→作評トップ
いやあ、やりましたよ。
1899年のアメリカ南部(テキサス付近?)を舞台に、ギャングの一味として色々悪さをするゲームです。説明するまでもないでしょうが、Rockstar Gamesという同じ会社が作っているので、GTAとやっていることはほぼ一緒です。オープンワールドを駆けずり回りながら、色々な人から発注される色々なお仕事をこなしていくんです。ゲームエンジンはGTA5のとほぼ一緒なんじゃないかしら。
オープンワールドは、細部まで非常に良く作りこまれています。出てくる動物の種類も前作の何倍にもなっているし、モノの質感とかヒトの挙動とかはたいへんリアルです。ただまあ、1899年という舞台設定だけあって、素早い移動手段が馬しかありません。ファストトラベルも、「入口」がごく少数に絞られていてものすごく不便です。なんか、スタッフの「せっかくここまで作り込んだんだからこのオープンワールドを見てくれよ。ブラブラしているだけで楽しいだろ」という押しつけがましい精神が見え隠れしてうんざりしてきます(確証はないけども)。スパロボFと一緒です。この「移動が面倒くさい」というのはこのゲームの最大の欠点なので、これだけで嫌になっちゃう人はいると思います。
ストーリー上は、前作の前日譚に当たる部分が描かれています。ただ、そもそも前作のお話が、「主人公(ジョン)がかつて所属していたダッチギャングというメンバーの残党を始末する」というものなので、前作をやっていれば今作の主人公(アーサー)が所属しているダッチギャングはいずれ瓦解してしまうんだろうなというのが分かってしまいますし、アーサーも含めた前作に出てきていないダッチギャングのメンバーはほぼ全員死んでしまうだろうなという予想がついてしまいます。そして、ストーリーはほぼこの予想通りに展開していきます。
どんどん狭まるアメリカのフロンティア。押し寄せる文明社会の波と、それを拒んで自由気ままな奪い合いの社会に生きようとするリーダーのダッチ。ダッチの指示を多少の疑問は感じつつも黙々とこなしていくアーサー。にもかかわらず、もがけばもがくほど悪化する状況。増える敵。押し寄せる官憲。一人一人減っていく仲間。どんどん正気をすり減らして粗暴で独善的になっていくダッチ。
こういう、お話なんです。かつてのGTAが恐ろしいほど無内容なストーリーだったことを思い返せばここまで重厚かつ細密な脚本を作り上げたことは素直に褒めるべきなんでしょうが、マジでドラッグ・オン・ドラグーンのようにプレイヤーがゲームをやればやるほど状況が悪化していくんです。そういう重苦しさも、受け止めないといけません。終盤にはアーサーは後を前作主人公のジョンに託して死んでしまい、以降プレイヤーはジョンを操作することになります。ジョン編は、ジョンが昔の因縁にケリをつけて自分の牧場を開くまでが描かれた多少なりとも建設的なお話なのですが、前作でのジョンの末路のことを思うとやっぱり手放しでは喜べません。
あとはまあ、色々コンプリートをしようとしたら膨大な作業量が必要です。ここにはストレスフルな時限要素も多々あります。
世界観の構築はうまくいっていますが、ストレスを引き起こす要素がたくさんあるゲームなんです。そこが気にならないのであれば、完成度は非常に高いのでやって損はないですよ。
※追伸1
×が決定で○がキャンセルっていう欧米仕様が変えられないのはなんとかならないんですかね。私が変え方を見つけられていないだけですか?
だって、PS4のホーム画面では○が決定で×がキャンセルなんですよ。PSボタン押して帰ってきたらテレコになっちゃうんです。他の日本製ゲームを始めた時もそうです。やりづらくて仕方がありません。
※追伸2
オープンワールドのアクションゲームって全部内容が似たり寄ったりになってきてませんかね。「現代より少し文明に劣る世界観」「敵との戦いがメイン」「ワールド内の人から色々頼まれる」「狩猟・漁撈・採集」「収集要素」。
※追伸3
主人公のフルネームは「アーサー・モーガン」なのですが、作中では“Arthur”と呼ばれることもあれば、“Morgan”と呼ばれることもあるし、“Mr.Morgan”と呼ばれることもあります。ただ、何と呼ばれていようと日本語字幕は「アーサー」で統一されていました。この字幕統一は、全ての登場人物で行われていました。多分、横文字の名前を覚えにくい日本人が迷子になることのないように呼び方を統一したのだと思いますが(「モーガンさん」なんて字幕が出ると、主人公でさえ誰のことだか分からなくなってしまうのが日本人です)、やっぱり細かなニュアンスが失われてしまうのが惜しいんですよね。アーサーと仲の悪いマイカは仲が悪いからこそ名字の“Morgan”で彼を呼ぶのだろうし、リーダーのダッチは部下にもバカ丁寧だからこそ(フリーザみたいに)“Mr.Morgan”という呼びかけをすることがあるのです。全部「アーサー」に統一されてしまうとこのへんが捨象されてしまいます。もう少し、工夫はできないものか。
この「ギブンネーム統一」の日本語字幕は、もしかしたら筆者が過去にそういうことを書いたから作られたのやもしれぬと妄想をしております。私の発言も、ゲーム業界に一定の影響力があるのか……果たして。
※追伸4
日本語字幕にそれなりにミスがある気がします。「修道女」という意味の"sister"が「姉妹」と訳されてたりします。「慈善活動デビュー」(Of Men and Angels)というストレンジャーミッションや、「華麗なる会話術」(The Fine Art of Conversation)というストーリーミッションの最後に出てくるシスターなんですが、字幕の話者を表示する設定にすると彼女の名前が「姉妹」になってます。
あと、「ノーと言ったらノー」(No, No and Thrice, No)というストーリーミッションに出てくるアンソニー・フォアマン(Anthony Foreman)という人物は、このミッションで生かした状態で解放すると、後に賞金首として捕まえることができます。ただこの賞金首のミッションではやっぱり字幕の話者を表示する設定にすると名前が「責任者」と表示されていたと記憶しています(「ノーと言ったらノー」では追伸3のルールに従ってきちんとギヴンネームの「アンソニー」と表示されています)。名字の"Foreman"という単語は、一般名詞だとそんなような意味があるんですな。
ただいずれにせよ、機械翻訳でもしないと起こり得ないようなミスかと思います。どうやって翻訳してんでしょうかね。機械翻訳したものを生身の人間がチェックして手直ししていくみたいなやり方をしているんでしょうか。
なんというか、追伸1と合わせて、突貫工事でのローカライズが想像されます。もっと時間をかけて丁寧にやってください。
※追伸5
オンラインはトロコンのためだけにやっています。
人間と関わるのを避けるためにゲームをやっているのに、そのゲームでまた人間と関わらなければならないというのがアレですね。まあ、嫌ならやらなきゃいいだけなんですが、この手のオフがおもしろいゲームでは、オンライントロフィーはなくしてほしいですねやっぱり。せめて、プラチナの条件からは除外して欲しいです。
GTAオンラインと同じく治安はそんなに良くないので、花を摘んでいる最中に後ろから撃たれて絶命したりします。それは別にいいのですが、後ろから撃たれることよりも実機でのプレイ上できることが実態のよく分からない「マナー」なるものによってやらない方がいいとされていることの方が気持ち悪いです。プレイ上できることであれば、(たとえバグであっても)やっていいと私は思いますが、「マナー」を振りかざす連中が禁止してくるわけです。「マナー」のことを言われても、人によってその「マナー」の内容は違うでしょうし、ある人が言う「マナー」がどれほど一般的なものなのかも曖昧模糊としているので、全く行動の指針になりません。「マナー」を振りかざす連中を気にしていると、身動きがとれなくなってしまうのです。なので私は、公式がゲームプレイ上禁止した(=できないようにした)こと以外は全面的にやっていいだろうと思います。たとえバグだったとしても、バグを事前に除去できなかった公式に責任があるに過ぎません。そもそもバグというものは「作製者が想定していたかどうか」という作製者の主観(のみ)で決まる非常に曖昧なものなので、バグかどうかを気にし始めると「マナー」と一緒で身動きがとれなくなってしまいます。
他方でその反面として、他人がゲームプレイ上できることをやってくるのも受け止めなきゃいけません。そこで自分にだけ甘いダブルスタンダードを設定しては他者の理解を得られません。そういう寛容さが必要なのは、現実の社会と一緒です。ほら! こういうのが嫌だからゲームの世界に逃げたんだよ!
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1899年のアメリカ南部(テキサス付近?)を舞台に、ギャングの一味として色々悪さをするゲームです。説明するまでもないでしょうが、Rockstar Gamesという同じ会社が作っているので、GTAとやっていることはほぼ一緒です。オープンワールドを駆けずり回りながら、色々な人から発注される色々なお仕事をこなしていくんです。ゲームエンジンはGTA5のとほぼ一緒なんじゃないかしら。
オープンワールドは、細部まで非常に良く作りこまれています。出てくる動物の種類も前作の何倍にもなっているし、モノの質感とかヒトの挙動とかはたいへんリアルです。ただまあ、1899年という舞台設定だけあって、素早い移動手段が馬しかありません。ファストトラベルも、「入口」がごく少数に絞られていてものすごく不便です。なんか、スタッフの「せっかくここまで作り込んだんだからこのオープンワールドを見てくれよ。ブラブラしているだけで楽しいだろ」という押しつけがましい精神が見え隠れしてうんざりしてきます(確証はないけども)。スパロボFと一緒です。この「移動が面倒くさい」というのはこのゲームの最大の欠点なので、これだけで嫌になっちゃう人はいると思います。
ストーリー上は、前作の前日譚に当たる部分が描かれています。ただ、そもそも前作のお話が、「主人公(ジョン)がかつて所属していたダッチギャングというメンバーの残党を始末する」というものなので、前作をやっていれば今作の主人公(アーサー)が所属しているダッチギャングはいずれ瓦解してしまうんだろうなというのが分かってしまいますし、アーサーも含めた前作に出てきていないダッチギャングのメンバーはほぼ全員死んでしまうだろうなという予想がついてしまいます。そして、ストーリーはほぼこの予想通りに展開していきます。
どんどん狭まるアメリカのフロンティア。押し寄せる文明社会の波と、それを拒んで自由気ままな奪い合いの社会に生きようとするリーダーのダッチ。ダッチの指示を多少の疑問は感じつつも黙々とこなしていくアーサー。にもかかわらず、もがけばもがくほど悪化する状況。増える敵。押し寄せる官憲。一人一人減っていく仲間。どんどん正気をすり減らして粗暴で独善的になっていくダッチ。
こういう、お話なんです。かつてのGTAが恐ろしいほど無内容なストーリーだったことを思い返せばここまで重厚かつ細密な脚本を作り上げたことは素直に褒めるべきなんでしょうが、マジでドラッグ・オン・ドラグーンのようにプレイヤーがゲームをやればやるほど状況が悪化していくんです。そういう重苦しさも、受け止めないといけません。終盤にはアーサーは後を前作主人公のジョンに託して死んでしまい、以降プレイヤーはジョンを操作することになります。ジョン編は、ジョンが昔の因縁にケリをつけて自分の牧場を開くまでが描かれた多少なりとも建設的なお話なのですが、前作でのジョンの末路のことを思うとやっぱり手放しでは喜べません。
あとはまあ、色々コンプリートをしようとしたら膨大な作業量が必要です。ここにはストレスフルな時限要素も多々あります。
世界観の構築はうまくいっていますが、ストレスを引き起こす要素がたくさんあるゲームなんです。そこが気にならないのであれば、完成度は非常に高いのでやって損はないですよ。
※追伸1
×が決定で○がキャンセルっていう欧米仕様が変えられないのはなんとかならないんですかね。私が変え方を見つけられていないだけですか?
だって、PS4のホーム画面では○が決定で×がキャンセルなんですよ。PSボタン押して帰ってきたらテレコになっちゃうんです。他の日本製ゲームを始めた時もそうです。やりづらくて仕方がありません。
※追伸2
オープンワールドのアクションゲームって全部内容が似たり寄ったりになってきてませんかね。「現代より少し文明に劣る世界観」「敵との戦いがメイン」「ワールド内の人から色々頼まれる」「狩猟・漁撈・採集」「収集要素」。
※追伸3
主人公のフルネームは「アーサー・モーガン」なのですが、作中では“Arthur”と呼ばれることもあれば、“Morgan”と呼ばれることもあるし、“Mr.Morgan”と呼ばれることもあります。ただ、何と呼ばれていようと日本語字幕は「アーサー」で統一されていました。この字幕統一は、全ての登場人物で行われていました。多分、横文字の名前を覚えにくい日本人が迷子になることのないように呼び方を統一したのだと思いますが(「モーガンさん」なんて字幕が出ると、主人公でさえ誰のことだか分からなくなってしまうのが日本人です)、やっぱり細かなニュアンスが失われてしまうのが惜しいんですよね。アーサーと仲の悪いマイカは仲が悪いからこそ名字の“Morgan”で彼を呼ぶのだろうし、リーダーのダッチは部下にもバカ丁寧だからこそ(フリーザみたいに)“Mr.Morgan”という呼びかけをすることがあるのです。全部「アーサー」に統一されてしまうとこのへんが捨象されてしまいます。もう少し、工夫はできないものか。
この「ギブンネーム統一」の日本語字幕は、もしかしたら筆者が過去にそういうことを書いたから作られたのやもしれぬと妄想をしております。私の発言も、ゲーム業界に一定の影響力があるのか……果たして。
※追伸4
日本語字幕にそれなりにミスがある気がします。「修道女」という意味の"sister"が「姉妹」と訳されてたりします。「慈善活動デビュー」(Of Men and Angels)というストレンジャーミッションや、「華麗なる会話術」(The Fine Art of Conversation)というストーリーミッションの最後に出てくるシスターなんですが、字幕の話者を表示する設定にすると彼女の名前が「姉妹」になってます。
あと、「ノーと言ったらノー」(No, No and Thrice, No)というストーリーミッションに出てくるアンソニー・フォアマン(Anthony Foreman)という人物は、このミッションで生かした状態で解放すると、後に賞金首として捕まえることができます。ただこの賞金首のミッションではやっぱり字幕の話者を表示する設定にすると名前が「責任者」と表示されていたと記憶しています(「ノーと言ったらノー」では追伸3のルールに従ってきちんとギヴンネームの「アンソニー」と表示されています)。名字の"Foreman"という単語は、一般名詞だとそんなような意味があるんですな。
ただいずれにせよ、機械翻訳でもしないと起こり得ないようなミスかと思います。どうやって翻訳してんでしょうかね。機械翻訳したものを生身の人間がチェックして手直ししていくみたいなやり方をしているんでしょうか。
なんというか、追伸1と合わせて、突貫工事でのローカライズが想像されます。もっと時間をかけて丁寧にやってください。
※追伸5
オンラインはトロコンのためだけにやっています。
人間と関わるのを避けるためにゲームをやっているのに、そのゲームでまた人間と関わらなければならないというのがアレですね。まあ、嫌ならやらなきゃいいだけなんですが、この手のオフがおもしろいゲームでは、オンライントロフィーはなくしてほしいですねやっぱり。せめて、プラチナの条件からは除外して欲しいです。
GTAオンラインと同じく治安はそんなに良くないので、花を摘んでいる最中に後ろから撃たれて絶命したりします。それは別にいいのですが、後ろから撃たれることよりも実機でのプレイ上できることが実態のよく分からない「マナー」なるものによってやらない方がいいとされていることの方が気持ち悪いです。プレイ上できることであれば、(たとえバグであっても)やっていいと私は思いますが、「マナー」を振りかざす連中が禁止してくるわけです。「マナー」のことを言われても、人によってその「マナー」の内容は違うでしょうし、ある人が言う「マナー」がどれほど一般的なものなのかも曖昧模糊としているので、全く行動の指針になりません。「マナー」を振りかざす連中を気にしていると、身動きがとれなくなってしまうのです。なので私は、公式がゲームプレイ上禁止した(=できないようにした)こと以外は全面的にやっていいだろうと思います。たとえバグだったとしても、バグを事前に除去できなかった公式に責任があるに過ぎません。そもそもバグというものは「作製者が想定していたかどうか」という作製者の主観(のみ)で決まる非常に曖昧なものなので、バグかどうかを気にし始めると「マナー」と一緒で身動きがとれなくなってしまいます。
他方でその反面として、他人がゲームプレイ上できることをやってくるのも受け止めなきゃいけません。そこで自分にだけ甘いダブルスタンダードを設定しては他者の理解を得られません。そういう寛容さが必要なのは、現実の社会と一緒です。ほら! こういうのが嫌だからゲームの世界に逃げたんだよ!
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