Dragon-side
Human-side

私は、この街が好きだ。
人の身に化けて大勢の人間達の中に溶け込んで生きること100年余り・・・
多様な人間の文化や技術に追い付きながら違和感無く振舞えるようになるまでには当然相応の時間も掛かったものの、一度この便利さに溢れた快適な暮らしに慣れてしまえばもう以前のような退屈な洞窟暮らしには戻れそうにない。
知能の高い人間でさえ幼少の頃から何年も掛けて習得するという人語の読み書きに関しては流石に今もまだ多少の拙さが拭えないのだが、この街は無数の人間達で溢れているせいなのか他人に対して極端に無関心なのだ。
それ故に、依然として私の正体を看過することが出来た人間はただの1人も居ない。
尤もそれは、"生きている人間の中では"という意味ではあるのだが・・・

そんなある日の昼下がりのこと・・・
私はここ最近のお気に入りとなった落ち着いた雰囲気の喫茶店に足を踏み入れると、冷たい紅茶を飲みながら人語の勉強も兼ねて手にした小さな本を読んでいた。
私達竜の中にも石や樹木に爪痕を刻んで同胞に何かを伝達するという文化自体は伝わっているのだが、人間達の考え出した文字というものは実に緻密でありながら膨大な数に上る。
それらを十分に読んで書けて理解出来るようになるまでには、人間でさえ優に10年近い歳月を要するのだ。
人間に化けて生活を始めるまでそんな文化を全く知らなかった私にとっては、正に人語の読み書きこそが最大の障害だったと言っても過言ではないだろう。
しかしながら、時々本に書かれている意味の理解出来ない難解な言葉に頭を抱えることがあることを除けば、こうして窓辺から差し込む心地良い陽気に身を晒しながら喉を潤す時間は至福の一時だったのだ。

やがて今日も街が夕陽の朱に染まるまで長居してしまった喫茶店を後にすると、私は一転して今夜の予定をどうするかに考えを巡らせていた。
人間として暮らす昼の時間はもうすぐ終わりを迎え、街が静寂と闇に沈む夜は狩りの時間が始まる。
夕食代わりに適当な人間を人気の無いところや家に誘き出し、その憐れな獲物をじっくりと甚振り味わい尽くすのだ。
そしてそんな手頃な獲物を探し出すのには酒場が最適であるということも、私がこの数十年で得た知見の1つだった。

「今夜はここにしようかしら・・・?」
私はしばらく夜の繁華街を歩き回って大通りからは少し外れたところにある小さな酒場を見つけると、中に数人の客がいることを確かめてからそっと店の中へと入っていた。
その瞬間、店内にいた若い男達のほとんど全員がこちらに視線を振り向ける。
だがその内の半数は、ただ店内に入って来た客を確かめる以上の理由があったのか私が空いている席に着くまでしばらくの間こちらを見つめ続けていたらしかった。
服屋の店員に勧められるがまま買ってしまったこの服は数少ない知人に言わせればどうも"露出が多め"らしいのだが、その方が獲物を釣りやすいだけに私としては気に入っていたのだ。

「いらっしゃい。注文は何になさいます?」
「冷たい紅茶を貰えるかしら?待ち合わせをしてるところなの」
「ええ、喜んで」
そうして出して貰った紅茶を啜りながらしばらく時間を潰していると、やがて思った通り1人の若い男がさりげなく隣の席へと座って来た。
「お姉ちゃん綺麗だね。今日は1人なの?」
「これから友人が来る予定だけど・・・あらあなた、凄く素敵じゃない。とっても美味しそうな体をしてるわね」
そう言うと、それが意味するところまでは汲み取れなかったらしい彼が顔を綻ばせながら更に言い寄ってくる。
「ほんとかい?」
「ええ・・・そうだ、もしあなたが良ければ、2人で何処かに行かない?」
「え?そ、それは嬉しいけど・・・待ち合わせは良いのかい?」

恐らく予想だにしていなかったのだろうその私の提案に、彼が少しばかり狼狽した様子を見せる。
「別に構わないわ。彼女には後で謝っておくから」
だが私の待ち合わせの相手が他の男ではなかったと知ると、彼は途端に鼻の下を伸ばしていた。
「じゃ、じゃあ・・・場所を変えようか」
「ふふ・・・せっかちなのね。お会計はお願いしても良いのかしら?」
私がそう言うと、彼が鼻息荒く頷きながら私の注文した紅茶の代金を支払ってくれる。
そして一緒に店を出ると、私は愚かにも今夜の獲物に名乗り出てくれた彼と腕を組みながら人気の少ない広めの公園の方へと歩いて行ったのだった。

「来て、こっちよ」
やがてそう言いながら疎らな街灯に照らされているだけの静かな公園に彼を招き入れると、ポツンと周囲から取り残されているかのような1脚のベンチに彼と並んで腰を掛ける。
「君って、公園が好きなのかい?」
「ええ・・・夜の公園は大好きよ。人だってほとんど来ないし、広々としてるからね」
私はそう言うと、激しい期待と緊張が綯交ぜになったような表情を浮かべながらこちらを見つめている彼と視線を絡ませ合っていた。
「あなたの望みは分かってるわ・・・私と・・・したいんでしょう?」
そして大きな乳房の隠れている胸元を少し開けさせてみると、彼が思った以上に大きな反応を示す。
「ほ、本当に・・・良いの・・・?」
「もちろんよ。私もずっと・・・誰かとしたかったから・・・」

それからの数分間・・・
目の前で着ている服を脱いでいく私の姿を、彼は正に食い入るように見つめていた。
シミも皺も黒子すら無い、恰も大理石で出来た彫像のように生白い肌理細やかな肌に覆われた完璧な肢体に、男の股間が大きく盛り上がっているのがここからでも良く分かる。
尤もそれが、私の正体を見た後でもなお保っていられるとは思えなかったのだが・・・
やがてじっくりと焦らすようにして全ての服をその場に脱ぎ捨てると、彼は目の前に現れた全裸の女の姿に目を釘付けにしたまま声を失っているらしかった。
普通に考えれば如何に人通りの少ない夜の公園だとは言え、こんな屋外で裸になる人間などいるはずがない。
しかしそんな余りにも非現実的な光景を目の当たりにしていながらも、彼は心中に湧き上がる興奮の余りその異常さに気付くことが出来なかったのだろう。
そして・・・

ピカッ!
「うっ!?」
一瞬の眩い閃光と共に、私は体高2メートル近い漆黒の鱗に身を包んだ雌の竜へとその姿を変えていた。
ガッ!
そして突然の事態に困惑していた彼の視力が完全に回復する前に無防備に立ち尽くしていた彼を地面の上へ勢い良く押し倒すと、大きな手で顔を鷲掴みにして助けを求める声を握り潰す。
ミシッ・・・
「んぐっ・・・うぅっ・・・」
頭骨の軋むような痛みと呼吸器を塞がれた息苦しさで男の顔が苦悶に歪んだものの、私はそれにも構わずにバタバタと滅茶苦茶にもがく彼の体をもっちりとした柔肉に覆われている巨大な腹の下敷きにしてやっていた。

「ん〜〜〜〜っ!ん〜〜〜〜〜〜っ!」
突如として眼前に出現した巨大な怪物の姿に、恐怖に歪んだ男の目から溢れた熱い涙が私の手を伝っていく。
ついさっきまでギンギンに膨れ上がっていたはずの彼の股間は一旦は恐怖に萎えてしまったらしいものの、迫り来る自身の死の予兆を感じ取ったのか再び私の腹下でその固さを増していったらしかった。
メキメキと恐ろしい力で顔を握り締める私の腕を両手で掴みながら、男が懸命に巨竜の拘束から逃れようと奮闘する。
なかなか活きの良い獲物だ・・・丸1日振りの食事故に私の腹は既にかなりの空腹を訴えていたものの、その命を噛み砕く前にもう少し愉しませて貰うのも悪くないかも知れぬ。

私はそんな黒い思惑に微かに顔を綻ばせると、男の首を指先の爪で地面に縫い付けるように押さえ付けていた。
鋭い切っ先が頼り無い喉元の皮膚にずぶりと食い込み、男の顔が痛みと恐怖に更に歪んでいく。
そして顔を掴んでいた手をそっと離してやると、ようやく回復した呼吸に男が浅い息を断続的に吐き出していく。
だが私の意図は十分過ぎる程に伝わっているのか、彼は酷く怯えながらも助けを求める声を上げることだけは辛うじて思い留まったらしかった。
「フフフ・・・なかなか物分かりが良いのね・・・」
下手に逆らえば容赦無く喉を切り裂かれるだろうという確信に近い予感に縛られて、必死に私に恭順を誓おうとしている彼の体が時折ヒクヒクと戦慄いている。
その態度が続けられるのならば、彼はもう少しだけ長生きすることが出来るに違いない。
尤も、それは精々ほんの数分程度のことかも知れないが・・・

やがて少しばかり男の呼吸が落ち着いたのを見て取ると、私はずっしりと彼の下半身を押し潰していた巨体をほんの少しだけ持ち上げていた。
自身の身に降り掛かっていた脅威がまた少し和らぎ、相変わらず涙の溢れる彼の目に幾許かの輝きが戻ってくる。
だが爪先で首を押さえ付けたままもう一方の手で彼の履いていたズボンを力任せに引き千切ってやると、堪え切れなかったらしい短い悲鳴が爪先の食い込む喉から漏れ出していた。
「ひっ・・・!」
そしてズタズタになったズボンの隙間から絶体絶命の状況にもかかわらず場違いな程に大きく屹立した肉棒が顔を出すと、涼しげな外気に触れた自身の雄の感触にようやく彼も私の目的を理解したらしい。
「ん・・・ぅ・・・」
変に私を刺激しないように、それでいて精一杯の拒絶の意思を示そうと、彼の体がゆっくりと揺すられる。
ズブ・・・
「んぐっ・・・!」
だがそんな抵抗を無慈悲に爪先で捻じ伏せると、私は激痛に呻いた男の顔を見つめながら自らも昂ってしまった秘所をゆっくりと左右に開いていった。

グ・・・チュ・・・
熱く蕩けた愛液が糸を引きながら、深い肉洞が男のモノを呑み込もうと凶悪な牙口を花開く。
そこから発せられる熱気を敏感に感じ取ったのか、彼は恐怖に身を震わせながらただただ私の翠眼を見つめ返すことしか出来ないらしかった。
何か言葉を発しようと喉が上下する度に尖った爪の先が喉の皮膚を断ち割り、鋭い痛みがそんな彼の意思を打ち砕いていく。
いっそ激しく抵抗して一思いに止めを刺された方が幾分か楽なことは彼自身も理解しているのだろうが、その潤んだ目に宿った絶望的な期待感が無情にもそんな決死の覚悟を鈍らせてしまっているのに違いない。
だがいよいよ固く漲った雄槍の先端が私の中へ潜り込むと、その焼け付くような熱さに彼の体がビグッと激しく跳ね上がっていた。

ズグッ
その拍子にまたしても爪の先が喉笛に深く食い込み、熱さと痛みと快感に翻弄された男が悶絶する。
ズズ・・・ズブブブ・・・
そしてじっくりと焦らすように腰を落としてやると、雄の象徴が根元まですっぽりと灼熱の肉壷の中へ収まっていた。
ギュウゥ・・・
「ん〜〜〜〜っ!」
その内壁を埋め尽くした無数の細かな襞でじっくりと敏感な肉棒を締め上げられ、男の両手が地面の砂に幾条もの爪痕を残していく。
ほんの少し締め付けてやっただけだというのに最早限界が近いのか、彼は声無き声を上げながらその全身を激しく痙攣させていた。

いや・・・所詮相手は小さな人間の雄・・・
最初から、私を満足させられる可能性などありはしなかったのだろう。
そして幾度か膣を断続的に締め付けてやると、グネグネと苦しそうに身悶えた末に男が無言のままその穂先から白濁を吐き出していた。
まあ、この私とまぐわいたいという最期の願いは叶ったのだから彼も本望だろう。
そして吐精の余韻とこれから自分がどうなるのかという不安に慄いていた彼の顔を間近から覗き込むと、私は依然として萎えずに天を衝いている彼の肉棒をミシリと肉襞で握り締めていた。
その無遠慮な圧力に、これから何をされるのかを悟った彼の目に諦観の滲んだ涙が溢れ出してくる。
とは言えもうどう足掻いたところで助かる見込みなど無いことは自分でも理解してしまっているのか、彼はただゴクリと大きく息を呑み込むと必死にその両拳を握り締めていた。

ガプ・・・
やがてそんな男の覚悟を見届けると、爪先が突き刺さって血の滲んでいた彼の首を無数の牙が生え揃った顎でゆっくりと咥え込んでやる。
牙の先に感じる男の首筋が早鐘のように打ち鳴らされる鼓動と共にビクビクと震え、私はこれから噛み潰す命の感触を存分に味わいながら渾身の力を込めて彼を咥え込んだ2つの口を閉じていた。
グシャッ!バキゴキッ・・・!
肉棒を押し潰され、首を噛み砕かれた彼が断末魔の声も無いまま即座に絶命する。
そして口の中に広がった濃厚な血の味をじっくりと味わうと、私は静かな公園の中でしばし美味しい食事に舌鼓を打ったのだった。

その翌日・・・
人間の世界では情報の伝わる速度というものは恐ろしく早いものらしく、昨日私が喰い殺した人間のことで既にそこここから噂話が聞こえ始めていた。
まあ、子供達も大勢遊びに来る公園の中に派手に血飛沫が飛び散っていたのでは大きな騒ぎになるのも当然だろう。
だが死体が残らない故にこれまでどんなに同様の事件が起きても疑いの目が私に向けられたことは無かったものの、基本的に平穏に暮らしたいだけの私にとって周囲の人間達が殊更に騒ぐのは余り心地の良いものではなかったのだ。

その日の午後になって、私は最早常連となった喫茶店に入ると昨日と同じ本を読みながら窓際の何時もの席に腰を落ち着けていた。
別に人間の食物が喉を通らないわけではないのだが、怯え泣き叫ぶ人間を荒々しく食い散らかすあの野蛮とも言える食事が何よりも好きなのは生涯変えることの出来ない私の性なのかも知れない。
こんな私のことを理解してくれるような人間の伴侶でもいればまた話は別なのだが、それこそ現実味の無い見果てぬ夢というものだろう。
店の外を通る人間達の姿も以前変わり無く、母親と手を繋いで歩く少女や自転車に乗って颯爽と走り去っていく少年、それに物憂げな眼差しで地を見つめながら歩く学生など、平和そのものだ。
そして今日も数杯の紅茶で数時間もの長い時間を潰してしまうと、私は今夜の獲物を探す為に無数の酒場が並ぶ繁華街へと繰り出したのだった。

それにしても、人間とは実に不思議な生き物だ。
昨日あんなことがあって昼間は大勢の人々の間に言い知れぬ不安や怯えの感情が広がっていたというのに、日が暮れればまた彼らは性懲りも無く酒を飲み、判断力と警戒心を失って危険な誘いにいとも易々と乗ってしまう。
まあそのお陰で私も日々の糧にありつけているのだから文句は無いのだが、数十年も続けて来たこの生活にもそろそろ飽きが出て来てしまっている感は否めなかった。
何か良い機会があるのなら、この日常の過ごし方を少しばかり変えてみるというのも案外面白いのかも知れない。
だが結局のところ、私は今夜も酒に酔った憐れな男を腹に収めることになるのだろう。

やがて散々迷った挙句に大きな通りからは外れた細い路地に面している1軒の酒場に目を付けると、私は十数人の客で盛り上がっている喧騒の中へとその身を滑り込ませていった。
だが普段なら待ち合わせを装ってしばらくは独りお茶で喉を潤すのが常だというのに、今回は店に入った私の姿を見るなり1人の男がすぐさま声を掛けて来た。
見れば彼も私と同じく酒場に"出会い"を求めている類いの人間らしく、もしかしたら私のような単身女性が店に入って来るのを今か今かと待ち構えていたのかも知れない。
「やあお姉ちゃん。今日は1人で来たのかい?」
「ええ・・・ちょっとここ最近退屈でね・・・何か楽しいことでもないかしら?」
私がそう言うと、彼がこれ幸いとばかりにカウンターに腰掛けた私の隣に座ってくる。
「それなら、今日は俺が奢るよ。その後何処かに出掛けないか?」
「あら、そういうことなら今すぐ何処かに行きましょうよ」
「よっしゃ、そう来なくっちゃ。マスター!会計してくれ」
彼は威勢よくそう言って恐らく数時間は粘っていたのだろう多額の酒代を気前良くポンと払うと、私を店の外へと誘っていた。

成る程・・・
きっとこの男は、金に余裕がありながら愛を交わす相手が見つからずに日々飢えていたのに違いない。
何処と無く軽率な雰囲気を醸し出す彼の様子からそれがこれまでの不成就の原因なのだろうことは容易に想像が付いたものの、今夜彼はそんな自分の浅はかさを本当の意味で思い知ることになるのだろう。
そして彼と腕を組んで街の中を歩きながら、私はさり気無く街灯の少ない住宅地の方を目指していた。
既に長時間酒を飲んでいたこともあって大分酔いが回っているのか、私達が何処に向かっているのかももしかしたら彼は理解していないのかも知れない。
この分なら、特に問題無く彼を人気の無い路地裏に連れて行くことが出来ることだろう。
ただ1つだけ気掛かりなことがあるすれば、この男とは別の人間の匂いが時折鼻に付くことだった。
喫茶店を出て繁華街へ入る前には既に感じていた気配なのだが、それがずっと私の後を尾けて来ているような気配がある。
尤も、昨夜の件は誰にも見られてはいないのだからただの偶然なのかも知れないが・・・

やがて首尾良く酔った男を暗い闇に包まれた路地の奥に連れ込むことに成功すると、私は足取りのふら付く彼をそっと地面の上に座らせていた。
そしてぼんやりとこちらを見上げている彼の前で着ていた服を全て脱ぎ去ると、真っ白な閃光と共に元の姿を取り戻す。
ピカッ!
「うっ・・・」
突如として目を焼いたその光に男は小さく呻き声を上げたものの、私は彼の視界が眼前の巨竜の姿を捉えるよりも先に両手で彼の体を掴み上げるとその首を顎の間に咥え込んでいた。

グ・・・ググ・・・
やがて鋭い牙を突き立てながら男の首をじんわりと噛み締めてやると、激痛に覚醒した彼の体がバタバタと激しく暴れ始める。
ドサッ・・・
だがその瞬間、私は背後から何かが地面の上に落ちたような物音が聞こえて来たことに気付いて俄かに心臓の鼓動を跳ね上げていた。
しまった・・・誰かに見られたのだろうか・・・?
ベギボギメキッ・・・
そして慌てて男の首を思い切り噛み潰すと、息絶えた獲物を地面の上に取り落としながら恐る恐る背後を振り向いてみる。
するとそこに、見てはいけない光景を目の当たりにして腰を抜かしているらしい20歳前後の若い男の姿が目に入っていた。

彼を捕まえなければ・・・!
私は即座にそう頭を切り替えると、ショックの余り動けずにいたらしい若者に向かって全速力で駆けていった。
そして勢い良く彼の胸を踏み付けてその声を封じると、苦痛に顔を歪ませた彼がバタバタと手足を暴れさせる。
メキ・・・ミシ・・・ミシシ・・・
だが結局息が出来ずにそのまま彼が気を失ってしまうと、私はそっと力尽きた若者の上から手を退けていた。
この人間は何故、私を目撃してからこれまでの間に一言の声も発しなかったのだろうか?
如何に信じがたい物を目にして気が動転したのだとしても、最後まで呻き声1つ上げなかったというのは些か奇妙な話だ。

とは言え、その理由を突き止めるのは後で良いだろう。
私は先程噛み殺した人間を急いで腹に収めると、人間の姿に戻って脱いであった服を素早く身に着けていた。
そして気絶した若者の体を弄ってみると、家の鍵や財布といった幾つかの持ち物が出てくる。
「この子・・・何処に住んでるのかしら・・・?」
やがて財布の中にあった身分証に目を落とすと、私は辛うじて判別出来る文字だけを読み取って何とかその住み処を突き止めることに成功していた。
彼はどうやら、私が最近足繁く通っているあの喫茶店の傍にある小さな集合住宅に住んでいるらしい。
ここからなら歩いて精々20分程といったところだろうか。
そしてまだしばらくは目を覚ます気配の無い彼の体を背負うと、私はなるべく人通りの少ない道を通って彼の家へと向かったのだった。

ドサッ・・・
それから数十分後、私は首尾良く誰にも怪しまれることなく家の中に運び込んだ彼をベッドの上へ横たえると、その場に座り込んで大きな安堵の息を漏らしていた。
正体を知られてしまったからには彼にも何れは私の腹の中へ入って貰うことになるのだろうが、今はまだ満腹なのだ。
それに・・・彼が何故私の姿を見ても声を上げなかったのかが、些か気になっているというのもまた事実。
取り敢えず、この人間が目を覚ますまでは私もここで少し休むとしよう。
特定の住み処を持っていないだけにここ最近は専ら人目に付かない屋外でひっそりと夜を過ごすことが多かったものの、私は久し振りに快適な屋根の下で眠れる喜びを静かに噛み締めたのだった。

その翌日・・・
私は朝早くに目を覚ますと、彼がまだ昨夜と同じ体勢で眠っていることを確認して風呂場へと足を踏み入れていた。
考えてみれば、体を洗うのも随分と久し振りな気がする。
昨日も私の後を尾けていたのだろう彼の匂いはずっと感じ取れていたはずだというのに、それでも最後の最後で警戒心が鈍ってしまったのは十分に鼻が利かなかったからなのだ。
そして熱いシャワーを全身に浴びて長らく体にこびり付いていた血と汗の匂いを洗い流すと、私は洗面所に置かれていたタオルで体を拭きながら部屋へと戻っていた。
すると丁度彼も目を覚ましていたのか、半ば混乱した視線が素っ裸でいた私の体を真っ直ぐに捉える。
だがもう既に私の正体を知っている彼は、俄かに怯えた表情を浮かべながらその体をビクッと強張らせていた。

「あら、やっと起きたのね」
やがてそう言いながら、なおも動けずにいたらしい彼の体をベッドの上に押さえ付ける。
「ねぇ・・・何で黙ってるの・・・?」
それにしても・・・彼は何故こんなにも異常な事態を経験しながら、依然として沈黙を保ち続けているのだろうか?
そっと囁きかけるように放ったその声にさえ、彼から返って来るのは絶望と諦観の入り混じった怯懦の気配ばかり。
それどころか、余程私のことが恐ろしかったのか彼の目にじわりと涙までもが溢れ出してくる。
もしや・・・
私はふと唐突に脳裏へ浮かんだある可能性に、彼から顔を離していた。

「もしかしてあなた・・・言葉を話せないの・・・?」
そう訊くと、彼が恐る恐るその首を縦に振る。
そうなった原因が何かは私には分からないものの、どうやら彼は本当に一言も声を発することが出来ないらしい。
「ふぅん・・・」
私は今にも殺されるのではないかと心底怯え切っているらしい彼の様子を目にして、ついついずっと押し隠していたはずの嗜虐的な本性を漏らしてしまっていた。
そして思わず下唇を舐めずった私の舌を目にして、彼が覚悟を決めるようにきつく目を閉じる。
だがそんな彼の想像とは裏腹に、私はある提案を彼に持ち掛けてみることにした。

「ねぇあなた・・・まだ死にたくはないんでしょう?」
私がそう言うと、必死に身を固めていた彼が少しだけその目を開ける。
そしてそんな怯え切った彼の体を両腕でそっと抱き締めると、私は力一杯その背骨を締め上げていた。
ギュウッ・・・
体が海老反りになる程の凄まじい膂力に翻弄され、彼が苦しそうにその顔を歪めていく。
「どうなの・・・?」
ギリ・・・ギリリ・・・
これだけ容赦無く痛め付けても意味のある言葉を発するどころか、微かな呻き声の1つも上げないとは・・・
そんな彼の姿にある種の驚嘆と憐れみを感じながらも、私はその意識が飛びそうになった瞬間を見計らって腕の力を抜いていた。

そしてまだ何の返事も示さない彼の様子に業を煮やして再び彼を抱き寄せると、先程の苦痛を思い出したのか彼が力無くその身を暴れさせる。
「ふふ・・・そうよねぇ・・・苦しいのは嫌なんでしょう・・・?」
流石に彼もこのままでは嬲り殺されると思ったのか、今度はコクコクとその首が縦に振られていた。
「それじゃあ、しばらく私をここに泊めてくれないかしら?」
私がそう言うと、言葉の意味を即座には理解出来なかったのか彼の顔にキョトンとした表情が浮かぶ。
「まさか・・・嫌とは言わないわよねぇ・・・?」
だが今度は脅しを掛けるようにそう囁いてやると、彼は悲愴な表情を浮かべながらも再び頷いていた。
「ふふ・・・良かった・・・外で夜を過ごすのも、もうそろそろ飽きて来てたところだったのよね」
これで良い・・・
お陰でしばらくの間は、温かい寝床と熱いシャワーが約束されることだろう。
このまま彼を喰い殺してこの住み処を奪い取るという手も無いわけではなかったものの、人間社会の煩雑な遣り取りは彼に任せておいた方が何かと都合が良いのだ。

しかしその前に、彼にはもう1度自分の置かれている立場というものをはっきり思い知らせてやった方が良いだろう。
私はそう心に決めると、狭い部屋の中で激しい閃光と共に元の姿を取り戻していた。
ピカッ!
その瞬間強烈な閃光に目を焼かれ、顔を顰めた彼が私の方から咄嗟に顔を背ける。
「でももしこの私の正体を誰かに伝えようとしたりしたら・・・どうなるかは分かってるでしょうね・・・?」
だがその視界が回復する前に彼に良く見えるように鋭い爪を眼前に翳してやると、私は頼り無い皮膚に覆われている彼の首筋にその切っ先を軽く押し当てたのだった。

ズブッ・・・
更にはその切っ先をほんの少しだけ首の皮膚に捻じ込むと、突如として送り込まれた激痛に彼の体がビクッと小さく震える。
口が利けないせいで助けを呼ぶことも痛みに呻くことも出来ず、力でも到底敵わない怪物に命を握られるという恐怖。
そんな悲愴な表情が彼の苦悶を孕んだ顔一杯に広がったものの・・・
それでも彼は、ベッドの上に投げ出したままだった両腕をほんの少しも浮かせようとさえしなかったのだ。
それが全てを諦めているが故の投げ遣りな行動なのか、或いは本当にこの私のことを信頼してのことだったのか・・・
私にはそんな彼の心情を正確に読み取ることは出来なかったものの、互いの立場はどうあれこれから共生しようという相手をこれ以上無為に痛め付けたところで意味は無いだろう。
そして静かに指を引いて彼の顔に微かな安堵の表情が浮かんだのを目にすると、私は再び一糸纏わぬ若い人間の姿へとその身を変えたのだった。

その日からも、私は彼の家の傍にある喫茶店に何時も通りに通っては何時も通りに獲物を物色して喰い殺す日々を送った。
ただ1つ変わったことと言えば、夜に寝る場所に困らなくなったことだ。
それに、彼の家に帰れば温かいシャワーを浴びて体を清めることも出来る。
今のところ彼も特に怪しい動きをする様子は無く、腹を満たした私が夜遅くに帰れば素直に鍵を開けてくれる。
唯一生きている人間で私の正体を知っている彼を長く生かしておくのは余り得策ではないのかも知れないが、安住の地を得た生活というのもまた、私がこの街で過ごした数十年で持ち得ることの無かった新鮮な体験の1つだったのだ。

そんなある日のこと・・・
「帰ったわよ」
ガチャッ
ここ最近は私の帰って来る時間をある程度予測しているのか、部屋の扉に声を掛けるなりすぐに彼が鍵を開けてくれるようになっていた。
まあ彼としてはなるべく私の機嫌を損ねたくないという理由の他に、近隣に住む他の住人に私の出入りを見つかってあらぬ噂を立てられたり面倒事に巻き込まれたりしたくないという意識が働いているのだろう。
「はいこれ」
そして私を部屋に招き入れるなり無言のまま居間の方へと帰って行く彼の背中に、私はそう声を掛けながら今夜の獲物から奪った財布を手渡していた。
「私にはそんなに必要無いから、あなたにあげるわ」
何となく理由の分からない気まずさを感じてついつい彼から顔を背けてしまったものの、財布を受け取った彼がその中身を見て目を丸くしているのが雰囲気からだけでも伝わって来る。
そして彼が財布に気を取られている内に風呂場へ駆け込むと、私はまず体にこびり付いてしまった血の匂いを洗い流したのだった。

やがて心地良いシャワーを浴びて風呂から上がると、先にベッドに入っていた彼が珍しくこちらに背を向けているのが目に入る。
そしてそんな彼の待つ温かい寝床に私も体を滑り込ませると、ほんのりと火照っているらしい彼の体を背後からそっと抱き締めてみる。
「どうしたの?体が震えてるわよ・・・?」
もう私と共に暮らし始めて何日も経ったというのに、彼は一体何故その身を震わせているのだろうか?
先程のことを考えれば、少なくとも私がまだしばらくは彼を手に掛けるつもりなど無いということは伝わるかと思ったのだが・・・

だが一向にこちらに顔を向けようとしない彼の体を引き寄せてみると、私は微かに潤んでいたその目に激しい葛藤と自己嫌悪の色が滲んでいることに気付いていた。
きっと彼は私に対して怯えていたのではなく・・・
私と関わったことで少しずつ変わっていく、己の意識を恐れたのだろう。 
獲物となった人間から奪った金を手にしたことで、彼は私の人間狩りの片棒を担いでしまったと思っているのだ。

よくよく考えてみれば、彼は言葉を完全に理解しているのにそれをどうしても話すことが出来ないでいる。
それはつまり先天的に或いは後天的に声を出す機能に何か直接的な障害を負っているか、そうでなければ何らかの精神的な要因によってある日突然声が出せなくなったということ。
そしてこれまでの彼の様子を見る限り、恐らく原因は後者なのだ。
つまり彼の心は、過去に1度壊れてしまっているのだろう。
私と相対して表面上は死を恐れながらも依然として恐慌状態に陥ることも無く淡々と恭順を貫いていられるのは、結局のところ自らの人生に対してある種の諦めを抱いているからなのに違いない。
そんな彼が唯一の矜持としていたのだろう善良な人間としての心持ちを、私は図らずも踏み躙ってしまったのだ。

「大丈夫・・・あなたは何も悪くないわ・・・」
やがて緊張した面持ちでこちらを見つめている彼にそう呟くと、核心を突かれたらしい彼の表情が微かに歪む。
「自分を責めてるんでしょう?でも、あなたはただ私に寝床を貸してくれているだけ・・・今も無垢なままよ」
私は、一体何を言っているのだろうか・・・?
彼はただの餌・・・今は生かしていたとしても、何れは無慈悲に引き裂かれ食い千切られる運命の憐れな獲物。
本来なら、そんな彼の心配を私がしなければならない理由など何処にも無いはずなのだ。
けれどもこの数日間物言わぬ彼の心情を少しでも理解しようとその心の声に耳を傾けている内に、私は何時しか彼の内面をもっと理解したいと思い始めていたのかも知れない。

「もう何日も夜を共にしたのに、私達・・・まだお互いに名前も知らなかったわね」
私はそう言うと、そっと温かいベッドの外へと這い出していた。
そして薄闇に包まれていた部屋の中に鮮烈な閃光が走ると、竜の姿となった私を彼が何処か期待に満ちた表情で見つめているのが目に入る。
「私はエルマ・・・あなたのことは・・・何て呼べば良いの・・・?」
その瞬間、私の名を知った驚きに彼の目が大きく見開かれる。
しかしそれがすぐさま驚愕から歓喜に近い表情に変わると、彼は私の顔を見つめながら静かに首を振っていた。
きっと、どうやっても自分の名前を私に伝えることが出来そうにないのだろう。
「そう・・・そうよね・・・それなら、あなたのことは私の好きなように呼ばせて貰うわ」
私はそう言うと、竜の体には些か狭く感じる寝室の中をあちこち見回していた。
とは言え、私が彼と共に暮らすことを選んだ最大の理由は、雨風を凌ぐことの出来るこの家の存在なのだ。
多少強引な脅迫をしたとは言え、この数日間私が快適な毎日を送れているのはただひたすらに彼が自身の屋根の下に私を迎え入れてくれたからに他ならない。

そして竜語で屋根を意味するヘクトという名が脳裏に浮かぶと、私はそわそわと落ち着かない様子で待っていた彼に視線を戻していた。
「ヘクト・・・ヘクトっていう名前はどうかしら?」
そう言うと、彼が多少の困惑を見せながらも頷いてくれる。
良かった・・・
私は冷静に考えれば有り得ないはずの彼の拒絶を心の底から恐れていたというその事実にハッとすると、思わず彼の上に掛かっていた寝具を取り払ってしまっていた。
バサッ・・・
そして露わになった彼の下着姿の体を目にした瞬間、これまでに感じたことの無いような奇妙な衝動が胸の内に込み上げてくる。
もしかして・・・私は彼に・・・
いや、そんなことなどあるはずがない。
確かに彼は私に安住の地を提供してくれはしたが、この世で私の正体を知っている唯一の人間でもある。
今後も私がこの街で平穏に過ごす為に、気の毒ではあるが彼には何れ死んで貰わなければならないだろう。
たとえそれが今ではなかったとしても、私が彼に気を・・・ましてや体を許すことなどあってはならないのだ。

ズシッ・・・ギシィ・・・
だがそんな理性の制止も空しく、私はベッドの上に乗り上げるとその脚が鈍い軋みを上げる音を聞きながら彼の体を自身の腹下にゆっくりと組み敷いていった。
じわりじわりと私の体重が預けられる度、彼の顔に少しずつ苦しげな表情が浮かんでいく。
こんなことをして、彼に嫌われてはしまわないだろうか・・・
そうでなくとも何時私に殺されるのかと怯えているヘクトにこんな迫り方をしてしまったら、彼がなおのこと私に対して心を閉ざしてしまうのでは・・・
そしてそんな言い知れぬ不安を隠し切れないままヘクトの顔を覗き込んでみると、彼は意外にも全てを悟ったような穏やかな眼差しをこちらに向けたままゆっくりと頷いてくれていた。
その瞬間、私の中で張り詰めていた緊張の糸がプツリと音を立てて千切れ飛び・・・
肺の中の空気を全て吐き出すかのような安堵の息が、彼の前髪を逆立てるように揺らしてしまう。

やがて彼の体を気遣うように彼の下半身を押し潰していた腹を浮かせてみると、ヘクトが自ら着ていた服を脱いでベッドの外へと投げ捨てていた。
彼は・・・本当にこの私を受け入れてくれるつもりなのだろうか?
死や苦痛に対する恐怖からくる恭順ではない、純粋に私に気を許してくれているかのようなその極々自然な振る舞いに、何故かこの私の方が言い知れぬ不安と緊張に昂ってしまう。
そして生まれたままの姿を晒したヘクトに再び重い腹を押し付けてみると、私の体温に比べて些かひんやりと感じる彼の頼りない細身の体がベッドの上にズシリと敷き潰されていく。
ズ・・・ズズ・・・
だが彼は身に余る体重を預けられているにもかかわらず、その顔に何とも言えぬ恍惚にも似た表情を浮かべていた。
これまで人間などただ嬲り弄んで喰い殺すだけの餌としか見ていなかったというのに、今私が胸の内に抱いているこのはち切れそうな程の強烈な情動は一体なんだというのか・・・

だが彼と視線を交わす内にその肉棒があっという間に雄々しく勃ち上がった感触を感じると、私は俄かに燃え上がった本能に身を任せながら自身の秘所を左右に押し広げていた。
グ・・・ジュプ・・・
小さな人間にとっては余りにも致命的な、熱く燃え盛る雌竜の竜膣。
その愛液煮え立つ肉洞に今にも呑まれしゃぶられようとしているというのに、彼の雄槍はあろうことかますますその逞しさを漲らせていく。
そして無言のまま先を促すような彼の視線に、私は意を決してその腰を落としていった。
グブリ・・・
膣内に彼の肉棒が潜り込む確かな感触と共に、その熱さを味わった彼の体がビグッと震えた感覚が伝わってくる。
ギュグッ・・・
更には思わず本能的にその肉棒をきつく締め上げてしまうと、彼が私の体をも持ち上げる程の勢いで悶絶していた。
だが理性では彼の身を案じながらも、雌雄のまぐわいという極めて原始的な状況がその発露を押さえ付けてしまう。
人の身には到底耐え難い快楽の嵐に焼き尽くされ、彼は必死に歯を食い縛りながらも静寂の中で悶え狂っていた。
ビュグッ・・・ビュグク・・・
きつく握り締めた肉棒を細かな襞がゾロリと摩り下ろし、その刺激に限界を迎えたヘクトが私の中に盛大に精を噴き上げながら苦悶の表情を浮かべたまま意識を失ってしまう。
つい数瞬前まで激しく暴れ狂っていたはずのヘクトの体から唐突に力が抜け、私は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた彼の様子に思わず彼の名を叫んでいた。

「ヘ、ヘクト・・・!?」
よく見ると、彼がその全身にぐっしょりと汗を掻いている。
それはそうだろう・・・
入れているだけで火傷しそうな程に熱い私の膣にその雄を咀嚼されながら自身の数倍の体重を持つ巨大な怪物に圧し掛かられて、彼の体に私の想像以上の負担が掛かっていたのだろうことは火を見るよりも明らかだ。
「ヘ・・・ヘクト・・・」
私はぐったりと弛緩した彼の体を解放すると、どうして良いか分からずにおろおろと周囲を見回していた。
取り敢えず、体の汗は拭いてやった方が良いだろう。
私はそう思ってつい先程まで体を拭いていたタオルを拾い上げてじっとりと湿ってしまったヘクトの体を丹念に拭いてやった。
そして何とかその身を清めることに成功すると、依然としてぐったりと横たわっている彼の上にさっき取り払った寝具を優しく掛けてやる。
とは言え、これ以上今の私に出来ることは無い。
彼の胸の上に手を置いてみると、意識は失っているもののドクンドクンという力強い心臓の鼓動が微かにだが掌に伝わって来る。
その感触に幾許か昂っていた気分を落ち着けると、私はそのままベッドの隣に蹲って眠りに就いたのだった。

「ん・・・」
次の日の朝、私は手を置いていた彼が動いたような気配を感じてそっと眼を開けていた。
見た目には特に変わりないように見えるが、彼が言葉を話せない以上その心情の方はどうしても計りかねてしまう。
「ヘクト・・・大丈夫・・・?」
そして取り敢えずそう訊いてみると、彼はまるで私を安心させるかのように何度も頷いていた。
やがてそんな彼の様子に安心して私も人間に姿を変えると、何時ものように服を身に着ける。
恐らくは今日も、これまでと何ら変わらぬ平和で退屈な1日となることだろう。
だが昨夜ヘクトをその身を重ねた記憶が強烈に脳裏に蘇ると、私はふと例の喫茶店にヘクトを誘ってみようかという思い付きに外へ出ようとした足を止めていた。

とは言え、果たしてどう言って誘ったものだろうか・・・
今の私が彼に対して特別な感情を抱いているのは確かなのだが、それを直接彼に伝えることがどうしても憚られてしまう。
それはもしかしたら、私が彼の命を脅かしてその支配下に置いていることに対するある種の罪悪感の表れだったのかも知れない。
そしてまだ彼の横たわっているベッドの傍に座ってその顔に視線を注いでみると、ややあって私の目的を察したらしい彼が素早くベッドから起き上がって外出の用意を整えていた。
まだ私は何も言っていないというのに、人間というものはこんなにも洞察力に優れた種族なのだろうか?
それとも、ヘクトがそれだけ私に対して十全に気を遣ってくれている証なのだろうか?

「・・・どうして分かったの・・・?」
やがて思った通り喫茶店の方へと歩いていくヘクトにそう訊いてみると、彼は言葉で返事をする代わりに優しく私の手を掴んでいた。
そんなヘクトの行動に思わず胸が締め付けられて、二の句を告げぬままおとなしく彼の後について歩いてしまう。
そしていよいよ喫茶店に辿り着くと、彼は私が何時も座っている席にそっと私を誘導してくれていた。
それから数分後・・・これまでずっと独りの時間を愉しむ場所だったこの喫茶店で、初めて2人分注文した紅茶がテーブルへと運ばれてくる。
見ればヘクトは少しばかり顔を赤らめているし、私も私で彼との話の種になるような物は何も持ち合わせてはいなかったというのに、彼と過ごす静かな時間は妙に心地良く、それでいて切ない疼きを胸の内に齎すものだった。

彼は、本当に私が恐ろしくはないのだろうか?
初めて彼に竜の姿を見られたあの時、私の口元は噛み砕いた獲物の血で真っ赤に染まり、もしかしたら空腹のせいで眼も多少は血走っていたかも知れないのだ。
そんな飢えた巨獣に捕まって、ヘクトはきっと生きた心地がしなかったことだろう。
だから昨夜のことも、今日のことも、全ては彼が私の機嫌を損ねないよう阿っているだけ・・・
しかしそんな考えは、彼の心底満足そうな表情を見る限りまるで的外れな妄想に過ぎないように思えてしまう。
そして淡々と紅茶を注文してはお互い無言でそれを啜るという奇妙な光景を数度繰り返すと、私は思い切って長らく閉ざしたままだった口を開いていた。

「ヘクト・・・そろそろ場所を変えましょう?」
そう言って昨夜の戦利品から6杯分の紅茶の代金を支払うと、今度は私がヘクトの手を引いて大勢の人間達の喧騒に満ちた街の中へと歩き出していた。
何処か静かな・・・ヘクトと2人きりになれる場所・・・
そんなことを考えながら歩いている内に、やがて数日前に私が夕食の場所に選んだあの公園が見えてくる。
ここなら敷地も広いし、見たところ中に誰かがいるような気配も感じられない。
そしてヘクトを連れ立って公園の中に入ると、私達はそこに設置されていた大きなベンチにそっと腰掛けていた。

私は一体・・・彼に何と声を掛けるべきなのだろうか・・・
そう思っている内に図らずも彼と肩の肌が触れ合い、少しばかりひんやりとした感触と激しい脈動が感じられる。
ここまで来たら、もはや認めざるを得ないだろう。
私は、ヘクトに紛れも無い恋心を抱いてしまっている。
何れは彼も口封じも兼ねてこの身の糧としてやるつもりだったというのに、私は何故ヘクトにこんなにも激しい感情を抱くようになってしまったのか・・・
そしてそんな私の降参をまるで読み取ったかのように、ヘクトが私の手を両手で優しく包んでいた。

「ヘクト・・・あなたは・・・」
決して動揺を悟られまいとした努力も空しく、突然の彼の行動に驚いた拍子についついそんな言葉が漏れてしまう。
「分かっているの?あなたは・・・この私に命を握られているのよ?」
更にはそう言いながら、彼の目を間近からじっと見つめてやる。
「今すぐにでもあなたを引き裂いて喰い殺してしまうかも知れないのに、どうしてそんなに平然としていられるの?」
だがそんな虚勢に満ちた精一杯の威嚇も徒労に終わってしまうと、凛とした彼の覚悟が冷たい漣のようになって触れ合っている私の手へと流れ込んでくる。
それ程までに・・・ヘクトは私を・・・

しかし寸でのところで何とか理性を取り戻すと、私はまるで引き込まれるようなその誘惑を断ち切るように彼から顔を背けて必死に眼を閉じていた。
「駄目よ・・・駄目・・・」
これ以上ヘクトに気を許したら、いざという時に彼を殺せなくなってしまう。
人間と竜が、獲物と捕食者が、互いにその心を通じ合わせることなど・・・決してあってはならないのだ。
そして昂った興奮で荒れ狂う大波にその心を散々に翻弄されると、数分掛けて辛うじて平静を取り戻した私は彼と手を繋いだままベンチから立ち上がっていた。

「今日はもう、帰りましょう?」
私は、何という卑怯者なのだろうか・・・
これ程真っ直ぐに、一途に、自身の命の危機を顧みることも無く素直で情熱的な求愛を受けているというのに、この生まれ持った捻くれた性格がそんな彼の声を黙殺してしまう。
ほんの数日前まで、私は生涯を共に暮らせる伴侶の出現を熱望していたのではなかったのか?
人間でありながらこんな私の全てを受け入れてくれているヘクトという存在を差し置いて、他に私の伴侶に相応しい生物など何処にもいるはずが無いのだ。
ヘクトの家に帰ったら、私はもう1度改めてこの問題と向き合わなくてならないだろう。
やはり、了承の返事をするべきなのだろうか・・・?
それとも、彼との間には明確な一線を引いておいた方が良いのだろうか・・・?
刻一刻と目的地が近付いて来る気配を感じながら、私は一向に答えが見える気がしない思考の迷路をただひたすらにフラフラと彷徨い歩いていたのだった。

ブアアアアアンッ!
だがぼーっとしたまま道路に足を踏み出した次の瞬間、私は突如として周囲に轟いた耳を劈くような大音響に思わず体をビクッと硬直させていた。
と同時に、恐ろしい速度で迫ってきた巨大なトラックが私の視界を一杯に覆い尽くす。
ズガッ!
まるで何かが爆発したかのような強烈な衝撃と共に景色が二転三転し、トラックに撥ね飛ばされた私は道路脇の茂みに勢い良く突っ込んだらしかった。
「か・・・ふ・・・・」
手足の骨が砕け、肋骨が拉げ、頭部からドクドクと熱い雫が滴り落ちていく絶望的な感触。
だが何よりも私を戦慄させたのは、これだけの重傷を負ったというのに最早体がほとんど痛みらしい痛みを感じていないことだった。

幾人かの人間が、無惨な姿に変わり果てた私を覗き込んでは小さな呻き声を上げて顔を顰めている。
やがて死を目前にしていた私以上に死人のような蒼褪めた表情を浮かべたヘクトが近付いて来ると、私は血の味がする喉から今にも消え入りそうな程に弱々しく擦れた声を漏らしていた。
「う・・・ヘ・・・クト・・・」
その瞬間、眼前のヘクトがまるで何かに打ちのめされたかのようにその両目を大きく見開く。
そして・・・

「エ・・・ルマ・・・」
まさか今のは・・・ヘクトの・・・声・・・?
「ヘク・・・ト・・・あな・・・た・・・声が・・・」
「エルマ・・・し・・・死なないで・・・お願いだから・・・」
一体何が引き金になったのか、彼は余りにも突然にその声を取り戻すと両目一杯に涙を溢れさせながら私の体に縋り付いていた。
私は・・・死ぬのだろうか・・・
これまで大勢の人間達をその手に掛けたから・・・こんな無惨な死を迎えるのが、その報いだというのか・・・
人間の身で負った怪我は、仮に竜の姿に戻ってもそのままで癒えることは無い。
それ故に人の姿をしている時は殊更に身の安全には気を付けていたというのに、何時しか私の頭の中はヘクトのことで一杯になってしまっていたのだろう。
こんなことになるのなら・・・せめて最期に・・・彼に正直な私の気持ちを伝えれば・・・良かった・・・
そしてそんな思考を最後に、私は自分の意識が何処か遠い所へと溶け込むように消えていくのを感じたのだった。

長い・・・長い時間が流れたような気がする。
ふと気が付くと、私は薄暗い洞窟の中で蹲る母の隣りでしばしの転寝から目覚めていた。
「起きたのかい・・・エルマ・・・」
「お・・・母さん・・・?」
これは数百年前、まだ私が母とともに暮らしていた幼少時代の記憶だろうか・・・
母はその昔ノーランドという人間の国に程近い森で暮らしていたのだが、ある時突然人間達にその土地を追い出され、遠く離れた辺鄙な場所にある森の洞窟にその住み処を移したのだという。
私達には生まれ付き人間に姿を変えられるという特殊な能力が備わっていて、母もかつてはそれを利用して人間の社会に溶け込み、人間をその身の糧としていたこともあったらしい。
それに私達が姿を変えた人間はその体色が髪色に反映されるらしく、黒髪の人間が多い地域では私や母のような黒竜はより違和感無く周囲に馴染むことが出来たのだそうだ。

「喉が渇いただろう?川へ水を飲みに行っておいで」
やがてそんな母の言葉に押されて住み処の洞窟を出ると、私は目の前に広がっている懐かしい光景に胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。
そうだ・・・確か洞窟の前から東に坂を下っていくと・・・流れの緩やかな川があったのだ。
そしてそんなおぼろげな記憶を頼りにもう何度も通ったような気がする道を歩いていくと、美しく澄んだ小さな川の流れが視界の中に入ってくる。
何もかも懐かしい、しかし何処か現実離れしたふわふわとした感覚が、終始私の心を絡め取っていた。
長閑で平和な、しかし何処か退屈を感じさせる森での生活。
当時の私にはそれまで人間の社会で暮らした経験は無かったから比較することは出来なかったのだが、今なら分かる。
私は何もかもが便利で心地良い、人間の生活に内心の憧れを抱いていたのだろう。
母から聞かされただけの人間の暮らしの様子が幼い自分の脳裏で華々しく脚色され、私は何時しかそれが理想の世界であるかのように思い始めていたのだ。

だがいよいよ冷たい川の流れに口を近付けようとしたその時、不意に誰かが私を呼ぶような声が聞こえてくる。
「エルマ・・・」
「・・・!誰・・・?」
思わず周囲をキョロキョロと見回してみたものの、静かな森の景色の中に私以外の誰かがいる気配は感じられない。
けれども、私の鼻には到底森の中とは思えない様々な香りが代わる代わるに感じられていた。
獲物を口に頬張った時に鼻腔を抜ける、芳しい血の匂い。
ツンと鼻を突く、消毒液の匂い。
そして間近に寄り添っているかのように強く鼻を擽る、人間の匂い。
私は・・・一体何処にいるのだろうか・・・?
それに先程からずっと匂いだけは私の傍を離れようとしないこの人間は、一体誰なのだろうか・・・?

その瞬間、突然緑の森に囲まれていた周囲の景色が一変する。
「ここは・・・」
かつて私の暮らしていた深い森の中とは全てが一変した、忙しない喧騒に包まれた人間の街。
大勢の人々が道を行き交い、煌びやかな光を放つ多種多様な店が所狭しと立ち並び、整然と舗装された道路には無数の車や自転車が絶え間無く連なっている。
母から聞かされていた昔の人間達の暮らしとは随分と大きな乖離があるように感じられるものの、私は望めば何でも実現するこの便利な人間社会が好きだった。
「エルマ・・・」
また、誰かに名前を呼ばれた気がした。
だが幾ら周りを見回してみても、確かにそこに立っているはずの私の存在を認識している者は誰もいないらしい。
それに、私はこんな街の光景を見た覚えが無い。
だとすればこれは過去に私が体験した現実の記憶などではなく・・・夢なのだろうか?
そう思ってもう1度周囲に視線を振り向けてみると、どの人間もその顔に霞が掛かっているかのように表情や輪郭がおぼろげではっきりしない。
私にとって人間はただの餌・・・人間社会の中に溶け込んで暮らしてはいても、個々の人間がどういう存在なのかについてまで思案を巡らせたことは1度も無かったような気がする。

その瞬間、今度は周囲が真っ暗な闇に覆われていた。
「あ・・・ぐ・・・」
ふと足元から聞こえてきたその声に驚いて視線を落としてみると、竜の姿となった私に顔を握り締められた人間の男がバタバタともがきながら苦しそうに呻いている。
ひっそりと静まり返った夜の街の片隅で、今私は1人の人間の命をその身の糧にしようとしているらしい。
「た・・・助け・・・」
メギッ・・・!
そして憐れな男が大声を上げそうになったことを感じ取ると、私は思わず力一杯彼の頭を握り締めていた。
一瞬にして断末魔の悲鳴さえをも握り潰され、ビクンとその身を大きく痙攣させた男が途端に静かになる。
「エルマ・・・」
まただ・・・また、誰かに名前を呼ばれた気がする。
そう思って背後を振り向くと、遠く離れた闇の中にぼんやりと誰かの輪郭が浮かび上がっていた。
しまった・・・見られた・・・!
だが目撃者の口を封じなくてはと身を翻して駆け出そうとした途端に、またもや状況が切り替わってしまう。

ここは・・・喫茶店・・・?
窓辺から差し込む明るい陽気。
穴の開いた氷の浮かぶ冷たい紅茶。
難解な人語に埋め尽くされたお気に入りの本。
そして、窓の外を通る大勢の人間達の姿。
その全てが一体となって、私の心を優しく包み込んでいった。
退屈な生活を変えようと森を飛び出して人間の世界に飛び込んだというのに、結局私はこうして静かな独りの時間を愉しんでいる。
あの時と変わったことと言えば、口に入るものが血生臭い獣の肉からもっと美味しく味わい深い物に変わったことくらいだろう。

「エルマ・・・」
とその時、私は何時の間にかテーブルの反対側に誰かが座っていることに気が付いていた。
相変わらず、その顔はぼんやりとしていて判然としない。
けれども、今私の名を呼んだのは間違い無くこの人間だ。
彼は・・・一体誰なのだろうか・・・?
何故私の名を知っているのか、何故幾度と無く私の名を呼び続けるのか。
何かとても大切な事を忘れているような気がして、私は頭を抱えていた。
顔の見えない人間とともに紅茶を啜る、奇妙だが満たされた時間。
私は人間の街で長く過ごす内に、何時しか孤独を憂いていたのではなかっただろうか。
心許せる伴侶を見つけ、ともに人間の街で暮らすという在り来たりだが夢のような生活を、頭の中で幾度と無く思い描いたのでは?
だとしたら、今私の目の前に居るこの人間は・・・

「エルマ・・・!」
次の瞬間、私はそれまで見ていた喫茶店の光景がまるでガラスが割れるように粉々に砕け散ったのを感じていた。
そして確かに耳に聞こえた声に導かれるようにそっと目を開けてみると、心配そうな面持ちで私を覗き込んでいたらしい1人の若者の顔が視界一杯に広がっていく。
「ヘ・・・クト・・・?」
そうだ・・・何故今の今まで思い出せなかったのだろうか。
彼が私を呼び続け・・・遠い遠い夢の世界から現実へと手繰り寄せてくれたのだ。
あれから一体どのくらいの時間が経ったのか、ヘクトの髪は最後に見た時から数センチも伸びていて、その顔には長い間心を擦り減らしたのだろう深い懊悩の残滓が陰となってこびり付いているように見える。
「エルマ・・・良かった・・・よ・・・かった・・・」
私が目覚めたことで、ヘクトが一体どれ程安堵したのか・・・
彼は今にも消え入りそうな声でそう言うと、その両目一杯に涙を溜めたまま力無くその場に崩れ落ちていた。

「ヘクト・・・あなたはどうして・・・そんなに私のことを・・・?」
そう訊くと、もうほとんど涙声にしか聞こえない彼の返事が返ってくる。
「僕・・・エルマが目覚めたら・・・ずっと言いたかったことがあるんだ・・・」
もう床から立ち上がる気力も尽きてしまったのか、そう言ったヘクトがヨロヨロとベッドに縋るようにして私と目線を合わせてくる。
「これからも・・・エルマと一緒に暮らしたいんだ。君は君のままで構わないから・・・」
私は私のままで構わない・・・
それは、夜な夜な人間を襲って喰い殺す野蛮な魔獣のままでも構わないということなのだろうか?
決して自分の命乞いではない、純粋で素直で一片の嘘偽りの無い、ヘクトの熱く強烈な求愛の言葉。
私はどうして彼を・・・何れは喰い殺そうとなど思っていたのだろうか・・・
こんなにも私のことを想ってくれる素晴らしい伴侶がずっと傍にいたというのに・・・
寡黙な彼の心を読み解こうと、これまで幾度と無くその目を覗き込んで来たというのに・・・
結局のところ私は、自分自身の正直な感情を素直に認めることが出来なかっただけなのだろう。
「ええ・・・もちろんよ・・・!」

それから数日後・・・
無事に病院を退院した私は、ヘクトの家で彼と共に暮らし始めた。
だが今まで昼間の時間を潰す為だけに通っていた喫茶店からは足が遠くなり、その代わりにヘクトとともに街へ買い物に出掛けたり、ともに美味しい食事を楽しむ時間が増えたのだ。
そして夜は夜で繁華街へと秘密の夕食を探し求め、寝床では竜の姿を取り戻しヘクトと体を重ねる日々。
単調で何処か空しかったかつての生活とは一変して、饒舌なヘクトとの暮らしはこれまでにない新鮮な輝きを私の生涯に投げ掛けてくれている。
これが・・・きっとこれこそが、私が人間の社会に溶け込んで生きる上で求めていた物の全てなのだろう。
そして今日も私は人間と竜という2つの世界を行き来しながら、賑やかな喧騒に満ちた街を生きるのだ。
やはり私は・・・この街が好きだ。

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