突然、私は深い眠りから覚めた。
一瞬愚か者が私の洞窟に侵入でもしたのかと思って辺りを見回すが、別に問題はない。
「フン・・・思い過ごしか・・・」
いつもならこのような真昼に目が覚めることなどほとんどないというのに・・・
「ゴアアアアアァ・・・」
真っ黒な鱗に覆われた巨大なドラゴンは大きく空気を震わせて欠伸をすると、妙な予感に思わず目覚めてしまった己を叱咤して洞窟の冷たい地面に再び蹲った。だが・・・
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
突如、轟音とともに大地が激しく揺れた。
「むおっ!?」
予想だにしていなかった巨大な地震に思わず飛び起きる。
大きな縦揺れに続く小刻みな振動に、洞窟の天井がピシピシと無気味な音を立て始めていた。
このままここにいるのはまずい。
なおも激しく続く揺れに時折足を取られながらも、私は洞窟の入り口に向かって全力で走った。
だが、後少しで洞窟から出られると思ったその時、背中に強烈な衝撃が走った。
「グオッ・・・グアアアアアアァ・・・!」
剥がれた巨大な岩盤が背中を直撃し、追い打ちをかけるように大小の岩が次々と私の頭上に降り注いだ。

数分後揺れが収まった時には、私は洞窟の入り口まで後数メートルというところで大量の岩石に埋まって身動きが取れなくなっていた。
「ウ・・・ウグググ・・・私としたことが・・・」
地震の予兆に目を覚ましていながらも逃げ遅れるとは・・・
私はなんとか岩の下から脱出しようと体を捩ってみるが、そのささやかな抵抗はうずたかく積み重なった岩の塊にあっけなくねじ伏せられた。
「グオオオオオオオオオオーーン!」
どうにもならないその口惜しさに、私は山中に響き渡るような咆哮を上げた。
「な、なんだ?」
いつものように村を抜け出して山に遊びにきていた少年は、激しい地震に見舞われた直後、山の奥から響いてきた大きな叫び声のようなものを聞いた。
「あ、あっちの方から聞こえてきたな・・・」

僕は吸い込まれるように声のした方へと向かった。
10分程森の中を歩くと、ぽっかりと暗い口を開けた洞窟が見えてくる。
「あ、あそこかな・・・?」
僕は恐る恐る洞窟の中を覗き込んだ。
地震で天井が崩れたのか、大きな岩の塊が山積みになっている。
そして、僕は見たこともない真っ黒な生き物がその岩山から首だけを出して下敷きになっているのを見つけた。

「な、なんだろう?」
初めて見る黒い生物を、少年はじっと覗き込んだ。
岩に埋もれているとはいえ、それがかなり大きな体を持ったものであることは容易に想像がつく。
すると、突然感じた人間の気配にドラゴンが岩に埋もれたままスッと首をもたげた。
「わっ!」
突然動き出したドラゴンに驚き、少年が震える声で呟く。
「も、もしかして・・・ドラゴン・・・?」
少年は、母親に何度も山に住むドラゴンの話を聞かされていた。
そのドラゴンが、地震で崩れた岩の下敷きになって苦しそうに呻いている。
「む・・・人間か・・・・・・グッ・・・」
ドラゴンは暴れ疲れてぐったりとした様子で呟いた。
尖った岩の破片で体はあちこち傷つき、積み重なった岩山が凶悪な圧迫感を与えてくる。
少年ははじめ怯えていたものの、苦しそうに呻くドラゴンの様子を見ていると次第に可哀想になってきた。
そして、少年は恐る恐るドラゴンに近づいた。

「・・・小僧、何をしている?」
見ると、少年は自分の体の倍はあろうかという大きな岩の塊をうんうん唸りながら押している。
まるで岩に埋まった私を助け出そうとしているかのようだ。
「だって・・・体・・・埋まっちゃったんでしょ?」
「馬鹿な・・・お前に動かせるものなら私はとうに自力で抜け出しておるわ」
「でもこのままじゃ・・・」
少年は不安そうな顔つきになると、岩をどかすのを諦めてその場に座り込んだ。
「じきに日が暮れる。もう私のことは忘れて帰るがいい・・・」
「・・・うん、わかった」
少年は力なく頷くと、何度もこちらを振り返りながら洞窟を出て行った。
相変わらず忌々しい岩の塊はビクともせず、私はまるで岩壁の中に塗り込められたように全く動くことができなかった。
「しかたない・・・このまま眠るしかなかろう・・・」

太陽が山陰に沈んで夜が訪れると、私は痛む体に顔をしかめながらも岩の上に頭を横たえて眠った。

翌日、私は洞窟に近づいてくる小さな足音で目が覚めた。
一体何者かと外を眺めていると、昨日の少年がそろそろと顔を出した。
「お、おはよう、ドラゴンさん」
「また来たのか小僧。私のことは忘れろと言ったであろう?」
「えへへ・・・」
少年は照れくさそうに軽く笑いながら洞窟の中に入ってきた。
明らかに長くいるつもりのようで、今日はリュックいっぱいに荷物を持ってきている。
そして、ドラゴンの頭のすぐ近くに転がっていた岩に腰掛けた。

「小僧、私が怖くはないのか?お前を食い殺してしまうかもしれんのだぞ?」
少年はそれには答えず、岩に座ったまま視線を落として言った。
「僕・・・このそばにある村に住んでるんだけど、周りに誰も僕と同じくらいの子供がいないんだ」
「友達がいないのか?」
ドラゴンが聞くと、少年はゆっくりと頷いた。
「だから外で遊ぶ時は、いつも僕一人でこの山に登ってたんだ」
「それで私を見つけたのだな」
少年はドラゴンの方を向くと真剣な顔になって続けた。
「ドラゴンさん、昨日凄く大きな声を上げたでしょ?だからママは危ないからもう山に登るなって」
「ではなぜまた登ってきたのだ?」
「それは・・・」
少し間を置いて意を決したように続ける。
「ドラゴンさんが僕の友達になってくれるんじゃないかと思って・・・」
ドラゴンはその言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
「私に、友達になってほしいだと?」
「だめ・・・かな?」
少し落胆したような顔で少年が呟く。

いずれにしろ、私はしばらくこのまま動くことはできないだろう。
それならば、毎日退屈を紛らわせてくれる者がいてもよいかもしれぬ。
「・・・まあ、よかろう」
「本当?ありがとう、ドラゴンさん!」
少年がパッと顔を輝かせる。
初めて得たドラゴンという友達と、少年は日が暮れるまで色々なことを話し合った。

次の日もその次の日も、少年は毎日ドラゴンのもとへとやってきた。
そして、一日中飽きることなく家であった出来事や楽しい夢を語り、夕暮れとともに家に帰るのだ。
ときには、誰に聞いても答えの得られないような難解な質問にドラゴンが答えてやることもあった。
やがて数日が経ち、ドラゴンは朝になると少年が来るのを今か今かと待ち望むようになった。

少年は今日も朝早くから私の洞窟にやってきた。
いつものように大きなリュックを背負い、明るく笑いながら近づいてくる。
「おはよう!」
「今日も元気がよいな、小僧」
初めて少年と会った日から、すでに2週間が経とうとしていた。
落石で傷ついた体はすっかり治っていたが、相変わらず巨石の重圧を跳ね返すことはできそうにない。
少年は彼の専用の椅子と化した大きな岩に座ると、明るい声で話し始めた。
「ねぇ、今日はドラゴンさんのことを教えてよ」
「私のことだと・・・?」
「どのくらい大きいとか、こんな体だとか・・・」
例をあまり多く思いつかなかったのか、少年はそこまで言って言葉を切った。
そして数秒の間の後、なんとか思いついた理由を口にする。
「ほら、その・・・2週間も経つのにまだ友達の頭しかみたことないなんて変でしょ?」
「なるほど・・・そうだな・・・」
ドラゴンは少年の好奇心をくすぐるものから話すことにした。
「普段は背中の中に隠れているが、私には大きな翼がある。空を自由に飛び回ることができるのだ」
「どのくらい大きいの?」
「広げればこの洞窟の入り口もすっぽり覆い隠してしまえるぞ」
私がそう言うと、少年が実に興味深げに目を輝かせる。
「へぇ〜」
「それに太い尻尾もある。とてもしなやかで、どんなふうにでも動かせるのだ」

ドラゴンは岩に埋もれたまま、自慢げに自らの姿態を語ったのだった。
だが楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、太陽は既にオレンジ色の光を投げかけ始めている。
「今日はもう帰るのか?」
恨めしげな目で外を見つめる少年に、ドラゴンは穏やかに言った。
すると少年はさっきまでの明るい様子とは打って変わって、岩に座ったまま肩を落として話し始めた。
「今日の朝さ、うちを出るときママに言われたんだ。まだ山に遊びに行っているのかって」
「それで?」
「今日はなんとか抜け出してきたけど、明日からはもしかしたらここに来れなくなっちゃうかも・・・」
さっきまであんなに元気そうにしていた少年が、今にも泣き出しそうな顔で言葉を紡いだ。
「折角ドラゴンさんと友達になれたのに・・・うちに帰りたくない・・・」
「小僧・・・」
少年はそれでも立ち上がると、帰り支度を始めた。
ドラゴンはそんな不憫な少年を、じっと見守っているしかなかった。

「待つのだ、小僧」
寂しそうにして洞窟を後にしようとする少年を、ドラゴンは呼び止めた。
くるりとドラゴンの方を振り返った少年の目に、薄っすらと涙が浮かんでいるのが見える。
「ならばこうしよう。いつの日か私がここから出られたら、必ずお前を迎えに行く」
「本当に?」
「お前がよいのならどこかでともに暮らしてもよいぞ」
その言葉に、少年はさっきまでの悲しみが嘘のように吹き飛んだ。
「うん!待ってるよ」
少年はそういうと、ドラゴンとのしばしの別れを惜しみながら山を下りていった。
「ふぅ・・・」
ドラゴンは少年が見えなくなると、大きな溜息をついた。
「とは言ったものの・・・ここから出られるのは何時のことになるのか・・・」
自力でどうすることもできない以上、また地震でも起きて岩が崩れるのを待つしかないだろうか。
もっとも、その時は完全に頭まで生き埋めになるかもしれないけれど。

次の日から、少年は全く姿を見せなくなった。
私は毎朝淡い期待を胸に少年が来るのを待ってみたが、誰一人通りかかる様子もない。
その時になって初めて、私はあの少年がどれほど私の孤独を充足させてくれていたのかを思い知った。
岩に埋もれたままただただ時間が過ぎていくのを待つ日々は、次第に耐え切れぬものになっていった。

やがて1年が経った。
数ヶ月は飲まず食わずで生活できるというドラゴンも、1年間の絶食に体は痩せ細り、今にも積み重なった岩の重圧に負けて押し潰されそうになっていた。
「ぐぅ・・・このままここで朽ちる運命なのか・・・」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
そう弱音を吐いた時、再び大地が激しく揺れ始めた。大きな縦揺れが山の一帯を襲い、あちこちで地すべりや崖崩れの轟音が鳴り響いた。
ガラガラ・・・ガラガラガラ・・・・・・
ドラゴンを地面に縫い付けていた巨大な岩山も、その振動に少しずつ崩れていく。
大きな岩の塊が次々と降り注ぎ、瀕死のドラゴンの頭に何度もぶつかった。
「グ、グアァァ!」
その衝撃と苦痛に、ドラゴンは悲鳴を上げてのたうった。

揺れが収まると、ドラゴンの体は崩れた岩の塊のなかに横たわっていた。
積み重なった岩の塊は左右にバラバラと零れ落ち、ドラゴンはようやく長き呪縛から解き放たれたのだ。
だが、激しい体力の消耗にまともに動くことができない。
「くっ・・・ようやく・・・自由に・・・」
ドラゴンはふるふると震える手で地面を掻きながら、ずるずると洞窟の入り口まで這っていった。
ようやく洞窟から抜け出し、1年ぶりの太陽の光を浴びる。
だがドラゴンはそれで力を使い果たし、洞窟の前でふっと意識を失ってしまった。

どのくらい気を失っていたのだろうか?目を覚ますと、私は闇の中にいた。
空に輝く星は厚く広がった雲に覆われて隠れ、地上にはその光のひと欠片すらも届いていない。
「む・・・ぬぐ・・・」
ドラゴンは幾分力を取り戻した様子で、ヨロヨロと立ち上がった。
あの少年は大丈夫だろうか?地震のせいか、何故か胸騒ぎがする。
ドラゴンが背中にグッと力を入れると、闇に溶け込むような真っ黒な翼がバサッと飛び出した。
そしてその翼を力一杯羽ばたくと、痩せて軽くなったドラゴンの体はいとも簡単に空中に持ち上がった。

私は山全体が見下ろせるように高く高く空に舞い上がった。
洞窟からそう遠くない場所でいくつか火の手が上がっているのが見える。
「火・・・?あれが人間の村か」
私はスッと翼を折り畳むと、メラメラと燃える山の一角に向かって急降下していった。
地上に近づくにつれ、崩れた石造りの建物の残骸や倒れて周囲に火の粉を巻き散らす篝火が見えてくる。
何人か人間の姿も見えるが、少年の言う通りそのほとんどは年老いた老人のようだ。
だが、肝心の少年の姿が見当たらない。まさか崩れた建物の中にいるのか?

バサァッ!という大きな音とともに、ドラゴンは人間の村の真っ只中に降り立った。
突然のことに、周囲の人間が騒ぎ出す。
「ドラゴンだ!」
「なんだ!?どうしたんだ!」
多くの者は悲鳴を上げながらその場から逃げ出したものの、中には腰を抜かして動けなくなった者もいたらしい。
ドラゴンはそばで仰向けになって震えていた老人に近寄った。
「ひ、ひぃ!た、助けてくだせぇ!」
そして必死に命乞いをする老人に、努めて穏やかな声で尋ねる。
「この村に小さな少年が1人いるだろう?どこにいるかわかるか?」
「へっ?」
突然の質問に老人が思わず変な声を上げる。
「そ、その子供なら、あそこに住んでましただ」
老人がそう言いながらドラゴンの背後を指差す。
ドラゴンが振り向くと、そこには巨大な石壁の残骸があった。
天井の高い石造りの家が倒壊し、大きな石の塊がこんもりとした山を築いている。
それはさながら、ほんの少し前までドラゴンを押し潰していた岩の山に似ていた。
「まだあの中にいるのか!?」
ドラゴンは老人に向き直ると、恐ろしい剣幕で彼を問い詰めた。
「ひぃぃ!あ、た、多分まだ中に・・・」
あまりの恐怖に気を失いそうになりながらも、老人がか細い声で答える。

「むぅ!」
私は激しく崩れ落ちたその建物をじっと見つめた。
助け出してやらねばなるまい。まだ生きていてくれればよいが・・・
家の残骸に近づいてそばに転がっている大きな石の塊を持ち上げた私を、村人達が何事かと遠巻きにうかがっていた。

ボロボロと崩れ落ちてくる石や柱の残骸を掘り続けていくと、巨大な天井の一部と思われる石版の下から人間の手が覗いていた。
ドラゴンは一瞬ドキリとしたものの、よくみればそれは大人の女性の手のようだ。
「あの小僧の母親か・・・憐れな・・・」
そっと石の板をどけると、そこには少年の母が倒れていた。
頭を強く打ったのが致命傷になったのか、真っ赤な血が流れ出ている。
だが、少年の姿はどこにも見当たらなかった。
「お、おい、俺達も手伝うぞ」
「あ、ああ」
「行こう」
遠くでドラゴンの様子をうかがっていた数人の男達が、その救出作業に加わった。
ドラゴンが重く大きな石をどけ、男達が細かな破片や調度品の残骸を取り除いていく。
そして山のように積み重なっていた家の残骸がみるみるうちに掻き崩されていくと、ドラゴンは石と石に挟まれた狭い空間の中にあの少年が閉じ込められているのを見つけていた。
ドラゴンがおもむろに長い首を石の隙間に近づけ、少年の様子を確認する。
あちこち擦り傷を負っているようだが、大きな怪我はなく気を失っているだけのようだ。

「小僧!」
少年を閉じ込めていたのは石でできた家の大黒柱だった。
太い角柱が少年の上に倒れ掛かるように覆い被さり、辛うじて残った壁の一部がその先端を支えている。
下手に動かせば壁が崩れて柱が落下し、少年の命はないだろう。
だが原型を留めたままの頑強な柱は、私にとっても持ち上げることは容易ならざる代物だった。
再三に渡って、私は少年に呼びかけた。
「小僧、目を覚ませ。私の声が聞こえるか?」
低く唸るようなその声に、少年がピクリと反応する。
そして、ゆっくりとこちらの方に視線を移した。
「あ・・・ド、ドラゴンさん・・・」
「動けるのならゆっくりとこちらに来るのだ」
そう言いながら細い隙間に手を差し入れる。
少年は痛む体をゆっくりと動かしながら、石の隙間を這ってきた。
だが、柱を支えている壁の残骸がギシギシと軋み、今にも少年を押し潰してしまいそうだ。
「早く・・・早く来るのだ・・・」
ドラゴンとして生きてきたこの数百年、私は生まれて初めて神というものに少年の無事を祈った。

後少し、後少しで手が届く・・・
だがドラゴンの大きな腕はあまり奥深くまでは入らず、いまだ少年までは1メートル以上も距離があった。
そうしている間にも柱を支えている壁の軋む音が大きくなる。
少年は周囲に散らばった鋭利な石の欠片で擦り傷を負いながらも、懸命にドラゴンに向かって這い続けた。
ギシ・・・ギシギシ・・・
「ああ・・・だめだ、間に合わない・・・」
「早く来るんだ坊や!」
いつしか村人達がドラゴンの周囲を取り囲み、懸命に脱出を図ろうとする少年を励ましていた。
ミシミシミシ・・・
だが、少年の命を支える壁の残骸はもういつ崩れてもおかしくない。
その時、ドラゴンはふと何かを思い立って石の隙間に差し込んでいた手を抜くと少年にくるりと背中を向けていた。
「何を・・・?」
突然のドラゴンの行動に困惑する村人達をよそに、ドラゴンがしなやかに伸びる長い尻尾を石の隙間に滑り込ませる。
だがあっという間に少年の手の届く所まで尻尾が伸びはしたものの・・・
「だ、だめだよドラゴンさん・・・もう力が・・・」
激しく体力を消耗した少年には、最早ドラゴンの尻尾を掴むだけの力は残されていなかった。
「少し痛むぞ、小僧」
ドラゴンはそう言うと、力なく投げ出された少年の腕に尻尾をシュルッと巻きつけた。
細く尖った尻尾の先端までもが、力強く少年の腕に食い込む。
そして、ドラゴンは思いきり尻尾を引き寄せた。
メキメキメキ・・・ドオオォン!
激しい轟音とともに、巨大な石柱は最後の支えを失って地面に倒れた。
もうもうとした白い砂煙が上がる。
その煙幕に遮られて、村人達は最悪の事態を想像した。

だが、ドラゴンの尻尾にすがった少年は間一髪の所で石の隙間から救い出されていた。
小さな突起のある石の上を引きずられた少年は体中あちこちに擦り傷や切り傷を負っていたが、幸いにして命だけは繋ぎ止めることができたのだ。
ドラゴンはぐったりと脱力した少年を地面に横たえると、その場に座り込んで大きく息をついた。
それに少し遅れて、村人達の歓声があがる。
「助かったぞー!」
「よかったなぁ・・・本当によかった・・・」

その大騒ぎに、僕はゆっくりと目を開けた。
あれほどの威厳がどこに行ったのかと思うほど心配そうな眼差しで僕を見つめるドラゴンの顔がそこにはあった。

「ママ、ママ・・・」
数分後、少年は物言わぬ母親を前にして泣いていた。
冷たくなったその遺体を揺すりながらひたすら泣きじゃくる少年を、村人達はただただ無言で見つめているしかなかった。
ドラゴンは少年の小さく丸められた背中を顎でトンッと突つき、小声で呟く。
「小僧・・・これからどうする?私とともに来るか?」
「うっ・・・うっ・・・」
乱暴に顔を腕で拭って涙を飛ばしながら、少年は小さく頷いた。
「・・・では、落ちついたら私のもとへくるがよい・・・」
ドラゴンはそれだけ言い残すと、少年と村人達をそこに残して再び空に舞った。
少年と初めて会った場所、あの洞窟へと帰るために。

少年が洞窟にやってきたのは、いつにも増して真っ赤な夕焼けが空を染め始めた頃だった。
洞窟の奥深くで待っていると、やがて小さな足音が聞こえてくる。
体格の小さな者が立てるサクッサクッという小刻みな足音。
それは、私にとっては1年ぶりに聞く安らぎの音だった。
ややあって、少年は手ぶらで私の前に姿を現した。
「?・・・何も持たぬのか?」
いつもはここで1日を過ごすだけでも大きな荷物を持ってきていたほどだというのに、少年は建物の残骸から助け出された時の着の身着のままでここまできたようだった。
「うん・・・もう、僕にはドラゴンさんしか友達もいないし・・・どこか遠くへ行こうよ」
その言葉に、私はなぜ少年が手ぶらで来たのかを理解した。
それは、少年が人間として生活していくのをやめるという覚悟の表れだったのだ。
「本当によいのだな・・・?」
私はそう言いながら洞窟の外に出て大きく翼を広げると、身を屈めて少年を誘った。
「うん」
小さく、だがはっきりと頷いて、おそるおそる私の背中に乗ってた少年が首に腕を回す。
「しっかり掴まっていろ」
大きく翼を羽ばたかせると、少年を乗せた私は大空に舞った。
空を飛ぶ恐怖からか、首を掴む少年の腕にさらに力がこもる。

やがてドラゴンが水平に飛び始めると、少年は幾分か落ちついたらしかった。
そして、眼下に広がる景色を食い入るように見つめ始める。
その様子をしばしの間窺った後、ドラゴンが突然思いもかけないことを口にする。
「そうだ小僧、私はもうお前の友達でいるつもりはないぞ」
「えっ?ど、どうして?」
予想だにしなかったその言葉に、少年が驚く。
だが、ドラゴンは穏やかな調子で後を続けた。
「これからは、私を親だと思うがいい。短い間だったが、私の退屈を紛らわせてくれた礼だ」
さらに赤みを増す夕焼けに向かって、幼い少年を乗せた黒きドラゴンはなおも悠然と飛び続けた。

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