田中れいなを、自分のものにしたい。自分の思うがままに従わせたい。
それは学校の男子生徒たち共通の願望だった。

納得は出来る。
実際、他の女子たちと比べても田中れいなはかわいいほうだと――道重はカメラ機能付きの携帯電話を覗きながら思っていた。
背丈は子供のように小さく、決してスタイルが良いとは言えないが、
派手な化粧といかにも男受けしそうな幼い顔立ちには、猫のような愛くるしさを感じさせた。

だが、道重は田中のことが嫌いだった。
理由はいくつか思い当たるのだが、やはりこの女の本性が淫乱だという一言に尽きる。
否が応でも鼻につく、男を誘うための雌の匂い。
丈の短いスカートを履いて生足を惜しげもなく晒し、尻を振って校内を歩き回る田中の姿を、道重は幾度も見てきたのだ。
この女はまだ高校生であるにも関わらず、既に男たちの性衝動を手玉に取る術を身につけている。
今は道重が教室の隅に潜んでいるとも知らず、田中れいなはなまめかしい吐息と共に身をよじらせ、快楽に喘いでいた。
男を誘い、かどわかしてその気にさせ、今まで何人もの男に告白され、何人もの男と交わり、
大量の精液をその身に注がれてもまだこの女は満足できず、自慰行為にふけっているのだ。

汚らわしい。道重は田中に対し怒りさえ覚えた。
そうだ。この女には、お仕置きをする必要がある。
無理矢理に犯され、恥辱にまみれさせて。
この女はきっと、それでも快楽を貪るだろう。そして気付くのだ。
それが自分自身の本性だと――自分はどうしようもない淫女だということに。

突然教室の中に、がた、と大きな音が鳴った。
びくりと肩を震わせ、れいなは我に返り慌てて右足に引っかかったままの布を履き直し、乱れた格好を整えた。
誰、と物陰から姿を現した女に問いかけようとしたが、その必要はなかった。

「み、みちしげ!?隠れとったと!?」

同じクラスの道重さゆみ。
クラスでは目立たない地味な女で、れいなの記憶では一度か二度、内容は覚えていないほどの事務的な会話をしたくらいだ。

「何してるの、田中さん。こんなトコでお股広げて」

道重はれいなを馬鹿にしたように笑った。
見られていたのだ。れいなの顔が羞恥でかっと赤くなる。

「あれ、もうやめちゃったの?なんだ、可愛く撮れてたのに」

「!?」

道重の手に携帯電話があった。

「まさか…今までの全部、それで撮ってたと!?」

道理で、れいなの痴態を目撃してしまったにしては涼しい顔だったわけだ。
道重がこの部屋に潜んでいたのは偶然などではなく、始めかられいなを隠し撮りするつもりだったのだろう。

「なんてことしよると!それ、黙ってこっち寄越さんかい!」

道重が何か答えるよりも早く、れいなは道重に飛び掛かっていた。
道重は田中に手首を掴まれかけたが、田中に対する生理的な嫌悪がすぐにそれを振り払った。

「触らないで!さゆみにまで淫乱が伝染しちゃうの!」

「い、いんらんやと!?」

普段の大人しい様子からは想像できない道重の振る舞いに、れいなは完全に後手に回らされていた。
加えて『淫乱』などという馴染みのない言葉で罵られ、改めて動揺する田中の隙を突くまでもなく、
道重は歩いて部屋の端までたどり着くと、扉の鍵を外した。
かちゃり、という音の後にドアが開くと、今度は一人の男が侵入してきた。

色の褪せた少し太めのジーンズに、白地に黒で文字がプリントされたカットソー。
その上に赤と黒といった組み合わせの千鳥格子柄のパーカーを羽織り、袖は肘の手前までまくり上げ、
右手首に黒のリストバンドを合わせている。
すでに放課後の時刻とはいえ、平日だというのに制服を着ていないことを除けば、
どこにでもいるような一般的男子高校生といった出立ちだ。

(外部生?なんで…いや、どうやってこの教室に?)

学校の正門には警備が常駐しているし、皆が制服を着ている環境の中、この格好ではあまりにも目立つ。
おそらくはこの道重が、誰にも見つからないよう裏口から手引きをしておいたのだろうが。

「お前誰よ」

男がれいなの声に反応する。

「宇宙人」

「…は?」

「ウソだよ」男はヘラヘラと笑った。後ろの道重も一緒になって笑いを堪えている。

馬鹿にしているのか、とれいなが声を荒げようとしたとき、男が目深に被った野球帽を外した。
それまで隠れていた男の表情があらわになる。

「君が田中れいなちゃんか」

男がゆっくりと近付いてくる。
れいなはぎょっとして反射的に身構えた。
男は美形で、口元には笑みを浮かべているものの、どこかが決定的に壊れていると思わせる人の顔をしていたからだ。
大きくも細い切れ長の目に捉えられると、腹の底が冷える感覚がれいなを襲った。
そんなれいなの様子を見てか、男は表情を崩してもう一度笑った。

「見てたよ、一部始終ね」

数分前の乱れた自分の姿を思い出し、れいなが恥ずかしさで顔を背けると、男はそれを否定した。

「ああ、オナニーのことじゃないよ。君が雄から告白を受けてるところさ」

「雄?」と、れいなは思わず聞き返した。

「そう、雄だよ。あの雄は君と交尾がしたかったのさ。『好き』という感情を装ってね。
 君はそれを断った。あの雄は交尾を断られたんだ。君という雌に」

「な、なん言いようとよ!?」雄だの雌だの――おおよそ人間を指し示す言葉ではない。

「あの雄の何が不満だったの?」男が無視して続ける。

「自分で慰めてしまうくらい、身体が疼いてたんだよね?
 それとも、雄の誘いを断ることで我慢できないほど興奮したのかな?」

男が何を言っているのか分からない。
クスリでもやっているのか――いや、それならまだ納得出来るというものだ。
この男は何かがおかしい。れいなの五感の全てが危険を知らせていた。
救いを求めるように道重の方に目をやると、道重はいつの間にか教室の扉の前に移動していた。
まるでれいなの逃げ道をふさいでいるようだった。
得体の知れない不安が目覚め、れいなの首筋のあたりを生き物のようにもぞもぞと這い回り始める。

ここから逃げなくては。今すぐ。今すぐに。それでも遅すぎるくらいだ。
でも、一体どこから?横目で確認するまでもなく、
夕日と人の視線を遮るためのカーテンを挟んで部屋に一つだけ付いた窓にも、当然鍵をかけてあった。
何よりこの教室は建物の最上階にある。窓を突き破って逃げることは選択の余地にはならなかった。
自分で作り上げた密室の隠れ家は、最早れいなを閉じ込めるための監獄として機能していた。

唐突に腕を掴まれた。

「や、やめ…離さんか!この変態!」

「かわいそうに」男は何故か哀れむような表情になった。

「僕には分かるよ。雄に何度も何度も抱かれて、君は汚れてしまったんだ。
 そうして並大抵の雄じゃ満足できなくなった。
 けど、性に溺れきった身体は毎日、肉欲を君に訴える。
 『リセイ』が邪魔をして、もはや寄ってくる雄を受け入れられなくなった君にも、だよ。
 でも、僕なら君を救える。救えるんだ。君みたいな人間の屑でも」

れいなは何か叫び、手を振り解こうとしたが、そうこうしているうちに反対の腕も掴まれ、もつれるように二人は床に倒れた。

「僕は君以上の屑だからね」

男が上にのしかかり、男の手が胸元を這う。れいなの体中に悪寒が走る。

「コイツ、何すると!」

れいなは男を突き飛ばそうともがいたが、男はびくともしない。
れいなは、性別が女というだけで抗えないものがこの世にはあるのだとこのとき初めて知り、目から涙が溢れそうになった。 



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