当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

作評トップ

伝染るんです。

 吉田戦車先生の作品のうち、『伝染るんです。』と『甘えんじゃねえよ』が実家の3階に隠されていた(あと『一生懸命機械』もあった気がする)。中学に上がった筆者は、いつだかその3階の一室を自分の部屋としてあてがわれていた。屋根が斜めの三角形の部屋で、夏は暑く冬は寒いという感受性の豊かな空間で、人が住むには適さなかった。家を建てた側も、ほとんど物置として想定しているようであった。その物置に、先生の作品はあった。両作品のうち『甘えんじゃねえよ』は「こんなもんか」、『一生懸命機械』は「こういう漫画もあるのだ」という感想だったが、『伝染るんです。』は衝撃的であった。筆者は、3階の自室で笑い転げていた。などといってハードルを上げたくもないのだが、とにかく当時の筆者には大いにハマった。この衝撃を誰かに伝えようと思い、2年ぐらいしてから意を決して中学に持っていってみた。しかしみな一様にピンと来ていない様子であった。これにも、衝撃を受けた。
 戦車先生の作品はよく「シュール」「不条理」と形容される。「シュール」とはどういうことかは、お笑い論 3.ツッコミ(3)シュールとスカシでも触れているので、そこを読んでみてほしいが、要は、ボケ単体でそれほど分かりやすいわけではないのに、ツッコミがないあるいは弱いままそのボケが放置されている状態である。ツッコミがないので、何がボケかは分かりにくく、お笑いに多く触れている人の方がシュールを好む傾向にある。戦車作品を楽しめた筆者にはその時点ですでにお笑いについて深い造詣があったのだと自慢したいわけではない。お笑いに多く触れている人の方がシュールを好むというのは、あくまで傾向あって、究極的なところは好みである。そして、シュールが好きな人たちというのは、どう頑張っても、少数派であることは認めざるを得ない。それがたまに悲しくもなるが、シュールを理解しないやつらが悪いのだなどと世の中のせいにしてはいけない。
 戦車先生の作品については、その後父にも協力してもらい集め続けたが、『伝染るんです。』を超えるものは未だ現れていないというのが大体の印象である(唯一、『学活!!つやつや担任』は超えかけた)。先生の作品は、4コマか、1話数ページほどの短編が多く、個別の作品について小規模なヒットはたまに見るが、全体の平均的なクオリティは『伝染るんです』が一番である。特に最近の『殴るぞ』や『スポーツポン』などは、正直言って目も当てられない部分がある。先生の特徴であったシュールがきれいに消え去っているのである。普通にツッコミが為されているような4コマも散見されるのである。というより、ボケの質が落ちている気がする。例えば、「慣用句を字面通りに解する」「既存の慣用句の対義的な慣用句を考えてみる」というスランプ気味のパターンが増えている気がするのである。もう見限ってもいいのではと思う反面、まだ期待してしまう自分がいる。父などは、単なる育児エッセイであった『まんが親』を読んで「吉田戦車も人の子か」などと嘆息していたが、筆者は育児エッセイは育児エッセイで好き(おそらく初めて読んだ育児漫画が内田春菊先生の『私たちは繁殖している』であり、これは性教育を兼ねていた)なので、あれはあれでよい。
 戦車先生の漫画の特徴は前述した通り「シュール」である。同じシュールと言われる漫画家には、他に和田ラヂヲ先生や、中川いさみ先生がいる。その後筆者は両先生の作品を読んでみたが、中川先生の『クマのプー太郎』は正直これといってハマらなかった。ラヂヲ先生の作品は、色々あるが、戦車先生よりもシュールという意味では徹底されており、ツッコミはほとんどない。戦車先生の作品の特徴は、ラヂヲ先生ほどシュールという作風が徹底されてはおらず、弱めから中程度のツッコミがたまに入ることだろう。ここが、『伝染るんです。』が少なくとも発表当初は一世を風靡した要因であると思われる。一応ツッコミはあるから、運が良ければ多数派にもウケるのである。


作評トップ

管理人/副管理人のみ編集できます