とある乾燥地帯に広がる岩地の真っ只中に、人口200人程の小規模な集落があった。
その集落の中でも一際大きな酋長の家で、下は15歳から上は40歳を越えた大勢の男達が輪になって彼らの中央に置かれている大振りな陶器の壺をじっと見つめている。
だがやがて集落を束ねる酋長が姿を現すと、その場にいた全員がゴクリと緊張の息を呑んでいた。
それと同時に男達の内の半数には微かな期待と興奮の表情が、もう半数にはほとんど恐怖と言っても良い程の暗く悲壮な表情が浮かび上がっていく。
「皆の者、良く集まってくれた。それではそろそろ、今月の贄を決めるとしようかの?」
そしていよいよ酋長が彼らの顔を見回しながらそう口を開くと、普段は特に異論もなく始まる贄の抽選に珍しく物言いが付いていた。
「待ってくれよ酋長。今更だけど、どうしても贄は籤で決めなきゃならないのかい?」
「そうじゃ。もちろん、お主の言いたいことは分かっておる。希望者がいると言いたいのじゃろう?」

俺はそんな酋長の返事に、無言のままコクコクと頷いていた。
「確かに自ら贄となることを希望する者は多いが、これは公平を期す為の神様の配慮なのじゃ」
だがそう言われてしまっては、俺としてもこれ以上返す言葉が無い。
この集落が酷い乾燥地帯にありながら水不足も飢饉も疫病も無く極めて平穏な暮らしを約束されているのは、正にその神様がいるお陰だったからだ。
「それに、贄に選ばれても命まで取られるわけではない。それはクリス、お主も分かっておるじゃろう?」
「そ、そうだけど・・・分かったよ・・・」
やがて俺が折れたことを確認した酋長が、いよいよその大きな壺の中へと片腕を差し入れる。
壺の中にはここにいる男達全員分の名前が書かれた木札が大量に入っており、酋長が掴み上げた木札に名前の書かれていた男がその月の贄として神様に捧げられるのだ。

今年で17歳を迎える俺にとって、この贄を決める会議に出るのはもう20回目にもなるだろうか。
この集落で暮らす15歳以上の男は毎月15日にこうして酋長の家に集い、当月の20日に贄としてここから3キロ程離れた湖へと送り出されることになる。
まあ贄と言えば物騒だが、現実は神様にこの集落を護ってもらう為の儀式のようなものであるらしい。
その証拠に過去に贄に選ばれた男達も全員生きて帰ってきているし、何より彼らの大部分が翌月から再び贄に選ばれることを希望するようになるのだという。
だがその湖で一体どんなことが行われているのかは固く口止めされているのか誰も話してくれず、真相を知るには実際に贄に選ばれて湖に赴く必要があったのだった。
もちろん、ただそれだけならば俺だってここまで不安にはならないだろう。
俺が贄に選ばれることを極度に恐れている原因はただ1つ・・・湖に棲んでいるというその神様が、巨大な龍だからだった。

「では、よろしいかな各々方?」
「ああ、何時でもいいぜ!」
「頼むからおいらには当たらないでくれよ・・・」
贄となることを望む者、望まぬ者・・・その2つの異なる願いが、ひっそりと辺りに充満していく。
「・・・これじゃ!」
そしておもむろに酋長が1つの木札を壺の中から持ち上げると、全員の視線がその名前に集中していた。
「何とこれはこれは・・・やはり神様は、何処からか我々を見ておられるのかのう?」
「贄は・・・今月の贄は一体誰なんだ?」
「クリス・・・お主じゃ」
真っ直ぐに俺の方へと突き出されたその木札に、紛れも無い自分の名が書かれていたという衝撃。
俺は一瞬酋長の作為を疑ったものの、そんなものが有ろうと無かろうと籤で決まったことは絶対なのだ。
やがてそんな諦観に暮れる俺の複雑な心中を察したのか、酋長がゆっくりと歩み寄ってくる。

「そう険しい顔をするでない。何をそんなに怯える必要がある?」
確かに、命の危険も無く再び贄となることを希望する者も多い以上は怯える必要など無いのかも知れない。
神様とは言え得体の知れない龍が相手ということで、ただ俺が少し過剰に恐れているだけなのかも・・・
そうでも思わないと、俺は何だか大きく膨れ上がった不安に押し潰されそうだった。
だがこうなってしまった以上、どうあれ俺は5日後に贄として湖に行かなくてはならない。
そこで何が待ち受けているかは分からないが、ここまできたらもう覚悟を決めるしかないだろう。
「な、何でもないです・・・ただ、どうしても少し不安で・・・」
「全く・・・今回も贄に選ばれず、自棄酒を呷りに出て行きおった連中もいると言うのに・・・」
それはそれで問題な気がしないでもないが・・・まあ、これも酋長なりの慰めの言葉なのだろう。
「いえ・・・確かにそうですね。精々、楽しみに待つことにしますよ」
俺は精一杯の虚勢を張ってそう言うと、些か重い足取りで酋長の家を後にしたのだった。

その翌日から、俺は特に何をするでもなくただただじっと贄に出される日を待つ生活を送ることになった。
暇を持て余して例の湖へと足を運んでもみたりもしたのだが、どうやら龍の神様とやらは贄の日にしか人々の前にその姿を現してはくれないらしい。
とは言え、神龍様の棲むその湖はどんな激しい旱魃がやってきても決して干上がらず、魚を獲れば常に大漁が約束されているという、集落の人々にとっては非常に有り難い存在だった。
低い山を挟んだ南の地方では毎年のように熱波に襲われ水不足や食糧不足に苛まれているというのに、これだけの恵みをもたらしてくれるのであれば俺としてもこの仕来りに文句など言えるはずもない。
そして結局儀式については何も知らされぬまま悶々とした5日間を過ごすと、俺はいよいよ贄に出される当日になってから酋長の家へと呼び出されていた。

「さてクリス・・・いよいよお主が、今月の贄として送り出される日になったわけじゃが・・・」
「俺は湖に行って、一体何をすればいいんだ?」
「それは行けばわかることじゃよ。だがその前に、どうしても1つやっておかねばならぬことがあってな」
そう言いながら、玄関先で俺を出迎えていた酋長がそのまま家の裏手へと俺を誘導していく。
そして黙って彼の後についていくと、やがて酋長の家の裏に大きな蔵のようなものが姿を現していた。
「ここは?」
「この蔵は、贄に選ばれた者にしか存在を知らせてはならぬ特別な場所でな・・・」
贄に選ばれた者だけが知ることを許された秘密の蔵か・・・中には貴重な財宝でも眠っているのだろうか?
だがそんなことを考えながら酋長が開けた蔵の中をそっと覗いてみると、広い部屋の中央に高さ150センチ程の金属でできた細身の台座が1つだけ置かれていた。
その台座の上に、何やら美しい青色の光を放つ拳大の珠が安置されているのが目に入る。

「あれは何です?」
「あの珠は湖に棲む神龍様から授かった、命の龍玉じゃ。何よりも貴重な、この集落の宝じゃよ」
命の龍玉・・・?
こんなものがこの集落にあったなんて、俺は今初めて知った。
だが酋長の話を聞く限り、過去に贄を務めた人々は皆この珠の存在を知っているのだろう。
「さあ、あの珠を手に取るのじゃ」
「俺が?触ってもいいのかい?」
「もちろんじゃ。あれは、神龍様の贄となる者の為にあるのじゃからな」
何だか良く分からないが、取り敢えず俺が手を触れても問題は無い物らしい。
そして恐る恐る台座の上の龍玉を手に取ると、俺はその奇妙な淡い光をじっと見つめていた。
不思議な感触だ。
ほんのりとした温もりとともに、まるで心臓の鼓動のような断続的な震えを感じる。
まるでこの龍玉そのものが、1つの生物ででもあるかのようだ。

「手に取ったけど、これをどうすればいいんだ?」
「それをお主の胸に強く押し当てるのだ」
言われた通りにその青い珠を自分の胸に押し付けてみると、驚いたことに何の抵抗も無くそれが体内へと取り込まれていく。
そして龍玉が自身の心臓と1つになったかのような一体感が全身に走ったかと思うと、俺は体の内から凄まじい生命力のようなものが湧き出してくる感覚を味わっていた。
「うわ・・・ど、どうなったんだ?これ・・・」
「命の龍玉を体内に入れることで、強靭な生命力と精神力をその身に宿すことができるのじゃ」
「確かに何だか凄そうだけど、これも儀式に必要なことなのかい?」
だが俺がそう聞くと、酋長がその顔に少しばかり神妙な表情を浮かべながら声の調子を落とす。
「その通りじゃ。それが無ければ、人間は神龍様の儀式に耐えることができぬらしいからのう」
「ええっ?」

こうでもしないと人間は儀式に耐えることができない・・・?
それじゃあ、やっぱりかなり危ない目に遭うっていうことなんじゃないのか?
まあ、これで命の保証がされているというのならそれでも問題は無いのかも知れないが・・・
「まあ心配は要らぬ。これまで儀式に耐えられなかった者はおらぬことだしな」
「そ、それなら良いけど・・・でもこの龍玉、ずっと俺が持っててもいいのかい?」
「起きている間はな。眠るか意識を失うかすれば、その龍玉は自ずと体外に排出される」
成る程・・・取り敢えず、この龍玉を体に入れたまま神龍様の儀式とやらを済ませればいいということか。
今更じたばたしたところで何が変わるわけでもないだろうし、こうなったら大人しく湖に向かうとしよう。
俺はそう決心すると、再び酋長の後について湖へと出掛ける準備に取り掛かったのだった。

酋長を含め数人の付添い人に連れられて俺が湖へと辿り着いたのは、それから2時間程も経ってからのことだった。
時刻は既に午後4時を回り、快晴の空にも僅かながら夕焼けの橙色が滲み始めている。
「では、しっかりと頼んだぞ」
「帰ってきたら、宴の準備をしておくからな!」
やがてこれから自分が一体何をするかも分かっていない俺にそんな無責任な声を投げ掛けながら、他の連中が俺1人だけをその場に残してあっという間に集落へと引き上げていった。
いきなり夕暮れ前の広い湖の前に放り出されたせいか、何だか酷く寂しいような気分になってしまう。
だがしばらく湖の畔に座り込んでじっと時間を潰していると、それまで静かだった湖面がゆっくりと盛り上がっていった。
しかも、3箇所も同時に。

「・・・?」
そして一体何事かと目を瞠っていると、やがてザバッという大きな水音とともに3匹の真っ白な雌龍が水面から顔を出して地面に座っていた俺にその鋭い視線を向けていた。
「お前さんが、今回の贄に選ばれた人間かい?」
「フフフ・・・若くて中々に活きが良さそうだな・・・」
「あっ!新しい人間だぁ〜!」
姿を現すなり口々にそう言った彼女達の様子を見る限り、どうやらそれぞれに相当な歳の差があるらしい。
神々しい光沢に満ちている、純白の鱗に乳白色の角。
更には微塵のくすみさえ見当たらない真っ白な爪牙と鬣にその大きな眼までもが透き通った白眼という徹底した全身白一色の姿でありながら、体長にはそれぞれに大きな違いが見受けられる。
1番左から顔を出しているのは最年長なのか正に老龍と言った感じの巨体を誇っていて、角の根元まで達している長い眉毛が奇妙なまでに熟成された魅力と迫力を備えていた。
真ん中の白龍はそれよりは多少若いらしく、体の方も老龍に比べると2回り程小さいようだ。
そして右端から顔を出しているのは可愛らしい笑みを浮かべた幼龍で、まだ産まれてから日が浅いのか水中に隠れてはいるものの体長も精々4、5メートルくらいしかないように見える。

「い、一体何なんだ?」
「クフフフ・・・まあ、初めてなら分からないのも無理は無いさね」
「お前はこれから、私達の内の誰かとその身を交えるのだ。一晩掛けて、存分にな」
俺が・・・この雌龍達と・・・身を交える・・・?
「え?つ、つまりその・・・俺にあんた達と交尾でもしろっていうのか?」
「そうだ。尤も、実際に仔を生すわけではないのだがな」
「それにね、ほとんどあたし達に一方的に遊ばれるだけだから、あなたは何もしなくていいのよ」
だが右端の幼龍が楽しそうにそう言った次の瞬間、水中から太い龍尾が飛び出してきて彼女の頭をバシッという音とともに叩いていた。それもかなり強めに。
「あう・・・い、痛い・・・ふぐぅ・・・」
「滅多なことを言うもんじゃないよ。これはあたし達と人間達との、立派な契約なんだからねぇ」
後頭部を叩かれた痛みで涙目になっている幼龍に向かって、左端の老龍が諭すようにそう言い聞かせる。

「と、とにかく・・・俺はあんた達の中から相手を選べば良いんだな?」
「そうさ・・・なぁに、心配しなくとも命まで取りやしないよ。命の龍玉は持っているんだろう?」
「あ、ああ、持ってるよ」
確かに、こんな巨龍と一晩中交尾なんてさせられたら普通の人間じゃ命が幾らあっても足りないだろう。
あの幼龍ならそこまで激しくはならないのかも知れないが、さっきの言葉を聞く限り幼さ故の残忍さという点では他の2匹にだって引けを取らないような気がする。
「それなら安心さ。さあ、誰でも良いから早く選びな」
「フフフフ・・・忠告しておくが、姉を選ぶのは止めた方が良いぞ。後悔することになるからな」
「お黙り!お前までこんな初心な人間に余計な入れ知恵をするつもりかい?」
はは・・・何だか俺としては龍の神様というからもっとこう厳かなイメージがあったのだが、歳の離れた姉妹ということなのか彼女達同士はそこまで親密に仲が良いというわけでもないらしい。
まあそれはさて置き・・・誰を選ぶとしようか・・・?

左の老龍を選ぶ 真ん中の雌龍を選ぶ 右の仔龍を選ぶ

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