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人外だらけの聖杯戦争13

   人外だらけの聖杯戦争13 ダイ・ハード・ザ・ストレイ・キャット


 午前2時、世に言う草木も眠る丑三つ時、柳洞寺で眠りについていた葛木宗一郎は、一瞬にして覚醒した。眠気は一切残さずに起きた彼は、まったく乱れのない動きで外に出た。深く沈殿した夜の闇に、非常識な存在が立ちふさがっていた。

「こんばんは、おじさん」

 夜闇の中で、ひときわ白く浮かび上がる少女の姿。しかし非常識な存在はそれではなく、

「UKYAKYAKYAKYAKYAKYA―――――!!」

 少女の背後で笑い吠える巨猿の方であった。身の丈2メートル以上。太い腕には、人間など楽に引きちぎるだけの力が篭っている。周囲の大気に溶ける獣臭と、物質的な重圧さえ感じさせる覇気が、葛木を襲う。

「……猿……いや、オランウータン……か」

 しかし彼は彼で、決して常識的な存在ではなかった。

「問うが……君らはマスターとサーヴァントということでいいのか?」
「そうよ。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。このバーサーカーのマスターよ。おじさんは?」
「……葛木宗一郎。ただの朽ち果てた殺人鬼だ」

 淡々と答える彼の背後から、ふわふわと更に奇妙な物体が浮遊してきた。

「フシャァァァァァァ!!」

 目を剥いて威嚇する猫草を見て、イリヤは目を丸くする。

「うわぁ……それがサーヴァント? そんな気持ち悪いやつ、アインツベルンの実験用ホムンクルスにもいないよぉ」


 悪口を言われたことがわかったらしく、猫草――キャスターは更に唸りを上げ、

『大気操る彷徨える本能(ストレイ・キャット)』

 宝具の真名が唱えられた。空気がうねり、拳大に圧縮固定され、空気弾として発射された。

「UKYAAAA!!」

 イリヤへと飛んだ弾丸は、素早く伸ばされたバーサーカーの腕によってはじかれた。頑強な筋肉の鎧は、空気弾でも揺るぎはしない。
 一連の状況から、葛木は今の自分たちでは不利であると判断する。キャスターの空気を操る能力による攻撃が、ほとんど効かないという事実。キャスターのエネルギー源である光がほとんどない、夜という時間帯。
 どうにも不利な現状を、葛木は恐怖もなく、静かに認める。認めたゆえに、彼は冷静に行動を起こした。右手で携帯電話を取り出すと、手早くボタンを押して、士郎たちへメールを送信する。文面は酷く簡素なもので、

『戦闘。救援請う。柳洞寺に、至急』

 確実に助けが来るなどとは考えていない。一度は争いあった間柄で、そこまで期待はかけられない。しかしすがれる藁があるのなら、一応すがっておくべきだ。
 彼らの助けを得られなければ、敗北は必定なのだから。

(もし彼らが来るとしても、時間はかかる。それまで持ち堪えられるかどうか……)

 希望はほとんどない。しかし不思議と、葛木に諦めるという考えは浮かばなかった。
 彼はそんな自分の心境に気付き、そしてもう一つ気付く。葛木は彼自身が思っているよりもずっと、キャスターやライダーと共に過ごす日常を、気に入っていたことに。
 互いが必要不可欠というわけではない。依存しなければ、生きていけないわけではない。友情や愛といった熱のある絆ではない。ただ共に暮らし、ときには触れ合い、なんとなく相手をする。ただそれだけ。
 始まってから一月と経ってはいない、短く浅い関係であったが、ベタベタと馴れ合わないこの関係こそ、彼らには合っていた。


「アニマルセラピーというものか……? この私がな……」

 しかし悪くない。傍らで唸り続けているキャスターに目を向け、そして驚くべきことに、葛木は唇の両端を、微かながら上方向に吊り上げるという運動を行ってみせたのだった。
 しかしそれもすぐに元に戻り、イリヤへと硬い拳をかざして言った。

「では行くぞ少女よ。優しくはしない……。手荒くだ」

 その言葉にイリヤの表情から余裕が消える。葛木が魔術師ではないという理由で抱いていた侮りが、葛木の放つ、冷たいナイフで刺してくるような殺気を浴びて、押し流されていく。

(素人というわけでもない……か)

 詳細は不明だが、危険な相手であると判断する。アインツベルンの家には表社会の裏側お、更に奥底に生息する人間も多く出入りしているが、目の前の男はそういった『外れてしまった者たち』と同じ臭いが感じられる。

「バーサーカー、速攻で片付けちゃって」

 ゆえに、遊び無しという命令をくだす。

「AKYAKYAKYAKYAKYAKYAKYA!!」

 バーサーカーは命令に従い、全身を覆う長い体毛の下に隠し持った、小さな船の模型を取り出し、

『力込められし戦いの船(ストレングス)』

 真命が唱えられると共に、船の模型は、3メートルはある流線型のパワーボートに変貌する。バーサーカーがそれを葛木へと発射しようとしてとき、邪魔者が来訪した。

「バルバルバルバルバルバルバルバルバルバル―――ッ!!」

 雷のような轟音と共に、人型のシルエットがバーサーカーたちの背後より現れた。それは高く高く跳び上がり、夜空から二組のマスターとサーヴァントを見下ろしていた。


「―――――――ッ!!」

 バーサーカーは狙いを葛木から謎の乱入者に変えて、パワーボートをぶち込んだ。しかしそいつは、大砲の砲弾の様に激しく風を切って迫り来るボートを、一蹴りで砕き、四散させた。

「な、なにあいつ!!」

 バーサーカーの能力で、鉄並みの強度になっているはずの船を、あっさりと破壊したそいつは、葛木とイリヤの向かい合う間の、丁度中央に着地する。

「……お前は」

 葛木はそいつに見覚えがあった。自分が勤務している学校に通う、生徒の一人。死んだように表情が無い今、別人のようにも見えるが、彼は……

「間桐慎二か?」

 しかしそれはかつての名。今の彼は、生物兵器によって血肉を囚われた、心の無い怪物。

『バオー』

「バルバルバルバルバルバルバルバルバルバルルルルルル――――――ッッッ!!」

 生物のものとは思えないような咆哮の後、バオーは破壊を開始した。

   ―――――――――――――――――――――

 一方、士郎と凛は冬木の町を駆けていた。
 士郎が受け取った葛木からのSOS。アーチャーとランサーが倒れた今、葛木と戦っているのはバーサーカーに違いない。あの『船を強化、操作する能力』と、『自分に有利な戦場を生む固有結界』は、キャスターとライダーであっても強敵だ。
 急がねばならない。が、果たして足で走っていて間に合うのか。

「タクシーでも、つかまえられれば、なっ」
「そんな、便利なもの、都合よく調達できない、わよっ」



 走りながら言い合う二人に、セイバーが念話を送った。

『なあ、俺にいい考えがあるんだが、抜いてくれないか?』
「? わ、わかった」

 そしてとりあえあず、士郎はセイバーの案とやらを試すことにした。剣が抜かれると、セイバーは耳をすまし、求めるものの音を聞き取る。

「『あっちだな!』」

 そう言うと、ルートを変えて走り出した。

「あ、ちょっと馬鹿剣! どこ行くのよ!!」

 凛の怒声にも振り向かず、セイバーの姿は街並みに消え、


 ザザッ
 ナ、ナンダテメエ……
 ドガッ
 ナニヲスルダーッ! ユルサンッ!!
 グンッ
 オ、オレタチハMケンデハナノシラレタ、フンガミサンノシャテイダゾコラァ!!
 ドゴッ ガンッ バキキッ
 ウゲゲッ! ギャース! オカアチャーン……
 ドタン バタリ ドサッ
 ブロロロロロロ………


「『帰ったぜ』」

 数十秒後に現れたセイバーは、黒いオートバイに跨っていた。色々と改造が施されているらしく、市販のものよりも馬力がありそうだ。

「………どうしたのよそれ」
「『借りた』」
「………まあいいか」

 凛は大事の前の小事と割り切ると、士郎の後ろに座る。アサシンは凛の背中に乗った。

「『さて、騎乗スキルを使わせてもらうぜ』」

 セイバーは剣を口に咥えて両手を自由にし、ハンドルを握る。サーヴァントとしての彼に染み付いた能力。動物や機械に乗り、動かすことのできる『騎乗』の力が、発揮される。

「『ウッシャァァァァァァァ!!』」

 後に、白刃を咥えた赤毛の男と、犬を背負った少女が乗るオートバイが、都市伝説になるが、それはこの物語の中ではどうでもいい話である。


   ―――――――――――――――――――――

「なんの……冗談よ」

 イリヤは思わず口に出す。そうしてしまうだけの光景がそこにあった。
 バーサーカーが巨大な腕を振り下ろす。鋼鉄も楽にひしゃげさせる怪力を、少年の姿をした者は、ピッチャーフライを取るかのように、片腕で簡単に受け止めた。
 その脇から、少年の左胸を狙って葛木が拳を撃ち出す。常人相手なら骨を圧し折り、心臓を破裂させる代物であったが、少年の肌はその衝撃を完全に防いでしまう。

「フギャアアアア!!」

 葛木の肩に乗ったキャスターが、空気の弾丸を形成して発射した。ここで少年は初めて余裕を捨てた機敏な動きを見せた。バーサーカーを押しのけ、大地を蹴って、至近距離から放たれた空気弾をかわした。
 空気弾が狙っていたのは少年の額部分。そこには、さきほど回避行動を取るまでは存在していなかった触覚が蠢いている。それは少年=バオーにとって、視覚や嗅覚など、あらゆる感覚をまかなう、重要な器官だ。キャスターはそれを知っていたわけでも見抜いたわけでもなく、本能でその部分を狙ったのだ。
 が、その攻撃もかわされ、今やバオーは完全な戦闘形態となり、戦場に君臨していた。体毛も肌も色を変え、筋肉は強靭に引き締まり、眼はギラリとした無感情な輝きを放っている。
 これがバオーだ。それに触れることは死を意味する、最強の戦闘生命体。
 サーヴァントをも上回る威圧感と殺気に、イリヤは身をすくめる。

「サーヴァントを超えた魔術兵器……?」

 サーヴァントではないことが、マスターであるイリヤにはわかる。しかしそれでは、あれは何なのかと模索する。
 見た目は資料で見た間桐慎二に違いない。とすれば、あれは間桐の魔術兵器か? しかし間桐は完全に敗北、臓硯も死亡したと、使い魔による調査での報告も入っている。

「まさか……暴走?」

 主を失った魔術兵器の暴走。それは一番納得できる答えだが、それはすなわち取り引きなどが意味をなさず、戦って倒すしかないということだ。そして相手の戦闘能力は、今見ている通り、すこぶる高い。これはもはや出し惜しみをしている場合ではない。

「バーサーカー……狂いなさい!」

 イリヤはバーサーカーのスキルである『狂化』を発動させた。理性を失うことと引き換えに、サーヴァントの力を引き上げる能力。バーサーカーは元来獣のため、理性を失ってもそれほど変化はないが、『狂化』のリスクは理性喪失だけではない。力が上がる分、魔力供給が増加するため、乱用すればマスターの魔力が先に切れて、自滅に至る。
 巨大な魔力を持つイリヤではあるが、それもどれだけ持つか実際のところはわからない。だがそうする必要のある敵だ。

「U……UKYAAAAAAAAAAA!!」

 ランクアップした横殴りの拳が、バオーを襲う。さしものバオーも、今度は受け止める自信がなかったらしく、背後に引いてかわす。空振りになった拳は、その勢いで突風を生み出し、周囲の木々を激しく揺らした。

「AKYAKYAKYAKYAKYAKYA!!」

 更にバーサーカーは長い体毛の間から、いくつもの船の玩具を取り出す。

『力込められし戦いの船(ストレングス)』

 宝具の力が発動し、先ほど同様、玩具の船が本物以上の性能を持つ船へと変貌する。更に『狂化』の力も合わさり、葛木相手に見せたものより二回り大きなものとなっていた。
 その数、8機。空中で、穂先をバオーに向けて漂う船群は、今か今かと号令を待っていた。そして、

「KIKYAAAAAAAAAA!!!」

 山全体に響き渡るかのような咆哮を合図に、船は一斉にバオーへと発射された。その速度と威力は、ランサーの氷の槍をも凌駕するものであった。しかしバオーは鋭い身のこなしでその破壊の雨をかわしていく。
 それた攻撃は大地に炸裂し、大穴を空ける。その破壊力はたとえバオーの耐久力をもってしても、食らったら肉体を半壊させられるレベルのものであった。

「バルバルバルバルバルバル!!」

 唸りをあげて踊るように『船』をかわしていくバオーであったが、連続して降り注ぐ攻撃の一発ごとにその動きに余裕がなくなり、回避可能範囲が狭まっていく。

「UKKYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 そしてついに、最後の一発がバオーの正面から襲いかかった。超至近距離にまで接近した『船』をかわすことはもはやできない。その一撃がバオーに当たることはもはや確定していた。

「バルバルバルバルバルバルッ!!」

 だがバオーは吠えると同時に、眼にも映らぬ速度で両腕を振るった。次の瞬間、『船』は四つに切り分けられ、それぞれ別の方向に弾き飛ばされていった。
 バオーの両腕には三日月のように鋭い刃が生えていた。ランサーとの戦いで、士郎が造り出した【呪われた光の輝彩滑刀(ライトモード・ブレイド)】に似たその刃は、バオーの新しき『武装現象(アームド・フェノメノン)』。
 硬質化した皮膚を、銃弾をはじき、鋼鉄も切り裂く武器となす。


『バオー・リスキニハーデン・セイバー・フェノメノン!!』


「バルバルバルバルバルバルバルーーーッ!!」

 バオーは間を置かず大地を駆けた。一瞬にしてバーサーカーに肉薄し、

「ウオオオオォォォォォォォム!!」

 バーサーカーの右腕を切り飛ばした。

「GYAAAAAAAAAAN!!」
「バーサーカー!!」

 イリヤの悲痛な声など気にも留めずに、バオーは追い打ちをかけてバーサーカーの心臓目がけて拳を向けた。かつて同族が、邪悪な遺伝子操作によって生み出された怪物猿を殺したときのように。
 次の瞬間、肉を破る鈍い音とともに、鮮血が飛び散った。

「ッ!!」
「獲物をしとめる直前の、勝ち誇る瞬間こそが、最も油断しているときだ……」

 静かに語る声には、勝利の高揚はなく、ただ淡々とした冷たさを帯びていた。
 バオーの腹を背後から貫き、人間の腕が生えていた。成人男性の右腕である。そしてその腕は、触れるものをことごとく刻んで抉るであろう疾風に包まれていた。

「風の拳、か……。いい具合だ」
「ウニャン♪」

 葛木宗一郎とキャスターのチームが、新たな牙を用いて、バオーに挑む。


 腹を貫通されたバオーは、しかしその動きを緩めることなく、背後の葛木に裏拳を放った。葛木はすぐさま右腕を引き抜き、一瞬にして数メートルも離れる。葛木の脚力、瞬発力も称賛に値するが、より恐ろしいのはやはりバオー。

「バルバルバル……」

 腹の穴から向こう側の景色を覗かせながら、平然と立っている。苦痛も恐怖もその姿からは見出せない。葛木に向ける視線には、ただ凍った殺意のみがあった。

「……生半可なことでは死なないか。ならば一つ、頭を潰すか」

 不死身じみた怪物を前に、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つ葛木の姿は、折れず曲がらぬ鉄の柱のようだった。呟きと同時に、彼の右手の周囲に、激しい旋風が巻き起こる。もしもそれに触れたら、いや、間近に寄っただけでも肌を裂き破かれるであろう。

「行くぞキャスター。奴め、バーサーカーと戦っているうちに、力といい速さといい、更に強くなっている。これ以上、進化せぬうちに倒さねばならん」
「ニャー」

 葛木は矢のように真っ直ぐにバオーへと迫る。

「バルバルバルバルバルッ!!」

 バオーの髪が針の如く硬質化し、高速で発射される。人間に刺さればその体温によって自然発火し、猛烈な炎を起こして人体を燃やす『バオー・シューティングビースス・スティンガー・フェノメノン』である。

「フギャーーース!」

 しかし、キャスターの起こした旋風が、髪の毛を吹き飛ばす。そして足止めの一つもなく、速度を緩めることもなく、葛木はバオーの前に立った。彼の拳が、獲物に牙をむく蛇のように鋭く拳を打ち込まれる。

「バルッ!!」

 その拳を、バオーは手のひらで掴んだ。葛木の拳をまとう風は、葛木の拳以外を斬り砕く。バオーの鉄にも勝る強靭な肉体を、風は容赦なく引き裂いた。なれど、バオーの表情にさざ波一つほどの動きもない。
 しかし肉を斬られながらでは、さしものバオーも力を込められないようで、握る力は弱かった。

「………ぐうっ!」

 にもかかわらず、葛木の口から唸りが漏れる。それもそのはず。バオーの掴んだ葛木の拳が、音を立てて溶けていっているのだ。
 今、バオーの手のひらからは特殊な液体が分泌されている。この液体は体外に排出されると強力な酸になり、物質を溶解させる。自らの体組織も同時に溶解しているが、酸を出すと同時に特殊なカスを作り出しており、このカスが新たな皮膚となって溶解部分を再生するため、事実上ダメージは無い。

『バオー・メルデッティン・パルム・フェノメノン!!』

 単純な腕力では打破できない相手に対応するための、極めて凶悪な武装現象である。

「フギャーーーース!!」

 その様を見たキャスターが怒りを込めて風の刃を振るうが、バオーの肉までは斬れても、骨まで断つほどの威力には届かないらしい。バオーは体に幾度切り傷を作られても、身じろぎもせずに淡々と葛木の拳を溶かし続ける。
 このままでは右手が完全に使い物にならなくなる。そらだけならまだしも、このままバオーに捕らえられたままでは、すぐにでも心臓を抉られるか、首を圧し折られるかして殺されるだろう。バオーがそれをしないのは、単に腹を貫いた葛木たちを厄介な相手と考え、短慮な行動を慎み、様子を見ているというだけだ。
 葛木たちにこれ以上、バオーの攻撃を防ぐ手段がないと知れば、すぐさま処刑を遂行するだろう。

(まずいな。いっそキャスターに腕を斬り落とさせて、間合いを広げるか?)

 葛木は彼らしい、自分自身にさえ容赦しない思考で、この窮地を脱しようとする。
 しかしそれは気が早かった。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…………

 町の人々をこの寺の境内へ導く、山に一本の石階段を、何かが上ってくるのがバオーにはわかった。わざわざ爆音を立てて、こちらに向かってくるのだから間違いない。

「バルルルル?」

 バオーが石階段の方に視線を向けた時、

 ドォン!!

 石階段から、巨大なバイクが跳ね出てきた。バイクには二人の人間が乗っていて、バオーにはその二人に見覚えがあった。
 バオーが直接会ったことがあるのではなく、寄生虫バオーの宿主となっている少年の記憶が、二人のことを知っていた。

「ウォオオオオオオーーーム!!」

 宿主の、もはや無きに等しい感情が、一瞬酷く波打ち、掴んでいた葛木の拳を離し、こちらに突進するバイクを迎え撃った。

「バルゥッ!!」

 重い拳が、バイクの正面から殴りこまれた。猛速で突進してきたバイクはその一撃でプレス機にかけられたようにひしゃげて、突進してきたのよりも速いスピードで、逆方向にぶっ飛んだ。境内から叩き出され、石階段を転がっていくバイクの残骸には目もくれず、バオーは新たなる乱入者の二人を追った。
 バイクが殴り飛ばされる直前、二人はすでにバイクから離脱していた。

 二人のうちの片方の手から、無数の弾丸が放たれ、バオーに降りかかる。が、バオーはそれを腕に生えた刃を振るってはじき潰した。
 その片方である少女は、腕に抱いた子犬が出現させた大量の砂をクッションとして、無傷で着地する。

 そしてもう一方は、白刃に月光を反射させて輝かせながら、バオーの真上より斬りかかる。

「『ウッシャアアアアアアァァァッ!!』」

 ギャリンッ!!

 耳に障る強い音をたて、交差する刃。ギリギリと力を込めあいながら、拮抗し静止する二人の剣士。

「『なんだてめえ……サーヴァントじゃねえみたいだが……』」
「衛宮……」

 もはや原形を失ってしまった右腕を抑えながら、葛木が声をかける。

「気をつけろ……そいつは凄まじい化け物だ。怪力、俊敏さ、硬質な皮膚、針のようになり発射される髪の毛、強力な酸……さまざまな能力を操り、しかもそれらが戦いの最中にどんどん進化していく。急速に強くなっていく。完璧な戦闘生物だ……」
「『へえ……あんたにしちゃあ長い台詞喋るじゃねえか。だが、急速な強化ってんなら、俺の十八番だぜ?』」

 獣のような笑みを浮かべるセイバーだったが、そこでバオーに変化が現れた。

「エ……」
「『あん?』」
「エ……ミ……ヤ……」
「『………何? てめえマスターのこと知って……』まさかその声……『うん? 知り合いか?』」

 セイバーの支配する肉体に、士郎の人格が戻る。

「慎二……なのか?」

 愕然とした声を漏らす士郎を、

「バルバルバルバルバルバルバルラアアァァァアアァァッ!!」

 バオーは力づくで腕を振るい、吹き飛ばした。
 セイバーは5メートルほど空中に浮いて着地するが、それでも勢いは止まらず、大地を足で擦りながら更に2メートルほど後退した。

「慎二……お前……」
「エミ……ヤ………」

 バオーが縋るように手を伸ばした。その顔には、今まで浮かぶことのなかった表情が存在していた。顔をくしゃくしゃに歪めながら、訴える。

「タノ……ム……タスケ……」
「………!!」

 だが、それも僅かの時のこと。目からはまた感情が消え、表情は失われ、顔は人形のような、人の形をしているだけのものとなった。

「タスケ………ル……バル……バル…バルバルバルバルバル!!」

 そしてまた、雷のような壮絶な雄叫びがあがる。それを聞きながら、士郎はなんとなしに理解する。もはや慎二が戻れないということを。

「慎二………俺は……」

 何か言おうとして、何か言いたくて、結局何も言うことを見つけられず、士郎は無言で剣を収めた。

『お、おいマスター? 何やってんだよ!?』
「悪いセイバー」

 慌てふためくセイバーに、冷静な、どこも揺らぎのない声がかけられる。

「今回は……俺だけでやらせてくれ。投影、開始(トレース・オン)」

 士郎の両腕に光が生まれ、形をつくり、物質として完成していく。

「……投影、完了(トレース・オフ)」

 そして、バオーが持つものとよく似た、三日月状の鋭い刃が生み出される。

「……行くぞ化け物。進化の準備は万端か?」




  ……To Be Continued
2009年11月22日(日) 22:01:22 Modified by ID:lr5d6rqo+A




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