近すぎて、壊してしまいそう―――


同期の亀井絵里が卒業して以降、あまりにも周囲の環境が変わりすぎた。
ジュンジュン、リンリンが卒業し、モーニング娘。は初期メンバーと同じく5人になった。
でもそれは一瞬のことで、すぐに9期メンバーが4人加入し、落ち着く間もなく高橋愛の卒業が発表され、10期メンバーの募集が告知される。
秋ツアーの最終日前日、10期メンバー4人が加入、翌日には愛が卒業し、一気にメンバーは12人となった。
新メンバーが半数以上という状況の中、年明けに新垣里沙の卒業が発表、ゴールデンウィーク中には光井愛佳の卒業も決まった。
5月18日、11期メンバーの募集が発表され、ふたりは卒業し、道重さゆみが8代目リーダーに就任した。


あくまでもこれは表面的なメンバーの入れ替わりの話であるが、それだけでも随分と変化があった。
ただし、さゆみにとっての最も大きな変化は、もうひとりの同期との距離感だった。


「ではこれから移動します。2時間ほどで市の中心部に入り、記者会見となります」

マネージャーの声にメンバーたちも素直に「はい」と返した。
日本から遠く離れた異国の地を、バスがゆっくりと走り出す。
さゆみはブログを更新しようと携帯電話を開く。
すぐ後ろの席では高校生メンバーが談笑していた。
海外での仕事が楽しいのは分かるが、あそこまではしゃげるのは若さだろうかと苦笑する。
中学生メンバーほどうるさくないだけマシだ、なんて口には出せない。

「元気やねぇー」

ふとそんな声がして右隣を見ると、田中れいなが後部座席を指差した。
なにを言わんとすかは分かっていたので「そうやね」と返すと、れいなは苦笑しながらイヤホンを右耳につける。

「どんくらいやったっけ?」
「話聞いててよ、2時間やって」
「頼れるリーダーがおると、忘れるっちゃん」
「ハイハイ」

れいなはまるで子どものように笑うと左耳にもイヤホンをつけ、背もたれに首を預け、目を閉じた。
しっかりサングラスをかけているところも、昔から変わっていない。変わったのは、私だとさゆみは思う。

携帯を操作する手をふと止めて、息をひとつ吐く。
書いていたブログの記事を保存し、画像フォルダを開いた。
いまは日本にいる中学生メンバーたちの写真が大半を占めている。
中でも9期メンバーの鞘師里保が多いことは本人には言えない。見つかったら削除されそうで怖い。
過去へと遡っていくと、卒業していった愛や里沙、愛佳の写真も増えていく。
そんな中で最も多いのは、絵里の写真だ。
ふざけ合って撮った写真が大半で、できることならば「絵里専用フォルダ」をつくりたいほどである。
絵里は最近なにをしているのだろうと思う。
最近は互いに忙しく、なかなか連絡が取れず、会う機会も減っている。一応、元気ではいるみたいだが。

「どーせアホみたいに笑ってるんだろうけどさ」

あの頃が懐かしいと思うのはなぜだろう。
外国にいるせいで、日本が恋しいのだろうか。
ホームシックのために過去に帰りたいと思うなんて、まるで子どもだと思う。
すると、コテンと肩に重さを感じた。
おや?と右隣を見ると、案の定、れいながさゆみに凭れ掛かるように寝ていた。
半ば意識はあるのか、ゆっくりと頭を持ち上げるが、数秒後にはまたこちらに凭れてくる。

「なにが安心して眠れない、だっつーの」

飛行機などの移動中はジュンジュンや10期メンバーの飯窪春菜じゃないとイヤだと駄々をこねるのがれいなだ。
他のメンバーだとうるさくて眠れないだの、安心できないだのとすぐ文句を言い始めるくせに、
いまはまるで子どものようにすやすや寝ている。
確かに慣れない海外で移動も多く、疲れているのは分かるけれども。
そんなことを思っている間にも、れいなはさゆみの肩に頭を乗せた。
もう起こす気力もないのか、そのまま凭れ掛かったまま眠りつづけた。
微かな重みは鬱陶しくなくて、何処か心地良い。

さゆみはまたため息をつく。
やはり、私は変わったのだと実感する。最近の携帯の画像フォルダは里保も多いが、れいなも同じくらいに多かった。
ブログ用、なんて言って意識的に写真を撮る回数が多いのはれいなだった。


昔から、仲がとても良い!というわけではなかったが、別段、仲が悪いわけでもなかった。
楽屋で会えば話をするし、時たまご飯にも行くし、ステージ上では当然、同じ仲間として歌って踊っていた。
だが、最近になって特にふたりの関係性、というより距離感は変わった。
一言で表すならば、あまりにも、近くなった。
さゆみはれいなの隣にいて、れいなはさゆみの隣にいる。それがごく自然で、当たり前の行為になっている。

「はぁ……」

さゆみはもうひとつため息をついて、横を向く。
サングラスで見えないけれど、爆睡しているれいながそこにいる。
心理学用語で、恋する理由のひとつに「単純接触効果」というものがあるらしい。
ずっといっしょにいることで好きになる、というものだ。
10年も同じ場所で活動してきて、いまさら好きになるのもおかしな話だが、
残念ながらさゆみはそれに当てはまるのかもしれない。

困った、とさゆみは正直に思った。
里保はもちろん好きだ。同じく9期の譜久村聖も好きだ。だけど、れいなへの想いはそれらとは若干違う気がする。
なにが違うのかと聞かれれば答えを見つけることは難しい。そのくせに、胸が痛い。
隣にいて、いっしょに笑って、いっしょに歌って、いっしょに踊って、という普通のことが、ツラい。


―――「さゆ、ほら」


唐突に、昨日のことを思い出す。
移動中、階段を上っているときのこと、慣れない民族衣装のスカートを踏まないように気を付けていると、その声は降ってきた。
前を歩いていたれいなが当然のようにさゆみに手を差し伸べてきた。
真っ直ぐにこちらに出された手を、さゆみは戸惑いながらも黙って掴んだ。
ぐっと力を込めて引き寄せられ、そのまま階段を上がる。
漸く階段を上りきっても、れいなはその手を離さずに、目的地まで歩いた。
それはただの普通のこと。メンバー同士ならだれしもする、当然で当たり前で、なんの違和感もない行為。
特別なことではないはずなのに、心の奥底から湧き上がる想いを止められなかった。


ガタンと車が揺れる。
後部座席の高校生組も眠っているのか、車内は静かだった。
あれ?もしかして起きているのさゆみだけ?なんて勘違いするほどの静寂が流れる。
また、隣を見る。れいなは相変わらず眠りつづける。肩にかかった重さも、変わらない。
サングラスで見えないその瞳を、見てみたいと思った。どんな瞳の色を、れいなは向けているのだろう。
いままで何度も見てきたはずなのに、唐突に、そう思う。ああ、どうしよう。やっぱりさゆみ、変わったんだって改めて思う。

そのとき、親友の顔が浮かんだ。
絵里とれいなの関係を知らないわけではない。とっくにあのふたりが付き合っていることなんて分かっていた。
絵里がどれだけれいなを想い、れいなもまた真っ直ぐに、絵里を想っているか、知っている。
それがいまでも変わらずにいることも、知っている。
知っている。知っている。知っている。知っているにもかかわらず、だ。
知っているにもかかわらず、さゆみは無意識に、れいなの頬に手をかけた。
どうしよう、マネージャーもいる公共の場なのに、なんて思う余裕すらなかった。

「れいな」

そっと呟いたその言葉は、あっさりと消えてなくなる。
眠るれいなの唇に、キスをした。後悔なんてする暇もなく、一瞬で離れた。
甘くて熱くて、それでいて切ない。
ああもう。恋とは厄介だとさゆみは思う。
感情なんてあるから、悩み、惑い、震え、涙する。そして、感情があるから、恋をする。


「好き……」

聞こえないほどの囁きのあと、さゆみは目を閉じた。
忘れてしまえれば、どれほど楽だったろう。気付かないふりをすれば、どれほど楽だったろう。
だれも傷つかないでいたいはずなのに、どうしてこんなことをしたんだろう。バカだなあ自分。

ごめんね、れいな。
ごめんね、絵里。
いまさら謝っても、どうしようもないよね。

さゆみはひとり、心の中でそう呟く。
これは最初で最後の秘め事だと思いながら、夢の中へと落ちていく。
肩にかかった重さが、先ほどよりも軽くなった気がしたけれど、
マネージャーから起こされるまで、さゆみが目を開くことはなかった。

お願い。そんな瞳で、私を見ないで―――

そう、心の中で、さゆみは呟いた。






触れた想い おわり
 

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