カシャッ・・・カシャン・・・
「この辺りか?」
「うむ・・・恐らくはな・・・」
長い年月によって風化の進んだ奇妙な岩地を進む、2人の逞しい男達。
鈍い銀色に輝く重厚な鎧を纏った彼らは、王宮に仕えて30年を超える大層腕の立つ兵士達だった。
どちらも中年を迎えたとはいえ、少なくとも剣と槍の腕ではこれまで若い者達に遅れを取ったことはない。
そんな誉れ高い彼らが何故このような人の近付かぬ岩地へ足を踏み入れているのかというと、それは最近即位したある若い王女の命によるものだった。
「それにしても、近頃の王女の御転婆振りには困ったものだな」
「確かにな。前の王様や王妃様は何れも民の暮らしを思って善政を敷かれたものだが、今の王女は・・・む?」
とその時、濃い黒髭を生やし赤い外套を羽織った年上の男が微かに身構える。
それに倣って、赤い羽毛をあしらった鉄兜と青紫の外套を纏ったもう1人が彼の視線を目で追っていた。

「どうやら、あの洞窟のようだな」
「しかし、幾ら何でも宝玉を身に着けたドラゴンがいるなどという噂は本当なのか?」
前方の岩陰にぽっかりと暗い口を開けている大きな洞窟を見つけて足を止めた彼を横目に、俺は長く伸ばした金色の髭を摩りながらそんな疑問の声を漏らしていた。
彼とは国を護る一兵士としてもう30年以上も共に戦ってきた仲だが、少なくともこれまで人間の敵以外を相手にした経験は1度も無い。
もちろんそれ故にこれまで負け知らずだったとも言えるのだが、それは隣にいる彼も同じであるらしく、いよいよドラゴンがいると思われる洞窟を前にした彼の顔には初めて微かな逡巡の表情が浮かんでいた。
「そんなことはワシにだってわからぬ。だが、曲がりなりにも王女の命令だ。確かめぬわけにもいくまいよ」
「確かに・・・それに、俺も興味が無いと言えば嘘になるしな」
そんな俺の返事を聞き届けてから、彼が慎重に足音を殺しながら1歩1歩まだ遠くに見える洞窟へと近付いていく。
背中に担いでいる長いランスの先端がユラユラと左右に揺れてはいるものの、流石に歴戦の英雄の1人に数えられるだけのことはあり、彼のすぐ傍にいる俺の耳にさえ聞こえてくるのは鎧の擦れる微かな音だけだった。

まだ16歳を迎えたばかりの王女が突如として玉座に座ることになった理由・・・
それは、前王が重い流行病に倒れたことが原因だった。
ただでさえもう70歳も近い高齢だというのに元々お体もあまり強い方ではなく、病の流行が止んだ後も前王の容態が快方へと向かうことは最後までなかったらしい。
幸いまだ比較的若い王妃の方は病の魔の手から逃れることが出来たものの、高熱を上げて日に日に弱っていく夫の看病で政治どころではなくなってしまったというのが実情だった。
だがその前王も王女が玉座に就いてから4日後に息を引き取ってしまい、王妃はそれからショックのあまり自室で塞ぎ込む日々が続いている。

尤も、王女も16歳の娘とはいえ政治の方は両親の采配を見ていたことや忠実な側近達からの助言もあって国民に余計な負担を掛けない程度には上手くやっているそうだ。
とは言え、そんな彼女も権力という仮面を脱ぎ捨てれば何処にでもいる1人の年頃の娘。
あれが欲しいこれが欲しいと我が儘を言って大臣や我々のような兵士を困らせることもあれば、とても実現できそうにないような無理難題を要求することもさして珍しいことではない。
そして一体何処でそんな噂を聞き付けてきたのか、今回彼女の出した要求は国領に程近い岩地に棲むドラゴンが身に着けているという美しい宝玉が欲しいというものだった。

ドラゴンが身に着けている宝玉か・・・
確かに、もし本当にそんなものが実在するのならそれが大層価値のある物であろうことは容易に推察できる。
これまで王女の無茶な要求をも頑なに断り続けてきた我々が初めて重い腰を上げたのは、それを確かめてみたいという個人的な好奇心に衝き動かされた部分が大きかったのは言うまでも無い。
やがてそんな物思いに耽っている内に先を行く彼との間に随分と距離が開いてしまったことに気が付いて、俺は腰に差した大剣の柄を握り締めながら彼と同じように静かに洞窟へと近付いていった。

まるでそれ自体が巨大な生物の口腔であるかのような、不気味な程に薄暗い洞窟の入口で彼が静かに立ち止まる。
そして俺も少し遅れて彼のもとへと辿り着くと、洞窟の中を覗き込んでいた彼が低い声で呟いていた。
「聞こえるか?」
そう言われて耳を澄ましてみると、グオオォッというまるで寝息のような音が洞窟の外にまで漏れてきている。
どうやら、この洞窟の主は深い眠りに就いているらしい。
「これはいい知らせだな」
「そうとは限らん。何せドラゴンと言えば、人間なんかよりも遥かに狡賢いことで通ってる連中だからな・・・」
それは、このドラゴンが眠った振りをして我々を誘き寄せようとしているということか?
だが少なくとも風の吹き込まない洞窟の奥深くには人間の匂いもほとんど届かないだろうし、仮にこの未だ見ぬドラゴンが我々の存在に気が付いたとしてもいきなり狸寝入りを決め込むとは考えにくい。
とは言え俺にとっても彼にとっても初めて出遭うであろう未知の敵であることに変わりはないのだから、どんな小さなことにも用心するに越したことはないということなのだろう。

「どうする?」
「まずは本当にこの奥にいるドラゴンが宝玉なんて物を身に着けているのか、それを確かめるとしよう」
「よし」
俺は彼の言葉にそっと頷くと、曲がりくねった洞内へと静かに足を踏み入れていった。
幾つもの歪な岩が積み重なってできた自然の洞窟なのか天井にはあちこちに大小様々な隙間が空いていて、そこから微かな陽光が申し訳程度に降り注いできている。
そのお陰で松明を焚かなくても辛うじて先を見通せる程の照度は確保できていたものの、やはり闇の中を手探りで歩くのはあまり心地の良いものではない。
しかもこの先にいるのは、重々しく響く寝息からだけでもそれとわかる巨大な体躯の持ち主なのだ。
だがやがて洞内の反響でくぐもっていた寝息が直接耳に届くところまで奥に進むと、天井から差し込む無数の光のシャワーを一杯に浴びて眠っている1匹のドラゴンの姿が目に飛び込んできた。

ブヨブヨとした柔らかそうな皮膚を全身に纏う、でっぷりと太った雌の老竜。
その背中側を覆った真紅の体色と腹側を覆う純白の体色が見事なまでのコントラストを演出し、薄いながらも丈夫そうな翼膜を張った1対の翼が小さく折り畳まれて呼吸とともに揺れている。
大きな顔に浮かんだ長い年月を生きてきたのであろう威厳のある表情は一時の安らぎに蕩けていて、初めてドラゴンというものを目の当たりにした俺にもこの眠り方が演技でないことは十分に確信できていた。
もし本当にこれが俺達を誘き寄せるための罠だったとしたら、素直に完敗の白旗を上げてやるところだろう。
「見ろ、あれだ」
そしてほとんど囁き声にも似た彼の低い声に視線を動かしてみると、その太い首と翼の付け根に当たる部分に黄金でできた巨大なネックレスのようなものが嵌まっていた。

まるでこのドラゴンのために作られた物であるかのように違和感なく身に着けてはいるものの、あれは恐らく王族の馬を着飾るための装飾馬具の1つだろう。
中央に嵌め込まれた透き通るような青い宝石が明るい金の輝きに引き立てられ、その左右に2つずつ埋め込まれた小さなダイヤモンドを高貴に従えている。
更には胸の前に当たる尖った先端部分からは丹念に磨き上げられた六角柱の紫水晶が吊られていて、それが不思議な妖艶さすら醸し出す老竜に驚く程の美しさを添えていた。

これではまるで、ドラゴンの女王といった風情だな・・・
俺の抱いたそんな印象には彼も同調したらしく、思わず彼と一瞬だけ顔を見合わせてしまう。
だが我々の目的は、あのドラゴンが身に着けている金の馬具なのだ。
今は顔を緩ませているものの、本来このドラゴンがどれ程険しい表情を浮かべているのかは想像に難くない。
それはつまり、このドラゴンの凶暴さの裏返しでもあった。
だとすれば、武器を持った我々に無防備な腹を見せて眠っている今こそこのドラゴンを仕留める最大の好機であることに微塵も疑いの余地はない。
そして目配せした彼と呼吸を合わせるようにそっと愛用の武器を両手に構えると、俺は柔らかく波打っているドラゴンの腹へ向けて彼のランスとともに大剣の切っ先を力一杯突き出していた。

ズドッ・・・!
ふくよかなドラゴンの腹に突き立てられた剣先から伝わる、獲物を仕留めた確かな手応え。
だが次の瞬間、そのまま心臓まで突き通すはずだった剣の先端がまるで弾むように跳ね返されていた。
「うおっ!」
「うぐっ・・・!」
腹の表面を覆った薄布のようでいて丈夫な皮膜が鋭い剣とランスの穂先をあっさりと受け止め、弛んだ柔肉がそれを力強く押し戻してきたのだ。
やがて渾身の力を込めた我々の攻撃にも傷1つ付くことのなかった大きな腹を揺らしながら、ドラゴンが何事も無かったかのようにゆっくりと目を開けていく。
「何だい、お前達は・・・?このあたしの眠りを邪魔してくれるなんて、随分と命知らずな連中だねぇ・・・」
そしてその瞳の見えぬ冷たいドラゴンの白眼に睨み付けられた瞬間、俺は冷たい汗が背中を流れ落ちる感触を味わっていた。

もちろん、こちらにも逃げるという選択肢がなかったわけではない。
洞窟の入口へと続く道は相変わらず我々の背後に伸びているし、流石にドラゴンもこの巨体では素早く追って来ることはできないだろう。
だが長年愛用してきた武器が依然としてまだ手元にあったことと、これまでずっとともに戦ってきた信頼できる仲間がすぐ傍にいるという2つの事実に俺は既に正常な判断力を奪われてしまっていた。
そしてランスを構え直した彼と再び視線を交わしながら、2人でドラゴンを挟むように左右へと別れていく。
1番確実に攻撃できるはずの最初の一撃は不覚にも失敗に終わってしまったものの、初めて見るドラゴンの弱点は思いの外あっさりと目星が付いていた。

相変わらず地面の上に寝そべった体勢のままじっと我々を睨み付けているあのドラゴンの眼・・・
いかにその身を強靭な皮や鱗で覆おうとも、眼は全ての生物が共通して持っている急所なのだ。
そしてそれは、全く未知の存在であるドラゴンでさえ例外ではないだろう。
俺とともにドラゴンを挟み込んだ彼も同じことを考えているのか、敵との間合いをジリジリと詰めながら慎重にランスの穂先に意識を集中している。
ズ・・・ブゥン!
だがいよいよ前後から同時にドラゴンへと飛び掛かろうとしたその刹那、地面に投げ出されていたせいでそれまで全く存在感の無かったドラゴンの尾が勢いよく振り回されていた。

長年の間に培われてきた豊富な戦いの経験故か俺も彼も危険を感じた瞬間に持っていた武器を地面に立てて素早く防御の姿勢を整えたものの、巨竜の強烈な尾撃が双方の武器を一瞬にして真っ二つに圧し折ってしまう。
ベギャッ!
バキッズドッ!
更には太いランスと大剣を砕き彼の体を掠めたドラゴンの尾が、剣を失って無防備に曝け出された俺の横腹に激しく叩き付けられていた。
「かっ・・・はっ・・・」
2つの鉄塊を破壊したお陰で大分威力も衰えていたはずだというのに、厚手の鎧の上から食らったその予想以上の衝撃に思わず息が詰まってしまう。
やがて苦悶に崩れ落ち掛けた俺の片足にシュルッという音ともにドラゴンの尾が巻き付けられたかと思うと、俺は思い切り足を持ち上げられて敢え無くその場に引き倒されてしまっていた。

ドスゥン!
「がはっ・・・!」
更には地面に背を打ち付けた衝撃も収まらぬ内に、ドラゴンがその大きな腹で俺の上に覆い被さってくる。
一瞬にして想像を絶する程の凄まじい重量が全身に預けられたという恐ろしい感触に慌ててもがいてみたものの、俺は既にドラゴンの腹下へこれ以上ない程にしっかりと組み敷かれてしまっているらしかった。
「ぐおっ!?」
そして捕らえた獲物を見つめるドラゴンと目を合わせた途端に、今度は彼の慌てた声が俺の耳へと届いてくる。
一体何事かと思って声のした方へと唯一自由な首を振り向けてみると、そこでは一瞬の虚を衝かれたのかドラゴンの長い尾に絡め取られて力無くもがいている彼の姿があった。



「おやおや・・・随分と大仰な格好をしている割には、手応えの無い連中だねぇ・・・」
「ぐっ・・・くう・・・は、放せ・・・うあああっ・・・!」
メキメキメキ・・・
あまりにも巨大な腹下から逃れようと暴れるように身を捩った途端、ドラゴンがクスッと嘲るような笑みを浮かべながらほんの少しその体重を上乗せしてくる。
その人智を超えた強烈な圧迫には流石に頑丈な鋼の鎧も耐え切れなかったのか、金属の拉げる不気味な音とともに俺の下半身がゆっくりと押し潰されていった。
何とか腹に敷かれていない右腕を突っ張ってドラゴンの巨体を押し退けようとしてみても、必死で突き出した手の先はブヨブヨとした白い柔肉の海へと沈んでいくばかり。
やがてそんな絶望的なまでの無力感が、逃れようのない死の予感となってジワジワと俺の心を侵し始めていた。

「た、助けて・・・くれ・・・はあぁっ・・・」
ミシミシ・・・メキ・・・ビキッ・・・
自らが殺そうとした敵に向かって哀願するという、兵士としては屈辱的な命乞いの言葉。
しかし恥を忍んで漏らしたその声にも、ドラゴンは愉しそうにその白い目を細めただけだった。
やがて何の前触れも無いままに、眼前を覆い尽くすドラゴンの腹が更に俺へと圧し掛かってくる。
そしてついに顔の上にまでそのモッチリとした巨大な肉塊を載せられると、俺は最早暴れる気力すら失ってただただ恐ろしさにガタガタと震え上がっていた。

「クフフ・・・もう抗わないのかい?あたしは、無力な獲物の最後の悪足掻きが1番好きなんだけどねぇ・・・」
そう言いながら、ドラゴンが俺の恐怖を煽るようにゆっくりと腹を揺らしていく。
だがそれでも俺に動く気配がないことを確かめると、いよいよ俺を押し潰さんと巨竜の全体重が預けられてきた。
ズシッ・・・バキ・・・ミキミキ・・・
「ひ、ひいぃ・・・」
鎧の砕けていく嫌な音とともに、体が少しずつ挟み付けられていくような感触が強くなってくる。
先程までは自由だった右腕も今はもう柔肉の下敷きとなり、俺は既に文字通り指1本さえ動かすことができなくなっていた。
「う・・・ぐああぁ・・・」
ベキベキッ・・・ドシャァッ・・・!
そしてついに着ていた鎧が砕け散った次の瞬間、巨体が地面に叩き付けられた重々しい音が洞内に響き渡った。

「あ・・・あぁっ・・・」
眼前で成す術も無くドラゴンに押し潰された戦友の無残な最期を目の当たりにして、ワシはそれまで喉元で堰き止められていた声を辛うじて絞り出していた。
そこにあったのは親しい友人を失ったという悲しみでもなければ、彼をまるで虫けらのように捻り潰したこの残酷なドラゴンに対する怒りでもない。
1人目の獲物にとどめを刺してこちらを向いたドラゴンと目が合った瞬間このワシの心を支配していたのは、次は自分の番だという非情な現実に裏打ちされた恐怖の感情以外の何物でもなかったのだ。
そしてそんなワシの怯えを敏感に感じ取ったのか、ドラゴンは心底嬉しそうな笑みをその顔に浮かべていた。

「次はお前だよ・・・さぁて・・・お前は一体どんな風に料理しちまおうかねぇ・・・クフフフ・・・」
長い尻尾をたったの一巻きされただけで何もできずにいるワシをニタニタと眺めながら、やがてドラゴンがそんな血も凍るような脅し文句をワシの耳元へと囁いてくる。
「や、止めてくれ・・・ワ、ワシらが悪かった・・・だから・・・」
だがあの男の必死な命乞いさえ涼しく聞き流したこのドラゴンがワシの言葉などに興味を示すはずもなく、ワシは更にもう一巻きグルンと太い尻尾を胸元に巻き付けられてしまった。
そして無駄だと知りながらその拘束を解こうと身動ぎした瞬間、屈強なドラゴンの尾が一気に引き絞られる。
ギリリッ・・・メシメシッ・・・バキッ・・・メキ・・・
「あ・・・がぁ・・・」
その腹と同じくモチモチとした無上の柔らかさを誇る尻尾だというのに、あまりにも強烈な締め上げに胴体を護っていた鋼の鎧が粉々に砕け散っていた。

カラン・・・カラカラ・・・
鎧から弾け飛んだ鉄片が鳴らしたらしい乾いた音が、肺を締め付けられる息苦しさに霞んだ頭の中へと反響する。
「かはっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
今は尻尾のとぐろも微かに緩んでいるものの、また何時あの恐ろしい締め付けを味わわされるかと思うとワシは迂闊に声を漏らすこともできずに荒い息を吐いたままグッタリと項垂れていた。
正直ワシは兵士として30年以上もの長い間に経験してきた幾多の戦いの中でも、死というものがこれ程までに恐ろしいものだと思ったことは1度もなかったことだろう。
激しい戦いの最中に命を落とすことはもちろん覚悟しなければならないことだが、それは言うなればあっと言う間に通り過ぎては混沌と喧噪の最中に消えていく一瞬の出来事でしかない。
だが、こんな風に抵抗も許されぬままゆっくりと嬲り殺しにされるとなれば話は別だった。
終始喜悦の笑みを浮かべているこのドラゴンの頭の中は、既に声すら上げられぬ程に弱った獲物にいかに溜飲の下げられる残酷なとどめを刺してやろうかという思いで一杯なのに違いない。
そしてそこに如何なる結論が下されようとも、ワシはもうそれに異議を唱えることさえできないのだ。
「クフフフ・・・」
やがて眼前で小さな笑い声を上げるドラゴンの口元からさり気無く覗いた鋭い牙が、弱り切ったワシの心を更に深い深い絶望の淵へと追い詰めていった。

「お前はさっきの人間と違って、なかなかあたし好みのいい顔をしてくれるじゃないか・・・ええ・・・?」
そう言いながらその分厚い舌でワシの頬をペロリと舐め上げると、ドラゴンが更に一巻き二巻きととぐろの上から新たな尻尾を巻き付けていく。
そして鎧に覆われたワシの体が完全にその赤と白の肉塊の中に埋もれてしまうと、今度は胸どころかまるで体全体を締め潰さんばかりの凶悪な締め付けが襲い掛かってきた。
ギュゥッ・・・メキャッ・・・ギギ・・・グシッ・・・ボキボキボギッ・・・
「う・・・あっ・・・ぐあああぁ〜〜〜!」
ほとんど無造作に巻き付けた尻尾を力任せに引き絞られたせいか、太い尾と尾の間に挟み潰された両腕が骨の砕ける音とともに凄まじい激痛を訴えていく。
だがそれでも自分では何をどうすることもできず、ワシは辛うじて呼吸の出来る口からただただひたすらに苦悶に彩られた悲痛な叫び声を上げ続けていた。

ズズ・・・ドシャンッ・・・
「あ・・・ぅ・・・」
それから、一体どれくらいの時間が経ったのだろうか・・・?
ようやく恐ろしい柔肉の監獄から解放されて地面の上へと倒れ込むと、結合部から砕けて粉々になった鎧の破片がワシの周囲へ無数に零れ落ちていた。
両腕と右脚の骨は容赦の無いドラゴンの締め付けに折れてしまったらしく、今はもうジンジンとした熱さとともに大きな心臓の鼓動を反響するだけになっている。
「ふぅん・・・あれだけ痛め付けられてもまだ息があるなんて、ちょいとばかり驚いたねぇ・・・」
「ぐ・・・かふっ・・・ワ、ワシを一体・・・どうする・・・つもりなのだ・・・?」
そして何処か内臓を痛めたのか喉元に込み上げてきた血を吐きながら漏らしたその言葉に、ドラゴンは何か悪戯を思い付いた子供のように妖しげな薄ら笑いを浮かべていた。

「なぁに、お前もこいつと同じ最期を迎えるだけさ。お前は、随分といい声で鳴いてくれそうだからねぇ・・・」
「なっ・・・あっ・・・」
そんなワシの弱々しい声に返ってきたドラゴンの言葉に、ワシは数瞬の間を置いて顔を蒼褪めさせていた。
彼と同じ最期・・・それが何を意味しているのかは、先程目の前で嫌という程にはっきりと見せ付けられている。
だがここから逃げ出そうにも粉々に砕けてしまった手足は既に用をなさず、ワシはまるで焼け付く炎天の熱さにのた打ち回る芋虫のようにその身をくねらせることしかできなかった。
そしてそんな無様な敗者の背中へ、圧倒的な柔らかさと重量を誇るドラゴンの腹が静かに覆い被さってくる。
「よ、よせ・・・頼む・・・やめてくれぇぇ・・・」
「クフフ・・・こいつはあたしの昼寝を邪魔した報いさね。そぉら、ゆっくりと押し潰してやるからねぇ・・・」
ミシッ・・・ズッ・・・メリメリメリ・・・
「ひっ・・・た、助け・・・うあああああぁぁ〜〜〜・・・!!」
徐々に柔肉の下敷きとなって跡形も無く潰されていくというあまりの恐ろしさに、ワシは長い長い断末魔の声を上げながら早く意識が昏い闇の中へ落ちていくことを心の底から願っていた。

「もう日も暮れるというのに、2人とも遅いわね・・・」
もう間もなく晩餐の時間を控えて微かな慌しさを見せ始めた城内の様子に、私は傍にいる衛兵や大臣達に聞こえぬ小さな声でそう呟いていた。
私が生まれる遥か以前からこの国の為に忠誠を尽くしてくれている者達なだけによもやドラゴンの宝に目が眩むようなことは考え難いのだが、それは同時にある別の可能性をも意味している。
それは大臣を初めとした周囲の者達も同様に感じている悪い予感であるらしく、夜の帳が近付いてくる程に城内の雰囲気も何処か重苦しいそれへと変わっていくのが私にもわかっていた。

「王女様・・・如何なされますか?」
とその時、どうしてよいのか自分でも分からなくなり掛けていたところへ心配そうな大臣の声が聞こえてくる。
「ドラゴンの棲む岩地へ向かったあの2人は、云わばこの国の英雄。このまま放っておくわけにはいきませんぞ」
「わかっているわ・・・でも、彼らにもしものことがあったら私はどうしたら・・・」
もしかしたら自分の一言が原因で大切な兵士達を死なせてしまうかも知れないという思いが、一国の指導者としてはまだまだ未熟な私の心をきつく締め付けていった。
「とにかく・・・もし明朝になっても彼らが戻らなければ、兵士達に捜索の命を出した方がよろしいかと・・・」
「そ、そうね・・・そうするわ」
だが大臣の言葉に一応そう返事を返してはみたものの、その結果がどうなるのかは既に予想がついている。
時折隣国からの近道としてあの岩地を通ってくる行商人から聞いたちょっとした噂話が、まさかこれ程の大事にまで発展するとは・・・
やがて暗い雰囲気に恐る恐るやってきた召使い達から晩餐の支度が整ったことを知らされると、私は他の者達とともに食堂に向かいながら王女という立場にある自分の責任の重大さを痛感していた。

何だか、今日は心なしか皆暗い顔をしているな・・・
まだ衛兵として雇われて日が浅いせいか晩餐を間近に迎えた食堂の前での退屈な警備をこなしながら、僕は次々と前を通り過ぎていく大勢の重臣達の間に何とはなしに暗い雰囲気が漂っていることに気が付いていた。
ある者は落ち着かない様子で窓の外へ目を向けてみたり、またある者は隣にいる他の人達と真剣な面持ちで何やら小声で会話をしていたりと、何も知らぬ僕から見ても何かが起こっているらしいことは容易に想像が付く。
だが彼らに少し遅れてやってきた大臣と王女の不安に沈んだ表情を見て、僕はそれまで抱いていた奇妙な違和感が決して気のせいなどではないことを確信していた。
やがて晩餐に集まった全員が食堂に入っていったことを確認すると、僕も扉を閉めながら中へと滑り込んでいく。
そして僕が最後に食堂の入口から1番近い末席へそっと腰掛けたのを見計らって、おもむろに椅子から立ち上がった大臣が動揺を押し殺しているのだろう粛々とした声を張り上げていた。

「諸君、本日も大変ご苦労であった。だが残念なことに、今日はどうやら皆で浮かれ騒ぐことはできそうにない」
その大臣の言葉を聞いて、僕を含めてまだ事情を知らぬ何人かの兵士達に微かなどよめきが走る。
「実は今日、王女の立っての願いを聞き入れんがために2人の勇敢な兵士達が西の岩地へと向かったのだ」
2人の勇敢な兵士?まさか・・・
「その2人とは我が国の英雄、アーサーとボールスだ。だが日没を迎えた今も、彼らはまだ戻ってきていない」
やっぱりそうか・・・この国で暮らしている人間で、彼らを知らない者は恐らく誰もいないことだろう。
それ程までに、彼らはずっと昔からこの国のために忠誠を尽くし勇敢に戦いへと身を投じてきたのだ。
3年前に他国との戦いで命を落としてしまった元兵士の父も、生前は何度も彼らに窮地を救われたと話していたのを覚えている。

実際、身の丈程もある大剣やランスをまるで小枝を振り回すかのように軽々と扱う彼らの強さはそこらの兵士が10人束になって掛かっていっても敵わない程に凄まじいものだった。
だがそんな彼らが揃って行方不明になったというのならば、確かに重大事件だと言っても過言ではないだろう。
それに西の岩地と言えば、これまでにも何度か巨大なドラゴンの姿が目撃されている場所だ。
大臣もその王女の願いというものが一体何だったのかについてまでは話すつもりがないようだったが、きっとそれも彼らの失踪と丸っきり無関係というわけではないのだろう。
「だからもし万が一明日になっても2人が戻らなかったときは、兵士諸君に彼らの捜索をお願いしたいのだ」
そしてその言葉に大勢の兵士達が無言で頷いたのを見届けると、ようやく大臣が食事の開始を皆に告げていた。

流石に食事の直前にあんな話を聞かされてしまっては、大臣の言った通り楽しく浮かれて騒ぐような気分にはなれそうもない。
それは他の皆も同じらしく、その日の晩餐は普段とは打って変わって誰もが黙々と料理に手を付けていた。
だが例の2人が戻ってこない理由はともかくとしても、王女が今度は一体どんな願い事を彼らに言い付けたのかについてはどうしても気になってしまう。
流行病で亡くなった王と心を痛めてしまった王妃に代わって事実上の女王として即位してから間も無く、彼女が事ある毎に無茶な願い事を大臣や兵士達に依頼しているらしいことは僕も知っていた。
まあそのほとんどは珍しい宝石や骨董品、或いは貴重な草花の類だったそうだから、今回も恐らくはそれに近い物を欲しがったのに違いない。

尤も、幾ら若いとは言っても彼女は王族。
それが金銭で買えるようなものであれば何時だって手に入れることができるだろうし、だからこそあまり真剣に彼女の依頼に耳を傾ける者がいなかったとも言えるだろう。
そしてそれは行方不明になった2人の英雄、アーサーとボールスにとっても同じことだった。
少なくとも僕がこの城の衛兵として雇われた2ヶ月程前からだけでも、彼らが王女の頼み事を聞いて何処かへ出向いていったことは1度も無かったはずだ。
それが、今回に限って一体何故・・・そんな好奇心にも似た思いが、食事中はあまり余計なことを考えないようにしているはずの僕の脳裏を幾度も幾度も飛び回っていく。
果たして大臣にそのことを訊いても答えてくれるかはわからなかったものの、僕はこのままでは気になって夜もロクに眠れないと思いながら晩餐の時間が終わるのをじっと待ち続けていた。

それから、更に20分程の時間が経った頃だろうか・・・
何時もなら酒を飲みながら誰もが大声で羽目を外している時分なのだが、今日に限っては食事を終えた者から静かに席を立つのが半ば暗黙の了解のようになっている。
やがてしばらくして大分食事をしている人の数も疎らになったところでようやく大臣と王女が立ち上がったのを見て取ると、僕は慌てて、しかし今し方食事を終えたかのような自然な振る舞いを装いながら腰を上げていた。
そして食堂から出た所で前を行く2人に追い付くと、あまり重い雰囲気を感じさせぬように彼らへと声を掛ける。
「あ、あの・・・大臣」
「ん?そなたは・・・新入りの衛兵だな。どうかしたのかね?」
「いえ、その、ちょっとだけお訊きしたいことがありまして・・・」
それを聞くと、大臣は僕に気を利かせてかそばにいた別の衛兵に王女の供を言い付けて彼女を先に自分の部屋へと返してくれていた。

「それで・・・訊きたいことというのは何だね?」
「行方不明になっている2人のことについてです。王女様は、彼らに一体何をお言い付けになったのですか?」
「ああ、そのことか・・・話してもよいのだが、ここではまずいな。場所を変えるとしよう」
そう言いながら、大臣が僕をそっと人目に付かない通路へと誘導する。
「明日になれば捜索の兵士にも伝えるつもりだったから、本来なら特に隠し立てすることでもないのだが・・・」
「ではどうして・・・?」
「誰も口には出さぬが、事情を知っている者達の間では彼らの生死について悲観的な者が少なくないのだ」
少なくとも僕の知る限りでは1度も戦いに敗れたことのないあの2人が、もう生きていないかも知れない・・・?
まさか・・・一体何をどうしたら、そんなことが起こり得るというのだろうか?

だが続いて大臣の口から語られた王女の依頼の内容に、僕は正直言って驚きを隠せなかった。
「王女は、誰かから西の岩地に棲むと言われるドラゴンが美しい宝玉を身に着けているという噂を聞いたのだ」
「じゃ、じゃあ・・・その宝玉を・・・?」
「その通り。だが、相手はこれまでにも何度か人間を襲ったこともあるという恐ろしい怪物なのでな・・・」
成る程・・・だからこそ、戦いにおいてはこの国でも最強を誇るあの2人の出番だったというわけか。
それに、彼ら自身もドラゴンの身に着けている宝玉というものに個人的な興味があったのだろう。
「しかしドラゴンとの戦いに出掛けて戻らなかったということは、恐らく彼らはもう生きてはいないだろう」
そしてふとした拍子に大臣が漏らしたそんな沈んだ一言に、僕もまた彼らの纏うある種の悲壮感のようなものを背負ってしまっていた。

その翌日、僕は兵士達の詰め所で少しばかり遅い朝を迎えていた。
明日は週に1度の非番の日だから今夜は家に帰ることができるだろうが、城の衛兵や兵士達は基本的にこの詰め所で仮眠を取りながら交代制で警備に当たるというのが国の慣わし。
僕も本来なら今日は昼過ぎから深夜にかけての任務に就くはずだったのだが、大勢の兵士達がアーサーとボールスの捜索に駆り出されることもあって予定が繰り上げられたのだ。
尤も今回は2人を探す内にドラゴンと戦うようなことになる場合も考えられるため、捜索に当てられたのは何れも戦場である程度の武功を立てている者達が20名ばかり。
そして僕は彼らが抜けた代わりに城の警備に当たり、おとなしく報告を待つ立場となっていた。
まあ、それも致し方の無いことだろう。
何しろ、相手は歴戦の勇士であるあの2人が敵わなかった程の化け物なのだ。
僕なんかがそんな恐ろしいドラゴンに出遭ってしまったとしたら、きっと武器を構える間もなく餌食にされてしまうに違いない。
捜索の結果が気になるせいで今日1日は悶々とした気分で仕事にも身が入らないだろうが、それでも黙って事態の進展を見守る側についていたいというのが今の僕の本音でもあった。

「何!?あれだけの大人数で探したのに、2人はおろかドラゴンの住み処さえ見つからなかったというのか?」
やがて晴れた空に浮かんでいた太陽が朱を帯びて西の岩地の向こうへと沈み掛けた頃、近くの大臣の部屋からそんな声が漏れ聞こえてきていた。
どうやら、捜索を終えて戻ってきた兵士長から結果の報告を受けているところらしい。
「は、はい・・・かなりの広範囲に亘って隈なく探させたのですが、手掛かりとなるようなものは何も・・・」
「ううむ・・・仕方ない・・・取り敢えず、王女にはその通りに伝えるとしよう」
20人もの兵士達が手分けして探したのに、ドラゴンの住み処も見当たらなかっただって・・・?
ということは、今回の捜索は完全に無駄足に終わってしまったということなのだろう。
やがて大臣と兵士長が部屋から出てくると、僕は彼らがそのまま王女の部屋に入っていくのをそっと見守ってから通路の見回りへと戻っていった。

その日の夜・・・
今日も昨日以上に静かな晩餐を終えると、僕は詰所へ戻る前に最後の見回りを済ませようともうほとんど出歩く人の姿も見えなくなった城の中を一通り回ることにした。
捜索が何の成果も上げられなかったことで昨日まで何も知らなかった兵士達も絶望的な思いに駆られているのか、時折通路で擦れ違う誰もが暗澹とした遣る瀬無い表情を浮かべている。
だがやがて人気のない最上階を歩いていると、ふと薄暗い前方の通路を音も無く横切る存在があった。
特に早足というわけではなかったものの、何処か急いでいるというのか、何となく焦っているような雰囲気が遠くから見ていた僕にも伝わってくる。

あれは・・・王女・・・?
本当ならばこんなことはすべきではないのだが、僕は時期が時期なだけに彼女が一体何処へ何をしに行くのかを確かめてみたい衝動に駆られてしまっていた。
そして王女に気付かれないようにそっと後を尾けてみると、やがて王妃の部屋の前で彼女の足が止まる。
「お母様・・・入りますわ」
それに続いて、コンコンというノックの音とともにそんな王女の低い声が僕の耳にも届いてきた。
前王が亡くなってからは食事も召使い達に運ばせてほとんど部屋に閉じ籠っている王妃に、僕は以前ほんの数回だけ顔を合わせた事がある。

あれはもう、3ヶ月程も前のことだろうか・・・
僕がこの城に雇われてすぐ、まだ王が病床に伏せっていた頃のことだ。
僕は王女よりも早くに、町中に蔓延した流行病で不運にも父を亡くしていた。
一家の稼ぎ頭を失って生活は一気に苦しくなったものの、19歳という若さだけで特に手に職も無い僕がそう簡単に仕事など見つけられるはずもなく、一時は悲しむ母とともに路頭に迷うことを覚悟した程なのだ。
あの時の先行きの見えない不安を思い出すだけで、今も背筋が寒くなる思いがする。
だがそんな僕を城の衛兵として雇い入れ、公務の補助金で母の生活をも保障してくれたのが当時の王妃だった。

もちろん、僕の他にも同じような厚遇を受けた者は数多くいるらしい。
王妃も前王共々それだけ国民に対して配慮のある人物であっただけに、失意の底に沈んでしまった彼女を心配する人々の声はとても多かった。
そして母親からの返事があったのか、しばしの間を置いて王女が静かに王妃の部屋の中へと入っていく。
滅多に人目に付かない生活を送るようになってしまった王妃は、一体今どうしているのだろうか・・・?
しばしの葛藤の果てに誰もが心の何処かに持っているであろうその好奇心に良心が打ち負けてしまうと、僕はいけないことだと思いながらもそっと足音を立てぬように王妃の部屋の前へと近付いていった。
やがて豪奢な装飾の扉が近付いてくるにつれて、部屋の中で交わされている・・・
いや、まるで独り言のような王女の小さな声が漏れ聞こえてくる。

「お母様・・・あの2人は、今日も見つかりませんでしたわ・・・」
あの2人・・・恐らくは行方不明のアーサーとボールスのことだろう。
やはり人前ではあまり負の感情を表に出さないようにしている彼女も、内心では彼らのことが心配で心配で仕方がないのだ。
「私はただ、お母様に早く立ち直ってもらいたくて・・・お母様に喜んでもらいたかっただけでしたのに・・・」
唯一安心できる母親の前で涙ぐんでいるのか、そんな感情の混じった彼女の声に時折微かな嗚咽が混じっている。
「もし彼らが戻らなかったら、私は一体どうしたら・・・ねぇ・・・お母様・・・」
そうだったのか・・・王女が即位した後、突然貴重な品々を欲しがるようになった背景には、塞ぎ込んでしまった王妃を元気付けようという彼女なりの考えがあったのだろう。
だが所詮は道楽だろうと周囲の人々にもまともに取り合ってもらえず、ようやくこの国を代表する2人の英雄がその重い腰を上げてくれたと思った矢先にこの事態なのだから、王女の心痛は計り知れないものがある。
それに誰もが王女の我が儘を知っているというのに政治についてはこれと言って不満の声が上がっていないのも、彼女が必死に両親の敷いた善政を守ろうと努力している結果に他ならない。
幸せな暮らしを謳歌していたはずの16歳の娘が突然一国を統べるという重大な責任を負わされて、彼女の心は周囲から寄せられる様々な重圧に早くも押し潰されそうになっているのだ。
それで夜な夜な王妃が立ち直ってくれるようにと部屋を訪れては、大臣や側近の者達にも見せぬ苦しみを訴えていたのだろう。

何とかして、彼女を救ってあげたい・・・
最早啜り泣きのようになってしまった王女の声を聞いてその場を離れると、僕は密かにそう心に決めていた。
僕の母も、父が亡くなってからしばらくは深い悲しみに沈んでいたものだ。
そしてその時、僕は父を失うことよりも気落ちした母の姿を見ることの方が何倍も辛いことに初めて気が付いた。
人は自分の悲しみを乗り越えることはできても、他人の悲しみを癒やすことは決してできないのだ。
唯一してやれることがあるとすれば、それはその人が自力で悲しみを克服できるように元気付けること。
だがどんなに周囲が後押しをしてみたところで、結局最後は自分自身の力で立ち上がらなければならない。
そんな自分だけではどうにも思い通りに行かぬ苦しみを、あの王女もまた人知れず味わっていた。
それに早く王妃に元気を取り戻してもらいたいというのは、僕だけでなく全ての国民が持っている共通の願いだと言っても過言ではないだろう。

しかし、ドラゴンの護る宝玉などそう簡単に手に入れられるはずもない。
それはアーサーとボールスの2人が失敗したことからも容易に推測できるし、第一20人以上もの兵士達が半日探してもドラゴンの住み処を見つけることができなかったのだ。
僕なんかがたった1人でドラゴンの住み処を探し当てられる可能性は極めて低いし、ましてや住み処を見つけたところでドラゴンを倒すことなんてどう考えたって無理に決まっている。
服を着替えるために詰め所へと戻る途中で、僕はずっとそんなことばかりを考えていた。
明日は週に1度の非番の日・・・
まだ何も有効な手立てなど頭には浮かんでこないが、とにかく1度は例の岩地へと出掛けてみることにしよう。
少なくともドラゴンの住み処さえ見つけることができれば、多少はこの事態の進展も見込めるに違いない。
やがて城の外の敷地を歩いている内に目的の詰め所が視界の中に入ってくると、僕は何時まで経っても纏まりそうにないそんな思考を頭の隅に追いやって熱い風呂に入ることを考え始めていた。

その翌日、僕は朝早くから私服に着替えて詰め所を出発することにした。
普段なら非番の日は家に帰って母に姿を見せることが多いのだが、岩地へドラゴンを探しに行くなんてことを母に話したら止められるだけなのは分かり切っている。
それならば、誰にも告げずに行った方がまだましというものだ。
昨日の捜索が無駄足に終わったことで大臣や兵士長が再び兵を出すことに及び腰になっている今は、ひっそりとあの岩地を調べるのに最適の時期だと言ってもいいだろう。
もちろん兵装を解いたお陰で僕は短剣の1本も持っていない完全な丸腰なのだが、元々戦っても勝ち目の無いドラゴンが相手では却って何も持っていない方が逃げるのにも都合がいい。
尤も、ドラゴンが見つけた獲物をそんなにあっさりと逃がしてくれるとは思えなかったのだが・・・

まだ人気の少ない早朝の町中を西へ向かいながら、僕はやがて立ち並ぶ家並みの向こうに見えてきた岩地の様子にピリリとした緊張感が全身に漲ってくるのを感じていた。
よくよく考えてみれば、実際にあの岩地へと足を踏み入れるのはこれが生まれて初めてのことだろう。
昔から巨大なドラゴンの目撃が絶えない不気味な場所なだけに、町に暮らす普通の人々は誰もあそこへ近付くような真似はしないのだ。
だが岩地を越えて更に西へ進むとその向こうには広大な砂漠が広がっていて、長い旅路を経て砂漠を横断してきた行商人の中には近道の為に岩地を横切る者も少なくないらしい。
とは言っても、その頻度は多くても精々が週に1度あるかないかという程度だった。
それなのにドラゴンに襲われたという行商人が依然として後を絶たないのだから、案外ドラゴンに出くわす確率は僕が思う程低くはないのかも知れない。

そんなことを考えながら更に歩き続けていると、やがて町と岩地を隔てている国境が僕の目に入ってきた。
特別な関所や門などがあるわけでもなく、ただ国の境界であることだけがわかるように設置された古い木製の立て看板が、朝の冷たい風を涼しげな顔で受け流している。
昔から領土を巡って争いの絶えない国だというのに一見してこんな無防備な境界線を晒しているのは、堅牢な防壁を作って無辜の国民に不必要な不安感を与えないようにという前王の政策の1つだった。
そしてもちろんそれを支えていたのは、隣国にまで聞こえたというアーサーとボールスの武勲に他ならない。
だがそんな存在だけで他国を牽制できる程の力を持った2人の英雄は、何時しかこの岩地の持つ不穏なまでの静けさがすっかりと呑み込んでしまっていた。

ザワザワ・・・
国境を越えて岩地へと入った次の瞬間、僕は確かにこの不毛な大地の中に何か大きな命の存在を感じ取っていた。
無数に立ち並ぶ岩の柱や岩壁が、遠い砂漠の砂埃を含んだ乾いた風を無造作に掻き回している。
「凄い場所だな・・・」
更にはまるで迷路のように入り組んだ無数の通路が遥か先に薄っすらと見える白い砂漠までずっと続いていて、僕は20人の兵士達でもドラゴンの住み処が見つけられなかった理由を十分に納得させられていた。
だがアーサーとボールスの2人は、この広大な敷地の中から確かにドラゴンの住み処を見つけ出したはずなのだ。

一体何処をどう探せば、僕も彼らの足跡を追うことができるのだろうか・・・?
やがて手掛かりを求めて彷徨う僕の視線が、ふと岩陰に落ちていた小さな木片に吸い付けられていた。
あれは多分・・・馬車の車輪の一部だろう。
ということは、砂漠から吹く風に乗ってここまで転がってきたのに違いない。
そう言えば、ドラゴンに襲われたことのある行商人が前にこんなことを言っていたような気がする。
ドラゴンは行商人の一隊を見つけると、必ず馬車に襲い掛かるのだそうだ。
だから一部の荷物と馬を諦めれば、大抵の場合は無事に生き延びられるのだという。
実際ドラゴンに襲われたという話が数多く聞かれるということは、逆に言えばドラゴンに襲われながらも生き残った人々がそれだけいるということの裏返しなのだろう。
しかし、ただでさえ週に1度という数少ない往来の際にたまたまドラゴンに襲われるという不運が、果たしてそう何度も何度も頻繁に起こり得るものなのだろうか・・・?
そしてそこまで考えた時、僕はふと頭に浮かんだ仮説にそっと目の前の岩壁を見上げていた。

砂漠に程近いこの岩地には野生の動物はおろか植物の類などもほとんど存在せず、ドラゴンが普段一体何を食料としているのかは容易に想像が付く。
恐らくそれは、近道のためにここを通るという行商人が連れた馬車の馬なのだ。
だがドラゴンも週に1度程度しか通り掛からない獲物を毎日闇雲に探し回っているとは思えないから、実際には馬車がやってきたことを察知して待ち伏せをしているのに違いない。
つまりドラゴンの住み処は馬車が通れる程の広い道の近くにあって、しかも相手に気付かれずに先回りすることができる場所にあるということになる。
そして少なくともこの周辺の地形を見る限り、そんな条件を満たす場所は1つしかなかった。
馬車の通れそうな道の脇には、高さ4メートル程の岩壁が延々と連なっている。
こちらから見る限りでは大きな岩山の一部のようにも見える長大な岩壁だが、もしこの裏側にも未知の岩地が広がっているのだとしたら・・・

やがてそんな想像を脳裏に巡らせると、僕は比較的凹凸の多い場所を見つけて岩壁を攀じ登り始めていた。
流石に厚手の鎧に武器などといった重装備を身に着けていてはとても無理だっただろうが、薄くて軽い服に手ぶらだったことが幸いしてかものの1分も経たない内に岩壁の天辺へと手が掛かる。
そして何とか上に体を引き上げてみると、予想通り厚さ数メートルの岩壁を1枚隔てた向こう側にこれまでとは明らかに雰囲気の異なる別の岩地が延々と広がっていた。
地面は平らではなく所々ボコボコと歪んでいて、周囲に見える岩も長年浴び続けた風と砂漠の砂によって削り取られたのか酷い風化の一途を辿っている。
尤も周囲をグルリと岩壁に囲まれた天然の箱庭のようになっているお陰で人の往来も皆無に等しいのだから、この場所が自然の姿を保っているのは別に不思議なことではない。
普段行商人達が往来している壁の向こう側だって、昔はこんな酷い凸凹道だったかも知れないのだ。

だが、今はそんなことなどどうでもいい。
問題は、この場所を今の今まで僕以外の誰もが知らなかったという事実だった。
いや正確には、"生きている人間の中では誰も"と言った方がいいかも知れない。
実際にアーサーとボールスの2人は恐らく僕と同じことに気が付き、重厚な鎧と武器を持ったままあの岩壁を乗り越えてこの場所へと降り立ったはずなのだ。
しかし彼らも帰ってこなかった以上、ここから先は、まず間違いなくドラゴンの庭のようなものなのだろう。
それに周囲を岩壁に囲まれてしまっていては、いざという時に逃げることも難しい。
とは言え実際にドラゴンがここに棲んでいることか、或いは住み処の場所だけでも特定してからでなければ、再び兵を出したとしても恐らくは大して目立った成果は上げられないに違いない。

僕はそう心に決めると、俄かに早くなった鼓動を抑えようと胸に手を当てながらそっと岩壁を降りていった。
ドラゴンの聴力というものが一体どの程度のものなのかは正直想像も付かないのだが、この岩壁の向こう側を通る馬車の音を聞き分けられるのだから決して悪くはないに違いない。
だが行商人の中には、馬車を連れていながらドラゴンに襲われずに済んだ人も稀にいるらしかった。
ということはもしかしたらドラゴンは単純に馬車の通る道に近い所に棲んでいて、たまたま徐行していたか何かで大きな音を立てずに通過した馬車を見逃しただけという場合も考えられる。
そして特に何の裏付けも無いそれらの勝手な推測をもし仮に正しいものだとしたならば、ドラゴンの住み処はこの岩壁の何処かにある洞窟だというのが妥当な結論だろう。

「とにかく・・・探してみるか・・・」
自分以外には誰もいない閉じられた場所で、凶暴なドラゴンの住み処を探して歩く・・・
冷静になって考えてみれば、僕はなんて恐ろしいことをしているのだろうか。
もし今この瞬間にドラゴンとばったり出くわしてしまったらと思うと、背筋に冷たい汗が流れ落ちていく。
だが僕としても、流石にここまできてしまったら今更後には引けなかった。
せめてドラゴンの住み処だけでも見つけないと、所詮僕は無謀な臆病者でしかなくなってしまう。
「あ・・・」
そしてしばらく戦々恐々としながらも辺りを見回しながら歩を進めていく内に、僕は偶然にも岩陰にぽっかりと暗い口を開けている想像通りの大きな洞窟を見つけ出してしまっていた。

突如として目の前に現れたその不気味な洞窟を目にした次の瞬間、それまで微かな緊張に脈打っていただけの心臓の鼓動がまるで早鐘のように忙しなく打ち始めていく。
多分この洞窟だ・・・間違いない・・・!
広大な岩地の中で偶然見つけた1つの洞窟。
何の確証も無いままにそれをドラゴンの洞窟だと思ったのは、きっとドラゴンを恐れる僕の心がそう結論付けたかったからなのだろう。
洞窟の場所さえ特定してしまえば、後はもう戦い慣れた兵士達に全てを任せておけばいいのだ。
だが早くこの場を離れたいという意識とは裏腹に、本当にこの洞窟に件のドラゴンがいるのかという疑問が頭の片隅にしこりのようになってしぶとく残っている。
もちろんそこには、僕の誤報でまた兵士達に余計な手間を掛けさせたくないという思いも幾分かはあっただろう。
だが恐らくその大部分はアーサーとボールスでも敵わなかったドラゴンが一体どんな奴なのかということと、ドラゴンが身に着けている宝玉というものが果たしてどんなものなのかという個人的な興味によるものだった。

やがて何か魔性のモノにでも魅入られたかのように、僕の両足がフラフラと洞窟の方へと引き寄せられていく。
何だかどんどんと引き返すことのできない深みに嵌まっていくような気分だったものの、この欲求はもはや自分ではどうすることもできない程にまで大きく膨らんでしまっているらしかった。
そして洞窟の入口に近付いてみると、その奥深くからグオオォッという唸り声のような寝息が漏れ聞こえてくる。
どうやら今、中にいるドラゴンは眠っているらしい。
まあ狩りに出掛けるのは週に1度、この洞窟の傍を馬車が通った時だけなのだろうから、それ以外の時間のほとんどは眠っているとしても別に不思議なことではない。
だがそうすると・・・きっとあの2人がここへ辿り着いた時もドラゴンは眠っていたはずだ。
まさか彼らは、眠っているドラゴンに襲い掛かって失敗したとでもいうのだろうか?
それとも、その前にドラゴンが目を覚まして返り討ちに遭った・・・?

その答えは、もうすぐわかる。
どうしてだろう・・・こんなにも恐ろしいはずなのに、何故か僕はこの洞窟の中へ足を踏み入れようとしている。
危険を回避するための恐怖という感情も、予め危険が伴うとわかっている欲望の前には抑止力にならないのだ。
やがてなるべく音を立てないようにその暗いドラゴンの住み処へ入っていくと、僕は所々天井に空いた小さな岩の隙間から差し込んでいる陽光を頼りに奥へと進んでいった。
ドラゴンの寝息は距離が縮まったせいか更に大きく激しい轟音のようになって聞こえていたものの、やはり深い眠りに落ちているのか僕の侵入に気付いている様子は一切感じられない。
だが曲がりくねった暗闇の中を地面の起伏に躓かないように慎重に歩いていくと、しばらくしてその最奥から微かに明かりが漏れて来ているのが目に入っていた。

ここに・・・ドラゴンがいる・・・
やがて既に確信となったそんな思いとともに岩陰から顔を出してみると・・・
そこにあったのは天井から降り注ぐ明るい陽光に照らされた巨大なドラゴンの姿だった。
床に横たわっているというのに、その体高は僕の胸よりも高い。
大きな翼を湛える背中側は透き通るような真紅に染まっていて、ぷっくりと膨らんだ柔らかそうな腹側は純白の皮膜に包まれている。
悠久の時を経たのであろう年老いたドラゴンの顔は体の大きさに比べて少し小さかったものの、見る者を居竦ませる険しい表情をそこに浮かび上がらせていた。

そしてそのドラゴンの胸元に、太い金のネックレスのようなものが掛けられている。
中央に輝く美しい青い石は、恐らくサファイアだろう。
その左右にはサファイアよりも少し小さなダイヤモンドが2つずつ配置され、精密な六角柱に削り出された紫水晶がアクセントのようにサファイアの下から吊り下げられていた。
だがまるで王族を思わせるようなドラゴンの荘厳さに見惚れていたのも束の間、不意に信じられないものが僕の視界の端へと飛び込んでくる。
地面に突き立ったまま中程からポッキリと折れている、ボールスが愛用していた大きな剣・・・
更にそのすぐ傍にはアーサーが何時も背に担いでいた太いランスが、これもまた無残に砕けた鉄の残骸となって僕の足元へと空しく転がっていた。

ま、まさか・・・
やがてふと脳裏に浮かんだある種の予感に周囲を見回してみると、他にも眠っているドラゴンを取り囲むようにして無数の鎧や兜が地面に落ちているのが目に入ってくる。
中にはドラゴンの手によって脱がされたものなのか原型を留めている物もあるのだが、そのほとんどは何か凄まじい重量で押し潰されたのかまるで平たい煎餅のようにペシャンコになっていた。
何も知らぬ者が見れば、それはドラゴンとこの洞窟への侵入者が激しく戦った跡にも見えたかも知れない。
だがアーサー達の武勇を知っているだけに、僕はその光景にまるで違う印象を感じていた。
これは恐らく、ドラゴンによる一方的な虐殺の跡なのだ。
ドラゴンの周囲にしか人間のいた痕跡が残っていないことを考えれば、これらが皆ドラゴンの命を、或いはあの宝石を狙って洞窟へと忍び込んだ者達のなれの果てであることは容易に推察できる。
だがつい先日2人の歴戦の英雄に襲われたばかりだというのに傷の1つも負わぬまま悠然と寝入っているこのドラゴンの姿を見れば、所詮人間が敵うような相手ではなかったということになる。
そしてアーサーやボールスも含めて愚かにもドラゴンの怒りを買ってしまった者達は悉く、あの巨体に成す術も無く弄ばれた挙げ句にまるで虫けらのように叩き潰されていったのに違いない。

に、逃げなきゃ・・・
やがて自身の置かれていた想像以上に危機的な状況が喝を入れてくれたのか、ようやく麻痺していた恐怖心がその本来の役割を果たし始めていた。
だが頭では一刻も早くこの洞窟から離れたいと思っているのに、一向に体が言うことを聞いてくれる気配が無い。
眼前のドラゴンは依然として深い眠りに落ちたままだというのに、僕は何故かすっかり竦み上がってしまった体に必死に逃げるよう呼び掛けることしかできなかった。
そこら中に漂う確かな死の気配が、今この場を動くことに対して鋭い警鐘を発している。
そしてそれを裏付けるかの如く、ドラゴンが突然寝返りを打つようにゴロンとその巨体を転がしていた。

「うっ・・・」
その瞬間、転がったドラゴンの大きな腹の下から誰かの片腕が覗いているのが目に入ってしまう。
頑強な手甲を纏っているはずの腕は無残に拉げて潰れ、まるで地面と一体化してしまっているかのようだ。
もしかしたらあの人間は、あの巨竜に生きたままじわじわと押し潰されたのかも知れない・・・
そんな恐ろしい想像をしただけで、全身にブルッと寒気を伴う震えが襲ってくる。
それでもまるで石のように硬直していたはずの足だけは何とか動くようになってくれたらしく、僕はドラゴンから片時も目を離せぬままゆっくりと背後へ後退り始めていた。
だがあと少しで岩陰へと身を潜められるという段になって、不意にドラゴンの寝息がピタリと止まる。
そしてそれまで閉じられていたドラゴンの鋭い双眸が・・・ゆっくりと開かれていった。

「・・・・・・?」
特に何か理由があったわけではないのだが、あたしはまだ昼前だというのにふと眠りから目を覚ましていた。
寝起きのせいかまだ眼も鼻もあまり利いてはくれないものの、何となく何かが近くにいるような気配がする。
何処かの馬鹿な人間が、またあたしの命を狙ってやってきたのだろうか・・・?
だがそんなことを考えながらようやく完全に見開いた眼で周囲を見渡してみると、洞窟の入口へと続く通路の傍に1人の若い男が力無くへたり込んでいた。
「あ・・・あぁ・・・」
そしてあたしと目が合った瞬間、微かな喘ぎとともに絶望的な恐怖の色がその顔に浮かび上がる。
見たところこの人間は鎧を着ているわけでもなければ、何かこれと言って武器の類を持っているわけでもない。
だがそんなあまりにも無防備な姿であるにもかかわらずあたしの住み処であるこんな薄暗い洞窟の奥にまで自ら入り込んできているのだから、たまたま道に迷ったというわけでもないのは確かだった。
「・・・何だい、お前は・・・?」
やがて唸るように漏らしたそんなあたしの声に、人間が驚いたようにビクッと小さく身を竦めていた。
今にも泣き出しそうなその表情を見る限り、どうやらあたしが突然目を覚ましたお陰で逃げる機を失ったらしい。
ということはあたしが眠っている間、しばらくはそこにいたのだろうか・・・?
しかし幾ら待っても怯え切った人間からの返答は無さそうな気配に、あたしはそれまで地に伏していた大きな体を努めてゆっくりと持ち上げていた。

あまりの恐ろしさに尻餅をついて動けなくなっていた僕から何の返答も無いことに痺れを切らしたのか、ドラゴンが真っ直ぐにこちらを睨み付けたままのそりと体を起こしていく。
その瞬間先程ドラゴンの腹下から覗いていた憐れな犠牲者の正体が判り、僕は激しい衝撃に打ちのめされていた。
あの2本の角をあしらった兜は、アーサーの物に間違いない。
恐らく彼も最後はドラゴンから逃げ出そうとしたのだろうが、何かに助けを求めるように手を伸ばした姿勢のまま跡形も無くペシャンコにされてしまっている。
しかも亡骸の周囲に散乱している粉々に砕け散った鎧の残骸やその身に刻まれた痛々しい傷跡を見ただけでも、とどめを刺されるまでの間に大分ドラゴンから痛め付けられたのであろうことは一目で想像が付いた。
何処にも姿は見えないものの、あの惨状を見る限りボールスも恐らく生きてはいないに違いない。
だが僕にとって当面の問題は2人の英雄の死を確認することではなく・・・
彼らを死に追いやった恐ろしい怪物がすぐそこまで迫ってきているということだった。

ドラゴンの顔に浮かんでいるあの険しく顰められた表情は、住み処への侵入者に対する怒りなのだろうか?
それとも、大した苦も無く手に入った獲物を喜ぶ笑みなのだろうか?
瞳の見えないその大きな白眼のせいでドラゴンが実際には一体何を考えているのかわからなかったものの、どちらにしろこのドラゴンに捕まれば到底無事には済みそうにないことだけは僕にも本能的に理解できる。
だが今更になって逃げられるはずも無く、僕はガタガタと震えながらドラゴンが近付いてくるのを見つめていた。
やがて僕の目の前までやってくると、ドラゴンがその長い尻尾をシュルッと素早く背後から巻き付けてくる。
「う、うあぁ・・・」
そして温かくてモチモチと柔らかいその尻尾の感触が体中を包み込むと、僕は既にほとんど声になっていない微かな呻きを漏らしてしまっていた。

「聞こえなかったのかい・・・?」
頬に熱い鼻息の掛かるような至近距離から、そんなドラゴンの静かな声が囁かれる。
聞こえなかった・・・?何が・・・?
酷いパニックに陥った頭が、不意に耳から入ってきたその言葉を必死に理解しようと回り始めていた。
「こんな所に、一体何をしに来たのかと訊いてるのさね」
「ぼ、僕は・・・あ・・・ぅ・・・」
だ、駄目だ・・・あまりに怖くて・・・声が出てこない・・・
今にもその大きな口の端から微かに覗いている鋭い牙が襲い掛かってきそうで、ロクに返事をすることもできないままに体の震えが更に増してしまう。

第一、何とか声が出せるようになったところでその質問に一体どう答えればいいというのだろうか?
行商人の一隊を襲うとは言っても人間への直接的な被害はあまり聞かれない相手なだけに、ここへドラゴンを倒しにやってきて命を落とした者達のほとんどはあの宝石が目的だったのかも知れないのだ。
だとすれば、その宝石が欲しいなどと言ったらドラゴンが一体どんな反応を示すのかわかったものではない。
ほんの少し怒りを買っただけでも殺されてしまいかねない状況なだけに、僕は結局何も答えられないままドラゴンの大きな眼を見つめ返すことしかできなかった。
そしてそうこうしている内に、ドラゴンがペロリと僕の眼前で小さな舌舐めずりを見せ付けてくる。

も、もう駄目だ・・・
だがいよいよ食い殺されると思って長い尻尾に巻かれたままギュッと身を固めた僕の様子に、ドラゴンは意外にも突然その絶対的な拘束を解いてくれていた。
「クフフフ・・・安心おしよ・・・あたしはこれでも、人間を食ったりはしないからねぇ・・・」
「え・・・えぇ・・・?」
そしてそう言いながら、僕を落ち着けようとしてかドラゴンが少しばかり身を引いてその場に蹲る。
「それにしても・・・お前もそんなにこのあたしが恐ろしいのなら、とっとと逃げればよかったじゃないか」
確かにそうなのだ。
もしこれがたまたま眠っているドラゴンに出くわしただけであれば、間違いなく逃げ出していたことだろう。
「だけどあたしが目を覚ますまで逃げもせずにここにいたってことは、何かあたしに用があるんだろう・・・?」
やがて僕の心の内を読んだかのようにそんなドラゴンの言葉が聞こえてくると、僕はゴクリと息を呑みながらもコクコクと頷いていた。

人間を食わないということは、このドラゴンは特別な理由も無く人間を襲って殺したりはしないということだ。
だがその割には、この暗い洞窟の中で目に入る狭い範囲にだけでも相当に悲惨な最期を遂げたであろう人間達の痕跡が数多く残っている。
特に向こうで息絶えているあのアーサーの痛ましい姿を見れば、ドラゴンに捕まった後もかなり長い時間を掛けて嬲り殺しにされたのであろうことは明らかだった。
「ほ、本当に・・・僕を殺すつもりはないの・・・?」
そして思わず震える声で念を押した僕の視線がアーサーに注がれているのを見て取ったのか、ドラゴンがそっと背後を一瞥してから小さく鼻息を吐く。
「フン・・・あいつらはあたしの昼寝を邪魔してくれたから、ちょいときついお仕置きをしてやっただけさね」
そう言ったドラゴンの顔に、子供っぽい残酷な表情が一瞬だけ垣間見えた。
「だからもしあたしを起こしたり武器を持っていたりしたら、お前も今頃はあたしの寝床になってたところだよ」
そ、そうか・・・どうやら、僕に丸っきりドラゴンに対する害意が無かったことが功を奏したらしい。
「で、でもそれじゃあ、あんな風に脅さなくってもいいじゃないか・・・本当に食い殺されるかと思ったよ」
「クフフ・・・一見無害に見えても、追い詰められるまで本性を現さない狡賢い人間が、たまにはいるのさ」

確かにもし人間がこんな巨大なドラゴンを倒そうと思ったら、とても正面からは戦いを挑まないことだろう。
それに週に1度の狩りの時以外は滅多に住み処から離れることもないのだから、襲撃者にとって残されている手と言ったらこれはもう不意打ちか騙し打ちくらいしかない。
ドラゴンからしてみれば、油断したところで急所に傷を負わせられることを警戒するのは当然のことなのだ。
「それで・・・お前はこのあたしに一体何の用があったって言うんだい・・・?」
やがて僕の呼吸が完全に落ち着いたことを見計らってか、ドラゴンからそんな静かな声が投げ掛けられてくる。
これまでの話を聞く限り、このドラゴンが人間を襲ったのは自分の命を護るためだったのだろう。
ということはもしかしたら、あの身に着けている宝石にはさして深い執着は無いのかも知れない。

「僕はその・・・あなたが胸元に着けている宝石が欲しくてやってきたんです」
やがて僕がそう言うと、ドラゴンは長い首を巡らせるようにして自らの首に嵌まっている大きな首輪のようにも見える金の装飾品へと不思議そうな視線を注いでいた。
「・・・こいつが、欲しいって言うのかい・・・?」
「どうしてあなたがそんなものを身に着けているのかわからないけど・・・どうしてもそれが必要なんです」
「こいつはただの拾い物だよ・・・お前が期待してる程、高い値打ちなんてないと思うけどねぇ・・・?」
拾い物ということは、あれはきっと行商人の馬車を襲った時の積み荷か何かだったのだろう。
あまりにも自然に身に着けているせいで一見するとまるでドラゴンのための装飾品に見えないことも無いのだが、確か前王が以前あれとよく似た装飾品を身に着けた馬で町を歩いていたことがあるのを覚えている。

だが、宝石それ自体の価値はこの際どうでもいい。
重要なのは、これをドラゴンが身に着けていたという事実の方だろう。
つまりもっと極端なことを言ってしまえば、これがダイヤやサファイアや紫水晶などといった希少な石ではなく、何の変哲もないただのガラス球であったとしても全く構わないということなのだ。
「価値は問題じゃないんです・・・あの国を暗い雰囲気から救うために・・・そう、これは人助けなんだ」
「フゥン・・・何だか面白そうじゃないか・・・どうせ目が覚めちまって退屈なんだ、理由を聞かせておくれよ」
何処か愉しそうな声でそう呟きながら組んだ腕の上に顎を載せたドラゴンの先程までとは随分と印象の違う温和な様子に、僕は座ったまま両膝を抱え直していた。

この年老いた老婆のような言葉遣いや何処か艶のある色っぽい顔付き、更には大きな下腹部に走った深い割れ目から察するに、恐らくこのドラゴンは雌なのに違いない。
それに雌のドラゴンの美意識というものが人間のそれと一体どの程度懸け離れているものなのかはわからないが、少なくともわざわざ馬車の積み荷から拾ってきたということはあの首輪はきっと彼女のお気に入りなのだ。
そんな大事な物を譲ってくれと頼むのだから、僕からその理由を話すのは当然の礼儀というものだろう。
やがて数回の深呼吸を挟んで息を整えると、僕は王が亡くなったこと、アーサーとボールスがここへきた理由、そして王妃を元気付けるために王女がその首輪を欲しがっていることなどを淡々とドラゴンに語り始めていた。

「・・・だから、どうしてもあなたにそれを譲って欲しいんだ」
「成る程・・・そいつはまた、随分と人騒がせな母子がいたもんだねぇ・・・」
確かにドラゴンの目から見れば、王妃と王女の行動は人騒がせと言えるのかも知れない。
だがその内に秘められた苦しい心情を知ってしまっているだけに、僕には彼女達を責めることだけはどうしてもできそうになかった。
「まあいいさ・・・こいつを狙って住み処にやってくる連中が減ると思えば、損な話でもないからねぇ・・・」
「じゃあ・・・」
「だけど、流石にタダでというわけにはいかないよ・・・わかるだろう・・・?」
それはそうだ。
幾らあの首輪がドラゴンにとってあまり価値の感じられない物であったとしても、仮にも気に入って身に着けている物をタダで譲ってくれるとは思えない。
だが人間を食べるわけでもないばかりか週に1度狩りに出掛ける以外はほとんど寝て過ごしているだけで満足してしまっているこのドラゴンに、これ以上一体何を見返りにすればいいというのだろうか?

「もちろんそのつもりだよ。でも、僕は何をすれば・・・?」
やがて少し不安な面持ちを浮かべたままドラゴンにそう訊いてみると、彼女が心なしか微かな期待を孕んだ視線を僕の顔へと注ぎ込んできた。
「クフフフ・・・そんなに心配そうな顔をしなくたって、誰も無茶なことなんて言いやしないよ」
一応口ではそう言うものの、彼女の僕を見る目が明らかに先程までとは違っている。
何と言えばいいのか、一旦捕らえた獲物が逃げないように牽制しているかのような鋭い眼差しだったのだ。
そしておもむろに背後で息絶えていたアーサーの亡骸を指し示しながら、彼女が愉快そうに先を続ける。
「あの男、随分と諦めの悪い奴でねぇ・・・最後までこのあたしから逃げようと足掻き続けたのさ」
「え・・・?」
「両手足を潰されても、尻尾で叩きのめされても、それでも這うのをやめようとしないんだから大したものさね」

一体、このドラゴンは何を言っているのだろうか・・・
実際あのアーサーの無残な姿を見る限り、望み届かず彼女の巨体に押し潰されてしまうその寸前まで彼が何とか必死に生き延びようとしていたらしいことは僕にも十分に伝わってくる。
でも、それが一体何だというのだろうか?
「だからあたしもあの男を痛め付けるのについ夢中になっちまってねぇ・・・まぁ早い話が、濡れちまったのさ」
ぬ、濡れ・・・た・・・?
それってつまり・・・興奮のあまり発情しちゃったってことじゃ・・・
「ちょ、ちょっと待ってよ・・・まさかその・・・ぼ、僕に・・・?」
「そのまさかさね・・・なぁに、お前のモノで、ちょいと慰めてくれるだけでいいんだよ・・・簡単だろう?」
何が簡単なもんか・・・こんな見上げるような巨竜を人間の僕が満足させるなんて、そんなことできるわけない。
だが飢えた雌の本性を露わにして迫ってくる彼女の有無を言わせぬ凄まじい迫力に、まるで金縛りにでも遭ってしまったかのように全身が固く凍り付いていく。

もちろん僕にも、彼女の提案を断ることはできたはずだった。
ほんの一言・・・そう、たったの一言でも否定の声を発すれば、きっと彼女は足を止めてくれたのに違いない。
なのにどうしてだろう・・・
周囲に微かに漂う彼女の愛液の匂い・・・強力な媚薬にも似たその甘い香りのせいだろうか、僕は声を出すどころか微かな身動ぎすらできぬまま彼女の大きな両手で抱き上げられていた。
更にはズシンという重々しい音と震動を伴いながら地面へ仰向けに転がると、彼女が僕をその柔らかい腹の上へゆっくりと下ろしていく。

クチュ・・・グブッ・・・
そしてそんな僕の前でいよいよねっとりと熱い愛液を湛えた真っ赤な蜜壷が淫らな水音とともに口を開けると、僕はまるで操られるようにそのマグマが煮え滾る深い地割れの如き雌竜の秘裂へと顔を近付けてしまっていた。
ムワッ・・・
「うっ・・・ふあっ・・・」
その瞬間雄を惑わせる濃厚な雌の香りが胸一杯に沁み渡り、僕の理性という理性を跡形もなく吹き飛ばしていく。
「さぁ、遠慮はいらないよ・・・心行くまで、たっぷりとあたしを愉しませておくれ・・・」
やがて凄艶な笑みとともに零れたそんな彼女の声も、肉欲の炎に脳を灼かれた僕の耳にはもう届いていなかった。

ここに入れたら・・・いや、こんな所に呑み込まれたら・・・一体僕はどうなってしまうのだろうか・・・?
眼前で戦慄く竜膣の中では咽返るような魅惑の芳香を放つ愛液がドロリと糸を引き、間も無く捧げられるであろう雄の予感に興奮した肉厚の淫らな襞が熱せられた虚空を幾度も幾度も咀嚼している。
その光景はこれまで特に大きな浮き沈みもなく平穏に暮らしてきた僕にとっては耐え難い程に恐ろしく、しかし一方ではどうしても抗い難いある種の激しい炎のような期待と欲求を容赦無く掻き立てていった。
そして強烈な雌竜のフェロモンに焚き付けられた僕のペニスが、正にはち切れんばかりに大きく屹立してしまう。
「ほら・・・どうしたんだい・・・我慢なんてしなくていいんだよぉ・・・?」
やがて目の前の雄を煽り立てるように彼女の大きな腹が左右に揺すられると、僕はグチュッという妖しい誘いの音につられて思わずその淫唇を舐め上げていた。

ペロッ・・・
「・・・!」
舌先に感じた愛液の奇妙な甘酸っぱさとヒリ付く程の熱さが、呆けていた僕の頭を一瞬だけ覚醒させる。
その瞬間、僕はおもむろに着ていた服を上も下も地面に脱ぎ捨てると彼女の膣を親指で左右に大きく開いていた。
鋭い楕円型に開いた真っ赤な魅惑の口が、いよいよ僕のペニスに目を付けて歓喜の愛液を溢れされていく。
「早くしとくれよ・・・あたしだって、もう待ち切れないんだからねぇ・・・」
「あ、ああ・・・」
そしてドラゴンの言葉に何処か喘ぎ声にも似た返事を返すと、僕は自らの雄槍で一気に彼女の中を貫いていた。

グブッ・・・ゴボッ・・・
「くっ・・・うあぁっ・・・」
巨大な雄竜のモノを受け入れるドラゴンの膣が、僕の一撃をあっさりと受け止めては優しく包み込んでいく。
だがペニスに襲い掛かってきた愛液のあまりの熱さに思わず悲鳴を上げながら腰を引こうとした瞬間、不意にペニスの根元が凄まじい力でグギュッと締め付けられていた。
「おやおや・・・1度あたしの中に入れたからには、そう簡単には逃がさないよぉ・・・」
「そ、そんな・・・うっ・・・はあぁっ・・・!」
更にはそれまで静寂を保っていた周囲の肉襞達が一斉に牙を剥き、投げ込まれた雄をその巨口の奥へ引き摺り込もうと激しく蠕動する。

ジュブッ・・・グシュッ・・・ゴギュッ・・・
「ああっ・・・だ、駄目・・・ひいぃ・・・」
ふっくらとしたドラゴンの腹に両手を着いて必死に背中を仰け反らせてはみたものの、もがけばもがく程ペニスがドラゴンの膣の奥深くまでズブズブと呑み込まれてしまっていた。
真っ白な腹の上で足掻きながら成す術もなくドラゴンの手に落ちていく僕は、宛ら蟻地獄に落ちた憐れな獲物。
煮え立つ愛液の焼け付くような熱さは何時の間にか極上の快感へと変わり、僕の全身から抵抗する気力と体力をじわじわと削り取っていった。
そして僕のモノを根元まで完全に捕らえると、ドラゴンがピタリとその動きを止めて僕の顔を覗き込んでくる。
「さぁて・・・これからが本番だよ・・・」
「う・・・うぅ・・・も、もう少し・・・優しくしてよ・・・」
「クフフ・・・あたしもできればそうしてやりたいけど・・・保証はできないねぇ・・・」
そう言ったドラゴンの顔に何とも形容し難い嗜虐的な表情が貼り付いてるのを見て取ると、ザワッという冷たい恐怖が再び僕の心を絡め取っていった。

そうだ・・・そもそも彼女が発情した原因は、アーサーをあんなにボロボロになるまで痛め付けたことなんだ。
ということは、僕にとっては一見すると温和に見える彼女もやはり本質的なところでは捕らえた獲物をその巨体と強大な力で一方的に弄ぶことに少なからず悦びを感じているのだろう。
だとすればそんな彼女の興奮を鎮めるのに必要なのは恐らく対等な交尾による満足感などではなく・・・心行くまで嬲り尽くすことのできる生贄の存在なのだ。
そしてそれを裏付けるように、ドラゴンが長い尻尾で僕をその広大な腹の上へときつく縛り付けていく。
あぁ・・・ど、どうしよう・・・僕・・・生きて帰れるのかな・・・
だがこの上もなく絶望的な気分だったというのに、僕は何故か拒絶の声を上げることだけは思い留まっていた。

ギリッ・・・メリリッ・・・
背中側に巻き付けられた太い尻尾で柔らかく波打つ彼女の腹にギュウギュウと押し付けられながら、やがて来るであろう甘美過ぎる刺激の予感が胸の内に少しずつ湧き上がってくる。
胸元から下は彼女の紅白に彩られた長い尾にガッチリと捕らわれていて、これからたとえどんなことをされようとも僕に出来るのは両腕で広々とした彼女の腹を掻き毟ることだけだった。
だが終始ブヨブヨとまるで水風船のように揺れているその一見脆そうな腹を覆う皮膚にも、いざ爪を突き立ててみると並大抵の刃物では傷の1つも付かぬであろう硬くて丈夫な層がひっそりと隠れている。
更にその皮膚の下にある分厚い脂肪がどんな衝撃をも吸収してしまい、僕は眠っているドラゴンに不意打ちを仕掛けたはずのアーサー達がどうして敢え無く返り討ちに遭ってしまったのかを理解していた。
そんな鉄壁の腹の上に縫い付けられたまま彼女の責めを待つ僕の姿は、正に俎板に載せられた鯉そのもの。
そしてそんな自分の置かれている弱々しい立場を嫌という程に思い知らされると、ようやく彼女の蜜壷が僕のペニスへとしゃぶり付いてきていた。

ジュルッ・・・グジュッ・・・
「ふあっ・・・うっ・・・ああぁ〜〜・・・!」
突如として流し込まれてきた容赦の無い愛撫の快感と更に熱さを増した愛液の熱気が、まるで高圧電流のようにペニスから全身に疾っていく。
彼女の中に入れた時から・・・いや、彼女に迫られた時から片時も休まずに煽られ続けてきた精の奔流が、永い永い忍耐の末に待望だった解放の瞬間を迎えようと激しく暴れ回っていた。
「お前も、なかなかいい声で鳴いてくれるじゃないか・・・ほぉら、もっとこいつが欲しいんだろう・・・?」
ジュブ・・・ゴシュッ・・・ジョリリッ
「ぐあぁっ・・・も、もう駄目・・・うぐっ・・・ひ、ひいぃ・・・」
まだ射精していないのが不思議な程の強烈な快感が、無防備に曝け出された雄に次から次へと塗り込まれていく。
せめてもの抵抗とばかりにガリガリという鈍い音を立てながら必死に彼女の腹を引っ掻いてはみたものの、そんな悪足掻きは単に彼女のサディスティックな興奮の炎に純度の良い油を注いだだけだった。

「ああ・・・なんて心地良いんだい・・・最高だよぉ・・・」
やがて激しい恍惚の表情に塗れた彼女のそんな蕩けた声が聞こえた次の瞬間、ゾロリと首を擡げた無数の肉襞が僕のペニスを正に揉み潰さんばかりに嬲り尽くしていく。
グチュッ、ジョリッ、ミシャッ、グギュゥッ・・・
「う、うわあああぁ〜〜〜〜!」
ドブッ・・・ビュルルルッ・・・ドクッドクッ・・・
既に限界寸前だったところに許容量を遥かに超える刺激を一挙に叩き込まれてしまい、僕は反射的に身を固める間も無く大量の精を彼女の中に放ってしまっていた。
しかも自らの意思とは無関係に精を搾り取られたという屈辱感も薄れぬ内に、今度は射精を続けていたペニスが荒れ狂う柔肉の海に投げ出されて滅茶苦茶に弄ばれてしまう。

「あぁっ・・・!や、やめ・・・許してぇ・・・かはっ・・・」
その途端僕の死に物狂いの抵抗を本能的に封じ込めようとでもしたのか、背中に巻かれた彼女の尾がギリリと僕の体を締め付けていた。
フカフカとしたドラゴンの腹に押し付けられているお陰で特に痛みは無かったものの、窮屈に押し潰された肺が微かな呼吸と助けの声を喉元で堰き止めてしまう。
く、苦しい・・・助けて・・・
だがバタバタと両手を暴れさせる度になおもグイグイと全身を締め上げられて、僕は薄れ掛けた意識が遠い彼方へと飛んでいくかのような感覚を味わっていた。
依然として白濁を噴き上げ続ける僕の肉棒を搾ることに夢中になっているのか彼女は大きく仰け反ったまま天を仰いでいて、救いを求める僕の必死な声にも全く気が付いていないらしい。
「はぅ・・・ぐふっ・・・がはっ・・・」
いまだ衰えを知らぬ敏感な雄を何度も何度も扱き上げられながら無慈悲な大蛇の抱擁を幾度となく味わわされて、僕は声にならない喘ぎと悲鳴を漏らしながら彼女が満たされるのをひたすらに待ち続けることしかできなかった。

ギシッ・・・メシッ・・・グジュグジュ・・・
完全に肺を締め潰されて声を出すことも息をすることもできないまま、僕はその快楽の坩堝にどれだけの時間嵌まっていたのだろうか・・・?
絶え間なく精の噴出を続けていたはずのペニスは何時の間にか力尽きていて、僕の中で感じる時間を引き延ばしていく遠くなった意識が1秒を1分にも1時間にも感じさせる。
だがしばらくしてどんな激しい責めにも僕が微動だにしなくなっていたことを不思議に思ったのか、ふと視線を落とした彼女が虫の息でグッタリとしていた僕の存在に辛うじて気が付いてくれたようだった。
「おっと・・・あたしとしたことが、ついやり過ぎちまったようだねぇ・・・」
やがてそう言いながら、彼女が特に悪びれる様子もなく僕を締め上げていた尻尾を緩めていく。
「うぐっ・・・げほっ・・・ごほごほっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
そして息苦しさに咳き込む僕の様子を眺めながら彼女が恐ろしい拷問部屋に監禁されていたペニスをようやく外へ解放してくれると、僕は深い安堵の溜息を吐いて彼女の大きな腹の上に倒れ込んでいた。

「も、もう・・・満足した・・・?」
「クフフ・・・そうだねぇ・・・まだ少し物足りないけど、今日のところはこのくらいで止めとくとするさね」
よかった・・・まだ物足りないという声が聞こえた時は一瞬ドキリとしたものの、取り敢えずこれであの首輪と引き換えとなる彼女への見返りは済んだのだ。
「じゃ、じゃあ今度こそ・・・」
「ああ、持っていきな・・・人間のお前には、少し重いかも知れないけどねぇ・・・」
彼女はそう言うと、自らの首に嵌まっていた金の首輪をゆっくりと取り外して僕の前に差し出していた。
ズシッ・・・
「うっ・・・」
巨大なドラゴンが身に着けていた時は自然だったせいであまり意識することもなかったのだが、いざそれを間近で見てみると僕の胴体がすっぽり入ってしまう程の大きさに思わず面喰ってしまう。
しかも材質は表面だけの金の鍍金ではなく、どうやら重量から考えて全体が完全に純金でできているらしかった。

何て重いのだろうか・・・こんなものを平気で身に着けていられるのだから、ドラゴンというものの持つ桁外れの力強さというものを改めて理解させられてしまう。
もちろん元はと言えば馬の装飾品なのだから、これを着けられる馬の方は堪ったものではないだろうが・・・
だが当面の問題は、こいつを持ったままあの高い岩壁を乗り越えられるのかということだろう。
重い物を持ったり鎧を身に着けたりしたままあの岩壁を攀じ登るのは、並の人間には大変な難行なのだ。
「どうしたんだい・・・?用が済んだのなら、早く王女のもとへそいつを届けておやりよ」
「う、うん・・・だけど・・・どうやって帰ろうかなと思ってさ・・・」
やがてそれを聞いて僕の懸念に気が付いたのか、彼女がおもむろにその巨体を地面から起こしていく。

「やれやれ・・・どうしてお前みたいな凡人があたしのところへやってきたのか、不思議でならないよ」
そして一体何をするつもりなのかと思って静かにドラゴンの様子を見守っていると、それまで何故かあまり目立つことの無かった大きな翼が不意に左右に広げられていた。
「岩地の外れまでなら、あたしが送ってやるよ・・・本当なら、こんな世話なんて焼かないんだけどねぇ・・・」
まあ、それはそうだろう。
だが何故彼女がそんなことを思い立ったのかはわからないものの、いちいち理由を聞くのは野暮というものだ。
「そ、それは助かるよ」
「ほら、ついてきな・・・言っておくけど、人間を乗せて飛ぶのは初めてだからね・・・落ちるんじゃないよ」
そう言いながら歩いていく彼女について洞窟の外へ出てみると、外はもう夕焼けの朱が空を覆い尽くしていた。
ここに着いたのは確か昼頃だったような気がするから、僕は随分と長い間この洞窟の中で過ごしていたらしい。

「さあ、早く乗りな」
やがて地面の上に低く身を伏せた彼女のそんな声が聞こえてくると、僕は金の首輪を彼女に持ってもらいながら胸元の高さがある大きな背中に必死に攀じ登っていた。
更にはさっきまで首輪が嵌まっていたその太い首に両手足で抱き付くように掴まると、僕の背後で荘厳な美しさを誇る巨大な竜翼がバサッと大きく展開する。
「しっかり掴まっているんだよ」
もちろん、言われなくてもそうするつもりだ。
そしてドラゴンが大地を蹴ったドンッという大きな衝撃を全身に浴びた次の瞬間、僕達は岩壁などよりも遥かに高い大空にまで飛び上がっていた。

暮れなずむ夕日を背に受けながら見下ろした先にあったのは、荒涼とした大地に無数の岩が散在する不毛の景色。
こんなにも寂しい土地にドラゴンが長年暮らしているということも驚きだが、それにしたってここは生物が生きていくにはあまりにも過酷な環境だった。
何かの拍子に突然の空腹に襲われたとしても手頃な獲物などはもちろん存在しないし、万が一にも行商人の一隊を取り逃がしてしまえば向こう1週間はまた食料の無い暮らしが待っている。
いやそれどころか、何日もの長い間誰もこの岩地を通らないことだって有り得るのだ。
僕としてはこんなにも優雅に空を飛べる翼があるのだからもっと棲みやすい土地に移ればいいのにと考えてしまうのだが、どうして彼女はそれをしないのだろうか?
だがぼんやりとそんなことを考えていると、岩地と町を隔てる境界があっと言う間に近付いてきていた。
そしてその見上げるような巨体には到底似合いそうにないフワリとした柔らかい着地を終えると、彼女が出発した時と同じように身を低めて僕に背中から降りるよう促してくる。

「ほら、着いたよ・・・ここからは歩いていきな」
「う、うん・・・ありがとう。ねぇ・・・1つ、訊いてもいいかな?」
「・・・何だい?」
やがて彼女の背の上からそっと滑り降りて金の首輪を受け取ると、僕は意を決して胸の内に浮かんだそんな疑問を彼女に投げ掛けてみた。
「あなたは・・・どうしてあんな寂しい場所で暮らしてるの?もっと他に、棲み良い場所があるはずでしょ?」
「それを言っても、きっと人間のお前には分からないさね・・・」
僕の質問が意味していることは十分に理解したという様子で、頷くように頭を垂れながら彼女が先を続ける。
「たとえそこがどれ程過酷な環境だったとしても、あたしらはどうしたってあんな場所が1番落ち着くのさ」

成る程・・・あんな殺風景な場所でも、きっとドラゴンにとっては"住めば都"ということなのに違いない。
それは便利さや快適さを求めて住む場所を探す人間の僕には、確かに少し受け入れ難い感覚だった。
「そう・・・でも退屈だったり、寂しかったりはしないの?」
「何処に棲んでいたって、物好きな人間達は何故かあたしらの居場所を嗅ぎ付けてやってくるからねぇ・・・」
それがいい気晴らしになると言わんばかりに、彼女が突然その大きな舌で僕の顔をベロリと舐め上げる。
「今日はあたしもそれなりに楽しかったよ・・・気を付けてお帰り」
そして彼女が再び真っ赤な夕日に向かって飛び去っていくのを静かに見送ると、僕はズッシリと重い首輪を肩に掛けながらまだ街並みの向こうに遠く佇んでいる城を目指して歩き始めていた。

「何・・・?岩地に棲むドラゴンが身に着けていた宝石を、そなたが持ってきただと?」
やがてすっかりと暗くなった夜の闇に紛れるようにしてそっと城の中へ滑り込むと、僕は真っ先に晩餐を終えて自室に戻っていた大臣のもとへ首輪を持っていった。
報告を聞いた当初の大臣の反応は正に想像通りの大きな驚きと深い疑念に満ちていたものの、2人の英雄の死やドラゴンと交わした会話の内容を告げる内に彼もようやく僕を信用してくれたらしい。
流石に彼女の慰み者にされたことだけはどうしても言えなかったものの、大臣もあのドラゴンが元々人間に対してあまり敵意を持つ存在でないことは薄々感付いてたのだろう。
「そなたの話はわかった。2人が死んだことは残念だが、誰もが皆、心の何処かでは覚悟していたことだろう」
「では、これを王女様に・・・」
「うむ・・・そなたの働き、確かに伝えておこう」
そしてそう言いながら大臣に首輪を手渡すと、僕はそっと大臣の部屋を後にした。

コンコン・・・
「う・・・ん・・・?」
今日も何の進展も見られなかった2人の英雄の行方探しに疲れてベッドで横になっていると、不意に誰かが部屋の扉を叩く乾いた音が私の耳へと聞こえてきていた。
「何方・・・?」
「大臣です、王女様・・・」
今はもう午後の10時過ぎ・・・こんな時間に、大臣が一体何の用だというのだろうか・・・?
だがしばし考えを巡らせた末にもしかしたらアーサー達が見つかったのかも知れないという何の根拠もない期待が突然胸の内に芽生えると、私は素早くベッドから這い出して部屋の扉を開けていた。

時刻は既に午後11時を回り、澄んだ大気が美しい星々の煌く濃い紫色の夜空を城の背景に用意してくれている。
大臣は、もう王女に事の経緯を話したのだろうか?
また明日から始まる衛兵の仕事に備えるべく詰め所の固いベッドに寝転がると、僕はそんなことを考えながら小さな窓から暗い闇に溶け込んだ城の様子をじっと眺め続けていた。
アーサーとボールスが亡くなったこと、新入りの衛兵である僕がドラゴンの宝石を持ち帰ったこと、そして邪悪で凶暴だと思われていたドラゴンが、実は意外にも温厚な性格の持ち主であったこと・・・
今回の出来事の直接的な引き金を引いた立場であるだけに王女の落胆と驚きは僕の話から大臣が感じたそれとはまるで比べ物にならない程に大きいだろうが、とにかく王妃を勇気付けるための最初の1歩は踏み出せたのだ。
後は図らずも大きな代償を支払うことになってしまった娘の気遣いを、王妃がどう受け取るかというだけのこと。

だがあの王妃なら、きっと人知れぬ娘の苦悩を救ってくれるに違いない。
今はまだ特に王女に対して国民の間にも反発や不信感が生まれているわけではないが、国というものは時として1人の指導者にはどうしようもなく大きく揺れ動くもの。
ましてやその指導者の立場を任せられたのがまだうら若い娘なのだから、一見すると平穏に見えるこの国も実際にはもしかしたら非常に危ういバランスの上に成り立っているだけなのかも知れないのだ。
そんなことは、かつて国民を助けることに尽力していた王妃自身が誰よりも1番よく知っているはず。
流石に今夜城の中で一体どういうやり取りが行われるのかまでは予想できないものの、僕は明日になればきっと王妃がその元気な姿を見せてくれるだろうという期待を抱きながら眠りに落ちていった。

ユサッ、ユサユサッ・・・
「ほら、いい加減に起きろ。もう起床の時間はとっくに過ぎてるぞ」
「ん・・・あ、ああ、わかった。今起きるよ・・・」
その翌朝、僕は前日の疲れのせいもあってか随分と熟睡してしまっていたらしかった。
仲間の兵士に起こされるまでは一片のまどろみすら感じていなかったのだから、きっと他の皆が着替えを終えた頃も僕はまだ大きな鼾でも掻いていたのだろう。
だがそれはともかくとして、今日は気のせいか誰も彼もが普段に比べて落ち着き無いように見える。
「今日は、何かあるのかい?」
「前王が亡くなってからずっと引き篭もっちまってた王妃様が、ようやく部屋から出てきたんだ」

「え・・・?」
昨晩眠りに就く間際までその可能性を考えていたはずの出来事が不意に現実になって、僕は思わず呆けた返事を漏らしてしまっていた。
王妃が部屋から出てきた・・・ということは、きっと昨晩の王女の説得が見事に功を奏したのに違いない。
「そうか・・・それはよかった」
「それで、これからは王女様と王妃様の2人で国政を切り盛りすることになったんだとさ」
まあ、それが妥当なところだろう。
あの王女の即位だって言うなれば周囲の側近や大臣達が形式上にでも指導者を立てておきたいという一種の体面から実行したことなのだから、王妃が健在な今となってはその必要も無くなったのだろう。

「何だ・・・良いこと尽くめじゃないか。その割には、何だか皆緊張してるみたいだけど」
「そうでもない。一昨日探してたアーサー達は、やっぱりドラゴンに殺されちまったらしいんだ。それに・・・」
「それに・・・?」
突然言葉を濁したその不審な様子にまだベッドから這い出してもいない状態のまま訊き返してみると、彼は他の連中に聞かれたくないことなのか僕の耳元へそっとその口を近付けてきた。
「俺達には詳しいことは何も教えてくれなかったんだが、どうも王妃様がお前のことを呼んでいるらしいんだよ」
「僕を呼んでいる・・・?王妃様がかい?」
「ああ・・・お前、昨日は非番だっただろ?今回の件で、何かやったんじゃないのか?」
僕のことについて詳しくは語らなかったということは、きっと大臣が気を利かせてくれた結果なのだろう。
だとすれば、僕からも昨日の出来事を他の人間に打ち明ける必要は無いということだ。
「さぁね・・・とにかく、王妃様のところへ行ってみるよ」
そしてできるだけそっけない素振りを装ってそれだけ答えると、僕は素早くベッドから出て何時もの兵装に着替え始めていた。

まあ幾ら呼び付けられたとは言っても、相手は大勢の国民達の生活を背負う一国の主。
娘に全てを任せて政治を離れていた期間だって決して短かったわけではないし、殊に複雑な国の情勢ともなれば事態は刻一刻と変わるものなのだ。
これまでその存在感でこの国を他国の侵略から護ってきた2人の英雄が没した今となっては、より現実的で具体的な国防策を新しく練り直す必要もあるだろう。
そんな山積する問題に対処するため、王妃は朝から娘や大臣達とともに食堂を兼ねた大広間で会合を開いていた。
尤もその会合も元を辿れば王妃の提案で始められたというのだから、彼女の国の指導者としての手腕はやはり並々ならぬものがあると言わざるを得ない。
何れにしても、僕が王妃に会えるのは晩餐の後になることだろう。
それまでは妙な噂のせいで色々と勘繰る連中の視線に耐えながら、普通に仕事をこなしていればいいだけなのだ。

疲れのせいか何だか異常な程に長く感じた1日のお勤めにもようやく終わりが近付いてくると、僕は何時ものように最後の仕事である晩餐会場の警備をしながら王妃がやってくるのをじっと待ち続けていた。
やがてもう城のほとんどの人達が席に着いたかという段になって、ようやく王女と大臣を伴った王妃が遠い通路の先からこちらに向かって歩いてくるのが目に入る。
食堂の中を見渡す限り、どうやら彼らで最後のようだった。
だがいよいよ王妃が僕の近くまでやってくると、大臣が不意に王妃に向かって何やら小声で耳打ちを始める。
きっと、王妃に僕が"例の衛兵"であることを告げているのだろう。
まあ、これだけ大きな城にこれだけ大勢の人間がいるのだ。
大臣が僕を見て新入りの衛兵だと見抜いたことにだって些か驚いたくらいなのだから、王女や王妃に至っては流石に新入りの一兵士の顔などいちいち覚えてはいられないのだろう。
そして大臣の話を聞いた王妃と思わず目が合ってしまうと、それを合図にしたかのように彼女がゆっくりと僕の方へ近付いてきていた。

「あなたね?娘の無茶な願いを叶えてくれたという方は・・・」
「は、はい」
「晩餐が終わったら、私の部屋へ来てもらえないかしら?」
実際に王妃から面と向かって言われるまで何処か半信半疑だった呼び出しの事実に動揺して、僕は何と答えていいのか分からずについ王妃の後ろにいる大臣へと視線を向けてしまっていた。
その先で、彼が無言のまま大きく頷いている。
「わ、わかりました。必ずお伺いします」
「ええ、待ってるわ」
そしてそんな一瞬のやり取りがまるで嵐のように頭の中を通り過ぎていくと、僕は何時の間にか王妃達が晩餐の席へ座ったことに気付いて素早く食堂の扉を閉めていた。

その夜・・・
王妃の復帰祝いも兼ねてか久し振りの盛大などんちゃん騒ぎとなった晩餐の時間もようやくお開きとなると、僕は召使い達によって食堂が元通り綺麗に片付けられたのを見届けてから王妃の部屋へ向かうことにした。
別に僕は、誰かに咎められるようなことをしたわけではない。
それに王妃から直接自分の部屋に呼び出されたということは、きっと今回の件で何か話したいことや僕から訊き出したいことがあるのだろう。
だが頭ではそうだとわかっているのに、あまり手放しで喜べるような明るい気分になれないのはどうしてだろう?
確かに、無敵の英雄だったはずのアーサーとボールスは死んだ。
だがそれはこの国にとって大きな痛手であることに違いはないが、僕が個人的に気に病むような話ではない。
或いはドラゴンの慰み物にされたことをまだ打ち明けていない後ろめたさというのか、人間としての倫理的な背徳感に苛まれているせいだとでも・・・?
いや・・・きっと、そのどちらでもないのだ。
この何か釈然としない気分の原因は、きっと僕が考えているのとは全然別の場所にあるのだろう。
とにかく、今は王妃の部屋へと行ってみるより他にない。
そして随分と薄暗くなった廊下を歩いていく内にようやく王妃の部屋の前までやってくると、僕は1つ大きく深呼吸してから眼前の豪奢な装飾の施された扉をノックしていた。

コッコッ・・・
「入って」
てっきり誰何の声が返ってくると思っていたものの、既にこの時間の訪問者が僕であることを確信しているのか控え目なノックの音に部屋の中からそんな王妃の声が聞こえてくる。
たとえ城を護る衛兵といえども、基本的に一般の人々は王族の個室に入ることが許されていない。
彼らの部屋に入ることができるのは同じ王族と、専属の限られた召使い達だけなのだ。
それ故に、新入りの衛兵である僕が王妃の部屋に呼び出されたというのは、正に異例の事態だった。
そして喉が渇くような緊張感とともにそっと部屋の扉を開けてみると、その向こうに幾つかの燭台で照らされただけの薄暗い部屋が僕の前に姿を現していく。
部屋の中央にはこれまた燭台を置いた小さな丸いテーブルが佇んでいて、僕はその向こうに高価そうな椅子に座った王妃の姿を認めていた。

「し、失礼します」
普段は近くで接する機会が無いだけに王族に対してあまり特別な感情を持ったことなどなかったのだが、いざこうして1対1で面と向かって相対すると何だか酷く委縮してしまう。
「そこに掛けて・・・楽にしていいのよ」
「は、はい」
やがて王妃にそう言われ、僕はテーブルを挟んだ向かい側にも彼女が座っているのと全く同じ椅子が置かれているのに初めて気が付いていた。
相手は王妃だというのに、これではまるで対等な扱いじゃないか。
だが流石に王妃の勧めを断るわけにもいかず、僕は言われるがままにそっとその椅子へと腰掛けていた。

「まずは、あなたにお礼を言わせて欲しいの。娘の願いを聞いてくれて、とても感謝しているわ」
「そんな・・・僕はただ・・・」
そして突然の一言にしどろもどろに反応を返す僕を手で制しながら、王妃が更に先を続ける。
「私を元気付けようと、あの子が他の皆に無茶をさせていたことには薄々気が付いていました」
ユラユラと揺れる炎の明かりのせいだろうか・・・そう呟いた王妃の顔が深い苦悩に歪んでいるように見える。
「だから私がもっと早く立ち直っていれば・・・きっと2人の英雄を失うこともなかったでしょう」
「お気持ちはわかります。僕も、流行病で父を亡くしました。王妃様の救いがなかったら、今頃は僕も・・・」
「ありがとう・・・そう言ってもらえると少しは気分が楽になるわ」
やはり王妃も、一時の悲しみに流されたことで国を乱してしまったという責任を重く受け止めているのだろう。
それでもようやく気分を落ち着けて王妃本来の美しい表情を取り戻すと、彼女がおもむろに背後の棚から何やら青色に輝く小さなものを取り出していた。

「それであなたに、お礼としてこれを受け取って欲しいの」
見ればどうやら王妃の手に握られているのは、僕が持ち帰った首輪に嵌まっていたサファイアのようだ。
金の帯から取り外されて再研磨されたらしいその透き通るような美しい青の色合いが、明るい炎に煌いている。
「そ、それを・・・僕に・・・?」
「あなたが危険を冒して持ち帰ってくれたものを、私達が使うわけにはいかないですもの」
ということは、きっと彼女は残った他の部分も何か別の用途に使うつもりなのだろう。
「・・・わかりました。大切にさせて頂きます」
「ではこの国を立て直すために、これからも力を貸してもらえるかしら?」
「はい、もちろんです!」

やがてそんなやり取りを終えて王妃の部屋を出てくると、僕は詰め所へと向かいながら依然として胸の内に残っている奇妙なしこりを幾度も幾度も反芻し続けていた。
やはり王妃には今回の件でお礼を言われただけだったし、特に新たな問題が持ち上がったというわけでもない。
なのに、どうしてこうも気分が晴れないのだろう?
何か、まだやり残していることがあるのだろうか?
だがそれが一体何なのかが分からないまま、次の日も次の日も、空しい時間だけがただただ過ぎ去っていった。

王妃がこの国を纏め始めてからというもの、国民の生活には特に大きな変化は見られないが、城の中の様子は以前に比べて明らかに明るく活発なものになっている。
それはもちろん王女の無茶な要求が無くなったお陰というのもあるのだろうが、1番の原因はやはり王妃自身が前王の死の悲しみを乗り越えられたことだ。
王妃という身分でありながら誰からも慕われる人柄であるだけに、彼女が塞ぎ込んでいるのは王女だけでなく城の皆にとっても辛いことだったのだろう。
だがそんな復興の兆しに沸く城内にあっても、今回の功労者であるはずの僕だけはまだ気分が晴れていない。
どうしても煮え切らない何かが、今もこの胸の中で渦を巻いている。
そして僕はその原因の中心にあるのが、あのドラゴンなのではないかと考え始めていた。
また、彼女のところへ行ってみようか・・・
生物の気配もほとんど無い不毛の岩地で独り寂しく暮らしている、あの雌老竜のもとへ。

やがてあのドラゴンに会った日から1週間が経ち、僕は再び週に1度の非番の日を迎えていた。
そして前と同じように私服に着替えて詰め所を出ると、遥か西方の広大な岩地へと自然に足を向けてしまう。
もちろん2週間振りの母の顔を見るために実家へ帰ることもできたのだが、今日はまだそれはしたくないというのが正直なところだった。
王妃から貰った大きなサファイアは既に大臣と相談して実家の母のもとへと送っているし、今頃家に帰ればきっとそのことで色々と母に訊かれることになるのは目に見えている。
それに自分でもこんなもやもやとした気分をすっきりさせないことには、家に帰ったところでゆっくりと休むことなんて到底できそうになかったのだ。

そのまましばらく先週と同じように西に向かって町の中を歩き続けていると、ふと以前とは大分様子の変わったものが僕の目に飛び込んでくる。
町と岩地を隔てる国境に、まだ低くて粗いが新たな防壁が造られ始めていた。
アーサーとボールスという2人の偉大な英雄を失い、この国もこれまでのような侵略の無い平和で穏やかな生活を続けていくのにはそれなりの国防が必要になったのだろう。
やがてそれとは反対に必要がなくなったのか取り払われてしまった古い木製の立て看板があった場所をチラリと一瞥すると、僕はそっと寒風吹き荒ぶ広大な岩地へと足を踏み入れていった。
そして以前の記憶を頼りに高い岩壁を必死に攀じ登り、外部から隔てられたドラゴンの庭へ静かに飛び降りる。

特徴的な岩柱や岩塊があちこちにあるお陰で、再び洞窟を探し当てるのはそんなに難しいことではなかった。
時刻はまだ昼前・・・ぽっかりと口を開けたその薄暗い洞窟の奥から聞こえてくる轟音のような寝息を聞く限り、彼女は今日も幸せな眠りに落ちているのだろう。
やがて彼女を起こさないように足音を殺しながらそっと闇の中を歩いていくと、僕は相変わらず天井の穴から差し込む陽光を浴びて優雅に眠っているドラゴンの姿を目にしていた。
胸に掛けていたあの金の首輪はもう無くなってしまっているが、それでも老竜の威厳を保つ険しい寝顔と紅白に彩られた見上げるような巨体がやはり依然として何処か高貴な雰囲気を彼女に纏わせている。
このまま、彼女が目覚めるまでここで待つとしよう。
そして入口から程近い岩壁にゆったりと背を預けて座り込むと、僕は眼前で深い眠りに就いている不思議な巨竜を飽きることもなくずっと眺め続けていた。

「う・・・ん・・・」
何時だったかも感じた気がする、近くに何かがいるような奇妙な気配。
だが確かに身に覚えのあるその感覚に、あたしは静かに目を開けると洞窟の入口へと続く通路のすぐ傍で蹲っているあの人間の姿を認めていた。
「おやおや・・・あたしが起きるのを、ずっとそこで待っていてくれたのかい・・・?」
「眠ってるところを邪魔されるのは、嫌いなんでしょう?」
「誰だってそりゃそうさ・・・だけど、お前に起こされたってあたしは怒ったりしやしないよ」
やがてそんなあたしの返事を聞くと、座っていた人間がゆっくりと地面から立ち上がる。
「今日はただ・・・あなたに一言、お礼を言いたくてきたんだ」
そして明瞭な声であたしにそう告げはしたものの・・・彼の顔に浮かんでいた何処となく翳りのある表情からあたしはきっと彼自身でも気が付いていないのであろうここへきた本当の目的を即座に見抜いていた。

「それで、何もかも上手くいったのかい?」
「うん・・・あなたのお陰で王妃様も無事に復帰したし、城の中も随分と明るくなったよ。本当にありがとう」
「クフフフ・・・なぁに・・・礼には及ばないさね・・・」
やがてそう言いながら微かに笑った彼女の様子に、何だかようやく肩の荷が下りたようでホッとしてしまう。
「それじゃあ・・・僕はもう帰るよ。あまりあなたの昼寝の邪魔をしちゃ悪いしね」
「お待ちよ・・・まさか、そんなことを言うためだけにこんなところまでやってきたわけじゃないんだろう?」
「えっ?」
だがドラゴンへの用も済んで家へ帰ろうと踵を返したその時、僕は背後から投げ掛けられたその予想外の言葉に思わず動きを止めていた。
「どういう・・・意味だい?」
「お前には、まだやり残していることがあるだろうってことさ」

やり残していることだって・・・?
確かに、僕の心の中には1週間前のあの日から片時も消えることなくずっと奇妙なしこりが残っている。
僕自身ですらわからないその心残りの原因を・・・まさか彼女が知っているとでも言うのだろうか?
「き、急にそんなこと言われても・・・何の事かわからないよ」
「ふぅん・・・本当かい?だけど、これでも思い出せないとは言わせないよ・・・?」
やがてそんな意味ありげな呟きとともに、彼女がゆっくりとその巨体を左右にくねらせていく。
クチュッ・・・ギュチュ・・・
その瞬間何処からともなく淫らな水音が響き渡り、あの濃厚な愛液の香りが俄かに辺りへと立ち込め始めていた。
「うっ・・・」
「あの時言ったはずだよ・・・"まだ少し物足りないけど、今日のところはこのくらいで"ってねぇ・・・?」
「ま、まさか・・・また・・・あの続きを・・・?」
彼女が僕に要求しているのは、交尾と呼ぶことさえ憚れる程の凶暴な雌による容赦無き雄の蹂躙・・・
あの時ですら危うく死に掛けたというのに、またあんな目に遭わされたら今度こそ命の保証は無い。

「ほぉら・・・逃げるなら今の内だよ・・・今日は、とても手加減なんてできそうにないからねぇ・・・」
彼女に捕まったら、きっと今度こそ精も根も枯れ果てるまで残らず搾り尽くされてしまうことだろう。
だが早くここから逃げなければという理性の必死な訴えとは裏腹に、僕の体はこの眼前に佇む美しい雌竜の餌食にされることを既に受け入れてしまっているようだった。
いや寧ろ・・・自ら望んでいたと言った方がいいのかも知れない。
その証拠に地面に立っていたはずの足からは何時の間にかすっかりと力が抜け、腰もとうに砕けてしまっている。
そして地面にへたり込んでいた僕に向かって、彼女がまるで獲物を焦らすようにゆっくりと迫ってきていた。
「あう・・・ぅ・・・こ、こんなの・・・ず、ずるいよ・・・」
「クフフ・・・こんな生活をしていると、狙った獲物を逃さない術も必要になるのさ・・・」
確かに、こうなってしまったからにはもう彼女からは到底逃げられそうにない。
やがて徐々に迫り来る飢えに飢えた巨大な雌老竜の姿をぼんやりと見上げながら、僕は激しい不安と、冷たい恐怖と、そして熱い期待の入り混じった息をゴクリと呑み込んでいた。

音も無くこちらに伸ばされる、彼女の大きな手。
何の抵抗も無く脱がされていく、僕の薄い服。
今か今かと獲物を待ち受けている、彼女の煮え滾った蜜壷。
天を衝かんとばかりに大きく漲った、僕の憐れな雄槍。
それらが僕の記憶と視界を掠めて通り過ぎていったかと思った次の瞬間、僕は文字通りの火所と化した熱く燃える彼女の中に自らの贄を差し出していた。
ジュブブブッ・・・シュルルッ
そして以前と同じく挿入と同時に下半身へ太い尾を巻き付けられ、全身の自由を一瞬にして奪い取られてしまう。
「う・・・あっ・・・うひぃぃぃ・・・!」
「おおぅ・・・何ていい声なんだい・・・ほらもっと・・・もっとたくさん鳴いとくれ・・・」
グジュッ、グギュッ、メシッ、グシッ、メキャッ・・・
仰向けになった巨竜の広大な腹の上で容赦無く揉まれ、締められ、押し潰され、扱き上げられる・・・
「ひっ・・・うぐ・・・かはっ・・・ぐあああっ・・・」
それは確かに命の危険さえ感じる程の苦痛を伴った極めて一方的な行為ではあったものの、僕は何時しか素直にその全てを受け止めようと体中の力を抜いていた。
荘厳だが何処か孤独な竜の女王から僕に与えられた、思いがけぬ報酬として。

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