「よーく狙えよ・・・お互いに、弾は2発しかないからな」
「ああ、わかってる」
茂みの中から長い銃口を覗かせた2人の男が、小声でそう呟きながら照準の先に捉えた獲物に狙いを付ける。
彼らの見つめるその先では、体高80センチにも満たない小さなドラゴンが己に差し迫った危機に気付くことも無く呑気に山道を歩いていた。
だが微かに変わった風向きにようやく自分を脅かす敵の存在を感じ取ったのか、不意にドラゴンがその可愛らしい小さな顔を少し離れた茂みの方へクルリと振り向ける。
その瞬間、パーンという2つの乾いた銃声がまるで折り重なるように晴れ渡った山中へと轟いた。

「ク・・・クゥ・・・」
ドサッ・・・
「やったぞ!」
さして硬い甲殻に覆われているわけでもない胸と腕に命中した2発の麻酔弾が、仕込まれた強力な薬液の効果で小さなドラゴンの意識を急速に奪っていく。
だが幸いにして、大切な獲物に対する銃撃の傷は最小限に留めることができたらしい。
俺は首尾よくドラゴンを仕留められたことに歓喜の声を上げながら隣にいた相棒に目配せすると、周囲に他に誰もいないことを確認してから倒れ伏したドラゴンへと素早く近付いていった。
そしてその頭から生えた純白に輝く2本の立派な角を、力任せに根元からボキリと音を立てて折り取ってやる。
「へへ、ありがとよ。またよろしく頼むぜ」
やがてそう呟きながら角を失ったドラゴンをそっと大きな木の陰へ横たえると、俺は次の獲物を探すべく相棒とともに深い茂みの奥へと足を踏み入れていった。


「おい、いい加減に起きろ。お前に仕事の依頼だぞ」
不意に夢の世界へと聞こえてきたその幾分かの苛立ちを伴った男の声に、僕はハッと目を覚ますとベッド代わりに使っている長いソファから体を起こしていた。
そして寝惚けた頭を左右に振りながら辺りを見回して、眼前に立っている見慣れた男の姿に視線を止める。
「全く・・・相変わらずものぐさな奴だな」
「あ、ああ、悪いね・・・それで、今回は何の調査だい?」
「こいつだよ」
彼はそう言うと、後ろ手に持っていた数枚の紙の束を僕の目の前にヒラヒラと翳して見せた。
その表紙に書かれていたのはこの国ではもう誰もが馴染み深い、しかし世界的には珍しいある生物の名前。

「今更かい?」
「今更ってことはないだろう?お前が毎日好きな研究に打ち込めるのも、元を辿ればこいつらのお陰なんだぞ」
「まあ、それはわかるけどさ・・・」
僕はそう言って彼から資料を受け取ると、パラパラと軽く中身に目を通してみた。
最初はその内容の薄さにてっきり仕事の依頼について書かれた物かと思ったのだが、どうやらこれは表題の生物についてのこの国の調査記録であるらしい。
「もしかして、これで全部なのかい?」
「信じられないかも知れないがな。この国の連中ですら、あいつらのことはあまりよく分かっていないんだよ」
そんな・・・この国が周辺諸国に比べて桁違いに発展しているのも、皆この生物達のお陰だって言うのに・・・

「だけど、どうして今までは彼らのことを何も調べようとしなかったんだ?」
「前王は奴らの存在を神の恵みとでも思っていたんだろうが、先日王位を継いだ息子の方は違ったということさ」
成る程・・・確かに前の王はその信心深さも相俟って、この生き物達を大切に扱うことを国民に公約していた。
だが新たにこの不思議な国の王となった息子の方は、もう少し現実的に彼らの存在を認識しているのだろう。
「わかったよ。それで、期限は何時までだい?」
「さあな・・・何しろ相手は今のところ"未知の生物"だからな。調査に必ずしも危険が無いとは言い切れない」
「じゃあ、無期限ってことか?」
そうは言ってないとばかりに、彼が無言で僕の呑気な言葉を否定する。
「できるだけ早く、だ」
「だと思ったよ」
半ば予想できていたその彼の答えに、僕は少しおどけた調子でそう返事を返していた。

ややあって彼が部屋を出て行くと、僕は窓際に置かれた机に向かってもう1度彼から受け取った資料にゆっくりと目を通すことにした。
表紙に"ミニチュアドラゴン"という名が綴られた薄い紙の束に書かれているのは、おぼろげながら判明している彼らの生態の断片だ。
文字通り小型のドラゴンである彼らはこの国の中部に位置する山の中にしか生息していない種で、これまで発見されている最大の個体でもその体高は90センチ未満なのだという。
しかも成体と思われる者達でさえ牙と爪が未発達なせいで、ほとんど自力で獣を狩ることが出来ないらしい。
更には性格も非常に温厚で人間を襲ったというような報告も皆無な為、愛玩用のペットとして人間達に飼われている場合もある生物だ。

だが彼らが持つ純白の双角は小さいながらも本来入手の難しい貴重なドラゴンの角と同等の品質を保っていて、この国では極めて簡単に手に入るにもかかわらず他国に売れば大きな利益を生むことができた。
そしてこのミニチュアドラゴンが人々に重宝される最大の理由は、普通であれば1度折れたら生涯そのままであるはずの角を再生する能力があることだった。
だからドラゴンの角を求める者達の間では大抵の場合彼らを生け捕りにして、角だけを取ってまた山に返してやるのが通例となっている。
そんな正に神の恵みとも言えるミニチュアドラゴン達のお陰で、この国は近隣諸国に比べて非常に豊かな財政と高い文化水準を誇っているのだ。

やがて読み終えた資料を机の上に放ると、僕は座っていた椅子から立ち上がって大きく背伸びをした。
こうして生物学者としてこの国の王宮の片隅で自由に仕事をさせて貰えるのは非常に有難いことだし、それもこれもこのミニチュアドラゴン達による恩恵なのだと考えればこの調査には確かに腕が鳴る。
ミニチュアドラゴンが発見された40年余り前から彼らについての詳しい生態調査がされていなかったのは僕にとっては些か驚きだったのだが、それもこの国の人々が彼らを身近な生物だと認識していたが故なのだろう。
普段からよく目にする生物であればある程、それについては却って何も知らないということは珍しくない。
とは言え、まずは山に行って実際に彼らの姿を見てみないことには始まらないだろう。
僕はそう心に決めると、早速山登り用の厚手の服を貸して貰おうと豪奢な"研究室"を後にしていた。

「山に行くのか?普段はものぐさだが、流石に仕事は早いんだな」
「まあね。言われてみれば僕自身もミニチュアドラゴンのことはよく知らなかったし、いい機会だよ」
王宮のメイドに頼んで調達してもらった登山用の服に着替えながら、僕は自分の部屋で仕事の依頼を持ってきた男と再び顔を合わせていた。
彼は王族の身の回りの世話をしている執事なのだが、歳は比較的若く僕と話をする機会も多い。
実際のところ、僕を王宮住み込みの研究者として前王に斡旋してくれたのは彼なのだ。
彼自身も毎日年寄りの大臣達を相手にするのが億劫なのか、気軽に話せる立場の者を王宮内に置きたかったというのが本音なのだろう。
もちろん彼から直接そう聞いたわけではないし立場上そんなことは言えないのだろうけれど、彼の僕に接する態度や物腰を見れば僕にだってそれくらいの想像は容易に付いた。
「ああそうだ。奴らを捕まえてくるつもりなら、ハンターを1人同行させよう。部屋で飼うつもりなんだろう?」
「そうだね、そうして貰えると助かるよ」
「なら、すぐに手配しよう。王宮の前で待っているといい」

それから15分後、僕は彼に言われた通り王宮の前で1人のハンターを紹介されていた。
歳は30代のがっしりした体付きの男で、その背には狩猟用の麻酔銃が掲げられている。
「よろしくな。奴らを捕まえるのは任せておいてくれ」
「ああ、こちらこそよろしく」
そして互いに簡単な挨拶を済ませると、僕達はミニチュアドラゴンの棲む山へと馬車で向かうことにした。
町中ではペットとして飼われているミニチュアドラゴンの姿をよく見るが、野生の姿は僕もまだ見たことが無い。
話に聞く限りでは山に行けば大勢のミニチュアドラゴン達を目にすることが出来るらしいが、彼らが一体どうやって狩りを行っているのか、どうやって繁殖しているのかは誰も知らないのだという。
しかも山中ではその貴重な角を巡って密猟が横行しており、無事に角のあるミニチュアドラゴンを見つけるのはある程度の運が必要になるらしい。
まあ僕としては、生態の研究用にミニチュアドラゴンを1匹捕まえたいだけなので問題は無いのだが・・・
やがてそんなことを考えながら馬車に揺られて山の麓までやってくると、僕は逸る気持ちを抑えて眼前に広がっている深い森をじっと見つめ続けていた。

「それで、まずはどうするんだ?」
「取り敢えず、野生のミニチュアドラゴン達の姿を見たいんだ。捕まえるのは、それからでもいいだろ?」
「ああ・・・まあ、丸腰で近付いてもほとんど危険は無いから、好きにするといい」
僕はそんな彼の言葉に後押しされて森の中へと足を踏み入れると、そこに広がっていた光景に内心の驚きを隠すことができなかった。
「うわぁ・・・」
鬱蒼と茂った深い茂みや木の陰から、何匹ものミニチュアドラゴン達の姿が見える。
ふっくらとした柔らかそうな腹を残して全身を覆っているのは、細かい鱗というよりは寧ろゴツゴツした硬い剛皮のようだ。
だが突然出現した人間に興味を惹かれていたのか足元から可愛らしい視線を僕に注いでいた1匹のミニチュアドラゴンにそっと手を触れてみると、それも微かに弾力があって麻酔銃の弾を防ぐ程でもないらしかった。
しかも最近人間達に角を折られたのか本来角が生えているのであろう後頭部の窪みからは歪に砕けた純白の角の先端がほんの少しだけ顔を出していて、その顔から竜族としての威厳のようなものを奪ってしまっている。
辺りを見回してみても、やはり角を生やしている個体は10匹に1匹いるかどうかといった状態らしい。
しかしその角も以前に折られてしまったものらしく、その先端は円錐型ではなく歪な凹凸を形作っていた。

「本当に角が再生するんだな」
「ああ・・・尤も、1度折れた角が元の長さになるまでには最低でも1年は掛かるんだが」
「どうしてそんなことを知ってるんだい?国の調査記録にも、そんなことは書かれてなかったのに・・・」
そう訊くと、彼が少し照れ臭そうにはにかみながら返事を返してくる。
「実は、俺もミニチュアドラゴンを飼っていてね・・・5年前に仕事を終えた後、1匹だけ家に連れ帰ったんだよ」
「今も元気なの?」
「毎年伸びた角を隣国に売って生活費の足しにしているが、相変わらず家の中で元気に飛び跳ねているよ」
成る程・・・ミニチュアドラゴンをペットにしている家にとって、彼らは小さくて可愛い愛玩動物であると同時に正に金の卵を産む鶏といった扱いなのだろう。

「クゥ・・・ククゥ・・・」
やがてそんな彼との他愛の無い会話に気を取られていると、今まで足元に座り込んで僕を見上げていたミニチュアドラゴンが不意に立ち上がって僕の足へギュッと力一杯抱き付いてきた。
可愛らしい鳴き声を上げているところから察するに、背中を撫でてやったせいか僕に懐いてしまったのだろう。
「はは、あんた、そいつに気に入られたようだな。連れて帰るのはそいつにするかい?」
「そうだね。こんなに可愛いドラゴン達を麻酔銃で撃つのも何だか気が引けるし、こいつを連れて行くよ」
そしてそう言うと、僕はそっとその淡い黄色のミニチュアドラゴンを地面の上から抱き上げていた。
「クゥ!クッククゥッ!」
僕に抱かれて嬉しがっているのか、ただでさえ可愛いそのミニチュアドラゴンの顔に満面の笑みが浮かんでいく。
まるで産まれて間もない子供のようなその無邪気な反応に、僕は淡い黄色に染まった不思議な小竜の感触を素直に楽しんでいた。

それから3時間後・・・僕は王宮の片隅にある自分の部屋で、山から連れ帰ってきたミニチュアドラゴンを放し飼いにしながら静かな観察を続けていた。
可愛らしい声を上げながらゴロゴロと床の上を転がってみたり見慣れない物をクンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでみたりする辺りは、仔犬の習性に近いものがあるようだ。
餌は野菜よりも肉類を好むらしいのだが、爪も鈍らな上に牙も半分程度しか生え揃っていないこの小さな竜に野生の獣を狩ることが出来るとは到底思えないのが1番大きな謎の部分だった。
もしかしたら集団で狩りをするものなのかも知れないが、それでも鹿や猪に本気で抵抗されたら仕留めるのは難しいのに違いない。
唯一襲って制圧できる可能性があるとしたら精々が人間くらいのものだが、これまで人間を襲ったという報告が全く無い以上は鼠などの小動物を捕らえていると考えるのが現実的というものだろう。

「それにしても・・・本当に可愛いんだな」
急に連れてこられた見慣れぬ周囲の状況を大体確かめ終わったのか、やがてミニチュアドラゴンが椅子に座っていた僕の膝にその爪を引っ掛けて攀じ登ろうとしていた。
体高40センチ余りの小さなドラゴンが必死にウンウンと唸りながら人間の膝元に這い上がってくる様は、何とも胸が締め付けられる程に愛くるしい。
仮に高値で売れる貴重な角が生えていたとしても、僕にはこのドラゴンからそれを力尽くでもぎ取るような可哀想な真似は到底出来そうに無かった。

「さてと・・・取り敢えず、お前には名前を付けてやらないとな」
「クゥクゥッ!」
ようやく僕の膝の上まで登ることができてフゥと小さな息を漏らした小竜が、その言葉に嬉しげな声を上げる。
だがやはり人語を解する程の知能は無いのか、ミニチュアドラゴンもそれ以上は何も言わずに不思議そうな表情を浮かべたその小さな顔を傾けながらじっと僕を見上げていた。
「そうだな・・・お前は雄みたいだし、ミドラなんていうのはどうだい?」
「クゥ・・・?」
「お前の名前だよ。悪くないだろ?」
やがてそう言いながら軽く撫でてやると、ミドラがまるで甘えるようにそのゴツゴツとした剛皮に覆われた頭を僕の手へと擦り付けてくる。
そしてその日から、僕は毎日時間の許す限りミドラを観察するようになった。

「えーと・・・体長は尻尾も入れて116センチ、体重は37キロ・・・餌は肉食・・・と」
餌を食べている時と寝ている時以外はほとんど四六時中僕に擦り寄ってくるミドラの相手をしながら、僕は生態研究用のレポートに判明したミドラのデータを次々と書き加えていった。
まずは単体のデータや習性を把握してから、今度はあの山で集団での生活の様子を観察しなくてはならない。
その時はもちろんミドラも山へ連れて行くつもりだが、果たして狩りの様子や生殖の様子を実際に目にすることが出来るかどうかは依然として疑問の域を出ていなかった。
ミドラが今一体何歳なのかは判らなかったが、その爪はまだ先端が若干丸みを帯びており野生の獣はおろか人間の僕の皮膚さえ容易には傷を付けることができそうにない。
牙の方も顎の上下に30本程の生えしろがあるにもかかわらず、生えているのはこれもまた鋭さの無い先の丸い牙が6割程度といった具合なのだ。
咬合力はそれなりにあるようだから小さな肉は何とか食べることが出来るようだが、何度か食事中に手を出して力一杯噛まれた時も痛いだけで骨まで砕ける程の力は無いらしかった。

「やっぱり獲物は小動物なのかな・・・?」
曲がりなりにもドラゴンの名を冠する生き物が鼠のような小動物を標的にするというのは個人的に何とも腑に落ちないのだが、実際森の中で手に入りそうな食料がそれしか無い以上はそう納得せざるを得ないだろう。
その仮説を確かめようと、僕は町で生きた仔鼠を買ってくるとミドラの前にそれを放してみた。
だが自分よりも遥かに巨大なドラゴンに睨み付けられて動けなくなってしまった哀れな鼠に、ミドラは餌というよりもまるで遊び相手でも見つめるような興味深い視線を注ぐばかり。
やがて眼前の生きた獲物を一頻り値踏みすると、不意にミドラが鼠に向かって飛び掛かっていった。

「ククゥッ!」
バシッ!
次の瞬間、力一杯薙ぎ払われたその小竜の右手に仔鼠が広い部屋の中央から壁際まで吹き飛ばされる。
悲鳴を上げる間も無かったのか無言で壁に激突した鼠にはそれでもまだ息があったものの、流石に走り回って逃げる程の俊敏さは早くも失ってしまったらしかった。
ヨロヨロとふら付きながら地面から立ち上がった鼠が、なおも迫り来る小竜から逃げようと必死に背を向ける。
だがあっという間に追い付かれてしまうと、今度はその大きな手が真上から獲物の上へと振り下ろされた。
バン!
「ピギッ!」
更には床に叩き付けられてグッタリとした鼠を掴み上げると、ミドラがそれを静かに頭上へ持ち上げていく。
そして自分の力で捕らえた獲物に満足げに目を細めながら、ミドラは大きく天を仰いで開けられた自らの口の中に力尽きた鼠をポイッと事も無げに放り込んでいた。

バキッ・・・メキッ・・・グシッ・・・
何度も何度も咀嚼されるミドラの口内から聞こえてきたその獲物が噛み砕かれる無慈悲な音に、僕は改めて眼前の可愛らしいペットが紛れも無いドラゴンの一種であることを再確認していた。
人間にとっては小さくて愛らしい生き物なのかも知れないが、体の小さな鼠にとって彼らは恐ろしい捕食者に他ならないのだ。
僕だってもし突然あの鼠と同じ立場に立たされたとしたら、きっとミドラに泣いて許しを乞うたことだろう。
とは言えこれまでずっと謎だったミニチュアドラゴンの食料事情の一端が明らかになり、僕は何とも言えない複雑な思いを胸に研究レポートへと筆を加えていた。

ミドラとともに暮らし始めてから10日が経つ頃、僕はミドラの頭から生えている純白の角が当初よりもほんの少しだけ長く伸びていることに気が付いていた。
長さにすれば5ミリ程度の微々たるものだが、それでもあのハンターが言っていた通りこのペースで1年が経てば確かに20センチ近いミニチュアドラゴンの角は元通りになるのだろう。
だが毎日ミドラの体長と体重を測っていた僕にとって、その何気ない角の再生は正に驚愕に値するものだった。
「おかしいな・・・確かに角が伸びているのに、体重は37キロのままで変わらずか・・・体長にも変化無しだ」
これではまるで、角以外の体の成長が止まっているかのようだ。
少なくとも僕はこの10日間、本来森で手に入るであろう量よりも明らかに多くの餌をミドラに与えてきた。
だから森で暮らしている時よりも成長は促進されるはずなのだが、どうやらミニチュアドラゴンという生き物はある一定の段階で角を除く一切の成長が停止してしまうという特殊な種族であるらしい。
そう考えれば、彼らが何時まで経っても狩りの武器として通用するだけの爪や牙を手に入れられない理由にも一応の説明が付くというものだ。

「クウゥ・・・?」
やがてそんなミニチュアドラゴンの不思議な特性に頭を悩ませていると、僕の膝の上で体を丸めていたミドラが可愛らしげな声を上げていた。
「ん・・・ああ、ごめんよ。腹が減ったんだろ?」
そしてそう言いながら手元に用意していた豚肉の欠片を2切れ程その口へ入れてやると、ミドラが与えられた餌を嬉しそうに頬張りながら僕の胸元に顎を擦り付けてくる。
その小さな頭を撫でてやりながら、僕は眼前の奇妙な小竜をまじまじと見つめていた。
この10日間でミニチュアドラゴンの生態について様々なことが判ったのは確かなのだが、肝心の内容はと言えば既に過去の学者や研究者達が突き止めていてもおかしくないような簡単なことばかり。
もしかしたら、国が行ったものとは別に他の誰かがミニチュアドラゴンの調査をしたことがあるかも知れない。

コンコンコン・・・
とその時、不意に部屋の扉が3度ノックされていた。
この特徴的な軽い叩き方は、恐らく彼だろう。
「どうぞ」
予想通り、ガチャリと扉を開けて入ってきたのは僕にミニチュアドラゴンの調査を依頼しにきたあの男だった。
「あれから10日になるが、調子はどうだ?」
「新しく幾つか判ったことがあるよ。レポートに纏めておいたから、内容はそっちを読んでくれ」
「分かった・・・どうした、何か言いたそうだな?」
流石は若いながらも国の中枢に近い場所で活躍しているだけあって、どうやら彼は一目で僕が何か訴えようとしていたことを見抜いたらしい。

「ああ・・・その、もしあればの話なんだけど、非公式でミニチュアドラゴンを調査した資料が欲しいんだ」
「あの資料だけでは全然物足りなかったというわけか・・・少し時間をくれるなら取り寄せよう」
「頼むよ」
彼はその返事を聞くと、僕の膝に乗ったまま新たな訪問者を興味深げに見つめているミドラに視線を移していた。
「成る程・・・私も間近で見るのは初めてだが、確かに可愛いものだな・・・」
「金の為にこんな小さなドラゴンの角をもぎ取るっていうんだから、人間も残酷な生き物だよね」
「だがそうしなければ、今のこの国は無かっただろう。生きる為に必死なのは、人間も同じなんじゃないのか?」
確かに、それはそうかも知れない。
僕がただただ角を奪われるためだけに生きているようなこのミニチュアドラゴン達に同情できるのは、何も不自由の無い豊かな生活をしていられることからくる一種の傲慢さの裏返しかも知れないのだから。
やがて眠くなったのか僕の懐で静かな寝息を立て始めたミドラをそっと撫でると、彼が仕事へ戻るべく部屋を出て行こうと踵を返していた。
「それじゃ、資料を頼んだよ」
「ああ・・・3日以内には手に入れよう」
そしてこちらを振り返ることも無いままそんな返事を残して扉の向こうに消えていった彼を見送ると、僕もミドラを抱いたまま心地良い昼寝の時間を満喫しようと深い椅子に座って目を閉じていた。

流石は仕事のできる男というべきか、僕は早くも次の日の昼前にミニチュアドラゴンの調査資料を持ってきてくれた彼に驚嘆を隠せないでいた。
「早いね・・・もう資料が手に入ったのかい?」
「まだ取り寄せている途中のものもあるがな。届いたものから持ってきたんだ」
そう言った彼の手に、国で調査したものとは段違いに厚い紙の束が握られている。
「調べた限りでは、少なくとも過去に5人以上の学者達が調査を行っていたようだ」
「それは何人分の資料?」
「これで3人だな。残りは明日にでも手に入るはずだ」
3人分もの資料が手元にあれば、僕の調査も随分と捗ることだろう。
「そうか、ありがとう。ところで、その学者達には会わせてもらえないのかな?」
だが僕がそう訊くと、彼はその顔に途端に暗い表情を滲ませていた。

「私もそう思って彼らの所在を調べてみたんだが・・・奇妙なことに全員が行方不明になっているんだ」
「ゆ、行方不明だって・・・?」
「元々ミニチュアドラゴンの生態を調べていた者達だから、もしかしたらあの山で遭難したのかも知れないな」
成る程・・・確かにその可能性は否定できない。
しかし、ただでさえ正式なハンターから密猟者まで大勢の人間が出入りする山なのだ。
少なくともミニチュアドラゴンの生息数が多い山の中腹辺りまでは人間の手が入っているお陰で十分に開けていて、遭難する程の険しい地形などほとんど無いに等しいはず。
その証拠に、あの山で遭難者や行方不明者が出るのは年に5人もいれば多い方らしい。
「ありがとう。他に何か判ったら教えてくれ」
「もちろん、そのつもりだ」

やがて彼が出て行くと、僕はミドラを膝に抱いたまま貰った資料にゆっくりと目を通し始めた。
3人分の調査資料にはやはり僕と同じように、観察用のペットにしたミニチュアドラゴンのサイズや食事、そして習性などについてが事細かに記されている。
「あれ・・・何だこれ・・・?」
その中でも僕は、22ヶ月もの長い期間に亘って彼らの体長と体重を記録していた資料に興味を惹かれていた。
3日に1度の頻度で取られたその記録に、不思議な点が1つだけ見つかったのだ。

「観察を始めてしばらくは体長と体重がずっと変化していないのに、14ヶ月目から成長が再開してるぞ・・・」
これはどういうことだろうか?
ミドラもこの10日余りの間毎日体長と体重を測ってみたのだが、今のところ変化はほとんど見られない。
だがある程度の期間が経過すると、体の成長がまた始まるらしいのだ。
「でもおかしいな・・・18ヶ月目からまた成長が止まってる・・・体重も少し減ったみたいだし・・・」
もしかして、成長するのに何か条件があるのだろうか?
それとも、この時だけ300グラム程減った体重に何か特別な意味があるのか・・・?

「クゥ・・・」
その時、僕は寝言のように漏れ聞こえてきたミドラの声に視線を落としていた。
狩りの出来ない体、不規則な成長、再生する角。
この小さなドラゴンの体に、果たしてどれ程多くの秘密が隠されているのだろうか。
それにこの資料では、その中でも1番肝心な部分・・・彼らの生殖に関しての記述が全く見当たらない。
長い間ミニチュアドラゴンを番で飼っている家でも、繁殖に成功したという話はまだ聞いたことが無いのだ。
だが実際山に棲む彼らの個体数は年々僅かながら増加しているというから、どうにかして繁殖しているのは確かなのだろう。
明日には届くという他の調査資料にも目を通したら、やはり僕も実際にあの山でミニチュアドラゴン達の生態をこの目で確かめてみるとしよう。
そしてなおも可愛らしい寝息を立てて眠っているミドラの背中を撫でてやると、僕は昼食の準備が出来るまでゆったりと待つことにした。

翌日、僕は新たに届いた残りの資料を彼から受け取ると山へ行く準備を始めることにした。
「ハンターの同行は必要か?」
「そうだな・・・別に彼らを捕獲するつもりは無いんだけど、僕はまだあの山道に明るくないからね」
「わかった。では、前にお前に同行したハンターを呼んでおこう」
その歯切れの良い返事に感謝の視線を送ると、彼は早速足早に部屋を出て行った。
もしかしたら、ミニチュアドラゴンの生態を誰よりも知りたがっているのは彼なのかも知れないな・・・
実際この調査が新たに王位を継いだ陛下の命令だというのなら、その成否は当然彼の評価にも繋がるのだろう。
まあ仮にそうであろうと、それは僕には関係の無いことだ。
僕も生物学者の端くれとしてまだ誰もその全容を知らない未知の生物を調べることに、高い意欲が湧くのだから。

彼から新たに貰った資料は、やはりペットにしたミニチュアドラゴンのサイズの記録がその大半を占めていた。
結局のところ生物の生態調査というのはその成長過程や食料、生殖の時期や方法、そして住み処や行動様式を探ることに他ならない。
だがミニチュアドラゴンはその中でも、最も重要な生殖方法と成長の過程が謎に包まれているのだ。
年齢を推し量る術も無いからまだ仔竜のように見えるこのミドラも実際には何十年も生きている個体かも知れないし、不規則に体の成長が止まるというのなら尚更外見での判断は困難になる。
そして新しい資料にも結局新たな発見が無いことを確信すると、僕は外で待っているであろう彼とハンターに会う為に登山用の服に着替えてから部屋を出て行った。

「もう準備はいいのか?」
「ああ。ちょっと調べたいことがあるんだ。ミドラは部屋に置いていくから、たまに様子を見てやってくれ」
「わかった。気を付けてな」
気を付けて・・・か。
確かに、ミニチュアドラゴンの生態調査に関わった連中が全員行方不明というのは些か不気味な事実だった。
「どうかしたのか?浮かない顔をしているが・・・」
山へ向かう馬車の中で、僕の暗い表情を読み取ったのか隣にいたハンターがそう声を掛けてくる。
「いや、ちょっとおかしなことを聞かされてね。少しばかり不安になったんだ」
「おかしなこと?」
「僕は今ミニチュアドラゴンの生態を調査しているんだけど、過去に同じことをした人が全員行方不明なんだ」
それを聞いて、ハンターが眉を顰める。
「そいつは・・・また物騒な話だな」
「彼は山で遭難したんじゃないかって言ったけど、あの山での遭難者なんて毎年片手で足りるくらいだろう?」
「いや・・・そうでもない」

てっきり肯定の相槌が来るのかと思っていたところに否定の返事を返されて、僕は思わずハンターの方へと顔を向けてしまっていた。
「あの山の遭難者っていうのは、この国の住人で山へ行くことを他人が知っていた場合にのみ数えられるんだ」
「つまり?」
「人知れず山へ入って遭難したり、他国の連中が消えてもその数には含まれないっていうことさ」
じゃあ・・・実際にはもっと大勢の人間があの山で消えているとでも言うのだろうか?
「実際、密猟者のほとんどは他国の連中だ。それにこの国自体の行方不明者は、年に300人を下らない」
「300人って・・・それじゃあその人達がもし皆あの山で消えていたんだとしたら・・・」
そう考えた途端に、僕は背筋が少し寒くなったのを感じていた。
高価で希少なドラゴンの角が幾らでも手に入る、文字通りの宝の山・・・
僕があの山に抱いていたそんな明るい印象が、俄かに暗い闇の色を帯びていく。

「俺もたとえ狩猟目的じゃなかったとしても、あの山に入るのにこの銃は手放せないよ。不穏な気配があるんだ」
「不穏な気配って・・・?」
「さあな・・・口では上手く言えないが、何か大きな存在を感じるんだ。特に夜になると、それが一層強くなる」
夜か・・・夜はミドラも僕と一緒に眠りに就くからこれまで疑問にも思わなかったのだが、もしかして野生のミニチュアドラゴンは本来夜行性なのだろうか?
それともミニチュアドラゴンとは全く関係の無い何か別の脅威が、あの山に潜んでいるとでも言うのだろうか?
「ああ、済まない・・・これから行く場所だってのに何だか変な話をしちまって・・・」
「いや、いいんだ。お陰で、少しヒントが貰えたような気がするよ」
そして彼との会話を切り上げると、僕はもう間近にまで迫ってきていた眼前の深い森へと視線を投げ掛けていた。

「それで、調べたいことっていうのは一体何なんだ?」
やがて山の麓に辿り着いて馬車を降りると、ハンターがふと思い出したようにそう訊いてくる。
「ああ、そのことなんだけどさ・・・あんたは、ミニチュアドラゴンを狙うときはどうやってるんだい?」
「ん?それは角を手に入れる時のことか?それなら、できるだけ小さい奴を狙うようにしているよ」
「どうして?大きい方が高く売れるんだろう?」
ミニチュアドラゴンの角は、貴重とは言え比較的取引量が多い為に重量当たりの時価制で取引されているはずだ。
つまりより大きな角の方が小さな角よりも高値で売れることになるのだが、当然角の大きさというのは個体の大きさに比例するはず。
「小さい奴の方が無防備で簡単に捕獲できるからな。特に、まだ角を取られたことのない奴はその傾向が強い」
「角を取られたことが無い個体を識別できるのかい?」
「角の先端が鋭く尖っている奴がそうだ。1度角を折られると、先端が折れ口のせいで歪になるからな」

成る程・・・ということは、小さい個体に角を折られたことが無い者が多いということだろう。
大きな角を手間を掛けて取るよりも、簡単に手に入る小さな角を数多く手に入れた方が得になるというわけだ。
「それが、一体どうかしたのか?」
今一つ話の真意が見えないで困惑しているらしいハンターを納得させようと、僕はその質問に答える代わりに森の中でミニチュアドラゴンの姿を確認させていた。
「見てくれ、ミニチュアドラゴンの大きさ・・・随分個体差があるように見えないか?」
「そう言われれば・・・」
これまでは一様に小さなドラゴンという認識でいたのだが、よくよく見ればその大きさは体高30センチ程度の小さい者から70センチを超える大きな者まで実に2倍以上の差があるのだ。
つまりこの大きな個体は、何らかの方法で他の仲間よりも成長を促進することができたという証なのだろう。
「彼らは、成長するのに条件があるんだよ。大きな個体は、その条件を長く満たしたという証なんだ」
「一体どんな条件なんだ?」
「角だよ。角が十分に長く伸びていないと、ミニチュアドラゴンは体を成長させることができないんだ」

僕がその結論に辿り着いたのは、あの調査資料にあったサイズの記録のお陰だ。
一旦は再開したはずの成長が再び止まってしまった時に起こった、僅か300グラム程の体重の消失・・・
あれは、体が成長できるまで伸び切った角を折ってしまったが故の減量だったんだ。
「ということは、体の大きい奴らは長い間角を狙われなかった連中だっていうことか?」
「何処かに隠れていたか、たまたま運が良かったんだろうね。その証拠に、大きい個体は全部角が無事だろう?」
「本当だ・・・だけど、それが一体どういう結論に繋がるんだ?」
彼のその核心を突いた問いに、僕は1度だけ大きく深呼吸していた。
「ここからは僕の仮説なんだけど・・・」
これから吐き出されるであろう僕の言葉を一言も聞き漏らすまいと、彼が小さく相槌を打ちながら息を呑む。
「もしかして僕達がミニチュアドラゴンと呼んでいるのは、実は全部仔竜なんじゃないかと思うんだ」
「じゃ、じゃあ・・・もっと大きなこいつらの親が何処かにいるかも知れないっていうのか?」
「もちろん、あの8、90センチくらいの大きさのが成竜じゃないという保証は何処にも無いけどね」

だがそうは言ったものの、僕はこの仮説に十分な自信を持っていた。
その1番の理由は、未だに彼らの生殖の方法が判明していないことだ。
もしミニチュアドラゴン達がこの体で卵を産んだとしたら、その大きさは精々大きくても直径15センチと言ったところだろう。
なのにこれまで発見された最小のミニチュアドラゴンでさえ、少なくとも30センチ近い体高があったそうだ。
もちろんある程度大きくなるまでは親と一緒にひっそり暮らしているだけということも考えられなくはないが、牙や爪の発達具合を見ればまだ独りで巣の外へ出して良い状態だとは到底思えない。
「でもその話が本当だとしたら、俺が感じていた大きな存在っていうのはこいつらの親のことなのかもな」
「かも知れないね。尤も、誰も親の姿を見たことがないんだから存在は証明できないけれど」
「とにかく、俺ももう夜に山へ入るのは止めることにするよ。何が起こるか分からないからな」

やがてハンターとともに馬車に乗って王宮へと戻ってくると、僕は相変わらず部屋の床で転寝に耽っていたミドラをそっと抱き上げていた。
「ク・・・クウゥ・・・?」
その拍子にミドラが目を覚ましてしまったものの、僕の姿を認めると安心したのかまた可愛い寝息を立て始める。
「ははは・・・遊び相手がいないから、退屈で眠くなっちまったんだな・・・」
そしてそう言いながら何時ものようにミドラを抱いたままソファへ横になると、僕はまだ夕方だというのに山へ行った疲れからか深い眠りに落ちてしまっていた。

「・・・何だ、眠っていたのか。晩餐に来ないからどうしたものかと思ったが、お前も呑気な奴だな」
「ん・・・あ、ああ・・・あんたか・・・今何時だ?」
「午後10時を回ったところだ。腹が減っているなら、メイドに言えば賄いくらいは作って貰えるぞ」
寝惚けた頭で部屋にやってきていた彼とそんなやり取りを交わすと、僕はまだ眠ったままのミドラを起こさないようにそっとソファから起き上がっていた。
「そうだな・・・お願いできるかい?」
「わかった、伝えておこう。それにしても、そいつも随分とお前に懐いたようだな」
「僕が山へ行ってる間も、ミドラに変わりは無かった?」
だが僕がそう言うと、彼が少しばかり苦笑を浮かべる。
「それがな・・・目が覚めてお前の姿が見当たらないことに気が付くと、大声で泣き喚いてたよ」
「本当かい?」
「最初はすぐに戻ってくるとでも思っていたのか落ち着いていたんだがな。1時間も経つ頃には大騒ぎだった」
そうか・・・それでさっきミドラが目を覚ました時、僕の顔を見て安心したような表情を浮かべたのか。

「観察の為に飼っていることは俺も理解しているが、お前もそいつを大事にしてやれよ」
「ああ、分かってる。それと、幾つか新たに判ったことがあるから、後でレポートに纏めておくよ」
「頼んだぞ」
彼はそう言うと、僕の夜食の用意をすると言って部屋を出て行った。
それにしてもミドラが、それ程までに僕に懐いていたとは・・・
確かに起きている時はほとんど休み無く僕に纏わり付いてくるのだが、それも単に遊び相手がいないことから来る反動くらいにしか思っていなかったのだ。

「ごめんよミドラ・・・いきなり親からも仲間からも引き離されて独りぼっちにされたら、お前だって辛いよな」
「クゥ・・・」
僕の声が聞こえているのか、それともただの寝言だったのか、ミドラが目を閉じたまま小さな声を漏らす。
今度山へ行く時は、やはりミドラも一緒に連れて行くべきなのだろう。
ミニチュアドラゴンについてまだ判明していないことは数多いものの、1番の謎である生殖方法を突き止められればその全容は一気に解明できるはずだ。
その為には、やはりあの山に彼らの親・・・恐らくはもっと大きな成竜が存在することを証明する必要がある。
確かに貴重な角を求めて山へ入る人間は多いのだが、ミニチュアドラゴンの多くが山の中腹より低い地域に生息しているが故に標高の高い場所にはほとんど人間の出入りが無いらしい。
ということは、そこにこそ隠された謎が眠っているはずだというのが僕の導き出した結論だった。

コンコン・・・
やがてそんな考え事をしていた僕の耳に、夜食を持ってきたと見えるメイドのノックの音が届いて来る。
「どうぞ」
「失礼します。夜食をお持ちしました」
晩餐の残り物で作ったと見える美味しそうな食事がテーブルの上に置かれ、その匂いに釣られたのかミドラがハッと目を覚ましていた。
「ごゆっくりどうぞ」
「ああ、ありがとう」
そしてメイドが部屋を出て行くと、ミドラが早速僕のお零れに与ろうとその黒い瞳を輝かせて僕を見つめてくる。

「そうか、お前も腹が減ってたんだな」
「クゥクゥ!」
それにしても可愛い奴だ。
その姿は紛れも無くドラゴンそのものだというのに、この小さな体と甲高い声が本来巨大で凶暴で恐ろしいという僕のドラゴンに対する固定観念をあっさりと否定してしまう。
そのせいだろうか・・・こんなにも可愛らしい小竜の親というものを、僕は何時の間にか何としてでも一目見たくなってしまっていた。

とは言ったものの、実際にあの山の奥地へ行くのには色々と準備が必要だろう。
ミドラを一緒に連れて行くのは当然として、またハンターを同行させるのかや山へ行って具体的に何を調べるのかを予め決めておかなくてはならない。
何しろ僕は、ミニチュアドラゴンがどんな場所を住み処にしているのかさえ知らないのだ。
もしかしたら山頂に近い場所にはドラゴンが棲むような洞窟があるのかも知れないし、或いは他の獣達と同じように特定の住み処を持たずに暮らしているのかも知れない。
少なくとも四六時中そこらを自由奔放に歩き回っている彼らの様子を見れば後者の可能性が高いのだが、それさえはっきりしたことは分からないというのが僕の1番の悩みの種だった。
まあいい・・・ここで幾ら悩んでいても、何かが解決するわけではないだろう。
僕に出来ること、そして僕がすべきことは、自分の足で歩いて自分の目で真実を探し出すことだけなのだ。

それから3日後の昼過ぎ・・・
僕は例のハンターとミドラを伴って、無言のまま山へ向かう馬車に揺られていた。
もちろんハンターには、今回山の奥地まで足を踏み入れるということを事前に話している。
彼自身もまだ中腹より標高の高い場所へ行ったことはないらしいのだが、個人的な好奇心があったことも手伝って快く僕の依頼を引き受けてくれたのだ。
それにミドラも、久し振りに自分の生まれ故郷に帰れることを知っているのか初めての外出にもかかわらず落ち着いた様子で可愛い寝息を立てていた。

「ところで、今回は山の奥地で一体何を調べるつもりなんだ?」
「ドラゴン達の住み処か、或いは卵が見つけられれば1番なんだけどね・・・それは行ってからのお楽しみさ」
「出たとこ勝負っていうわけか。まあ、たまにはそういうのも面白いかも知れないな」
やがて彼とそんな会話を交わしている内に、馬車が山の麓に広がる深い森の入口へと到着する。
「さて、行くとするか・・・山の上では鬼が出るか蛇が出るか・・・ハラハラものだな」
「まあ間違いなく蛇の鬼が出て来ると思うよ・・・僕の想像が正しければね」
お互いに交わしたその軽い冗談も、心中に巣くう不安を和らげようという一種の防御反応だったのだろう。
彼はどうか分からないが、少なくとも僕は山頂に向かって薄暗い森の中を1歩踏み出す度にじんわりと胸が締め付けられていくかのような何とも表現のしようの無い緊張感に苛まれていった。

「大丈夫か?少し顔色が悪いみたいだが・・・」
「いや・・・平気だよ・・・何でもない」
これが、ハンターの言っていた"不穏な気配"なのだろうか?
山の中腹を越えてからは、確かに何か得体の知れないものがこれから自分の向かう先に待ち構えているかのような不気味なプレッシャーを感じるのだ。
姿も見えず、息遣いが聞こえるわけでもなく、ましてや本当にそんなものが存在しているかどうかさえ定かではないというのに、何となくずっと誰かに見られているような感覚がある。
だがそんな奇妙な不安と戦いながら歩く内に、僕はふとその視線の正体に気が付いていた。
あちらこちらの木の陰に、茂みの奥に、チラリチラリと覗く小さな黄色い影。
つい先程までは好き勝手に走り回って遊んでいたはずの野生のミニチュアドラゴン達が、明らかに僕達の様子を窺うように物陰からこちらを覗き込んでいたのだ。

「ね、ねぇ・・・何だか、様子がおかしくない?」
「確かにそうだな・・・まるで、彼らに見張られているかのようだ」
「それもあるけどさ、他にも何か違和感がある気がするんだよ」
僕がそう言うと、ハンターが周囲にいた数匹のミニチュアドラゴン達を眺め回してからボソリと小声で呟く。
「そう言えば、この辺りの連中はまだ1度も角を折られていない個体のようだな。綺麗な円錐型の角ばかりだ」
「そうか・・・それだよ」
まだ角を折られていない個体ばかりということは、きっと彼らは産まれて間もない仔竜なのに違いない。
そう考えれば、彼らが初めて見る人間に興味深げな視線を送ってくるのも頷けるというものだ。
そしてそれはつまり・・・
「あ、あれを見てみろ!」
やがてその考えがある1つの結論に辿り着いた次の瞬間、不意に隣にいたハンターが何かを指差しながら大声を上げていた。

彼の指し示した方向にあったもの・・・それは、不気味な闇を湛える深い洞窟の入口。
5メートル近くもある高い天井が、全く先の見えない奥行きのあるその曲がりくねった形状が、そして何より産まれたばかりのミニチュアドラゴンが多数生息しているという状況が、ある1つの事実を僕に告げている。
「まさか・・・本当にあるなんて・・・」
ドラゴンの棲む巨大洞窟。
これまで僕の頭の中に想像という形でしか存在していなかったそれが、目の前に現れたことで急速にその存在感を増していった。
「どうする?中に入るのか?」
「う、うん・・・中に何があるのか・・・いや、何がいるのか確かめないと・・・」

正直、目の前の洞窟がドラゴンの住み処であるという保証は何処にも無い。
それどころか僕は、大きなドラゴンがいるという確証さえまだ何も得られていないのだ。
だがそんな疑問と疑念の渦巻く思考の中に、不思議な確信めいたものが確かに入り混じっている。
そしてゆっくりと足音を殺しながら深い暗闇の中をそっと覗き込んでみると、やがて闇に慣れ始めた僕の目に奇妙な物が飛び込んできた。
そこにあったのは、直径30センチ以上はあろうかというザラついた質感に覆われた3つの灰白色の球体だ。
明らかに初めて見る物・・・であるはずなのに、僕はこれが一体何なのかを知っている。
「あれは・・・何なんだ?」
「卵だよ。それ以外の何物にも見えないだろ?」
「卵だって?あんな馬鹿でかい卵なんて見たこと無いぞ」

確かに彼の言う通り、大きな卵の代名詞でもある駝鳥の卵だって流石にここまで大きくはないだろう。
だが不意にピシッという軽い音を立てて、その卵らしき物の1つに深い亀裂が入る。
そして欠けた卵の殻の中から這い出してきた生物の正体に、僕とハンターは同時に息を呑んでいた。
そこから出てきたのは、最早僕達にとっては余りに見慣れた存在。
体高30センチ程の小さなミニチュアドラゴンが、粘液に塗れた自身の体を懸命に舐め回していたのだ。
「やった・・・ついに見つけたぞ・・・ミニチュアドラゴンの誕生の瞬間だ」
「ちょ、ちょっと待て・・・あれがミニチュアドラゴンだとしたら、あの卵を産んだ奴は一体何処に・・・」
しかしそんなハンターの言葉が終わるか終わらないかの内に、その答えはあっさりと判明してしまう。
不意に暗闇の奥から現れた、黄色い剛皮を纏った巨大な影。
体高2メートルを優に超える、仔竜などとは比べ物にならない程の極太の角を冠した雌の巨竜が、産まれたばかりの我が子の体を綺麗に舐め清めていた。

「やっぱり・・・ミニチュアドラゴンはあの巨大なドラゴンの子供だったんだ」
「そ、そんなことより・・・早く逃げるぞ。あんなのに見つかったら、命が幾つあっても足りやしない」
確かに・・・愛玩用のペットとしても可愛がられるような愛嬌のある仔竜が一体どう育ったらこうなるのか、母竜の顔は見る者の背筋を凍り付かせるのに十分過ぎる程の凄まじい険に満ちていた。
ハンターの彼がこのドラゴンに激しい恐怖の念を覚えたのは、至極当然のことだったのに違いない。
だが元々こんなドラゴンが存在することを予想していた僕にとって、この雌竜は実に魅力的な観察対象だった。
そしてその場から逃げ出そうと背後へ遠ざかっていくハンターの気配を感じながら僕もゆっくりと腰を上げようとした次の瞬間、2つの声と音が立て続けに僕の耳へと突き刺さる。

「う、うわあああああっ!」
パーン!パーン!
2連装の猟銃を連射したと見える乾いた銃声に重なるようにして発せられた、ハンターの悲痛な悲鳴。
一体何事かと思って背後を振り向いてみると・・・そこでは弾を撃ち尽くした空の銃もろとも太くて長い屈強な尻尾を巻き付けられたハンターが、巨大な雄のドラゴンに軽々と持ち上げられていた。
「ひ・・・ひぃ・・・た、助けて・・・ぐあああっ・・・!」
体中を尻尾でグルグル巻きにされたハンターが命乞いの声を漏らす度、まるでそれを黙らせるかのように雄竜の尾が彼の体を容赦無く締め上げる。
ミシッ・・・メキメキメキ・・・バキッ・・・
「が・・・あぁ・・・く、苦し・・・は・・・ぁ・・・」
やがて持ち主とともに黄色いとぐろの中へと巻き込まれた長い猟銃が激しい締め付けにポッキリと折れ砕け、続いて彼の体も鈍い骨の軋みと甲高い苦痛の悲鳴を発し始めていた。

ギリ・・・ギリリリ・・・ビキッ・・・
「うあ・・・ぁ・・・ぐああああぁ・・・」
なおもゆっくりと引き絞られていく雄竜の尾が、やがて憐れなハンターの体をじわじわと締め潰し始める。
今はまだ彼も苦悶の声を上げられているが、その内声を出すことはおろか呼吸もままならなくなるに違いない。
その証拠に必死に僕に助けを求める彼の切ない眼差しからは、徐々に生の輝きが失われていった。
「グルル・・・グオッ!」
ポイッ・・・ドサッ・・・
だが後ほんの一押しで彼に止めを刺せるはずだったというのに、雄竜が不意に彼の体を僕の目の前へと放り投げてくる。
そして思わず反射的に両腕の骨を粉々に締め砕かれてぐったりとしている彼の安否を確かめようとしたその刹那、何時の間にか僕の背後に近付いてきていた雌竜が夫から与えられたその虫の息の獲物に勢いよく食い付いていた。

バグッ!ガブッ・・・グシャッ・・・グシッ・・・
「ひっ・・・」
口の端から真っ赤な血を滴らせながらまだ息のある人間を咀嚼するその恐ろしいドラゴンの捕食の光景に、微かに残っていた逃げようという気力が、抗おうとする勇気が、生きようとする意思が脆くも灰燼に帰していく。
そして人間1人が巨大なドラゴンの腹に収まるまでの一部始終を成す術も無く見せ付けられると、僕は洞窟の壁に背を付けたまま左右から雌雄のドラゴンにギロリと睨み付けられていた。
「グルルルル・・・」
「ガルルル・・・」
「あ・・・あぁ・・・」
絶対に助からない・・・
そんな絶望的な思いが、ゆっくりと音も無く持ち上げられていく雌竜の手に視線を奪われた僕の胸中へじんわりと広がっていく。
未発達なミニチュアドラゴンのそれとは余りにも異なる、鋭利な刃の如き4本の長い爪・・・
その冷たい凶器が、今正にこの僕自身を切り刻もうと不気味な鈍い輝きを放っていた。

た、助けて・・・
決して叶わぬと自分でも分かり切っているそんな儚い懇願が、終ぞ声にならぬまま喉元で掻き消えていく。
過去にミニチュアドラゴンの調査を行った数人の学者達も、恐らくは僕と同じく親のドラゴンの住み処を見つけてしまったが故に彼らの餌食となったのだろう。
そしていよいよ、僕の命を刈り取る死神の鎌がその眼前で高々と掲げられていた。
「う、うわああああああっ!」
まるで堰を切ったように喉から迸った甲高い断末魔の声が、己の終焉を華々しく盛り上げる。
だがきつく目を閉じた闇の中でドンッという強烈な衝撃を胸に感じると、僕は間も無く消え行くであろう意識をただゆらゆらと虚空の中へ漂わせていた。

「・・・・・・?」
何も感じない。
痛みも、物音も、手足の感触さえもが跡形も無く消え去り、その想像と遠く懸け離れていた余りにも薄味な死の感覚に思わず肩透かしを食ってしまう。
しかしそれと同時に、僕はどうしても納得の出来ないある矛盾をも同時に抱えてしまっていた。
そう・・・僕は、まだ生きているのだ。
やがて何処か遠い場所へと弾き飛ばされていた体の感覚がようやく戻ってくると、それが胸元に擦り付けられるゴツゴツとした硬い感触を僕に伝えてくる。
そして恐る恐るそっと目を開けてみると・・・
今の今まで完全に存在を忘れていたミドラが、僕の胸に抱き付いてその頬を擦り付けていたのだ。

「クゥクゥ!クウゥ・・・クウゥッ!」
「ミ、ミドラ・・・?」
だが一体何がどうなったのか分からずにふと顔を上げてみると、長い爪を振り上げた姿勢の雌竜が随分と狼狽した様子で固まってしまっている。
更には雄竜も流石に心中の混乱と驚きを隠せなかったのか、何処と無く呆けた表情でただひたすらに僕とミドラを見つめ続けていた。

「クウゥ・・・クウゥゥ・・・」
なおも僕の胸元に顔を埋めながら、ミドラが甲高い声を上げて頻りに何かを訴え続けている。
「ミ、ミドラ・・・お前・・・」
やがてその切ない叫び声の意味するものが他でもない自らの両親に対する僕の命乞いであることを理解すると、僕は深い感謝の念とともにそっとミドラの体を両腕で抱き締めていた。
それを見て、今にも長い爪を振り下ろそうとしていた雌のドラゴンがゆっくりとその腕を下ろしていく。
そしてまるでもう僕を敵とも食料とも看做していないことを表明するかのように、雄のドラゴンが静かに僕の前を素通りしてその妻とともに洞窟の奥へと入っていった。
「・・・た・・・助かった・・・」
そう口に出した瞬間に、緊張が切れたのか全身にドッと冷たい汗が噴出していた。
だが1歩間違えればあのハンターと同じく手足を食い千切られて無残な最期を迎えさせられていただけに、バクバクと暴れ回る心臓の鼓動だけはまだしばらく止んでくれそうにない。

「クウゥ・・・?」
「ありがとう、ミドラ・・・お前のお陰で・・・彼らにはどうやら許してもらえたようだ」
そして可愛らしい笑顔を浮かべるミドラを撫でている内にようやく元の落ち着きを取り戻すことに成功すると、僕は恐る恐る2匹のドラゴンが消えていった洞窟の奥をそっと覗き込んでみた。
そこでは深い闇の中で絡み合う薄っすらと黄み掛かった巨影が2つ、まるで睦言のようにも聞こえる荒い息遣いとともに激しい交尾に勤しんでいた。
雄の体を仰向けに地面の上へと組み敷いた雌竜が、無抵抗な夫の首筋を、腹を、そして肉棒を軽く舐め回す。
ジュルッ・・・ペロ・・・ジョリリッ・・・
「アッ・・・ガゥ・・・ガアァッ・・・」
たっぷりと唾液を纏った分厚い舌が敏感な性感帯を弄る度に雄の体がビクンと震え、それに伴って股間から屹立した雄がますますもって固く太く漲っていくのが僕の目にもはっきりと見えていた。

「ウ・・・アゥ・・・グウゥ・・・」
やがて前戯の段階から存分に弄ばれてぐったりとしてしまった雄の子種を搾ろうと、いよいよ雌竜がその歪な肉の巨塔を下腹部に収めるべく自らの大きな花弁を花開く。
そして一瞬の静寂の合間を縫って雌雄が結合を果たすと、淫靡な水音と咆哮にも似た雄竜の歓喜の喘ぎ声が同時に洞窟内へと響き渡っていた。
ジュブブブブッ・・・グブッ・・・グジュッ・・・
「グオワァッ!グウッ・・・ゴオオアァ・・・!」
「グルッ・・・ガルルルッ・・・グオオッ!」
強烈な快感に暴れ回る腹下の獲物を捻じ伏せようと、雌竜が太い両腕に渾身の力を込めて雄の体を地面へと押さえ付ける。
だがその間にも捕らわれた雄の怒張はグジュッグジュッという粘着質な圧搾音とともに休み無く扱き上げられ、止め処無く迸る白濁の雫がそれを受け止め切れなかった雌の竜膣からドロドロと溢れ出していった。

「す、凄いな・・・お前の両親・・・」
交尾というよりはほとんど雌竜による一方的な搾精行為のようにさえ見えるものの、終始一貫して妻の為すがままになっているあの雄竜の様子を見る限りこれが彼らの日常なのだろう。
その証拠に、交尾が終わって疲れ切ったと見える夫の顔を先程から雌竜が優しく舐め上げて介抱している。
こうして雌雄ともに苦労して産んだのであろう無数の子供達が人間の身勝手によって大切な角を失いその成長を阻害されているのだから、彼らが僕やハンターに向けてきたあの冷たい憎悪にも似た怒りは十分に理解できた。
「さて・・・これ以上覗くと悪そうだし、そろそろ帰ろうか?」
「クゥ!」
その僕の言葉の意味を汲み取ったのか、そんなミドラの元気の良い返事が交尾の後のしばしの休息に息を整えていた巨大な両親の視線を僕の方へと吸い付ける。
だが特別何か行動を起こそうとするわけでもないことを見て取ると、僕は安心してミドラとともに薄暗いドラゴンの洞窟を後にしていた。

隣にハンターのいない寂しい馬車に揺られて王宮へと戻ってくると、僕は晩餐の時間まで自分の部屋でミドラを抱いて過ごすことにした。
鋭い双眸で左右からドラゴン達に睨み付けられたあの瞬間、僕は最早完全に観念していたものだ。
もしあの時ミドラがいなかったら、そして僕を見逃して欲しいとあのドラゴン達に頼んでくれていなかったら、僕は間違い無くあの場で命を落としていたことだろう。
そんな命の救い主でもある愛しいミドラに、僕は言葉では言い表せない程の恩を感じていたのだ。

「なあミドラ・・・お前は、どうしてそんなに僕に懐いてくれるんだ?」
「クゥ・・・?」
よくよく考えてみれば、僕は特別ミドラに何かをしてあげた訳ではない。
ただミニチュアドラゴンの観察に行った時に、たまたま足元で僕を見上げていた存在・・・それがミドラなのだ。
それなのに、この小竜は巨大な自分の両親に逆らってまで僕を生かして欲しいと彼らに訴えてくれた。
もしかしたらこの人間に対する友好性こそがミニチュアドラゴン達の本当の性格なのかも知れないが、そうだとしたら僕達人間は彼らに対してとても酷いことをしていると言わざるを得ないだろう。
私利私欲の為に何の罪も無いミニチュアドラゴン達の大切な角を力尽くで奪っては、何年もの長い間その成長を止めてしまうという残酷な所業。
中にはこのミドラのように人間に懐き必死にその命を救ってくれる者さえいるというのに、僕達人間は果たして彼らに何か喜ばれるようなことをしたことがあるのだろうか。

コンコンコン・・・
とその時、あの執事の特徴的なノック音が静かな部屋の中に響き渡る。
「どうぞ」
「晩餐の用意ができたが・・・どうした?浮かない顔をしているぞ」
「ああ、ちょっとね・・・色々考えさせられることがあったんだ」
それを聞いて、彼が僕の向かい側に置かれていたソファにゆっくりと腰を下ろしていた。
「あのハンターのことは残念だった・・・彼は・・・運が悪かったんだろう」
「そうだね・・・僕もミドラがいなかったら、今頃彼と同じ運命を辿っていたところだよ」
「だが、無事に調査は終わったんだろう?」
だが、ああ・・・という言外の響きを伴った僕の頷きに彼が予想外の言葉を返してくる。
「そうか・・・そう言えばそのミドラがどうしてお前に懐いたのかなんだが、少し気になることがあったんだ」
「えっ?」
てっきり礼の1つでも言われて終わりかと思っていたところに思わぬ言葉を聞かされて、僕はつい上ずった返事を彼に返してしまっていた。

「今から20年以上前・・・お前がまだ産まれて間もない頃のことなんだが・・・」
それは恐らく、彼が僕をこの王宮の生物学者として斡旋してくれた時に調べた情報だろう。
だが途中で口を挟むのも悪いと思って、僕は黙って彼の話に聞き耳を立てていた。
「どうやら、お前の家でもミニチュアドラゴンを飼っていたことがあるらしいんだ」
「何だって?」
そんな話を、僕は両親から聞いた覚えは無い。
「お前の父親は、お前と同じ生物学者だったからな・・・だが、研究の為に飼っていたわけではなかったそうだ」
「じゃあ何の為に・・・」
「山の中を歩いていた時に、麻酔銃を撃たれて気を失っていたミニチュアドラゴンを連れ帰って介抱したんだよ」

そう言えば・・・ミニチュアドラゴンの生態についての他の調査資料にも、そんなことが書かれていたような気がする。
特に密猟者によって狙われたミニチュアドラゴンは、大抵の場合麻酔銃を撃たれて角を奪われた後にそのまま森の中へと無防備に放置されてしまうことが多いらしかった。
もちろん仔竜とはいえ彼らを襲うような危険な肉食獣はあまりいないのだが、それでも命の源である角を折られて麻酔銃に撃たれたら彼らがそれだけで衰弱してしまう危険性は十分にある。
「とは言え、まだ赤子だったお前が家にいた手前、長くは飼っていられなかったらしいがな」
「そ、それが・・・このミドラだったって言うのか?」
「それは分からない。だがもしそうだとしたら、そいつがお前に懐く理由には十分だろう?」

そんな・・・でももしそれが真実だとしたらミドラは僕の父に助けてもらった恩を覚えていて、20年以上経った今日、それを僕に報いてくれたということになる。
「そうか・・・お前も、随分と義理堅い奴なんだな・・・」
「クゥ!」
やがてそのミドラの元気の良い返事を聞くと、僕は彼に断って晩餐の席へミドラを一緒に連れて行くことにした。
「まあ、今日くらいはいいだろう。俺から話は通しておくよ」
「ありがとう。よーしミドラ、今日は好きなだけお前に美味しいものを食べさせてやるからな」
「クゥ!クウゥ!」
そして心底嬉しそうにはしゃぐ可愛い小竜を胸に抱き上げると、僕は窓から差し込んでくる美しい夕焼けの朱に背を染めながら自分の部屋を後にしていた。

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