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食2 見栄えだけの食べ物
食2 見栄えだけの食べ物
世界にある種々の食べ物にひとつひとつ点数をつけていくとしたら、その考慮要素は何になるであろうか。味・香り・見た目・価格の4つは確実に入ってくるであろう。
ここにもうひとつ、私は面倒くささという評価基準を付け加えたい。
色々な機会に言っているが、私の弟はフルーツをほとんど食べない。彼が食べるフルーツは、リンゴと、パイナップルと、デラウェアという小さなブドウの3種類だけである。他のフルーツは、食わず嫌いというわけでもなく、ほとんどは食べた経験を踏まえたうえで味や香りが苦手だと言っている。デラウェアは食べるくせに、巨峰もシャインマスカットも嫌いである。
他方で私は、フルーツに嫌いなものはほとんどない。弟が食べられるフルーツと、そうでないフルーツの味や香りの違いもよく分からない。でも、弟が食べるデラウェアは食べない。味や香りが嫌いなわけではない。面倒くさいから食べないのである。デラウェアは、シャインマスカットと違って皮ごと食べることができない。そのくせ巨峰と比べれば1粒1粒が小さいので、皮を剥くのが面倒であり、剥いた後の(1粒あたりの)成果も小さい。手で皮を剥くのは難しいで口に粒を当てて中の実を吸い出すような形で皮を剥くことになるが、黒い粒のようなカスが度々口に入ってきて鬱陶しい。すなわち、味や香りによる加点が他のフルーツと同程度であるにもかかわらず、面倒くささによる減点が大きいので、水準を下回る点数になってしまうのである。だから私は、デラウェアを食べない。ここまで面倒くささによる減点が大きいフルーツも珍しい。イチゴのヘタをとるのもなかなか面倒くさいが、デラウェアほどではない。リンゴや柿の皮はそのまま食べられるのでさほど問題にならない。バナナの皮は食べられないが、剥くのが容易である。どれも面倒くささによる減点は0ではないが、デラウェアほどではない。
面倒くささによる減点は、どうも他の加点・減点要素より見過ごされているような気がしてならない。例えば、私はカニも食べない。ただこれはカニが面倒くさいからではなく、私がカニ嫌いだからである。アレルギーということでもなく、単純に甲殻類の匂いが嫌いなのである。ゆえにカニは例として適切ではない。
ではケンタッキーのフライドチキンならどうであろうか。私は、あれも面倒くさくて嫌である。自分の口を使って骨から身を剥がさなければ綺麗にしゃぶり尽くせないのが、歯痒いことこの上ない。その過程で指や口まわりは油まみれになる。私は、ケンタッキーで取り扱っている全てのチキンをファミチキみたいな骨なしのものにして欲しいと切に願っている。ケンタッキーの味や香りは好きだからである。ケンタッキーだって骨なしチキンを取り扱っているのであるから、できないことはないはずである。たまに「骨まわりの肉がうまい」という反論を聞くことがあるが、私はハッキリとした味の違いを感じられたことはない。そんなことよりも、面倒くささによる減点の方が大きい。だから、「ケンタッキーは骨付きだからこそいいんだ」という主張が理解できない。
もう一つ例を挙げるとすればペスカトーレであろうか。ペスカトーレにはエビやムール貝が殻ごと丸のまま入っているが、トマトソースで汚れたアレを解体しながら食べるのはかなり面倒なはずである。最初から分解しておいてくれた方が、麺と一緒に食べるのも容易になってよっぽどいいのにと切に思う。まあ私にとってはエビも二枚貝も苦手寄りの食材であるため、そもそもペスカトーレは注文しないと思う。ゆえに、これもあまり適切な例ではない。
面倒くささによる減点は、もっと市民権を得ていいはずである。プロでもなければ、マグロ丸々一尾や豚丸々一頭をもらったって嬉しくはないであろう。それは、食べるまでの面倒くささによる減点が大きいからである。逆に言うと、面倒くささが減ぜられた状態であれば、すなわち切り身やブロック肉になっている状態であれば嬉しいはずである。それは、面倒くささによる減点がほぼ0に近くなっているからである。すなわち、私も皮を剥かれた状態で出されたデラウェアであれば食べる。これを言うと鬼の首を取ったように「あんたが物ぐさなだけじゃないの」と反論していくる輩がいるが、論理的に考えるとそうなるというだけである。別に私はデラウェアの皮を剥いてくれとは言っていない。自分で皮を剥かれていないデラウェアを買ったり食べたりはしないと言っているだけである。「マグロ丸々一尾をもらっても困るけどマグロの切り身なら刺身にして食べる」というのと同じことである。
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ここにもうひとつ、私は面倒くささという評価基準を付け加えたい。
色々な機会に言っているが、私の弟はフルーツをほとんど食べない。彼が食べるフルーツは、リンゴと、パイナップルと、デラウェアという小さなブドウの3種類だけである。他のフルーツは、食わず嫌いというわけでもなく、ほとんどは食べた経験を踏まえたうえで味や香りが苦手だと言っている。デラウェアは食べるくせに、巨峰もシャインマスカットも嫌いである。
他方で私は、フルーツに嫌いなものはほとんどない。弟が食べられるフルーツと、そうでないフルーツの味や香りの違いもよく分からない。でも、弟が食べるデラウェアは食べない。味や香りが嫌いなわけではない。面倒くさいから食べないのである。デラウェアは、シャインマスカットと違って皮ごと食べることができない。そのくせ巨峰と比べれば1粒1粒が小さいので、皮を剥くのが面倒であり、剥いた後の(1粒あたりの)成果も小さい。手で皮を剥くのは難しいで口に粒を当てて中の実を吸い出すような形で皮を剥くことになるが、黒い粒のようなカスが度々口に入ってきて鬱陶しい。すなわち、味や香りによる加点が他のフルーツと同程度であるにもかかわらず、面倒くささによる減点が大きいので、水準を下回る点数になってしまうのである。だから私は、デラウェアを食べない。ここまで面倒くささによる減点が大きいフルーツも珍しい。イチゴのヘタをとるのもなかなか面倒くさいが、デラウェアほどではない。リンゴや柿の皮はそのまま食べられるのでさほど問題にならない。バナナの皮は食べられないが、剥くのが容易である。どれも面倒くささによる減点は0ではないが、デラウェアほどではない。
面倒くささによる減点は、どうも他の加点・減点要素より見過ごされているような気がしてならない。例えば、私はカニも食べない。ただこれはカニが面倒くさいからではなく、私がカニ嫌いだからである。アレルギーということでもなく、単純に甲殻類の匂いが嫌いなのである。ゆえにカニは例として適切ではない。
ではケンタッキーのフライドチキンならどうであろうか。私は、あれも面倒くさくて嫌である。自分の口を使って骨から身を剥がさなければ綺麗にしゃぶり尽くせないのが、歯痒いことこの上ない。その過程で指や口まわりは油まみれになる。私は、ケンタッキーで取り扱っている全てのチキンをファミチキみたいな骨なしのものにして欲しいと切に願っている。ケンタッキーの味や香りは好きだからである。ケンタッキーだって骨なしチキンを取り扱っているのであるから、できないことはないはずである。たまに「骨まわりの肉がうまい」という反論を聞くことがあるが、私はハッキリとした味の違いを感じられたことはない。そんなことよりも、面倒くささによる減点の方が大きい。だから、「ケンタッキーは骨付きだからこそいいんだ」という主張が理解できない。
もう一つ例を挙げるとすればペスカトーレであろうか。ペスカトーレにはエビやムール貝が殻ごと丸のまま入っているが、トマトソースで汚れたアレを解体しながら食べるのはかなり面倒なはずである。最初から分解しておいてくれた方が、麺と一緒に食べるのも容易になってよっぽどいいのにと切に思う。まあ私にとってはエビも二枚貝も苦手寄りの食材であるため、そもそもペスカトーレは注文しないと思う。ゆえに、これもあまり適切な例ではない。
面倒くささによる減点は、もっと市民権を得ていいはずである。プロでもなければ、マグロ丸々一尾や豚丸々一頭をもらったって嬉しくはないであろう。それは、食べるまでの面倒くささによる減点が大きいからである。逆に言うと、面倒くささが減ぜられた状態であれば、すなわち切り身やブロック肉になっている状態であれば嬉しいはずである。それは、面倒くささによる減点がほぼ0に近くなっているからである。すなわち、私も皮を剥かれた状態で出されたデラウェアであれば食べる。これを言うと鬼の首を取ったように「あんたが物ぐさなだけじゃないの」と反論していくる輩がいるが、論理的に考えるとそうなるというだけである。別に私はデラウェアの皮を剥いてくれとは言っていない。自分で皮を剥かれていないデラウェアを買ったり食べたりはしないと言っているだけである。「マグロ丸々一尾をもらっても困るけどマグロの切り身なら刺身にして食べる」というのと同じことである。
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