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キングダムカム・デリバランス

 ずっと気になってはいた作品だったので、ゲームカタログに追加されたのを機に手を出してみました。なおPS4版をPS5でプレイしています。
 ぱっと見の外観は、中世ヨーロッパを舞台にしたよくあるオープンワールドアクションRPGなのですが、本作の特徴は史実の15世紀ボヘミアの再現に変態的なまでにこだわったことにあるとよく言われます。外観だけが似ている作品は、Skyrimやウィッチャー3などいくらでも名前を出せるのですが、類作にあるようなファンタジー要素は一切排されており、歴史考証とリアルな15世紀ボヘミアンライフの再現にとことん力を入れた作品、という触れ込みです。その結果、本作の主人公であるヘンリーは、とても貧弱な存在になっています。鍛冶屋の一人息子(※ゲームを進めると実は背後に色々と複雑な事情があることも分かるストーリーになっていますが、ネタバレになるので詳しくは触れません)というドの付く一般人なので、字は読めませんし、弓も剣もまともに扱えません。定期的に物を食べたり睡眠をとったりしないとどんどん弱っていきます。そのため本作は、ゲームに慣れてヘンリーがある程度成長するまでは非常に苦しいゲームプレイを強いられます。火事場泥棒をしているチンピラとすらまともに戦えません。ヘンリーを成長させようとしても手っ取り早い手段はなく、愚直な積み重ねが必要です。金があればある程度楽はできますが、ド庶民のヘンリーにそんな金はありません。金を稼ごうにも腕っぷしも何にないので大した金は稼げません。その反面、苦しい序盤を乗り越えて中盤以降ゲームプレイが楽になってくると、序盤の苦しさに反比例するかのようにゲームが楽しくなってきます。このように、高く険しい山を、息も絶え絶えになりながら必死の思いで乗り越えた先にぶら下がっている甘い果実を賞味する形で快楽を得なければならない作品であり、クセは強いです。その快楽は、序盤に自分を苦しめてきた相手に復讐することで得られる快感であるとも言え、追放なろう系が提供するものと本質は変わらないと思われます(本作においては、十全な復讐を遂げるにはプレイヤー及び主人公の努力が必要だという違いはあります)。似ている作品は、Dragon's Dogma 2やDEATH STRANDINGです。
 この手の作品で大事なのは苦しい時期と楽しい時期のバランス調整ですが、本作は(個人個人の好みもあるとはいえ)結構絶妙だったと思います。本作は、苦しい時期が割りと長めなのですが、コンテンツも多いので楽しい時期も長めになっており、帳尻は合っていると思います。苦しい時期が長い割りに楽しい時期が短かったDragon's Dogma 2よりは、ちゃんとバランス調整ができていたと言えましょう。
 なお現行の最新バージョンであればバグにはほぼ出会わないと言っていいですが、Skyrimみたいな気の抜けた翻訳はちょこちょこ見るので、それが没入感を削いでくる面は否定できません。特に同じ人物を指す訳語が複数種併存していることが間々あり、結構混乱します。更に、時間制限のあるクエストも多くセーブも不自由な一方で、登場人物との何気ない会話でそういったクエストが始まってしまうことも多々あるため、もうちょっと「この会話選択肢を選ぶとこういうことが起きるよ」というのは全体的にハッキリさせてほしかったです。「どうしたんですか?」みたいな何気ない会話としか思えない会話選択肢から急にサイドクエストが始まったりすることもあるので、全く油断がなりませんでした。
 その他、何をやってもロードが長い(起動時・ファストトラベル時・セーブ時・時間経過のための待機時)とか、全体マップを開いたときのポインタが細い白線の小さな×印で非常に見失いやすいとか、商人に大量に物を売るときや馬の鞍に物を移す時にひとつひとつ選択していかなければならないので面倒くさいとか、売ってはいけない物をロックする機能がないとか、商人との価格交渉が破談するとまたイチからひとつひとつ売る物を選択していかなければならず二度手間になっているとか、細かい不満点は色々あります。でもこのあたりは本作のリアルな不便さの範疇に何となく入れてしまうことができるので、結果それなりに許せてしまうのが不思議です。ロードの長さもUIの不便さも「不便なゲームなんだからこんなもんだろ」と思えてしまうのです。狙ってやってるんだとしたら巧い小技だとは思いますが、消費者はそこに誤魔化されすぎてもいけないと思います。良くない部分ははっきり良くないと言ってやるべきでしょう。
 また、メインストーリーは非常に中途半端なところで終わります。続きは続編をやらないと分かりません。この点がさほど周知されていないのもあんまり健全な状態ではないと言わざるを得ないでしょう。

 さて本稿を読むと、本作において追及されたリアルさは復讐期の快楽を享受するための(舞台装置としての)フリに過ぎず、リアルさそれ自体に意味はないのかと思われるかもしれませんが、その通りです。艱難期を乗り越えた先に快楽が待っているというタイプの作品においては、艱難期を演出するための手段は何もリアルさだけに限られません。Dragon's Dogma 2やSEKIROみたいに極端に難しくするというのも一つの手法であり、いずれもリアルではないファンタジー作品でもできることです。現に両作とも、昔っぽい雰囲気の舞台設定にファンタジー要素が混入した作品になっています。
 では艱難期の演出という部分を一切取っ払ったリアルさ(15世紀ボヘミアに暮らしていた庶民の生活再現の忠実さ)それのみに、プレイヤーにとっての独自のポジティブ要素があるのかというと、私はほとんどないと思います。15世紀ボヘミアに詳しい有識者なら色々と感動できる部分もあるのでしょうが、そんな人は(本作の舞台であり開発会社が居を構えるチェコ本国でも)少数派だと思います。本作にあるようなゲーム性やドラマ性をすっぱり取り除いたただの「15世紀ボヘミア暮らしシミュレーター」というゲームが商売として成り立つほどの人口規模で存在しているとは思えません。
 何が言いたいかと言うと、「リアルさ」はゲーム制作においてはポジティブに語られることの多い要素ですが、実はそんなことはないよということです。本作ですらリアルでない部分はたくさんあります。そもそも死んでもセーブポイントからやり直せるのは全くリアルではありません。現実世界では一度しくじったらそれで終わりです。現実では5分しか経過していないのにゲーム内では1時間経ってしまいます。字もちょっとしたサイドクエストをこなすだけですぐに読めるようになります。睡眠や食事は定期的にとる必要がありますが、トイレには一切行かなくても大丈夫です。剣も訓練に付き合ってくれる隊長を適当に小突いているだけでどんどん上達していきます。飲むだけでスリやピッキングが巧くなる薬なんてアイテムもあります。このように、「リアル」を売りにしている本作においてすら、あくまでゲームであるということを踏まえたうえで、「リアル」そのものをそのゲーム性に合わせて色々と改変しているということなのです。「リアル」をお題目のように唱えているだけであれば思考を放棄できるので楽なのですが、現実世界の様々な要素をどこまでゲームに落とし込むか、そして改変する場合にそれをどのように改変すべきかは、ひとつひとつ懇切丁寧に考えていかなければならないということです。そして、その落とし込みや改変の具体的な中身も、作品ごとにそのゲーム性に合わせて調整する必要があるのも悩ましいところです。前述のように本作ではトイレに行く必要はありませんが、主人公の直腸や膀胱の残容量を気に留めなければならないゲームもあるのです(私が思い出せるのは、「ザンキゼロ」という作品です)。
 結論、ゲーム作りは難しいということです。
 逆に言うと、「リアル」のみを金科玉条のように喧伝しているゲームがあれば、そのクオリティは疑ってかかった方がいいかもしれません。本作も、その良さはリアルさそのものよりも艱難辛苦を乗り越えた後の甘い水にあるので、若干羊頭狗肉のきらいはあります。開発者たち本人よりも本作を紹介するメディアや配信者の声の方が(少なくとも日本では)大きいので、同情すべき部分もありますが。

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