「ふぅ・・・ふぅ・・・リジー、まだ着かないのか・・・?」
鬱蒼とした木々がこれでもかとばかりに生い茂った、深い深い森の中。
今朝早く最寄りの町を出たまでは良かったのだが、車を降りてからもう数時間もこんな一寸先も見えない草木の中を掻き分けている内に俺は最早時折目に入る苦手なはずの虫にも特にこれと言った感情の起伏を起こさなくなっていた。
「多分、もう少しで着くと思うわ。こういうのも考古学者なら良くある試練の1つよ。ほら、頑張って」
ほんの数メートル先を進んでいるはずだというのに厚い茂みに遮られて全く姿が見えないリジーを追うようにして、バサバサと乱暴に茂みを打ち払いながら汗だくになった体を前に進めていく。
「俺は・・・考古学者じゃ・・・ないってのに・・・」
5歳の時から近所に住んでいて仲の良い幼馴染のリジーはまだ25歳という若い考古学者の卵なのだが、先日珍しく俺の家を訪ねてきて今回の遺跡の調査へ同行して欲しいと頼み込んで来たのだ。
大学を一緒に卒業してからの俺は歴史学者としてリジーとは少し違った人生を歩み始めたものの、どうやら肝心の彼女には考古学者と歴史学者のちゃんとした区別は余り付いていないらしい。

「ほら、着いたわよオリバー」
やがてそれから1時間程が経った頃、先を進んでいたリジーが不意にそんな声を上げていた。
これで"もう少し"か・・・
俺は何時かリジーと結婚したいと密かに思っているのだが、こんなに色々と適当なのでは20年越しの恋も揺らいでしまうというものだ。
そして俺もそれに少し遅れてようやく長い長い茂みを抜け出すと、体中に付いてしまった細かな枝や葉や虫をパッパッと手で払い落とす。
だがようやく身綺麗になったことに満足して顔を上げた瞬間、俺はそこに広がっていた余りに予想外の光景に思わず言葉を失ってしまっていた。

「へぇ・・・100年以上も人の手が入っていない割には、結構綺麗に残ってるのね」
「100年以上って・・・ここ、遺跡っていうより村だよな?」
別に遺跡という言葉に偏見があったわけではないのだが、茂みを抜けた先にあったのは恐らく数十人程度の人々が住んでいたのだろうと思われる古めかしい建築物の群れだった。
それ程広い村ではないようだが、重厚な石造りの建物は古い年代を感じさせる割にはしっかりしているらしく、100年以上放置されていたにしては確かに荒廃も思った程には進んでいないらしい。
「ここって・・・何の村なんだ?」
「この村に名前は無いわ。というよりも、ここは現代の歴史には一切存在していない村なのよ」
「現代の歴史に存在してない?だから、歴史学者のこの俺を一緒に連れてきたっていうのか?」
俺がそう言うと、リジーが少し困った様子で顔を顰める。
「うーん・・・まあそれもあるんだけどね・・・オリバーは、"古代核戦争論"って言説を聞いたことあるかしら?」
「もちろんあるよ。ていうか、そっちは寧ろ俺の方の専門分野だろ」

古代核戦争論・・・
俺達が知っている人類史よりも遥か以前に今よりもより高度な文明と人類が存在していたのだが、それが大規模な核戦争によって文明諸共滅亡してしまい、その後に再興を果たしたのが今の人類だとする学説だ。
とは言えそれを裏付ける確かな証拠は現在に至るまで見つかっておらず、説明の困難な過去の遺物の存在を恣意的に解釈することによって提唱されている為、いわゆるトンデモ論の1つとして一般の歴史学会では相手にされていない。
確かにこの世界には、古代の人々とは思えない程に高度で正確な技術や知識によって作られたと見られる建築物や創造物が各地に残されている。
しかし色々と調査が進む内にそれらが何時頃どうやって作られたのかという謎は徐々に解明されてきており、古代核戦争論という言説を唱える者は今ではほとんどいなくなってしまったのだという。

「それで・・・それがこの村に何か関係あるのか?」
「この村が見つかったのは今から200年以上前・・・気球が発明されたことによって空から見つかったの」
そう言えば、確か気球は1700年代の後半にはもう飛行実験を成功させていた。
まだ飛行機が無く空から地上を探索するという術を持たなかった時代に、気球の発明によってこんな深い森の奥地に初めて見つかった村の存在は確かに人々の間に大きな衝撃を残したことだろう。
「でも実際にこの村へ調査の手が入ったのは、それから100年近くが経って飛行機が発明されてからなのよ」
「ああ・・・まあ風任せの気球じゃ再調査も難しかっただろうし、この村の正確な位置が分からなかったんだな」
そんな俺の言葉に頷きながら、リジーが森の出口でしばし止めていた足を再び前に踏み出していた。
「でもその時には・・・いいえ、恐らく初めてこの村が見つかった時から、ここはもう廃村になっていたそうなの」
「まあ小さい村だし、交通の便も悪いしな・・・それが何か問題なのか?」
「幾ら何でも交通の便が悪過ぎるでしょ。オリバーは、何でこんなところにわざわざ村を作ったんだと思う?」
そう言われても俺には見当も・・・
いや・・・もしかしてリジーは、この村も先程の古代核戦争論を仄めかす過去の遺物の1つだと言いたいのだろうか?

「良く分からないけど・・・村を作った当時はこんな深い森に覆われていない、もっと開けた場所だったとか?」
「ええ、私もそう思うわ。でももしそうだとしたら、それって、もう何十万年も昔の話だと思わない?」
確かに数千年や数万年くらいじゃここまで過密に草木が生い茂るようなことは稀だろうし、ましてやその間に一切人間による開発の手が入らないという条件までもが重ならなければならないのだ。
「そ、それじゃあこの村は・・・その古代核戦争論にあるような古代人類が作った村かも知れないってことなのか?」
「まあ、平たく言えばそういうことね。どう?ちょっとは興味出て来たでしょ?」
俺はそれを聞いて大きく頷くと、リジーとともに村の中へ颯爽と足を踏み入れたのだった。

それにしても凄い村だ・・・
人間が定住していたのだろう住居らしき建物は精々3、4棟しかないというのに、何らかの儀式を執り行う為に建てられたような祭壇や祠、倉庫のようなものが全て重厚な石材のみで造られている。
それに・・・そんな建物の群れに交じって俺の目を引いたのは、村のそこかしこに建てられている竜を象った石像だった。
西欧では邪気を払う守り神としてガーゴイルやワイバーンなどといった魔物の銅像や石像を飾る習慣があったことは無論知っているのだが、この村はどうやらそれと同じような役目を荘厳な竜の石像に託していたのだろう。

「何でここにはこんなに竜の石像が多いんだ?」
「それもまだ不明よ。単に村の守り神として崇めていたのか、或いは実際に竜と何らかの関わりがあったのか・・・」
そう言うと、先を進んでいたリジーが何処か得意そうな表情を浮かべて俺の方を振り返る。
「でも竜については、オリバーの方が色々と詳しいでしょ?それも、あなたに同行をお願いした理由の1つよ」
確かに、俺は仕事として歴史の謎を紐解く一方で竜に纏わる伝承についても造詣が深い。
というよりも、俺が子供の時から学生時代まで長年一緒に過ごして来たリジーと進路を違えた最大の理由が、竜使いの導師と呼ばれる偉人が残したとされる様々な書籍や資料などに興味を持って調べ始めたことが発端なのだ。
この歴史から忘れ去られた奇妙な村が竜と関係の深い場所なのだとすれば、確かに歴史学者でありながら竜の伝承についての知識もある俺を同行人に選んだ彼女の人を見る目は確かだと認めざるを得ないだろう。

「成る程ね・・・だけど見た限りだと、以前の調査は随分と中途半端なところで止めちまったんだな」
そんな俺の言葉に、リジーも発掘途中で作業が止まってしまったのだろう幾つかの建築物へと視線を巡らせる。
「記録によれば作業中に何人かの人々が突然怪死を遂げたせいで、この村は呪われてるって噂が広まったみたいね」
「の、呪われてる?村を荒らしたから・・・竜の呪いかなんかが降り掛かったって言うのか?」
「分からないけど、亡くなったのは全員発掘をしていた作業員じゃなくて、遺跡を調べに来た調査員だったそうよ」
作業員には犠牲者が出ていないのに、調査員が数人怪死を遂げた・・・
ということはもしその死に何らかの明確な原因があるのだとすれば、それは発掘作業をしたことに対する呪いなどではなく、何らかの禁忌に手を出してしまったことにあるのだろう。
「なあリジー・・・その調査員って、一体何処でどんな死に方をしたんだ?」
「この村には東西南北の端に祠らしき小さな建物があるんだけど、死んだ人達は全員その中にいたって記録があるわ」
犠牲者の全員がその祠の中で死んだ・・・ということは、その祠に何らかの死の原因があるとみて間違い無いだろう。
「北の祠では手足が腐り落ちた死体が、東の祠では頭が破裂して砕け散った死体が見つかったとあるわね」
「西と南は?」
「西の祠では体に外傷は無かったけど、明らかに発狂死した死体があったらしいわ。南の祠はまだ発掘途中みたいね」

成る程・・・祠の発掘作業自体は当然作業員がやったのだろうから、恐らく祠の中に入っただけで死ぬというようなものではないのだろう。
それならば、祠の中に何があるのかを確かめてみる方が早いかも知れない。
「その祠の中って、今も入れるのか?」
「さぁ・・・とにかく行ってみましょう。ここからだと東の祠が近いわ」
東の祠か・・・無惨にも頭が爆発して死んだ調査員がいたというのに、そう言ったリジーには全く動じた様子が無い。
まあ古代の遺跡や何かに足を踏み入れることが多い彼女としては、幽霊やオカルトなんてものにいちいちビビっていたらきっと仕事にならないのだろう。
だが密かに胸の内に不安を抱えたままリジーについて東の祠まで行ってみると、やはり死人が出たからということなのか祠の入口は封鎖されてしまっているらしかった。
多少時間を掛ければ封鎖を解くことは出来るだろうが、こうまでされてしまったのでは今は無理に中へ入る気にはなれそうもない。

「やっぱり封鎖されちゃってるか・・・」
「そう言えば、南の祠はまだ発掘途中だったんだよな?もしかしたらそっちは封鎖されてないんじゃないか?」
「確かにそうね。祠があるのは村の南端だから・・・こっちの方角ね」
やがて南西の方角に向かって歩き出したリジーから視線を外して空を見上げると、俺は空に浮かんだ太陽がもう随分と西に傾いてきていたことに気付いていた。
今の時刻は恐らく17時過ぎ・・・
朝早く町を出て来たというのに、今日はほとんど1日中深い茂みの中を強行軍した記憶しかない。
「オリバー!何してるの?こっちよ!」
「ああ、今行く!」
だがぼんやりと空を見上げている内にリジーは随分と先に行ってしまっていたらしく、俺は慌てて彼女の後を追って夕日に染まった廃村の中を駆け出したのだった。

それから数分後・・・
ようやく南の祠の前に辿り着くと、俺はその入口付近に山と詰まれていた岩や倒木の様子に暗澹とした気分を味わっていた。
人為的に塞がれていた東の祠に比べればバリケードが天然なだけに少し作業するだけで何とか人が1人通り抜けられるくらいの隙間は作れそうだが、今日は流石にもう遅い。
「これなら、頑張れば何とか入口は開けられるんじゃないかしら?」
「確かにそうだけど、今日はもう遅いよ。余り暗くならない内にテントを張らないか?腹も減っちまったし」
「そうね。それじゃあ、今日はここで夜を明かしましょう。明日は早朝から体力仕事よ」
主に俺の方がな・・・
俺は一瞬胸の内でそう呟いたものの、取り敢えず手分けして持って来た大きなテントの材料を引っ張り出すと彼女とともにそれを組み立て始めたのだった。


「ふぅ・・・食った食った・・・リジーとこうやってキャンプするのって、大学の時に一緒に山へ登った時以来か?」
「そうね・・・卒業してからはしばらく疎遠になっちゃってたけど、オリバーも頑張ってるみたいで嬉しいわ」
初日から想定外に大量の食糧を消費してしまった俺達は、テントの外に敷いたマットの上に仰向けに寝転がりながら2人揃って美しく澄んだ満天の星空を見上げていた。
「まあ俺のは半分趣味みたいなもんだけどな・・・でも、こんな興味深い村に連れて来てくれて感謝してるよ」
「本当のことを言うとね、私が今回の調査であなたに同行を頼んだのにはもう1つ理由があるの」
「え・・・何だよそれ?」
そう言ってリジーの方へ視線を向けると、彼女も無数の星々が煌く夜空からこちらに顔を向けていた。
「この村のことなんだけど・・・私は多分縁結びか・・・或いは婚姻の儀式を上げる為の場所だと思っているの」
「婚姻のって・・・何でそう思うんだ?」
「だってここにある建物って、少数の住居と祠を除いたら教会とか大食堂のような建物ばかり並んでるでしょ?」

確かに言われてみれば、恒常的に人が住んでいたのだろう建物はかなり少ないというのにその他の施設は大勢の人々が一堂に会することを想定しているかの如く必要以上に大きく造られている気がする。
もし彼女が言うようにこの村が今から数十万年前、まだ周囲を森に覆われていない開けた場所にあったのだとしたら、ここで結婚式を挙げるカップルやそれに伴う出席者が大勢いたという可能性は否定出来ないだろう。
「確かにそうかも知れないけど・・・え?それって、つまり俺のことを・・・?」
「あらそうよ?20年も一緒に過ごして、私にはもうオリバー以上に親密になれる男性なんていないだろうしね・・・」
何だか随分ととんでもないことをあっさり告白されたような気がするのだが、彼女がその調子を崩さないまま淡々と先を続ける。
「まあ、実際にこの場所へ来るまでは流石にここまで寂れた村だとは思ってなかったっていうのが本音なんだけどね」
「・・・実を言うとさ・・・お、俺も・・・ずっとリジーと一緒になりたいと思ってたんだよ」
「知ってるわよ。あなたの気持ち、私が知らないとでも思ってたの?」
あ、こいつ・・・俺が決死の覚悟で口に出した告白の言葉をあっさり聞き流しやがったな・・・
でもまあ良いか・・・返事がノーじゃないことだけは確かみたいだし・・・
「リジー・・・何ていうかこう・・・お前はもっと色気っていうか、女っぽさを前面に出した方が良いと思うよ」
「良いのよ、私はこれで・・・人生なんて、理想の男性を1人釣れれば上出来ってもんでしょ?」
「いやだから言い方・・・」

俺はそんなリジーの余りの女っ気の無さに半ば呆れ顔を浮かべたものの、取り敢えず20年越しの恋が実ったことに満足して再び美しい星空へと視線を戻していた。
「何よ?急に黙っちゃったりして・・・」
「そう言えばさ・・・どうしてリジーは、いきなり古代核戦争論だなんてトンデモ論を持ち出して来たんだ?」
「別にそれを信じてるわけじゃないんだけど、この世界には普通の科学じゃ説明出来ないことが余りに多過ぎるのよ」
そう言いながら、彼女がマットに寝転んだまま不意にその指先で夜空を指し示す。
「例えばほら、あそこにアルタイルがあるでしょ?」
「ああ・・・夏の大三角形・・・ワシ座の1番明るい星だろ?」
彼女は・・・歴史学者の俺に星座の講義でもするつもりなのだろうか?
だがその先に続けられた彼女の言葉に、俺は彼女が自分で思っているよりもずっとずっと壮大な目標を見据えているということを如実に思い知らされたのだった。

「ギリシャ神話では、ワシ座のワシは3万年に亘ってプロメテウスの内臓を啄む拷問の執行者として伝わっているの」
「それももちろん知ってるよ」
「そのプロメテウスだけど、どうしてそんな惨い拷問に掛けられたかは知ってるかしら?」
プロメテウスは、ギリシャ神話に登場する数多の神々の中でもある意味で最も人間に近い場所にいた神の1柱だろう。
神話の中で彼は人間を創造し、主神ゼウスを欺いて人間に数々の恩恵を齎したことで知られている。
だが彼が後に英雄ヘラクレスに救われるまで3万年もの永い拷問に掛けられた理由は、天界から盗んだ神の火を人間に与えたことで人間達がゼウスの予言通りその火を使って大規模な戦争を引き起こしたからだったはず。
「それは・・・人間に火を与えたからだろ?」
「そう・・・でも人類が火を扱うようになった時期と経緯は諸説あって、一説には40万年前まで遡ると言われてるわ」
一体、彼女は何を言いたいのだろうか?
「神話の中でプロメテウスが与えたとされている火は、現実には落雷や山火事で起きた野火として人間の手に渡った」
「まあ自力では火を起こすことが出来ない時代だったんだから、そりゃそうだろうな」
「でも、私の見解は違うの。人間に最初の火を与えたのは、実は竜だったんじゃないかって思ってるのよ」

竜が・・・人間に最初に火を与えた・・・?
「まさか・・・幾ら何でも突拍子過ぎるよ」
「でも、偶然の自然災害で起きた火を手にしたっていう説よりは寧ろ自然じゃないかしら?」
確かにリジーの言う通り、知能の良し悪しにかかわらず全ての生物が本能的に恐れる火というものをある日突然人間が手にしたというのは幾分信憑性に欠ける話であることは否めない。
先に全く火を恐れない生物が存在していて、彼らが人間に火の有用性を説いた・・・という説の方が、そこからの急速な人類の進化を考えれば腑に落ちる点が多いのだ。
そして実際に高度な知能を有しながら火を恐れない生物が存在していたのだとしたら、それが竜であるという彼女の見立ては恐らく間違ってはいないのに違いない。
「でもそうだとするとさ・・・人間と竜は、そんなにも太古の昔から交流があったってことだよな?」
「或いは今の人類じゃなくて、核戦争で滅ぶ前の古代人類が、だったのかも知れないけれどね」
成る程・・・それは確かに興味深い話だ。

「他にも、竜と人間が遥かな昔から関わっていたという証拠のような遺跡もあるのよ」
「どんな遺跡?」
「この村と同じような深い森の奥地に佇む、4色の群塔なんかもそうね」
リジーの話によれば、外壁を青、灰、赤、薄緑の4色に塗り分けられた大きな4本の塔と、それらを繋ぐように中央に伸びている建物からなる遺跡が存在しているのだそうだ。
その塔の内部には分厚い石壁で囲まれた幾つもの部屋が並んでいて、宛ら巨大な牢獄のようなのだという。
また四方の塔には地上からの出入口が存在せず、最上階にある尖塔に空いた大きな穴と中央の建物から伸びる幾本かの通路だけが塔へ出入りする為の数少ない手段になっているらしい。

「それって、結局何の建物だったんだ?」
「正確なことは今も分かってないけど、多分竜の為の監獄だったんじゃないかって説が有力よ」
竜の為の監獄ということは、当然そこには堅牢な施設に幽閉されるような凶悪な竜と、それを管理する看守のような役割の竜もいたことだろう。
尖塔に穴が空いているということは、恐らく看守の竜が塔を出入りする時にそこを使っていたのに違いない。
「でも仮にそこが本当に竜の監獄だったとしても、それを作ったのは当然人間っていうことになるでしょ?」
「ああ・・・だからそれが、古代人類と竜が共存していた証拠になるっていうわけか」
「その仮説を進めていくと、古代人類が残した遺跡や遺物には竜と関連があるものが非常に多いことに気が付くのよ」
リジーのその話は、同じようにして不自然な程に竜を象った石像が溢れているこの村もそうした古代人類の時代から存在している遺跡なのではないかという仮説に繋がってくるものだったのだ。

「だけどさ、もし本当にここが古代人類の住んでいた村だったとしても、俺達は何を探せば良いんだ?」
「それはまだ分からないけれど・・・まずはあの祠の中を調査するのが先決ね」
そんな彼女の言葉に、テントのすぐ近くで暗い闇の中に溶け込むように佇んでいる祠へと視線が吸い寄せられる。
かつて幾人かの人々の命を奪い、この村の調査を中断させたという竜の呪い・・・
あの暗闇の奥には、少なくとも確実にそんな悲劇を引き起こし得る何らかの脅威が眠っているのだ。
「ほら、今夜はもう寝ましょう。明日も早いわよ」
「あ、ああ・・・そうだな・・・」
そして彼女とともにマットを畳んで仕舞い込むと、俺達は広いテントの中に入って静かに寝袋へと包まったのだった。

翌朝・・・俺はテントの中に差し込んでくる明るい陽光に瞼を擽られて目を覚ましていた。
「う・・・ん・・・」
だが半分寝ぼけ眼でゴロリと体を転がすと、隣りで眠っていたはずのリジーの姿が無いことに気が付く。
「あれ・・・リジー・・・?」
そしてそっとテントから顔を出して外の様子を伺ってみると、俺よりも随分先に起きていたらしいリジーが1人で先に祠の発掘作業を開始していたらしかった。
女手であの重い岩や木を退けるのは大層骨が折れるだろうというのに、梃子を使って汗だくになりながら祠の入口に小さな穴を空けようと長時間奮闘しているようだ。
俺はそれを見て慌てて服を着替えると、テントを飛び出してリジーを手伝いに行った。

「おはようリジー、作業するなら起こしてくれれば良かったのに」
「ああ、おはようオリバー。私もちょっと気が逸っちゃって・・・」
そう言うと、彼女が作業の手を止めて疲れ切った顔を俺の方へと向ける。
「2時間も前に目が覚めちゃったから、流石にそんな早朝から起こすのも悪いかと思ったのよ」
「え・・・もう2時間もこんな作業してたのか?後は俺がやるから、リジーは休んでなよ」
「ええ・・・そうね・・・助かるわ」
俺は本当に疲労困憊しているらしいリジーから梃子代わりに使っていた太い木の枝を受け取ると、その場に座り込んだ彼女を尻目にもう随分と退かされている瓦礫の山を見つめていた。
既に祠の中へ通じる道は少し出来ていて、後は大きな岩を1つ退けられれば何とか中へ入ることは出来るだろう。
そして積み上がった岩の隙間に枝を差し込むと、顔を真っ赤に膨らませてそれに体重を掛けてやる。

「ふんぐ・・・」
ミシ・・・ギシシ・・・
かなり丈夫なはずの木の枝が軋みを上げてしなるものの、岩の方も微かにだがグラグラと揺れていた。
何とかもう少し力を掛ければ岩を退かせられそうな気がするのだが、ここまで来て疲れ切ったリジーに加勢を頼むのも何か男として情けない気がする。
そして再度木の枝を岩の隙間の奥深くへ叩き込むと、俺は岩に攀じ登ってその枝の上に思い切り飛び降りていた。
「ちょ、ちょっと、危ないわよオリバー!」
そんな無謀な挑戦を目にしたリジーが思わず素っ頓狂な声を上げたものの、首尾良く枝の上に着地した俺の全体重が梃子を通じて辛うじて岩の重量を上回ったらしい。

ズグ・・・ガララッ・・・ゴロ・・・
「うわっ!」
だが岩が外れた拍子に梃子の上に乗っていた俺もバランスを崩し、ドサリと地面の上に投げ出されてしまう。
「痛てて・・・」
「オリバー、大丈夫?怪我は無い?」
慌ててリジーが駆け寄って来たものの、どうやら右肘をほんの少し地面で擦り剥いた程度で済んだようだ。
「ああ・・・大丈夫・・・ただの掠り傷だよ。それより、祠の入口が開いたみたいだ」
見れば先程の岩が意外と奥の方まで張り出していたらしく、直径60センチ程の大きな穴が空いているのが目に入る。
「流石ねオリバー。何時も無茶するのは昔から変わってないみたいだけど」
そして彼女に起き上がるのを手伝って貰うと、俺はライトを手にゆっくりとその祠の中へ潜り込んだのだった。

「オリバー、何か見える?」
俺と同じようにライトを持ちながら後ろをついて来ているリジーが、彼女には珍しく不安気に周りを見回しながらそんな声を上げる。
「ん・・・奥行きはそんなに無いみたいだ。左右の壁に竜の頭を象った彫像があって・・・あれは何だ?」
やがて周囲に振り向けていた視線が祠の最奥にある物を捉えると、俺は胸の内に何とも言えない好奇心の波が膨れ上がって来るのを感じていた。
「これって・・・石板・・・よね?」
「ああ・・・何か文字が書かれてるみたいけど・・・これ以外には特に目ぼしいものは見当たらないな」
見れば祠の奥にある部屋の中央に、奇妙な文字が彫られた大きな石板がポツンと安置されている。
周りの壁には装飾として竜の像が幾つか彫られているだけのようだから、この祠は石板を保管しておく為だけに作られた場所だと見て間違い無いだろう。

「この石板の文字、何て書いてあるのかしら?楔形文字・・・ともちょっと違うみたいだけど・・・」
「ん・・・これって・・・古代の竜の爪文字だよ」
「爪文字?竜が・・・文字を使っていたっていうの?」
考古学に明るいリジーも、流石に竜の伝承については俺程には詳しくないらしい。
「実は竜は、人間以外で文字による意思疎通を試みた唯一の生物なんだよ」
そう言いながら、持っていた刷毛で石板に溜まった砂や汚れを払い落としてやる。
「だけど書物で後世に文化を伝えた人間と違って、竜はそういう文化を全て口伝で子孫に残していったんだ」
「でもそれじゃあ、途中で失伝した文化もたくさんあったんじゃないの?」
「ああ・・・この爪文字もその1つだよ。今では表意文字として幾つかの文字が伝わっているだけなんだけど・・・」
だがそこまで言ってから、俺はそこに書かれている文字を自分で読むことが出来ることに気付いていた。
「これはそれよりも古い、表音文字の爪文字みたいだ。竜使いの導師が、この読み方を本に書いてたのを覚えてる」
「読め・・・るの・・・?」
「単純な言語なんだよ。子音と母音の組み合わせ・・・解読にはちょっと時間が掛かると思うけどね」

それを聞くと、リジーは心底嬉しそうに俺の肩を叩いていた。
「オリバーを連れて来て良かったわ!それじゃあ、その石板の解読はあなたに任せても良いかしら?」
「ん・・・それは良いけど、リジーはどうするんだ?」
「私は爪文字の解読には役に立てそうにないし、今の内にちょっと他の場所も調べてみるわ」
まあ確かに、清掃を進めながらこいつを解読するのには丸1日掛かりそうな気配だ。
「ああ分かった。でも気を付けろよ」
「心配ご無用よ。暗がりには入らないから、私のライトもあなたに預けておくわね」
彼女はそう言って自分のライトを俺に手渡すと、闇の中を手探りで引き返しながら祠の外へと出ていったのだった。

「ええと・・・これとこれで・・・くそっ、暗くてメモが取りずらいな・・・」
リジーが出て行った後、俺は1人祠の中で石碑に彫られた爪文字の解読に苦心していた。
彼女の説が正しければ、この村は人類史よりも遥か以前から存在している忘れられた過去の村・・・
そんな数十万年という途方も無い昔に彫られたと見える文字は長い年月の間に風化が進んでいて、念入りに清掃を施さないと依然としてその全容が掴めそうにないのだ。
「確か母音が6つ・・・子音はあっても10個以下だったはず・・・こいつは何だっけ・・・リ・・・ムか・・・」
解読を開始してから30分・・・俺はようやく1つの単語を石板に刻まれた無数の文字列の中に見つけ出していた。
パラベリム・・・確か竜語で"春"を意味する言葉だ。
だがこの程度の爪文字なら、ある程度竜の伝承に明るい調査員なら時間を掛けてその内容を解読することは難しくなかったに違いない。

「良し、次だな・・・」
竜語では基本的に助詞や副詞という概念が人語に比べて乏しく、大抵の場合は単に複数の単語を羅列することで意味を伝えていたと考えられている。
言わば、片言で話しているような感じだ。
ということは、次に続くのも何らかの単語なのだろう。
「これはバ・・・いや、ビかな・・・ビス・・・ト・・・ビスティアか・・・意味は確か"訪れ"、とかだっけ・・・」
"春"と"訪れ"の単語が続いているところを見る限り、これは恐らく竜語で書かれた詩なのだろう。
竜使いの導師が残した竜語の辞書はもう穴が空く程何度も読み返したお陰で大抵の単語とその意味は頭の中に入っているのだが、流石にこれだけの文章を全て解読するのは骨が折れるというものだ。
しかしそれでも少しずつ解読が進んでいることに手応えを感じると、俺は再び石板にライトを翳して次の文字へと意識を集中したのだった。

「やっぱり、ここは主に冠婚葬祭をしていた村だったみたいね・・・」
オリバーを祠の中に残して村の中を歩き回っていた私は、既に以前の調査で発掘が完了していたらしい幾つかの建物を巡りながらその荘厳さに素直に感動していた。
数十万年前・・・古代人類と言えば古めかしいイメージを持ってしまいがちではあるのだが、もし彼らが本当に大規模な核戦争で滅亡したのだとすれば、その科学力や技術力は現在の比ではない程に進んでいたのかも知れない。
それらを裏付けるように、全て石で造られているはずの建物はその悠久の時の流れの中で繰り返された数多の風雨や地震にも耐えて現代にまでその原型を驚くべき保存状態のまま残していた。
現代人類とは文化も風習も、そしてもちろん言語までもが違う時代・・・
先程オリバーが見つけた祠の石板には竜の爪文字が記されていると言っていたが、もしかしたらこの村に住んでいた古代人類は正にその竜語を人語として話していたのではないだろうか?
そうだとすれば、太古の昔に人類が竜と共存出来ていたという説にも一定の説得力があるというものだ。

「そうだ、祠と言えば・・・」
私は何時の間にか随分と村の北側まで来ていたことに気が付くと、思わず反射的に周囲を見回していた。
その視界の先に、村の北端を示す祠が異様な存在感を放ちながら鎮座しているのが目に入る。
だがふと祠の入口に目をやった私は、そこが東の祠とは違って特に何の封鎖もされないまま開いていることに気付くのに不覚にも数秒の時間を要してしまっていた。
「祠が・・・開いてる・・・?封鎖されたのは東の祠だけだったのかしら?」
私はライトをオリバーに預けてきてしまったことを一瞬後悔したものの、キャンプ用品としてライターを持っていたことを思い出すと小さな火種の明かりを頼りにその祠の中へと静かに足を踏み入れていた。
南の祠と違って入口が大きく開いているお陰で外光もある程度中へ差し込んでいるから、仮にライターが役に立たなかったとしてもそこまで真っ暗にはならないはずだ。
そしてさして深くはない祠の最奥へ辿り着いてみると、中はやはり南の祠と同じく壁に竜の装飾が彫られている以外には爪文字の刻まれた大きな石板が安置されているだけらしい。

カラ・・・
「ん・・・?」
やがて薄暗い天井を見上げながら暗がりの中を歩いていた私は、不意に何か軽い物を蹴飛ばしたような感触に視線を地面へと下ろしていた。
するとそこに、もうほとんど風化して崩れ掛けた人骨の一部が転がっているのが目に入る。
「これは・・・人の手足の骨だわ・・・でもそれ以外の部位が見当たらないわね・・・」
そう言えば、この北の祠は確か手足の腐り落ちた調査員が見つかった場所だったはず。
だがこんな手足の骨が残っているというのに体の部分が見当たらないということは、誰かが運び出したのだろうか?
いや・・・もしかしたらその調査員は、ここで発見された時まだ息があったのかも知れない。
そして急いで病院に運び込まれたものの、そのまま息を引き取ってしまったというのが真相なのでは・・・?
だがそうだとすると、その調査員はここで何かをしていた拍子に突然手足が腐り落ちるという壮絶な悲劇に見舞われたことになる。
ここには精々爪文字の刻まれた石板くらいしかないのだから、彼が何をしていたのかは明白というものだった。

「この石板、綺麗に清掃がされてる・・・発掘は完了してたわけだから、彼は当然石板の解読をしていたのよね」
何か、嫌な予感がする。
私は足早に祠から出ると、今度は村の西側へと向かっていた。
オリバーのことが心配でないと言えば嘘になるのだが、今は西の祠がどうなっているのかを確かめる方が先決だろう。
そして半ば息を切らせながら村の西端にある祠へやって来ると、私はその入口も大きく開かれていたことに安堵しながらライターを片手に中へと入っていった。
「ここもあるのは壁の竜の装飾と石板だけだわ・・・」
ということは、やはり祠の中で死んだ調査員は全員石板の解読作業をしていた可能性が高い。
もしやこの石板の文字は・・・決して詠んではいけない禁忌の類なのでは・・・
「オリバー!」
私はその恐ろしい想像に彼の名を叫びながら祠を飛び出すと、南東の方角へ向けて必死に駆け出したのだった。

「パ・・・ルと・・・ロスパルか。意味は確か"吹く"とか"吹き抜ける"だったな。これで最後か・・・」
爪文字の解読にも慣れてきたお陰で、俺は丸1日は掛かると思われた石板の解読をものの3時間程で完了させていた。
やはり俺が想像していた通り、この石板に書かれているのは詩の一篇のようだ。
"春が訪れ、新芽が大地に顔を出す"
"偉大なる者の手足となりて、我は〜〜道へと足を踏み出さん"
"〜〜儀式を望みて詠う者、不動の星に目を向けよ"
"雌雄を繋ぎし慶事を控え、張り出しの丘に〜〜風が吹き抜ける"
一部意味の不明なところと意訳した部分はあるものの、全体の意味としては大体こんなところだろう。
それにしても・・・竜語というのはなんと美しい言葉なのだろうか。
言語体系としては些か未熟な部分があるものの、これを口伝で後世に伝えて来た竜というものがどれ程深遠な叡智に溢れた存在なのかが垣間見えるというものだろう。

「パラベリムビスティア、バーロットパラーガ・・・」
やがて解読した詩を音読していると、不意に外から荒々しく走る誰かの足音が聞こえて来た。
恐らく、リジーが戻って来たのだろう。
「待ってオリバー!それを詠んじゃ駄目よ!」
「・・・ベティーノロスパル・・・えっ?」
だが何やらリジーが叫んだらしい言葉の意味を理解した時には、俺は既に石板に書かれていた詩を詠み切ってしまっていた。
その瞬間、石板が奇妙な青白い輝きを放ったかと思うと俺の体にドンッという強烈な衝撃が駆け抜ける。

「うあっ!」
ドサッ・・・
「オリバー!大丈夫・・・?」
やがて狭い入口を潜り抜けて祠の中に飛び込んで来たリジーが、地面に倒れ込んだ俺の傍に駆け寄ってくる。
「あ、ああ・・・ちょっとびっくりしたけど、特に痛くも苦しくもないし問題は無さそうだ」
「よ、良かった・・・」
「それよりどうしたんだ?そんなに慌てて・・・」
俺がそう訊くと、リジーがそっと俺の体を起こしてくれる。
「北と西の祠は封鎖されてなかったから中を覗いてみたんだけど・・・ここと同じように石板があったのよ」
「それで?」
「それでって・・・他の祠では調査員が死んでるのよ?あなたにも彼らが何をしてたのか想像が付くでしょう?」
ああ、成る程・・・
つまりリジーは、祠の中で死んだ調査員達は全員石板に刻まれた詩を詠んで死んでしまったと思っているのだ。
確かに俺も詩を読んだ直後に奇妙な衝撃が体に走ったものの、今のところ特にこれと言って異常があるようには見えない。

「取り敢えず、ここの石板の解読はもう終わったから他の祠にも行ってみないか」
「え・・・ええ・・・それは良いけど・・・本当に体は大丈夫なの?」
「大丈夫だって。別に何処も何とも・・・」
だがそこまで言った時、俺はさっき擦り剥いたはずの右肘の傷が何時の間にか綺麗に治っていたことに気付いていた。
「あれ・・・さっき付けた傷が消えてる・・・」
元々大きな傷ではなかったのだが、ほんの数時間前に負った傷がこんなにすぐに全快するはずがない。
「おかしいわね・・・私もさっき見たけど、傷があった痕跡すら綺麗に無くなってるわ。最初から無かったみたいに」
「何だか訳の分からないことだらけだな・・・とにかく、ここはもう出よう」
俺はそう言ってリジーとともに祠を抜け出すと、そのまま西の祠へ向かってみることにした。

「ところで、リジーは祠以外のところは見て回ったのか?」
やがて村の西へと向かって歩きながらそんな質問をリジーに投げ掛けてみると、彼女から明朗な答えが返ってくる。
「ええ・・・思った通り、祭事を執り行う為の施設が多かったわ。でも、そうだとするとちょっと疑問があるの」
「どんな疑問?」
「この村に定住していた人の数が少なかったっていうのは、住居の少なさを見ても明らかでしょう?」
まあ確かに、普通の家として使われていたのだろう建物は数えるくらいなのだから、人口は数十人どころか場合によっては10人程度だったという可能性だってあるだろう。
「でも例えばここで結婚式を挙げるとして大勢の招待客を呼んだとしたら、交通の便が余りにも悪いのよ」
「それは大昔はこの村の周辺が開けていたって・・・」
「確かに村の周囲はそうかも知れないけど、この村の周りには他の町や村があった形跡が全く無いのよ」
つまりリジーは、周辺の自然環境は別としてもどうしてこんな辺鄙なところにわざわざ村を作ったのかということを疑問視しているのだろう。

「じゃあ・・・この場所に村が作られた理由が他に何かあるって言いたいのか?」
「だって不思議でしょ?祠の石板は後から作られたものだから、最初からこの場所にあったわけでもないだろうし」
「村自体をこの場所に作らなきゃいけない理由か・・・ここの近くに、何か他に目に付く場所や物は無いのか?」
そう訊くと、リジーが何かを思い出そうとしているかのように首を捻る。
「さあ・・・村から西へ少し行ったところに、細長い崖の張り出した丘があるくらいかしら」
「崖の張り出した丘だって?それだよリジー。多分それが、この村がここに作られた理由なんだ」
だがそんな俺の声に、リジーは疑問の表情を更に色濃くしながらこちらを振り向いたのだった。

「どういうこと?」
「さっきの石板の文字を解読していたら、最後の一節に"張り出しの丘"っていう言葉が出て来たんだよ」
「それが、崖の張り出した丘のことだっていうの?」
そう言ったリジーの声には、目に見える程の疑問と好奇心が半々に入り混じっていた。
「ああ・・・それに、"雌雄を繋ぎし慶事を控え"ともあった。多分、婚姻の儀式をそこですることを指してるんだ」
「じゃあこの村は、その"張り出しの丘"も含めて祭事施設の一部だっていうことね」
「多分ね・・・まあ、他の石板も解読してみないとまだ何とも言えないけど・・・」
やがてそんなことを話している内に西の祠に辿り着くと、俺は確かに綺麗に口を開けている入口を見て苦笑を浮かべていた。
「なあリジー、不思議に思わないか?何で北と西は何ともないのに、東の祠だけ封鎖されたんだと思う?」
「さあ・・・でも北の祠には手足の人骨があったから、多分東には頭部の無い遺体が残ってるんじゃないかしら」
「手足の人骨ってことは、体の方は無かったってことだよな?それじゃあ、死ぬ前に何処かに運ばれたってことか」

私はそんなオリバーの言葉に頷くと、彼からライトを受け取って祠の中へと足を踏み入れていた。
「多分そういうことだと思うわ。だから、この石板の文字は詠んじゃいけないものだと思ったのよ」
「成る程ね・・・でも取り敢えず、この爪文字も解読してみるよ」
「大丈夫なの?」
私がそう言うと、石板の前に身を屈めたオリバーが平気だとばかりに手を振る。
「少なくとも全部音読しなければ何も起こらないみたいだし、意味を解読するだけなら問題無いと思うよ」
そうは言うものの、さっき南の祠で詩を詠んだオリバーは明らかに石板から何らかの影響を受けていた。
今のところは特に体に異常は無いらしいのだが、この西の祠は調査員が発狂死した場所・・・
場合によっては後々になってから精神に何らかの影響を及ぼす可能性もあるだけに、私の不安と心配の種は尽きないというものだった。

「ん・・・南の詩と幾つか共通してる単語があるな・・・」
「どんな言葉?」
「冒頭は"冬が訪れ"から始まってる。後は"偉大なる者"、"何とかの儀式"、"雌雄を繋ぎし慶事"辺りは入ってるな」
まだ発掘途中だった南の祠と違って石板の文字もくっきり見えるお陰で、解読作業はさっきよりもずっと早く終わりそうだ。
相変わらず意味の不明な単語は幾つかあるものの、文字の場所からして大まかな文脈にはそれ程影響の無い部分のようだから特に問題は無いだろう。
「リジー、2時間くらいで解読は終わると思うから、今の内に例の張り出しの丘って奴を調べて来てくれないか?」
「そうね、分かったわ」

そう言うと、私は祠を出て更に村の西側へ広がる森へと足を踏み入れていた。
村へ来た時程過密な草木に覆われているわけではないものの、背の高い茂みで視界はお世辞にも良いとは言えないだろう。
だが村を出てものの10分程で大きく木々が避けた円形の広場のような場所へ出ると、私は開けた木々の間から快晴の空を見上げていた。
その真っ青な空の真ん中に、崖から大きく張り出した細長い岩棚の橋が見える。
「あれが張り出しの丘ね・・・でも凄い高さだわ。少なくとも4、500メートルはありそう・・・」
思っていた以上に遠くに見える崖の張り出しに一瞬辟易したものの、私は意を決して崖下から続く急な坂道を登り始めていた。
かつて誰かが幾度と無く通った場所なのか、急な勾配であることを除けば崖の上へと続く道は思った以上に開けていて意外に歩きやすい。
あの張り出しの先に立って下界を見下ろしたら、さぞかし壮大な絶景が見えることだろう。

「ふぅ・・・ふぅ・・・確かに歩きやすいけど・・・結構きつい坂道ね・・・」
クネクネと九十九折りのように曲がりくねった道を汗だくになって歩きながら、私はようやく半分程の高さまでやって来たところで一息着いていた。
職業柄登山にも慣れている私でさえ、この道を踏破するのはかなり辛く感じる。
もしオリバーが言うようにあの張り出しの丘が何らかの儀式を行う場所なのだとしても、人の身でそこに辿り着くのは正に至難の業に感じられていた。
「時間は・・・まだ1時間も経ってないか・・・」
正直もう引き返そうかという誘惑が無いわけではなかったものの、今戻ったところでオリバーの解読が終わるまでは私に出来ることは他に何も無い。
それに急な坂道なのだから、帰りはもっと早く戻って来られるだろう。
私はそう自分に言い聞かせると、額の汗を拭って再び1歩1歩険しい道のりを踏み締めたのだった。

それから更に1時間後・・・
全身に溜まった疲労に荒い息を吐きながら何とか丘の頂上まで登り切ると、私は断崖絶壁から張り出した細長い岩の架け橋をこの目に捉えていた。
「ここが・・・はぁ・・・張り出しの丘ね・・・はぁ・・・」
丘と言えば聞こえは良いが、垂直方向に数百メートルも伸びている崖は正に峻険な岩山そのもの。
だが目も眩むような高さに半ば怯えながらもその丈夫そうな厚い岩で出来た張り出しにそっと乗ってみると、これまで見たことも無いような壮大な絶景が視界の一面を覆い尽くしていく。
遠い地平線の先まで人間の住む町や村が一切見当たらない、広大な緑の園。
先程私が出て来たあの村も厚い木々の梢に隠れてしまっていて、私は誰も住んでいない一面緑の惑星にたった1人取り残されてしまったのではないかという錯覚に陥る程の有り余る自然の景色を満喫していた。
長い長い坂道を登って来た疲労までもが癒されていくようなその清々しさに、張り出しの上に立ったまま大きく深呼吸してみる。
だが一頻り心地良い風を全身に浴びると、ふと時計に目をやった私は思った以上に時間が経っていたことに驚いて今来た長い道のりを引き返し始めたのだった。

「遅いなリジー・・・もう3時間近くも経つってのに・・・」
当初の宣言通り2時間程で無数の爪文字が刻まれた石板の解読を終えた俺は、祠の外の地面に座り込んで張り出しの丘を見に行ったリジーが帰ってくるのをじっと待ち続けていた。
「ふぅ・・・それにしても、興味深い詩だな・・・早く残りの2つも解読してみたいよ」
竜語の意味を思い出しながら四苦八苦してメモ帳に書き出した新たな詩が、最初に南の祠で石板を見つけた時にも感じた俺の知的好奇心を殊更に煽り立てていく。
"冬が訪れ、世界を〜〜と静寂が支配する"
"偉大なる者の魂よ、我の総身に行き渡れ"
"〜〜儀式を望みて詠う者、〜〜とともに天から地へと舞い踊る"
"雌雄を繋ぎし慶事を目指し、張り出しの丘に登り征け"
相変わらず意味の分からない単語は幾つかあるものの、まあ最初の文章にはそれ程重要な意味は無いのだろう。
寧ろ問題は、この儀式というのが何の儀式なのかということだった。
他の不明な部分は竜使いの導師が残した辞書に言葉が載っていたのは覚えていても意味が思い出せなかっただけなのだが、この儀式の前に付く言葉は少なくとも辞書で見かけた記憶が無いのだ。
ということは、恐らく何らかの固有名詞なのに違いない。

だがその時、俺は随分と疲れ切った様子のリジーが西の森からヨロヨロと出て来たのを目にしていた。
「リジー!随分と遅かったね」
「ああ・・・オリバー・・・待っててくれたのね・・・」
そう言うと、リジーが力尽きたように地面の上へドサリと座り込む。
「大丈夫か?」
「はぁ・・・はぁ・・・とんでもなく疲れたわ・・・あれは丘っていうよりももう立派な山よ・・・」
そして荒ぶっていた呼吸がようやく静まると、その疲れ切った顔に幾分かの生気が戻ってくる。
「でも凄い絶景だったわ。具体的に何をする場所なのかは分からなかったけど、確実に何かの施設ね、あれは」
「そのことなんだけど、何をする為の場所なのかは分かったかも知れないよ」
「本当に?石板に何か書かれていたの?」
俺はそんなリジーの問い掛けに、爪文字の意味を解読したメモ帳を開いて見せていた。
「ほらこれ・・・3行目に、"天から地へと舞い踊る"っていう一節があるんだよ」
「でも、その前が分からないわ。何とともにって書いてあるのかしら?」
「俺も記憶がちょっと曖昧で確証が無いんだけど、文脈からするとそこは結婚相手を意味する言葉が入るんだと思う」

リジーはそれを聞くと、少しばかり沈黙を挟んでからその顔に怪訝そうな表情を浮かべていた。
「待ってオリバー。じゃあ例えばそこには"番い"とか"恋人"みたいな単語が入るとしても、それってつまり・・・」
「ああ・・・この文面だと、その張り出しの丘から結婚相手と一緒に飛び降りるってことになるんじゃないかな」
「それじゃあどっちも死んじゃうじゃない!」
神秘的な婚姻の儀式というロマンチックな夢を思い描いていたところに突然身も蓋も無い悲惨な無理心中の光景をぶち込まれたからなのか、普段温厚なリジーが珍しく声を荒げる。
「まあ落ち着けってば。ここが冠婚葬祭の各種儀式を執り行う村だったとしても、これは明らかに結婚の儀式だろ?」
「そ、そうね」
「だから多分、張り出しの丘から飛び降りても死なない何らかの方法があるはずなんだよ」
彼女はその俺の言葉に少し落ち着きを取り戻すと、そっと地面から立ち上がっていた。
「仮にそうだとしたら、まずは他の石板の爪文字も解読してみないといけないわね」
「そうだな・・・でも、今日はもうテントに戻って休まないか?リジーも疲れてるみたいだし、俺も腹が減ったよ」
「確かに、私ももうお腹ペコペコ。それじゃ、今日の調査はここまでにしましょうか」
そしてどちらからともなくグウグウと鳴り出した腹を抱えて南の祠まで戻ると、俺達は手分けして急いで夕食の準備に取り掛かったのだった。

それからしばらくして・・・
「ねえオリバー・・・」
昨夜と同じように膨れた腹を抱えながら2人で外のマットに寝転がっていると、不意に彼女がそんな声を掛けてきた。
「ん・・・何だリジー?」
「あなたの専門分野では、古代核戦争説だなんてトンデモ論でしかないんでしょう?」
「ああ・・・まあね。でも正直に言うと、俺も実は有史以前に古代人類がいたっていう説には同意してるんだよ」
それは予想外な返答だったのか、リジーが驚いた様子でマットから体を起こす。
「そうなの?」
「意外だった?・・・その理由はあれだよ」
俺はそう言うと、南の祠の近くに建っていた竜の石像の1つを指差していた。
「竜の伝承について調べていくと、俺達が学校で習ったようないわゆる普通の歴史が途端に胡散臭くなっちまうんだ」
「例えば、どういうところでそう思うの?」
「昨日リジーが言ったように、人類が何時からどうやって火を使うようになったのかっていうのもその1つだろうな」

そう言いながら俺も体を起こすと、晴れ渡った空に広がる無数の星々の煌きへと目を向ける。
「ギリシャ神話に聖書、日本の伝承、仏教の由来・・・他にも挙げればキリが無いんだろうけど・・・」
そんな俺の話を聞きながら、リジーもまたマットに座ったまま明るい夜空を仰ぎ見ていた。
「歴史が長く特に宗教が興った国には、大抵神話と呼ばれる話があるだろ?」
「ええ、そうね」
「でも神話っていうのは、その多くが現実に起こった出来事を寓話化して後世に伝える為のものなんだよ」
それには特に異論無かったのか、リジーが横で小さく頷いたのが目に入る。
「で、実はそういう神話のほとんどに、竜やそれを連想させる異質な存在が登場しているんだ」
「確かに言われてみるとそうね。ギリシャ神話にはヒュドラって怪物が出てくるし、日本にも8本首の竜がいたわ」
「一説によるとイヴを誘惑して禁断の果実を手にさせた蛇が竜を指すっていう解釈もあるし、サタンもそうだろ?」
うんうんとさっきよりも激しく頷きながら、リジーが早く先を続けろとばかりに無言の圧力を掛けてくる。
「更にそういう存在の多くが、人間や神に打ち倒される悪役として描かれているんだ。それってどうしてだと思う?」
「古代人類がもし竜を神かそれと同等の存在として崇めていたんだとしたら、それを否定する為、とかかしら?」
「そう。滅亡後に新しく再興した人類が宗教の神を認知させる為に、古代の神である竜を駆逐しようとした・・・」
リジーはそれを聞くと、大きく1つ息を吐いてから再びマットの上に寝転がっていた。

「有り得る話だわ。まだ文化の交わりが無かった時代から、竜を想起させる存在は世界中で示唆されていたわけだし」
「だから俺はこの村が其処彼処に竜の石像を置いて奉っているのを見て、ますます古代人類の存在を確信したんだよ」
「成る程ね・・・それじゃあ古代人類も、今見ている無数の星座に別の名前を付けていたのかも知れないわね」
そう言われて星空に目を向けると、昨日彼女が指し示したアルタイルが一層明るく光り輝いている。
「どうして?」
「だって古代人類は当然プロメテウスもワシのことも知らないわけでしょ?星空はずっと変わらないんだから・・・」
だが彼女がそう言った瞬間、俺はハッとして持っていたメモ帳を取り出すとそれを手近にあったライトに翳していた。
「星座にだって別の・・・どうしたのオリバー?」
「いや・・・その話でちょっと思い出したんだ。もしかしたらだけど、石板の謎が全部解けたかも知れないよ」
「ほ、本当?どういうことなの?」
俺は予想通りのそのリジーの言葉を聞くと、ライトに照らしたメモ帳を彼女に見せてやった。

「これ、最初に解読した南の石板の詩なんだけど、3行目に"不動の星に目を向けよ"って書いてあるだろ?」
「え、ええ・・・」
「不動の星って、リジーなら何を思い浮かべる?」
その質問に彼女が一瞬だけ空を見上げてからすぐに答えを返して来た。
「動かない星なんだから・・・普通なら北極星よね?」
「そう。つまりこの文は、北に目を向けろって意味なんだよ。村の北には何があると思う?」
「北には・・・もしかして、北の祠のことを指してるのかしら?」
そう呟きながら、リジーも俺が何を言いたいのかをようやく理解したらしい。
「その通り。多分この詩は、4つの石板を繋ぎ合わせて初めて完成するんだ。詠む為の正しい順番があるんだよ」
「じゃあ以前の調査で石板を解読して死んだ調査員達は・・・その順番を間違ったからだって言うの?」
「多分ね。そうなると順番としては南が最初で、次が北、西は文面からして最後に詠むのが正しいんだと思う」
だがそれを聞いたリジーが、またしても予想通りの質問を返して来た。

「でも仮にそうだとしても・・・全ての詩を詠むとどうなるっていうの?」
「それは2行目にある、"偉大なる者の手足となりて"ってのがヒントだと思う。これは多分竜を指してる言葉なんだ」
「じゃあ竜の手足になって、だから・・・竜に忠誠を誓って仕えるっていうこと?」
確かに、そういう解釈も出来ないことはない。
だが西の石板の詩には"偉大なる者の魂よ、我の総身に行き渡れ"という文章があったから、この部分は寧ろ自分自身の直接的な変化を指していると見るのが正しいだろう。
「そうとも読めるけど、もう1つ別の解釈が出来るだろ?これを詠んだ者の手足が竜になるっていう意味にさ」
「でもオリバーの手足は・・・詩を詠んだのに何ともないわよね?」
「いや・・・さっき肘を擦り剥いた傷が綺麗に治ってただろ?多分、まだ見た目に変化が無いだけなんだよ」
それを聞くと、リジーの顔に明らかな狼狽の色が表れていた。
「そ、それじゃあ・・・オリバーが・・・竜になっちゃうっていうことなの・・・?」
俺が、竜になるか・・・
頭ではもうその意味を理解していたはずだというのに、俺は改めてリジーにそう言われて現実を直視していた。
「ああ・・・そう・・・なるのかな・・・」
途端に先行きの見えない不安が胸に圧し掛かり、平静を装うはずだった声が微かに震えてしまう。
「とにかく・・・今日はもう寝よう。何れにしても、祠の調査は進めないといけないしな」
「そ、そうね・・・」
やがてマットを片付けてテントへと移動した俺達は、お互いに無言のまま眠れぬ夜を過ごしたのだった。

翌朝、俺はほとんど寝付けなかった眠気眼を擦りながら体を起こすと、同じように寝不足が目に見えるような乱れた表情のリジーに声を掛けていた。
「おはよう、リジー」
「ああ、おはようオリバー・・・その様子だとあなたもあんまり寝付けなかったみたいね」
「まあね・・・でも理由を言えば、期待と不安が半々って感じだよ。早く他の石板も解読してみたいしね」
そう言うと、リジーが体を起こしながら大きな欠伸をしていた。
「あなたって随分と前向きなのね。それじゃあ、早く支度して北の祠に行きましょ」
俺はその言葉に頷くと、ライトとメモ帳を手にしてテントの外へと出て行った。

「ん・・・ちょっと空が曇ってるな・・・後で雨が降るかも知れないぞ」
「じゃあ、一応傘を持って行くわ」
そして出発の準備を万端に整えると、寂れた村を縦断して北端の祠へと向かう。
空模様が怪しいせいもあって、無人の廃村は昨日までよりも不気味に暗く沈んでいるように感じられた。
だがやがて北の祠へ辿り着くと、その入口が大きく開け放たれているのを見て安堵の息を吐いてしまう。
「本当にこっちも開放されてるんだな・・・てことは、東の祠は中の状況がよっぽどヤバかったんだろうなぁ・・・」
「確かに・・・でもここも人骨があるから、足元には気を付けてね」
「ああ、分かってる」
俺はそう言ってライトを片手に祠の中へ入ると、薄ぼんやりと見える部屋の中央の石板をそれで照らし出していた。

「どう?オリバー・・・解読出来そう?」
「ああ、やっぱり似たような文面みたいだ。多分2時間は掛からないと思うよ」
「良かった。それじゃあ、さっさと済ませちゃいましょう」
そう言いながら2つのライトで石板を照らし始めたリジーを横目に、俺は西の祠と同様綺麗に清掃された爪文字に目を走らせていた。
「リジー、もう少し下の方を照らしてくれ」
「ええ・・・それにしても、どうしてこの祠ってこんなに暗いのかしら?外光も思った程中には入らないみたいだし」
「確かに・・・電線は無いから電気は使ってなかったとしても、火を焚くとか何らかの明かりはあったはずだよな」
だが俺はそこまで言うと、ハッと周囲の壁を見回していた。
その視界の中に、壁から顔を突き出しているかのように幾つも並んでいる竜の石像の姿が目に入る。
「もしかして・・・リジー、ライター持ってるよな?」
「え?ええ、あるわよ」
そう言いながら彼女が取り出したライターを受け取ると、俺は石板の前を離れて壁際の竜の石像へと近付いていった。

「どうかしたの?」
「前にリジーが言ってただろ?古代人類に最初に火を与えたのは、竜だったんじゃないかって」
「ええ・・・それで?」
俺はその彼女の問いには答えずに、火を点けたライターをそっと石像が開けている口の中へと近付けていた。
ポッ・・・
「あ、口の中に火が点いたわ・・・もしかしてここにある石像って・・・全部燭台なの?」
「蝋燭じゃないみたいだから燭台じゃないけど・・・竜の口の中に可燃性の芯が出てるんだよ。これは多分オイルだ」
「じゃあ石像の中に不揮発性のオイルが仕込まれてるのね。ドラゴンアルコールランプってところかしら?」
そんなリジーのド直球なネーミングセンスに苦笑しながらも、俺は壁にある竜の石像全てに火を灯していった。
「凄い・・・随分明るくなったわね」
「ああ・・・それに、天井にも幾つも小さな穴が空いてるみたいだ。多分換気用の通風孔なんだろう」
「これなら確かに照明が無くても文字が読めるわ。それじゃあ・・・ここはもうオリバーに任せても良いかしら?」

リジーはそう言うと、持っていた2つのライトを消して地面の上に置いていた。
「それは構わないけど・・・また村の中を調査しに行くのか?」
「東の祠に行くのよ。封鎖を解くのには時間が掛かるだろうから、私が先に行って作業してるわ。雨も降りそうだし」
「分かった。でも怪我はしないようにな。俺も解読が終わったらすぐに向かうから」
やがてリジーが祠から出て行くと、俺は解読作業の続きに取り掛かっていた。
周囲が明るくなった分作業もしやすいし、この分なら多分1時間ちょっとで解読は終わるだろう。
そして既に意味の分かっている部分を読み飛ばしながら辞書の記憶だけを頼りに奮闘している内に、ようやく俺の脳裏に全体の詩の意味がおぼろげながら浮かび上がってきたのだった。

"夏が訪れ、世界に緑と命が溢れ出す"
"偉大なる者の〜〜を授かりて、我は別れの覚悟を胸に秘めん"
"〜〜儀式を望みて詠う者、日の出の光を身に浴びよ"
"雌雄を繋ぎし慶事を控え、張り出しの丘に明るい陽光が降り注ぐ"

思った通りだ・・・"日の出の光を身に浴びよ"ってのはこれから東に向かえということだし、この不明な部分も手足以外の体の部位を指し示していると見るのが妥当だろう。
過去にこの詩を詠んだ調査員は手足が腐り落ちて亡くなったということだったが、それは恐らく先に南の詩を詠んで"偉大なる者の手足"となっていなかったが故の代償なのだ。
つまり今の俺なら、この詩を詠み上げても問題は無いはず・・・
とその瞬間、俺はふと地面に落ちているボロボロに風化し掛かった手足の人骨に目を向けていた。
大丈夫・・・幾ら頭ではその理屈を理解していても、実際に惨たらしい最期を迎えた亡骸の一部がそこにあるという圧倒的な現実が、詩を詠もうとする俺の声を縛り付けていく。

自分が竜に変わってしまうかも知れない・・・
そんな先行きの見えない不安を抱えながらも石板の調査を続ける俺にリジーは前向きだと言ったが、実際のところ俺はそれでも良いんじゃないかとも心の何処かで思っていた。
俺が彼女と進路を違えてまで歴史学者を目指したのは、正しく竜に心惹かれたから・・・
その歴史の中に埋もれ忘れ去られてしまった幻の存在に自分自身がなれるのだとしたら、歴史学者として、人間として、そして男として、それに心揺さぶられないはずは無いだろう。
ただ1つ俺に心残りがあるのだとしたら・・・それはリジーのことだった。
何時か幼馴染の彼女と結婚し、幸せな家庭を築きたい・・・
そんな在り来たりだが尊い願望が、人間としての俺の心に今もまだ染み付いている。
そして幾度と無く揺れに揺らいだその天秤の上皿が辛うじてリジーに対する想いの方へ傾くと、俺は彼女に逢いに行こうと北の祠を後にしたのだった。

ポッ・・・ポツポツ・・・
「ん・・・降り出したな・・・」
東の祠へと向かう途中、俺はどんよりと曇った空から冷たい雨粒が零れ落ちて来たのに気付いて足を速めていた。
やがて小雨が降り頻る中で祠へ辿り着いてみると、もう2時間近い時間が経ったというのに遅々として進まぬ作業に途方に暮れているリジーの姿が目に入ってくる。
「リジー、大丈夫か?」
「オリバー!待ってたわ。私の力じゃどうしてもその鉄板を引っぺがせなくて・・・もう諦め掛けてたところなの」
「ああ、こいつか・・・確かにこれは骨が折れそうだな・・・」
見れば祠の外側に山と積まれていた土嚢や石を除けた奥に、数枚の重厚な鉄板が壁のようにそそり立っている。
単に外側の瓦礫を寄せるくらいはリジーにも出来たのだろうが、流石にこれは重機かもしくはそれなりの道具が無ければどうしようも無さそうだ。

「どうするオリバー?今回は一旦引き揚げて、ここの封鎖を解く準備をしてから来るしか無さそうだけど・・・」
「いや・・・ちょっと待ってくれ。俺がやってみるよ」
俺はふとあることを思い付いてリジーと場所を入れ替わると、重々しい鉄板に両手を掛けて思い切り引っ張っていた。
ギッ・・・メリ・・・メキメキメギッ・・・
「ちょ、ちょっとオリバー!鋼鉄の板が拉げてるわ!一体どんな力で・・・」
「ああ・・・やっぱり・・・」
力任せに引っ張ったお陰で歪に捩じれた鉄板を見つめながら、俺は心中に湧き上がる興奮を隠し切れずにいた。
「リジー・・・やっぱり、俺の推測は正しかったみたいだ。俺のこの両手足は・・・もう竜の力を宿してるんだよ」
「で、でも・・・それを試したのは今が初めてなんでしょ?どうしてこんなことが出来るって思ったわけ?」
「雨が・・・冷たく感じないんだよ」

それを聞いたリジーが、意味が分からないとばかりに小首を傾げる。
「どういうこと?」
俺はそんなリジーの問いにポケットから彼女のライターを取り出すと、シュボッという音とともに灯した小さな炎で自身の掌を炙って見せた。
「ほら・・・こんなことをしても全然熱くないんだ。暑さも寒さも、両手足だけほとんど感じていないんだよ」
そしてたっぷり30秒も炎に晒したにもかかわらず火傷1つ負っていない掌を彼女に見せながら、大きく1つ溜息を吐く。
「分かっただろ?俺の体はもう、人間じゃなくなりつつあるんだ」
「そんな・・・」
「でも、後悔はしてないよ。そりゃあ色々と不安はあるけどさ・・・」
そう言うと、俺は言葉を失っているらしいリジーを尻目に祠の入口を塞いでいた鉄板を力任せにへし曲げていた。
「とにかく、ここでもう最後なんだ。さっさと石板を解読しちまおうぜ」
「え、ええ・・・」
リジーは暗く沈んだ声でそう返事をすると、何も言わずに俺からライターを受け取って一足先に祠の中へと駆け込んでいったのだった。

その胸中に一体如何なる感情が渦巻いているのか・・・
壁に彫られた竜の石像に次々と火を灯していくリジーの姿を目で追っている内に、俺はほんのりとした明かりに照らされた人骨の残骸が地面に転がっていることに気付いていた。
頭蓋骨だけが粉々に砕けて無くなっているその姿は、ボロボロの骨となった今でも当時の無残さの片鱗を残している。
そして全ての石像に火を灯して戻って来たリジーもその骨の存在に気が付くと、彼女はその傍らにそっとしゃがみ込んでいた。

「ねえオリバー・・・もしあなたが身も心も竜になっちゃったら・・・それからどうするの・・・?」
「分からないよ、そんなこと・・・どうして訊くんだ?」
「私がどうして考古学者になろうと決意したのか・・・その理由は知ってる?」
彼女が考古学者を目指した理由・・・?
そう言われれば、俺は特に彼女から将来の目標やその職業を選んだ理由を聞いた記憶が無かった。
「いや・・・」
「大学までは私達、一緒に歴史を研究してたでしょう?それでオリバーは、竜に惹かれて歴史学者を目指したのよね」
「ああ・・・」
彼女は、一体何を言いたいのだろうか?
「それを聞いた時、本当は私もあなたと同じ道を進もうか迷ったの。幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた仲だから」
「そうなのか?」
「ええ・・・でも、現実にはそうはしなかった。考古学者として、敢えて別の視点で歴史に向き合おうと思ったの」
そう言って顔を上げたリジーの両目は、微かにだが確かに潤んでいた。
「その方が、あなたの夢の助けになると思ったからよ・・・でも私は、本当はずっとオリバーと一緒にいたかった」

そのリジーの告白を聞くまで、俺は竜の伝承を紐解きたいという自分自身の目標の為にリジーの目指す道とは進路を違えたのだと思っていた。
でも本当は・・・彼女の方が敢えて俺とは違う分野へと足を踏み入れたのだ。
この・・・俺の為に。
「だから私は、ここの調査にあなたの同行を望んだの。でも・・・でもそれが・・・こんな結末になるなんて・・・」
「リジー・・・もし俺が竜になったとしても、俺は何処にも行かないよ」
その俺の言葉に、リジーが心細そうな視線を投げ掛けてくる。
「さっき北の祠で爪文字の解読を終えた時、俺は本当は・・・その詩を詠もうとしたんだ」
「え・・・?」
「でも詠めなかった・・・怖かったとかじゃなくて・・・その前にちゃんとリジーに伝えなきゃと思ったんだ」
不安と、混乱と・・・そして幾許かの期待を孕んだリジーの瞳が、大粒の涙を湛えながらも真っ直ぐにこちらを見つめている。

「もしリジーが受け入れてくれるなら・・・俺と一緒に、これからの未来を竜として暮らさないか?」
「わ、私も・・・竜に・・・?」
「ここは冠婚葬祭の為の村じゃない。石板を解読して、俺にはこの村が作られた本当の理由がようやく分かったんだ」
俺のその言葉に、リジーが無言のまま小さく頷いたのが目に入る。
「ここは愛する男女が竜となって永遠の愛を誓う為の、特別な婚姻の儀式をする為だけの村だったんだよ」
「本当に・・・ずっとオリバーと一緒にいられるの・・・?」
「ああ、もちろんだ。だから最後の石版を読み解いたら、俺と一緒に張り出しの丘で儀式を挙げよう」
感極まったのか、リジーはそんな俺の告白にその場へ泣き崩れてしまっていた。

"秋が訪れ、昼と夜が入れ替わる"
"偉大なる者の身は成れり、我は〜〜と歓喜に酔い痴れる"
"〜〜儀式を望みて詠う者、朱に〜〜道を往け"
"雌雄を繋ぎし慶事を控え、張り出しの丘に悲しき囀りが鳴り響く"

やがて最後の石版の解読も無事に終えた俺は、リジーを伴って南の祠へと戻って来た。
朝方は小降りだった雨は更に強くなり、降り注ぐ雨粒がけたたましい音を立てながらテントの布地を叩いている。
そして狭い入口を通って祠の中へ潜り込むと、壁に火を灯した俺達は俄かに荘厳な雰囲気を漂わせ始めた石版の前に並んで立っていた。
「それじゃあ、俺の言う通りに読み上げてくれ。パラベリムビスティア、バーロットパラーガ・・・」
「パ、パラベリムビスティア、バーロットパラーガ・・・」
緊張に震えたリジーの唱える竜の言葉が、薄明かりに照らされた祠の中へと響き渡っていく。

「最後はベティーノロスパルだ」
「ベティーノ・・・ロスパル」
ドンッ!
「あっ・・・!」
リジーが詩を詠み終えた瞬間、俺の時と同じように石版が青白く輝いたかと思うと彼女の体が強い衝撃を受けて後方へと跳ね飛ばされていた。
それを片手で難なく受け止めながら、突然の事態に胸を押さえている彼女が無事であることを念入りに確認する。
「大丈夫か?」
「え、ええ・・・ちょっと驚いたけど・・・特に何ともないわ」
「よし・・・じゃあ、次に行こうか」

だがそう行って祠を出た俺を、リジーが少しばかり不満気に引き止める。
「ねえオリバーったら・・・これは婚姻の儀式なんでしょ?もうちょっとその・・・情緒ってのを考えてよ」
「何だよリジーってば、あんなにサバサバしてたのに急に女っぽくなっちゃって」
「ちょっと!からかわないでよ!」
やがて俺を引っ叩こうとでもしたのリジーが手を振り上げたのが目に入ると、俺は慌てて彼女を制止していた。
「お、おい待てって・・・その手で力一杯殴られたら死んじまうよ!」
「あ・・・そ、そうね・・・私の手足も・・・もう竜の手足なんだものね・・・」
俺が素手で鋼鉄の板を引っぺがしたさっきの光景を思い出したのか、リジーがまだ見た目には何の変化も無い自分の右手を不思議そうに見つめる。
そして既に土砂降りの様相を呈し始めた村の中を突っ切って北の祠へ飛び込むと、風呂上りの犬のようになった俺達は石版の前に並びながら荒くなった息を整えたのだった。

「よし・・・それじゃあ一緒に詠もうか・・・」
疲労か、緊張か、或いはその両方か・・・
なかなか静まってくれなかった呼吸がしばしの休息のお陰でようやく落ち着くと、俺は石板を解読したメモ帳を取り出してリジーと一緒にそれを覗き込んでいた。
「ネバロビスティア、ヌドムディバ・・・」
「ネバロビスティア、ヌドムディバ・・・」
壁に彫られた竜の石像が湛える薄明かりだけを頼りに、見慣れぬ言語の詩を詠み上げる2人の男女。
すぐ傍にはこの詩を詠んで命を落とした者の亡骸が転がっているというのに、俺達の脳裏は長年意識し続けた異性を生涯の伴侶に出来るという幸福感に満たされていた。
まるで結婚式で新郎新婦が述べる誓いの言葉のように、竜語の詩が荘厳な響きを伴って激しい雨音に包まれた祠の内部へと霧散していく。

「・・・ロス、エラードラム・・・」
「・・・ロス、エラードラム・・・」
ドドン!
「うっ・・・」
「んっ・・・」
やがて2つ目の詩も詠み終わると、またしても石板が青白い輝きを放って俺達の体に強烈な衝撃が叩き込まれていた。
だがお互いにそれを予期していたお陰で、今回は何とか転ばずに踏ん張ることが出来たらしい。
それに・・・これで俺達は、手足以外の別の部分も竜の力を宿したことになるのだろう。
「ふぅ・・・何とか無事だったわね・・・」
「ああ・・・正直に言っちまうと、俺も今の今まで手足が腐り落ちないか不安だったんだけどね」
「もう!またそうやって雰囲気をブチ壊すんだから!」
元はリジーの方から振った話題だというのに、どうやら彼女はそこにまでは触れて欲しくなかったようだ。
「あ、で、でもほら・・・ちゃんと順番を守って詩を詠めば無事だって証拠にはなっただろ?」
「もう良いわ。早く次に行きましょ」

俺はそう言ってさっさと祠の外に出て行ってしまったリジーを慌てて追い掛けると、激しい雨に打たれているはずの体全体が全くその水の冷たさを感じなくなっていることに気付いていた。
リジーもそれは同じだったのか、不思議そうに自分の体を眺め回してはどんよりと曇った空を見上げている。
「変な感じ・・・顔にはまだ雨の感触を感じるのに、体の方はほとんど何の感覚も無くなったみたいだわ」
「そうだな・・・でもリジーが一緒に居てくれるお陰で、不思議と何の不安も感じないよ」
その言葉で多少は機嫌を直してくれたのか、彼女がズブ濡れになったその顔に微かな笑みを浮かべたのが目に入る。
そして東の祠で3つ目の詩も詠み上げると、俺達は全身に竜の力を宿してすっかり雨の存在を感じ取れなくなってしまった自身の内に奇妙な活力が湧き上がってくるのを確かに実感していた。

「残り1つね・・・4つ目の詩を詠んだら、私達は姿も完全に竜になっちゃうんでしょう?あの石像みたいな・・・」
そう言いながら、リジーが村の中に点在している竜の石像へと目を向ける。
「多分ね。リジーがどんな雌竜になるのか、今から楽しみだよ」
「そうね・・・」
自分が一体どんな姿に変わるのかに想像を巡らせているのか、空を見上げた彼女が小さく呟いたのが聞こえてくる。
それに倣って俺も空を振り仰いでみると、心なしか雨の勢いがさっきまでよりも随分と弱まっているような気がした。
「お・・・もう少ししたら雨も止みそうだな」
「ええ・・・天気も私達の空気を読んでくれてるのかもね」

やがて最後となる西の祠に辿り着くと、石板を前にした俺達はどちらからともなくお互いの手を握りながら訳文の書かれたメモ帳へと視線を走らせていた。
かつて大勢の古代人類達が竜となって伴侶と結ばれてきたのだろうこの村で、数十万年という途方も無い時を越えてまた1つ新たな雌雄の番いが誕生しようとしている。
4つの行に分かれた竜の詩を1つ詠み進める毎に、そんな神秘的な出来事が刻々と実現に近付いていくのだ。
「・・・カロイン、カレスラ、エノディ!」
「・・・カロイン、カレスラ、エノディ!」
そして声も高らかに最後の行を詠み上げると、石板が青白く光ると同時に2人の体が劇的な変化を開始したのだった。

「わっ!?な、何だ・・・これ・・・」
まず最初に目に入ったのは、見る見る内に肥大化し柔らかな皮膚から硬質な鱗へと変わっていく自身の両腕。
石板を詠んで熱の変化をほとんど感じなくなっていた時から薄々想像は付いていたのだが、凄まじい速さで体の構造が根本から作り替えられているというのに特に苦痛などは無いらしい。
だがそれでも自分がこれまで見たことも無い異形の姿に変わっていく光景は、胸の内に湧き上がる期待と興奮以上に激しい不安を伴うものだった。

やがてそんな変化が1分程も続いた頃・・・
「終わっ・・・たの・・・?」
自らが目まぐるしく変異していく様子を正視出来ずにきつく目を閉じていた俺は、不意に背後から聞こえてきたその誰かの声でハッと現実に意識を引き戻されていた。
いや・・・誰かではない。そんなのはリジーに決まっている。
だが俺がその声の正体にすぐさま想像が及ばなかったのは、それが彼女本来の透き通ったそれとは余りにも懸け離れた、ある意味で野太い雄々しささえ感じられるような声だったからだ。
そして俺も目を開けてみると、大きく左右に広がった視界の中央に深緑の鱗を纏うマズルが迫り出していた。

これが・・・俺の体・・・
ふと脳裏に浮かんだその言葉とともに視線を下げてみると、鼻先と同じく堅牢そうな竜鱗に包まれた体が見えてくる。
地面を踏み締めている両手足は人間だった時の数倍の太さにまで膨れ上がり、背後には丸太のように太く逞しい尻尾が垂れていて、背中には体格に比してやや小柄に見える1対の蝙蝠のような翼が生え揃っていた。
自分の顔がどうなっているのかまでは流石に見えないものの、どうやら首も長く自在に動かせるようになったらしい。
そうして自分の変貌振りをようやく正面から受け止めることに成功すると、俺は正に恐る恐るといった様子で背後にいたリジーの方を振り返っていた。
「リ、リジー・・・」
そこにいたのは、まるでサファイアのように美しく透き通った青鱗を全身に纏っている雌の竜。
切れ長の双眸に収まった竜眼はエメラルドの如き高貴な煌きを帯びていて、首筋から背中側に掛けてサワサワと靡いている鬣はアメシストにも似た輝く紫色に染まっていた。
そんな全身宝石のような息を呑む程に美しい雌竜の姿を目の当たりにして、思わず言葉を失ってあんぐりと口を開けたまま呆然と立ち尽くしてしまう。

「凄い・・・凄いわオリバー!見て見て!綺麗な紫色の鬣よ!翼まで生えてて・・・真っ白な翼膜!」
美麗な雌竜となった歓喜と興奮に舞い上がっている割に目の付け所が妙に具体的な辺りがリジーらしいと言えばらしいのだが、まあ彼女の気持ちも分からないではない。
彼女が傍でこんなにもはしゃいでいなかったなら、俺もこれが夢なんじゃないかと鋭い爪が生えている指先で頬を・・・いや、舌を抓んでいたかも知れなかったからだ。
「ああ・・・とっても綺麗だよ、リジー」
「そういうオリバーの方は・・・雄の竜だけあって凄く逞しいわね」
やがて彼女にそう言われると、俺は再び自分の体に視線を巡らせていた。
体高は人間だった時と余り変わらない180センチ程・・・だが両手足を地面に着いてなおその高さがあるのだから、体の大きさは単純に考えても人間だった時の3倍近いサイズだろう。
それに太くて長い尻尾と翼、分厚い鱗に角や爪の重量なども考えれば、体重だって優に2トン前後はありそうだ。
色気という部分については流石に雌竜であるリジーには遠く及ばないものの、確かにある意味で雄らしい質素で力強い印象は自分でもひしひしと感じられるような気がする。

「ああ・・・確かに・・・後は張り出しの丘から2人で飛び降りて・・・空中ダンスを踊れってことなんだろうな」
「なら、早速行きましょうよ」
俺はそう言いながら颯爽と祠を出て行ったリジーの後を追うと、彼女について村の西側に広がる森の中へと入っていった。
村へ来た時に通った東側の森に比べると獣道のようなものが其処彼処に通っていて思った程深い草木に覆われている訳ではないらしく、体表が竜鱗に変わったお陰もあって数分程で木々が開けた広場のような場所へと難なく辿り着く。
「ほら、あれが張り出しの丘よ」
そしてそんなリジーの声で空を見上げてみると、確かに高さ数百メートルという切り立った断崖絶壁から細長い岩の橋が中空へと突き出しているのが目に入ったのだった。

遥かな崖の上まで延々と続いている、曲がりくねった急勾配の坂道。
しかし永い永い年月によって育まれた深い自然を色濃く残すこの場所にこんな確かな"道"が今も存在しているということは、それだけ多くの往来がかつてあったのだろうことを想起させる。
リジーが調査の為にここを登った時は酷く息を切らしていたものだったのだが、やはり竜の姿となったことで人間とは比べ物にならない程の体力も付いたらしく、俺達は1歩、また1歩と張り出しの丘へと続く花道を進んでいった。
「それにしても長い坂道だな・・・」
「ええ・・・でもこの体だと全然疲れないし、息も上がらないわ。やっぱり、人が登る道じゃなかったのね」
俺と一緒に竜にならないかと言われた時は驚愕の表情を浮かべていたリジーも、今やすっかり自身の美しい姿に満足しているらしい。
これからどうなるのかという先行きの不安もあるにはあるのだろうが、俺と同様彼女も今は目の前の現実をただただ素直に受け入れることだけに意識を集中していたのだった。

それから数時間後・・・
さっきまで降っていたはずの雨はもうすっかりと止み、雲間からほんのりと朱色に染まった何処か哀愁の漂う柔らかな日差しが地上へと降り注ぎ始めていた。
そして長い長い登攀の末にようやく張り出しの丘へと辿り着くと、そこに広がっていた想像以上に美しい絶景に思わず目を瞠る。
「相変わらず凄い眺めね」
「ああ・・・それに、良い雰囲気だ」
もうすぐ西の彼方に沈もうとしている夕日が、初めて見るはずのその景色にノスタルジックな雰囲気を添えていく。
いや・・・きっとこれは、20年余り続いた人間としての生を捨てて竜として暮らすことを選んだ、俺達の決別の意識が微かな未練となってそう感じさせているだけなのだろう。

「それじゃあ・・・俺から行くよ」
やがてそんな感慨に耽ったまま彼女と共に無言でしばらく見つめ合うと、俺はそう言いながら意を決して目も眩むような張り出しの先へと足を踏み出していた。
それを見て、リジーも恐る恐る俺の後ろに付いてくる。
こ・・・ここから飛ぶのか・・・
一応背中に翼は生えているものの、体格の割には小振りな翼だ。
落下の風圧を受けて風に舞うことくらいは出来るだろうが、この翼で自由に空を飛べるようになるわけでないことは実際にやってみなくとも想像が付く。

「覚悟は良い?」
「ちょっと、そんな聞き方しないでよ・・・い、良いわけないでしょ・・・」
遥かな眼下に広がる、身の竦むような高所の景色。
ここまでは気丈に振舞ってきたリジーも、やはり実際にここから飛び降りるとなればどうしても拭い難い恐怖が湧き上がって来てしまうものらしい。
「じゃあ、手を繋いで」
そう言うと、真珠のような乳白色の竜爪が生えた彼女の大きな手をそっと掴んでやる。
そして怯えるリジーの鼻先にそっと口付けすると、俺は一瞬そちらに意識の逸れた彼女をグイッと引っ張るようにして張り出しの丘から一気に飛び降りたのだった。

「あっ・・・きゃあああああああああああっ!」
「リジー!翼を広げて!」
ゴオオオオオオオッという凄まじい落下の風圧が全身を叩き、そんな俺の叫び声を無情にも掻き消していく。
だが彼女が本能的に両の翼を広げたのを見て取ると、俺もバサッという音とともに翼膜一杯に風を受けていた。
「う・・・あ・・・わ、私達・・・飛んでる・・・?」
「正確には滑空してるだけだけどね・・・でも、もう怖くないだろ?」
無理矢理崖から引き摺り落としたことを恨んでいるのか微かに潤んだ緑眼で俺を睨み付けた彼女が、多少は落ち着きを取り戻したらしくその言葉にゆっくりと頷いていく。
そして固く手を繋いでいたリジーから離れると、俺達はお互いに円を描くようにして中空を舞い始めたのだった。

まるで名画のように美しい、雄大な森と物悲しい夕日が織り成す自然の景色。
そんな2人だけの世界の中で、俺とリジーは時に近付き、時に離れながらワルツのように大小の円を描いて優雅な空中ダンスを楽しんでいた。
竜となった体、原始の自然に囲まれた秘境・・・そして、長年恋焦がれていたリジーと1つになれたこと。
全てが夢のようでありながら、激しい轟音とともにこの身に受ける風圧が今も確かな現実の中に生きていることをこれ以上無い程にはっきりと証明していく。
どんな荘厳な結婚式や宴などよりも遥かに単純明快でありながらも、お互いに対する抑え切れない気持ちを正しく全身で受け止めることの出来る古の竜の儀式。
何時しか俺達は相手の目を見つめたまま言葉に出来ない想いを表現し合い、そしてそれを受け入れていた。

ドササッ・・・
やがて数分間にも及んだ儀式を終えて地上から張り出しの丘を見上げたあの広場へ降り立つと、俺は興奮に少しばかり息を荒げている彼女とその場でじっと見つめ合った。
「これで私達・・・結ばれたのね・・・?」
「ああ・・・古い婚姻の儀式ってのも、悪くないもんだな・・・」
そしてお互いに抱き合うようにして広場の真ん中にその巨体を沈めると、もうすぐ暮れ行く空を静かに見上げる。
「なあリジー・・・今夜は、ここで夜を明かさないか?」
「ええ、良いわよ。これからは私達・・・屋根の下で眠れるとは限らないんだものね・・・」
確かに、竜に姿を変えた以上は今後人間と同じような暮らしは出来なくなることだろう。
食料だって自分達の手でどうにかしなければならないし、住む場所を探すのだって苦労するかも知れない。

「そうだな・・・でも何時か、安住の地はきっと見つかると思うよ」
「どうしてそう思うの?」
「今の時代には竜を見掛けることなんてまず無いし、もう過去に忘れ去られた存在だと思われてるだろ?」
そう言うと、隣でリジーが頷いた気配が伝わってくる。
「でも俺には、竜が絶滅しただなんて到底思えないんだよ。きっと今も、大勢の竜が世界の何処かで生きてるはずだ」
「だけど・・・もしそれが正しかったとしても、彼らは一体何処に行ってしまったって言うの?」
「分からないけど・・・だから明日からは、それを探す旅に出ないか?そこが、俺達の安住の地にもなるはずだろ?」
それを聞いたリジーは一瞬その顔に呆れた表情を浮かべたものの、すぐに俺の鼻を舌先でペロリと舐め上げていた。
「無鉄砲なのは竜になっても相変わらずなのね・・・良いわ。どうせ他に行く当てがあるわけじゃないし・・・」
「じゃあ目標も決まったことだしさ・・・その・・・ふ、夫婦としての営みもしてみないか?」
「夫婦としての営み・・・?」
流石にそれは想像だにしていなかった言葉だったのか、リジーが一体何のことだとばかりに首を捻る。
だがややあってその意味を理解したらしく、俺を見つめる彼女の緑眼にゾクゾクするような妖しい輝きが宿っていた。

「ふぅん・・・オリバーったら、竜になって随分と気も大きくなったみたいね?」
「いや、だってほら・・・俺達婚姻の儀式を済ましたばかりだし、ここの雰囲気も初夜にはピッタリだから・・・」
「尤もらしい理屈を捏ねてるけど、あなたのここ・・・もう言い訳出来ないくらいギッチギチに張り詰めてるわよ?」
彼女にそう言われて自身の下半身へ視線を向けてみると、俺は人間だった時とは比べ物にならない程に太く逞しい肉棒が股間のスリットから飛び出して雄々しく天を衝いてしまっていることに初めて気が付いていた。
「あっ・・・」
「でも良いの・・・分かるわオリバー・・・私達、もう夫婦なんだし・・・ちゃんと慰めてあげるわ」
彼女はそう言うと、ゴツゴツとした無骨な印象を受ける俺の手とは余りにも対照的な艶めかしく波打つそのしなやかな手の指先でギンギンに漲ってしまっている雄槍を優しく撫で上げていた。

ショリリッ・・・
「うおっ!?あっ・・・く・・・リ、リジー・・・」
「なぁに?オリバー・・・」
サワサワサワ・・・
「くあっ・・・あ・・・き・・・もち・・・良い・・・」
竜の姿になって気が大きくなったのはリジーも例外ではなかったのか、妖艶な眼差しで俺を見つめた彼女がその凶悪とも言える雄殺しの指先をなおも容赦無く肉棒へと這わせていく。
「ふふふ・・・こんなことも気兼ね無く出来るだなんて、竜の体って素敵よね」
そして自らも危険な興奮に酔い始めたリジーが、やがて指先で弄んでいた怒張を優しく握り締めていた。
ギュッ・・・
「ひっ・・・ま、待ってリジー・・・そんないきなり・・・」
「あら、先に誘ったのはあなたの方でしょオリバー?」
突然の事態に情けなく漏らしたその制止の声に、リジーがうっとりと蕩けたような表情を向けてくる。
「これって、雌竜の本能なのかしら?何だか私、オリバーのことを滅茶苦茶にしたくなってきたのよねぇ・・・」
更にはそんな空恐ろしい言葉をわざわざ俺の耳元へじっくりと吹き込むと、敏感な肉棒を愛撫された快感の余り全身の力が抜け落ちてしまっていた俺の上に彼女がゆっくりと互い違いの体勢で覆い被さって来たのだった。

ズシッ・・・
「はうっ・・・」
体付き自体は俺よりも若干小柄ではあるのだが、弛緩し切った体の上に遠慮無く預けられたリジーの凄まじい体重に頑丈なはずの竜の体がミシリと軋む。
そしてただ上に圧し掛かられただけで抵抗の術をほとんど封じられてしまうと、彼女がその手で握り締めた肉棒をゆっくりと扱き上げていた。
ズリリリッ・・・
「がぁっ・・・あ・・・」
その荒々しくも強烈な快感に翻弄され、身悶えた手足が彼女の腹下で力無く痙攣する。
ズリュッ・・・ズリュリュッ・・・
更にはそのまま上下に肉棒を擦られると、俺はくぐもった悲鳴を上げながらバタバタと身を捩っていた。

「へぇ・・・オリバーがそんな反応をするだなんて意外ね・・・それじゃあ、こう言うのはどうかしら?」
やがてそう言ったリジーが、長い首を巡らせて破裂寸前の俺の雄をその口に含んでしまう。
「あむっ・・・」
「うあっ・・・や・・・めて・・・リ・・・ジー・・・」
たった数回掌で撫でられただけでもう今にも果てそうだったというのに、そんな瀕死の雄を蒸し暑いリジーの口内に包み込まれた俺は思わず情けない懇願の声を漏らしてしまっていた。
だが必死に左右へ振られる俺の首を押さえ付けるかのように彼女が腰を落とすと、逞しく発達した重々しい尻の下敷きにされた頭が柔らかな土の地面との間に挟み付けられていた。

ズン!
「ぐ・・・えっ・・・」
そして微かな身動ぎも出来ない程完璧に俺を捻じ伏せると、いよいよ熱く火照った肉棒に彼女の舌が巻き付いていく。
シュル・・・シュルル・・・
「ん〜っ!ん〜〜〜っ!」
ザラザラとした目の粗い鑢のような肉塊に快楽神経が剥き出しになったかのような肉棒をじっくりと舐り回されるという、雄にとっては想像するだに恐ろしい地獄の責め苦。
だが雌竜の本能に衝き動かされるがままに雄槍を貪るリジーは最早ただの唸り声でしかなくなった俺の叫びを涼し気に聞き流すと、あろうことか真っ赤なとぐろに囚われた獲物を微塵の躊躇も無く締め上げていた。

グギュゥッ・・・!
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ビュビュビュ〜〜ッ!ビュググッ・・・ビュル・・・
そんな余りにも無慈悲な止めの一撃に耐えられる道理などあるはずも無く、溜まりに溜まった白濁が肉棒を咥え込んでいた彼女の口内へ盛大にブチ撒けられる。
生まれて初めて味わうその人智を超えた快楽に脳がスパークし、俺は彼女の尻でグリグリと頭を磨り潰されながら絶頂の余韻に心身の全てを委ねてしまっていた。
その一方で口内を一瞬にして熱い精で満たしたリジーが、嫌な顔1つせずにその雄汁をゴクリと飲み干していく。
「んっ・・・不思議な味ね・・・でも何故だか美味く感じるわ・・・」
そしてたった1度の射精で空っぽになってしまったひ弱な雄から名残惜し気に口を離すと、彼女が前後の体勢を入れ替えて虫の息となっていた俺の顔を間近から覗き込んだのだった。

「オリバー・・・生きてる・・・?」
やがて辛うじて失わずに保っていた意識の中へそんなリジーの声が聞こえると、俺は今にも消え入りそうなか細い呻き声を喉の奥から漏らしていた。
「ぁ・・・ぅ・・・」
「良かった・・・無事みたいね」
一体俺の何処をどう見たら無事に思えるのかという彼女への文句が、喉のもうすぐそこにまで競り上がってくる。
だがそれが実際に声として発せられる前に、俺はこちらへ見せ付けられていた彼女の股間に走っている長い縦割れがニチャリという粘着質な音を立てながら左右に花開いた様子を目の当たりにして再び言葉を失ったのだった。

これから自身が辿る運命を理解してしまったその無力な雄の姿を見て、リジーの顔にも抑え切れない淫らな肉欲が溢れ出している。
「お、おい待てって・・・リジー・・・」
「ごめんねオリバー・・・何だか私・・・凄く体が疼いちゃって・・・自分でも抑えられないの・・・」
散々に雄を弄ばれ精の枯れ果てた俺以上に息を荒げた彼女が、明らかに理性を失っていると見える鋭くギラ付いた緑眼で俺を見つめていた。
そしてただでさえ力の抜けた両腕を掴まれて荒々しく土の地面へ押し付けられると、"獲物"を組み敷いたリジーがペロリとその舌を舐めずったのが目に入る。
これは雌雄の営み・・・そこに命の危険は無いはず・・・
そんなある意味で当然の思考が、雌の本能に支配されたリジーの前では余りにも頼りない空論に感じられてしまう。

「ふふ・・・私・・・オリバーとこうやって体を重ねるの・・・もしかしたら長年の夢だったのかもね・・・」
そしてそんな睦言のような声がそっと耳へ吹き込まれると、先程まで力尽きて萎えてしまっていたはずの肉棒があろうことか空元気を振り絞って再び真っ直ぐに天を衝いてしまっていた。
「リ、リジー・・・待って・・・頼むから・・・」
だが今の彼女がそんな制止の声を聞き入れてくれる状況にないことは、一目見ただけでも確信出来る。
地面へと押し付けられた両手足に力を入れてみても容赦無く彼女の全体重を預けられた四肢はピクリとも動かせず、俺は粘着質な水音を弾けさせながら迫って来る見るからに獰猛な雌の器官を絶望的な思いで凝視していた。

「それじゃあ、入れるわよ?オリバー・・・」
やがてそんな静かな声とともに、彼女の竜膣が更にニュチュリと卑猥な音を立てて左右に広げられる。
元々俺よりも一回り体格が小さなリジーのそれは明らかに肉棒の大きさに比しても狭く窮屈そうで、俺は考えてはいけないと思いつつもそこに呑まれたらどうなるのかを思わず想像してしまっていた。
その瞬間被虐的な興奮にそそり立っていた肉棒が更に固く太くなり、事態を更に悪化させてしまう。
だが結局自分では何をどうすることも出来ずにリジーの腰が下ろされると、ねっとりと蕩けた肉洞へギンギンに漲った雄槍がじんわりと呑み込まれていった。

ジュブ・・・ズブ・・・ズググ・・・
「うあっ・・・ぁ・・・」
まず最初に俺の脳裏を満たしたのは、煮え立つ愛液の凄まじい熱さと窮屈さが生み出す強烈な圧迫感。
溢れ出す愛液に滑り導かれるようにしてあっさりと根元まで呑み込まれた肉棒が、ジュワジュワと焼かれながらミシリと締め上げられていくのだ。
「ああっ・・・オリバー・・・!」
「あが・・・ぁ・・・きつ・・・い・・・」
ただ入れているだけでもミシミシと押し潰されそうな程に狭い肉洞が、同じように俺の雄を感じているリジーの興奮に連動して断続的に収縮する。
ミシ・・・ギリリ・・・
「ひっ・・・つ・・・潰れ・・・るぅ・・・」
「凄い・・・オリバーのを・・・か、感じるわぁ・・・」
熱に浮かされたように両眼を蕩けさせながら天を仰ぐリジーが、恍惚の余り口の端からだらしなく涎を溢れさせる。
だが俺の方はというと、今にも肉棒を締め潰されるのではないかと思える程の凶悪な膣壁の締め付けに身も世も無く悶え狂っていた。

グジュ・・・ジュブ・・・
「う・・・うわあああっ・・・!」
野性味溢れる暴力的な膣肉の躍動に翻弄され、俺の理性もじわじわと快楽に侵され粉々に砕かれていく。
さっき枯れたばかりだというのに体の奥底から耐え難い興奮と疼きが込み上げて来て、俺は絶望的な射精の予感に断末魔にも似た激しい雄叫びを迸らせていた。
ブシュッ・・・ビュク・・・ビクク・・・
「あ・・・ひ・・・」
「はぁっ・・・ん・・・」
やがて体内の奥深くへ直接熱い精を注ぎ込まれたリジーが、ビクンとその身を硬直させる。
そしてギュウッと精の残滓を1滴残らず扱き取るような圧搾を叩き込まれると、俺は両眼を大きく見開きながら気を失うまでの数秒間をバタバタと悶絶し続けたのだった。

「・・・リバー・・・ね・・・起きて・・・」
それから、どのくらいの時間が経った頃だろうか・・・
ぼんやりと遠い世界を彷徨っていた意識の中へ、ふと聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
俺は混乱していた思考を辿って途中からぷっつりと途切れている記憶の糸を手繰り寄せると、どうやら眩い光に照らされているらしい両眼をゆっくりと開いていった。
「う・・・リ・・・リジー・・・?」
「ああ・・・良かった・・・やっと気が付いたのね」
見れば既に一夜明けたのか空には明るい朝日が昇っていて、深い森の中に清々しい陽光を投げ掛けている。
どうやらリジーはあれから正気を取り戻した後、ほとんど一晩中気絶していた俺を必死に介抱してくれていたらしい。
ともすれば俺が死んでしまったのではないかとでも思っていたのか、無事に目を覚ました俺を見つめる深い安堵と歓喜に染まった彼女の顔には薄っすらと涙の跡が残っていた。

やがて彼女にそっと背中を起こして貰うと、俺は昨夜あれ程散々に蹂躙されたはずの体が何処にも異常が無いことに思わずホッと安堵の息を吐いていた。
これも、強靭な雄竜の体のお陰なのだろうか・・・?
だがリジーの方はというと荒ぶる本能に任せて俺をしゃぶり尽くしたおぼろげな記憶だけが残っていたらしく、俺が目を覚ました後も終始何処か申し訳無さそうな弱々しい表情を浮かべていた。
「どうかしたのか?」
「そ、その・・・本当に大丈夫?私ったら昨日・・・何だか理性が何処かに飛んでっちゃって・・・」
「ああ・・・体の方は全然平気だよ。でも、ちょっと意外だったな・・・リジーがあんなことになるなんてさ」
それを聞いて、ただでさえどんよりと暗かった彼女の表情がますます曇ってしまう。
「まあ最初にリジーを誘ったのは俺の方なんだしさ、そんなに気に病まなくても良いだろ?」
「だけど、自分でも信じられないわ。私達、体だけじゃなくて心まで野生化しちゃうんじゃないかって、心配なのよ」
野生化した雌竜のリジーか・・・何だか、それはそれで何処と無く唆るものがあるような気がするけど・・・

「心配無いって。きっと俺もリジーも、ずっと相手に言えずに心の中に溜め込んでた感情があったんだよ」
「本当にそれだけなら良いんだけど・・・それで私達、これからどうするの?」
「うーん・・・取り敢えずは、当面住める場所を見つけないとな・・・この際、あの村に住んじまうってのはどう?」
そんな俺の提案に、リジーが左右に首を振る。
「駄目よ。少なくとも今はまだ、もっと人間社会に近いところで暮らしたいわ」
確かに、昨日の今日で人間から竜になった俺達にいきなり野生動物と同じような暮らしが出来るかと言われれば流石にそれを肯定出来る自信は無い。
「それに、私は考古学者を辞めるつもりも無いわよ。寧ろこの体の方が、色々と都合が良いことだってあると思うし」
「そ、そうなのか?それじゃあ俺は・・・今度はリジーを支える側に回るとするよ」
竜の伝承に興味を惹かれて歴史の研究に没頭する俺の力になろうと考古学者への道を進んだリジーは、その道に今度は自分自身が目指すべき何らかの目標を見つけたのだろう。

「それは嬉しいけど・・・例えばどうやって支えてくれるの?」
「考古学者の仕事を続けるって言うからには、あの村にある石板とか遺物を運び出して研究するつもりなんだろ?」
「ええ・・・まだその方法までは、ちゃんと考えてないんだけどね」
そう言いながら、リジーが村の方へ向かって歩き始める。
「だからさ・・・俺の研究仲間に何とか掛け合ってみるよ。竜になったって手紙のやり取りくらいは出来るだろうし」
「でも、その人達にだって私やオリバーの姿を晒すわけにはいかないでしょ?」
「まあそれはそうなんだけど・・・リジーはさ、竜の伝承って言葉を聞いて何を思い浮かべる?」
流石にそれは突飛な質問だったのか、リジーが一瞬言葉を詰まらせる。
「そ、それは・・・良く分からないけど・・・」
「竜の伝承ってのは、その大部分が竜と人間との関わりについての言い伝えなんだ」
それには納得したのか、リジーが無言のまま静かに頷く。
「それでその中には、人間が竜になっちまうってケースも実は少なくなくてね。つまり、珍しい話じゃないんだよ」
「それじゃあ・・・信じて貰えるかも知れないって言うの?その・・・オリバーが竜になっちゃったってこと・・・」
「まあ最初は鼻で笑われるかも知れないけどね・・・気長にやってみるよ。何にも当てが無いよりはマシだろ?」

リジーも一応はそれで満足したのか、俺達はそのまま村に戻って来ると南の祠の前に設置したままだったテントを2人で片付け始めていた。
人間だった時に比べて体が3倍近く大きくなったこともあり、中で2人並んで寝ても十分な余裕があったはずの大きなテントがまるで子供の玩具か何かのような頼りない小ささに見えてしまう。
それに5本から4本に減った指先に生えているまるで刃のように鋭い爪のお陰で、小さな布切れを破かないように折り畳むのは思った以上に大層骨の折れる作業だった。
「ふぅ・・・やっと終わった・・・でも片付けたのは良いけどさ、食事と住む場所の問題がまだ解決してないよな?」
「取り敢えず、歩いて帰るしかないんじゃない?幸い家まで陸地は続いてるんだし」
「陸地が続いてるったって・・・近くの町までだって飛行機で来たんだぞ。一体何百キロ離れてると思ってるんだよ」
俺がそう言うと、リジーが少しばかり呆れた顔をしながら小さく息を吐いていた。
「別に、何日掛かったって良いじゃないの。私達の仕事は根気が命でしょ?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「それに人間の言葉は話せるんだから、運が良ければきっとその辺のトラックにでも積んで貰えるわよ」

そんなお気楽なリジーの言葉に、俺は何だかこれからのことを真剣に悩んでいたのが馬鹿らしくなってしまっていた。
そしてテントを含めた旅行用具一式が詰まっているはずだというのに掌の中にも納まりそうな程に小さなリュックをちょこんと頭の上へ乗せると、一足先に歩き出した彼女について村の東の森へと入っていく。
「なあリジー・・・」
「何?」
「・・・いや、何でもない。さっさとこの茂みを抜けちまおうぜ。虫が嫌いなのを思い出しちまったから」
俺は彼女に言い掛けた感謝の言葉をグッと飲み込むと、燦々と照り付ける陽光を背に浴びながら遥かに遠い家路へと就いたのだった。

このページへのコメント

竜に変身してみたいですねぇ笑

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Posted by 匿名 2019年09月24日(火) 00:18:58 返信

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