ボクは店長。

某コンビニエンスストアの、店長なのだ。

どんな経緯で店長になったの?と聞かれれば、
高校生になって始めたコンビニのバイトを続けているうちに、
二十二歳という年齢にも関わらず、ボクは店長になっていた、と答える。

バイト時代は、優秀だったの?いや、そんなことはないよ。
学校では、運動も勉強も苦手だったし。

ボクの人生は、思うに、普通の人生だったのだ。
普通の小学校。普通の中学校。普通の高校を出て。
可もなく、不可もなく。傍から見れば、なんてつまらない人生だと思われているかもしれない。

でも、ボクは一生懸命に生きてきたのだ。
ボクに、この勤勉さ、人にはつまらないと言われるこの性格がなければ、ボクは店長になれなかっただろう。

真面目なのは偉いよ、って?そうじゃないんだ。
それが普通だと思っていたから、ボクは普通の人生を過ごして来られた。

だから、このコンビニは売り上げも普通だけど、それがボクの唯一の自慢。
ボクの宝とも言える、自慢のコンビニなのだ。


「いらっしゃいませぇ、デニーズへようこそぉ」

店の入り口が開く音とともに、そんな声がレジのほうから聞こえた。
ボクが慌ててレジまで行くと、口が半開きになったお客さまと、にこにこと笑っているバイトがいた。

「ちょっと亀井さん!ここファミレスじゃないから!」

「ウヘヘ、間違えやしたぁ。すいやせん、すいやせん」

ぺこぺこと、お客さまに頭を下げる。

お客様は、面白い店員さんだね、とボクに言われたので、はあ、本当にどうもすみません、とボクも頭を下げる。

「昔、デニーズでバイトしてたんですよぉ」

「亀井さん、ここでバイトを始めて、何年目?」

「大学生になってからずっとお世話になってるので、四年目です」

自信たっぷりに答えるので、ボクは突っ込む気力も、怒る気力もなくし、

「そっか、もう四年かぁ」と相槌をうつのが精一杯だった。

高校を卒業し、ボクがこの店の店長になったときに、初めてバイト採用の面接をしたのが、この亀井さんだった。
始めの印象は、黒髪で、前髪をキレイにそろえた、どこかお金持ちのお嬢様、というところだった。
大学に入学したばかりで、アルバイトを探している、というので、
それなら長く続けてもらえるだろうと、ボクは彼女を採用することに決めた。

「それじゃ、雑誌の品出しに戻るから、レジは任せたよ」

「はい!」元気よく返事をする、亀井さん。

普段はぽけぽけとした雰囲気の人だけれど、本気でお客様からクレームを受けたりすることはなかった。
亀井さんのレジ打ちに対する愛着は理解しがたいけれど、レジで差額を出してしまったりしたことも、一度もない。
お店の入り口にいれば、その笑顔だけで、売り上げにも貢献してくれて、最近は後輩の指導も板に付いてきた。

そんな亀井さんも、この冬でバイトを辞めることになっている。
大学四年生となれば、春から就職だ。

就活の忙しい時期も、率先してシフトを入れてくれたし、亀井さんははよくやってくれた。
できることなら、ずっと続けてもらいたかったけれど、コンビニのバイトなんて、いつまでも続けるような仕事でもない。
特に、亀井さんのように、周りに気配りも出来る、素敵な女性なら。
もっと広い世界で、その才能を発揮するべきだ。

少し、目頭が熱くなる。

「てんちょ、おつかれさまでしたぁ」

「おつかれ…って、もう上がり?」いつの間にやら、時計を見れば、零時が近い。

「わたし、今日で最終日です」

亀井さんも、少し涙ぐんでいるように見えた。

「そっか。送別会、してあげられなくてごめんね」

「いいんですよ、冬のこの時期、忙しいのは知ってますから。
それに、春まではまだ、こっちにいるので」

こっち、とはどういう意味だろう、と少し思った。

「亀井さん、独り暮らしだったっけ」

「そうですよぉ」

ただ引っ越すという意味なのか。
それとも、就職先自体、東京の会社じゃないのかな。

それは、ボクには分からないし、知るべきことじゃない。

「ちょっと待ってて」

ボクは慌ただしく店内を歩き回り、亀井さんが好みそうなケーキと、梅の入ったお菓子、
それから、海苔がぱりぱりじゃないほうのおにぎりを袋に包んで渡した。

「これ、持って行って。今まで、亀井さんにはお世話になったから。本当にありがとう」

「まだお世話はしてませんよぉ。これから、するんですから」

「えっ?」

どういう意味?と聞こうとしたところで、

「何だか名残惜しいなぁ」と亀井さんが言う。

ボクもだよ、と口が滑りそうになった。できれば、この先もずっと、亀井さんと一緒にいたかった、と。
でも、そんなことはできない。
ボクが、亀井さんの足を引っ張るような真似は。

そんなボクに、亀井さんが言った。

「一人じゃ、こんなに食べきれませんよ。てんちょ、わたしのお家に来てくれませんか?」



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