだ。それを何年もほっといたものだから、草が茂り、若木も育っている。かき分けて進むのも一苦労だ。
(市民会館と同じように、地下室の入り口があると思うんだけど………)
ボッゴオォォォンッッ!!
出入り口を探していた凛の耳に、凄まじい轟音が響く。
そして、吹き上がる土砂と、大地の震動。その中央に立つ、巨人の姿。
『炎の探知機』も反応しない、地下からの出現。
「――――――――――――ッ!!!!!」
先ほどの爆音よりも大きく、重く、響き渡る狂戦士の雄叫び。
大気を引き裂き、それだけでイリヤたちの心臓を止めようかという、強烈な咆哮であった。
「………やっこさん、向こうから現れてくれたみたいね。工房を戦場にはしたくなかったのかしら」
凛は、つとめて不敵な笑みを浮かべる。それでも、体がかすかに震えてしまっていたが、態度を強気に保てただけで褒めるべきだろう。
一方、より経験豊富であった男は、更に一歩先を行った。
「『クロス・ファイヤー・ハリケーン・スペシャル』!!!」
アヴドゥルの声と共に、十個もの巨大な灼熱のアンクが、空中に踊る。赤い爆炎の塊が、バーサーカーを包囲し、全方向から襲い掛かる。
これこそ、アヴドゥルの『最強』の必殺技であった。
ボゴォオオオオッッ!!
鉄をも蒸発させる炎は、巨人を覆い包み、焼き焦がす。周囲の草木は灰も残さず煙になって消え、大地は高熱で溶けてドロドロになる。
「――――――――――ッッッ!!!」
炎に呑まれ、燃え上がるバーサーカーを見ながら、アヴドゥルは冷や汗を流す思いであった。
「炎が肌で止まっている………なんという肉体」
《ただ防御力が高いというわけではないでしょう。あれが敵の宝具………おそらく一定ランクに達しない全ての攻撃を無効化する鋼の肉体》
アヴドゥルの呟きに応え、サファイアが推測する。
「一定ランクって………どの程度?」
《アヴドゥルさんの炎を弾くほどとなると………正直、私たちの魔力砲ではどうしようもないですね。それこそ、宝具でないと》
イリヤの質問に対してのルビーの回答は、戦法を大幅に狭めるものであった。最初の手札として『最強』を切り、それが無効化されたのだ。もはや『最強』を超える『規格外』を使うしかない。
人の『規格』を逸脱したその力を。
人を超えた、『英霊』の力を。
現状、イリヤたちが持つクラスカードは4枚。
ライダー。
アサシン。
セイバー。
そして、アーチャー。
アサシンの宝具は攻撃力に乏しい。そうなると使えるのは3枚である。
「先に言っておくけど、私の宝具は補助するタイプだから、攻撃力は無いわ。あの炎の威力で駄目なら、私の拳も無理でしょうね」
ランサーが質問するより先に、期待を潰す。だが、イリヤはがっかりしたりはしない。そう言うランサーの声に怖気は無く、その眼差しは、しっかり現実を見つめたうえで、勝機を探る、頼もしいものであったから。
「………来るぞっ!!」
アヴドゥルが叫んだ直後、バーサーカーが炎を吹き飛ばして突進を開始した。暴走する機関車のように一直線にこちらに向かってくる。
「くっ!!」
凛が地を蹴る。全員、同じように地を蹴って跳び、八方に散ってその突進をかわす。凄まじい速度は、ただ通り過ぎるだけで彼らの体に衝撃を浴びせた。
「ビッ、ビリビリ来ますわねっ!」
「魔術防御があっても、結構響く………」
《直接殴られたら、とても持ちません。注意してください》
ルヴィア、美遊、サファイアが、バーサーカーの桁外れの怪力に慄く。
「イリヤ、ルビー、宝具を出して攻撃できる?」
《実際に出した経験もないですからねー。迅速に、となると難しいかと》
「アーチャーさんのは弓矢で、セイバーのは剣だよね………あのスピードがちゃんと当てられるかなぁ………」
凛に対するイリヤとルビーの返答は、自信に乏しい。
「焦って攻撃しても良くないみたいね」
「ああ、チャンスが来るのを待つべきだろうな」
こちらの攻撃は効かない。敵の攻撃は一発でこちらを殺せる。
決め手になるのは宝具で攻撃すること。だが、その攻撃を上手く当てられる保証はない。
この現状から、ランサーとアヴドゥルは、上手く当てられる機が来るまで粘るという判断をする。
「いい案だけど………いつまでも逃げ回れるかどうか………。狂っているくせに、結構狙いは正確みたいだし」
凛は、バーサーカーの動きが、乱暴であると同時に研ぎ澄まされたものであることを理解する。乱暴に振り回されているように見える拳だが、ちゃんと体全体を使って捻り、回転、遠心力などの力を加えて、より攻撃力や速度を高めている。その物腰には武術面から見て、隙が見当たらない。姿勢も良く、安定している。
凛も中国武術を嗜む身。素人ならどんなに大男で体重があっても、少し的確な方向から力をかけてやれば、簡単にバランスを崩し転ばせられる自信があるが、バーサーカーはそうはいかない。
ただ馬鹿力ではなく、その馬鹿力を効率よく、武術的に正しく運用しているのだ。
「器用なことね………じゃあ、ひとまずは目くらましをして惑わせましょう。イリヤ、目を狙って魔力砲を撃って。効きはしなくても、眩しいはずよ」
「わかった! いくよルビー!」
《ラジャーですっ!》
イリヤはカレイドステッキを振るい、バーサーカーの目を狙って十数発の魔力砲を放つ。さすがにバーサーカーも目をやられるのは嫌がったか、腕を構えて、ガードする。だが、それはその分、拳を振るう機を失うということだ。
「おお、いい感じ?」
バーサーカーが攻撃から防御に動きを変えたのを見て、イリヤが喜びの声をあげる。しかし、それは気が早かった。
「―――――――ッ!!!」
バーサーカーは吠え、目をガードしたままの体勢で、イリヤに向かって走り出す。弾がどれほど当たっても、何の痛痒もなく、動きが鈍る様子さえなく、恐ろしい速さで駆けてくる。
「うひいいいいいいっ!!」
その突進を、闘牛士が身をひるがえして、牛の角をかわすように、紙一重でかわすイリヤ。だがバーサーカーはその巨体にしては機敏にストップをかけ、すぐに方向転換して、イリヤに向かって再度走り出す。
「わわわわわわわわぁぁぁぁっ!!」
それをイリヤはまた紙一重でかわす。
「イリヤっ!! このぉっ!!」
「【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】!」
凛もまた、宝石を投げて魔術の炎をバーサーカーに浴びせかける。アヴドゥルも自慢の炎を雨のように降らせた。だが、バーサーカーは少々煩わし気に腕を振り回すだけで、それらの炎を振り払ってしまう。
イリヤたちの命がけの戦いは、しかし本当に時間稼ぎ程度にしかならない。それほどにバーサーカーは強いのだと、イリヤたちは改めて思い知っていた。
「フッ、それでよろしいですわ遠坂凛に、イリヤスフィール! そのまま囮の役目をまっとうなさい! 美遊! ライダーのクラスカードを使って、宝具で攻撃を!」
そんなイリヤたちとバーサーカーの攻防を、少し離れて見ながら、ルヴィアは大げさな身振りと共に指示を下していた。
《漁夫の利を得るわけですね》
「………戦術としては間違っていない」
とは言いながらも、美味しいところだけ持っていくことに、少し気が引けている美遊であったが、チャンスではあるので、ルヴィアの指図に従う。
「クラスカード・ライダー。『限定展開(インクルード)』――【騎英の手綱(ベルレフォーン)】」
カードが輝き、ステッキが黄金の手綱へと姿を変える。そして溢れ出す光は大きな四足獣の姿を形成していく。
数秒後、美遊は、翼ある白馬に跨り、神々しい手綱を握っていた。
「イリヤスフィール!!」
美遊の呼びかけに、イリヤは準備が整っていることに気が付き、頷く。美遊はイリヤに頷き返し、手綱に力を加える。その動きを合図に、ペガサスは滑走を、否、滑空を開始した。その速度は、バーサーカーの爆走と比べても遥かに速い。
キュガッ!!
まさに神速。
瞬きするほどの時間で、美遊はバーサーカーとの間合いを詰め、そしてその強靭な身体に、風穴を開けていた。
「―――――――ッ!!?」
凶獣の左腕が飛び、左胸がごっそりと抉れて、顔面も半分潰れる。そしてそのまま幻想種の突撃を受けた衝撃で吹き飛び、大地に転がった。
本当に、一瞬の出来事だった。
「す、すっご………」
天馬の突進が始まる直前に跳んで、できる限りバーサーカーとの距離をとっていたイリヤスフィールは、その威力に呆然とする。
敵として追いかけ回されていた時は生きた心地がしなかったが、味方になると頼もしく、そしてやっぱり強すぎる威力が恐ろしい。
「……無事? イリヤスフィール」
美遊は手綱とペガサスを消し、カードに戻すと、やや呆然として戦友の戦果を見ていたイリヤの前に立ち、声をかける。
「え、あ、うんっ! 美遊さんのおかげで……凄いね、あんな大きな相手を一撃だなんて!」
「別に、カードが凄いだけで……それに」
美遊は興奮して褒めるイリヤに、冷静な声を返す。そして、少し目を泳がせ、珍しく逡巡する様子を見せ、唇を動かす。
「それに……イリヤスフィールが引き付けていてくれたから」
「美遊さんっ!!」
美遊の言い終わる前に、血相を変えたイリヤが叫び声をあげた。
「!?」
美遊もまた、背後で気配が動くのを感じた。振り向いた美遊の目には、
「――――――――ッ!!」
無傷で吠え猛るバーサーカーが立っていた。
ギュガァッッッ!!
岩のような腕が振り回され、空気を引き裂く音をまとわせて美遊に迫り、
バッグオォォォンッ!!
必殺の一振りが美遊を引きちぎるよりも前に、美遊の足元が爆発した。
「うぇええええ!?」
突然の爆発に、イリヤも吹き飛び、地面を転がる。
「マスター、大丈夫?」
まだまだ転がりそうだったイリヤを抱き留め、助け起こしたランサーが言う。
「うん、なんとか……って、美遊は!?」
「あそこ」
ランサーが空を指差すと、そこに美遊が浮かんでいた。
《どうやらさっきの爆発は、美遊さんの魔力砲によるものであったようですねー》
「ええ……その爆発の風を受けて、あそこまで飛んだのよ。魔力を防御にまわしたみたいだけど、無茶するわね」
ランサーをして無茶と言わせる美遊の行為に、イリヤは目を丸くする。
「あの美遊さんが……」
《無茶はイリヤさんの専売特許だと思ってたんですがねー》
ドゴウッ!!
イリヤが見ていると、またも美遊の近くで爆発が起き、美遊が吹き飛ばされる。とんでもない速度で飛ばされながら、美遊は落ち着いた様子で身をひるがえし、敵の射程距離の外にまで飛んで、大地に降り立つ。
「……ねえあれってひょっとして」
《美遊さんが考えに考え抜いた飛行方法の一つ、でしょうね。どうやら美遊さんは可愛い顔して、酷い方向にぶっ飛ぶタイプだったみたいですねー。ルヴィアさんが考えたという無茶な飛行訓練より、もっと酷いアイデアです。自分でやってる分、威力やタイミングを調節できるとはいえ、ほとんど自爆みたいなもんです。ああいう殺伐とした考え方はルビーちゃんの好みじゃありませんねー》
今回はイリヤもルビーに同感だった。
常に冷静な美遊を、頼もしいと思っていたイリヤだったが、今は危うさを感じる。夢で見たランサーは、恐怖しながらもその恐怖を、勇気と決意で乗り越えていたが、美遊はどこか違う。恐怖を乗り越えているというような、前向きな姿勢ではなく、
(恐怖を、他の感情ごと、無理矢理に凍らせているような……)
気になる。
だが、イリヤも今は美遊のことだけ慮ってはいられない。
「それにしても、一体どうなってるの?」
イリヤは先ほど腕を落とされ、どう考えても致命傷を負ったはずのバーサーカーを見る。シュウシュウと煙のようなものを体から発しているが、全然元気そうだ。
《これは……思った以上にヤバイですねー。バーサーカーの宝具は、攻撃を無効化する防御力なんかじゃありません。【蘇生能力】……それがバーサーカーの真の力です》
「そ、それって……つまり、死んでも生き返っちゃうっていうこと?」
口にして、イリヤは自分の言ったことの絶望的な意味を思い知り、顔を蒼褪めさせる。
「不死身だというのか……? いや、しかし、私の知る吸血鬼は、五体を粉みじんにされようが、首だけになろうが生きていられるが、それでも脳を破壊されたら死ぬぞ。ファンタジーやメルヘンだとしても、不死身などそうやすやすと存在するはずはない」
《神話の英霊には、不死身の者や、決して傷を負わない者もいますが、誰も完全無欠とはいきません。アキレス腱という言葉にもなった、トロイア戦争最強の英雄アキレウスのかかとのように、どんなに無敵に見えても、限界はあるはずです》
サファイアがアヴドゥルに答える。
ネーデルランドには、竜の血を浴びて不死身になったジークフリートという英雄がいる。彼は、血を浴びたとき、菩提樹の葉が背中に張り付いていたため、背中だけは血の加護が得られず、背中を刺されて死に至った。
「この世に完璧は無いというのは、確かに道理だが、いかんせん情報が少なすぎるな……」
「難しく考えることはありませんわ! 殺しても生き返るのなら、死ぬまで殺し続けるだけのこと!! 負けるなどありえません!! このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに敗北は似合いませんもの!!」
ルヴィアは相変わらずだったが、この能天気ともとれる我の強さは、今は強みだ。くだらない絶望で、まごついている暇はない。
「ええっと、わ、私はどうすればいいかな」
《イリヤさんもカードを使いましょう。こちらには3枚もカードがあるんですし》
イリヤは自分の持つカードを見る。
アーチャー、セイバー、アサシン。
「うーん、アーチャーさんのカードを使いたいけど、弓矢を射たことないし……お兄ちゃんが弓道しているのはカッコよかったけど、あんな風にできる気はしないなぁ。セイバーの剣ならまだわかりやすいかも……」
迷うイリヤだったが、戦場において、迷いは隙だ。その隙を感じ取ったのか、バーサーカーはイリヤを睨み、
「――――――――ッ!!」
狙いを定めて、襲い掛かってきた。
「ヒイッ! き、来たよルビー!!」
《飛んでください!!》
「あっ、そっか」
イリヤは大地を離れ、空中へ逃れる。見たところ、バーサーカーに飛行能力も、遠距離攻撃能力もないようだ。どんなに強くても攻撃が当たらないところにいれば安全である。
「ふぅ、一安心」
「――――――――ッ!!」
「へ?」
地上から10メートルほど上空を浮遊していたイリヤの前に、バーサーカーの恐ろしい魔獣じみた顔があった。
バーサーカーは、イリヤと同じ位置にいた。イリヤを殴りつけられる位置に来た。なんのことはない。ただジャンプしただけである。
「嘘〜〜〜ッ!?」
「―――――――――――――ッ!!」
泣くイリヤに向かい、バーサーカーは容赦なく腕を叩き付けようとし、
「【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】!!」
ギギンッ!!
その腕が、糸に縛り付けられて動きを止める。そしてバーサーカーは、イリヤを撃墜できないまま落下し、地面へと戻っていった。
「ッ!!」
「ランサーさんっ!!」
イリヤが見たのは、バーサーカーの肩に乗る女性の姿。ランサーのスタンドが巨木の如き腕に絡みつき、動きを抑えている。バーサーカーが跳躍する瞬間、すかさずランサーもバーサーカーに飛び乗り、ついてきたのだろう。
だが、
「つ、強いっ!!」
編み束ねて、太く強固にした糸が、今にも引きちぎれそうだ。
スタンドの糸が引きちぎられれば、本体のランサーも同様に引きちぎられてしまう。
「大変っ! ルビー! セイバーでっ!」
《了解です!》
イリヤは決断し、アーサー王のカードを手に取る。
「『限定展開(インクルード)』!!」
光り輝く聖剣がイリヤの手に現れる。持っているだけで、空気を切り裂いてしまいそうな鋭い切れ味が見るだけでわかった。
「今度こそ!」
イリヤは全力で高速飛行を行う。流れ星のように、地上のバーサーカーへと突撃する。
「オラァッ!!」
ザンッッッッッ!!!
ランサーを真似た掛け声と共に、イリヤの手にした究極の剣は、バーサーカーの鋼の肉体を、頭頂部から股にかけて、真っ二つにしてのけた。
バーサーカーは声もなく絶命し、両断された肉体はそれぞれ左右に倒れる。
「や、やった?」
《あ、イリヤさん、それやってないフラグ》
ルビーのこの期に及んで緊迫感のないツッコミは、しかし正しかった。
「ッッッ!!」
ギョロッ!!
「うひぃっ!!」
視線だけで、心臓を穿ちかねない凶眼がイリヤを射すくめる。
そして、
ブォンッ!! ギュゴッ!!
ランサーが縛り上げてない方の腕が持ち上がり、大地に叩き付けられた。
ズガガガッガガァァァァァンッ!!
ただそれだけのことで、大地が爆散し、拳の威力に弾き跳ばれた砂利が、イリヤの方へと降りかかる。
「っ! きゃぁっ!!」
ただの土砂とはいえ、常軌を逸する力で叩き付けられたそれは、イリヤを軽く吹き飛ばした。トラックに撥ねられたかのように宙に飛んだ少女は、地面を転がり、動きを止める。
そして、起き上がらない。
《イリヤさん!》
ルビーでさえ、悲鳴じみた声を出す。
いくら魔法少女とはいえ、魔力による防御があるとはいえ、打ちどころが悪ければ、万が一ということもある。
「イリヤっ!」
「マスターっ!」
凛と、バーサーカーからスタンドを離したランサーが、走ってイリヤに駆け寄る。
「―――――ッ!!」
バーサーカーの体はシュウシュウという音と煙を立てながら、切断面がくっついていき、見る見るうちに再生していく。
狂気のままに、傷が癒えきらぬうちに攻撃を再開しようとするが、
「砲撃(シュート)!!」
魔力砲を顔面に当てられ、そちらに気を取られて動きを止める。
美遊だ。
「そう、こっち、こっち……」
イリヤへの追撃をさせないため、美遊は必死で、バーサーカーの気をこちらに向ける。
そんな美遊のフォローをするため、ルヴィアもまた宝石を手に取り、いつでも術を使えるよう準備する。
「心臓を抉っても、頭部から真っ二つにしても生き返るとは……これは肉体的な急所は無いかもしれませんわね」
アキレウスやジークフリートのように、そこを突けば殺せるという弱点はない。あと考えられる弱点は、無効化できない攻撃。あるいは蘇生回数の限界といったところ。
だが、それを調べるには情報が少ない。バーサーカーの真名がわからないのでは、流石に弱点を見抜くのは難しい。
ルヴィアは、顎に手を当てながら考え、
「これは流石にきついですわね。マスターのオンケルを探して叩く方に変えるべきか……」
オンケルを探して捕まえ、脅して令呪を使わせ、バーサーカーを自害させるのが手っ取り早いと判断する。
正直、ここまで規格外の怪物とは思っていなかったのだ。
「そうしたいのはやまやまだが……敵もそれをされたら危険なのはわかっている。そう簡単に、バーサーカーを潜り抜けて、オンケルのいるところまではいけまいよ」
アヴドゥルは首を振る。アヴドゥルの友人である、老戦士であれば、こんな状況からでもどうにかできる最高の必殺技――『逃亡』を決めてのけるのだろうが。
(ないものねだりをしても仕方ない。今あるもので、できる限りのことをするしかない)
そして、彼の誇る炎を支配するスタンドを傍に立たせる。
「囮、目くらまし、足止め、その程度しかできんが、それだけでもできるのなら、それをなそう」
己の力及ばぬことを、否定するでも、卑下するでもなく、ただ認め、そのうえで勝利のために役立つことをする。たとえ自分を上回る強敵が現れたとしても、確固としてゆらぐことのない、行動力と自信。それがアヴドゥルの強さであった。
「【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)!!】」
再生し立ち上がるバーサーカーを、スタンドの炎が取り巻き、縛る。【女教皇(ハイプリエステス)】を封じた、『赤い荒縄(レッド・バインド)』だ。
ひとまずは動けなくなったバーサーカーを確認し、束の間なれど余裕ができた美遊は、
「凛さん……イリヤスフィールの様子は!」
珍しく、大きな声をあげてイリヤの容態を訪ねる。
《大丈夫です! 脳震盪で気絶してますが、それだけで、怪我もありません!》
イリヤの体をスキャンしたルビーから答えが得られ、美遊はほっと息をつく。
その様子を見ていたアヴドゥルは、こんなピンチの中でありながら、微笑みを浮かべた。何時であれ、大人としては、子供には仲良くしていてほしいのだ。
ルヴィアもそう悪い気はしないようで、温かい目を向けていたが、今は非常時である。目に強い闘志を込め、手を伸ばす。
「サファイア。美遊はもう一度カードを使ってしまい、数時間は『限定展開(インクルード)』できない。カードなしで戦うしかないのならば……わかりますわね」
《――仕方ありませんね》
サファイアはしぶしぶという感じで答え、美遊も頷く。そして、カレイドサファイアは、ルヴィアの手に渡された。
「『多元転身(プリズムトランス)』……!!」
一瞬、ルヴィアの身が閃光に包まれ、光が消えると、犬耳のカチューシャと犬の尻尾をつけた、魔法少女姿のルヴィアが立っていた。その手には当然のごとく、カレイドサファイア。そしてその先端には魔力を凝縮して造りだした刃が展開されている。
「美遊、貴方はイリヤスフィールの方へ。目が覚めるまではついていてあげなさい」
チャキリと剣先を巨人に向け、ルヴィアは美遊に指示を出す。美遊はそれに従い、バーサーカーを迂回しつつ、イリヤの方へと走った。
「――――――――――ッ!!」
2度殺されたバーサーカーは、殺される前よりも強壮になったように見えた。
その不死身、その無敵、いまだにそれを破る術は見つからない。
戦いは、いまだ序盤に過ぎなかった。
◆
◆
◆
『お前の事は……いつだって大切に思っていた』
――夢を見ていた。
……To Be Continued
2016年07月26日(火) 21:44:15 Modified by ID:nVSnsjwXdg