第3回最萌学園 - SS
聖杯戦争――七人の魔術師達がそれぞれの使い魔を用いて争う戦い。
その勝者には『聖杯』によって、どんな願いでも叶えられる権利が与えられる。
サーヴァント――七人の魔術師、マスターに従うそれぞれ異なった役割を持つ使い魔達。
それは聖杯自身が招き寄せる、英霊と呼ばれる最高位の使い魔である。
剣の騎士、セイバー。
槍の騎士、ランサー。
弓の騎士、アーチャー。
騎乗兵、ライダー。
魔術師、キャスター。
暗殺者、アサシン。
狂戦士、バーサーカー。
この七つのクラスのいずれかの属性を持つ英霊が現代に召喚され、マスターに従う使い魔―――サーヴァントとなる。

          そして、聖杯戦争の舞台――それは、最萌学園。
           「―――問おう。貴方が、私のマスターか」


     開幕。

 「私達はただ命じられたまま戦うのみ……そうでしょう?」
 「なんか初っ端から危なそうな人だー!!」

 「こ…こんなのが神聖で美しくそして強力な…私の使い魔…?」
 「あんたから呼び出しといて言うか!?」

     激化する戦い。

 「――――セイバーのサーヴァント、伊達政宗」

 「あれがライダーの宝具……!?ったく、あんな物とどう戦えって言うのよ……!」
 「準備よし――火星ロボ、出撃します!」


     混乱する戦場。

 「な、な――キャスターが肉弾戦を挑むですって―――!?」
 「打撃系など花拳繍腿!関節技こそ王者の技よ!!」

 「あの子がアサシン……?確かに格好はそれっぽいけど、女の子なんじゃ……」
 「油断しないでください。あの瞳、気配――かなりの場数をくぐって来ているはずです」


     巻き込まれていく生徒達。

 「マスターとサーヴァントの関係……ローゼンメイデンと似たようなものかしら」
 「魔法で別の世界に召喚されるって、よくある事なのかなあ」


     ――戦いの収束に乗り出す者。

 「魔力の残滓が残ってる。ここで戦闘が起こったんじゃないかな」
 「それじゃ、さっさと調査に入りましょうか」


     ――自らの目的のために動く者。

 「まーた儲かっちゃいそうナリ〜♪」
 「フフフ……この状況こそ私がこの学園の覇者となるチャンスでゲソ……!」

     ――不干渉を貫く者。

 「開けないでよ」
 「あたしゃいつも通り打って大将に託しますよ」


     そして、学園に押し寄せる(過)保護者達――

 「今すぐ!い・ま・す・ぐ!ザ・チルドレンの援護に向かうんだヨ、皆本クン!」
 「私のナオミもだーッ!!」
 「分かったから落ち着いてくださいよ!」

 「……」
 「殺生丸さま、どこに向かってるんです?」

 「おい、早くジャイ子のところに行かせろ!」
 「気がのらないなあ」
 「ドラえもん、頼むよお。ジャイアンにころされちゃう。しずちゃんやドラミちゃんだっているんだよ」


     混沌の中、果たして最後に勝利するのは――!?
     『最萌聖杯戦争』 乞うご期待!



「――今度の映画撮影はこれで行くわっ!」

ぱん、と手を叩きながら大きな声を上げたのは涼宮ハルヒ。
最萌学園の同好会の一つである、SOS団の団長である。
SOS団の活動内容は、宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと――なのだが、
ここ最萌学園ではそれは普通に過ごしていても達成されてしまい、事件に巻き込まれるのも日常茶飯事。
それ故に、現在では学校行事やイベントの参加等の方に精を入れている、と言う訳だ。
元々ハルヒの思い付きで行動する事がほとんどであったため、あまり変わっていないとも言えるのだが。
「……」
「えーっと……あ、お茶が入りましたよ」
無言で読書をしているのは長門有希。
何故かメイドの格好をしているのは朝比奈みくる。
どちらもSOS団の団員であり、団長に勝るとも劣らない個性的な人物だ。
ちなみに、SOS団とその知り合いには同姓同名、外見もほとんど変わらないが性格等が微妙に違う人物がいるらしい。
これまた最萌学園では比較的よくある事。

「――で。それがわたし達を呼び出した理由?」
「そりゃそうよ。実際の経験者がいた方が作品にリアリティも出るでしょ!」
「あー……まあそうでしょうが、ねえ……」
そして、何とも言えない表情をしながらハルヒと話している女生徒は遠坂凛。
先ほどの映画(の構想)の題材だった『聖杯戦争』に実際に参加していた魔術師である。
「……申し訳ありません。私が口を滑らせたばかりにこのような事態に……」
「あら、セイバーは悪くないでしょ?わたし達が元々いた所じゃともかく、ここじゃ別に隠す必要なんて無いんだから」
その後ろにいるのがセイバーとイリヤスフィール。無論、この二人も聖杯戦争の参加者だ。
この3人もSOS団の面々と同じく、魔法少女だったりする同一人物(?)がいるのだがここでは置いておこう。

(……まあ、聖杯戦争を題材にした映画を撮る、って事自体は別に構わないんだけど……)
問題は内容の方だ。
激しい戦いやグロテスクな表現等は、完全に見慣れてしまっているここでは大丈夫だろうが、
撮影中に本当に大ゲンカになったり校舎が破壊される事になるかもしれない……いや、絶対になる。
修復は簡単に出来るとは言え、怒られるのは間違いない。
そうなったら自分達も連帯責任だ。
教師陣にどんな事をやらされるか、想像だけでも背筋が凍る。
「さーてと、次は出演者の交渉ね!同時にエキストラの方も募集しなきゃ!」
目を輝かせるハルヒとは対照的に、どうすれば被害を最小限に減らせるかと頭を痛める凛であった。


「暇ですね」

静かだが威厳のある声が、この閑静な住宅街の一角を占める洋館に、重々しく響いた。

「暇ですね」

青年は、一言一句違わぬ言葉で、それに相槌を打つ。
部屋の隅ではカサカサと籠の中の新聞紙が音を立て、外にいる、彼のよく知っている鶏が
言葉を促すように、ココッと小さく鳴いた。

やれやれ。青年は思った。

大学の課程を終えて、かねてから目指す職業としていた獣医となった。
器具や開業場所と言った、つてのない獣医師なら必ず直面する問題も意外な形で解決し、
大学の面々の協力の下、万事安心の船出となった、はずだった。

「キミテルさん、何でここにいるんだい」
「マサキです」

西根公輝、彼が平日の昼間からこうして祖母と一緒に茶を啜っている理由は二つあった。
一つには彼の就職先であった診療所の老獣医師が、若者に自分の全てを受け継がせる
べく、極めてかくしゃくと病院を切り盛りし始めた事にある。
そしてもう一つの原因は、公輝の親友、二階堂にある。同じ高校で同じ大学を選び、同じ
獣医学部病院学講座に在籍した仲である。

思えばあの診療所も初めは彼にあてがわれた物だった。そんな経緯もあってか、
彼もまた極めてかくしゃくと獣医業に従事している。

そんなわけで、彼らがかくしゃくと診療所を切り盛りしているうちは、公輝がこの、
我が家と目と鼻の先にある診療所に積極的に赴く理由は
二階堂の嫌いなネズミの患者さんがお見えになった時くらいのものであった。

「おお、ハムテルか!」

彼、西根公輝は周りから好き勝手呼ばれている。祖母からはキミテル、そして二階堂含む
大学の面々からはハムテル。名前で呼んでくれるのはたまに帰って来る両親位のものだ。

祖母から言いつけられて向かったのは、H大獣医学部、彼の恩師・漆原教授の部屋だった。
初めて部屋に入った人は、この部屋を教授の部屋とは思うまい。壁中に掲げられた
アフリカ産のお面の数々がそれを許さないからだ。

「タカさんから聞いたぞ、暇を持て余しとるそうじゃないか。ん?」
漆原教授が楽しそうに話しを切り出す。
「診療所の仕事があります」
「行っても仕事をさせてもらえないんだろ?」
情報はしっかり入っているようだ。

「そこで、だ。君に適任なアルバイトを紹介しようと思ってな」
やや勿体をつけ、自己演出をしながら漆原教授が切り出す。

今まで何度か漆原教授にアルバイトを任された事が彼にはあったが、いずれも、
一癖も二癖もある仕事ばかりでその上まともな報酬を受け取ったことがない。
「断らせていただいてもよろしいでしょうか」
「いやいや、そう遠慮するな。獣医としての臨機応変な資質が問われる、とても面白い
職場だ!」

教授が指し示したパンフレットには、「最萌学園」と記されていた。

最萌学園。

全寮制の幼稚園から大学まで揃えた総合女子学園で、
どんなニーズにも対応できるバリエーションの豊富な生徒が売りだというこの学園。
近頃では人間以外の入学も絶えず、彼女らの福利厚生の確保のためにも、獣医師は
必要であったらしい。

そんな学園の門の前に、彼とその愛犬、チョビは立っていた。

遠出をする時は、いつもチョビを連れて行くことにしている。大人しくて感情表現の下手な
彼女は、そのまま家に置いておくと、荒っぽい西根家の面々にどういう仕打ちを
受けるか分かったものではないからだ。

「遊ぶの?」とチョビが目で語りかけてくる。格子門の奥には限りなく広い庭、遊ばせて
やりたいのはやまやまだが、まずはこの門が開かないと…

「 い 〜 た 〜 」

庭の奥から、これ以上ないくらいゆっくりした声が響いてくる。

「 ハ ム テ ル く 〜 ん 」

声の主が自分のあだ名を知っている事に驚く前に、
彼はその間延びした声が、自分の聞き覚えのあるものだと悟った。

「 今 開 け る ね 〜 」

「菱沼さん、何でここにいるんですか」
「 あ 〜 、 ひ ど 〜 い 」

こうして、彼、ハムテルの最萌学園生活は幕を開けた。


 「不幸でゲソー!」

 独特な形をした被り物をしている少女――イカ娘の叫び声が周りに響き渡った。
 生徒達を引き裂くように廊下を走り抜けながら、チラリと背後を振り返る。
 短髪の中学生の姿がまだ確認出来た。
 (ええい、まだ振り切れていないじゃなイカ!と言うか、なんで私が追いかけられなきゃならんのでゲソ!)

 そもそもの発端は、いつものように食堂でバイトをしていた昼食時である。
 やたらとツインテールの中学生にくっつかれていた短髪がこちらを見て、
 「あれ、こいつって……いや、でも……」
 とかブツブツ呟きながら、何かを確認するようにじっと見つめてきたので身の危険を感じ、こうして逃げているのだ。

 そんな事を思い出しながら更に走り続けると、ドアが見えてくる。
 (しめた!中庭に出られるでゲソ!中庭には池がある。流石に水中までは追ってこれないはず……!)
 生意気な口を利く人魚がいるのは気になるが、この際致し方ない。
 そしてドアを開き、中庭に出た瞬間――足元の地面を電撃が吹っ飛ばした。
 転倒する。
 イカ娘に追いついた短髪の中学生――御坂美琴が声をかけた。
 「……ったく、何やってんのよアンタ」
 「それはこっちのセリフでゲソ!追い回したあげくに攻撃してくるなんて酷いでゲソ!」
 「いや、そりゃアンタが急に逃げ出したからで……つーか、こうして見ると全然似てないわ、うん」
 なんだか一人で納得したようである。
 しかし、当然ながらイカ娘の怒りがそれで収まろうはずがない。
 立ち上がり、土を払う。
 「許せんでゲソ……少しばかりお仕置きの必要があるようでゲソ……」

 (……なんか面倒な事になっちゃったみたいね)
 ま、ちゃっちゃと片付けちゃいましょうか、とポケットを探り出す。
 (第三位の超能力を実際に見せ付けてやればすぐに謝って……て、あれ?)
 ――私、ここではどのくらいの順位なんだろうか。
 いや待て、今はそんな事は関係無い。
 いやしかし、気になる物は気になる。
 『一方通行』と『未元物質』と言う、完全に格が違うバケモノはここにはいない。
 だが、この学園にはそれと互角……いや、上回っていると言ってもいい能力者もいる。具体的な例は出さないが。
 でも、そこまで強力な能力になると、計測そのものが可能なのか怪しく――
 (あー、もうキリがないわ!とにかく今はこの状況を終わらせる!悩むのはその後!)

 「フフフ……どうしたでゲソか?来ないならこっちから行くでゲソ」
 「……ふん。すぐにそんな大口叩けなくしてやるわ」
 ポケットからコインを取り出し、構える。
 (ま、威嚇でいいでしょ。なるべく被害が出ないように気を付けなきゃね……っと)
 そして、御坂美琴の超電磁砲が放たれようとした時――
 「――遅いでゲソ!」
 突如、イカ娘から触手が伸びる。
 正確に美琴の手元を狙ったそれは、攻撃の妨害をするには十分すぎる物だ。
 (しまった……!やば、見当違いの方向に……!)

 それでも威力としては十分。
 至近距離から衝撃波を浴びたイカ娘は吹っ飛んでいく。
 しかし、狙いが外れた超電磁砲が向かう先には生徒の姿があった。
 美琴が声を上げる間も無く、超電磁砲は生徒に直撃する。
 次の瞬間、美琴が見た物は――
 「……へ?」
 ――かすり傷一つない生徒、神楽坂明日菜の姿だった。
 

 一方、吹っ飛ばされたイカ娘。
 「ぐぬぬ……あんな威力があるとは思わなかったでゲソ……まあ、今日の所は引き分けにしておいてやるでゲソ」
 そう言えば、バイトの途中だった事を思い出す。
 さっさと戻らないと怒られるどころでは済まないと食堂に戻ろうとして、
 「――おなかへった」
 仰向けにぶっ倒れている小さなシスターさんがいる事に気づいた。
 寝言(?)の内容から察するに、自分と同じように吹っ飛ばされた訳ではないらしい。
 放って置くのもなんだかアレな気がするので、とりあえず声をかけてみる。
 「おーい、大丈夫でゲソ?」
 「……あなた、誰?」
 「私はイカ娘で――」
 そこまで言った時、行き倒れの目が急に輝きだした。
 「イカ……?イカ、イカ……」
 ――またしても嫌な予感がする。
 「……もうこの際、食べ物なら何でもいいかも」
 ゆっくりと立ち上がる。そして、イカ娘の頭部に食らいつき――
 
 「不幸でゲソー!」



学校内、という立地にも関わらず
それは、ハムテルが見てきた多くの動物病院施設よりも豪勢で、
大学病院―彼自身、長くそこで獣医学を学んできた―にも匹敵する
設備を備えていた。

「 そ れ じ ゃ あ 、 お 願 い ね 〜 」

菱沼さんと職員の山本先生から一通りの校内の紹介を受けたのち、
高校校舎の片隅に位置するこの獣医室にたどり着いた。
相変わらずのんびりした菱沼さんの声を見送りつつ、

結局何で菱沼さんがここにいるか聞きそびれたのを、ハムテルは思い出した。

「まぁ、いいか…」思わず声に出して呟く。
そもそも自分だって、漆原教授の紹介でここに来ているのだ。
菱沼さんもきっと彼にここを紹介されたんだろう。彼女は彼の元で
学んだわけでもないし、そもそも現在は企業に勤めているはずだが、
そんな問題を些事に変えてしまう存在感が、漆原教授にはあった。

立ち上がって、改めて獣医室を見渡す。
広い室内に、患者用の寝台、薬品棚には簡単な治療に使えそうな
薬品がきちんと整理されて入れてある。足りない薬品は隣の
「薬品保管室」の表札の中に揃っているのだろう。
少し気になるのは、何故か人間用のベッドまで片隅に用意されている事だ。

と、そこまで考えた所で、ドアを突き破らんばかりの音を立てて
白い服を着た少女が転がり込んできた。

まずはドアの安否を確認する。音は凄まじかったものの、意外に丈夫なようだ。
完全に開ききった後、その勢いの反動で逆戻り、バタンと音を立てて
外界とこの獣医室の境界を、何事もなかったように隔てている。

そしてこの少女だ。
弾ける様に転がり込んできたと思ったら、今度はドアの方を、身じろぎ
一つせずににらみ付けている。その目は怯え、体は冷や汗をかいている。
その様子から、ハムテルはネズミに怯えて研究室に立て篭もった
友人の影を彼女に見るに至った。

「…ふぅ、逃げ切ったでゲソ」
どうやら、彼女を怯えさせる「何か」の気配がなくなったのだろう。
「…あれ?ここはどこでゲソ?」
どうやら相当逃げ回っていたらしい。

「えっと…」話しかける。
「うわあ!人がいるじゃなイカ!」
酷い言い草だ。

「人が悪いじゃなイカ!いるならいるともっとはっきりと主張して欲しいでゲソ!」
一方的に怒られてしまった。
「それはそうと、ここはどこでゲソ?何か変なにおいがするでゲソ」

「ここは高校校舎、新しく出来た獣医室だよ」ハムテルは答える。

「獣医っ…!!」気を許しかけていた少女の目の色が、変わる。

しばしの沈黙。

「私を改造する気でゲソね?」と唐突に少女が口走る。
「いや、僕は獣医…」弁明する。
「とぼけたって無駄でゲソ!もうだまされなイカらな!」
そう言うと、やや長くしっとりとした髪を舞い上がらせ、今度はドアに向かって
駆け出す。来た時と同じ様なけたたましい音を立ててドアを開閉し、そのまま
去っていった。

後には、片手だけを突き出した曖昧なポーズのハムテルだけが残された。

「やれやれ…」と呟き、初めての来客をとんだ形で迎えた
ドアの苦労を労ってやるべく、ハムテルはドアの蝶番に近づく。
と。

蝶番の反対側、開閉口の方に何か挟まっている。
先ほどの少女の奇妙に束ねた髪の毛、だとハムテルは瞬間的に思った。

が、様子がおかしい。それは微妙な湿り気を持ち、奇妙に動いているように見える。
そもそもそれが髪の毛だとすると、彼女がこれだけの量の毛が挟まって
平然と彼女が逃げられるはずがない。

真相を確かめるべくドアを開く。それはずるりと力なくたれ落ちた。
それは、人の持つそれではなかった。研修で何度か触れた、軟体動物の
触手の様にハムテルには思えた。彼女は、一体…?

「獣医としての臨機応変な資質が問われる、とても面白い職場だ!」

…どうやら彼は、また一癖ある職場を、漆原教授に任されてしまったらしい。