世の中には、山に登ることを趣味としている人達はたくさんいることだろう。
だが一口に山といっても、その環境は場所によって全く変わってくる。
吹雪と強風の吹き荒れる雪山にしか登らない者もいるだろうし、あるいは灼熱の炎噴き上げる活火山の魅力に取り憑かれた者もいるだろう。
だが俺にとっての魅力ある山とは、切り立った断崖が立ち並ぶ岩山のことを指す。
遥か眼下を流れる川を飛び越すようにして吊り橋を渡る時の興奮、世界の全てが見渡せるような絶景。
森も少なく野生の獣もほとんどいないこの岩の楼閣に、俺は第2の故郷といったような親近感を覚えるのだ。

使い慣れた登山用具を背負ってお気に入りの岩山へとやって来た俺は、今日こそまだ到達したことのない山頂を目指してみようと心に決めていた。
普通は登山用具といえば精々テントに食料、後はいろいろと役に立つ7つ道具と着替えくらいのものだろう。
だが、岩山へ登る者の装備は一味違う。
垂直な岩肌を掻き登るためのアンカーやザイルといった決して軽くない器具を、山頂に辿り着くのに十分なだけ用意しなければならないのだ。
これまでは装備の不足のせいで山頂への到達を断念していたが、今日は準備万端整っている。
そのためいつもは軽快に渡り切る吊り橋も、今日は重い体重のせいで何度か軋むような音を響かせていた。

「さて、もうそろそろ山頂に着く頃だと思うんだけどな・・・」
樹木の少ない岩山では、山頂の場所は驚くほどわかりやすい。正に円錐の頂点そのものだ。
その目的地がようやく視界の端に入り、俺は疲れ始めていた足に再び力を込めた。
前方に見える最後の長い釣り橋を渡れば、もう山頂は目の前。
俺は逸る気持ちを抑えて吊り橋の手前まで来ると、そっと崖下を窺ってみた。
まるで今まで登って来たのは隣の山だったのではないかと思えるような、深い深い谷が彼方まで続いている。
長年の浸食の成果なのか谷底には薄っすらと川が流れているのが見えるが、こんなところから落ちたらそんなものは何の役にも立たないだろう。
俺は初めて渡る長く弛んだ吊り橋に最初の1歩を踏み出すと、恐る恐る岩の地面からもう一方の足を離してみた。
ギィ・・・ギィ・・・
かなり揺れる・・・前後に揺れる分には大して問題はないが、風の影響で左右にも揺らされてまるでグルグルと回転しているかのようだ。

まあ、このスリルも岩山の魅力の1つだろう。
俺は意を決すると、そろりそろりと両側のロープを掴みながら半月型の吊り橋を渡り始めた。
だが吊り橋も中ほどまで差し掛かり、俺の意識も眼前に見える山頂の方へと向けられ始めたその時だった。
ギシギシ・・・バキッ!
木が腐っていたのか突然踏み締めた床板が砕け散り、ロープを掴んだ手に力を入れる間もなく深い谷底の真上へと放り出されてしまう。
「う、うわあああああああ!」
大声で叫んでみたところで助かる術などあるはずもなく、俺は死に向かって真っ逆様に落ちていった。

「はぁ・・・こんなワシの悩みなど、一体誰に打ち明ければよいというのだろうか・・・」
岩山のあちこちに網の目のように走る谷の隙間を飛び回りながら、ワシは胸を締め付ける疼きに悩んでいた。
いかんいかん・・・こんな風に漫然と飛び回っていたのでは、そこらの岩壁にでも激突してしまうかも知れぬ。
とりあえず、考え事は住み処に帰ってからすることにしよう。
ワシは頭の中からいらぬ煩悶を放り出すと、飛行に集中するために顔を上げた。
「う、うわあああああああ!」
だがその瞬間、前方の吊り橋の方から誰かの悲鳴が聞こえてくる。
「む・・・何だ?」
何事かと思って目を凝らすと、若者が砕けた板の破片と共に谷底へ向かって一直線に落ちていくのが見えた。
「愚かな・・・人間などが一体何用でこんな山奥へと登ってきたのだ?」
だが自業自得とはいえ無残に命を落とそうとしている人間に憐れみを覚えると、ワシは勢いよく翼を羽ばたかせて落ちていく人間を追うように谷底へ急降下していった。

「ああ・・・もうだめだ・・・」
見る見るうちに、細長い線のように見えた川がその幅を増していくのが目に入る。
だが500メートル以上もの高所から落下した人間にとって、水は決して緩衝材にはなり得ない。
眼下に見える川にいかに十分な水深があろうとも、時速190キロで叩きつけられる水面はさながらコンクリートにも匹敵する強固な抵抗を示すのだ。
猛然と迫り来る死の恐怖に、俺はぎゅっと固く目を閉じて身を固めていた。
ガッ!
だがその瞬間、俺は何か巨大なものに両肩を掴まれて空中に浮かび上がっていた。
幸い力を入れていたお陰で肩は外れなかったものの、急激な加速度の変化に脳がついていけず視界が白く霞んでいく。
「な・・・何だ・・・いった・・・い・・・」
突然の事態に俺は一瞬パニックに陥ったものの、とりあえず何とか命は助かったらしいことを認識するとそのままフッと気を失った。

「う・・・うう・・・痛っ・・・」
どこか固い地面に寝ているような感触に身動ぎした瞬間、俺は後頭部に痛みを感じて目を覚ました。
どうやら、ここは同じ岩山のどこかにある大きな洞窟の中らしい。
「・・・大丈夫か?」
背後から誰かに声をかけられ、俺は本当に助かったんだという安堵と共に後ろを振り向いた。
「あ、ああ・・・ありが・・・」
だが俺の目に飛び込んできたのは、巨大な黒い翼を持つ1匹のドラゴンの姿だった。
その前足は翼と一体化していて、猛禽類を彷彿とさせる鋭い鉤爪の生えた2本の脚で地面の上に立っている。
そして体中を尻尾の先まで隈なく覆った大きな鱗には、つやつやと不思議な光沢が浮かび上がっていた。
いわゆる、飛竜という種族なのだろう。
「わっ・・・な、なんだあんた・・・いっ・・・」
意外な命の救い主に驚いて大声を上げようとした瞬間、再び頭に痛みが走る。
「ああ、済まぬな・・・お主を掴んだままでは上手く着地できなくてな。少し頭を地面にぶつけてしまったのだ」
ズキズキと痛む頭を両手で抱えながら、俺は目の前の不思議な生物からしばらく目を離すことができなかった。

「それで、俺を助けて・・・この後どうするつもりなんだ?」
墜落死からは免れたとはいえ、俺は知らぬ間にドラゴンの巣に連れ込まれて少なからず怯えていた。
「フフ・・・そんなに心配せんでも、取って食ったりはせぬ。ただ少し、協力してもらいたいことがあってな」
「きょ、協力って?」
そう聞くと、ドラゴンはその場に座り込んで自らの体を覆うように翼を丸めた。
「人間などにこんなことを打ち明けるのが愚かしいことは重々承知しているのだが・・・」
何やら深刻そうな様子に、一体何を言われるのかと思って一瞬身構えてしまう。
「実は・・・ワシは今、ここから遠く南の山に住んでいる雌のドラゴンに恋をしておってな・・・」
「・・・へ?」
予想外の言葉を聞かされ、俺は思わず気の抜けた返事を漏らした。
「へぇ〜・・・恋をね・・・それで、俺に何を・・・?」
「ええい、鈍い奴だな。どうすれば彼女とその・・・う、上手くいくか教えてほしいのだ」
なるほど、どうやらこのドラゴンは恋愛の相談相手を探していたらしい。
確かに他に適当な仲間がいなければ、そういうことは人間に聞くのが最も正しい選択だろう。
仕方ない・・・このドラゴンに命を助けられたのは事実だし、協力してあげるとしよう。
それに、ドラゴン同士の恋愛というのにも興味がないといえば嘘になる。

「相手の方はあんたのことを知ってるのか?」
「い、いや・・・何度か向こうの山にある湖のほとりで見かけたことがあるだけなのだ」
「じゃあ片思いなわけだな」
望みが薄いと思ったのか、それとも人間に対して恥を晒してしまったことを嘆いているのか、ドラゴンがしゅんと頷くように頭を垂れる。
「空から彼女の後をそっと尾けてみて住み処はわかったのだが、未だに1度も声をかけられなくてな・・・」
「それっていつの話?」
「そうだな・・・4、5年程前の話だ」
なんて気の長い・・・まあ、ドラゴンにしてみれば4、5年なんて長いうちには入らないのかもしれないが・・・
「それさ・・・もしかしたらもう他の雄のドラゴンが・・・」
「い、言うな!そんなことは断じて有り得ぬ!・・・と思う・・・」
自信はないらしい。

「それなら、相手に"好きです。一緒に暮らしてください"って正直に言いにいったらどうだ?」
「ば、馬鹿者!それでもし断られたらどうするのだ!?」
こりゃ相当心配症なドラゴンだな・・・道理で何年間も声をかけられないわけだ。
「わかったわかった。じゃあとりあえず・・・その湖に行ってみようか?」
「・・・行ってどうするのだ?」
俺の思わぬ踏み込みに、ドラゴンがビクッと身を縮める。
「もし彼女がいたら、軽く声をかけてみたらいいじゃないか。挨拶とかでもいいからさ」
だがその提案にも、ドラゴンは情けない顔で難色を示した。
「し、しかし・・・」
「いいのか?モタモタしてると他の雄に取られちまうぞ?後悔するぞ?今まで悩んでたのが無駄になるんだぞ?」
「ううっ・・・わ、わかった」
観念したように、ドラゴンがようやく首を縦に振った。

それからしばらくして、俺は洞窟の入り口でドラゴンの背に跨っていた。
さすがにあの馬鹿でかい鉤爪に掴まえられて空を飛ぶのはもう勘弁願いたい。
「準備はよいか?」
「ああ、いいよ」
俺の返事を待って、ドラゴンが勢いよく地面を蹴った。
バサッ・・・バサッ・・・
その巨体をもすっぽりと包んでしまうような大翼が、激しい音を立てながら力強く空気を叩いていく。
ドラゴンの言うように、この岩山の南には30キロほど離れたところにもう1つ山があった。
緑に囲まれた裾野の広いかなり大きな山で、その中腹には確かに湖が1つ存在している。
俺はドラゴンの背中から振り落とされないように必死に掴まりながら、あっという間に近づいてきたその湖へと視線を向けていた。

「着いたぞ」
湖の上空から辺りを見回してみるが、どこにも目的の彼女の姿は見えない。
「・・・今日は来ていないようだな」
その言葉に、俺は心なしかドラゴンが少し安堵したような気がした。
「じゃあ、目立たないように近くの森の中に降りようか」
「なっ・・・お、降りるのか?見ろ、誰もいないではないか」
びっくりしたように、ドラゴンがわずかながら声を上ずらせる。
「何言ってるんだよ。湖のほとりで彼女が来るのを待ってたらいいじゃないか」
「そ、それでどうなるというのだ・・・?」
「あんたが声をかけられないのなら、向こうからかけてくれるのを待つしかないだろ。ほら、降りた降りた」
俺にそう言われて、ドラゴンは渋々湖に近い森の中へと降りていった。

「うう・・・・・・」
ドラゴンはなるべく音を立てないように静かに着地すると、まるで危険な何かから身を守るかのように辺りを警戒しながら湖まで歩いていた。
とてもではないが、これから初めて彼女と会おうとしている者の態度には見えない。
茂みの中から無人の湖の様子を窺うと、俺はドラゴンに出て行くように後押しした。
「まだ時間は昼過ぎだろ。もしかしたら彼女がくるかも知れないから、あそこで何食わぬ顔で待ってなよ」
「本当に・・・それだけか?」
おどおどした様子で、ドラゴンが聞き返してくる。
そわそわと手の代わりに落ち着きなく動く翼が、どこか滑稽な雰囲気を醸し出していた。
「ああ・・・あと、相手の住み処を知ってるっていうのは絶対に秘密だぞ」
相変わらず湖の方へ目を向けていたドラゴンが、怪訝そうな顔でこちらを振り向く。
「初めて会った相手がいきなり自分の住んでる所を知ってたら、あんたどう思う?」
「な、なるほど・・・」
「それに、そんなにおどおどしてたら嫌われちまうぞ。雄のくせに情けないってさ」
グサッと心に刺さるものがあったのか、ドラゴンはグッと牙を噛み締めると恐る恐る茂みの中から出ていった。

誰もいない湖のほとりでそわそわと辺りを見回しているドラゴンは、事情を知っている俺の目から見ても挙動不審だった。
彼女がくるのを今か今かと待っている・・・というよりは、どちらかというと何事もなくこの緊迫した時間が過ぎ去ってほしいと願っているようにさえ見える。
「あーあ・・・相当に緊張してるな・・・」
普段は尊大な自信と威厳に満ち満ちているはずのドラゴンが傍目にもわかる冷や汗を流しながらじっと彼女を待っている姿は、見ていて実に面白かった。

待つこと約1時間、そろそろ夕方とまではいかないものの太陽が西に傾き始めている。
ドラゴンの方もいい加減待ちくたびれたのか、じっとその場に座り込んでうたた寝を始めてしまっていた。
「ふあ〜あ・・・今日は流石にもうこないかな・・・」
ずっと物陰からドラゴンの様子を窺っていた俺の方も、少しばかり眠気を感じ始めている。
今日はもう帰ろう・・・
だがそうドラゴンに声をかけようとしたその時、俺は近くから何か大きな生物の足音が聞こえてきたのに気がついた。
ズシ・・・ズシ・・・
慌ててその場に身を伏せて辺りを窺うと、俺の隠れている茂みのすぐ横にあった獣道から巨大なドラゴンが1匹、湖の方へ向かって歩いていくのが見えた。
背中側を覆った真っ赤な体毛が森を抜けてきた微風にそよそよと靡き、太い尻尾が歩みとともに左右へと小さく揺れている。
だが見上げるような巨躯とは裏腹にその青い瞳には優しげな光が宿っていて、俺はこのドラゴンこそが目的の彼女であることを直感した。
だが肝心の彼の方はというと、もはや座り込んでいることもできなくなったのか地面の上に蹲って眠っていた。
あ、あいつ・・・肝心な時に寝ちまってどうするんだよ・・・
やがて茂みを抜けた赤いドラゴンが、湖のほとりで眠っている黒い仲間に目を止める。
だが今更どうすることもできず、俺は固唾を飲んでその場を見守っていることしかできなかった。

「こんにちは。どうしたの?こんな所で眠っちゃって・・・」
朦朧とした意識の中に突然飛び込んできた声・・・その主に思い当たり、ワシは思わずガバッと飛び起きた。
「なっ・・・あ・・・う・・・?」
見ると、ワシのすぐ目の前で美しい姿をした彼女が怪訝そうな顔を浮かべてこちらを覗き込んでいた。
「い、いや・・・ワシはその・・・あぅ・・・・・・」
心の準備をする間もなく目の前に現れた彼女に気が動転し、ワシは二の句を継げずに押し黙ってしまった。
彼女に気付かれぬように近くの茂みへと視線を走らせると、不安げな顔をした人間がこちらを見つめている。
「初めて会う方ね。ここにはよく来るのかしら?」
視界の端で、人間がうんうんと頷いた。
「う、うむ・・・こ、ここ・・・この近くにす、住んでいるのだ・・・」
「うふふ・・・面白い方ね。そんなに緊張しなくてもいいじゃないの」
「べ、別に緊張などしておらぬ。ただその・・・」
救いを求めるように、ワシは再び人間の方へと意識を振り向けた。
何やら、両腕を広げて見せろと言っているように見える。
「ワ、ワシはそなたと違って・・・こんな姿なのだ」
そう言いながら、ワシは人間の言う通り彼女の前で翼を広げてみた。
「あら珍しい、あなた翼竜だったのね」
彼女の興味深げな一言に、ワシはようやく幾許かの落ち着きを取り戻すと大きく息をついた。

「それで・・・そ、そなたはなぜこんなところに?」
「あら、私は毎日ここに水を飲みに来てるのよ。ここの水、とっても冷たくておいしいんだから」
「そ、そうなのか?」
彼女にそう言われ、ワシは彼女と並んで水辺に屈み込むと澄んだ水面へと口をつけてみた。
ゴク・・・ゴク・・・
確かに美味い。不安と緊張でカラカラに渇いていた喉が潤され、まるで生き返ったかのような気分だ。
「うふふ・・・よっぽど喉が渇いてたのね。それじゃあ私はこれで・・・よかったら、また会いましょうね」
彼女はそう言い残すと、夢中になって水を飲み続けていたワシを置いて再び森の中へと消えていった。

地面を鳴らすような彼女の足音が聞こえなくなると、俺は茂みから飛び出してドラゴンのもとへと駆け寄った。
「どうだった?」
「う、うむ・・・また会おうとは言われたが・・・これでよいのか?」
「十分だよ。いきなりそんなに親しくなれるわけないんだし。それに、毎日来てるなら明日も会えるだろ?」
どうにも安心できないといった面持ちで何やら考え込んだドラゴンを何とか座らせると、俺は来た時と同じようにその背中に攀じ登った。
「ほら、今日は帰ろう。あんたが彼女と上手くいくまで、俺も付き合うよ」
「・・・わかった」
ドラゴンは多少なりとも感じた手応えを支えに気を取り直すと、夕焼けのかかり始めた大空へと舞い上がった。
「明日は彼女の名前が聞けるといいな」
「ああ、そうだな・・・」
そのやり取りに、俺は心なしか翼の動きが前よりも軽快になっているような気がした。

岩山の途中で獣や果物などの食料を手に入れて住み処の洞窟へと到着した時には、夕日の代わりに明るく煌く星々が夜空を埋め尽くしていた。
「なぁ・・・お主は、ワシと彼女の仲が上手くいくと思うか?」
山中で捕えた仔鹿を頬張りながら、ドラゴンが不安そうに尋ねてくる。
ようやく勇気を出して最初の1歩を踏み出したことで、もう後戻りはできなくなったことを痛感しているのだろう。
「そうだなぁ・・・あんたが本当に彼女のことを好きなら、向こうも応えてくれるんじゃないか?」
「も、もちろんそのつもりだが・・・明日は一体どうすればよいのだ?」
思ったよりも真剣なドラゴンの様子に、俺はドラゴンの正面に腰を降ろすとまるで密談を始めるかのように声を落として話し始めた。
「彼女がいつ湖にくるのかわからないんだから、明日はまず朝から湖で彼女を待つんだ」
「それから・・・?」
「彼女がきたら、多分"また会いましたね"みたいなことを言われると思う」
頭の中で状況をシミュレートしているのか、ドラゴンが上目遣いに天井を見上げて何かを考えている。
「そしたら、"教えてもらった水がおいしかったから、自分もこれから毎日ここにこようと思う"って言うんだ」
「なるほど・・・そうすれば、毎日自然に彼女に会えるようになるというわけだな」
「ああ・・・後は、"そういえばまだお互い名前も知らなかったな"って言ってあんたから先に名乗るんだ」

名乗るという言葉に、俺はドラゴンがビクッと身を縮めたのがわかった。
「・・・どうかしたのか?」
「そ、それが・・・ワシは産まれた時から独りだったのでな・・・つまり、名前がないのだ」
その告白に、俺は顔に困惑の色を浮かべてしまった。だが、妙案がないわけではない。
「やはり・・・名前がないのはまずいか?」
「いや・・・方法はある。上手くいくかどうかはわからないけど、成功すれば彼女との距離がぐっと縮まるぞ」
「ほ、本当か?」
その日、俺とドラゴンは次の日の作戦会議を夜が更けるまで続けていた。

翌朝、俺は眠い目を擦りながらドラゴンとともに例の湖へと向かった。
流石にドラゴンの方には夜更かしの疲れなどまるで見えなかったが、緊張でそれどころではないというのが正直なところなのかもしれない。
だが上空から湖のほとりに佇む彼女の姿を認めて、ドラゴンはいささか困惑したような声を上げた。
「おい、彼女がもう来ておるぞ」
「本当だ。それなら、気付かれないように少し遠くに降りよう。後は昨日話した通りだ」
「う、うむ」
羽音を立てないように静かに滑空して湖からやや離れたところに降り立つと、ドラゴンは俺を置いていくような勢いで湖へと向かって急いだ。
全く・・・彼女に会いたいのか会いたくないのかよく分からない奴だ。
まあ気持ちはわからないでもないが、それがドラゴンであることを考えると無性に笑いが込み上げてきてしまう。
ようやっと茂みの中から彼女の様子を窺うドラゴンに追いつくと、彼は何やら不思議そうに目を瞬かせていた。
「・・・どうかしたのか?」
「彼女はここへ水を飲みに来ているだけなのであろう?だがあれは・・・何をしておるのだ?」
「確かに・・・誰かを待ってるようにも見えるな」
俺はドラゴンと一瞬顔を合わせると、早く出ていってやるように促した。
「きっとあんたを待ってるんだ。早く行ってやれよ」
「ほ、本当か?」
「いいから、早く!」

ガサガサと音を立ててドラゴンが茂みから出ていくと、彼女はパッと顔を上げていた。
「あら、また会いましたわね」
「き、昨日そなたに教えてもらった水がう、美味かったのでな・・・ワシもここへ来ることにしたのだ」
端から聞いていてどこか棒読みな気がするが、今はそうも言っていられない。
「そうでしたの・・・そう言えば、まだあなたの名前を聞いてませんでしたわね」
その言葉を聞いて、俺は陰でグッと拳を握り締めていた。
まさか向こうから名前を尋ねてきてくれるとは。

「は、恥ずかしい話なのだが・・・ワシはまだ誰にも名前というものをつけてもらったことがないのだ」
ワシは昨夜の人間との話を仔細に思い出しながら、次の言葉を慎重に選んでいた。
「よければ・・・そなたの好きに呼んでもらえると嬉しいのだが」
「それは奇遇だわ。実は名前を尋ねておいてなんですけど・・・私も名前がありませんの」
予想外の返答に、一瞬頭の中が真っ白になってしまう。
「だから、お互いに相手の名前を付け合うっていうのはどうかしら?」
彼女にじっと瞳を覗き込まれ、ワシは人間の様子も窺うことができずにゴクリと唾を飲み込んだ。
「そ、そうだな・・・そなたは・・・」
ここでおかしな名前をつけてしまうのだけは、何としても避けなくてはならぬ。
だが一体・・・どんな名前をつけてやればよいのだ?
期待に満ちた眼でワシを見つめる彼女の視線に、尻尾の先までが緊張でピンと硬直してしまう。
人間はどこにいるのだ?ワシを助けてくれ。
だが心の中でいくらそう叫んでみても、ワシは茂みの陰で人間が眠りこけていたなどとは夢にも思わなかった。

うーむ・・・彼女は一体どういう名前がよいのだ?
いくら考えてみても、これといった案が浮かんでこない。
だがこれ以上時間をかけていても、彼女に怪しまれるだけだろう。
「・・・どうかなさったの?大分悩んでるみたいだけど」
「い、いや・・・そなたが気に入ってくれるかどうか不安でな・・・」
悩んだ振りをして、さり気なく辺りに視線を走らせてみる。
その瞬間、ワシは遠く湖の向こうで薔薇の花が真っ赤な絨毯のように広がっているのが目に入った。
「ローズ・・・ローズというのはどうだ?」
「あら、薔薇っていう意味ね。気に入ったわ。とっても素敵よ」
真っ赤な尻尾を振りながら嬉しそうに声を上げた彼女の様子に、ワシは心の底から安堵のため息をついた。
どうやら、花の名前をつけてやったのは正解だったようだ。

「じゃあ、今度は私の番ね」
初めて名前を授けられた感動に浸った後、彼女はクルリとワシの方へ顔を向けた。
その大きな顔に輝く、小さな2つの青い瞳。
赤と青の幻想的な対比が、初めて彼女と正面から向き合ったワシの心をトロトロに蕩けさせていく・・・
「そうねぇ・・・やっぱり、あなたの魅力は大きな翼だと思うの。私にはそんな立派な翼なんてないんですもの」
彼女に褒められ、ワシは無意識の内に翼を左右に大きく広げていた。
「だから・・・ウィングなんてどうかしら?」
「そなたがそれでよいのなら・・・」
愛しの彼女に、彼女自身がつけた名前で呼んでもらえる・・・
そう考えただけで、ワシは漆黒の鱗が真っ赤になってしまうのではないかと思えるほど熱く火照ってしまった。
「あら、せっかくつけてくれたんだから、ちゃんと名前で呼んでよ」
「ロ、ローズ・・・」
「うふ・・・ありがとう、ウィング」

「ん・・・う〜ん・・・」
瞼に突き刺さる眩い陽光に、俺は短い眠りから叩き起こされた。
「や、やべ・・・寝ちまってたか・・・」
何やら静かな空気に不安を感じ、恐る恐る茂みの間からドラゴンの様子を窺ってみる。
だがそこにあったのは、ドラゴンが彼女をその黒翼で包んだまま幸せそうに目を閉じている光景だった。
「なんだ・・・上手くやってるじゃないか」
彼女の柔らかそうな背中をドラゴンの翼がスリスリと擦る度に、2匹の間から大きな吐息が漏れ聞こえてくる。
しばらくその熱い抱擁を眺めていると、彼らはやがて仲良く連れ立って森の奥へと歩いていった。
きっと、彼女の住み処へと招待されたのだろう。
俺は好奇心をそそられて茂みから飛び出すと、彼らに感づかれないようにその後をそっとついていくことにした。

10分ほど歩き続けると、やがて森の奥に1つの洞窟が見えてきた。
住む山や種族は違っても、ドラゴンというものは大抵洞窟で暮らすものなのだろう。
俺は洞窟の入り口に身を潜めると、先に入っていった彼らに気付かれぬように洞窟の中を窺った。
「ここが私の住み処よ」
「なんと・・・ワシの住み処よりも大分広いではないか」
洞窟内に反響しているのか微かにくぐもってはいるものの、彼らの声が俺の所にまで聞こえてきている。
どうやらドラゴンの緊張もかなり解けてきたようで、今ではごく普通に彼女との会話を楽しんでいた。
まあ、お互いになかなか視線を合わせようとしないのは照れているからなのだろうけれど。

ローズはワシを洞窟の奥まで引っ張り込むと、おもむろに地面の上に仰向けで横たわった。
「何をしておるのだ?」
「これからは、私達一緒に暮らしましょう?お互い、初めて親しくなれた仲間ですもの」
「ほ、本当によいのか?」
ワシは彼女に認められたという嬉しさに、思わず声を裏返らせてしまった。
「うふ・・・ウィングのそういうウブな所、私好きよ」
そう言いながら艶かしく揺られる尻尾に魅せられて、フラフラとローズの元へと吸い寄せられていく。
それを迎え入れるようにローズが両足を開き、その間から興奮と喜びに濡れた彼女の秘所が顔を覗かせた。
「ほら・・・きて・・・」
ゴクリ・・・
唾を飲み込む音がローズに聞こえはしないかとワシは内心冷や汗をかいていたが、彼女はそんなこともお構いなしに顔を仰け反らせるとワシに体の全てを委ねた。

これから目の前で繰り広げられるであろう光景を想像して、俺は洞窟の入り口から中を覗きながら胸を高鳴らせていた。
ドラゴンがその場に低くしゃがみ込み、大きく広げられた彼女の股間へと口を近づけていく。
ペロッ・・・
「あっ・・・」
秘裂を舐め上げられた快感に、俺は彼女の体がビクンと跳ね上がったのが見えた。
ペロッペロペロ・・・
「あふ・・・ああっ・・・い、いいわ・・・ウィング・・・」
全身が紅潮しているのか、ただでさえ赤い体毛に覆われた彼女の体が紅色に燃え上がっていた。
そしてクネクネと快感に身を捩りながら、彼女がそのフサフサの尻尾でドラゴンの股間をサワッと撫で上げる。
ショリッ・・・
「ぬあっ!?」
たったの一撃で高められてしまったのか、それとも彼女の喘ぎ声に既に興奮していたのか、俺は予想外の攻撃に仰け反った彼の股間から大きく隆起した肉棒が雄々しく聳え立っているのが見えた。

「う・・・うく・・・よ、よいか?ローズ・・・」
初めて味わった強烈な快感から何とか気を取り直すと、ワシは何やらしてやったりといった微笑を浮かべていた彼女に尋ねてみた。
「いいわよ・・・ウィング」
名前を呼ばれる度に、全身がズクンズクンと脈動を打つかのように興奮していくのがわかる。
ワシはローズの体を跨ぐようにして彼女の秘所の真上へ肉棒を持ち上げると、正に名前の通り花開いた薔薇の花弁の中へとその怒張を滑り込ませた。
グブ・・・グブグブ・・・
「は・・・ぅ・・・」
「ああっ・・・」

肉棒に与えられる熱い粘液を伴った甘美な愛撫と膣壁に擦りつけられる固い大槍の刺激に、赤と黒の巨体が喘ぎ声を上げながらグネグネとのたうつ。
「ど、どうしてそなたは・・・こんなにもワシを信じて身をまかせてくれるのだ?」
「あっ・・・私ね・・・ずっと前から、あなたのことを見ていたのよ」
「な、み、見ていた・・・?」
ローズの口から漏れた言葉に、ワシは耳を疑った。
「湖のほとりから、森の枝葉の切れ目から、空を優雅に飛び回るあなたの姿は何度も見かけていたわ」
ニュリ・・・ニュリ・・・
根元まで飲み込まれた肉棒を、幾重にも重なった肉襞が優しげに擦り上げてくる。
「はぅ・・・そ、それで・・・」
「この山でずっと孤独に生きてきた私が、初めて見かけた仲間があなた・・・もう何年も前の話だけど・・・」

その話を聞いて、ワシは徐々に膨れ上がってくる快楽に耐えながらローズに告白する覚悟を固めていた。
「じ、実はワシもなのだ」
「えっ?」
「何年も前に湖で水を飲むそなたの姿を一目見て以来・・・ずっと惚れていた」
彼女の顔に、わずかながら驚愕の色が浮かぶ。
「ローズ、そなたが好きだ。そなたさえよければ、ワシもそなたと共に暮らしたい。そして、我らの子を産もう」
「ウィング・・・」
「フ・・・フフ・・・や、やっと言えたぞ。何年も胸を締め付けていたものが、すっと消えて行くわ・・・」
正直な気持ちをローズに伝えることができて、ワシは目を閉じて洞窟の天井へと顔を向けた。
渦を巻く快楽の波が一気に押し寄せてきて、熱い滾りが背筋を駆け上がっていくような気がする。
だがローズは上半身を起こすと、ワシの体を両腕で掴んでそのまま抱き締めるように地面の上へと倒れ込んだ。
「ありがとうウィング・・・これで私達、これからもずっと一緒なのね・・・」
「はあ・・・あああっ・・・!」
耳の中に吹き込まれた彼女の甘い言葉と熱い吐息にとどめを刺され、ワシは彼女の中に込み上げてきた滾りを盛大に放っていた。

「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」
全身を貫いた幸福な快楽に、ワシはローズの上にのしかかるようにして力尽きた。
彼女の方も体内に注ぎ込まれた熱い愛の証に身悶えながら、切なげな眼でワシの顔を見つめている。
「満足した・・・?」
「ああ・・・ああ・・・ローズ・・・」
ワシの口から荒い息とともに弱々しい声が漏れると、ローズがワシの体にその長い尻尾をグルリと巻きつけた。
「・・・どうしたのだ?」
「もう少し・・・このままでいたいの・・・ねえ、お互いに数年来の恋が実るって、素敵なことだと思わない?」
「そ、そうだな・・・」

相槌を打ちながら洞窟の入り口の方へと視線を向けると、壁の陰から顔だけを出した人間が興味津々にこちらの様子を窺っている。
全く、肝心なところで野暮な奴だ・・・まあそれでも、あの人間には感謝せねばなるまい。
あ奴がいなければ、ワシは永遠にローズと話すこともできなかっただろう。
それどころか、名も無き孤独なドラゴンとして心にしこりを負ったまま生涯を生きていかねばならなかったかも知れぬのだ。
「どうかしたの?」
「いや・・・なんでもない。それより、子供の名前も今から決めておかぬか?」
「あら、随分と気が早いのね。それじゃあ・・・」

まるで昨日今日初めて会ったとは思えぬ2匹の仲睦まじさに、俺は大きく息をついた。
もう、俺があのドラゴンにしてやれることは何もないだろう。
「それじゃあそろそろ・・・邪魔者は消えるとするかな・・・」
これ以上覗き見をするのも悪い気がして、俺はそっとその場を離れると下山の用意を始めた。
それにしても・・・荷物もお金もないのに30キロも離れた家にどうやって帰ろうか・・・
深い緑に囲まれた森の小道を歩きながら、俺は帰り道の多難さにどんよりと肩を落としていた。

数年後、美しく澄んだ水を湛える湖のほとりで3匹のドラゴンが戯れていた。
大きな翼と逞しい脚を持つ、黒鱗に覆われた雄の翼竜。
透き通った青い瞳を持ち、風に靡くしなやかな赤毛に覆われた雌のドラゴン。
そして、深い漆黒の体毛を身に纏った小さな雌の仔竜。
「キュッ、キュキュウッ!」
気の早い父親の希望とは裏腹に、両親の間で無邪気にはしゃぐ仔竜に名前はまだない。
「ウィング、いい加減名前を決めてあげないとこの子がかわいそうよ」
「う、うむ、わかっておる。わかっておるが・・・なかなか決められなくてな・・・」
優柔不断な夫の様子に、ローズが溜息とともに呟く。
「もう・・・早くしないと私が決めちゃうわよ?」
「ま、待て、ワシが決める!楽しみを奪わんでくれ!」
「キュゥ・・・?」

どうやら、彼女が名を授けられるのはまだ先の話のようである。

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