れいなは落ち着かなかった。
こんなにソワソワするのは何年振りだろうと部屋を行ったり来たりしている。
長いようで短い期間―――絵里と共に歩んだ時間がふと思い起こされる。
いつまで経ってもヘタレで、エッチは基本的に絵里がリードして、告白もできないままでズルズルと過ごした日々。
それで良いと思っていた。これがふたりの付き合い方なのだから別にかまわないとか思っていた。

でも、そんなことはたぶんなくって。

絵里だって笑顔でいたんだけれど、ちゃんと言葉がほしいんだろうって頭では分かっていた。
「付き合おう」ってたった5文字を伝えるだけなのに、どれだけ遠回りしてきたのだろう。
長い時間をかけて、ヘタレ脱却のために必死でシュミレーションまでして。

結局、言えた言葉は「付き合おう」ではなく「ずっと一緒にいよう」だったけど、それでも絵里は笑ってくれた。
その大きな瞳に涙を溜めて、頬を赤く染めて、お得意のあひる口でキスをしたあの日から暫く経って、今日を迎えた。

「れーいな」

窓の外を眺めていると、部屋の扉が開かれた。
高校時代のクラスメートのさゆみが笑顔で立っている。
今日の彼女はドレスコード。
ピンクのフリフリでも着てくるのだろうかと心配したが、そこは大人、ちゃんとした格好でやって来ていた。

「お。タキシードれいなも様になってるね」
「そりゃどうも」

れいなは落ち着かない様子を悟られないように、室内に置いてある鏡の前に立ち、髪を整えた。
グレーのタキシードに胸元には白い小さな花、高校時代の面影を残しつつも、れいなはいま、立派な新郎になっていた。

「絵里の出来たよ、見においでよ」
「いーっちゃよ、れなは…どうせあとで見るっちゃし…」
「なに照れてんの。ほーら」

れいなはさゆみに強引に手を引かれ、新郎控室から新婦控室へと連れ出された。

「オレはいーって、あとで見るけん」
「いつまでヘタレやってるの。はやくいきなさいっ!」

しばらく控室の前で押し問答をやっていたが、最終的にさゆみのボディアタックをかまされ、れいなはこけるように控室へと入った。
せっかくのタキシードが汚れそうになったれいなはため息をはきつつ埃を払い立ちあがった。
その瞬間に心臓が締め付けられた。
自分の視線の先、真っ白いドレスに身を包んだ女性が佇んでいた。
それは間違いなく、れいながずっと想い続けた、ただひとりの大切な女性。

「れーな…」

甘い声とともに彼女は振り返る。大きな瞳は真っ直ぐにれいなを捉えて離さない。
世界中のだれよりも綺麗な女性が目の前にいると、れいなは自信を持って言えた。
暫く見とれて言葉をなくすが、ほぼ無意識のうちにれいなは彼女に近づき、その頬に手をかけた。

「バリきれーよ…絵里…」

そう言うと絵里は照れながらも嬉しそうに微笑んだあと、瞳を閉じた。
れいなはそれに応えるように、瞳を閉じてゆっくりと唇を近付けた。





「れーなぁ、大丈夫ぅ?」

聞き覚えのある声が降ってきた直後にれいなが目を開けると、見覚えのある天井と絵里の不安そうな顔が入ってきた。
絵里はドレス…ではなく学校指定のジャージを着ている。
なにが起きたか理解しようとするが思考は追いつかない。
ゆっくりと体を起こすと、頭に鋭い痛みが走った。

「もー体育の時間に貧血起こすなんて、朝ちゃんと食べないからだよぉ」

貧血…?
ああ、そういえば校庭を走ってるときになんかフラフラして、気づけば体育の先生に連れられて保健室に来たような…
あの絵里は、世界でいちばん綺麗な花嫁だったなあと思い返しながらも、どれだけ都合の良い夢を見ていたんだかと我ながら情けなくなり苦笑した。

「絵里は次の授業出るけど、れーなはまだ寝てる?」
「……行くわ」
「そ。じゃ一緒に行こ」

絵里はそうして少しだけ笑って立ち去ろうとする。
れいなは咄嗟にその腕を取りぐいと引きよせた。
バランスを失った絵里はそのままれいなの胸元へ引き寄せられ、そのままふたりはベッドに沈みこんだ。

「…きゅ、急にどーしたの?」

絵里の声が頭に響く。
貧血の痛みはまだ残るが、それをかき消すくらいの心地良さが彼女の声にはあった。
夢の中でのれいなはずいぶんとカッコ良かった。
ちゃんと素直に自分の気持ちを伝えられていたのに、現実世界では、まだまだ言えそうにもない。
絵里だって、あんなにシアワセそうに笑っていたのに、いまは不安そうな顔でれいなを見ている。

いつまでもヘタレじゃいられないことくらい分かっている。
でも、伝えることはやっぱり困難で、心に燻った思いを抱えたままの日々はまだ続きそうな気がする。


だけど、だからこそ。


れいなは夢でできなかった優しいキスを絵里にした。
絵里は突然の出来事に目を見開いて驚くが、れいなはそれを敢えて無視し、勢い良くベッドから起き上がった。

「ほら、授業行くっちゃよ」
「なっ…生意気ですよぉ!」
「やかましか。頭に響く」

れいなはそう言いながらも、絵里に黙って手を差し出した。
絵里はそれを見てきょとんとしたあと、嬉しそうに手を絡ませ、「お邪魔しましたぁ」と保健室をあとにした。


いつか、必ず伝えるから。ちゃんと笑って、その日を迎えられるように。
だからいまは、これが精一杯の気持ちだから、どうか、受け取ってほしいと。





从*・ 。.・) さっさと告白しろなの、へたれーな

↑相変わらず全部見ていた人



おわり

Wiki内検索

どなたでも編集できます