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岸辺露伴の奇妙な冒険 第三話

 何度目かの、リダイヤル。広瀬康一は気づいていないが、そろそろバッテリーも限界だ。
 それが、今日一日の間に何度彼が『相手』に対して電話連絡を取ろうとしたかを明確にあらわしていた。
 なにしろ、何度携帯に電話をかけてもつながらない。

 生存報告代わりのメールが時々入ってくるので、吉良に見つかってふっとばされたワケじゃないみたいなんだけどなあ……

 そんなことを内心でつぶやきながら。

 広瀬康一は自室で、あきらめたように携帯を切った。既視感を伴った奇妙な感覚。嫌な予感、それも
わりと『あーもーどーしよーもねーや』といった感じの感覚が、どっぷりと心を覆っている。

「露伴先生、もしかしてまた悪い癖だしちゃったのかなぁ……」



──岸辺露伴の奇妙な冒険──第三話 



 一日の間冬木を照らした太陽が、今ようやくしずんでゆくのが、開け放った障子から見て取れた。
 一日の疲れが体に重い。 
 だが、得られた成果を思えばこの疲労感とて心地よいものだ、と遠坂凛は思う。

「やはり、かなりの前からスタンド攻撃を受けていたようですね」

 丸一日中冬木をバイクで(最近面倒が何かと多いので、遠坂凛は大型バイクの免許を取っていた。
 年齢制限?なにを言っているのですか?FATEの登場人物は皆18才以上ですよ?)走り回った末、セイバーもまた遠坂凛と同じ結論を下したようだった。

 何しろ、失踪者の目撃証言のほとんどが、失踪直前に失踪者が長期失踪のための準備を進めていたことを示すものばかりだった。

 メディアと葛木はヴェルデで大量の衣服を買い込んでいた。
 それも、性別・サイズも糞もなく、ありとあらゆる種類のものをだ。さらに言えば、洋服になる以前の「布」さえも大量に買い込み、あろうことか電動ミシンまで買い込んでいる始末。 
 ぶっちゃけ、一人ファッションショーでも始めるつもりじゃないのか?と思えるほど。

 大河は大河でぱんっぱんに中身が詰まったデイバッグを背負って冬木中央公園を歩き回っている姿を生徒たちに目撃されているし、飲み屋でバイトしているライダーも、失踪前日に店に休暇願いを出してこれを受理されている。
 売れっ子だというのに仕事をドタキャンして許されているあたり、魔眼でも使ったとしか思えない。

 さらに、メディアや桜の失踪に前後して、メルセデス・ベンツェSL300、いうまでもなくイリヤたちの愛車が街中を走り回っていたことも確認できた。

「ほとんどセイバーだけが例外みたいなものね、この様子を見ると。アサシンはその性質上、あの山門をほとんど出られないに等しいから。そうすると、うん、ほぼ全滅だわ」

「アーチャーはどうしたのです?」

 という、セイバーの素朴な質問に。

「探索に出てる真っ最中。そのうち、何か報告を持って帰ってくると思うわ」

 と、凛は答える。
 帰ってきた私の顔を見るなり「ひぃ!ロンドン橋!南無さーん!」と悲鳴を上げて逃げ出したアーチャーではあるが、まぁ役にたたないわけではあるまい。っていうか南無さんって誰だ。

「場所が特定できればよいのですが。
 といっても……」

 セイバーが、障子のあたりに立てられたホワイト・ボードの地図をにらみすえた。冬木ポートサイドビルを中心に、凛たちが展開した監視結界の円が描かれている。
 その範囲外にあり、なおかつ凛たちの魔術による監視が届きにくく、かつその必要もあるまいと判断した場所といえば、およそこの近辺では二つしか考えられない。
 ひとつは、大聖杯の鎮座する柳洞寺。だが、そちらにはメディアの結界が張られているし、アサシンも健在。あるいは、スタンド攻撃によって、いつかの聖杯戦争のときのように敵スタンド使いの拠点とされてしまっているのではないか、という危惧がないわけでもないが……その疑惑については、昼の調査の過程において柳洞寺を偵察したこと
で嫌疑は晴れている。変わらぬ読経に、変わらぬ面子。
 一成が「葛兄が帰ってこないのだ」と、もらしていたそうだ。
 そう、セイバーが言っていた(言うまでもないが、遠坂凛と柳洞一成は未だ不倶戴天の敵としての関係を継続中であり、それゆえ寺社内の聞き込みはセイバーが担当したのだ)。

 ならば、これほど大量のマスターとサーヴァントを収容でき、なおかつ人目を避けられる場所は、ただのひとつしかありはしない。
 目撃証言にあった、ベンツェSL300の不可解な動きも、それを裏付けているように思える。

 そして、凛は静かに水性マジックの赤を手に取ると、立ち上がった。地図に書かれたさまざまな地形のうち、ただ一箇所をマークする。

 冬木郊外、人も立ち入らぬ神秘の森。
 その奥底に密やかに佇む中世の城……

「アインツベルン城。ここよ。ここを占拠したとしか考えられない。拠点とするにこれ以上ふさわしい場所はないわ」

 遠坂凛の言葉に、セイバーもまたうなずく。

「ええ、間違いない。サーヴァントという戦力を維持し、なおかつ森という霊場の霊的作用を持って戦力を拡大しうる。 
 しかし、不可解でもあります。メディアが彼に操られているのであれば、柳洞寺を占拠したほうが早いのでは……?」

 しかし、そのセイバーの言葉に、遠坂は首を振る。

「いえ、柳洞寺には多数の一般人がいる。数多くの僧侶たちがね。それに、参詣者も多ければ、街の有力者とのかかわりも深い。 
 何しろ藤村組の組長と縁がある寺だもの。それに、士郎のバイト先であるコペンハーゲンも、あの寺に酒を下ろしているはずだわ。
 仮に士郎が彼らと出くわしたら……面倒でしょ?「彼」の立場になってみれば。 
 それに、彼らは街とのかかわりが深すぎる。 
 メディアだけが潜んでいるならまだごまかしようもあるかもしれないけれど、士郎や桜、それに大河やイリヤたちまで詰め込むには、少しばかり面倒がでてくるわ。洗脳やら、なにやらね。 
 仮に失踪が長期化した場合、洗脳された人間の言葉の帳尻があわなくなってくるかもしれないもの。
 
 ……アインツベルン城なら、このリスクをすべて無視することができるもの。あそこに足を踏み入れる一般人なんて、いないものね」

 凛の眉が、不機嫌そうに逆立った。

「あとは、目的か……といっても、こうまで見え見えだと推理する手間すら面倒っていえるけどね」

 そんな凛の言葉に、セイバーがやはりうなずいた。

「……少なくとも、敵の手にイリヤと桜が落ちているのは疑いない。
 イリヤはここ数日、藤村組にすら顔を見せていませんしね。

 ……つまり、相手の手には白き聖杯と、機能を失ったとはいえ黒の聖杯の二つがそろったことになる。
 
 さらに、大聖杯の魔力供給システム化の過程で聖杯についてのさまざまな知識を蓄えたキャスターもまた敵の手に落ちている。

 ……さらに、桜が居る以上、マキリの家への調略を成せる余地もある……あのゾーケンがやすやすと謀略に引っかかるとも思えませんが、しかしシンジは別だ。
 既に敵はサーヴァントの内4体を手中に収めている。
 ライダー。バーサーカー。それにギルガメッシュ、キャスター。
 残るサーヴァントは、ランサー、私、そしてアサシン小次郎とアサシン・ハサン、アーチャーの5体。そして、仮に彼らが『ソレ』を目的として行動しているのであれば……」

 苦い沈黙が、場を満たす。
 二人とも、敵の手に四柱のサーヴァントが落ちたことの意味を、完全に理解しきっていた。

 凛が、腹にたまった重苦しい鉛を吐き出すように、結論を下す。

「聖杯戦争を戦うサーヴァントは、本来7柱。
 戦争において死すべき定めにあるサーヴァントは6。
 アサシンの一人、小次郎の生殺与奪の権限はキャスターににぎられているから、これで敵の手中にあるサーヴァントは5柱ともいえるわね。つまり……あと一体のサーヴァントを確保できれば」

 そして、セイバーは彼女の言葉を補うようにして、己の言葉を彼女の言葉尻に重ねた。

「アサシン小次郎はあくまで偽のサーヴァントに過ぎませんから、確実を帰するなら後二体。現在の大聖杯は機能の30パーセントを失ってこそ居ますが……小聖杯の発現機能までは失われていない。第三へといたることこそ叶わぬとはいえ……聖杯発動は、成る」

「最悪……願望投影機能も失われ、第三要素確保のための機能すら失われた今の大聖杯を動かしたところで、この冬木に『この世すべての悪』をぶちまける為の殺戮機構としか成りえないのにっ!」
  
 遠坂凛は、顔も知らぬおろかなスタンド使いを罵倒する。
 もとより、聖杯をサーヴァントへの魔力供給機としての改造を行ったのは、サーヴァントという魔力をバカ食いする連中に聖杯内部に蓄えられた魔力を食らわせ、聖杯が内包したアヴェンジャーのサーヴァント『アンリ・マユ』の霊体を枯死させるのが目的のひとつだった。
 何しろモノは汚染された大聖杯だ。全身に接触信管を巻きつけた核爆弾のように危険なシロモノであり、それゆえに彼女は必死になって魔術協会の介入を阻止していた。
 さまざまな『調査』の過程で、『この世すべての悪』が開放されるなどというばかげたことがあってはならないからだ。
 いかに優れた魔術師とはいえ、所詮聖杯の秘奥は遠坂・マキリ・アインツベルンの三家のみが握り、そのほかはすべて門外漢のようなものだ。
 キャスターほどの大魔術師ですら、その魔術式の大まかな解析に2ヶ月を要し、詳細についてはいまだ研究中というものであるからこそ、調査員には接触させられない。
 誤操作によって聖杯内部に蓄えられた黒き第三要素の漏洩という最悪の事態を招きかねないのだ。
 それを、何も知らないやつが、生半可な好奇心でくちばしを突っ込んでくる……そんなことが許せるはずがなかった。

「いくわよ、セイバー。真っ向勝負。
 相手は四柱のサーヴァントに、サーヴァントとも戦いうるマスターが二人、いえ三人。それにスタンド使いが一人」

 不敵な笑みを見せて、遠坂凛が立ち上がる。
 
「こっちはアーチャーを含めてサーヴァントが二、そしてマスターである私……攻者三倍どころか、向こうの方が数
は倍。自乗倍して、単純戦力差はおよそ64対9……は、実質七倍ね。となると、勝敗を決するのは……」

 静かに、遠坂凛は相棒の一人である金髪の少女を見やった。……いつの間に服を脱ぎ捨てたのか。まとっているのは青の装束の地を覆う白銀の鎧。 
 腰に掃いた聖剣は、蒼穹を宿して号令を待つ。

 そして、少女は聖剣の柄を一度握って見せると、不敵に──そう、勝負が知れた戦に挑むかのごとく、不遜に唇をゆがめて見せた。

「兵力の多寡は問題ではなく、もとより守勢に利などない。
 ならば寡勢とて攻むるほかに道はありません。
 
 ……そして、この身は『敗北』を知らず、我が『宝具』はもとより『対城』宝具。
               エクスカリバー
 ゆえに、その真名こそは『約束されし勝利の剣』。
 日々に蓄えた魔力規模、およそ4000。二回の最大出力攻撃を放ってなお全力戦闘が可能と判断します。
 
『最優』の英霊たる『セイバー』の名の所以、そのことごとくを敵に教授するとしましょう。 
 幸い今宵は晴れ渡り、死ぬには実によい夜です」

 そこに佇むは少女にあらず、神話に歌われし騎士の王。
 戦場にあって敗北を知らず、その一槍は500の兵をなぎ払い、ただ一剣で万を相手取る。
 王が笑みは不遜にあらず。ただ敵の末路を確信したがゆえに。ならば、と五元の魔術師も笑む。

「手加減なし。騎士王の真骨頂、堪能めされたし、ってことかしら?いいわね、そういうのすごくいい。

 じゃあ、私はせいぜい遠坂の秘奥の数々を披露することにしよっかな。五大元素が魔術を後押しするは、この10年で磨いた宝石。森を丸ごとなぎ払ってなお足りる。そう、自負させていただくわ」

 そして、彼女らは微笑みあうと、静かに部屋を後にする。
 残すものなど何もなく、もって行くものも何もない。
 いずれ帰るこの場所に、別れを告げる必要もない。

 やがて、闇に沈み始めた冬木の街に、ハーレー・ダビッドソンVRSCDX、別名ナイトロッドスペシャルの咆哮が響き渡る。

 日常の夜はいずこへかと消え去り、再び訪れる神話の夜(stay night)。
 運命の森へと向かい、たった一つのテール・ライトが、夜の闇を細く、しかし確かに引き裂いて行くのだ……

───────────────────────────
アインツベルン城


 城門前に蠢く無数の影。
 人影に似て、しかしそのシルエットは異様に細い。
 人の身より、肉という肉、臓物という臓物を剥ぎ取ったその姿は、まさに髑髏そのままだ。 
 そのありようを見て、金色の鎧をまとったギルガメッシュは不満げに呻く。

「道化。突付けば折れそうなほどに脆そうに見えるな、この木偶どもは」

 しかし、その言葉に魔女──コルキスの魔女と恐れられたメディアは、聖杯戦争以来長くまとうことのなかった
紫紺のローブを揺らしながら首を振った。

「そのようなことはないわ、英雄王。
 竜牙兵というものは、使い捨ての雑兵とはいえ並みの人の戦士よりはるかに強い。
 それに、応急とはいえ魔力付与を成した外套を着用させれば……相応の『働き』はしてくれる。
 保障してもかまわないわよ?」

「ふむ……この座興に相応しき働きをしてくれるというのならば、それで何一つ構いはせぬ」

 男の言葉に、メディアは小さく笑う。

「ええ、それはもう。
 ……しかし、面倒ね。どうする?セイバーと凛が、ここに向かって来ているわ」

「なに、構うことはない……歓迎するまでのことだ」
 
 そう、ギルガメッシュはほくそ笑む。
 現界してより十年の中で、もっとも興が乗っている、といわんばかりの笑みを。

 そして、その笑みに応じるように、メディアも魔女に相応しい不遜な笑みを浮かべる。
 その相貌は、フードに隠されて見えない……しかし、見るものがあったならばその妖しさに言葉を失うこと
だろう。

 そして、彼女は不意に背後を仰いだ。
 夜すら圧して聳え立つ城の、最も高い楼閣の頂上。
 異形の巨人が、大剣を片手に城を踏みにじるがごとく佇んでいる。
 夜気を満腔に吸い込んでその胸が膨れ上がった。
 やがて、暗灰色の顎が牙を剥くように開かれ……

「■■■■■■■■ッッッッ!!!!!!」

 耳を弄する絶叫が、草木はおろか石壁すら揺らして夜の森に響き渡る。
 魂すらも打ち砕きかねぬその咆哮を、しかしギルガメッシュは甘美な楽曲を聴くかのごとくに耳をそばだてて聞いた。

「バーサーカーも、あの神の息子も、どうやら歓喜しておるようだ。
 
 ……では、創めようかメディアよ。 
 これより第二の幕を開く!」

 英雄の王と呼ばれし英霊は、号令を下すように剣を振り上げる。それに唱和するように、一斉に剣を掲げる竜牙兵。
 
 それは、正に……神話の軍勢を束ねるバビロンの情景。その、歴史の潮流に消え去ったはずの情景が、この現世に
具現したがごとき有様であった……


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2021年12月30日(木) 21:54:23 Modified by ID:Vejjt+UBqg




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