ろくでなし子さんの刑事裁判に判決が下りました。
事件記録や判決文そのものが僕の手元にあるわけではなく、報道で内容を伝え聞いているだけなので、それ前提での発言になりますが、少し言いたいことを言わせて下さい。
今回裁判で問題になっていたのは、�，錣い擦鎚�公然陳列罪�△錣い擦津甜�的記録等送信頒布罪��わいせつ電磁的記録記録媒体頒布罪の三罪だそうです。法律の基本は条文からなので、まずは刑法の条文を見ましょう。
（わいせつ物頒布等）
第175条
�，錣い擦弔癖現顱⊃涓茵�電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
�⇒�償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。
この175条1項はやたらと単語が渋滞していて読みにくいのですが、ここに上に挙げた三罪全てが書いてあります。単語を拾っていくと、� 屬錣い擦弔福廖嵎�」の「公然」「陳列」�◆屬錣い擦弔福廖崚甜�的記録」の「電気通信の送信」による「頒布」��「わいせつな」「電磁的記録」の「記録媒体」の「頒布」という組み合わせができると思います。
裁判で一番の争点になったのは、この「わいせつな」という要件を満たすかどうかです。
で、この「わいせつ」という言葉のこの条文における解釈については、我々の業界では有名な最高裁判決がいくつかあります。今回の判決も、この最高裁判決の判断枠組みに乗っかったものと思われます。
ひとつ目が、「チャタレー事件」と呼ばれるもので、イギリスの『チャタレイ夫人の恋人』という小説を日本語に訳した伊藤整と、この翻訳版を出版した出版社の社長がわいせつ物の頒布罪に問われた裁判です。最高裁は、法解釈により、以下のように「わいせつ」を定義しました。
最高裁によれば、
「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する」
ものが、「わいせつ」に当たるそうです（厳密に言うと、この少し前の別の事件で最高裁はこの解釈を打ち出していましたが、チャタレー事件もこれを踏襲したということです）。結論は、有罪でした。
さてこの考え方に関しては、例えば芸術的あるいは科学的意図で性器の写真を乗っけている場合などにも、性器の写真は性器の写真なんだから「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反」してしまうのではないかという懸念・反論が当初からありました。手っ取り早く参照できる例だと、wikipediaの「陰茎」の項目には、普通にそのまんまの写真が乗っかっています。こういうものまで、処罰しなければいけないのかという問題意識です。
この問題意識を受けてか、その後、「悪徳の栄え事件」において、最高裁はもう少し詳しいことを言いました。この事件は、マルキド・サドが書いた『悪徳の栄え』を翻訳した澁澤龍彦と、翻訳版の出版社社長がやはりわいせつの罪に問われたものです。
最高裁曰く、
「芸術的・思想的価値のある文書であつても、これを猥褻性を有するものとすることはなんらさしつかえのないものと解せられる。もとより、文書がもつ芸術性・思想性が、文書の内容である性的描写による性的刺激を減少・緩和させて、刑法が処罰の対象とする程度以下に猥褻性を解消させる場合があることは考えられるが、右のような程度に猥褻性が解消されないかぎり、芸術的・思想的価値のある文書であつても、猥褻の文書としての取扱いを免れることはできない」ということであり、やはり結論は有罪でした。
他にも色々と最高裁判決はあるのですが、長くなるので割愛します。
これらの判決の考え方は、裁判実務では定式化しているとも言われており、わいせつの罪に問われた人が無罪を勝ち取るには、この「悪徳の栄え事件」の定式に則って「モノ自体に芸術的・思想的あるいは学問的価値があって、わいせつ性が解消されている」という主張をする必要があります。今回のろくでなし子さんも、「自分の作品自体に芸術的価値があって、わいせつ性はない」と主張した結果、一部無罪を勝ち取ったものと考えられます。
この裁判方針自体に文句はありませんが、筆者が言いたいのは、そもそも法律で規制されているわいせつの概念が広すぎないか、ということです。
「チャタレー事件」にしても「悪徳の栄え事件」にしても、問題になったのは小説です。それでいて、結論はいずれも有罪でした。小説が有罪なら、それよりも刺激の強い絵や、写真や、動画が無罪になる余地はないのではないか、というのが普通の感覚ではないでしょうか。そしてご承知の通り、現代日本には芸術的価値や科学的価値が一切なさそうなこの手の「エロ媒体」がいくらでも氾濫しています。小説でさえ有罪になるのだから、これらは普通に考えれば「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する」ものではないでしょうか。なぜ、これらは取り締まられないのでしょうか。
私が何年か前に現役検事に酒席でこの疑問をぶつけたことがあります。検事の答えは、「成人女性が自分の自由意思で出演したアダルトビデオが世に出ているとしても、それを起訴する価値がない（＝裁判にかける価値がない）」というものでした。要は、この世にこういうものが氾濫している以上、それを取り締まってその状態を是正する意味がない、やるとなると警察や検察にかかる手間が甚大になる、ということだと思われます。
裏を返すと、裁判にかければ有罪にできるけど、警察・検察が「空気を読んで」取り締まっていないということだと思います。これは、かなり怖い状態です。
現在の警察・検察の実務を見ていると、線引きは基本的に「男性器・女性器が直接出ているか」というところにあると思われます。性器を直接出してしまったからこそ、ろくでなし子さんも目を付けられてしまったのです。尻や乳首は出ていても、性器にモザイクさえかけておけば（有罪にはできるだろうけど）取締りの対象としない、ということでしょう。逆に言うと、警察あるいは検察が尻や乳首しか出ていないエロ漫画やエロビデオを取り締まろうと思えば、いつでもできるということです。これは、国家権力が恣意的に作家や出版社を選び出して糾弾できるということを意味します。警察・検察の「良識」に依存している今の状態は、かなり危険ではないでしょうか。この危険な状態を脱するために、早めに法律を改正して、「わいせつ」の範囲を狭める必要があるのではないでしょうか。
私は、わいせつ関連の犯罪については、「そういうものを見たくない人がそれを見ない自由」さえ保護できれば十分だと考えています。エロ本に出たい人が出たエロ本を、エロ本を読みたい人が買って一人で読んでいる時点で、誰が被害を受けているでしょうか。何の問題があるでしょうか。
渋谷のスクランブル交差点で昼間いきなり全裸で走り回ったとか、電車の中でそういう映像をスクリーンに大写しにしたとか、「見たくない人が図らずも見せられた場合」のみを犯罪とすればいいのではないでしょうか。現在の条文では「わいせつ」でさえあれば、それを見たい人に売った場合も「頒布」罪に当たることになってしまいます。ろくでなし子さんが裁判にかけられたのも、望む人に自分の女性器のデータを送信した場合だと報じられています。こういう場合まで、おせっかいで国家権力が出てくる必要はないのではないでしょうか。
ちなみに、法律がこういう状態なので、現代日本で性器を直接表現するには、度胸が必要です。逆に言うと性器の表現は、度胸さえあればできることです。創造性が、要らないのです。「性器を表現する」なんていうアイディアは、誰にでも思いつくものでしょう。それでも、周りの人が法律を気にしてあまりやらないことではあるので、思い切ってやってしまえば、ある程度の独自性は生み出せます。でも、こうやって生み出した独自性に、意味はあるでしょうか。内実が伴っているでしょうか。「誰もやらないけど、誰にでも思いつくこと」に過ぎないんですよ。
ろくでなし子さんに独自性がないと言いたいわけではありません。私が言っているのは、もっと一般的なことです。性器を表現しようと考えている方は、一度立ち止まって、本当にそれに意味があるかどうかを考えた方がいいのではないでしょうか。手っ取り早く「手抜き」の独自性を打ち出そうとしているだけではないでしょうか。権力に反発していきがっているだけではないでしょうか。
事件記録や判決文そのものが僕の手元にあるわけではなく、報道で内容を伝え聞いているだけなので、それ前提での発言になりますが、少し言いたいことを言わせて下さい。
今回裁判で問題になっていたのは、�，錣い擦鎚�公然陳列罪�△錣い擦津甜�的記録等送信頒布罪��わいせつ電磁的記録記録媒体頒布罪の三罪だそうです。法律の基本は条文からなので、まずは刑法の条文を見ましょう。
（わいせつ物頒布等）
第175条
�，錣い擦弔癖現顱⊃涓茵�電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
�⇒�償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。
この175条1項はやたらと単語が渋滞していて読みにくいのですが、ここに上に挙げた三罪全てが書いてあります。単語を拾っていくと、� 屬錣い擦弔福廖嵎�」の「公然」「陳列」�◆屬錣い擦弔福廖崚甜�的記録」の「電気通信の送信」による「頒布」��「わいせつな」「電磁的記録」の「記録媒体」の「頒布」という組み合わせができると思います。
裁判で一番の争点になったのは、この「わいせつな」という要件を満たすかどうかです。
で、この「わいせつ」という言葉のこの条文における解釈については、我々の業界では有名な最高裁判決がいくつかあります。今回の判決も、この最高裁判決の判断枠組みに乗っかったものと思われます。
ひとつ目が、「チャタレー事件」と呼ばれるもので、イギリスの『チャタレイ夫人の恋人』という小説を日本語に訳した伊藤整と、この翻訳版を出版した出版社の社長がわいせつ物の頒布罪に問われた裁判です。最高裁は、法解釈により、以下のように「わいせつ」を定義しました。
最高裁によれば、
「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する」
ものが、「わいせつ」に当たるそうです（厳密に言うと、この少し前の別の事件で最高裁はこの解釈を打ち出していましたが、チャタレー事件もこれを踏襲したということです）。結論は、有罪でした。
さてこの考え方に関しては、例えば芸術的あるいは科学的意図で性器の写真を乗っけている場合などにも、性器の写真は性器の写真なんだから「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反」してしまうのではないかという懸念・反論が当初からありました。手っ取り早く参照できる例だと、wikipediaの「陰茎」の項目には、普通にそのまんまの写真が乗っかっています。こういうものまで、処罰しなければいけないのかという問題意識です。
この問題意識を受けてか、その後、「悪徳の栄え事件」において、最高裁はもう少し詳しいことを言いました。この事件は、マルキド・サドが書いた『悪徳の栄え』を翻訳した澁澤龍彦と、翻訳版の出版社社長がやはりわいせつの罪に問われたものです。
最高裁曰く、
「芸術的・思想的価値のある文書であつても、これを猥褻性を有するものとすることはなんらさしつかえのないものと解せられる。もとより、文書がもつ芸術性・思想性が、文書の内容である性的描写による性的刺激を減少・緩和させて、刑法が処罰の対象とする程度以下に猥褻性を解消させる場合があることは考えられるが、右のような程度に猥褻性が解消されないかぎり、芸術的・思想的価値のある文書であつても、猥褻の文書としての取扱いを免れることはできない」ということであり、やはり結論は有罪でした。
他にも色々と最高裁判決はあるのですが、長くなるので割愛します。
これらの判決の考え方は、裁判実務では定式化しているとも言われており、わいせつの罪に問われた人が無罪を勝ち取るには、この「悪徳の栄え事件」の定式に則って「モノ自体に芸術的・思想的あるいは学問的価値があって、わいせつ性が解消されている」という主張をする必要があります。今回のろくでなし子さんも、「自分の作品自体に芸術的価値があって、わいせつ性はない」と主張した結果、一部無罪を勝ち取ったものと考えられます。
この裁判方針自体に文句はありませんが、筆者が言いたいのは、そもそも法律で規制されているわいせつの概念が広すぎないか、ということです。
「チャタレー事件」にしても「悪徳の栄え事件」にしても、問題になったのは小説です。それでいて、結論はいずれも有罪でした。小説が有罪なら、それよりも刺激の強い絵や、写真や、動画が無罪になる余地はないのではないか、というのが普通の感覚ではないでしょうか。そしてご承知の通り、現代日本には芸術的価値や科学的価値が一切なさそうなこの手の「エロ媒体」がいくらでも氾濫しています。小説でさえ有罪になるのだから、これらは普通に考えれば「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する」ものではないでしょうか。なぜ、これらは取り締まられないのでしょうか。
私が何年か前に現役検事に酒席でこの疑問をぶつけたことがあります。検事の答えは、「成人女性が自分の自由意思で出演したアダルトビデオが世に出ているとしても、それを起訴する価値がない（＝裁判にかける価値がない）」というものでした。要は、この世にこういうものが氾濫している以上、それを取り締まってその状態を是正する意味がない、やるとなると警察や検察にかかる手間が甚大になる、ということだと思われます。
裏を返すと、裁判にかければ有罪にできるけど、警察・検察が「空気を読んで」取り締まっていないということだと思います。これは、かなり怖い状態です。
現在の警察・検察の実務を見ていると、線引きは基本的に「男性器・女性器が直接出ているか」というところにあると思われます。性器を直接出してしまったからこそ、ろくでなし子さんも目を付けられてしまったのです。尻や乳首は出ていても、性器にモザイクさえかけておけば（有罪にはできるだろうけど）取締りの対象としない、ということでしょう。逆に言うと、警察あるいは検察が尻や乳首しか出ていないエロ漫画やエロビデオを取り締まろうと思えば、いつでもできるということです。これは、国家権力が恣意的に作家や出版社を選び出して糾弾できるということを意味します。警察・検察の「良識」に依存している今の状態は、かなり危険ではないでしょうか。この危険な状態を脱するために、早めに法律を改正して、「わいせつ」の範囲を狭める必要があるのではないでしょうか。
私は、わいせつ関連の犯罪については、「そういうものを見たくない人がそれを見ない自由」さえ保護できれば十分だと考えています。エロ本に出たい人が出たエロ本を、エロ本を読みたい人が買って一人で読んでいる時点で、誰が被害を受けているでしょうか。何の問題があるでしょうか。
渋谷のスクランブル交差点で昼間いきなり全裸で走り回ったとか、電車の中でそういう映像をスクリーンに大写しにしたとか、「見たくない人が図らずも見せられた場合」のみを犯罪とすればいいのではないでしょうか。現在の条文では「わいせつ」でさえあれば、それを見たい人に売った場合も「頒布」罪に当たることになってしまいます。ろくでなし子さんが裁判にかけられたのも、望む人に自分の女性器のデータを送信した場合だと報じられています。こういう場合まで、おせっかいで国家権力が出てくる必要はないのではないでしょうか。
ちなみに、法律がこういう状態なので、現代日本で性器を直接表現するには、度胸が必要です。逆に言うと性器の表現は、度胸さえあればできることです。創造性が、要らないのです。「性器を表現する」なんていうアイディアは、誰にでも思いつくものでしょう。それでも、周りの人が法律を気にしてあまりやらないことではあるので、思い切ってやってしまえば、ある程度の独自性は生み出せます。でも、こうやって生み出した独自性に、意味はあるでしょうか。内実が伴っているでしょうか。「誰もやらないけど、誰にでも思いつくこと」に過ぎないんですよ。
ろくでなし子さんに独自性がないと言いたいわけではありません。私が言っているのは、もっと一般的なことです。性器を表現しようと考えている方は、一度立ち止まって、本当にそれに意味があるかどうかを考えた方がいいのではないでしょうか。手っ取り早く「手抜き」の独自性を打ち出そうとしているだけではないでしょうか。権力に反発していきがっているだけではないでしょうか。
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