「Jの時代」Part2

2007/3/24放送「Jの時代」Part2


出演:鈴木謙介、柳瀬博一、仲俣暁生、佐々木敦、津田大介、森山裕之、高原基彰(ゲスト)

※以下の発言まとめは、正確な番組での発言とは異なる場合があります。

MP3その2


鈴木:今夜はJの時代がテーマですが、さっきの話はマスメディア的、広告代理店的だったJ-POPが広まって意味が拡散していったという話。

メール:日本をアピールすることに躍起になった時代だったと思います。戦後の復興から時が経ちアイデンティティに目覚め、英名であるJAPANの頭文字Jを何にでも使おうという広告代理店やコピーライターの思惑に音楽、ファッション、アニメが追いついてきた。X JAPANとか。

鈴木:X JAPANがXだったことを、メールの方、18歳だと知らないかもしれないですね。海外進出のため名前変えなきゃいけなかったんですね。

佐々木:Xってバンドがアメリカにいたからね。

鈴木:LAにいたんですね。なので、カブリをさけるために。背景には世界進出ってのがあったわけじゃないですか。世界に向き合うときに出てくるJ。

メール:Jには日本人らしさもアイデンティティも感じない。多くは欧米文化の模倣で「日本人がやってるよ」という申し訳程度にJと付けてる。最近のマスメディアは意図的に外国の文化から距離を置いてる気がします。その網をかいくぐって海外に精通してる人は尊敬しますね、このJの時代にどこで情報を仕入れているのか。

メール:Life公式サイトからリンクしている、浅田彰さんの文章「J回帰の行方」読みました。浅田さんは「日本文化の表層的回帰」と批判してますが、00年代を生きる18歳の私には、現在の日本のサブカルチャーの発展に違和感どころか居心地のよさを感じます。そもそも日本伝統の深層部分における文化の開花なんてありえるのでしょうか。文化ってもっと流動的なもので、サブカルが隆盛で、伝統的なものが細々という状況は自然に感じます。Jって言葉も過去の遺物。

鈴木:浅田さんの文章は批評空間のウェブに載ってた文章かな。「QUICK JAPAN」は日本的なもの追っかけてきたと思いますが、

森山さんどうですか?

森山:個人的に、地方の高校生やってると、カッコいい音楽として日本の音楽聴いてるなんて言えなかった。そんな時代だった。大学出てきたころとか。洋楽ッス、みたいな。

佐々木:なんで「ッス」なの(笑)?

鈴木:誰に言ってるんだよそれ(笑)。

森山:いやそういう感じだったけど、90年代半ばからJ−POPというか日本語の曲聴くのが「アリ」になってきた。そういう音楽や、J−WAVEが出てきたってこともあるし。まず、佐々木さんがね、あの佐々木さんが「J-POP批評」やるなんて思わなかったし。

佐々木:ホントそうですよね。確かにね。

鈴木:自分で言わないで(笑)。

森山:だって音響系とかの紹介者だったわけだから。これ象徴的だと思うし。J−WAVEで日本語の曲かかったのも。

鈴木:そう。僕もそれ象徴的だった。

森山:個人的にはそんなところです。

鈴木:日本語の曲が「アリ」になっていった流れがあること、どういうふうに理解したらいいのかってあると思うんですよ。音楽好きの観点からすると「洋楽がデフォルト」だったところに、「邦楽が入ってきた」ってイメージだけど、むしろ、90年代以降洋楽のヒットって増えてません?

津田:そうでもないかな。

鈴木:リバイバルものばかりかな。

津田:タワーレコード・HMVはもともと輸入CDショップだから、全体に占める売り上げも洋楽の方が多かった、洋楽求める人が買いに行ってたから。ところが「渋谷のタワー・HMVで買うことがオシャレ」になって、体験化することによって、渋谷に行ってレコードを買うというレジャーになった。街の新星堂でも買えるサザン、ユーミンを買う。90年代の半ばぐらい。

森山:渋谷系が大きいですね。

鈴木:渋谷系ってのがまさにオシャレな邦楽っていう。

佐々木:「洋楽的な教養がバックグラウンドにあるようなオシャレな日本の音楽」ってのが渋谷系だったわけで。

森山:日本の音楽聴いてるほうが、「逆にアリ」になったわけですよ。ホントに。

佐々木:これ今日絶対言おうと思ってきたんですけど。

鈴木:どうぞどうぞ。

佐々木:洋楽時代から邦楽時代へ重心の変化が90年代にあったといわれてますけど、よく考えたらね、戦後の日本の音楽産業で洋楽がヘゲモニー取ったことはそんなになかったんですよ。せいぜい80年代に洋楽的モードがトレンドセッターの人たちやそういう

ものに敏感な若者たちにとって表層的に飛びつきやすかっただけで。戦後間もない頃には洋楽がいっぱい入ってきて、日本のポピュラーミュージックが進化するってのはあったんだけれど。その後はむしろずーっと歌謡曲の時代なんですよ。

仲俣:そうそう。

佐々木:80年代に、一瞬洋楽的なものがあって、90年代になってそれが戻ったという認識のほうが正しいんじゃないか。1回洋楽が流行った時代があったことのほうが特殊だったというイメージがあって。「洋楽がデフォルト」の真逆っていう。

鈴木:分かります分かります。分かるんだけれど、その10年だか20年だか洋楽がエラい時期に、日本の歌謡曲が洋楽の影響を受けたり引用したりしても、ジャンルとしては歌謡曲だった。ロック、ミクスチャー、ヒップホップ―――いまバックでは日本のヒップホップ・クラッシックをかけてるんですけど―――ヒップホップってアメリカの音楽以外の何物でもないし、英語表現以外の何物でもないわけだけど、これを日本語としてやっていくときに「日本語ラップ」というものにこだわった人たち―――いま30代後半とか40代すぎのオリジネーターたち―――が出てきたわけで。すごく興味深いのは、「BLAST」っていう、前身の「FRONT」から数えて10数年やってるヒップホップの雑誌が休刊になってしまうんですけど。

佐々木:ああ、そうなの?

鈴木:ええ。最後に編集長の伊藤さんが「『BLAST』は海外のヒップホップも日本のヒップホップも対等に紹介してきたわけだけど、気がついたら、洋楽の元ネタ知らずに日本のヒップホップだけ聴いてても自足できる状態になって、ある種自分たちの存在意義が変わってきたのかもしれない」というようなこと書かれてて。

佐々木:あー役割を終えたみたいな。

鈴木:終えたっていうのかどうか分かんないけど。

佐々木:一区切り。

鈴木:この辺ってすごく複雑な自意識があった気がするんですよ。

佐々木:そうだね。

鈴木:Jって言う言い方したときに、先週のテーマ「教養」もそうだけど、「日本人のベタなモノとは違う、洋楽に近い、でも日本へのこだわりもある」みたいなどっちやねんというハザマのところでやってきたから、大衆歌謡にすりよったJラップっていうのは、アンチJラップってディスられてきたし。そのなかで「ホンモノ」みたいな、何が「ホンモノ」か全然分かんないけど、「ホンモノ」性を保たなきゃいけなくなった。こういうアンビバレンツな感じって西洋の音楽を真似してるかぎり起こるわけじゃないですか。

佐々木:そうだね。

鈴木:っていう話をしたときに、高原さん、僕が聞きたかったのは―――いやその自意識って僕が作り手として日本語でやっていくときに昔はすごく悩んだことで。もっと昔、日本語ロック論争っていうんですか、日本語でロックやるなんてダサい、今だと日本語でラップやるなんてダサいっていう人たちがいて、まあそんな話は常に起こってくるんですけど―――韓国のポップス状況ってのはどうなんですか?その辺のジレンマというのは。

高原:話聞いてて思ったのはいくつかあって。韓国ではK-POPってあんまり言わない。

鈴木:言わないんだ。

高原:ワリと外向けにパッケージングして言うときにはK-POPって言うけど。韓国内では普通に「歌謡」って言うんですね。

一同:ほおー。

高原:なんでかなって思って。さっきJってワリと恥ずかしかったって話ありましたけど、Jって恥ずかしいところから始まってて

それを無理にカッコよく見せるっていうガンバリがあるじゃないですか。ひとつネジれてるというか。でね僕、韓国で思うのはその恥ずかしい感じがあんまりないってこと。だからKって必要なくて普通に韓国歌謡とか韓国語ラップって言って、誰も全然恥ずかしくない。

鈴木:あーそうなんですか。

高原:そこ、根が深いな、とちょっと思ってたんですけど。でも言葉はKって言わないけど、同じような恥ずかしさはやっぱある。

鈴木:恥ずかしさっていうのは?

高原:西洋の真似してるなっていう。

鈴木:そうなんだ。僕が韓国の音楽聴いてて思うのは、日本だとどれだけアレンジをヒップホップにしてもサビはちょっと歌謡曲になっちゃうところあるじゃないですか。そういうの一切なくて、ホントにアメリカそのまんまっての多い気がする。

高原:多いですね。

津田:韓国はパンクとかロックとかの洗礼を受けずに、いきなりR&Bに行っちゃったっていう歴史があるんですよ。つまり日本ってアメリカ、イギリスのムーヴメントが日本に入ってシーンができてっていうのがあるけど、韓国の音楽業界の人に聞くと、それ

すっ飛ばしてソテジがでてきていきなりR&Bに行っちゃったから、その違いってすごくある。

高原:ソテジはホントにデカいですね。あれでダンスポップみたいのが流行って。

鈴木:それ90年代の頭ですね。ソテジが大きかったってみんな言うんだけども。何であんなにテラいなく洋楽―――俺らが「洋楽」と呼んでるもの―――を真似できて、にも関わらずそこに忸怩たる思いが出てこないんだろうってちょっと悩むんですけど。

高原:ケーブルTVが普及してて、そのままアメリカのTV観れるとか、いろいろ要因あって。

鈴木:今回、Jってどうやってしゃべろうかなって思いながら、気になってたのはそこで。先週「教養」ってテーマで「田舎で農家出身の人が西洋の教養を身につけて、江戸の町人の粋に対して、俺は洗練されてるぜ」って言おうとしたところから、教養そのものとは別に「西洋に近いとエラい」競争みたいな、でもすごく国内的な競争みたいなって話をして。すごくネジれた状況があったよねという。J−POPとかJリーグって言い方もそういうことだったと思うし。どういう風に消化していくのか、これからの人はっていう。上の世代の人は「最近の人は洋楽聴かないで、J-POP聴いてJ-POPのバンド再生産する奴が増えて島宇宙に閉じこもっててケシカラン」とか言う人がいるわけですよ、やっぱり。ケシカランとも思わないが、じゃあそれでいいのかと言われると悩ましいところもあって。どう理解したらいいのかってのがあったんですよね。その話が今日の根幹になってくると思うんですけど。ここで一曲聴いていただいた後で、じゃあ、Jってこの先どうしたらいいの?どうもしなくていいの?って話を。さっき紹介した雑誌「BLAST」最終号についてるCDから。若手ラッパー、ANARCHY、サイプレス上野、COMA-CHI、SIMON、SEEDAのマイクリレーをDABOさんが繋いでくって曲です、「未来は暗くない 〜THE NEXT」。
2007年04月11日(水) 00:24:08 Modified by ID:1N1DAc8iBA




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