「う〜・・・くそ・・・今日も寒いな・・・」
ガチャリという音を立てて開けた扉の向こうから早朝の山間を支配する冷たい空気が家の中へじわりと流れ込んでくると、俺は1度だけブルンと寒さに身を震わせていた。
その明るく開けた視界の先に、まだ誰もが眠りについている静かな村の光景が広がっている。
世界でも5本の指に入る高さだという山の中腹にわざわざこんな村が作られた理由は一応理解しているものの、俺は厚着した服の上からでも感じられる酷い肌寒さに小さく舌を打っていた。
まあいい・・・この仕事で何の収穫も得られなかった時に村人達から浴びせられるあの刺すような冷たい視線に比べたら、この程度の寒さなどものの数ではないだろう。
しかも俺は、ここ数日立て続けに彼らからそんな冷やかな目で見られる日々が続いていたのだ。
だがやがて大きく息を吸ってそんな悔しい気分を振り払うと、俺は背に担いだ荷物の中に自前の釣りの道具が確かに入っていることを確認して深い森の中へ続く山道へと身を滑り込ませていった。

俺の仕事は、村での重要な食料源となる大量の魚を獲ってくることだ。
だが標高が高く山裾の小さい急峻な山ほど、その山肌を流れる川の数は少なく得てして流れも激しいことが多い。
尤もこの山は岩山ではないから霧に咽ぶような壮大な瀑布や断崖の谷底を流れる緩やかな渓流などはないのだが、それでも普通の川で釣りなどをしていたのではとてもあの村の人々が潤う程の釣果は得られないだろう。
それに・・・俺が今向かっているのは、常識的に考えればおよそ釣りには向かないような場所なのだ。
サク・・・サク・・・
軽快な足音とともに何度も通い慣れた道を森の切れ間が見えてくるまで歩き続けると、やがてそこに大きく露出した荒々しい岩壁が姿を現していた。
その巨大な岩壁の一角に、ぽっかりと大きく口を開けた暗い洞窟が静かに佇んでいる。
あそこが、あの真っ暗な深い穴倉の中が、俺の毎日の仕事場なのだ。

「さて・・・今日は少しでも成果があればいいんだけどな・・・」
村から持ってきた松明に火を点けて暗闇の中に翳してみると、最早見慣れた空洞がその奥に広がっている。
そして自然にできたと見えるその岩の裂け目のような洞窟にそっと入っていくと、俺は狭い通路から突然大きく開けた空洞に出た感覚を五感で感じ取っていた。
音らしい音は何も聞こえない・・・
静寂に包まれたこの真っ暗闇は俺が初めてここにきた時は恐怖の対象以外の何物でもなかったものだが、今では俺が何処よりも静かに気分を落ち着けられるお気に入りの場所となっている。
だが、今はそれよりも仕事にかかるとしよう。
やがて松明の明かりを翳しながら足元を慎重に探っていくと、不意に岩の陸地が途絶えている場所が目に入った。
そしてその境界線の少し下の方に、美しいまでに水平を保つ澄んだ水面が炎に照らされて浮かび上がっていく。

ここは、広大な洞窟の中にある地底湖だ。
実際には尾根を越えた山の向こうにある湖と水中で繋がっているらしく、大雨が降って向こうの湖面が上昇した時などはここの湖面も静かに上がっているのが見て取れる。
その上洞窟の中なので外よりは気温や水温の変化が小さいらしく、魚が群れをなして泳いでいることが多かった。
そう・・・少なくとも、ほんの4、5日前までは確かに大勢の魚達がこの湖面の下に息衝いていたのだ。
だが何故か最近はいくら釣り餌を垂らしても魚が食い付くことはなく、1匹の釣果も上がらない日が続いている。
元々山菜などの山の幸がそれ程豊富ではないあの村ではここで獲れる魚達の需要は非常に高いのだが、それが獲れないお陰で俺はここ数日村の人々から事ある毎につまらない野次を飛ばされていた。

「畜生・・・釣れない文句は魚に言えってんだ」
やがて誰にともなく小声でぼそりとそう独りごちると、俺は岸壁に沿って松明を翳しながら何時も釣りに使っている木でできた小舟を探し始めた。
そしてしばらくしてようやく人が2人乗るのがやっとというようなその最後の仕事道具を探り当てると、持ってきた荷物をそっとその中へと放り込む。
急に魚が獲れなくなってしまった原因は未だにわからないが、今日くらいは何とか釣果を上げて帰らなければ俺の村での居場所がなくなってしまうかも知れない。
そんな軽い焦燥にも似た使命感に燃えながらゆっくりと小舟に乗り込むと、俺は相変わらず煌々と燃える松明を揺らめかせたまま漆黒の闇に包まれた広大な湖上へと静かに漕ぎ出していた。

やがて外から差し込んでくる淡い光も背後に薄れてしまうと、辺りが凛とした涼しげな空気に包まれ始める。
「そろそろか・・・」
そして水を掻く手を止めて松明をそっと小舟の縁に括り付けると、俺は荷物の中から取り出した釣竿をヒュッとしならせて透き通った水の中に釣り餌を投げ込んでいた。
だが・・・待てど暮らせど竿には何の手応えも返ってくることはなく、空しい時間がただひたすらに静まり返った闇の中を過ぎ去っていく。
以前であればほとんど入れ食いに近い状態だっただけに、俺は些か怪訝な表情を浮かべながらも舟が引っ繰り返らないように注意しながら松明の明かりに揺れる水の中へじっと目を凝らしてみた。
向こうの湖からこちらへと流れてくる際に何処かで水が濾過されているのか、ここの水も他の地底湖の御多分に漏れず高い透明度を保っている。
そのお陰か弱々しい炎の明かりだけでも水面の数メートル下まで見通すことができるものの、やはりその青い世界に身を翻す魚影は1匹も見つけることができなかった。

「はぁ〜あ・・・こりゃ今日も釣れないな・・・前までの大漁振りは夢でも見ちまってたのかなぁ・・・?」
チャプン・・・
「・・・?」
やがて大きな溜息とともにそんな愚痴を零した次の瞬間、不意に何処からともなく小さな水音が聞こえてきた。
何の音かと思ってキョロキョロと辺りを見回してみたものの、精々舟の舳先まで照らすのがやっとの小さな松明の明かりだけでは音の正体を確かめるのは難しいらしい。
だが闇の向こうからこちらに向かって広がってくる波紋の名残を見る限り、何かが水に落ちたのは確かなようだ。
いやもしかしたら、水面から首を出していた生物か何かが引っ込んだ音かも知れない。
あれだけいた魚達がある日を境に突然枯れ果ててしまったことを考えれば、何か彼らの天敵のようなものがこの湖中に紛れ込んだ可能性も否定はできないだろう。

「誰かいるのか?」
流石にこの洞窟内に俺の他に人間がいるとは思えなかったものの、それでも俺は微かに感じた気配への不安を打ち消すかのように真っ暗な闇の向こうへと誰何していた。
「・・・返事は無し・・・か」
まあいい・・・今の音の正体が何であれ、少なくともこの湖に何か生物がいることだけは確実なようだ。
急激に水質が汚染されて魚達が棲めないような世界になったわけではなさそうだし、根気よく釣り糸を垂らしていればいずれ1匹くらいは餌に食い付いてくれることもあるかも知れない。
やがてそう思い直すと、俺はなおも手応えの無い竿をじっと見つめながら舟の中で横になっていた。

「ふぅ・・・腹が減ったな・・・」
洞窟の外は、そろそろ真昼の太陽に明るく照らされている頃だろう。
光も音も無い世界で人は時間の感覚を失ってしまうという話を聞いたことがあるが、幸いなことに定期的に襲ってくる空腹感が外での時間を知らせてくれる。
だが数時間は粘ったというのに、釣竿は相変わらず忌々しい沈黙を保ったままだった。
仕方ない・・・もう少し奥の方で試してみるとしよう。
そう考えて、俺はもうすっかり乾いてしまった木のオールを再び静かな水の中へと差し入れていた。
場所を移動したら、持ってきた昼食にでも手を付けながらまたのんびりと魚がかかるのを待つとしよう。
あまりの魚の釣れなさに大漁を誓った当初の意気込みなどとうに失せ果てて、俺は半ば自棄になってまだ見ぬ洞窟の奥へと舟を進めていった。

ゴッ・・・
「おっと・・・」
だが再び舟を漕ぎ始めて3分と経たぬ内に、突然舟の舳先が岩壁か何かに当たったかのような衝撃が襲ってきた。
慌てて松明の炎を翳してみると、その先に対岸と同じように低くなだらかな岩の平地が続いているのが目に入る。
湖の反対側にも陸地が・・・?
俺は父親に倣ってこの洞窟へは割と小さい頃から幾度となく来ていたものの、洞窟の入口側以外にも陸地があることなんて今初めて知った。
まぁ、恐らくこの先は行き止まりなのに違いないだろうが、どうせこのまま不毛な釣りを続けていても目立った釣果は上がらないだろう。
ほんの気分転換に、少しこの先がどうなっているのかを見てくるのも悪くないかも知れない。
そんな何処か子供染みた思い付きに思わず反射的に舟から降りると、俺は早くも燃え尽き掛けた松明を手に真っ暗な洞窟の最奥へと向かってゆっくりと足を踏み入れていった。

もう外の光も全く届いていない暗闇の中を、そろそろと足元に注意しながらゆっくりと歩いていく。
そしてほんの少し進んだところで、不意に地面を照らしていた明かりの中に不思議なものが浮かび上がった。
明らかに人の手で作られたと見える細長い木の棒が数本、辺り一面に無造作に打ち捨てられている。
しかもその中には紅い血に染まる鋭い鏃がついたものまであり、何処となく不気味な雰囲気を醸し出していた。
これは・・・大きな魚を獲るときに使う銛だ。
木の棒だけになっている物も、片方の端が尖っているところから察するに銛が途中で折れたのだろう。
でも、一体何故こんなものが・・・?
俺の他に、ここで魚を獲っていた人がいたとでも言うのだろうか?
だが更に数歩奥へと足を踏み出すと、俺はおぼろげな明かりの中に現れたものに思わず驚きの声を上げていた。
「わっ・・・」
そこにあったのは、鼻先を美しく輝く鱗で覆った大きな龍の顔。
鱗と同じ燃えるような橙色の長い髪が、後頭部に生えた太い2本の乳白色の角の間から垂れている。
そしてよくみると、その年老いた雌らしい端正な顔には苦痛とも取れるような歪んだ表情が貼り付いていた。

「そこに・・・誰かいるのかい・・・?」
「え・・・?」
やがてそれが龍の発した声だと気が付くと、俺は警戒しつつもそっと龍の顔の近くへと歩み寄っていた。
「い、今のは・・・あんたの声かい?」
「その声は人間だね・・・あたしはもう、ロクに目も見えなくなっちまってねぇ・・・」
目が見えないだって・・・?
確かに薄っすらと開けられている雌龍の両目は何処か遠い所に焦点が合っているかのように虚ろで、松明の明かりの中でもそばにいる俺の位置すら正確には掴めていないらしい。

「い、一体何があったんだ?」
「なぁに・・・ちょいとヘマをやらかしちまったのさ・・・ウ・・・グフッ・・・」
そう言って突然咳き込んだ雌龍の口元から、細い血の筋が流れ落ちる。
その様子を見て、俺はサッと松明の明かりを龍の体の方へと向けていた。
顔と同じく煌くような鱗に覆われた巨大な蛇体が、十数メートルにも亘って洞窟の奥の暗がりへと続いている。
更には腹側を覆った柔らかそうな白い皮膜のあちこちには銛が突き刺さったと見える痛々しい傷口が幾つも顔を覗かせていて、中には上手く抜き取ることができなかったのか銛が根元の部分で折れているものさえあった。
状況から察するに、この雌龍は何処か別の場所・・・恐らくは水路で繋がっているという尾根の向こうの湖で人間達の襲撃を受け、瀕死の傷を負ったまま辛うじてここまで逃げ延びてきたのだろう。

「あんた・・・何時からここにいるんだ?」
「8日程前からさ・・・あの子のお陰で何とか存えてきたけれど、あたしもそろそろ限界が近そうだよ・・・」
8日前・・・ということは、そこの湖で魚が獲れなくなった日の数日前じゃないか。
それに、あの子っていうのは一体・・・?
だがそれを雌龍に問い質そうとした次の瞬間、不意に闇の中に予想だにしなかった甲高い声が響き渡っていた。
「きゃっ!だ、誰・・・・あなた・・・?」
驚いて声のした方を見やると、つい今しがた湖から上がってきたと見える眼前の雌龍とそっくりな小さい雌の仔龍が酷く怯えた顔で俺を見つめている。
「あなた・・・お、お母さんを殺しにきたのね!?そうはいかないわよ!」
「え・・・いや、俺は・・・」
その上どうやらこの状況を見てとんでもない勘違いをされてしまったらしく、それまで怯えていたはずの仔龍が突然俺を目掛けて思い切り飛び掛かってきていた。

ドッ・・・ドサッ!
「う、うわぁ!」
仔龍とはいえ5メートルはありそうなその長い蛇体が、あっという間に押し倒された俺の体へと巻き付いてくる。
「人間なんて・・・こうしてやるんだから!」
そして獲物の両腕をしっかりと封じ込めると、仔龍が間髪入れずに俺の首筋へガブリと噛み付いていた。
「ぐ・・・あ・・・い、痛・・・助け・・・」
仔龍故かまだ鋭い牙などはほとんど生えていないものの、流石にその噛む力だけは馬鹿に出来るものではない。
容赦無く強靭な顎で気管を挟み潰されて、俺は息もできぬままその拘束から抜け出そうと必死に身を捩っていた。

「お止め!その人間を殺したところで、何にもなりやしないよ」
だがやがて朦朧と霞み始めた意識の中に、娘を諫める母龍の叱責の声が飛び込んできた。
先程まで衰弱しきって死に瀕していたとは思えぬ程の力強いその声に、仔龍が驚いた様子で俺の首から顎を離す。
「でも、お母さん・・・」
「いいから・・・離しておやり・・・」
大声を出したお陰で銛に突かれた傷が疼いたのか不意に母龍の声が元の弱々しいそれへと変わると、仔龍はまだ興奮が収まらないのか俺の体をしばらくギュッときつく締め上げた末にようやく解放してくれた。
「う・・・ゲホッ・・・ゲホゲホ・・・」
そして息苦しさに咳き込んだ俺の様子に、雌龍がまた優しげな声を掛けてくる。
「娘が済まない事をしたねぇ・・・この子はあたしがこんな目に遭わされたから、人間達を憎んでいるのさ」
まあ、その気持ちはわからないでもない。
傷付いた自分の母親が今にも息を引き取ってしまうかも知れないという時に、そんな事態を引き起こした張本人が目の前にいたら俺だってこの仔龍と同じ行動を起こしたことだろう。

人間に対する一時的な激昂が辛い現実を受け止める器を形作ってしまったのか、ハァハァと俺以上に荒い息を吐いている仔龍の目には何時の間にか大粒の涙が浮かんでいた。
だがそれを俺に見られていることに気が付くと、仔龍が何も言わずにプイッと顔を背けて湖の方へと戻っていく。
そしてここへ来る間に陸揚げしていたと見える十数匹の魚を口に咥えて持ってくると、それを俺の見ている前でそっと母親の口元に広げていた。
「ほら、お母さん・・・今日はこれしか獲れなかったけど、食べて・・・」
「ああ・・・済まないねぇ・・・」
そうか・・・この仔龍は母親とともにこの洞窟へと逃げ延びてからずっと、こうして湖の魚達を獲っては日々弱っていく母親を助けようと必死に食べさせ続けていたのだろう。
毎日毎日仔龍にこんなに乱獲され続けていたのでは、いくら釣り糸を垂らしたところで魚など掛かるはずがない。
しかしそんな不況の真相を知ってもなお、俺はこの健気な仔龍を責める気にはどうしてもなれなかった。
龍というものを初めて見た俺には彼女達の巨大で艶めかしい体のことなど何1つとしてわからないが、全身に銛を突き立てられて大量の血を失ってしまったこの母龍の命がもう長くないことだけは何故か理解できる。
人も龍も同じ、生物としての死に対するある種の予感めいたものが、その悲しい頽廃の気配を匂わせていた。

「ン・・・ング・・・」
娘の手によって口の中にまで入れられた魚すらもう上手く呑み込むことができないのか、母龍が苦しげに呻いたまま空しい嚥下の動きを繰り返している。
「早く食べて・・・ねぇ、お母さん・・・」
だが何処となく悲愴感の漂うその娘の呼び掛けに、彼女はそっと魚を吐き出して静かに呟いていた。
「あたしはもう十分だよ・・・お前には、随分と苦労を掛けたねぇ・・・」
「い、嫌よ・・・お母さん・・・しっかりしてよぉ・・・」
流石の仔龍も母親の言わんとしていることを悟ったのか、仔龍がグッタリと力の抜けたその大きな蛇体に縋り付くかのように自らの身を寄せる。
誰の目も届かない静寂と闇の中で交わされるそんな切ない母子のやり取りに、俺は随分と小さくなってしまった松明の炎を抱きながらじっと胸を痛めていた。

「そこに・・・人間はまだいるのかい・・・?」
やがて母の口から漏れてきたその意外な言葉に、私は反射的に背後に佇んでいた人間の方へと首を振り向けた。
人間もそれを聞いていたのか、神妙な面持ちで少しだけこちらに身を乗り出してくる。
「ああ、ここにいるよ」
「幾つか・・・あたしの頼みを聞いてくれると嬉しいんだけどねぇ・・・」
「いいとも。俺にできることなら、何でも言ってくれ」
それを聞いて、私は思わず驚愕に大きく目を見開いていた。
母をこんな酷い目に遭わせたのは他でもない人間だというのに、よりにもよってその人間に頼み事をするなんてどうかしているとしか思えない。
「この子を・・・あたしの代わりにお前さんが育ててやってくれやしないかい・・・?」
「え・・・?」
「ええっ・・・!?」
だがそんな私の胸中を知ってか知らずか、母の続けた言葉に私は人間とともに素っ頓狂な声を上げていた。

「俺が・・・この子を・・・?」
雌龍からの突然の申し出に些か呆けたようにそう呟きながら傍らの仔龍へと視線を移すと、仔龍にとっても予想だにしていなかった言葉だったのか思わず彼女とお互いに顔を見合わせてしまう。
「ど、どうして?お母さん・・・どうして私が人間なんかと・・・私、独りでも生きていけるわ」
「いいから黙って言うことをお聞き・・・魚の獲り方を覚えただけで生きていけるほど、自然は甘くないんだよ」
「ま、待ってくれ。育てるって言ったって、俺には何をどうすればいいのか・・・」
ただでさえ人間を憎んでいるこの仔龍とは共に暮らすことすら至難の業だろうというのに、その上一体どうやってこんな小さな龍の子を育てればいいというのだろうか?
だが彼女は、そんな俺の動揺を見透かしたかのように淡々と先を続ける。
「日に1度、魚を獲りにこの子をここへ連れて来てくれればいいのさ。後は・・・暖かく見守ってやっておくれ」
「それなら私、お母さんと一緒にずっとここに棲むわ」
仔龍の方もやはり人間などと暮らすのは嫌なのか何とかここに留まろうと母親に食い下がったものの、彼女の決意はどうやらもう揺るぎ無いものになってしまっているらしかった。

「お前も100歳になって自分の子供を産めるようになれば、きっとあたしの気持ちがわかるようになるさね」
「だって・・・私・・・」
「それにね・・・その時になっていざいい雄を見つけたとしても、世間知らずじゃあ相手にもされないんだよ」
100歳・・・雌の仔龍が子供を産めるようになるまでには、それだけの年月が必要なのだろうか。
本来であればその長い間に母親が自然の厳しさや色々な知恵や知識を子供へ授けていくのだろうが、それが叶わぬと知った今その親代わりの役目を人間に頼む彼女の気持ちは痛い程よくわかる。
「・・・いいね、人間を恨むのはもうお止し。あたしには、ここへ来た時に何時でも会いにおいで」
「はい・・・お母さん・・・」
今にも消え入りそうな声でそう返事をした仔龍は、今度こそ感情の昂りを抑え切れずに涙を溢れ出させた。
やがて俺の手にしていた松明の炎が、まるで母龍の命の灯火であるかのように静かに萎んでいく。
「う・・・うぅ・・・」
そしてフッと明かりが消えて辺りに一寸先も見えぬ程の濃い暗闇が訪れると、しばらくの間母親を失った仔龍の押し殺したような嗚咽が周囲に響き渡っていた。


その10分後、俺は小舟に積み込んでいた新たな松明に火を灯して闇に包まれた洞内を再び照らし出すと、仔龍の言う通りに母親の亡骸をそっと湖の方まで引きずっていった。
そして何処か満足げな笑みを浮かべた彼女の顔をそっと澄んだ湖水に浸し、背後に伸びた長く重い胴体も少しずつ深い湖の底へと沈めてやる。
仔龍が最後に母親から聞いた話では、龍の骸は水の中では決して腐ることなく永遠に残るのだそうだ。
これからこの仔龍が立派な雌龍に育つまでの長い間、彼女はこの湖底から娘の成長を見届けるつもりなのだろう。
そして彼女が食べ切れなかった数匹の魚達を籠へ入れると、俺は仔龍とともに湖を渡って村への帰途についた。

自分で獲った魚ではないことが心残りではあるのだが、数日振りの釣果に村の人々は喜んでくれるに違いない。
問題は、この仔龍のことをどうやって彼らに説明するかの方だった。
事実をありのまま話せばいいのだろうが、俺がそうだったように村には龍を見たことのある者などいないのだ。
おかしな騒ぎが起こらなければそれでいいのだが、不安の種が尽きることはない。
だが俺の背後を遠慮がちについてくる仔龍の方はそんな俺の複雑な心境など理解できるはずもなく、ただただ不慣れな山道をヨタヨタと拙い足取りで歩き続けているだけだった。

しばらくして夕暮れの村に辿り着くと、俺は人々の目を忍ぶようにして彼女をそっと村長の家まで連れていった。
そして静かに家の戸を叩き、逸る気持ちを抑えながら彼が出てくるのを辛抱強く待ち続ける。
ギイィ・・・
やがて軋んだ音を立てて扉が開かれると、家の中から老齢の村長がのそりと姿を現していた。
「ほう、お前さんか・・・今日は幾らか魚が釣れたのかの?フォッホッホ・・・」
「えぇ・・・まあ・・・それはそうと、今日はあなたにお話があって来ました」
「んん?何じゃ、急に改まって・・・どうかしたのかね?」
だが村長の問いに思わず言葉を窮すると、何も言わずに半開きだった家の扉をゆっくりと押し開けていく。
「実はこの子を・・・」
そしてまだあまり人目に晒されることに慣れていない仔龍が俺の足元に絡み付いて村長の顔を見上げているのを見て取ると、そのあまりの驚きに彼が大きく目を見開いていた。

「そ、それはまさか・・・龍の子か・・・?」
「はい・・・とにかく、詳しい話は中で・・・」
少しばかり焦った様子でそう言うと、村長は他の村人達の目を憚るようにして俺を家の中へと招き入れてくれた。
そして大きな椅子の上へ座らされると、彼が心配そうな面持ちの中に潜む興味を隠し切れずに先を促してくる。
仔龍は仔龍で悲しい母親の死を思い出したくないのか、彼女は俺が話を始めようと村長に向き直った隙に静かに足元を離れると、部屋の隅にある暖炉の前でクルンと体を丸めながらそっと俯いていた。
母親に諫められて今はもう人間に対しても幾らかの警戒は解き始めているのかも知れないが、それでもまだ幼い彼女には人間への敵対心と母親との決別をすっぱりと割り切るのは難しいのだろう。
そんな強気だが何処か可愛らしげな彼女の様子を横目に、俺は最近めっきり魚が獲れなくなった理由や洞窟の奥で見つけた龍の母子のこと、そしてその母龍の最期を看取ったことを仔細に語り始めていた。
そして・・・
「ふぅむ・・・まぁ村の者達に危険が無いというのなら、あの仔龍をここに住まわせるのは問題なかろうて」
「では俺の代わりに、村長の方から村の人達へ話をしておいてもらえますか?」
「もちろんじゃ。龍は水の神とも言うでな・・・村を挙げて、必ずや大切に扱うと約束しようぞ」

やがて村長からそんなありがたい言質を取り付けると、俺は仔龍とともに自分の家へと帰ってきた。
「ほら、今日からはここがお前の家だぞ」
だが努めて明るく振る舞ったはずのそんな俺の言葉にも、彼女は特に何の反応も示す様子がない。
やはり、母親を失ったショックが大きいのだろう。
この小さな龍の子は、重傷の母親を助けようと8日間もの長い間一時も休むことなく働き続けたのだ。
そんな血の滲むような努力が無念にも結実することなく終わってしまったという悲しみと後悔は、きっとこの俺なんかが想像することも出来ぬ程の深く重い傷を彼女に残してしまったのだろう。
そして結局あの洞窟を出てから一言も俺とは口を利かぬまま、彼女はまたしても暖かい暖炉の前にゆったりと蹲って静かな眠りについていた。
仕方ない・・・俺も、今日はこのまま寝るとしよう。
今はまだ彼女も心の傷が癒えないだろうが、時が経てば多少は俺にも気を許してくれるようになるかも知れない。
俺は相変わらず冷たい態度を崩そうとしない彼女を眺めながらそう前向きに納得すると、母親譲りの橙色の鱗に覆われた彼女の背中に一言だけおやすみと声を掛けて自らの寝床へと潜り込んでいた。

ゴソ・・・モゾモゾ・・・
「ん・・・」
心地良い眠りの中に突然感じた何かが自分の体をあちこち這い回るかのような不思議な気配に、俺は覚醒した意識を瞼の奥に押し込めたまま周囲の様子を窺った。
どうやら、誰かが俺の寝ている間にベッドの中へと潜り込んできたらしい。
だがやがてその気配の正体があの仔龍だと確信すると、俺はそっと上に掛けていた布団をめくってみた。
見れば彼女が必死に身をくねらせながら、その鱗に覆われていない柔らかな腹を俺の体へ頻りに擦り付けている。
何事かと思って彼女が寝ていたはずの暖炉の方へ目を向けてみると、寝る前まで小さく残っていた火種が消えてそこから白い煙が細く棚引いていた。

「お前・・・寒いのか・・・?」
余程温もりを貪ることに夢中だったのか、仔龍はその声でようやく俺が目覚めていたことに気が付いたらしい。
だが彼女は決して見られたくないところを見られてしまったという動揺に一瞬だけ顔を歪めはしたものの、今更言い訳を並べ立てても無駄だと悟ったのか恥ずかしげに俺から視線を外してコクリと小さく頷いていた。
「じゃあ、こっちにおいで・・・」
やがて俺がそう言うと、彼女が驚く程素直にその身を俺に預けてくる。
間近で見る仔龍の綺麗な目元にはまるで泣き腫らしたかのような涙の跡が残っていたが、どうやら1日中泣き通して気分の方は大分落ち着いてくれたらしい。
そんな彼女を両腕で抱き抱えるようにして再び暖かい布団の中に潜り込むと、睡魔の再来に打ち負け掛けた俺の耳元に不意に彼女が漏らしたのであろうか細い声が届いてきた。
「ありがとう・・・」
そしてその言葉に応えるようにフサフサの髪が生えた彼女の頭をそっと撫で下ろすと、俺は彼女と絡み合うようにして冬の寒気に冷え込む夜を明かしていた。

翌朝、俺はいつものようにまだ日も昇り切らぬ内からベッドを抜け出すと、依然としてぬくぬくと布団を抱き締めている仔龍の不思議な姿を横目に洞窟へと出掛ける準備を始めていた。
そして釣りの道具と数本の松明、更には獲った魚を入れるための籠や昼食を荷物の中へしまい込むと、突然無くなってしまった熱源を探るようにゴロゴロとベッドの上で転がっている仔龍を起こす。
「ほら、起きな。魚を獲りに行くぞ」
その声を聞いて目を開けた仔龍はしばらくキョロキョロと辺りを見回して状況を確かめると、まるで早起きを強要された人間の子供のように名残惜しげにベッドから這い出してきた。
長らく水中で暮らしていたせいで相変わらず地上を歩くことにはあまり慣れていないのか、長い蛇体に生えた4本の手足が地面に着く度にグラグラと体が揺れているように見えてしまう。
だがそれでも懸命に俺の後について寒風渦巻く家の外に出て来ようと頑張っているのだから、この仔龍は案外見た目の冷たい態度とは裏腹に根は素直で一途なのかも知れない。

やがて家を出て洞窟へと続く山道に入ると、生い茂った草木で多少は冷たい風が和らいでいた。
ゴツゴツとした山の地面は所々から尖った石や枯れ木の先端などが突き出していて、人間の俺からすれば大したことのないそれらの障害物も短い手足で這うようにして歩く彼女には随分と邪魔なものらしい。
懸命に足元を注視しながらそれでいて時折俺を見失わないように小さく顔を上げる彼女の様子は、まるで迷子の仔犬がやっと見つけた見知らぬ人間の後をたどたどしくついていく様子によく似ていた。
そんな微笑ましい仔龍の姿を眺めながら歩くこと数十分・・・
仔龍に気遣いながらのいつもより遅いペースのお陰で大分時間が掛かってしまったような気がするが、ようやく前方に目的地の森の切れ間と大きな岩壁が見えてくる。
そして暗い闇に覆われた洞窟の前に辿り着くと、俺は松明に火を灯して仔龍とともにその中へと入っていった。

「そら、腹が減っただろ。好きなだけ捕まえてきなよ」
俺がそう言うと、彼女はここまで歩いてきた疲れも吹き飛んだ様子で待ってましたとばかりに澄んだ湖の中へと飛び込んでいた。
チャプン・・・
滑らかな鱗と艶やかな腹の皮膜が上手く水をやり過ごしているのか、随分と勢いよく飛び込んだ割に思った程の水飛沫はない。
きっと昨日俺が聞いたあの水の音も、彼女が対岸から魚を獲るために水中へと飛び込んだ音だったのだろう。

「さて・・・俺も仕事をしないとな・・・」
やがて松明の明かりを頼りに自分の小舟を見つけると、俺はいつもと同じようにその中へ荷物を放り込んだ。
だが次の瞬間、ザバッという音とともに舟の横からあの仔龍が顔を出す。
「わっ・・・ど、どうかしたのか?」
暗闇の中で不意を突かれた驚きに思わずそう訊いてみると、彼女がおもむろに両手と口に捕まえていた大量の魚を岩棚の上に積み上げていた。
「魚なら・・・私が獲ってくるわ。待ってて」
そしてそう言いながら、彼女の姿が再び湖水の中へと消えていく。
俺は無意識の内に目の前に置かれた魚の数を数えながら、彼女の言った言葉を頭の中で何度も反芻していた。
5、6・・・8、9匹もある。
彼女が湖に飛び込んでから、まだ2分も経っていないはずなのだが・・・

だが微かな期待を胸に岩棚の上で待つこと3分、再び彼女が大量に捕まえてきた魚をその場に積み上げていった。
今度はなんと11匹も捕まえてきたらしい。
こんな調子で休みなく漁を続けられたのだから、ものの数日で魚達が獲り尽くされてしまったのにも合点がいく。
だが、俺の仕事も所詮は小さな村の賄いだ。
30匹も魚が獲れれば、その日は大漁と言っても差し支えないだろう。
今度彼女が上がってきたら、後は自由にさせて俺はこの静かな闇の中でゆっくりと寛いでいるとしよう。
俺はそう心に決めると、どうやって生きたまま捕らえられたのかビチビチと跳ね回る活きのいい魚達を持ってきた籠に移しながら彼女の帰りをじっと待ち続けていた。

その数分後、今度は大分頑張ってくれたのか15匹もの大量の魚達が俺の前に積み上げられた。
「ありがとう、今日はそれくらいでいいよ。後は好きにしておいで」
魚を置いた後間髪入れずに再び漁へ戻っていこうとする仔龍にそう言うと、彼女が一瞬だけピタリと動きを止めた後に嬉しげに暗い湖中へと潜っていく。
あの様子では、きっと自分のお腹が空いているのも我慢して俺のために魚を獲ってくれていたのに違いない。
彼女もまだ俺にはあの母親に向けていたような柔和な笑顔こそ見せてはくれないものの、やはり子供なのか心の拠り所を求める本能はどうやっても隠し切れないでいるらしい。
だがそんな彼女の内面を知れば知る程、俺はどうしてあの母子がこんな悲劇に見舞われたのかが気になっていた。

やがて松明の明かりを見つめながら3時間程そんな思索に耽っていると、仔龍が満足したとばかりにお腹を膨らませて湖から上がってくるのが目に入った。
「もういいのか?」
そう訊くと、彼女が遠慮がちに頷きながら小さな返事を返してくる。
「うん・・・」
これまではあの瀕死の母親に食べさせるために、彼女自身もあまり獲った魚を食べてはいなかったのだろう。
それでも母親を失った悲しみを悟られぬようにか敢えて気丈さを装っている彼女の気持ちを理解すると、俺はそれ以上は何も言わずに彼女を連れて明るい洞窟の外へと出ていった。
恐らくは何年か前にこの漁生活を始めて以来、こんなに早く仕事を終えられたのは初めてのことだろう。
まあ俺自身は実際のところ何もしてはいないのだが、魚さえ手に入れば村人達だってそんなことは気にするまい。

だが感謝の気持ちを込めながら背後を振り向くと、彼女は満腹になった腹を重そうに持ち上げながら歩いていた。
もう少し手足や体が大きく発達すればそんな心配もなくなるのだろうが、こういう仔龍故の不便さを見ると明日は魚を入れる籠と松明だけを用意して帰りは彼女を背負ってあげようかなどと本気で考えてしまう。
だがあの母龍は、俺に彼女のことを暖かく見守ってやって欲しいと言ったのだ。
それはつまり、この仔龍が独りで生きていけるように俺に力を貸してくれということなのだろう。
村長が上手く村人達に言い含めてくれたのか、それともあの大漁振りがこの仔龍のお陰だったためなのか、やがて無事に村へと辿り着くと彼らの前に初めて姿を見せたはずの仔龍は皆から暖かく迎え入れられた。
普段なら皆無言のまま淡々と釣果を分配していくだけなのだが、今日ばかりは村にやってきた新たな仲間の歓迎に誰もが笑顔を見せている。
お陰で折角仕事が早く終わったというのに、結局家に帰ることができたのは夕方近くになってからのことだった。
そして昨夜から冷え切っていた暖炉に火を入れながら、大勢の人達に揉みくちゃにされて疲れたのか荒い息を吐いている仔龍へと顔を向ける。
やがてそんな俺の意図を読み取ったらしく、彼女はいそいそと遠慮がちに暖炉のそばへと歩み寄ってきた。

「そんなに寒いのなら、今日も一緒に寝るかい?」
「・・・いいの?」
何気なくそう訊いた拍子に何処か申し訳なさそうな視線を向けられて、思っていた以上に彼女に気を遣わせてしまっていたことに気付かされる。
「もちろんさ。そんなに俺に気を遣わなくても、もっと伸び伸び過ごしていいんだよ」
「だって私・・・あなたにあんな酷いことを・・・」
彼女にそう言われて、俺は思わず彼女に噛み付かれた首筋にそっと手を当てていた。
別段何処を怪我したわけでもないのだが、彼女に力一杯噛み付かれたあの時は本当に苦しかった。
しかしそれも必死に母親を守ろうとしての突発的な行動だったことを考えれば、仮に牙を突き立てられていたところで彼女に腹を立てる気にはなれそうもない。

「ああ、そんなことか・・・俺はもう気にしてないよ」
「本当に?」
いくら龍とは言えこんな幼い子供に不安げな上目使いを向けられたら、流石に否定するわけにもいかないだろう。
「本当だよ。実を言うと、俺も小さい頃に両親を亡くしてね・・・だから、お前の気持ちもよくわかるんだ」
「え・・・どうして・・・?」
自分の生い立ちのことなど彼女には特別話す必要もないことだと思っていたものの、どうやら彼女は俺が自分と同じ境遇に置かれていたことを知って些か興味を持ってくれたらしい。
「聞きたいのなら話してもいいけど・・・その前に飯にしてもいいかい?」
「う、うん」
やがて何だかんだで朝から何も食べていなかった俺は一応彼女にそう了承を得ると、洞窟に持っていったまま結局手を付けていなかった弁当をテーブルに広げて暖炉の前に蹲った彼女を眺めていた。

それにしても可愛い子だな・・・
燃え上がる炎の暖かさに眠気がやってきたのか、仔龍が小さなとぐろを巻いたままうとうとと転寝を始めている。
どちらかというと、昼間の村人達の大騒ぎで張り詰めていた緊張の糸が切れたという方が正しいのかも知れない。
だが彼女をこのままにしておくと、また朝方にもぞもぞとベッドに潜り込んできて起こされてしまうだろう。
そう考えて、俺は食後の一休みを終えるとそっと彼女を揺り起して先にベッドへと誘っていた。
「ほら、寝るぞ。そこで寝たら、暖炉の火が消えた時にまた寒くなるだろ」
「うにゅ・・・う、うん」
よほど気持ちよく眠っていたのか、そんな寝惚けた仔竜の声がまた可愛い。
そして普段以上にフラフラとした足取りで歩く彼女をベッドの中に招き入れると、俺はそのひんやりと冷たい蛇体を静かに抱き締めていた。

「それで・・・どうしてあなたは両親を失ったの・・・?」
やがて布団の中に心地良い熱がこもり始めると、彼女が目を閉じたまま小声でそう訊ねてくる。
そんな彼女の頭をそっと撫でつつも、俺は小さい頃の記憶を辿るかのように天井を見つめながら話し始めていた。
「この村は今から20年以上前に出来たんだけど、それより前は皆尾根の向こうにある別の村で暮らしていたんだ」
「じゃあ、私とお母さんが以前に住んでいた湖の近くなのね」
図らずも母親のことを思い出してしまったのか、仔龍の声が少しばかり低くなったような気がする。
「ああ・・・前の村でも人々の生活の糧はほとんどが湖で獲れる魚で、俺の父も村に大勢いた漁師の1人だった」
そう言うと彼女は相変わらず目は閉じたまま、まるで頷くように俺の胸に擦り付けた顎を小さく上下させた。
「でもある日、漁から戻った父がこんなことを言ったらしいんだ」

「何?龍を見ただって?」
「ああ、まるで夕日に溶け込むような美しい琥珀色だったが、あれは確かに龍だった」
俺がそう言った途端に、村人達の間に正に予想していた通りの2つの反応が湧き起こっていた。
迷信深い者が多いのか龍の棲む湖で魚を獲ることに強い危機感を抱く年寄り連中と、漁の邪魔になるからその龍を殺そうなどと言い出す若者達が俄かに対立の様相を呈し始めたのだ。
そして俺も、龍を殺すとまではいかないにしても漁を続けることに賛成する方の立場だった。
妻は子を身籠ってもう9ヶ月、大きなお腹を抱えていてはあまり村の中を歩き回るわけにもいかず、彼女の食べる物は俺が責任を持って獲ってくる必要があるためだ。
だが俺が龍を見た日から明らかに日々の釣果が減り始めたのを契機に、村の中での龍を殺そうとする動きが急速に強くなっていった。

「今考えると、きっとその琥珀色の龍っていうのがお前の父親だったんじゃないかと思うんだ」
「それで・・・どうなったの・・・?」
彼女は今や閉じていた目を完全に見開いていて、俺の話を熱心に聞き入っていた。
まあ、それもそうだろう。
彼女の話に1度も父親が出て来ないのは、きっと生まれた時から父親の姿を見たことがないからに違いない。
思いがけずそんな未知の父親の話を聞かされて、俺には彼女の鼓動が心なしか早くなっているのが感じられた。

やがてある夏の暑い日に、ついに龍を殺そうと大量の銛を持った男達が舟で湖へと乗り出すことになった。
俺もいまだに龍を殺すことには抵抗を感じていたものの、村で唯一龍を見つけたからという理由で半ば強制的にその"漁"へと同行させられている。
「いたぞ!あそこだ!」
そして俺が水面下を泳ぐ琥珀色の雄龍を見つけると、最初に龍殺しを提案した若い男が長い銛を投げ付けていた。
ガッ
硬い背面の鱗に守られて銛が突き刺さることは無かったものの、その衝撃に驚いて龍が水上に飛び出してくる。
そして威嚇とも取れるような咆哮を上げながら、龍が勢いよく水面にその巨体を叩き付けた。
「グガアァ!」
ザバアァン!
「うおおっ・・・!」
元々波の少ない湖上での釣りを目的とした小舟が、龍の巻き起こしたその大波に呑まれて次々と転覆していく。
俺の乗っていた舟を含めて何艘かは何とか最初の波を乗り越えることができたものの、水中に投げ出された他の漁師達の運命は目を覆いたくなる程に惨憺たるものだった。

「う・・・わ・・・た、助けガバゴボ・・・」
「ひっ・・・あがぁ・・・うぐああああ〜〜!」
不運にも舟から湖へ落ちてしまった数人の男達に、猛り狂った琥珀色の雄龍が容赦なく襲い掛かる。
ある者は手足を掴まれて水の中へと引きずり込まれ、ある者は龍の巨大なとぐろに捕らわれて締め上げられた。
波のうねる湖上には恐怖と混乱に彩られた悲鳴が響き渡り、屈強なはずの男達が1人、また1人と成す術も無く雄龍の餌食となって水底へと消えていく。
「あ、ああ・・・」
そして最初に舟から投げ出された男達をものの数分で全滅させると、龍が今度は俺達にその牙を剥いていた。
俺の目の前にあった別の舟が龍によって突然水中から激しく突き上げられ、乗っていた男達が甲高い悲鳴とともに死の待つ水の中へと零れ落ちていく。
つい先程仲間達がどんな最期を迎えたのかを見ていただけに、彼らの混乱振りには凄まじいものがあった。
1人の男が助けを求めて俺の乗っている舟の縁にしがみ付こうとしたが、そんな彼の足元を琥珀色の影が過ぎった途端にその手が舟から外れて湖中へと引きずり込まれてしまう。

「くそ!このままじゃ俺達、皆殺しだ!」
他の舟に乗っていた誰かがそう叫んで長い銛をやたらめったら水中へと投げ込んでいるが、あんなことをしたら次は自分を狙ってくれと言っているようなものだろう。
その証拠に、俺は微かに濁った水の中に彼の舟へと近付く龍の影を見つけ出していた。
まずい・・・今度は彼の番だ・・・!
だがいくら無謀なことをしているとはいえ、襲われるとわかっている仲間を見殺しにするわけにはいかない。
俺は咄嗟に自分の舟に積んでいた銛を3本ばかり手にすると、再び舟を突き上げようと浮上してくる龍の顔に目掛けて思い切りそれを投げ付けていた。

ドドッ・・・!
湿った肉のぶつかるような鈍い音とともに3本放った銛の内の1本がピンと水面に突き立つと、突然水中に真っ赤な鮮血が霧のように広がっていく。
どうやら、何処か鱗に守られていない柔らかな場所へと銛が突き刺さったらしい。
大量の血で水が濁ってしまったために龍がどうなったのかはわからないが、これで仕留められていなかったとしたら恐らくもう俺達の命は無いだろう。
そしてその数秒後、不意に激しい苦痛に悶える龍の尾が俺の乗った舟を勢いよく跳ね上げていた。

ザバーン!
「うわあああ!」
視界に映る景色の天地が一瞬にして逆転し、ドボーンという低い音とともに周囲が赤黒い水に覆われてしまう。
くそ・・・俺もこれまでか・・・
だがそんな諦観が脳裏を埋め尽くしたのも束の間、俺はそれが取り越し苦労だったことを悟っていた。
大きく息を吐き出して水面から顔を出した俺の前に、ぐったりと弛緩した雄龍の巨体がユラユラと漂っている。
一体何が起こったのかと思って龍の顔の方へ目を向けてみると、その大きな龍の目に俺の放った銛が真っ直ぐに突き刺さっていた。
あの様子では、恐らく銛の先端が脳にまで達していることだろう。
多大な犠牲は払ってしまったものの、俺達はついに龍を殺すことに成功したのだ。

父から聞いた話を仔細に思い出しながらそこまで語ると、いつの間にか仔龍の目に大粒の涙が浮かんでいた。
父親の仇の息子であるはずの俺の胸に深々と顔を埋めながら、彼女が声を立てずにシクシクと泣いている。
「・・・まだ聞くかい・・・?」
「・・・うん」
一応彼女はそう言うものの、ボロボロと目の奥から溢れ出してくる涙が止まる気配はまだなさそうだった。
村の歴史を考えれば恐らくこの仔龍の年齢は俺と同じ20歳前後だと考えられるが、成龍になるまでに100年も掛かることを考えれば彼女は人間の年齢にしてまだ4、5歳といったところなのだろう。
そんな幼い子供が、自分の親の死を聞かされて平気でなどいられるはずがない。
「わかった・・・でもお前が落ち着くまで、少し休もう」
流石にその提案を撥ね付けることはできなかったのか、彼女は黙って小さく頷くと俺の胸で涙を拭っていた。

それからしばらくすると、仔龍がすっかりと涙を拭った顔で俺の顔をじっと見上げていた。
成熟した妖艶な老龍のそれとは違う透き通った円らな瞳がキラキラと輝いていて、何だか彼女を泣かせてしまったことにそこはかとなく罪悪感のようなものを感じてしまう。
だがそこに込められていた早く話の先を続けて欲しいという無言の願いを聞き届けると、俺はそのキュッと胸を締め付けるような後ろめたさを堪えて中断していた話の先を語り始めていた。

やがて銛の刺さった目から鮮血を流す龍が完全に息絶えていることを確かめると、俺は生き残った数人の仲間達とともにその長大な龍の亡骸を陸へと引き上げていた。
そして龍を殺した証としてその琥珀色に輝く鱗を1枚だけ剥ぎ取ると、残った骸を湖のそばに掘った大穴へと埋めてやる。
本来ならば湖で生きていた者は湖底に還してやるべきなのだろうが、龍のいる湖で漁をすることに反対する村の者達を説得するにはそういうわけにもいかなかったからだ。
だが、本当にこれでよかったのだろうか・・・?
あの龍にしたって、最初から俺達を襲うつもりは無かったのに違いない。
日毎湖で獲れる魚の量が少なくなりさえしなければ、こんな空しい血など流さなくても済んだはずなのだ。

龍の鱗を村へ持ち帰ると、村人達の反応は実に様々だった。
これで安心して漁に出られると安堵する漁師。
一家の稼ぎ頭を失って悲嘆に暮れる残された家族。
龍を殺したことで何か祟りがあるのではないかと恐れる年寄り達。
だが何よりも彼らの頭を悩ませたのは、龍がいなくなった後も湖で獲れる魚の量が減り続けたことだろう。
ただでさえ龍の手に掛かって漁師の半数が命を落としたというのに、その上魚が獲れなくなってしまったのではいずれ村の食料が不足するであろうことは目に見えていた。

「そして父が龍を殺した日から3週間後、俺が産まれたのとほとんど同時に村で重い疫病が流行り始めたんだ」
「どうして?その村の人達が、お父さんを殺したから?」
「いや・・・たまたま時期が悪かったんだろう。でも、それが龍を殺したせいだと考えた人達は多かったらしい」
魚が獲れないことによる食料難と漁師達を失ったことに対する村の悲しみ、そして例年より暑かった夏の気候が、村の人々の体力を奪っていったのであろうことは容易に想像できる。
「幸いにして病の流行は数週間で収まったけど、出産直後だった俺の母はその病が元で死んでしまったんだ」
「でも、あなたは助かったのね」
そう呟いた仔龍の顔に、何だか少しホッとしたかのような安堵の表情が浮かんでいた。
その問いにコクリと小さく頷いてから、更に話の先を続ける。
「だけど、村はもう滅茶苦茶になってしまった。そして龍殺しに反対していた人達が、村を出て行ったんだ」
「その人達は何処へ行ったの?」
「・・・ここさ」
やがて俺がそう言うと、彼女はキョトンとした顔で俺の顔を見つめ返していた。

夏から秋への季節の変わり目が契機となったのか突如として村を襲った疫病がようやく収まると、当初から龍殺しに反対していた多くの人々が突然この村から独立すると言い出していた。
もうあの湖で魚を獲ることはできない、別の所へ行って村を立て直すべきだ、迷信深い年寄り連中や龍に旦那を殺された家の人々が、俄かにそういう主張を始めたのだ。
そしてこの俺も、産まれたばかりの息子とともに彼らについていった内の1人だった。
妻を失ったこの村でこれ以上暮らしていても、悲しい記憶が蘇るだけだろう。
それに大勢の仲間を失ったあの湖で、もう漁はしたくない。

「そうして村は二分され、独立した人達がここに新しく村を作ったんだ。当然、あの洞窟の存在を知った上でね」
「じゃあここに住んでいるのは、皆誰かしら家族を失った人達ばかりなのね・・・」
「ああ・・・でもこの村の人達は、誰も龍を恨んだりはしてないよ。だから、皆お前を快く迎えてくれたのさ」
だがそうは言ったものの、彼女は1度も見たことのない自分の父親がこの村に住む誰かの家族の命を奪ってしまったかも知れないという事実にその身を小さく震わせていた。
やはり彼女も、根は素直で優しい子なのだろう。
俺はその仔龍の体をギュッと抱き締めると、彼女を安心させるように小声で囁き掛けてやった。
「この村で唯一の漁師だった父は、俺に魚の獲り方を教えてくれた後に病気で亡くなったんだ」
それを聞いた仔龍の短い両腕が、俺の体を抱き寄せるようにギュッと力を込めてくる。
「だからたくさん魚を獲れるお前は皆から感謝されることはあっても、決して憎まれたりすることはないんだよ」
「うん・・・わかったわ」
やがて彼女は一言そう呟くと、ずっと胸の奥に溜めていた大きな安堵の息をフゥ〜と吐き出していた。

「さて・・・それじゃあそろそろ寝ようか」
だが仔龍が落ち着いたのを見計らってそう就寝を促すと、彼女がフルフルと小刻みに首を振る。
「待って・・・私の話も聞いて」
何やら神妙な面持ちにも見えるその仔龍の畏まった様子に、俺は腹の上に乗せていた彼女を隣に下ろしてお互いに向き合っていた。
「どうしたんだ?」
「本当はね・・・お母さんが人間に襲われたのは私のせいなの・・・」
「え・・・?」
何時か時期を見て訊こうと思っていたことを突然彼女の方から切り出されて、思わずゴクリと息を呑んでしまう。
「小さい頃から昼は水面に近付いちゃ駄目だって何度も言われてたのに、ついその約束を破ってしまって・・・」
「向こうの村の漁師に・・・見つかったんだな?」

その問いに、彼女は俺から視線を外したまま小さく頷いていた。
「きっと、向こうの人達は龍を憎んでいたのね。その次の日、私は突然大勢の人間達から銛を投げ付けられたの」
訳もわからず突然大勢の人間達に襲われたその時の恐怖を思い出したのか、彼女がベッドの中で身を縮込めるかのようにスッととぐろを巻いていく。
「それを見たお母さんが私を助けようと飛び出してきて・・・それで、それであんなことに・・・」
自分のせいで大量の銛を突き立てられた母親の姿を目の当たりにして、彼女は一体どんな心境だったのだろうか?
無数の傷口からドクドクと血を流してグッタリと項垂れてしまった母龍を、きっと彼女はあの洞窟の湖まで必死に引っ張ってきたのに違いない。
「人間は力の弱い生物だけど時に恐ろしい敵にもなるって聞かされてたのに・・・私って馬鹿だよね・・・」

取り返しのつかないことをしてしまったという後悔が、彼女の目から再び大粒の涙を溢れさせていく。
「確かに、人間ってのは非力なくせに龍にだって牙を剥く愚かな連中さ。でも、本当は皆臆病なだけなんだよ」
そう言いながら、俺は泣きじゃくる彼女をそっと片腕で抱き寄せていた。
「あの洞窟で魚が獲れなくなっただけで、こんな平和な村の人達ですら俺に辛く当たるようになるんだからね」
「・・・本当に?」
「本当さ・・・でも、もう心配はいらないよ。何しろ、俺はあの母親から直接お前のことを頼まれたんだ」
それを聞いて、彼女が怪訝そうな顔を静かに俺へと向ける。
「無事にお前を育ててやらないと、きっと俺があの世にいった時に彼女から酷い目に遭わされちまうってことさ」
「あは・・・それもそうね。じゃあもしあなたに虐められたりしたら、たっぷりお母さんに言い付けてあげるわ」
やがておどけた様子でそう言った彼女の顔には、何時の間にか子供らしい元の明るい笑顔が戻ってきていた。
だがそう思ったのも束の間、その屈託のない可愛い笑みが、不意に何処となく不安げな表情へと変わっていく。

「・・・どうかしたのか?」
「あのね・・・それ程私のことを想ってくれているんだったら、もう1つだけお願いを聞いてもらえる・・・?」
「あ、ああ・・・いいよ、何でも言ってごらん」
彼女の唐突な雰囲気の変化に思うようについていくことができず、俺はしどろもどろにそう答えていた。
「お母さんがね、息を引き取る直前に私に言ったの。子供の産み方も、あの人間に教えてもらいなさいって」
「子供の・・・産み方・・・?」
「うん・・・私、お母さんからはまだ魚の獲り方しか教わっていなくて・・・本当に何も知らないのよ・・・」
つまり彼女は・・・この俺に遠回しに交尾の相手をして欲しいと言っているのだろう。
確かに元々存在している仲間の数が少ない龍族ならば、本来そういう教育も親から子へと引き継がれるものなのかも知れないが・・・
やはりそれも、俺の役目なのだろうか・・・?

「そ、それは別に構わないけど・・・今からかい?」
「やっぱり・・・駄目?」
半ば断られることを予想していたかのような、それでいて今にもまた涙を滲ませてしまいそうな黒い瞳が、じっと俺の心の中へその仔龍の純真無垢な願いを滑り込ませてくる。
「・・・わかったよ」
そしてそんな一方的な見つめ合いが数十秒も続くと、俺は静かに承諾の声を上げていた。
仮に受け入れるとしても日を改めるのは決して難しいことではなかったのだろうが、俺は一心に俺を頼ってくれている小さな仔龍にこれ以上悲しい思いをさせるのが忍びなかったのだ。

望んでいた返事を聞いた彼女の硬い表情が少しばかり緩んだのを見届けると、俺は布団の中で着ていた下着をゴソゴソと脱ぎ始めていた。
雪こそまだ降らないものの、山間の村の冬は朝も夜も身を刺すように冷え込むものだ。
ほんのりと熱のこもる布団から足先をほんの少し出しただけで、ゾクリとするような寒気が襲い掛かってくる。
そしてじわじわと布団の中にまで入り込もうとする冷気を締め出すかのように彼女の体を強く抱き締めると、俺は体が温まるまでしばらくの間その白くて柔らかい仔龍の腹に体を擦り付けていた。
これでは一見するとまるで俺の方から彼女を誘っているように見えてしまうだろうが、雌雄の営みのことなどほとんど何も知らない仔龍は終始神妙な面持ちで俺の体を受け止め続けている。
幾重にも貼り合わされた、それでいて水の抵抗がほとんどない滑らかな背中の鱗が二の腕や内腿に触れ、温かい腹部とひんやりと冷たい鱗の相反する感触がえもいわれぬ心地良さを生み出していた。
まだ無垢な子供だというのに種族の違う人間の俺ですらがこうなのだから、彼女も大きく成長すればきっとそこらの雄龍など一睨みで堕としてしまえるような麗しい雌龍へと変貌を遂げることだろう。

「そろそろ・・・いいかい?」
やがてそんな幸福な時間を一頻り勝手に堪能すると、俺は相変わらずどうしてよいか分からずに固まっていた彼女にそう声を掛けていた。
「う、うん・・・」
不安と、そして微かな期待の入り混じった声が聞こえ、胸の内に本能的な支配欲のようなものが火の手を上げる。
そして柔らかな彼女の腹をそっと尾の方まで撫で下ろしていくと、その途中に小さな割れ目が顔を覗かせた。
更にはこれまで何者の侵入も許したことがないと見えるその秘所にそっと指を這わせてやると、橙色の鱗に覆われた彼女の可愛い顔が途端に紅く上気していく。

ツツッ・・・
「あっ・・・」
まるで焦らすかのようにゆっくりと秘裂を割って指先を滑り込ませていく度に、仔龍が初めて感じる不思議な快感にビクンと体を跳ね上げていた。
つい先程までじっと俺の目を見つめていたはずの彼女は早くも未知の興奮に身を任せているようで、俺の体を抱き潰さんばかりにきつく引き寄せながらも顎を仰け反らせて荒い息を吐き続けている。
ズブ・・・ジュプ・・・
やがて指の中程までが彼女の中へ侵入すると、まだ見ぬ最奥からヌルリとした愛液が滲み出してきた。
その途端に指先が滑り、ズリュッという音とともに根元までが一気に未開発の膣の中へと呑み込まれてしまう。

「ひゃんっ!」
次の瞬間予想外の感触に甲高い嬌声が上がり、彼女の体が更にベッドの中で激しく暴れ回っていた。
慌てて指を引き抜いてやると、その刺激にもう1つ小さな声が漏れ聞こえてくる。
「はう・・・」
そしてようやく落ち着いたのか俺の顔へと視線を戻した彼女の目は、微かに滲み出した涙に潤んでいた。
「大丈夫か・・・?」
「うん・・・多分・・・」
そのあまりにも弱々しい仔龍の様子を見ている内に、何時の間にか俺の肉棒も興奮にそそり立ってしまっている。
「じゃあ、そろそろ入れるぞ」
「や、優しくしてね・・・」

全身の力を抜いて最早雄に身を任せるばかりになった彼女からそう言われて、俺はコクリと静かに頷きながら仔龍の体をベッドの上に仰向けに寝かせていた。
それまでベッドの端から力無くはみ出していた仔龍の細い尾が、まるで何かに縋り付こうとするかのように俺の右足へと巻き付けられていく。
その瞬間何とも形容のし難い期待と興奮が綯い交ぜになって胸の内に込み上げてきたものの、非力な仔龍を犯すという野性的な欲情に身を任せるのはまだ早い。
これは彼女の母親から頼まれた・・・彼女の成長に必要な儀式なのだ。
やがてそう自分自身を納得させながら仔龍を怯えさせないようにそっと彼女の上に覆い被さると、俺はすっかりと潤ったその下腹部の亀裂へ向けて自らの張り詰めたモノをゆっくりと近付けていった。

ズ・・・ズプ・・・ズリュゥ・・・
「う・・・」
「あっ・・・」
ペニスの先が愛液に濡れる仔龍の秘所へと僅かに触れたその瞬間、全身にビリビリとした甘い痺れのような快感が一気に駆け巡っていく。
初めて雄を受け入れるはずの彼女の肉洞は呼吸と共にウネウネと妖しい収縮を繰り返していて、俺はほんの少し肉棒の先端を突き入れただけでまるで吸い込まれるかのように根元まで彼女の中に呑み込まれてしまっていた。
その一瞬の出来事に、お互いに短い嬌声を漏らしてしまう。
ドクン、ドクンという早まった彼女の鼓動が結合部を通して直に感じられ、それがまた切ない快感となって俺の怒張へと襲い掛かっていった。

「く、苦しくないか?」
「あなたこそ・・・何だか辛そうよ」
「ああ・・・少しばかり、きつくてな・・・」
初めてのまぐわいに彼女の内で眠っていた雌としての本能が呼び覚まされたのか、まださして拡張されていない肉洞が主の意思とは無関係に俺のモノをきつく締め上げてくる。
俺が上になって力を加減していなかったとしたら、入れているだけでいつか限界を迎えてしまうに違いない。
「じゃあ・・・う、動くぞ・・・」
「・・・いいわ」
そんな彼女の返事にコクリと頷くと、俺はベッドに両膝をついたままゆっくりと腰を上下し始めていた。

グブ・・・ヌブ・・・グリュッ・・・
「あ・・・はん・・・」
「うあっ・・・く・・・ぅ・・・」
俺自身は彼女に負担を掛けぬようにできる限りゆっくりとした抽送を心掛けていたはずなのだが、1度呑み込んだ獲物を逃がすまいとペニスを吸い上げる彼女の膣はますますその蠕動の度合いを強めていく。
愛液に濡れる固いのか柔らかいのかも判然としない無数の肉襞が断続的に引き抜かれようとする肉棒に絡み付き、俺は容赦無く流し込まれてくるその快感に少しずつ腰を引く力が弱まっていくのを実感していた。
彼女の方も無意識の内に雄を責め立てている刺激が無上の快感となって跳ね返ってくるようで、短い両腕で俺の肩に力一杯しがみ付きながら熱い息をハァハァと荒げている。
「く・・・ぁ・・・も、もうだめだ・・・」
そして一時の休みなくペニスを締め上げられる快感についに打ち負けてしまうと、俺は腰を引くこともできずにドサッと彼女の上へと倒れ込んでいた。

「す、凄いなお前・・・入れてるだけで・・・もう我慢できなくなっちまいそうだ・・・」
「もう・・・終わり・・・?」
相変わらず火照った体を気持ち良さそうに仰け反らせながら、仔竜が何処か物足りなげにそう問い掛けてくる。
「お前はもう、十分なのか?」
「ううん・・・体中まるで燃えてるみたいに熱いけど・・・私、まだ頑張る」
「そうか」
だがそれを聞いてもう1度とばかりに腰を浮かせようとすると、先程まで右足に巻かれていたはずの彼女の尾が不意に俺の腰の辺りへと巻き付けられていた。
そして半分ほど咥えられていたペニスを根元まで呑み込むかのように、俺の腰を力強く引き寄せていく。

「じゃあ、今度は私の番ね・・・少しずつだけど・・・私、慣れてきたみたいなの」
「慣れてきたって・・・一体何に・・・ふあっ!?」
ズリュリュッ
その瞬間、それまで無秩序に躍動していた彼女の肉襞がまるで呼吸を合わせたかのように一斉に俺の肉棒を舐め上げていた。
そして突然の快感にエビ反りになった俺の体を抱き寄せるかのように、シュルシュルという音とともに胸の辺りにまで彼女の長い尾が巻き付いてくる。
ギュッ・・・
「うくっ・・・は、初めての割には・・・随分と激しいんだな」
「もうちょっとだけ・・・私に付き合ってもらってもいい・・・?」
「ああ・・・いくらでも、お前の好きにしな」
やがてそう答えると、彼女は橙色に映えるとぐろをベッドの上でゴロンと転がして俺を腹下へと組み敷いていた。

仔龍の中へと咥え込まれた肉棒が、途中で中断されてしまった快楽を求めるかのようにギチギチと戦慄いている。
そんな雄槍の怯えとも喜びともつかない震えを感じ取ったのか、彼女が蜜壷をゆったりと収縮させていった。
グ・・・ギュゥ・・・
「あ・・・ふ・・・」
あのほんの数分かそこらの短い時間で、彼女はもう雄の搾り方を覚えてしまったというのだろうか。
だとすれば、一切の抵抗ができぬようとぐろの中へと捕らえられた俺はきっと彼女が十分に満足するまで性戯の練習台にされてしまうのに違いない。
だが圧倒的に優位な立場に身を置きながらも何処か不安げな表情を崩そうとしない仔龍の顔を見つめ返すと、俺は僅かに身動ぎしながらも彼女を安心させるように表情を緩めていた。

ギュリ、ジョリジョリッ・・・
そんな俺の無言の呼び掛けに応えるかのように、ねっとりとした無数の花弁がヌチュヌチュという淫らな音とともに纏わりついては熱く煮立ち始めた愛液をこれでもかとばかりにペニスへと塗り込めてくる。
「くぅ・・・う、上手いな・・・」
その凄まじい快感に思わず反射的に腰を引いてしまったものの、しっかりと巻き付けられた彼女の蛇体にそんな逃避はあっさりと封じ込められていた。
更には逃げようとしたことへの制裁のように無上の柔肉へと咥えられた肉棒が突くことも引くこともできぬまま一方的にしゃぶり上げられて、1度は冷め掛けてしまった体内の疼きにも似た俺の興奮を再び揺り起していく。

グチュッ、ショリッ、ジョリリッ
「まだ・・・足りないの・・・?」
「も、もうちょっと・・・あ・・・く・・・ああっ・・・」
徐々に激しくなっていく快感に悶え狂う俺を押さえ付けるかのように尾できつく締め上げながら、それでいて彼女が自らの生み出す快楽にうっとりと蕩けた表情をこちらへと向けてくる。
真っ赤に紅潮したその仔龍らしいあどけない顔があまりに可愛らしく、それを見た瞬間に俺は膨れ上がった怒張を一舐めされて我慢の限界を迎えてしまっていた。

ビュピュッドプッ・・・ドクッ・・・
肉棒から勢いよく噴出した精が、まだまだ未発達な仔龍の狭い膣の中へと止め処なく注ぎ込まれていく。
「ああんっ・・・!」
「は・・・ぅ・・・さ、最高だ・・・うああぁっ・・・」
ギリ・・・ギリリ・・・
その上まだ射精している最中のペニスを突然甲高い嬌声とともに力強く吸い上げられて、唯一自由の利く両足と首をバタバタと暴れさせながら成す術も無くよがり狂わされてしまう。
とても初めてだとは思えぬ程のその艶めかしい愛撫と渾身の締め付けに、俺は意識だけは失うまいと必死に歯を食い縛って耐え続けていた。

「は・・・ぁ・・・はぁ・・・」
「ふぅ・・・ふぅ・・・」
それからしばらくすると、俺はようやく興奮を落ち着けて彼女とともに荒い息を吐いていた。
思ったよりもお互いに激しく暴れ回ったせいか上から掛けていたはずの布団は何時の間にかベッドの下へとずり落ちていたものの、情熱的な行為に火照った体は冷たい外気に晒された今もなお微かに汗ばんでいる。
「お前・・・凄いんだな・・・流石の俺も危うく気を失っちまいそうだったよ」
「だ、大丈夫?私、思わず力一杯締め付けちゃったけど・・・苦しくなかった?」
「そうだな・・・もしお前の母親に同じことをされてたら、多分今頃俺は泡を噴いて白目も剥いてたと思うよ」
それを聞くと、余程慌てたのか彼女が大きく目を見開いたまま何かを言おうとして口をパクパクさせる。
「ははは・・・冗談さ。正直、こんなに気持ち良かったのは初めてだ」
「もう!私、本当に心配してたんだから・・・からかわないでよ!」
ギュッ・・・
「う・・・ぐぅ・・・か、勘弁してくれ・・・」
だが彼女はそう言って俺をきつく締め上げながらプクッと頬を膨らませたものの、その数秒後にはお互いに噴き出すようにして笑い合っていた。

翌日、俺は温かい彼女の懐に抱かれたまま肌寒い朝を迎えていた。
普段なら夜明け間も無い早朝に目を覚ますのだが、今日ばかりはぐっすりと眠れたような気がする。
「ふぅ〜・・・うにゅ・・・」
そして不意に胸元から漏れてきた微かな寝言につられて仔龍の顔へと視線を向けてみると、雌雄の営みを知ったためかその幾分か子供っぽさの抜け落ちた表情には代わりに雌らしい妖しさが増していた。
だがその凛とした表情からは想像できない幼い声に、思わず噴き出しそうになるのを堪えて身を震わせてしまう。
その断続的な振動で、彼女が静かに目を覚ましていた。

「ん・・・ん〜〜・・・」
「やっと起きたか・・・ほら、そろそろ仕事に行くぞ」
「あっ・・・ま、待って・・・」
そしてそう言いながら、彼女が一晩中俺を絡め取っていたとぐろをようやく解いてくれる。
だがようやくその甘い拘束から抜け出して仕事へ行く準備を始めると、彼女がベッドの上に丸まったまま俺の背中へと小さな声を掛けてきた。

「ねぇ・・・今夜も、私に付き合ってくれる・・・?」
「ああ、いいとも。たくさん魚を獲ってきてくれるなら、たとえ毎日だって付き合うよ」
その返事を聞くと、彼女が嬉しげに布団を跳ね上げてベッドから這い出してくる。
「もちろんよ。その気になれば、魚なんていくらでも好きなだけ捕まえられるわ」
つい昨日の朝までは何とかこの寒さに耐えようと必死に身を縮めていたくらいなのに、昨夜の出来事がそれ程までに彼女を元気付ける動機にでもなったのだろうか?
だが俺よりも先に率先して外へ出ていこうとする彼女を見ている内に、何時の間にかそんな細かいことなどどうでもよくなってしまう。
そして彼女とともに寒風吹き荒ぶ家の外へと飛び出すと、俺は寒さから逃げるようにして木々に覆われた森の中へと走っていった。

彼女を気遣いながらのノロノロとした鈍行を続けた昨日とは打って変わって、洞窟へと辿り着いたのは家を出てからほんの十数分後のことだった。
これだけ早かったのは俺の装備が昨日よりかなり軽かったことももちろんあるのだろうが、彼女がその手足の短さなど全く感じさせぬ程軽快にここまで走ってこれたからに違いない。
「じゃあ、今日も頼むぞ」
やがて何時ものように松明に火を点けて真っ暗な闇に覆われた洞窟の中へそっと足を踏み入れると、俺はそう言って早速彼女を静かな水面を湛える湖へと飛び込ませてやった。
「うん、まかせて!」
仔龍らしい甲高い返事が、松明の明かりに淡く照らされた洞窟内へと反響していく。
だがそれからものの30分も経つ頃には、俺の眼前に昨日より更に多い40匹以上もの魚が積み上げられていた。

やがて今日の仕事を終えて自由な時間を得ると、私は喜び勇んで暗い湖中へと身を沈めていった。
そして真っ暗だが綺麗に澄んだ湖水にじっとを目を凝らしてみると、対岸の岩壁に沿った深い湖底に母の亡骸が少しずつその姿を現していく。
痛々しく傷付いていたはずの腹はグルリと巻かれた大きなとぐろにすっかりと隠れていて、私にはそれがまるで生前の母が私の帰りを待ちながら転寝をしているように見えた。
「お母さん、ただいま・・・」
当然のことながら母からの返事は無いものの、それにも構わずに私は先を続ける。
「私ね・・・どうしてお母さんが私をあの人間の所に送り出したのか、ようやくわかったの」
今の私に足りない物はこの世界に対する知識と経験・・・母は生前、確かにそう言っていた。
だがそれは、誰にも頼らずに独りで生きていたって何時かは身に付けられるものに違いない。
「私に本当に足りなかったのは・・・お母さんに代わって私を見守ってくれる存在だったのね」
私がそう言うと、息を引き取った時と同じ満足げな母の表情が水中で微かに揺れる。
「でも安心して・・・私、きっと立派な雌龍になって見せるから。明日も、また少し成長した姿を見せにくるわ」
そして母にそう報告すると、私は対岸に見える淡い松明の明かりへと向かって静かな水の中を浮上していった。
冷たく暗い水底で優しく微笑んだ、大きな母の愛を一心に背に受けながら。

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