人外だらけの聖杯戦争5 影は投げられた
人外だらけの聖杯戦争5 影は投げられた
張り切って切りかかって行ったセイバーだったが、結局アーチャーに一太刀を浴びせることは出来なかった。間合いまで近寄る前に、毒矢を撃たれてしまうためだ。
「『ど、どちくしょう!! 飛び道具なんてずりーぞッ!!』」
セイバーがわめく。弾の速度などは『憶えた』ので当たることはないが、近づくまでには至らない。少しでもかすれば溶かされてしまうため、はじき飛ばすことはできない。すべて避けきるには『憶えきれて』いない。
(『憶えきるには、一回くらい弾丸をくらわにゃならん。前なら使い手の肉体なんか気にすることもなかったが……今回はそうもいかねえ』)
それが無敵ともいえる、セイバーのスキル、『強化』の欠点。強くなるためには、その技を見極めねばならない。だがただ見ただけでは不完全。一度技を受けてこそ、その技のすべてを『憶え』られる。だが、それはマスターに過剰な負担を強いる。
「『あーもう!! いっそ腕の一つくらい我慢して』」
【やめろよ!?】
「『うぐお!!』」
セイバーは精神に直に響くような念話に呻く。そうやら、一回目の令呪、『やめろ』という命令によって、士郎にはセイバーの行動を制限する力を得てしまったらしい。
(『ぬかったぁ〜〜!! ちくしょうこんな小僧に……だが気合入れりゃ振り切れないもんでもない。けどまあ、確かに序盤から腕を捨てるってのは無謀だな。別の方法を考えるか……チッ、考え事は嫌いなのによぉっ!!』)
凛とアサシンのコンビもまた、攻めあぐねていた。アーチャーとの戦いで、何より問題なのは相手の小ささだ。小さな的ほど当てるのが難しいのは当然。
次に飛び道具による間合いの差。こちらにある遠距離攻撃は凛のガンドくらいだが、アーチャーの対魔スキルには通用しない。セイバーとの挟み撃ちを仕掛けようにも、アーチャーの勘はかなり鋭く、こちらが攻撃しようとすれば、すぐさま反応し針を撒き散らしてくる。
『あの燃えるブ男か、のっぽメロンがいりゃあなぁ……』
アサシンが思わず呟く。片や炎を操り、方や輝く弾丸を放つ、彼が認める数少ない人間たち。
「何後ろ向きな発言してんのよアサシン! 敵は前にありよ!」
凛の叱咤に、アサシンは自分を嘲笑う。
(へっ、弱気になるとは確かに俺らしくねえぜ。今の相棒だって、中々のモンだしなぁ!)
アサシンが士気を高めている間に、セイバーは策を思いつく。
「『ようは当たらなければいいんだろ!』」
その足で道路のマンホールの蓋の端を蹴り飛ばした。金属製の蓋は跳ね上がって空中で回転する。それをはっしと掴み取ると、セイバーはアーチャーに向かって走った。
『【万物溶かす毒矢の砲(ラット)】』
アーチャーが矢を発射した。それをセイバーはマンホールの蓋を振り回し、ハエをうちわで叩き落とすようにして防いだ。蓋は一瞬で溶けて穴が開いた。
「『これでどうだ!』」
セイバーは次弾が放たれる前に間合いを詰めて、刃を一閃させる。だがその斬撃はネズミとは思えない速さでかわされる。いくらネズミでも英霊は英霊なのだ。
「『ちちいっ!! だがその程度は憶えたぞッ!!』」
二撃目を繰り出そうとしたセイバーだが、アーチャーが矢を発射する構えを取ったのを見て、穴の開いた蓋を投げつけて身を引く。
「『くそ……もう盾にできそうなもんが見あたらねえな……』」
ふりだしに戻った状況に、セイバーは舌打ちをした。
『お次は俺の番だな』
アサシンは『賢者を超えた愚者(ザ・フール)』を広げた。さっきまで犬に似た形状だった彼のスタンドは、砂となって周囲の空間に撒き散らされ、アーチャーを包囲する。
「ギギッ」
アーチャーは忌々しそうに鳴く。鳴き声と共に矢が放たれるが、スカスカの砂塵には当たらない。当たったところで、その砂の部分が削られれるだけだからダメージも少ない。
(このまま包み込んで、押しつぶす!)
アーチャーはそのアサシンの計略を理解し、機敏に動いた。砂塵から逃れるように移動しながら、スタンド砲台に弾丸を発射させる。今度は本体のアサシンに向けてだ。
『ちいっ!』
アサシンは紙一重で攻撃をかわす。彼のスタンドのスピードは遅くはないが、速い方でもない。すぐに呼び戻して防御を取らせることはできない。
(俺が無防備になるって弱点を見破ってすぐに、攻撃に切り替えやがるか。単純で迷いがない心理……あの鳥公に似た、厄介な奴だ!)
だが、その考え方はまだ甘かった。
ガチンガチンガチン!!
衝突音がアサシンの背後で響いた。
『ゲッ!?』
その音を耳に捉え、アサシンは跳躍する。だが両後ろ足に何かが刺さるのを感じた。着地したと同時に、体が傾く。アサシンが背後を見ると、おおよその予想通り、後ろ足が二本とも溶けていた。
『こ、こいつは? 凛!』
「跳弾よ! アーチャーの針が後ろの壁に当たって跳ね返ったのよ!」
アサシンは凛の言葉に状況を理解し、そして血の気が引いた。
『そんな芸当まで……やべえ!』
アーチャーはギラギラとした眼光でこちらを見ていた。だが彼はアサシンから視線をすらすと、凛の方を見た。ネズミの顔が、邪悪に笑ったように見えた。
(動けなくなった俺は、もう始末したも同然だってわけか……!!)
アサシンは『賢者を超えた愚者(ザ・フール)』を動かした。だがやはり間に合わない!!
『【万物溶かす毒矢の砲(ラット)】』
凛に向けて、毒矢が放たれた。
『おおおおお!!』
アサシンが叫ぶ。
「こんなものっ!」
凛はその矢をかわすべく体を動かす。だがその動きはアーチャーも予測済みであった。放たれた数本の矢は再び跳弾する。凛はそれすらもかわすが、回避行動をとっている間に、アーチャーは凛に飛び掛っていた。
『凛!!』
アサシンはアーチャーの行動を悟った。げっ歯類の鋭い牙で、凛を噛み千切るつもりだ。狙いはおそらく首筋だろう。ネズミとはいえ、サーヴァントはサーヴァント。身体能力は怪物のそれだ。まさに絶体絶命であった。
「『ようし! あの女がやられた隙に切り裂いて「だめだ!!」
セイバーが、士郎に戻った。
『にゃに〜〜!! 体の主導権が奪い返された! 一度目の令呪の効果はここまでも!!』
士郎は凛を助けるために走った。だが、あと一歩間に合わないことは目に見えていた。
(何か! 何かないのか!! 遠坂を助ける方法は……!!)
だが自分には何の力もない。魔術だって強化や投影が精一杯。とてもこの状況で役に立つような力はない。
(いや! 投影なら!!)
投影。魔力によって術者の想像した物質を作り出す魔術。さっきセイバーがマンホールの蓋を盾にしたように、何かを投影してアーチャーにぶつければ!!
(できるか? いや、できるかできないかじゃない!! やるんだ!!)
「投影開始(トレース・オン)」
そして何を投影するかを思い浮かべようとしたとき、予想外のことが起こった。
(!! なんだこれは!!)
まったく知らない記憶、情景が、脳を駆け巡ったのだ。
(これは……戦い?)
記憶に映し出されるそのすべてが戦いの風景だった。武器は剣であったり、槍であったり様々だ。振るう者もまた老若男女、多種多様。血しぶきが舞い、手足や首が胴より離れる。臭いや熱さえ感じられた。
(これは……セイバーの記憶?)
セイバーの支配から解き放たれたとはいえ、まだセイバーと繋がり、一体となっていたため、士郎が投影するものを記憶から探ることで、セイバーの記憶まで引っ張り出されたのだ。
その中から、
(なんだ!! この情報量、受け止めきれない……!?)
最も強く、濃い記憶があった。その記憶の波に頭がパンクしそうになる。その波を乗り切ったとき、気付けば士郎は投影していた。
170 :人外だらけの聖杯戦争5:2008/02/27(水) 22:56:11
何を投影したのか。それは士郎にも凛にも、セイバーやアサシンにもわからなかった。『それ』は現れてから目にも留まらず一瞬にして消えたのだ。
ただ結果のみが残った。
「ギャースッ!!」
アーチャーの叫びと血潮があがった。アーチャーはきりきりと回転しながら吹き飛び、アスファルトに墜落した。
「ギ・ギ・ギ………」
アーチャーはヨロヨロと起き上がると、一度恨めしげに士郎たちを睨むと、きびすを返して走り出した。
『逃げやがった! おいマスター!! 追うぞ!!』
セイバーが吠える。だがそれは聞き届けられなかった。投影魔術の行使によって力尽きた士郎が、その意識を失ったからだ。
士郎の体は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。
『ああ! くそ!!』
セイバーはすぐに肉体を乗っ取り、立ち上がる。だがそのときにはすでにアーチャーの影も形も見えなかった。
「『あんのネズミがぁ……』」
セイバーは悔しげに呟くが、諦めるしかなかった。
「大丈夫? アサシン」
『おお……まあ、このくらいのダメージなら治療できるだろう。サーヴァントでよかったぜ』
アサシンは後ろ足を見てそう判断する。
「そう……今回は衛宮君に助けられちゃったわね。何をどうしたのかわからなかったけど」
さっきの隠しだまについて聞き出してやろうと、赤い悪魔は決意する。
一方セイバーは憮然として考えていた。
(『こいつ、あのとき投影じゃなくて俺を投げるってことを、ちらとも考えなかったな……』)
ただ焦って考えが及ばなかっただけかもしれない。だが……
(『初めてだな……こんな使い手は』)
一方的に支配し、記憶を読み取ることしかしなかった彼にとって、初めての体験。使い手と対話すること。心を通わせあうこと。
「『……はんっ、だからどうだっていうんだよ』」
セイバーは顔をしかめ、自分にしか聴こえない声で呟いた。
……To Be Continued
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2009年04月12日(日) 00:31:07 Modified by ID:P58hRsZsNg