ベッドがきしむ。
ふたり分の体重を支えているからか、ギシギシとうるさく鳴る。

「あっ…ん……」

そんな音をかき消すように、れいなはありったけのキスを降らせる。
角度を変えて、なんどもキスをするうちに、それだけじゃ物足りなくなる。
空気を求めて唇が開いた隙にそこから舌を挿入する。
つたなく舌を絡められて余計に欲情する。
息ができないと抵抗するように肩を押されたので、れいなは渋々体を離した。
一息ついて、首筋に唇を這わせる。
彼女は一瞬だけ反応するが、本気で嫌がっている様子は見せない。
甘い声が室内に響き、れいなの欲を駆り立てていく。
我慢できないというようにシャツの中に手を入れる。
何処までも柔らかい肌がそこにはあった。
れいなが手をゆっくりと上げていくと、小さいながらも形の良い胸に当たった。

「ふぁっ…れい…な」

胸の感触を確かめるように何度か揉むと、彼女は切なそうな声を上げる。
それが妙に嬉しくて、れいなは構わず胸を触り続ける。
既に硬くなっている突起に指が触れると、彼女の体はのけ反った。

「脱がして良い?」

ほぼ彼女の確認を得ないまま、れいなはそのシャツに手をかけた。



規則正しい電子音が聞こえる。
れいなはごそごそと手を伸ばし、それを止めた。
目覚まし時計は午前5時を指している。
夢を見た。少しだけ懐かしくて、切ない夢。
時折見るその夢は、いつも妙に、エロい。
欲求不満なのかと自問自答したくなる。

れいなはふと隣を見た。
昨日出逢った少女はいまも柔らかい表情のまま眠っている。
彼女を起こさないようにベッドから降りて、クローゼットを開ける。
1番上にいつも入れてあるカメラを手に取り、ベランダへと出た。
初夏とはいえ、まだ肌寒い。もうすぐ夜が明ける。
東の空にレンズを向け、ファインダーを覗く。紫色の空が段々と赤みを帯びていく。
この瞬間がれいなは好きだった。
夢中でシャッターを切り、空間をカメラに収めていく。
れいなはファインダーから目を外し、ひとつ息を吐く。
顔を上げると空が広がっている。今日も良い天気になりそうだった。
ベランダから部屋に入り、カメラをクローゼットへと戻した。
いつものようにもうひと眠りしようとすると、彼女がぎゅうと体を丸めた。

「れー…な?」

彼女の甘い声に、起こしてしまったのだろうかとれいなは申し訳なくなる。
本当に、絵里の耳の良さは伊達ではないようだ。
れいなは柔らかく微笑み、ベッドに腰掛ける。
優しく髪をすいてやりながら絵里に話しかけた。

「大丈夫、此処におるよ」

れいなの声に安心したのか、絵里はまた夢の世界へと戻って行った。
れいなは頭を撫でる手を止める。
やっぱり、何度見ても可愛いと思ってしまう。
人差し指を絵里の口元へと持っていくと、絵里は赤ん坊のようにその指を甘噛みした。
どうしようもなくこの女の子にハマっているなとれいなは苦笑した。
再び絵里の横に寝ようとしてれいなはハッと思いだす。
そう言えば今日は11時から打ち合わせの予定だった。
いつもならなんの問題もないのだが、今日は絵里がいる。
絵里をひとりで置いていくわけにはいかないが、打ち合わせをすっぽかすわけにもいかない。
自分の気の知れた打ち合わせ相手だが、穴をあけるわけにはいかない。
れいなは暫し悩み、ケータイを取り出して彼女にメールを打った。
なんとなく、彼女なら我儘を聞いてくれそうな気がした。
メールを打ち終わり、無事に送信されたことを確認すると眠気はすぐに襲ってきた。
れいなはその眠気に任せ夢の世界へと旅立った。



「中途失明やっちゃね絵里は」

朝食を摂り終え、珈琲を啜りながられいなは絵里の話を聞く。
時折メモを取りながら聞くが、絵里は勿論そんなことは分からない。
絵里は小さい声ながらも、自分の境遇をれいなに話した。
平凡に生きてきたこと。両親を突然の事故で失ったこと。そのショックで光を失ったこと、
親戚に引き取られたことまで話して絵里は口をつぐんだ。
れいなもそれ以上は深く聞こうとはせず、絵里のグラスに新しくオレンジジュースを注いだ。

「やっぱ盲学校には行った方が良いと思うとよ」

そのれいなの提案は最もなものであった。
中途であれ先天性であれ、目が見えない以上、点字を理解できなければこの世界で生きていくことは難しい。
聞けば絵里は盲人用のステッキも持っていない。
このままでは絵里が生きていくには絶望的すぎる。

「れなはその親戚ン家から絵里の荷物取って来ようと思っとるとよ」
「え?」
「印鑑とか、通帳とか、保険証もそっちやっちゃろ?今後の生活で必要になると思うっちゃけん」

れいなは、できることなら名ばかりになっている養育費も取り返したかった。
だが、それをこの場で言ってしまうと絵里が困るだろうから黙っていた。
とにかく名目上、絵里の生活に最低限必要なものは、あの親戚の家から持ってくる必要がある。

「住所か電話番号さえ教えてくれれば、あとはれながやるけん。絵里は行く必要はないとよ」

その言葉を聞いて絵里は幾分か安心した。
あんなことがあった家に、絵里は二度と行きたくはない。
だが、急に絵里の荷物をよこせとれいなが言ったところで、あの叔父たちが納得するだろうかと絵里は思った。

「ま、絵里は心配せんでいいけん、れなに任せろ」

れいなはそう言うとニシシと笑った。
その声を聞くだけで絵里は安心した。
なぜだろう、昨日会ったばかりなのにずっと前から知っている気がする。
れいなから「大丈夫」「心配ない」と言われれば、本当にそんな気になってくる。
れいなの言葉に、絵里は自然と励まされた。

「…れーなは、なにをしてる人なの?」
「あ、仕事?一応、カメラマンやってるっちゃよ」

れいなはそう言っていままで自分が撮影した写真を絵里に見せようとしたが、やめた。
彼女は目が見えないということをまた忘れそうになった。
目が見えないということは不便だ。自分の感動を共有できない。
自分の仕事を伝えるにもなんて言ってやれば良いのか分からない。
今日れいなが見たあの朝陽の美しさを、なんと言えば絵里に伝えられるだろう。
空が紫から赤へと変わる感動を、どうすれば絵里は分かってくれるだろうか。

「それで、いまからモデルの子と此処で打ち合わせするっちゃん」
「モデル?」
「そ。れなの高校の同級生で、よく仕事も一緒になる子やっちゃん。ちょっと毒舌やけん、良い子よ?」

れいなは笑いながら珈琲を飲む。
彼女のことを「良い子」と紹介する日が来るとは思わなかった。
だが、実際に彼女は基本的には良い奴だ。
確かに言葉のチョイスを度々間違えてしまいがちだが、頭の回転も速いし、なにより一緒に居て楽しい。

「…絵里、邪魔じゃない?」

心配そうな顔を見せながらオレンジジュースを飲むその姿が堪らなく愛しかった。
見た感じではれいなと同い年くらいだろうが、実際はいくつなのだろう。
まさか女子高生ではないだろうと考えながら、れいなは「大丈夫」と呟いた。

「そういうの、気にするような子やないけん」

そこで部屋のチャイムが鳴った。噂をすればなんとやらだろうか。
れいなは絵里に「座っとって」と制して席を立った。
玄関を開けると、そこにはれいなの予想通りの人物が立っていた。

「まさか家に呼び出されるとは思わなかった」
「悪かったと。ちょっといろいろあって」
「だいじょうぶ。れいなのいろいろには、もう慣れたから」

軽く毒を織り交ぜながら道重さゆみは部屋に入った。そこで絵里と初めて対面した。

「あ、こちら亀井絵里さん。れなの…知り合い」

れいなが絵里を紹介すると、絵里が無意識のうちに立ち上がり会釈をした。
するとさゆみは「絵里…?」と発した。
明らかに初対面ではないようなさゆみの口調にれいなは驚いた。
さゆみと絵里を交互に見ていると、絵里もその声になにかを思い当たったのか「さゆ…?」と言った。

「絵里。ホントに絵里なの?久しぶりじゃん!」
「…さゆ!さゆだぁ」

さゆみは荷物をれいなに押しつけ立ちつくしていた絵里に抱きついた。
絵里はその勢いに思わず腰を反ったが、さゆみの背中に手を回しポンポンと叩く。
完全に置いてきぼりを喰らったれいなは唖然としたままその光景を見ていた。
どうやらふたりは知り合いのようだということはその頭でも理解できた。
それならさゆみに、イチイチ絵里のことを説明する手間が省けることは好都合だが、
この手に渡されたさゆみの荷物はどうしたものかとれいなは苦笑した。


「話を要約すると、れいなは絵里の可愛さに一目惚れして、此処に誘拐してきたと」
「違う。誘拐やなくて保護」

れいなはさゆみにアイスココアを差し出しながら訂正した。
しかし、「絵里の可愛さに一目惚れして」という点は否定しなかった。
それが意識的にせよ無意識的にせよ、さゆみはなにかを企んでいるような含み笑顔のまま、ココアを飲んだ。

「しかし、絵里とさゆが知り合いやったとはね…」

れいなは珈琲の2杯目を注ぎながら呟いた。
絵里とさゆみの話をまとめると、ふたりが初めて会ったのは病室だったそうだ。
絵里が事故に遭い、入院している病室に、体調不良で運ばれてきたのがさゆみ。
さゆみの方は2日間点滴をしてすぐ退院したのだが、その間に同じ病室であるふたりは仲良くなったのだとか。
まさかこういった形で再会するとは思ってもみなかったらしく、「世間は狭いなあ」としきりに頷いていた。

「で、れいなはこれからどうするの?」
「どうするのって、とりあえず仕事の打ち合わせやろ」
「そんなのどうだって良いの。これから絵里とどうやって生活していくのかって聞いてるの」

それを聞き、れいなと絵里はほぼ同時に飲み物を口から噴き出した。
れいなは慌てて口元を拭い、絵里にティッシュを差し出す。
絵里が見えないことをスッカリ忘れていたれいなは、絵里の口元を優しく拭いてやる。
ため息交じりに机に飛んだ珈琲とオレンジジュースを拭いていると、さゆみは笑った。

「そんなに慌てなくても良いのに」
「いや、さゆが急にそう言うこと言うけん…」
「でもそういうことでしょ?」

確かにさゆみの言うことは間違っていない。
身寄りのない少女を拾ってきたところで物語が終わるわけはない。
生活費や絵里の盲学校の件、考えることは山のようにある。
れいなは一息置き、とりあえず親戚の家に置きっぱなしにしている絵里の荷物を取りに行くことを伝えた。

「遺産はどうなってるの?」

急に生々しいことを聞いてくるなと思いながらも、れいなは続ける。

「親戚が養育費として勝手に使っとる。だけん、それは絵里のモンやけん、なんとかして取り返す」

そうれいなが力強く言うと、絵里が一瞬不安そうな顔を見せた。

「れーな…ケンカしないでね」

そう、弱々しく訴える絵里。
それは夫婦喧嘩を止めようとする子どものようで、無性に可愛くなった。
れいなは座っている絵里に視線を合わせるように腰を折り、れいなは「だいじょーぶ」と絵里の頭をなでてやる。
目なんて合わないことは分かっていても、れいなはそうしたくなった。
できるだけ穏便に済ませたいのはれいなも同じだった。
喧嘩なんてしたらこの職も失ってしまうかもしれない。
激情に任せて叔父を殴ってしまった日にはただの犯罪者になり前科もついてしまって絵里の行く末は今以上に閉ざされてしまう。
それだけは避けなくてはならない。
なんとか良い方法を考えなければいけないが、いかんせん頭が足りない。

「じゃあ、さゆみも力貸してあげるの」

そのときのさゆみが、れいなには神にも仏にも見えた。
正直、さゆみを自宅に呼んだのは、単に絵里をひとりにさせないためだけではなかった。
絵里のことを相談して、なにか知恵を貸してくれないかと期待したためでもあった。
まさかそれがこんなにもすんなり成功するとは思わなかった。

「やっぱ持つべきものは親友っちゃ!」
「れいな、都合良すぎなの」

そんなふたりのやり取りがおかしかったのか、絵里はふっと表情を崩し、笑った。
それは今日ようやく見せた、彼女の本当の笑顔だった気がする。
れいなとさゆみも連られて微笑むと、さゆみのケータイが鳴った。
さゆみは慌てて電話に出ると、どうやら急遽仕事が入ったようだった。

「ごめん、れいな、絵里。仕事だから、さゆみ行くの」
「あ、悪かったと。呼び出して。今度のしごとの件は、またメールか電話する」

さゆみは分かったと頷いたあと、「またね、絵里」と手を振って玄関へと小走りに行く。
絵里もその声を聞き、笑いながら手を振った。

「車、出しちゃろか?」
「いいよ、現場この近くみたいだし」

れいなの申し出を断り、さゆみはサンダルをはく。
彼女の今日の服によく似合っている。相変わらずだが、彼女のセンスは良い。
被写体として、さゆみは完璧だった。
そうであるからこそ、れいなはさゆみをカメラに収めたくなる。
その笑顔を、その一挙一動を。動かない芸術にしておきたくなる。

「まさかれいなが年上好きとはねー。さゆみはてっきり年下が好きなのかと思ってたの」
「年上?だれが…」

そう言いかけてれいなはハッとする。
まさかと言いかけるとさゆみはれいなの口元に指をあて、ニコッと笑い「1コ上だよ?」と耳元で囁いた。
彼女の声は、甘い。
れいなの耳から頭へ伝わり、それが瞬間に全身を駆け巡り心臓を高鳴らせる。
だが、今日は不思議といつも以上に高鳴った。
ああ、こういう仕草に惹かれたんだろうなとれいなはボンヤリと考えていた。

「またメールするね」

さゆみはそう言い残し、玄関の扉を開けた。
「お邪魔しましたー」と大声で叫び、扉が閉められた。
いままでこの腕にあった温もりがするりとなくなり、れいなはなんとなく寂しくなった。
変わっていないのだ、彼女は、あの時から。
いや、変わったのかもしれない。
変わっていないのは、自分だけであって、彼女は既に前を向いて歩いているのかもしれない。
れいなはさゆみの残り香にやられたように、壁にそっともたれかかった。
今朝見た夢が、れいなの頭の中で再生される。
あの夢でも、彼女は甘く鳴いていた。

れいなは頭をかきながら部屋へと戻った。
そこには先ほどと変わらず、ニコニコと笑った絵里が座っている。
なんだか彼女を見ると落ち着くなとれいなは思い、絵里の頭を撫でた。
絵里はなぜ撫でられているのか分からないが、嬉しそうに微笑んだ。



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