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大型スクリーンの下、某デパートの正面玄関。
行き交う人々を眺めながら、この暑い中しつこいナンパをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返しまだかなと人を待つこと数分。

「絵里さーん!」
「あ」

息を切らせながら鞄片手にこちらへ走ってくる人影。
高橋さんだ。

「すみません、会議が長引いてしまって・・・待ちましたか?」
「いえそんなに。絵里も今来たところです」

ほんとは15分くらい待ったけどこれはカップルの定番のやり取りだから。

「スーツで走ってくるから・・・汗やばいですよ。このハンカチ使ってください」
「あ、ありがとうございます」

高橋さんと"恋人ごっこ"を始めて半年が過ぎた。
最初はぎこちないメールを繰り返していただけだったんだけど段々メールから電話に変わり電話からこうして直接会ったりと、
当初の目論見通りお互いの距離が縮まって今では端から見ればカップルにしか見えない距離まで近づいた。
付き合ってみると高橋さんが存外、積極的な方でこうして会うのもいつも絵里からではなく全て高橋さんが誘ってきてくれる。
高橋さんはこの年で大手上場企業の部長クラスでいつも仕事に追われている人なんだけど、
わざわざ絵里のために時間を作ってくれるあたり人のよさが伺えた。

「すみませんいつもスーツ姿で。なんだかこれじゃデートって感じしませんよね」
「お気遣いなく。高橋さんスーツ似合ってますし。高橋さんが私服着てると調子狂います」

ハハと笑い合って夜の繁華街を二人歩き出す。
手を繋ぐようなことはしない。まだ"ごっこ"だから。

「夏物のサンダルが欲しいって言ってましたよね絵里さん。食事の前に靴屋行きましょうか」
「はい」


*****


「いいんですか本当に?」
「これくらいの甲斐性は見せないと。サンダルくらいプレゼントさせてください」
「あ、りがとうございます・・・」

店内の隅っこに誰かがキープのために隠したのかひっそりと置かれた白が基調の花柄のミュール。
そのあまりの可愛さに一目惚れしたもののタグの値段を見て買おうか買わまいか迷う以前の問題だと絶望の波に首まで漬かっていた時。
それくらい買ってあげますよーと百均で買い物するノリで高橋さんがミュールを持って颯爽とレジへ。
上場企業の部長ともなるとやっぱり年収はウン千万なのか、こんな2万程度のミュールを『カードで』と、
人差し指と中指にブラックカード挟んで慣れた手つきで店員に差し出してるあたり高橋さんの財力がどれほど凄いか自ずとわかってくる。
・・・カードは使えませんとか言われてるけど。

「えっ嘘!?現金現金っ・・・ああっ500円足りない!」
「絵里が出しますよ高橋さん。はい500円」

500円玉をレジの人に渡す。高橋さんは口をあんぐりと開けたまま目を見開いて石になっている。ショック受けすぎ。
レシートのお返しです。ありがとうございましたーまたお越しくださいませー。
とレジの定型台詞を聞いてから店を出る。
隣を見ると高橋さんがものすごく項垂れていた。

「カッコ悪い・・・穴があったら入りたいです・・・プレゼントするって言ったのに・・・結局払わせるなんて・・・」
「つっても500円だけじゃないですか。本当にありがとうございます、あんな高いものを。大事に履きますね」
「私は甲斐性無しだ・・・女性に払わせるなんて・・・カッコつけといてあのザマ・・・」
「・・・・・・」

よく見ると泣きそうな顔をしていたのでビックリする。
えっこんなことで泣くの!?たかが500円で!涙腺緩すぎじゃないかなちょっと!
なんか男のくせに情けない人だな〜とちょっとだけガッカリした。


「え・・・絵里、さん?」
「・・・・・・」

あれ?

「よしよし」

なんで頭撫でてるんだろ。

「絵里さん・・・」
「大丈夫。絵里は気にしてないから。プレゼント、ありがとうね」

うん。
情けないけど、情けないんだけど。
そんな小さいことで泣きそうになってる高橋さんが、可愛いな、って。
思っちゃったんだよね。

「じゃ。ご飯、食べに行きますか」
「・・・・・・、はい・・・グス」

これじゃあどっちが男役なんだか。
小さい子供を引率するお母さんみたいな気持ちで高橋さんの手を引いて食事へと向かった。


キッカケはこの日だった。
この日から絵里は高橋さんと手を繋ぐことになんの抵抗も疑問も持たなくなったんだ。


*****


「え?嘘でしょ?」
「こんな嘘つかないよ。ほんとだって。彼氏できたの」

仕事帰りに久々にさゆのマンションに寄ってさゆとダベりながら、
高橋さんのことをいつ言えば自然に流してもらえるかタイミングを計っていた時。
たまたま高橋さんから電話があってそのままさゆの存在を忘れて10分近く話してしまった。
さゆが『誰ー?』と聞いてきたのでちょうどいいと思い、
新しい彼氏だよと言ったときのさゆの反応といったら写真に収めて額縁に飾りたいぐらい傑作だったなぁ。

「ちょっとちょっと・・・え?いつ?いつから?」
「もう半年経つよ。お見合いして知り合ったの。いずれは結婚する予定」
「え・・・結婚・・・って」

さゆがさっきからおもしろいことになってる。
今も口半開きで手に持ったお茶請けのマカロンを落としてることに気付かないまま食べようとしてるし。
あ、手噛んだ。

「いたた。・・・ちょっと待ってよ。・・・れいなは?別れたの?何年も付き合ってたじゃん。そんなあっさり?」
「あっさりじゃないよ。れいなはもういいの。絵里がよく考えて選んだ道だからこれは。れいなも望んでることなんだよ」
「望んでるわけないじゃんあれだけ絵里に惚れてるのに」
「ううん、れいなは絵里のことそんなに好きじゃなかったんだよ。好きだったら・・・手紙とか、くれるはずだもん」
「・・・・・・」

納得できないって顔でさゆが難しい顔をしている・・・のも無理はないか。だって突然だもんね。
でもれいなは絵里のこと好きじゃないし絵里も高橋さんと新しい恋に生きるって決めたし、損をする人なんて誰もいないんだからいいじゃん?
さゆはティーカップに残った紅茶をグイーっと全部飲んでから、

「まぁ部外者のさゆみがなんか言うことじゃないか・・・
 絵里が決めたんなら、それでいいんじゃないかな。祝福はできないけどね」
「いいよそれで。・・・・・・、ごめんね、さゆ」
「なに謝ってんのー。そういうの、やだよ」
「うん・・・」

ほんとはまだ正式な彼氏じゃないし恋人らしいことは手を繋ぐぐらいしかしたことないんだけど、
半端な関係の人がいるなんて親友には言いたくなかった。
さゆ相手だと、れいなのことが関係してくる分、なおさら。

ちなみにそれから半年。
つまり高橋さんと"恋人ごっこ"を始めて1年が経っても。
高橋さんはなーーーーんにも絵里にしてこようとせず、正式な恋人関係へとステップアップすることはなかった。


*****


4年。れいなが旅立ってから4年の月日が流れた。
長かったのかあっという間だったのか。
絵里にとっては長すぎる4年間だった。
れいなが旅立ったときにはまだ大学2年生にもなっていなかったのに今では絵里も立派に社会人をやっている。
胸もあの時より大きくなったし気に入ってたロングの髪も切って今はボブになった。
絵里はこの4年で自覚できるほど変わったというのに思い出の中のれいなはあの頃のチビで女顔でロンゲでヤンキーで生意気なまま。
高橋さんと知り合ってから、れいなを想う夜の秘め事もやらなくなったし毎朝ポストを確認することもしなくなったし、
れいなのことを考える時間は時が経つにつれどんどん減って、今では絵里の頭の中にあるれいなを閉める割合は全体の5%にも満たないくらい。
ちょっと賢そうな例えでわかりやすく言ってみたけどほんとにそのくらい、れいなの存在は絵里の中で薄れていった。

神様、ありがとう。
高橋さんと知り合ってなかったら。お見合いをしてなかったら。
まだ絵里はれいなれいなってうざい女を続けてたと思う。
このまま何もない日常が過ぎて行けば。れいなのこと、なんのしこりもなく忘れられそうです。
神様、ありがとう。


*****


「お先にあがりまーす」
「亀井おつかれー」
「亀ちゃんバァイ」

初冬。秋のうちに冬物のデザイン、仕立てまでやっておく絵里が勤務するアパレル会社はこの時期は結構余裕がある。
春物を用意しておくにはまだ早いし今はただただ売るだけ。
デザインが主な業務の絵里は今日も残業もなく定時で直帰するのだった。

電車を降りて今日のご飯は何にしようかなと考えながら歩いているうちに我がアパートに到着。
引っ越してきたばかりなので帰ってくるたびにその外見の良さにいちいち惚れ惚れする。
ヨーロッパ風の建築デザインで、外見もかなりいいし内装もフローリングで
お風呂とトイレは別だしキッチンはIHだし駐車場もあって、
家賃は社会人2年目の絵里の給料でさえまぁまぁ余裕をもって払える額。
超お得物件でかなり気に入っている。

「〜♪」

部屋に入ったらとりあえず高橋さんに昨日の件を謝っておこう。
普段住んでいるからか自分じゃ気付かないものなんだけど部屋の中は第三者から見たらかなりの惨状だったらしい。
高橋さんは部屋に入って早々、『掃除機はありませんか?』など招待した本人に向かって常識外れの言葉を投げかけてきたのだ。
あの常識の塊の、生真面目で気遣い屋の高橋さんにそう言わせたんだから相当なものだったんだとわかる。
住んでる本人は今まで何も気にしてなかったけど。
今は掃除もして物も封印させているので見栄えはかなりよくなった。
封印を解くと魔法は解けてしまうんだけど。

「・・・?」

なんて考えながら階段を上って2階廊下の絵里の部屋の前を見ると大きな物体?がドアの前を占拠しているのが見えた。
あまり視力はよくないので物じゃないかもしれないけどとりあえず何か、ある。
近づくと大きな紙袋やら鞄やら箱やらが所狭しと並べられていて住人に迷惑なことこの上なし。
しかもそのたくさんの物に囲まれて誰かがドアの前で方膝に顔を乗せながら寝ているのがわかった。
顔は伏せられていて見えない。
もっと至近距離で見れば・・・


「・・・・・・、」

ドクン、と。

「・・・・・・・・・っ」

心臓が、

「・・・・・・・・・・・・なんで」

鳴った。


嘘。嘘嘘嘘嘘嘘。
嘘でしょ・・・?
どうして?なんで?なんで・・・なんで、いるの?
なんで・・・・・・、れいなが・・・・・・、いるの・・・・・・?

「・・・・・・うそ」

嘘じゃない。間違いないって。
この寝てる人、れいなだ。
茶髪でロンゲで女の子みたいな顔。
れいなじゃなかったら・・・なんなの?

「・・・、っ・・・、」

れいなだと認識した途端、涙が溢れてくる。
声を出さないように必死で手で自分の口を押さえる。息が荒くなって苦しい。
今まで薄れていた絵里の中の5%のれいなが瞬く間に100%になって、れいなのこと以外、考えられない。
どうして、今更、帰って来ちゃうの?
どうして、返事、くれなかったの?
どうして・・・。

もう頭の中混乱しまくっててグッチャグチャで。
逃げるようにそこから離れた。


*****


駐車場で声が目立たないようにうずくまって思いっきり泣いて落ち着いた後。
意を決して絵里の部屋の前に戻って来た。さっきと何も変わらず人の気も知らないでのん気に寝ているヤツ。
しゃがんで下から顔を覗きこんでみる。

「・・・」

やっぱりどう見てもれいなだ。
女顔は相変わらずだけどあの頃よりちょっと顔付きが男っぽくなったような気がする。
よくよく見てみると体型も。

「・・・・・・れぃな」

少女漫画みたい。
何年かぶりに会った好きだった男の子が逞しく成長していてドキドキしてるとか、
少女漫画の王道的展開をまさか自分がやることになるなんて。
それでも相変わらずヒゲは生えてないし、南の方に行ったわりには肌もそれほど焼けてないのね。れいなだな〜。
時間を忘れて至近距離でずっと眺めていると顔がピクピクなってからもぞっと動く気配。

「んぁ・・・?」
「あ」

やばい起きちゃう離れないと。
あ、隠れなきゃ。いやでもここは絵里の部屋の前だしなんで絵里が隠れなきゃなんないんだよーって、
ああどうしようどうしよう目腫れてないかなメイク崩れてないかな髪も大丈夫かな服のセンス悪くないかな。
絵里の気持ちなんて他所にれいなはうーんと伸びをしながら首をゴキゴキ鳴らしボーっとしている。
気付くのを待ってたんだけどなかなか気付かない相変わらずのニブチンっぷりにイライラしてこちらから声をかけた。

「おはよ」
「・・・・・・えっ?」


*****


もうその後は突然抱しめられたり、キスされそうになったり。
あのチビのれいなが絵里より身長大きくなってたりと驚きと戸惑いの連続ですよ。
家に招待してあげて久しぶりにれいなとじっくり話して何度も胸が高鳴った。
外見が変わってても中身はやっぱりあの頃のれいなのままで懐かしくて、ああやっぱり変わってないんだなぁって・・・。
絵里に4年間連絡一つくれなかった理由も、れいならしいといえばれいならしかったし、ビンタしてちょっとスッキリしたし。

安心してしまった。
やっぱりれいなは絵里のこと・・・まだ好きだったんだね。
ごめんね。
逃げてごめんね。
もう無理なんだよ。
もう絵里はれいなのことなんとも思ってないの。
絵里にはもう高橋さんていう大事な人ができちゃったんだよ。


「遅すぎだよ・・・れいな」


ドアを閉める寸前につぶやいた一言は、
れいなには聞こえたのかな。


*****


今日もただ売り場でうろうろしているだけの職務がようやく昼休憩になり携帯食のブロック菓子を昼食代わりにつまんでいる最中、
ポケットの中の携帯が振動音を発しているのに気付く。
メール・・・高橋さんからだ。

『今夜あたり食事にでも行きませんか?お寿司の予定です』

高橋さんから食事の誘いがくるたびに毎度思うんだけど高級料理店限定で選定してるのによくレパートリー尽きないなと。
しかも行く店は必ず"一見さんお断り"の札が掲げてあるお店でここは京都かと毎回一人でツッこんでいるほどファミレスとは随分縁遠くなった。
まぁ結局何が言いたいかというと基本的にボケ担当の絵里がツッコミをするほど一般人の感覚から高橋さんはズレまくってるんですよってこと。

『喜んで^ー^』
『ではいつもの時間にいつもの場所でお待ちしてます』
『はーい^ー^』

さて、家に帰ったらプリンってきた髪でも染めようかなと思っていたんだけどこうなったら予定変更。
仕事終わったら急いで家帰ってお風呂入ってメイクして髪セットして・・・と昼食を食べ終わった頃またもポケットから振動音が。
高橋さんかな?と思ってメールを開いてみると、

『絵里、今日暇?』

・・・、れいなからだった。
高橋さんと食事の約束してから5分も経ってない、最低最悪のタイミングの悪さでれいなからメールがきてしまった。
暇って聞いてくるんだからきっと高橋さんと一緒で食事のお誘いかもしくは家へのお誘い、・・・か。どっちだろう。
後者は困るな。
って何を考えてるんだ絵里は。
今さっき高橋さんのお誘いを受けたばっかりなのになんで迷ってるの。馬鹿馬鹿しい。
暇じゃない、と。断ろうとメールを打った。

『18時から暇だよー^ー^』

あれ。なんで?ハハ。
こんなはずじゃないのに。


「バカなの絵里は・・・」

思わず独り言も出てしまうほど自分のバカさっぷりと優柔不断っぷりに辟易してくる。
高橋さんに申し訳がない。誰か絵里のこと殴ってくれないかな。
ホントなにがなんとも思ってない、だよ。
未練たらたらじゃんか。
ああ泣きそう。


「ごめん、ごめんなさい、高橋さ・・・ん・・・」

ほんとに涙が出てきてしまった。
職場で泣くなんて、しかもこんな後ろめたい理由で泣くなんて嫌、嫌だ、見られたくないよ。
我慢しようとするとどうして人間ってどんどん泣けてきちゃうんだろう。もう全然止まらなかった。
せめて誰にも見られないようにと顔を髪で隠してトイレの個室に移動する。
れいなと食事の約束して高橋さんに断りのメールを入れている時。
自分の中でケリつけたはずの元彼をとって高橋さんとの約束をドタキャンするなんて、
高橋さんに会わせる顔がないなって思ったら自分が情けなくなってまた泣いた。


*****


『そうですか。用事があったなら仕方ないですよね。
 また懲りずにお誘いしますからその時は気が向いたら付き合ってやってください』

この選択は正しかったのかな。いや、正しいわけ、ないか。
またこんなことがあったらまた絵里はれいなの方を選んでしまうのかな。
こんな半端なのは、高橋さんにもれいなにも失礼なことだよね。
こんなんじゃ、だめだ。
ケリなんて全くついていない。
ならどうすればケリはつくのか、簡単なこと。
自分の逃げ道をなくせばいい話なんだ。
・・・言おう、れいなに。
さよならを。


*****


それでもれいなに会ってしまうと、れいなの顔を見てしまうと、決心が鈍ってしまう。
れいなと付き合っていた頃が楽しすぎて、れいなと一緒にいればあの頃にまた戻れるのかなって夢想してしまって。
言ってしまえばもうれいなと触れ合うことができないんだと考えるとなかなか言い出せずどうでもいい話ばかりしてしまう。
酔いの力を借りないと無理だと判断しアル中一歩手前の量の酒を飲んでいった。

「うへへへへへ」
「絵里、結構酔ってる?」

酔ってる酔ってる。
とはちょっと嘘で実はそんなに酔ってない。
いろいろ考えながら飲むと余計酔えないのかな、体が熱いだけで意識は結構ハッキリしてる。
この時だけはお酒に強い自分を怨んだ。

とりあえず飲んで飲んで飲みまくって、とにかく朦朧とするまで酔おうと飲みまくってたらそのうち気分悪くなってきて。
体が熱くて汗は出てくるし気持ち悪いし、そのくせそこまでベロベロには酔ってないし。
もうとにかく気分悪くなりすぎてて、それに気付いたれいなが気を遣って絵里をアパートまで送ってくれた。


*****


テールライトやネオンの光が交差して、まるで万華鏡のような美しさを魅せる街を走っていく1台のタクシー。
その中で絵里だけは確かに色を失っていた。
着いたら言おう。絶対に。家に着いた途端地震が起きても、雨が降っても、槍が降ってきても、言おう。
ならこれが本当に最後の触れ合いだ。着くまでなら何してもノーカウントにしてほしい。いいよね?高橋さん。
ちょっとだけ・・・と心の中で高橋さんに謝って、れいなの肩に頭を乗せてみた。

「・・・絵里?やっぱりキツイと?」
「大丈夫だよ。ただこうしたいだけ。・・・ダメ?」
「よかよ」

いいんだ・・・。よかった。拒否されなくてよかった。
だって最後だもん。嫌がられたら、悲しい。
これが最後だから、許してね・・・。
と。
肩が包まれる感触がして、れいなが絵里の肩を抱いてるからだと瞬時に理解する。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

やめてよ。
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて。
やめて・・・。
思ってるのに、振りほどけない。
れいなからしてくるの、反則だよ。
懐かしくて、たくさん触れ合っていた昔を思い出してしまって、こみあげてきた。
れいなにだけはバレないように必死に顔を隠す。
見られたら終わってしまう。気にしてないように振舞ってないと終わってしまう。
この一時だけの幸せな時間が。
終わるのは、嫌だった。

体が熱くなってきた。


*****


終わらないでと願ってもいつかは終わりはやってくる。
絵里とれいなを乗せたタクシーはとうとう終着駅に着いてしまった。
降りられない、降りたくない、でも降りないといけない。・・・降りた。降りてしまった。

「絵里、気持ち悪いの大丈夫?まだキツイ?」
「うん・・・一人じゃまだ歩けない・・・」
「じゃ一緒に玄関まで行くけんね」

れいなが絵里に肩を貸して絵里のペースに合わせて歩いてくれる。
優しいねれいなは。そういうとこ昔から全然変わってない。
意地っ張りで優しさを素直に表すことができない、ホントは寂しがりやでビビリなくせにいっつも意地張ってる。
向こう行っても変わらないんだね。
絵里だけが変わってしまった。
あんなに愛してたのに、れいなを信じることができなかった。逃げてしまった。
ごめんね。裏切ってごめんね。
本当に好きだった。愛してた。
ううん。今でもれいなのこと、愛してる。
世界中の誰よりもれいなのこと、愛してる。
でもこの気持ちはここに置いていく。
もう終わらせなきゃ。もう・・・、

「・・・・・・」

視界が歪んで目から雫が1滴、2滴と音も立てずに落ちた。
れいなが何か言ってる。
アルコールのせいか自分がなんて受け答えをしているのか把握できない。
そもそもまともに喋れているのか。
優しくしないで。
なにもしないで。
れいなが見てる。涙、止めないと。笑顔でいないといけない。
なのにれいながそこにいるせいでますます泣けてくる。
体が熱い。
れいなが絵里のことを見てる。
何も知らない、綺麗で純粋な瞳で、絵里のことを見てる。

「ねえれいな・・・」

ごめんなさい高橋さん。1回だけ、1回だけだから。
体が熱いの。ねえれいな。
冷まして・・・


「キスして」


*****


「あっぁああぁ・・・。はぁ、はぁ」

あああ。言ってしまった。さよならって。れいなに言っちゃった。言っちゃったよ。

「ぁぁ・・・ぁっ、ああ、ん、はぁ、ん」

れいなとキスしてから、体が熱くて。
指が勝手に・・・

「あぁっ、あっ・・・、はは・・・ぁっ」

気持ちいい・・・。
気持ちいいけど、悲しい。

「んっんっ、ははっぁああっははっ・・・はぁっあっ」

カーペットの上にポタポタと落ちていく透明色のナニカ。
絵里の指が膣内をかき混ぜるたびにどんどん溢れ落ちてくるそれはまるで泣いているようだった。
もう泣けない絵里の代わりに泣いてくれているのか。

「あはははあぁっ・・・はぁあっ、あっあっはは」

その姿があまりに惨めで滑稽で。
悲しいのに笑いが止まらなかった。


*****


そうして絵里とれいなの恋は終わった。
長くて短い、どこにでもあるような平凡な恋だった。
絵里は高橋さんと結婚して幸せを見つけていく。
れいなは絵里じゃない別の女性と恋に落ちて幸せな家庭を築くんだ。
ハッピーエンド。

絵里は日常に戻った。
れいなのいない日常に。


*****


「・・・ん」

うるさいな。

「・・・。なに?」

なんなの?なんの音?
こんな真夜中に、窓から変な音がするんだけど・・・。
気のせいなんかじゃない。ガタガタってハッキリ聞こえる。
おばけとか、じゃないよね?ドロボー?
怖い・・・。

「寝れなくなっちゃったじゃん・・・今日早いんだから勘弁してよぉ・・・」

真っ暗で見えにくいんだけど今たぶん夜中の3時ぐらい。
今日は仕事がお互いに休みだからと朝から高橋さんと約束があるのに。
寝不足で隈丸出しで行くのはいやですよ?
ベッドから出てすぐ側にあったヘアーアイロンの電源を入れる。
それを武器代わりに恐怖を押し殺して閉まっていたカーテンをちょびっとだけ開けて覗いてみた。





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