私が目を覚ますと、そこには晴れ渡る青空が広がっていた。
サワサワという涼しげな音が、辺りを駆け抜けている。
数秒ぼんやりとしていたが、やがて理解に至る。
この草原に休憩がてら訪れてぼんやりと空を眺めているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 ふいに、風が傍らをすり抜けた。まるで私が一人であることを強調するかのように。
隣には誰もいない。そのことに微妙な違和感を感じてしまう。
一部だけ切り取られた風景を見ているような違和感が。
突然不安が押し寄せ、私は慌てて辺りを見回す。
するとすぐに、何メートルか先にうずくまる、蒼と紅の大きな姿が目に入ってきた。

――よかった。

――居た。

 蒼い体を草原に横たえ、眠っている。
大きな紅の翼も、今は元気なく垂れ下がっていた。
私はほっとして近づこうとしたが、何歩か進んで躊躇いが生まれる。
本当はすぐにでも駆け寄って頭をなでてやりたかった。
足を踏み出そうとする。しかし、途端に私の足は重い石と化してしまう。

 きっと私はまだ信じ切れていないのだろう。あれが本当にアイツなのかと。
アイツの姿を見るたび、何処かでそれを認めきれない私が居るのだ。
その現実を否定する心が、私に躊躇いを起こさせている。

 大きく広がる真紅の翼は美しい。四肢の鋭く尖った爪も、凛々しさ、雄々しさを感じさせる。
いつの間にか背丈は私を追い越していて、私が身をあずけることも出来る。
そして戦いの時にはその体躯を十分に駆使した、爪の攻撃、口からはき出す炎。めざましい活躍を見せてくれる。
こんなに頼りになるパートナーが他にいただろうか。私が知る限り、アイツ以外にいなかった。

 しかし、アイツが頼りになると感じれば感じるほど、私は妙に寂してたまらなくなるのだ。
今のアイツを見ていると必ず浮かんでくるのは昔の姿。
あの頃は小さくて、私の足下を元気良く駆け回っていた。
時々抱いてあげると、私の腕の中で嬉しそうに微笑む。そんなアイツの姿が好きだった。
 今のアイツも決して嫌いなわけでは……ないと思う。
はっきりと断言出来ないところが、自分のことながら本当に情けない。

 どうしてこんな不安な気持ちになるのだろう。今までずっと一緒にいたはずなのに。

 どうしてこんなにも落ち着かないのだろう。側にいて安心できる存在だったはずなのに。

 ひょっとすると私は、アイツのことが怖いのだろうか。
姿を大きく変えてしまったアイツのことを、恐れているのだろうか。
何度かそれを感じたことはある。
あの鋭い爪や牙、私に向かってくるはずはないとは分かっていても、何処かアイツに対して心を許しきれないのだ。
しかし、それを認めてしまうと本当に心の底からアイツのことを嫌いになってしまいそうで恐かった。

 目が覚めたらしく、ふと、アイツが顔を上げる。
無意識のうちに体が反応してしまっていた。それと共に湧いてくる罪悪感。
私が何を思っているのか、きっとアイツは分かっている。
今までずっと一緒にいたのだ。私の態度の変化に、アイツが気づかないはずはない。
 アイツは私に視線を向けてきた。どこか寂しそうな瞳を。
普段は鋭いアイツの眼だったが、その時は触れればそのまま崩れてしまいそうなほど、弱々しかった。

 私はハッとさせられた。あの瞳には見覚えがある。
あの目は昔、私がアイツとケンカをしたあとアイツがいつも見せていたものだ。
あの頃は私も幼く、つまらないことで諍いをしたこともあった。
そんなとき必ず、アイツはあの目で私を見るのだ。
遠くへ行かないで、とでも言いたげな、不安に埋め尽くされたその瞳を。

 その瞬間、私は不思議と心が軽くなったのだ。
私がアイツに近づこうとするたびに、私を縛していた何か。
考えて考えて、悩めば悩むほど嵌っていく深み。
まるで、それらから解放されたかのように。

 私は何を迷っていたのだろうか。
どんなに昔の面影を残していなくとも、どんなに姿が変わってしまっても、アイツはアイツだ。
ほかの誰でもない。昔から私の側にいた……いや、側にいてくれたアイツ以外の何者でもなかった。
そして、昔のアイツはちゃんと私の記憶の中にいる。もう、迷わない。

 私は駆け足でアイツの側に駆け寄る。
そして、その逞しい体躯を抱きしめ、そっと呟いた。

――ごめんね。

――寂しかったでしょう。

 抱くには私の手に余る大きさだったが、そんなことは気にならなかった。
久々に触れたアイツの体は暖かい。
側にいる私にいつも安心感を与えてくれていた、昔と変わらない暖かさだった。
 私の腕の中で、アイツは小さく甘えたような声を上げた。
小さな鳴き声を漏らすアイツは、どこか甘えん坊な昔のアイツのままだった。
久しぶりに私に抱かれたのが嬉しかったのだろうか。
それとも、私の気持ちが変わったことを分かってくれたのだろうか。

 ずいぶんと寂しい思いをさせてしまったけれど、また私を受け入れてくれた。
たとえ姿が変わっても、どんなに強くなっても、私を必要としてくれている。
やはり、アイツはアイツなんだ。それが分かったから、また、歩き出せる。

 たしかに昔と全く同じように接するのは無理かもしれない。
だけど、もうそんなことは気にならなかった。
私がアイツの側にいれば、アイツも私の側にいてくれる。
それに気がつくことができただけで充分だったから。



END
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