当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

 2023年のM-1です。

<過去回>
2022.12.18M-1グランプリ2022
2021.12.19M-1グランプリ2021
2020.12.20M-1グランプリ2020
2019.12.22M-1グランプリ2019
2018.12.2M-1グランプリ2018
2017.12.3M-1グランプリ2017
2016.12.4M-1グランプリ2016

1.令和ロマン
 2人とも、演技力はちゃんとしています。
 そして、ツカミの後に今回のネタのメインテーマとして客席に向かって提示してきた話題の着眼点も、とても良かったのです。「漫画でよく見るベタな展開にツッコミを入れてください」という大喜利への回答としては、98点です。私も初めて気付かされたことであり、その後のネタの展開にとても興味が持てました。ただ、その後の話題の展開で出てくるボケは、大喜利の平均点としては75点前後を推移していました。冒頭でとんでもない高得点を叩き出してくれただけに、ギャップで落胆が大きくなってしまったののも勿体なかったと思います。すしざんまいの社長なんてのは、もう散々こすられているボケです。最終的には「メインテーマを思い付いたけど、残りの尺を埋められるボケ(メインテーマに匹敵するクオリティのもの)を思い付かなかったんだろうな」という印象で終わりました。メインテーマ後のボケで唯一私が感心したのは「それはあんまりおもしろくない」と高比良くるまが言い出した箇所です。これは、「天然ボケの人を演じる」という多くの漫才における大原則を敢えて壊してきたボケだったので、意表を突かれたわけです。ともすれば場を冷えさせる禁じ手なのですが、くるまの演技力があるからこそなんとかできていました。
 ちなみにツカミのクオリティも、私はメインテーマと釣り合っていないと思っています。
 そういうわけなので、今回のメインテーマは、ひとつのオチだけで笑いをとる一発ギャグ(向上委員会の閉店ギャグを思い浮かべてもらうと分かりやすいです)や4コマ漫画向きの題材だと思います。
 M-1の優勝を狙いにいく場合、当然メインテーマもおもしろいものの方がいいのですが、これと釣り合う他のボケが思い付かない場合は、そのテーマを放逐する勇気も必要だということでしょうね。

2.シシガシラ(敗者復活組)
 今の時代に敢えて脇田の風貌を存分に活かしたハゲネタをやっていました。その脇田が実はツッコミだというのが特徴的なコンビです。
 2人とも演技力がイマイチです。特にボケの浜中は、一生懸命覚えたセリフを読んでいる感が拭いきれていませんでした。「『看護婦』や『スチュワーデス』は言ったらダメだけど『ハゲ』はOK」という理不尽な言説を正しいと本気で思い込んでいる人を、演じきれていません。脇田は、甲高い声にもかかわらず可哀想な感じを出さずに漫才を進行させることはできていると思いますが、一生懸命わざと声を張っている感じが出てしまっています。もっと心の底から魂の叫びとして浜中の理不尽な主張に反駁していく感じを出さないといけません。2人の「間」もどことなくおかしいです。うまく言語化できませんが、2人とも半テンポぐらい発声が遅いと思います。そのせいで台詞を読まされている感じが増幅されています。
 「フットボールアワーのやつを丸パクリしたツカミ」と思わせてから裏切ってきたツカミは良かったですが、ハゲが受ける理不尽もこの国で散々こすられてきた話題なので、大喜利の勘所も掴めていないと思いました。特に浜中が「順位付けとかももう駄目なんですよ」と言い出した時に、私は脇田に大声で「じゃあM-1出るなよ!!」とツッコんで欲しかったのですが、それもありませんでした。
 総じて、「行けて3回戦まで」という印象の仕上がりでした。敗者復活戦を勝ち上がれたのが不思議です。敗者復活戦は見ていないので、これ以上のことは言えません。

3.さや香
 2人が大声で喧嘩をするブラマヨみたいな漫才でした。2人の演技力は去年に引き続きとてもちゃんとしていましたが、大声の多い新山が若干嘘くさく見えました。特に新山は序盤で「ブラジル人」をカンでいたので、そのせいで後半の「俺が受け入れる」と言い出したクダリもかなり嘘くさくなってしまっていました。普通の人は、そんなことは言わないからです。
 他方で、ネタそれ自体をつぶさに見てみると、大喜利力で魅せる部分はさほどありません。終盤のどんでん返しとして用意されていた「ホームステイしてくるブラジル人が実は53歳」という新事実も、「こんなホームステイは嫌だ」大喜利の回答としてみると、32点くらいしかないでしょう。
 大喜利力で魅せる漫才ではない以上、2人の掛け合いと演技のクオリティがとても大事になってくるので、そこをもっと高めていく必要があります。もっと経験を積めば落ち着きも出てくることでしょう。

4.カベポスター
 私は、去年のネタの方がおもしろかったと思います。
 学校の怪奇現象も、不倫も、ネタの題材としてかなりこすられているので、それほど新鮮味がなかったのが原因だと思います。校長と音楽の先生がピアノとブレーキランプでやり取りをしているという話も実現性が低くてとても嘘くさいですし、その時音楽の先生がピアノで鳴らしていた音が実は「ずっラブ」だというネタバラシも、全くカタルシスがありません。音と「ずっラブ」にほとんど関連性がなく、ネタバラシをされてもピンと来ないからです。
 なんというか、全体的に、「現実にそういうのが本当にいたらおもしろいだろうな」というレベルの現象しかネタに出てきていませんでした。前述した校長と音楽教諭のやりとりも、2人が書いていた絵馬も、あるいは冒頭2人が同じ車内にいる情景とかも、全部そうなのです。フィクションの作り物として出てきても、大しておもしろくないのです。特に今回のネタは冒頭に長めのフリが入るだけに、この火力のなさは致命的です。ノンフィクションではないとしても、せめて写真とか絵馬とかの現物の画が見られればもう少しおもしろいのかもしれませんが、漫才である以上それを口で説明するだけなので、最後までピンと来ないのです。
 口で説明するだけでおもしろいフィクションを考え付く力が、漫才のネタを作り上げる際に求められる大喜利力です。

 ちなみにツッコミの浜田は声が麒麟川島に似ている気がします。そのせいでかなり落ち着いて見える(聞こえる)ので、得だと思います。

5.マユリカ
 ボケの阪本は、声が小さいです。そういうキャラではあるのですが、声が小さいキャラというのは、ボリュームを抑えめにしながらもきちんとお客さんには伝わるような声を出さないといけないので、とても難しいのです。阪本の小声のせいで、何ヶ所か何を言っているのか分かりませんでした。特に後半大事になってくる「ノーシンピュア」が私にははっきり聞き取れませんでした。頭痛薬としてもそこまでメジャーじゃない気がするので、他の頭痛薬に変えるかはっきり発音するかどっちかにした方がいいです。
 ちなみに阪本は他の芝居もあんまりちゃんとできていません。阪本は不倫をしておいて開き直る夫を演じなければならないのですが、ずっと小声でオドオドしている感じであり、開き直るときやボケるときもその状態から脱しきれていませんでした。そのため阪本のボケを見ても普段大人しいクラスメイトが急に無理にはっちゃけだしたのを垣間見たようで、笑うというよりは心配になってしまうだけなのです。
 他方で中谷はヒステリックな妻をきちんと演じられていたのですが、阪本がそんな感じなので、かなりオーバーに見えてしまいました。阪本にはもっと堂々と芝居をしてもらわないと、中谷の怒りや大声の芝居が釣り合わなくなるのです。

 大喜利力も、特に光るものはありませんでした。「ノーシンピュア」は刺さる人には刺さるワードなんでしょうか。

6.ヤーレンズ
 ボケの楢原が演じていた大家のキャラクターと早口がほぼ全てです。大家の言っていることは、ボケの一つ一つを分解して見ると結構しょうもない(=大喜利力が低い)のです。そこを、しゃべり方としゃべりの早さでカバー(悪く言えば誤魔化している)ネタです。そういうキャラの場合、アドリブで色々と言わせた方が確実におもしろくなります。アドリブであれば、シンキングタイムに制約がある以上そこまでクオリティの高い大喜利はできないので、見ている方のハードルも下がるからです。当然ながら、演者の側にアドリブで何とかできる力量は必要です。ただ、ネタ後の今田や審査員との絡みを見ているとアドリブでもかなりできる気がします(リハの段階であのクダリを練習している可能性もあるので、まだまだ未知数ではありますが)。
 大喜利力が低いとはいっても、光るものは感じました。「公営ギャンブルじゃない」とか「サブスクじゃない」とか「しゃがんで立つ」とかは私はかなり好きです。「出電」もかなり好きですが、楢原のキャラがとても強いので、出井はあんまり乗っからずにできるだけツッコミに徹した方がいいと思います。現に出井が乗っかった「猪木」のクダリはなかなかに嘘くさく見えてしまいました。嘘くさく見えてしまうのは、ああいう強めのキャラに率先して乗っかる人は普通はいないからです。

7.真空ジェシカ
 おととし去年とネタのテイストは一緒で、川北が一人で再現する不条理な空間に対して横で見ているガクがツッコミを入れていました。
 川北が激昂したりする場面もあり、芝居はかなり幅が広がって良くなっていた印象を受けました。大喜利も、一番できていると思います。「Zムショ」だと思ったら「税務署」だったみたいな伏線回収の展開も複数あり、1ボケとそれに対する1ツッコミのユニットをひたすら足し算でつなげているだけだった過去と比べれば、良くなっています。あそこまで入り組んだ台本を考えられるのは、作家でも一握りの売れっ子だけでしょう。
 あとは、どうしても好みの問題です。「映画館じゃなくてZ画館」という入りはかなりベタ寄りであり(こち亀で確か「小池B子」という名前が出てくる話があったと思いますが、それと同じセンスです)、川北が大衆に寄せてきた感がありました。そこを残念がる審査員の声はありましたが、かといって川北節全開でいくとランジャタイやヨネダ2000みたいな爪痕の残し方しかできなくなると思います。優勝を狙ったからこそあのバランスのとり方になったのだとは思いますが、そうだとしても「Z画館」というのは若干しょうもなさすぎた感はあります。ベタさがないのに大衆に伝わるものが思い付けると一番良いのですが、そんなものはなかなかないのも実情です。

8.ダンビラムーチョ
 歌ネタでした。
 最初に披露したのはボケの大原がカラオケ音源を口でやるという一説でしたが、これがとにかく長かったです(審査員たちも同じことを思っていたようです)。おもしろさのキモは口演されるカラオケ音源のうるささとせわしなさ(あと使う文字のチョイス)でしょうが、それにしても長いです。このおもしろさのキモはずっと一緒で変化も大してないので、飽きるのです。歌モノマネと同じ過ちを犯しています。ワンフレーズでいいのです。ワンバースやるものではありません。
 その後のガイドボーカルやらマライア・キャリーやら玉置浩二やらはまたそれぞれに毛色の違う歌ネタであり、要はあんまり関連性のない歌ネタをつなぎ合わせて尺を埋めた漫才になっていました。
 M-1をとれるタイプのネタではないと思います。箸休め要員として決勝に上げられた感は拭えません。

9.くらげ
 おもしろさのキモは、31のフレーバーやサンリオキャラの語感のおもしろさです。語感がおもしろい単語というものは、確実に存在します。アロハの強面が「ポッピングシャワー」とか「ポムポムプリン」とか「メイベリンニューヨーク」とか語感のおもしろい語を言うことで、そのおもしろさが若干増幅されます。私個人としては、なぜか語感のおもしろそうなやつを先に聞いて「バニラ」とかベタで当たりそうなやつを後回しにするのもちょっとおもしろかったですが、そこにツッコミは入っていなかったので当人がどこまで意識しているのかは分かりません。
 ただおもしろさが基本的にそれだけなので、全体としても頭打ちになってしまいます。現に語感のおもしろさが取っ払われた「好きな数字」を探っていくクダリはウケもしばらくない時間が続いていたので、見ているこっちも不安になりました。
 あと、杉が「思い出した」と言うときに右手の人差し指を立てる動きは、芝居がクサくてそんなに好きになれませんでした。

10.モグライダー
 私はおととしのモグライダーのネタがこれまでのM-1の決勝で披露されたネタの中で一番好きです。なので今年も期待していたのですが、その高いハードルを越えてはくれませんでした。
 おととしのネタと一緒で歌を題材にしているんですね。「空に太陽がある限り」を横で聞いている女性がいるという着眼点はこれまでにないもので、おもしろいとは思います。結局「さそり座の女」のネタのクオリティが高すぎるだけですね。
 ともしげの天然ポンコツキャラはもう知れ渡っているので若干不安にはなりましたが、ともしげがアップアップになるところも楽しめるネタの構造になっている(そのための遊びを用意している)のは良いと思います(審査員も指摘していたことですね)。「ほんまに」はもしかしたらともしげの天然だったかもしれません。
 ただ芝もともしげも、嬉しくなっていく女性の芝居がクサかったです。

<最終決戦>
1.令和ロマン
 1本目とはガラッと変わり、ネタの構造が真空ジェシカと一緒でした。くるまの一人コントに横で見ているケムリがツッコミを入れていくスタイルでした。
 色々な人間を入れ代わり立ち代わり演じていくくるまの芝居の巧さは伝わりました。各キャラのおもしろい部分がかなり誇張されて尖るタイプの芝居なので、非常にコメディ向きだと思います。
 一方それがネタのおもしろさのかなりの部分を占めているので、大喜利力は別に高くないと思います。きっと1本目のネタで出した98点がラッキーパンチだったのでしょう。

2.ヤーレンズ
 こちらは1本目とネタの構造は一緒で、楢原がまくし立てるキャラクターを演じていました。ただ全体的にボケの大喜利力が1本目より下がっていた気がします。
 1本目のネタは探せば誰でも好きなボケが1つは見付けられる気がしましたが(審査員たちも各々好きなボケが違うようでした)、2本目はそんな可能性が感じられませんでした。

3.さや香
 かなり攻めたネタでした。1本目のような喧嘩漫才ではなく、新山が「見せ算」という新たな演算法を提案する(ジョブスみたいな)プレゼンを延々行い、後ろで石井がそれにツッコミを入れるという構造でした。
 一応数学的な話から入るので、数学好きな私としてはもっと実際の数学に論理的に絡めた内容にして欲しかったです。大しておもしろくはありませんでしたが、攻めれば失敗することはあります。

<総評>
 くるまと楢原は仕事さえ選ばなければテレビの露出が増やせると思いました。楢原は一つのキャラしかできないような気もするので、くるまの方が仕事の幅は広そうです。

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