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世界でいちばん透きとおった物語

 完全にネタバレをします。広義のミステリーの範疇には属するので、本稿を読むのは作品の読了後をお勧めします。


















 あらすじをまず説明します。主人公かつ語り手の藤坂燈真は、宮内彰吾という大物ミステリ作家の息子ですが、宮内の不倫の末にできた子であり、父親とはほとんど没交渉でした。宮内の没後、彼が妻との間にもうけた長男・松方朋晃(燈真にとっては異母兄)から、宮内が『世界でいちばん透きとおった物語』と題する小説を書いていたようであるが、原稿がどこにも見当たらない、という連絡を受けます。燈真は、付き合いのあった編集者・深町霧子の協力も受けながら、この遺稿を探すことになります。
 さて本作では、人死には出ません。読者にページを繰らせる原動力になっているのは、宮内の遺稿がどんなものなのか、という謎です。本作で探偵役を務める深町霧子が突き止め、最後に燈真に明かした真相は、以下のようなものです。
 燈真は、子どもの頃に受けた脳手術の影響でコントラスト過敏の症状が出て、紙の本が読めなくなっていました。コントラストに過敏に反応するため、読んでいるページの裏(=次のページまたは前のページ)に印刷されている字が透けて見えることでそれに視覚が過剰に反応してしまい、無症状の人と比較すると疲労感が強くなるという仕組みらしいです。コントラスト過敏というのは、実際に存在する症状みたいです。IT音痴で未だに原稿も全て手書きしていた宮内は、どうしても紙の本で自分の作品を燈真に読んで欲しいと思っていました。彼が思い付いた解決策は、「表のページと裏のページとで字が配置される場所を全く同じにすれば、裏のページの全ての字に表のページの字が重なるので、透けて見えなくなる」というものでした。宮内が作っていたのは、そういう小説だったのです(内容は、警察官が殺人事件に挑む一般的なミステリだったようです)。
 ただ紆余曲折の末、見つかった宮内の遺稿は燃やされてしまい、内容は分からなくなってしまいました。霧子は、燈真に宮内の遺稿を見付けるまでの話を小説化するよう勧めます。そういった経緯の末に燈真が書いた小説、という体の作品が本作なのです。私は紙の本を手に入れましたが、実際に「表のページと裏のページとで字が配置される場所が全く同じ」になっています。
 これを現実化するのは、並大抵の労苦ではなかったと思います。私は、「小説が有画表現に勝てる点とは何だろうか」ということを考え続けており、叙述トリックしかという解しか今のところ見付けられていないのですが、本作は別の解を提示してくれました。そこは素直に讃えるべきだと思います。「表のページと裏のページとで字が配置される場所を全く同じにする」ということは小説でなければ現実化できません。しかも、紙の本じゃないと無理です。実際に燈真には「電子書籍なら無理なく読める」という設定があります。作中の何気ないシーンに散りばめられたこれらの伏線から宮内がやろうとしていたことを導き出す霧子の探偵パートも、見事だと思います。
 ただ本作を完成させる労力の割りに得られる感動があんまりないかなあというのはネックになるところです。これは私の無知に起因する部分ではありますが、まずコントラスト過敏というものから実際にどのような症状がどの程度生じるのかが実感を持って理解はできません。例えば本作ではダッシュの記号(―)がよく使われていますが、ダッシュはただの細い縦線なので、普通の裏の字がはみ出て見えてしまっています。そのぐらいなら気にならないということであれば、燈真の症状も大したものではないのではないかと思えてしまいます。こういった疑念を潰すためには、燈真の症状をもっと詳細にもっと色々な比喩なり具体例を持ち出して描写する必要があると思います。そういうあたりが不徹底なのです。
 また、電子書籍ではなく紙の本にこだわった宮内の心情も、イマイチ理解できません。前述の通り燈真は電子書籍なら読めるのです。なぜ紙の本にこだわったのかは、宮内がIT音痴だったというあたりから推測はできます。ただ他方で彼は、『世界でいちばん透きとおった物語』を完成させるために現代技術には頼ろうとしていた描写があるので、「ITアレルギー」というレベルにまでは達していないと思われます。だから、なんとしても紙の本として完成させ燈真に読んでもらいたかったという宮内の動機も、すとんと腑には落ちないのです。
 こういった辺りの描写をもっと膨らましてくれていたら、もっと良い作品になったと思います。
 
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