人外だらけの聖杯戦争７　死神の剣


　対峙するアーチャーとセイバーの間の距離は、およそ３メートル。
　セイバーの剣では届かない距離だが、いまやアーチャーの矢などセイバーにとっては容易く避けられるもの。それ以前にセイバーの速度ならば、アーチャーが矢を放つ前に間合いを詰めて、アーチャーを斬り倒す事ができるだろう。
　……アーチャーが、セイバーのマスターにとって姉のような女性である、藤村大河を盾にしていなければ。

「『攻撃するなだ？　このままじゃあ溶かされちまうだろうがッ！！』」

　鈍く光る銃口を向けるアーチャーに、セイバーは焦燥にかられた声で、士郎に文句をつける。

「だとしてもだ……！　セイバー」
「『ああん！？』」

　士郎は決意をすえて、セイバーへと呼びかける。

「このまま矢を受ける。俺が溶けきる前に、お前は俺の身体を操って、アーチャーを倒してくれ」
「『はあ！？　何言ってんだてめえ！』」
「お前は矢を受けなくていい。でも、矢をかわしたら藤ねえがやられる。それなら敢えて受けて、あいつが俺を倒したと油断した隙をついて……！！」
「『そういうこと言ってんじゃねえ！！　自分の身のことをどう考えてるのかってんだよ！！』」

　怒鳴りながらも、セイバーは内心戦慄する。士郎は考え無しに特攻しようと言っているのではない。大河を助け、アーチャーを倒す算段を、セイバーの都合も考えた上で、理性的につけているのだ。ただ、その算段に自分の身の安全が欠片も入っていないというだけで。

「俺のことはいい。頼むぞセイバー……」

　決意を胸にする士郎の手の内で、セイバーは回想する。今日の朝のことを。

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　昨夜、戦闘の連続や、魔術回路の作成などでまったく眠れなかった士郎は、眼を擦りながら、学校へ行く支度をしていた。
　セイバーは律儀に学校に行くことはないと言ったが、一人で家に篭っているよりは、外で人にまぎれていた方が襲われにくいという凛の意見に従うことにした。セイバーにしてみれば、襲われた方が楽しいのだが。

「ちょっと士郎ぉぉぉ！」

　彼の背に、元気な女性の声がかけられる。

「なんだよ藤ねえ。急がなきゃ遅刻しちゃうぞ？」

　振り向いた先には、髪をさっぱり短く切った、縞柄の服をまとう成人女性の姿。女としての艶とか淑やかさとかは見られないが、溌剌とした健康的な魅力が眩しく映る。
　彼女の名は藤村大河。２５歳。士郎とは長い付き合いの、姉のような女性であり、士郎の通う学校の英語教師にして弓道部の顧問でもある。ちなみに剣道五段。

「その前に！　これなんなのよ？」

　彼女が突き出したのは、鞘に納められたセイバーであった。

「これ本物の刀じゃない！　なんでこんなものがこの家にあるのだー！？　子供がこんなもの持ってちゃいけないんだぞー！」

　大人でも持ってちゃいけないと思うが。士郎は内心つっこみながら、言い訳する。

「いやその……多分、じいさんのものだと思う。土蔵の奥から出てきたんだよ」

　彼の言うじいさんとは、彼の義父である衛宮切継のことだ。士郎も義父がどんな人物だったか詳しくは知らない。ただ、正義の味方を目指した魔術師であり、こういった武器類を持っていても、あまりおかしくないような、ちょっとした変人であったのは確かである。

「切継さんの？　それならまあ、わかるけど」

　そう言って、大河はすらりと剣を抜く。その刃は冷たい水に濡れたように艶かしく輝く、危険な美しさを持っていたが、大河は胡散臭そうな視線を送った。

『……この女、なーんかムカつくぜ』

　その目つきがセイバーの気に触った。そこで、セイバーは大河の体を乗っ取ってやることにした。
　士郎が止めるだろうから、ほんのちょっとだけ。この女を裸にして、外に飛び出させる程度の、ほんのちょっとの時間だけ操ってやる。

『こいつの心に潜り込んで……』

　セイバーは、保有スキル『憑依』を発動させる。その精神力に関係なく、百戦錬磨の騎士だろうが、最強を誇る英雄王だろうが、この力を持ってすれば支配できないことはない。
　そしてセイバーは、藤村大河の心に触れた。



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『ん？　なんだこりゃあ？』

　セイバーは戸惑う。彼は憑依の副次作用によって、相手の心を読み、記憶を探ることができる。それによって、その人間が持つ能力を最大限に操ることができるのだが……今回は少々奇妙だった。

『心が読み取れねえ……？』

　いつもなら水が高い場所から低い場所へ流れるように、セイバーへと情報が流れ込んでくるのに、それがない。堰き止められているかのように、びくともしない。いやむしろ、

『な、なんだぁ？　お、俺の方が引き寄せられる！？』

　海原で大渦に吸い込まれるように、セイバーの意識は大河の心の中に呑み込まれていった。

『こ、これは何だ！？　う、うおおおおおお！？』

　自分がどこにいて、そこへ向かっているのかも知覚できずに、セイバーは運ばれていく。生き物の臓物が、食べた物を胃や腸へと運んでいくように。
　やがて、セイバーは広い空間に放り出され、床に落ちて転がり跳ねた。

『……床？』

　それは確かに木の板でできた床だった。周囲に壁や屋根があり、ここは間違いなく建物の中であった。

『おいおい、何で心の中に建物がある？』

　木の柱や梁が組まれ、白い漆喰の壁には漢字でなにやら書かれた掛け軸がかかっている。どうやら日本風の道場のようだ。
　まったくわけがわからない。噂に聞く、デス１３のスタンド能力は、悪夢の世界に他者を引きずり込めるというが……

「「ようこそ来訪者！！」」

　悩めるセイバーに、二つの声がかけられた。

『！　誰だ！？』

　そこに、セイバーが見たものは！

「名乗らせていただこう……我が名は大河……」

　さっき自分を持っていたはずの女性が、武道着を着込んで立っており、不敵な様子で髪を掻き揚げる。

「『冬木の虎』……藤村……大河！」

　バン！！



『ああん？』

　混乱するセイバーにもう一つの声が語り出す。

「名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン……。タイガー道場の弟子１号『ロリブルマ』の名を冠する魔術少女……。セイバー、お前の身柄もらいうける」

　それは白いシャツとブルマに身を包んだ銀髪の少女だった。というか、どう見てもバーサーカーのマスターだった。

『って、それは俺の台詞じゃねえか！　パクリやがってぇ！』

　とりあえずいきり立ったセイバーだったが、

『……待て。身柄をもらいうける？　どーゆーことだ。つーか、ここどこだ！』
「ここはタイガー道場！　不幸なる終わりを繰り返さぬために存在する、不思議空間っす！！」

　イリヤが昨夜とはまったくかけ離れた口調で答える。

『にゃにい！？　スタンド能力か！　それとも魔術かぁ！』
「いや、私のは特技だ！！　人間には未知の部分がある！！」

　大河が自信満々で断言した。

『納得できるかぁ！！　異世界を特技の一言で済ますんじゃねえ！！　ありえねえよ！！』
「ありえるのだ！　メルヘンやファンタジーですから！！」

　セイバーはまったく理解できなかったが、話が進まないのでこの話題は切り捨てることにした。

『ああもう、なんかわからんがわかった。それで、俺をどうする気だ！』
「ふっ、向こうの私が言ってはいなかったか？　真剣、かっこ悪い、と」
『………交通標語みたいに言うな』
「けれど、斬るために生まれた道具を全否定しちゃというのも、さすがに残酷っすよ。師匠」

　ロリブルマが口出しする。

「わかっている。そこでだ、どちらの意見も尊重したアイデアを思いついた！」

　どこぞの吸血鬼が無数のナイフをズラリと出すように、大河はどこからかそれらを取り出した。



　本来は大海を切り裂いていく逞しい肉体。
　生きる限り止る事の無いその突進。
　在るべきでない空気の中で、なお躍動するそれこそは、

　バタバタと跳ねる、ホンマグロ。

『…………っ！！』
「青ざめたな。このマグロを見て、自分の運命がいかなるものになるか、気付いたようだな！」

　どこから隣の幼女の背丈よりもでかい魚を取り出したのかとか、剣の顔色なんてどこで見たのかとか、突っ込みどころはあるが、セイバーを己の戦慄すべき未来を予想し、言葉も無かった。

「セイバーは斬りたい。でも人を斬るのは駄目。それだったら……魚を斬ればいいじゃない！！」
『い、いい、嫌ああああああああああ！！！』

　セイバーは心底から悲鳴をあげた。今までどんな敵と戦っても恐怖したことはなかった妖刀が、ただひたすら震え上がる。

『や、やめろぉ！！　お、俺は剣だぞぉ！？　ほ、包丁になるなんて嫌ぁだあああ！！』

　剣に包丁になれというのは、剣ならぬ人間には考えられないような屈辱であった。例えるなら、江戸時代の武士に、百姓になれというようなものだろうか。むしろ人間から猿にされるようなものといった方がいいか。
　生きている者と正面から戦い、斬り倒し、より強くあらんとする剣としての誇り。無様にも動きもせぬ死肉や野菜を切り刻むなど、我慢できるものではなかった。

「贅沢言っちゃいけないわ。これもあなたのためよ……それにお刺身食べたいし」
『それが本音だろ！　やめろってぇぇぇ！！』

　逃げようにもセイバーは彼だけでは動けないし、魅了も憑依も、なぜか効果を発揮できない。

「このタイガー道場ではどんな力も無力！　さながらギャグマンガではどんな高い所から落っこちてもぺッタンコになるだけですんだり、爆発してもアフロになるだけですむような感じで！　あ、弟子１号、山葵とお醤油お願い」
「山葵は嫌いっす。辛いんで」
「子供ねぇ」

　大河は磯の香りのするマグロを肩に担ぎながら、セイバーへと近づいていく。

『いやだぁぁぁ！！　生臭い匂いのする、斬ったら吹き出す血さえ通ってねえ、冷たく固い死んだ魚なんざ、斬りたくねえええええ！！』
「大丈夫、優しくしてあげるから♪」

　そして大河の開いた手が、セイバーの柄へと伸ばされた。
　セイバーは絶叫する。

『俺の側に近寄るなああああああぁぁぁ！！』

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『ハッ！！』

　セイバーが覚醒すると、そこは士郎の手の中だった。大河の手からは離れており、どうやら自分が手渡されたらしいことを理解した。

「どうしたんだ？　妙に静かだな」
『………た、助かった』
「何がさ」
『な、何を言っているのかわからねえと思うが……いや、やっぱいい、思い出したくもねえ』

　セイバーは疲労と安堵を滲ませた念話を送った。

「ちゃんとしまっときなさいよー。こんな危ないもの、持っててもいいことないんだから。持つなら私みたいに竹刀にしときなさい」

　そう言って、大河は愛用の虎竹刀を手に取り振り回す。それに対してセイバーはまたむかっ腹をたてる。鈍器にさえならない玩具の方が、自分より上だと言われたのだ。
　とはいえ、直接的に手出しはできないことがわかったので、間接的に口出しすることにした。

「『そんな斬れもしないもの持ってて、なんになるってんだ。そんなの武器にもならねえ』」

　士郎の身体を乗っ取り、反論した。彼にしては大人しい態度だったが、表面上はともかく、大河の奇妙な特技は彼に根深い恐怖を植え付けたようだ。
　士郎はいつの間にか乗っ取られていたことに対し、表情筋を動かして慌てた顔をつくろうとしたが、今は使えなかった。

「んん〜〜〜、確かにね。でも……」

　だが大河はその物言いに怒りもせず、笑って言った。

「斬れないから……いいのよ」
「『え……？』」

　セイバーは士郎の顔に、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をつくる。その顔を見て、大河はもう一度笑うと、

「じゃあ急ぎなさいよ士郎。遅刻しないようにー」

　彼女はそう言って出て行った。

「『斬れないから……いい、だと？』」

　わけのわからん女が、わけのわからんことを……。いつもならそう切り捨てたであろう。だがセイバーは、自分に得体の知れない恐怖を与えた、彼女の言葉を無視できず、彼の記憶に深く残った。

　　　―――――――――――――――――――――――



（『今ここであの女が死ねば……あいつに刻まれた恐怖は、永遠に克服できなくなる……！』）

　セイバーは回想を終え、奥歯を噛み締める。

「『お前の体は、これから戦ううえで大事なものだ。こんなとこでキズモノにするわけにはいかねえ』」
「セイバー！！」

　令呪も使いかねない剣幕で、士郎が叫ぶ。

「『落ち着け。何もあの女を犠牲にしろと言ってるんじゃあねえ』」
「……どういう意味だ？」
「『もう説明している時間はねえ。いいから、俺に体を任せろ』」
「ううっ」

　そうしている間に、ついにアーチャーが、最後の毒矢を放った。

『【万物溶かす毒矢の砲（ラット）】』

「『来たぞッ！　どうするマスター！！』」
「くっ！！」

　士郎は、

「信じたぞセイバー！！」

　セイバーに身を委ねた。セイバーは、士郎の肉体を完全に支配し、士郎の意識の介入を許す、半支配の状態よりも遥かに質の高い動きをすることができるようになった。

「『うおおおおおおおおお！！』」

　雄叫びをあげると共に、セイバーは毒矢をかわした。

「ギッ」

　そのことで不快な声を漏らしたアーチャーは、言ったとおりに大河の一部を溶かすことにした。ただし、まだ人質にできるよう、死にはしない程度に。

『脚ヲ溶カス……！』

　銃口を彼女の脚に向ける。
　そこでアーチャーに、セイバーの凶悪な眼光が向けられた。

「『ウウウウウウッッッ』」

　セイバーは、セイバー本体を握り締める右手を、手が背中につくほどに振りかぶり、

「『シャアアアアアアアアアアアッッッ！！！』」

　人間の目では捉えられぬほどの速度で、妖刀を投げ放った。腕を強く振るったために、空気が乱され大風が巻き起こるほどの勢いだった。

「ギッ！？」

　アーチャーは驚愕した。まさか人質を犠牲にするとは。仮初のマスターからの情報に寄れば、そういう真似のできる男ではないと思ったのだが。
　しかし現実に、刀が飛んでくる。縦向きに回転しながら迫る刀は、空気抵抗などの物理法則を無視した速度であった。

「『【魂刈り取る冥府の神（アヌビス）】！！』」



　セイバーが高らかにあげたその言葉が、アーチャーの聞いた最後の音であった。刀の一撃は途方も無い鋭さは、アーチャーの首を撥ねた音さえ、たたないほどのものだった。輝く鋭利な刀身は、大河の腕、胸部を通過し、アーチャーを斬った後、教室の壁に突き立った。
　刀が通りすぎてからも、しばらくアーチャーの首は体の上に乗っていたが、やがて首はズルリと落ちて、胴体を別れ別れになった。アーチャーの体が消えうせたのは、それからすぐのことだった。

「藤ねえ！！」

　士郎が大河に駆け寄って、その身を確かめる。しかし、確かに刀で切り裂かれたはずの彼女の体には、何の傷も見られなかった。

「これは……」
『これが俺の奥の手よ』

　壁に突き立ったままのセイバーが、士郎に念話を飛ばした。

『【魂刈り取る冥府の神（アヌビス）】。俺の宝具だ。どんな物質も、斬らずにすり抜けることができる。物理的にも魔術的にも、防御を無効化する斬撃よ。その女の体はすり抜けたから、何の影響もねえ』
「そうか……よかった」

　士郎は、大河の無事を確かめ終わると、セイバーに近寄り、壁から抜き取ってやった。

「ありがとうなセイバー。藤ねえを斬らないでくれて」
『はっ、この程度は朝飯前よ……？』

　自慢げに言葉を並べ立てようとしたセイバーだったが、ふとある言葉が思い浮かんだ。

（斬れないから……いいのよ）

『……斬らない？　斬れない能力？　俺が、斬れないことが……なんだって？』
「？　どうしたんだセイバー」
『いや……別に』




　衛宮士郎＆セイバー………勝利
　アーチャー………再起不能（リタイア）


【宝具】
魂刈り取る冥府の神（アヌビス）・ＥＸ　
破壊力Ｂ　スピードＢ　射程距離Ｅ　持続力Ａ　精密動作性Ｅ　成長性Ｃ
　サーヴァントそのものが対象。物質を透過することができる。よって鎧や盾による防御が無効になり、直撃をくらわないためにはかわすしかない。






　
　
　……To Be Continued

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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