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イリヤの奇妙な冒険21

   【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】


   『21:Unite――結合』



【とあるアニメ雑誌より抜粋】

 魔法少女ものといえば、ギャグにラブコメ、バトルにホラー、あらゆるジャンルを内包し、現在に至ってなお進化し続けているテーマである。
 そのテーマに、あの岸部露伴が挑戦することとなった。

 岸部露伴と魔法少女――違和感しか覚えない並びである。

 岸部露伴といえば、代表作『ピンクダークの少年』を描き、16歳でデビューして以来、独特の絵柄と迫ってくるようなスリル、魅力的でいながら実在するかのような登場人物によって人気を集めている。
 しかし彼の作風はサスペンス・ホラー……魔法少女というメルヘンチックでキュートなイメージを持つテーマとは合わないと、誰もが思うだろう。
 けれど、これは事実だ。本当に、あの岸部露伴が魔法少女を描く。

 タイトルは『ラブリー・ユカコ』。
 長い黒髪の、ちょっとヤキモチ焼きの魔法少女を主人公に、どこにでもいるような気の優しい少年を語り部に、展開していく物語。もちろん、あの岸部露伴のやることだ。ただではすむまい。
 岸部露伴から極秘に入手したメモに並ぶ文字は『一晩で手編みのセーター』『英単語カードのコーンフレーク』『内臓ブチまけてやるわッ!』……。

 実に……実に、不穏である。

 最初に断言しておこう。

 貴方の予想は――決して『当たらない』と。

   ◆

 ボボボボッ!

 地下の底、かつての間桐の蟲倉――今や何一つ物の無い、殺風景な広間おいて、アヴドゥルの『炎の探知機』が反応を示す。
 燃え盛る炎の向こうに、顔も肌も全て隠した怪人が、ライフル銃を片手に立っていた。

 ミセス・ウィンチェスター。

「ヨウコソ……イヨイヨ最終局面トイウトコロカ」

 その口調には余裕があった。戦力の質も、量も、勝っている面は無いはずなのに。

「こうして顔を合わせるのは初めてだけど……どんな奴なの?」
「飛び抜けた戦闘能力があるわけではない。だが、戦場に慣れ、基本を押さえている。銃の腕、身のこなし――超一流とまではいかないが、どの能力も一流前後まで鍛え上げられている。何よりその精神性、一度の戦いから感じ取っただけだが……」

 アヴドゥルは言葉を探し、自分の感想を話す。

「自身の命を勘定に入れていないような動きをする。防御よりも攻撃に重点を置く。自分が傷つくことを恐れない動きをする。それは、自己犠牲や勇気などではない。自分を大切にしていないのだ。かつて、自分のボスに狂信的に心酔している者たちを見てきたが、それに近い。心が歪み、虚ろを抱えた者たちに似ていた」

 DIOに忠誠を誓った者たち。かつて、アヴドゥルを『殺しかけた』、ヴァニラ・アイスのような、心に虚無を持つ者。心の隙間をDIOへの忠誠で埋め、DIOのためなら自分の命を犠牲にすることもいとわない者たち。

 彼らと同じ――悪に、魂を売った者。


 ミセス・ウィンチェスターには己の組織や上位者への、狂信的忠誠などは感じられないが、気質は近しい。心に、他者の共感を得られぬような、歪みがある。その歪みを満たすためなら、なんでもする意志がある。
 グレーフライやホル・ホースのような、金銭などへの欲望や、殺されることへの恐怖で縛られているわけではない。
 ダニエル・J・ダービーのように、己の美学を持ち、戦うことそれ自体が喜びであり目的となっている者とも違う。
 彼らはまだまともで、自分の体や命を大切にしている。一般常識で測れる相手だ。

 このミセス・ウィンチェスターのような手合いは、もっと異質である。
 他に生き方を知らないのだ。ヴァニラ・アイスやエンヤ婆、ンドゥールといった者たちが、DIOへの忠誠を示すことでしか生きられなかったように、ミセス・ウィンチェスターもまた、何か、己の歪みを満たすものがある。心に空いた穴を埋める、人生の指針がある。そして、それを変えるくらいなら、人生を終わらせた方がいいと、そう考えているのだろう。
 その己を満たす何かが、何なのかはわからないが。

「つまり、『命が惜しければ降伏しろ』は通用しないのね。ならそれでもいいわ」
「ええ、泣くまで叩きのめしてあげますわ」

 凛とルヴィアは淑女らしからぬ戦闘狂的な笑みを浮かべ、宝石を準備する。とはいえ、先陣を切るのは、イリヤと美遊だ。

「その……でも相手は人間なんだよね?」

 イリヤは、初めて『サーヴァント』ではなく『人間』を相手にすることに及び腰であった。
 彼女は優しい少女で、悪意や暴力にさらされることなく暮らしてきた小学生だ。既に死んでいる幽霊、意志疎通のできないモンスターに向けて攻撃はできても、生きている人間は、いかに悪人といえど、心情的に傷つけにくい。

《私も殺伐した戦闘なんて嫌いなんですが、まあ死なない程度にしばき倒しましょう》
「イリヤ……は、サポートしていてくれればいい。直接戦闘するのは私がやる」

 ルビーが肩の力を抜かせるためか、軽く言い、美遊が前衛を買ってでる。

「で、でも」
「そうね、美遊が攻撃して。イリヤは相手からの攻撃を、魔力砲で迎撃すること」

 凛も、イリヤに無理にやらせるより、その方がいいと指示を出す。

「で、でもそれじゃ美遊さ――ミユに負担が」
「貴方に無理に人を攻撃させる負担よりはマシ。気にしないで……それよりフォローをお願い」
「う……うん!」

 美遊に『お願い』されて、申し訳なさそうだったイリヤの表情が明るくなる。
 かくて話はまとまった。その間、ミセス・ウィンチェスターは何の行動もしなかった。

(攻撃を仕掛けてきても、応戦する体勢はとっていたが……完全に待ちの体勢か)

 スタンドを出し、ミセス・ウィンチェスターの出方をうかがっていたアヴドゥルだが、肩透かしだった。ミセス・ウィンチェスターは今回、攻撃に対しては消極的のようだ。確かに今回はアヴドゥル一人の時と違う。アヴドゥルの味方には豊富な火力が揃えられ、逆にミセス・ウィンチェスター側にはセイバーがいない。
 守りに入るのもわかる。だが、守ってばかりでも勝てない。


(凛くんが聞いたアーチャーの考察からすると、彼らは勝利を重要視していない可能性がある。とはいえ、できるならば勝ちたいだろう。なら、ただ守るだけでなく、何か攻撃手段を考えていると見た方がいい)

 セイバーの代わりになるような、何かを用意していると、アヴドゥルは見る。その眼光に油断は無かった。

「行くよ……砲射(シュート)!!」

 一発で放てる最大値の魔力を詰めた、美遊に撃てる最強の魔力砲。それが正面から放たれる。このあまりに単純な攻撃が決まるとは思っていない。これは反応を見るためのものだ。

 対して、ミセス・ウィンチェスターは何も動きはしない。身構えることも、魔術を使うこともしなかった。
 だが、魔力砲がミセス・ウィンチェスターを飲み込む直前、

「――――」

 どこからともなく、新たな人影が現れた。その人物はミセス・ウィンチェスターの前に立ちはだかると、片手を掲げた。すると、その人物の前に壁が現れる。

 バシュンッ!!

 魔力砲は容易く弾かれ、美遊の方に向かって跳ね返る。

「砲射(シュート)!」

 その魔力砲は、美遊に当たる前に、イリヤが放った魔力砲によって相殺された。
 しかし、無事にすんだ美遊の表情は、無論のことながら険しい。

「……キャスター」

 黒ずくめの怪人の前に、紫ずくめの怪人――キャスターが立つ。

「ま……来るかもとは、思ってたけどね」

 いまだに、そのマスターが誰なのかもわかっていないサーヴァント、キャスター。

(もしかしたら、ミセス・ウィンチェスターがセイバーのマスターと、キャスターのマスターを兼任していたのかしら。魔力さえあれば、複数のサーヴァントを抱え込むことも可能。普通の魔術師では、魔力供給の負荷で干からびるのがオチだけど、もともと、カードを用いて魔力消費を節約できるシステム。それに、ホムンクルスによる魔力工場を持っていたミセス・ウィンチェスターなら問題なく2体のサーヴァントを保持できる)

 凛はそんな推測をたてたが、今は意味の無い推測だ。誰がマスターであれ、キャスターをここで潰してしまえば、それですむことなのだから。

「イリヤ、美遊、貴方たちはキャスターの方をお願い。私たちがミセス・ウィンチェスターの相手をする」
「わかった!」

 生身の人間を相手にしなくていいことになり、イリヤは気が軽くなった。美遊と二人、ステッキをキャスターに向ける。

 しかしそこに、更なる敵がやってくる。


 バキャアアアアアッ!!

 壁を突き破って広間に躍り出てきたのは、首から下が金属で構成された男であった。

「えっ? 何アレ? ロボット?」

 魔術師の戦いにいきなりSF的なサイボーグ戦士が登場し、イリヤは混乱する。
 一方、美遊の方は、そのサイボーグ戦士の顔に驚いた。

「オンケル・イクス!?」

 ちょび髭の、細長い顔をした中年男。間違いなく、オンケルの顔であった。だがその眼は澱み、正気を保っているとは到底思えない。

「ドッ! ドドドドドイツのぉぉぉ! 科学力はぁぁぁ、世界ぃぃ一ぃぃぃぃ!! できんことはぁぁ、なぁぁいぃぃぃぃ!!」

 唾を飛ばしながら叫ぶと、オンケルの腹部が変形し、銃口が姿を現した。

 バババババババババッ!!

 轟音をたて、分厚い鉄板も突き破る弾丸がばら撒かれる。その数は、一分間につき600発。吸血鬼さえ殺傷可能と計算された人類の英知が、魔力を込められて撃ち放たれる。

「【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】!!」
「【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】!!」

 炎が弾丸を空中で溶かし、蒸発させる。
 糸が弾丸を反らし、弾く。

「この感触……この弾丸は、物理的な物質ではないわね」
「うむ、こいつは見た目通りの機械人間ではないな。こいつもサーヴァントなのか?」

 弾丸を防ぎながら、二人のスタンド使いは冷静に分析する。

「まさか……デミ・サーヴァント?」
「知っているの? 凛!」

 凛の呟きに、ランサーが反応する。凛は記憶を掘り返して、説明を行う。

「クラスカードの説明の時に、ついでとして教えられただけだけど、人間と英霊を、霊的に融合させる実験が行われたことがあるそうよ。この聖杯戦争時代、英霊は何百体も召喚されているし、その英霊を使って実験するのも魔術師なら当然思いつくこと……英霊と融合すれば、当然、能力は人間以上になる。理論上、魔術回路の質や量も向上する計算になる。けど、成功した例はないわ」
「人間が、格上の英霊と融合するためには、英霊側の許可が必要になるそうですわ。そんな許可をするメリットは英霊にはありませんし、令呪を使ってもさすがに無理があったそうですわ……様子を見るに、これも失敗例になるのではなくて?」

 ルヴィアの言う通り、オンケルは完全に正気ではない。強力な英霊の力に侵食されて、暴走している。

840 :イリヤの奇妙な冒険21:2016/09/15(木) 21:11:38 ID:cjwFLlSg0

「ソノトオリ、『デミ・サーヴァント』ダ。ソシテ、『失敗作』ダ。意志ノナイ黒化英霊ナラバ、人間トノ融合モ反発シナイノデハナイカト行ッタガ、反発ハシナカッタガ、精神ヲ侵食サレテシマッタヨウダ」

 親切にもミセス・ウィンチェスターが答えを教えてくれた。その口ぶりは、『失敗』し、オンケルが『犠牲』になってしまったことを愉しむような響きがあった。その様子にむかつきながらも、それ以上に、その答えに聞き捨てならないものを聞き取った凛は、口を出す。

「待ちなさい……。聖杯戦争で召喚できるサーヴァントの数は7体のはずよ。なのに、こいつが『デミ・サーヴァント』ってことは、サーヴァントが8体いるってことになるわ」

 頻発している亜種聖杯戦争では、多くても5体程度しかサーヴァントを召喚できない。容量の限界だ。本家本元の冬木の聖杯戦争でも基本7体まで。その上の8体となると、本家以上のシステムを構築していることになってしまう。
 いくらカードを使って容量を節約しているとはいえ、1体サーヴァントを増やすことなどできるのか?

「ソレハ、勝テバワカルサ……勝テバナ」
「ふぅん? じゃあ、勝つとしましょうか」

 凛は強烈な笑みを浮かべた。ルヴィアも同様だ。雌のライオンが浮かべるような、とても素敵な笑みだった。

「オンケルの方は、私が相手をするわ」
「相手は飛び道具を持っている。私も手伝った方がいいと思うが……ルヴィア君?」
「問題ありませんわ。ミセス・ウィンチェスターは任せてください」

 ランサーがデミ・サーヴァント紛いとなったオンケルの相手を買って出る。
 しかし、強力とはいえ、肉弾戦しか攻撃方法が無いランサーに、機関銃を掃射するような相手は厳しいと見たアヴドゥルが助っ人を申し出た。
 そして、ルヴィアもアヴドゥルの行動を了承する。

「私も文句はないわ。はからずも、どの組み合わせも2対1になるしね」
「数ノ暴力カ? 酷イ奴ラダ。マア構ワナイガネ」

 凛もその布陣を是とした。一方、ミセス・ウィンチェスターは多勢に無勢ながらも余裕の態度を崩さない。
 なお勝てる自信があるのか。

 はたまた、勝利など最初から求めていないのか。

(なるほど……こりゃ心が歪んでいるってアヴドゥルの評価もわかるわ。立ち位置というか、視点というか、そういったものが私たちと違う。アーチャーも言っていたけれど、危険な奴ね。足元掬われないようにしなくちゃいけないわね)

 凛は警戒を強めながら、宝石を握り、ミセス・ウィンチェスターの方へ向かい走りながら、

(つまり……足元を掬う余裕もない勢いで、徹底的にぶっ潰す!!)

 特大の魔術をぶちかました。

「Anfang(セット)――!!」
「Zeichen(サイン)――!!」

 ルヴィアも同時にだ。やはり似た者同士、考えることも同じということか。

 そして豪快な爆発が起こり、本格的な戦いの幕開けとなった。

   ◆


   ◆

「ジィィィィイクッ!! ハイルゥゥゥ!!」

 凛たちが起こした爆発を合図にしたかのように、オンケルは絶叫したと同時に、その身を赤く光り輝かせた。赤い光は地下の広間全体を照らし、消える。
 何をしたのかと訝しむアヴドゥルたちだったが、オンケルはお構いなしに走り出し、アヴドゥルに狙いをつける。間合いは詰められ、運動力学に見て、効果的とは言い難い姿勢から、手刀が繰り出された。
 しかしその攻撃に本能的な危険を感じ、アヴドゥルはスタンドを使ってガードする。

 ガギィィィィッ!!

「なっ!?」

 アヴドゥルの驚きの声が漏れる。岩をも砕く、【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】の剛腕をもってしても、オンケルの手刀の威力を殺しきれず、体勢を崩してしまったのだ。
 スタンドはスタンドでしか傷つけられないというルールのため、どれほどの力であっても【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】がダメージを負うことはないが、スタンドの防御を振り切って、本体を直接狙えるほどのパワーは脅威である。

(やはり……こいつのサーヴァントの部分は、ジョースターさんから聞いた、あの男か)

 戦友から冗談交じりに聞いた、昔話を思い返す。そのときは当時に機械化兵士が存在したなど、彼のホラではないかと半分疑っていたが。

「だとすれば……こいつの力は吸血鬼のそれをも凌駕している。ならばっ!」

 アヴドゥルはすぐさま、自分の最強の能力を発揮する。
 いかに、今のオンケルの体が鋼鉄と化していようと、【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】の炎はそれさえ溶かす。第二次世界大戦中という近代の英雄では、その神秘も弱く、物理的な防御以外に、スタンドの炎を防ぐ手段はない。

「クロス・ファイヤー――」

 得意の必殺技を繰り出そうとしたアヴドゥルだったが、

「ッ!!」

 突如、背中に氷を入れられたような、ぞっとする恐怖を覚え、思わずスタンドの蹴りで、オンケルを突き飛ばしていた。
 オンケルは衝撃で、アヴドゥルのスタンドの射程距離範囲外まで飛んでいく。その間も、爛々と輝く狂気の眼は、アヴドゥルを見つめていた。
 そして、

「シシシシシシシ」

 不明瞭な声が、オンケルの唇から漏れると同時だった。

 シュバアアアァァァァァッッ!!

 オンケルの左目――機械的なコルセットに覆われた、顔の左半分の中央にある目から、一条の光線が放たれた。
 それは、アヴドゥルの右肩を苦も無く貫通し、その威力を見せつけた。

「くっ! これは! 話ではこれは、強力とはいえ紫外線にすぎないはず……信仰の効果で、威力が上がったのか!!」

 基本的に、サーヴァントは生前より限定的な存在としてしか力を発揮できない。
 アーサー王であれば、セイバーとして召喚されれば、使えるのは剣だけで、生前使っていた槍のロンゴミニアドを使うことはできない。
 クラスという枠組みの中で、矮小化してでしか英霊を召喚するなどという離れ業はできないということだ。
 しかし、生前より強くなる場合が無いわけではない。それは信仰――多くの人々が、『あの英雄は強かったに違いない』『あの英雄はこんな武器を持っていたに違いない』と、信じることで、英霊は実際には強くなくても強くなり、史実では持っていなかった装備を手にして召喚されることがある。
 無論、逆に弱くなってしまうこともあるが、このオンケルと同化したサーヴァントの場合は、強化されているようだ。目から光線を放つという信仰が、本来以上の破壊力を持たせている。


(意表を突かれたが、今ので急所を抉られなかったのは幸運だった。近づきすぎない程度の距離から、炎で焼くとしよう)

 アヴドゥルは傷ついても冷静であった。今度こそ、オンケルを仕留めようと、包み込むように炎を放つ。
 けれど、オンケルは更にアヴドゥルを驚愕させる。

 ギャガッ!!

 強い足音を残し、オンケルが瞬間移動じみた速度で動いた。スポーツカーのトップスピードも凌駕した、音速の領域。

「がはっ!?」

 今度はアヴドゥルが突き飛ばされた。咄嗟にスタンドで防御したが、暴走するトラックでひかれるよりも強い衝撃を受け、意識が飛びそうになる。

「叫び声をあげろぉぉぉぉッ!!」

 オンケルが叫ぶ。それは失敗作と化したオンケルの意志の残り香、他者を痛めつけることを好む嗜好があげさせたものだった。
 その不愉快な声を聴きながら、今のオンケルの速度についてアヴドゥルは考える。どう考えても、急にあんな速度を出したのはおかしい。出せるのなら最初からやっているはずだ。あの速度は何かイカサマに近いものがあるに違いない。

(そうか、令呪……! デミ・サーヴァントという奴であっても、こいつもサーヴァントなら令呪による強化はできる!)

 アヴドゥルの考察は当たっていた。オンケルは、ミセス・ウィンチェスターからの令呪により強化されたのだ。パワーもスピードも、全ての能力が短時間であるが大幅に向上している。

(だが、令呪を消すことはできない。どう対抗すれば。それに、先ほどの赤い光のことも気にかかる)

 酷く不利な状況になりながらも、考えを止めず諦めようとしないアヴドゥルだったが、そこにオンケルが迫る。目的は単純、拳を叩き付けようというのだ。
 一撃で10センチもある鉄板も貫ける拳を。
 スタンドの防御さえ弾き飛ばし、アヴドゥルの胸板をぶち抜く拳を。

「汚らしいカスがぁぁっぁぁあ!!」

 オンケルの絶叫と共に、文字通りの鉄拳が放たれ、

「【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】!!」

 横合いから、ランサーのスタンドに殴り倒された。

「うげぇっ!?」
「大丈夫!?」

 ランサーの安否を問う声に、アヴドゥルは頷く。さきほど吹き飛ばされた衝撃の痺れは残っていたが、もう動くことはできる。

「そう……じゃあお願いがあるんだけど」
「何か策が?」
「ええ」
「聞かせてくれ」

 ピッタリと合った呼吸。アヴドゥルは、その受け答えに既視感を覚えた。幾度も仲間と同じようなことをしたが、苦楽を共にしてきた仲間たち同様の信頼を、出会って間もないランサーに向けている自分に、アヴドゥルは気づく。

(馬が合うということなのか……?)

 少し不思議に思えたが、アヴドゥルはそれ以上、気にすることなく、ランサーの策を聞き(スタンド使い同士であれば、スタンドを通すことで、テレパシーのように大量の情報を瞬時にやり取りできる)、そして乗った。

843 :イリヤの奇妙な冒険21:2016/09/15(木) 21:15:26 ID:cjwFLlSg0

「俺の体はァァァ!! すべての人間を越えたのだァァァァァァァァ!!」

 大声を張り上げ突進してくるオンケル。バーサーカーほど圧倒的なパワーはないが、アヴドゥルたちを殺すのには十分な力があった。イリヤたちなら上空から爆撃するだけで容易に倒せただろうが、アヴドゥルたちには別の方策が必要になる。

「来いッ!!」

 身構えるランサーがオンケルの前に立ちふさがり、

「くらえェェェェッェ!!」

 オンケルの拳に、その身を貫かれた。

「ブァカ者がァアアアアアッ!!」

 胴体を貫いたことで勝ち誇るオンケルだったが、

「ニヤリ」

 ランサーは不敵な笑みを浮かべていた。穴の開いた胴からは血の一滴も出ていない。

「ぬわにぃぃぃッ!?」

 ランサーの能力は、己を糸にすること。胴を糸に変えてほつれさせ、隙間をつくることなど、いとも容易く行える。
 オンケルが腕を抜き取ろうにも、糸に変わった胴が腕を締め付け、縛り上げて固定している。ならばと、オンケルの左目がランサーを見据える。ランサーの脳を、光線で貫くつもりだ。
 一方、ランサー本体の身体能力は低い。スタンド、【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】にしても近距離パワー型の中では比較的、破壊力の低い方だ。軍事兵器用の鋼鉄によって造られたオンケルの体を粉砕するには、何度もパンチを叩き込まねばならず、時間がかかる。
 少なくとも、光線を撃たれる前にオンケルを仕留めるのは、ランサーだけでは無理だ。ほぼ生身の頭部を狙った場合は、拳は光線に破壊されるだろう。
 だから、

「アヴドゥルお願い!」
「【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】!! クロス・ファイヤー・ハリケーン!!」

 仲間の力に頼る。今度こそ、アヴドゥル最強の必殺技が放たれた。
 だが、アヴドゥルの炎のパワーは強すぎる。オンケルとまとめて、ランサーまで殺してしまう。しかし、ランサーの表情には、恐怖も、諦めもない。
 放たれた【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】のアンク型の炎に、【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】の腕をかざし、炎へと、糸を一本伸ばした。

 ボボッ!!

 糸は、炎に触れたとたん燃え上がる。炎は糸を伝い、【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】の腕にまで燃え移る。
 否、腕は燃えているのではない。グローブのように炎をまとっているのだ。


「ッ!?」

 オンケルは愕然とする。ほとんど失われた思考能力が、その異常事態を認識した。
 鋼鉄をも溶かす炎を拳に灯しながら、ランサーには何の痛痒も見られない。
 クロス・ファイヤー・ハリケーンの炎は全て【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】の拳に吸い込まれ、燃え盛る『炎の拳』をつくりだした。

「オラァッ!!」

 アヴドゥルの炎の威力を伴った拳は、オンケルの胴体へ叩き込まれた。今度はオンケルの胴体が貫かれ、そのまま炎が鋼鉄を焼き、溶かし、上半身と下半身を切断する。
 ランサーの胴に挟み込まれていた腕が離され、オンケルの上半身は床に転がり、愕然とした表情のまま、その意識を途絶えさせた。オンケルの体は光に包まれ、チラチラと空気中に散っていく。

「消滅……どうやら勝てたようね」
「うむ」

 オンケルが消えていく。デミ・サーヴァントとなったためか、生身だったオンケルも、サーヴァントごと消滅し、死体も残ることはないようだ。
 これで、利用されて踊り続けた、哀れな愚者も最期を迎えることとなった。

(しかし……私の炎を、己の武器にするとは。あれはスタンド能力なのか?)

 アヴドゥルはただ、炎をランサーに向けて撃つように頼まれただけで、何をどうするのかは聞いていなかった。そのため、ランサーがどうやって己の身を焼くことなく、『炎の拳』をつくれたのかは、わからない。

(しかし糸のスタンドに、『他者のパワーを吸収する能力』まであるとは考えづらい)

 例外はあれど、基本的にスタンドというのは一芸特化の専門バカである。あまりかけ離れた能力を幾つも持ち合わせることは少ない。

(【エコーズ】のような例外も存在するが、彼女はサーヴァントだ。あれはおそらく、宝具の類。確か、サポートのための宝具を持っていると言っていたが)

 敵に知られないために、仲間にも話さずにいたのだろう。
 キャスター・アサシン戦では使うまでもなかった。
 バーサーカー戦では使う前に、イリヤが倒した。
 ここにきて、ついに真価を見せたのだろう。ランサーが能力を秘密にしていたことを、不快には思わない。能力がばれれば、対策を取られる。実際、アヴドゥルもやってくる刺客には悉く対策を取られ、苦労したのだ。
 その苦労をしないために、多少念入りに秘密にしていても、責めることはできない。

(ポルナレフも、剣先を飛ばす技を奥の手として秘密にしていたっけな……。さて……それはそうと)

 オンケルを倒したアヴドゥルは、いまだ戦闘途中の凛とルヴィア、ミセス・ウィンチェスターの方へと目を向けた。

   ◆


 他の戦闘に目を向けるが、凛とルヴィア、ランサーとアヴドゥル、共にまだ決着はついておらず、援助は望めない。
 やはり自力で道を切り開くしかない。

(一つ、思いつくものはある)

 そのために、

「イリヤ、カードを貸して」
「え? い、いいけど、これそんなに強くないんじゃ……」
「やってみたいことがある。それと時間を稼いでくれる? 一分と少しくらい」
「わかったよ! でも早くお願いね!」

 二つ返事で了承するイリヤ、自分への信頼を感じ、照れくさくなる美遊であったが、喜びを味わっている余裕はない。
 キャスターへ単身ステッキを振るうイリヤの後ろ姿を見送り、美遊は早速、行動を開始する。

「英霊には――英霊」

 美遊はクラスカードを床に置き、

「――告げる!」

 詠唱を開始した。

「汝の身は我に! 汝の剣は我が手に!」

 カードが光り輝き、魔法陣が生まれ、サファイアの魔力が注ぎ込まれる。

「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 その行動を危険と見たか、キャスターはイリヤから狙いを変え、美遊に向けて魔術を放つ。

「させない!」

 イリヤは美遊とキャスターの間に割り込み、魔術防御を最大にする。魔術の矛と盾がぶつかり合うが、しかしやはりキャスターの方が強い。矛は盾に罅を入れ、漏れ出た熱が、イリヤの肌を焼く。

「くっ、くううううっ!!」

 だが、イリヤはそれを耐える。背後の美遊を、友達を護るために。お願いを、叶えるために。

(イリヤ――っく、早くっ!)

 イリヤの痛みを自分の痛みのように思いながら、美遊は必死で詠唱を急ぐ。

「誓いを此処に! 我は常世総ての善と成る者! 我は常世総ての悪を敷く者! 汝三大の言霊を纏う七天! 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 そして、詠唱は完成する。


「『夢幻召喚(インストール)』!!」

 高らかな締めくくりの言葉とともに、美遊の狙いが達成され、

 パキィィッ!!

「きゃあっ!」

 同時に、魔術防御が砕け、イリヤが吹き飛ばされた。

「――ッ!!」

 そして、神代の魔術が、盾を失った美遊へと牙を剥く。
 それはまさに、鉄の盾をも貫く、光の矛。ましてや少女の柔肌など。

 ゾグゥッ!!

 簡単に、ブチ抜いた。

「ミ、ミユゥ〜〜〜〜〜ッ!!」

 イリヤの目から涙が零れ堕ちる。その顔はショックに歪む。
 だがその目の前の光景は変わらない。心臓を貫かれ、鮮血を飛び散らせた、美遊の惨状は。

「ハハッ!」

 思わず、という風に、キャスターが笑い声をあげた。人を嘲り、見下す、邪悪な笑い声。その声を聴き、イリヤの胸の奥から、憤怒と殺意がこみ上げ、爆発しそうになった瞬間、

 ギュオンッ!

 心臓を貫かれた美遊の姿が、消失した。

「「!?」」

 イリヤもキャスターも驚き、混乱する。その混乱の中、

 ドズッ!!

 キャスターの胸に、一本の短剣が突き刺さった。

「カハッ!?」

 その短剣の名称はダーク。暗殺用に、闇夜で見えづらいよう、黒く塗られている。
 そしてそれを投げた者は、

「ミユっ!!」

 身にまとうは、飾り気のない黒衣。頭にかぶった頭巾には髑髏を模した白仮面。

 今の美遊は紛れもなく、英雄と化していた。『アサシン』ハサン・ザッバーハの内の一人――『百の貌』のハサン。

 キャスターは今、十人の美遊に取り囲まれていた。


「っ!」

 キャスターは魔術をばら撒くが、美遊の敏捷性は向上している。狙いの甘い爆撃など、かすりもしない。そして、十の方向から、ダガ―の雨が降り注ぐ。
 並みのサーヴァントであれば詰み(チェックメイト)であったが、キャスターは並みではない。まだ、回避の手段はあった。百の刃が突き刺さる直前、キャスターの姿が消える。

 魔法に近い大魔術。空間転移である。

 だが、二十に増えた眼からは、瞬間移動をもってしても逃げきれない。十人の美遊は即座に広間の全てを見回し、

「イリヤ! あそこっ!」

 美遊の一人が、天井の右隅を指差した。

「ルビー」
《ガッテンですよ!》

 戦友の期待に応え、イリヤは張り切って全力の魔力砲を撃ち放つ。

「砲射(シュート)ッ!!」

 転移したばかりのキャスターは続けて転移する余裕はない。

 ズォォォォォンッ!!

 爆発が起こり、キャスターを飲み込む。一瞬の間を置き、紫の人影が力なく落下する。
 ドスンと床に叩き付けられ、キャスターの衣服の端が光の粒子となって分解していく。

「これで……6体」
《デミ・サーヴァントも倒したようですし、残ったのはランサーさんだけ。聖杯戦争は我らの勝利ってことですねー》

 話の通りなら、何でも願いを叶えるマジックアイテムが手に入るという。大変な戦いの連続で考える余裕もなかったが、実際願いを叶えられるならどうしようかと、イリヤは頭を悩ませる。

(願いかぁ。そういえば、ルビーに会う前には、魔法を使えたらって思っていたけど、実際使ってみたら、思っていたのとかなり違うしなぁ……)

 あの日、お風呂の中で願っていたこと。
 空飛ぶ魔法。宿題を片付ける魔法。事故を解決する魔法。それに――

(こ、こ、恋の魔法、とか……いやそれは流石に……!!)

 考えていて、ついつい顔を真っ赤にしてしまうイリヤ。
 そうしているうちに、キャスターを包む光がひときわ強くなり、眩しく輝く。その光が消えた後に、カードが残るのを今まで見てきたイリヤは、今回もそうなると思っていた。
 だけど、今回は少し違った。

「……えっ」

 光が消えた後、確かにキャスターは消えていた。
 カードも、残されていた。

 だが、残されていたのはそれだけではなかった。

「くっ……痛……やってくれるじゃない」

 そうして、軋む体に鞭打って起き上がったのは、一人の女性。
 光が消え、キャスターが消え、そして彼女が残された。
 その手にはキャスターのクラスカード。
 身にまとうメイド服の胸部は小さな破れがあり、赤く染まっている。しかし深い傷ではないようだ。

「貴女は……そんな」
《セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア……!》

 キャスターを『夢幻召喚(インストール)』していた魔術師は、憎々し気にイリヤを睨んでいた。死の沼のようにドロドロとした視線。粘つく呪いの声。

「まったく……お嬢ちゃん……貴方だけはどうしても、生まれてきたことを後悔するような目に合わせないと、気が済まないわね」

 その殺意にさらされ。その悪意を浴びせられ。
 今まで、セレニケより遥かに強いサーヴァントと戦ってきたけれど、それでもイリヤは、セレニケこそが、最も怖いと思えた。


   ◆


【CLASS】キャスター
【マスター】?
【真名】?
【性別】女性
【属性】中立・悪
【ステータス】筋力E 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具C
【クラス別能力】
  • 陣地作成:A
 魔術師として、有利な陣地を作り上げる。
 神代の魔女である彼女は、『工房』を上回る『神殿』を形成することが可能。

  • 道具作成:A
 魔力を帯びた器具を作成できる。
 疑似的ながら不死の薬さえ作り上げられる。

【保有スキル】
  • 高速神言:A
 呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。
 大魔術であろうとも一工程(シングルアクション)で起動させられる。
 神代の言葉なので、現代人には発音できない。

  • 金羊の皮:EX
 竜を召喚できるとされるが、キャスターには幻獣召喚能力はないのでこの用途では使用不能。

【宝具】
◆破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)
ランク:C 種別:対魔術宝具 レンジ:1 最大補足:1人

 あらゆる魔術を破戒する短刀。
 魔力で強化された物体、契約で繋がった関係、魔力によって生み出された生命を『作られる前』の状態に戻す究極の対魔術宝具。
 裏切りの魔女の神性を具現化させた魔術兵装。
 その外見通り攻撃力は微弱で、ナイフ程度の殺傷力しか持たない。



 ……To Be Continued
2016年09月16日(金) 11:44:28 Modified by ID:nVSnsjwXdg




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