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ハサミ男

 完全にネタバレをします。ミステリーなので、本稿を読むのは作品の読了後をお勧めします。


















 本作もメフィスト賞受賞作です。どんでん返しの作品であるという評判を仕入れたので読んでみました。
 主人公は、タイトルにもなっているハサミ男です。ハサミ男は、少女を殺して首に研いだハサミを突き立てるという犯行を、これまで2件繰り返した猟奇殺人犯です。そんな彼が3人目のターゲットに狙いを定め、入念に下調べをしている最中に、ターゲットの少女が模倣犯に類似の犯行態様で殺されてしまうという事件が発生します。遺体の発見者として警察から事情聴取も受けたハサミ男は、事件のことを調べ始めます。
 冒頭のあらすじはこんなところです。大オチをばらすと、まず模倣犯の正体は作中にもハサミ男とは別の探偵役として登場する警察関係者でした。よくよく考えれば、ハサミ男の犯行態様を模倣できるのはその詳細な情報を得られる立場の人間になるので、若干予想がつくオチではあります。とはいえ真犯人のことを疑い出した他の警察官たちがバレないように(=警察の日常業務のように)真犯人に探りを入れる描写が伏線として描かれており、そこは素直に感心できます。ただ、若干「伏線のための伏線」に堕している感は否めません。あくまで警察の日常業務の描写でしかないので、その描写それ自体が文章としておもしろいかと聞かれると、手放しで肯定はできません。
 さて本作にはもうひとつ大きな仕掛けが入っています。タイトルがすでにミスリードになっているのですが、実はハサミ男の正体は安永知夏という女性だったのです。第三被害者の遺体発見者は男性と女性の2人存在しているのですが、男性側がハサミ男であるかのようにミスリードする描写が入れられています。ハサミ男は、女性の方なのです。真ハサミ男視点のシーンも、男性とも女性とも解釈できるような表現しかされていません(例えば、一人称は「わたし」になっています)。ただ、性別を勘違いさせる叙述トリックは、もう悪い意味で古典的というレベルになっているので、さほどの驚きはありませんでした。安永知夏が真ハサミ男であることを隠した状態で、安永知夏視点で描いたシーンをちょいちょい入れ込んでおいたなら、もうちょっとネタバラシの際の衝撃が増したのではないかと思います。これがあれば、「ハサミ男は女だったのか!」という衝撃の他に、「(あのシーンに出てきた)安永知夏がハサミ男だったのか!」という衝撃も加わるからです。
 なお安永知夏は乖離性人格障害であるかのような描写が多々挟まれており、別の人格であると思われる「医師」との会話シーンが頻繁にあります。また安永知夏には自殺願望もあり、毎週土曜日に色々な手段で自殺を試みるも失敗する、という描写も頻繁に入ってきます。ただ、シリアルキラーという「おかしな人」の描写としては少々記号的な感は否めず、乖離性人格障害や自殺願望がどうしてハサミ男としての凶行につながるのかはいまいちピンと来ません。全体的な人物描写としてのリアリティとまでは言いませんが、説得力は欲しかったです。
 まあ1999年の作品に2025年から文句を言うのも卑怯ではあります。当時としては新鮮味のあるものだったのかもしれませんが、「2025年に本作が出たとするとこんな感想でもしょうがないな」ぐらいに思ってください。

余談
 作者の「殊能将之」というペンネームは"mercy snow"をもじったものらしく、「殊能」という名字も実在はしません。両方音読みであるだけに、残念でした。

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