当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

 2017年12月2日放映のめちゃイケを見た。今回は2時間半スペシャルであった。「テスト」と「数取団」という往年の人気企画の2本立てある。

 テストは、回答者の天然ボケを笑う企画である。数取団も、マジでゲームをやった結果のとちりや、マジで相撲をとった結果のリアクションを笑う企画なので、笑いの核になっているのは人工ボケではなく、天然ボケである。そういう意味ではこの二企画はいずれも天然ボケに主眼を置いている。

 と、筆者は長年思っていた。

 という含みある言い方になってしまうのには、理由がある。
 めちゃイケが得意なのは「ドキュメンタリーコント」という人工ボケを天然ボケのように装うフォーマットである。そして、この番組がそのフォーマットを長年多用したせいで、実はテストにも数取団にも番組側の「細工」が入っていて、我々が天然ボケだと思って見ているものは実は天然ボケを装った人工ボケなのではないかということが疑わしくなってしまっているのである。そのため筆者も、「テスト」や「数取団」みたいなめちゃイケの看板企画ですら昔より気持ちよく笑えなくなっているというのが正直なところである。

 確たる根拠はない。ただ、数取団の後継企画であるめちゃギントンに大泉洋がゲスト出演した時にそのような「操作」をやった模様が実際にオンエアされている。大泉洋のゲスト出演回は2013年11月9日の放映だったが、この「操作」の部分がオンエアされたのはだいぶ経った2014年8月16日のことだった。それまで無敗を貫き通していた大泉を負かせて大オチにしたいという現場の空気がある中で後藤が凡ミスをしてしまうのだが、そのゲームがなかったことにされて罰ゲームも実施されず、大泉を負かせるために何事もなく次のゲームが始まったのである。
 ここは、はっきり言えばオンエアしてはいけなかったところだろう。こういうことをやっていたということは、数取団でもおもしろいお題やおもしろい凡ミスでもスタッフの入れ知恵があったのではないか、負けるべき人(=そのタイミングで負けるとおもしろい人)が負けているのも台本通りの流れなのではないかということが疑わしくなってしまったのである。
 この疑念は、筆者の中ではもう「テスト」にも及んでいる。テストの方は更に根拠が薄弱だが、作家が考えたおもしろ回答を受験者に入れ知恵していたとしてもおかしくはないと筆者は思い始めている。

 別に操作自体は筆者は悪いことだとは思っていない。それをやって番組がおもしろくなるのであれば大いにやるべきである。ただ、めちゃイケはその操作をマジで生じたもののように装って演出してきた番組なので、どうせなら最後までそれがバレないように貫き通して欲しかったと思うのである。人は成功体験を自慢したくなる生き物なので、業界を席巻しためちゃイケのやり方をめちゃイケ自身が世に喧伝したくなる気持ちは分かる。そういう操作があるということ自体もズレの一つなので、その模様をオンエアすれば一笑い生むことができるのもその通りである。でも、そこに手を出し始めたらタコが自分の足を食うようなものであって、それこそ自壊のスピードが速くなるだけなのである。

 めちゃイケが終わるのは、これらの細工や操作の存在が長年同じフォーマットを繰り返すうちに一般の視聴者にも気付かれてしまって、鼻につくようになってしまったからではなかろうか。視聴者がマジで生じた天然ボケだと思って見ていたものが、実際には練りに練られた人工ボケだということが白日の下にさらされてしまったからではなかろうか。

 というか、筆者もそのバラシに大いに加担しているのか。まあ、人は気付いたことを他人に言いたくなる生き物なのである。

 今回のオンエアの話をすると、テストはそんなに笑えなかった。順位発表が多少短縮されていたのは素直に評価できるが、テストで見られる天然ボケのパターンに新しいものがなく、食傷気味の筆者には響いてこなかった。天然ボケの人間がおもしろいのは確かであるが、各人の天然ボケにも大体の傾向とパターンがあるため、ずっと同じ人を見ていると飽きてしまう。同様に、テストの濱口や重盛の間違い方にもパターンがあるため、筆者はもう飽きている。最近だとみやぞんにも飽きてしまったし、ガキのジミーちゃんも昔ほど気持ちよくは笑えない。天然を扱うのはいいが、視聴者を飽きさせないように絶えず新しいスターを発掘していく必要がある。それは、終わりなき戦いであって、業界人が落ちる無間地獄である。

 数取団の方は普通におもしろかったが、今回主におもしろかったのは関取団との相撲だった。くっきーが関取団から桶ビンタを食らった一幕が筆者の中での白眉である。数取自体は参加者めいめいが結構勝手にやっていた印象があり、お題のジャンルがあちこちに飛んでいたため、昔の数取にあった「似たようなお題が連続していくおもしろさ」はなかった。だからこそ、今回の数取それ自体にはスタッフの操作はそんなに入っていなかったと思う。筆者としても、めいめいに勝手に数取をやらせると見ていても大しておもしろくないんだなと改めて実感できたのは収穫だった。数取団全盛期の頃から「自分たちで数取をやってもそんなにおもしろくならない」と言われていたし、筆者もそれが不思議だったが、やっぱりそういうことなんだろう。演者とスタッフが協力して、全体としておもしろくなるように意識してお題をつなげていかないと、数取それ自体がおもしろくなるもんではないんだろう。

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