「ただ今」
「お帰りなさい。今日はどうだったの?」
「別に・・・何時も通りだよ」
家に帰り着くなり浴びせられたそんな母の声に返事になっていない言葉を返すと、俺はそそくさと2階にある自分の部屋に飛び込んで扉に鍵を掛けていた。
実家から地元の大学に通うという進路を選択したのはもちろん日々の生活が楽だと思ったからなのだが、20歳前後にもなると依然として自分を子供扱いする親の存在というものが些か鬱陶しくなってくるものだ。
とは言え歴史学者だった父が4年前に突然行方不明になってからというもの、唯一の家族となった俺の存在は母にとっては特別なものなのだろう。

尤も、俺が地元を離れたくないと思った理由の1つには何の前触れも無く忽然と姿を消してしまった父を探したいという目的もあったことは間違い無い。
今も手付かずのまま残っている父の書斎にはこの国に関する様々な伝説や歴史について綴った書物が山のように保管されていたから、父はその中の何かを調べている過程で行方を晦ましてしまったのだろう。
そんな何処か根拠に乏しい予想も手伝って、俺は大学でこの国の歴史について調べていた。
母もそのことを知っているからこそ、父についての手掛かりを求めて毎日俺にあんな声を掛けるのだ。
それにこれはまだ母には秘密にしているのだが、俺は父が行方不明になる直前まで調べていたものが一体何だったのかについて、既に大体の予測が付いていた。
もちろんそれが行方不明事件と直接関係があることなのかと言われれば返答に困るのだが、少なくとも父の行き先について多少は推量の材料にもなることだろう。

それは俺が住んでいるこの町の西にある、大きな山に関する伝説だ。
その山は樹海とも呼べるような余りに深い森に覆われている為に中腹より上には人間による開発の手が一切入っておらず、数千年も前から自然のままの姿を残している数少ない場所らしい。
だが問題は、その山の頂上付近に1匹のドラゴンが棲んでいるという噂が随分と近代化の進んだ今もまことしやかに囁かれているということだった。
まあ確かに、人の手が入っていない原始の山は現代の秘境とも言うべき文明と隔絶された世界だ。
そんなところにであれば、今や大昔の伝説にしか姿を現さないドラゴンが棲んでいるという可能性も丸っきり有り得ないとは言い切れないかも知れない。

「ドラゴン、か・・・」
自室でこれまでの自分なりに書き溜めてきたの調査の結果を眺めながら、俺は小さな溜息混じりに小声でそう呟いていた。
一見すると現代にドラゴンが生きているというのは夢のある話に聞こえるかも知れないし、父がこの伝説に興味を持ったことにも十分納得はできる。
ただ俺がどうにもそれを信じる気になれないでいる理由は、遥かな昔から点々と存在する数少ないドラゴンの目撃証言が余りにもその整合性を欠いているからだった。
ある時代の人はそれが黒鱗を纏った雄竜だったと言い、別の時代の人は緑色の鱗に覆われていたと言い、またある時代の人は赤い鱗に翼を持った雌竜だったと言ったらしい。
そんなにも多種多様なドラゴンが目撃されているというのに、山に棲んでいるドラゴンは1匹だけだと何故か様々な文献に明記されているのがどうしても腑に落ちないのだ。
しかも険しい森に阻まれた山頂付近まで無事に到達できる人間などそうそういるはずもなく、実際にはそれらの情報を確認する術がほとんど無いというのがまた性質の悪いところだろう。

だが、もし父がそれを確かめようとして山に登ったのだとしたら・・・?
そして深い森の中で遭難し、そのまま山を下りられずに行方不明になってしまったのだとしたら?
ドラゴンの存在の有無は別にしても、父が唐突に姿を消してしまった理由としてはそれでも十分に筋が通ってしまうことになる。
いずれにしても、文献での調査が行き詰ればあの山に登ってみる必要は自ずと生じてくるはずだ。
俺は静かにそう結論を出すと、夕食を食べる為に調査資料を机の上に放って部屋を出て行った。

翌日、俺は大学に向かう途中で遥か西方に見える件の山を見上げていた。
何処までも続くかのような深い森に一面を覆い尽くされているその雄大な自然の光景は、これまで誰も触れたことの無い未知の歴史がそこに転がっていることを暗に仄めかしている。
季節はもう7月の下旬。
後もう数日もすれば、2ヶ月にも及ぶ待望の長期休暇がやってくるだろう。
父がいなくなってこれまで地道に続けてきたあの不思議な山の調査も、流石に歴史書や伝説等の文献を調べるだけでは限界が見えてきている。
山に登った経験など当然持ち合わせてはいないから最初は少しずつ慎重に進める必要があるが、休暇に入ったらいよいよあの山に登ってみることにしよう。
俺はそう心に決めると、授業の開始に遅れないようにと少しばかり足を速めていた。

それから1週間後・・・
俺はようやく学業という名の雑務から解放されると、早速山に登る為の準備を始めていた。
夏の山とはいえ、深い森の奥で道に迷ったら無事に山を下りてこられる保証は何処にも無い。
それだけに事前の準備には相応の時間が掛かったものの、俺は何とか登山に必要な道具を一通り揃えることができていた。
まあ峻険な岩山や豪雪渦巻く雪山に登るわけではないから、それ程大仰な装備が必要なわけではなかったのが唯一の救いだったと言うべきだろうか。
「さてと・・・そろそろ行くか・・・」
もちろん、今回の登山はほんの小手調べだ。
山の中腹までは森が切り開かれていて比較的容易に登ることができるし、そこから先も特に立ち入りが制限されている場所は無いということだから、まずは無理無く登れるところまでいってみるのが目的だ。
そして母に余計な心配を掛けさせまいと特に行き先を告げずに家を出ると、俺はまだ見ぬ地元の秘境を目指して歩き始めたのだった。

「おっと・・・ここからはもう森なのか・・・」
標高2800メートルクラスの山と言えば、この近隣では相当に高い山だ。
その中腹というからにはかなり先まで開発が進んでいるのかとも思ったのだが、実際には1000メートルも登らない内に鬱蒼とした原始の森が俺の行く手に立ち塞がっていた。
だが最初から楽な道程を想像していたわけではなかったので、この程度は寧ろ想定内の出来事だろう。
そして道に迷わないようにコンパスが正常に機能していることと周囲の状況をしっかりと確かめると、俺は太陽の光がほとんど差し込まない薄暗い森の中へと意を決して足を踏み入れていった。

「それにしても凄まじい森だな」
行けども行けども、視界に入ってくるのは遥かな向こうまで延々と立ち並んでいる無数の樹木ばかり。
僅かな地面の勾配がそこが大きな山の一部であることを教えてくれるが、それ以外はただひたすらに広大な森が続いているばかり。
ところどころに獣道のようなものが見える時もあるのだが、その割に生き物の姿は全くと言っていい程に目に入らない。
真夏なだけに少なくとも虫くらいは沢山いるだろうと想像していたのだが、奇妙なことに森の中は不気味なまでの重苦しい静寂に満ちていた。

これは・・・一体どういうことなのだろうか?
もしかしたら山に棲んでいるドラゴンが出てくるかもなどという暢気な期待もすっかり消え去ってしまい、深い森がそこに迷い込んでしまった俺をただただ静かに包み込んでいる。
どうしよう・・・何だか妙な気分だ。
何となくではあるのだが、引き返した方がいいような気もする。
とは言え別に何かが出てきたわけでもその気配を感じたわけでもないというのに、ただちょっと居心地が悪いというだけの理由で折角ここまできた道を引き返すなんて馬鹿げている。
俺はそんな弱気になり掛けた自身の心に喝を入れると、もう少しだけ先に進んでみることにした。
だが更に100メートル程先に進んだところで、俺は余りに奇妙な、そして場違いに過ぎる物を目にして足を止めたのだった。

何だ・・・あれ・・・?
ふと心に浮かんだはずのその言葉を敢えて声に出さなかったのは、頭が見た物を理解する前に本能が何らかの危機感を感じたからだろうか。
そこにあったのは、1.2メートル程の高さですっぱりと切り落とされた1本の樹木だった。
木の種類自体は周りに生えているのと同じ普通の木のようだが、その滑らかな切り口の上に何か大きな黒い鎌のような物が真っ直ぐに刺さっている。
長さは25センチから・・・30センチくらいはあるだろうか?
僅かに湾曲したその物体の内側はまるで刃物のように鋭く研ぎ澄まされていて、反対に外側は艶やかな光沢を持ちながら微かに厚みを持っているらしい。
そしてまるで吸い寄せられるように刺さっていた木から両手でそれを引き抜いた瞬間、俺はそれが何だったのかをようやく理解していた。

これは・・・爪だ。
鉤爪と呼べる程には極端に反っているわけではないものの、刃物のようにして獲物を切り裂くのには十分過ぎる鋭さと硬さを有していると言っていいだろう。
だがそんな想像が脳裏に過ぎったその時、突然手に持っていた爪がビクンと大きくその身を震わせていた。
「痛っ・・・!」
その拍子に鋭利な刃の部分が指先に掠り、小さく裂けた傷口から真っ赤な血が溢れ出してくる。
「い、今、この爪・・・動いたよな・・・?」
そして思わず地面に取り落としてしまった爪を拾おうと地面に屈んだその段になってから、俺はそれ以上に重大なことに気が付いてハッと立ち上がっていた。

爪?爪だって?
もしこれが・・・こんな馬鹿でかい爪が実在する生物の爪なのだとしたら、この恐ろしい巨爪の持ち主がこの森に棲んでいる可能性があるってことじゃないか。
こんな長さ30センチの爪を手や足から生やしているとなれば、それがどんな種類の獣であれ相当に大きいだろうことは想像が付く。
しかもこの森は、太古の昔からドラゴンが棲むと言い伝えられてきた森なのだ。
「に、逃げないと・・・」
この森には何かがいる。何か、とんでもないものが。
紛れも無い巨獣の存在を仄めかす証拠を目の当たりにして、俺は2、3歩後退さると周囲に何もいないことを念入りに確認してから逸る気持ちを抑えて手元のコンパスに視線を落としていた。
方角は・・・よし・・・磁石は正常に機能している。
真っ直ぐ西に進んできたのだから、東に戻れば最短距離で森を抜けられるはずだ。
とにかく、今は一刻も早くここから離れないと・・・
今にも巨大なドラゴンが何処からともなく現れて襲ってくるのではないかという思いに、俺は早鐘のように打ち続ける心臓を抑えながら必死で森の中を走り出していた。

大丈夫だ・・・辺りはまだ明るいし、ここに来るまでに生き物の気配は全く感じられなかったんだ。
だから何事も無く・・・森を抜けられるはず・・・
懸命に自分の心にそう言い聞かせながらしかし心の何処かではそれを信じ切れないでいるという奇妙な葛藤に苛まれつつも、俺はそれから15分後には何とか無事に森から抜け出すことに成功していた。
「はあっ・・・はあっ・・・はぁっ・・・」
極度の緊張と恐怖が心中に荒々しく渦を巻き、身体的な疲労と相俟って殊更に俺の呼吸を乱していく。
だが何とか危機は脱したという思いが心中に湧き上がってくると、俺は大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着けていた。
とにかく・・・今日はもう家に帰るとしよう。
そして先程の爪で怪我をしてしまった指先をペロリと舐めると、俺は舌先に広がった血の味に少しばかり顔を顰めながら帰路に就いたのだった。

やがて言い知れぬ不安を抱えながらも家まで帰り着くと、俺は指先の怪我を消毒して絆創膏を貼っていた。
前に何かの本で読んだことがあるのだが、猛獣の爪というのは雑菌の塊のようなものなのだそうだ。
あの黒い爪が本当にドラゴンのものかどうかは別としても、動物の爪だとしたら傷口を放っておけば化膿してしまう可能性はかなり高いと思っておいた方がいいだろう。
それにしても・・・あれは一体何だったのだろうか?
木に突き立っていた爪を持ち上げた途端にまるで俺の手を斬り付けるかのように爪が動いたのは、決して単なる見間違いではなかったように思う。
とは言え別段それ以上のことが起こったわけではないだけに、殊更に大騒ぎするようなことかと問われれば肯定するのに躊躇いがあるのもまた事実だった。

「父さん・・・」
父の行方を捜す為にと森に入った矢先に奇妙な洗礼を受けてしまい、俺は自身の覚悟に僅かな亀裂が入ってしまったことを痛感していた。
あの爪の件はともかくとしても、山の中腹から上は異常な程に森が深いのだ。
あんな広大な森の中をあるかどうかも分からない失踪者の手掛かりを求めて歩き回るなど、生身の人間でその上登山の素人である俺には些か荷が重いと言わざるを得ないだろう。
とにかくあの深い森に入るのはまたしばらく後にするとして、明日からはもう少しあの山のことを調べてみるとしよう。
俺はそう心に決めて傷の具合を確かめると、夕食に呼ぶ母の声に応えて部屋を出て行った。

今から4年前・・・父が行方不明になるほんの少し前のことだが、俺は父があの山に登ろうと書斎で荷物の準備をしていたことを覚えている。
とは言え山に向かった日は父も無事に家に帰ってきていたから、直接的にあの山で遭難したと考えるのは些か不自然だろう。
父は何時も愛用の手帳に自分の調査した事柄を書き込んでいて、歴史学者というよりはまるで探偵か何かのような佇まいを醸し出していたものだった。

失われた歴史を求めて世界中の遺跡を飛び回ったり発掘したりというような大仕事はしないというだけで、恐らく父のやっていたことはどちらかというと考古学者のそれに近かったのだろうと思う。
地元に数千年前から存在する人跡未踏の秘境があったのだから、単純に父の興味が真っ先にそちらに向いただけというのが自然な考え方というものだろう。
そんな父が、どうしてある日突然姿を消してしまったのか・・・
父の愛用していた手帳も見つからなかったから何処かへ、恐らくはあの山へ何らかの調査に出掛けたのだろうとは思うのだが、その日は父が森に入る準備をしていた様子は無かったのだ。
それだけに、父の行動の理由を理解できないというのが俺の抱えている1番の悩みの種だった。

翌朝、俺は目を覚ますなり昨日怪我をした指先に奇妙な違和感を感じて貼っていた絆創膏を剥がしていた。
「え・・・な、何だよこれ・・・?」
その途端に、まるで予想だにしていなかったものが目に飛び込んでくる。
爪で裂けた皮膚の周りに、硬くて黒っぽい鱗のような物が付いていたのだ。
一瞬血の滲んだ瘡蓋でも出来たのかと思ってそれを剥がそうと試みたのだが、まるで神経が通っているかのように爪先を引っ掛けただけで微かな痛みが走る。

「ま、まさかこれ・・・本当に・・・鱗・・・?」
ど、どうしよう・・・傷口が化膿くらいはするかも知れないと覚悟していたものの、まさか傷の周りに鱗が生えてくるとは流石の俺も想像すらしていなかった。
とにかくこんなものを他人に見せるわけにはいかないだろう。
俺は小さな絆創膏を取り去った代わりに消毒液を染み込ませたガーゼを傷口に包帯で巻き付けると、それを母に見られないようにそっと家を抜け出していた。

さてと・・・家を出てきたのはいいのだが、これからどうすればいいのだろうか?
世の中には体中の皮膚が魚の鱗のように変質してしまうような奇病というものも存在するらしいのだが、俺の身に起こった"これ"がそういった病気の類でないことだけは直感的に確信できる。
傷口に生えた鱗を見た時は一瞬医者に見せようかという思考が働きはしたものの、そんなことをしても妙な病名を付けられた挙句にロクな治療もしてはもらえないことだろう。
それよりも今俺がやらなければならないのは、あの山についてもっと情報を集めることだ。
万が一のことを考えれば休みとはいえそれなりに人のいる大学よりも、静かで広い図書館にでも出向いた方が安心して調べ物もできるというものだろう。
俺はそう心に決めると、包帯を巻いた傷口を押えながら近くの図書館へと足を運んでいた。

やがて10分程の徒歩の末に目的地の図書館に辿り着くと、俺は館内を見渡して安堵の溜息を吐いていた。
やはり思った通り、平日の午前中から図書館に来ているような人はほとんどいないようだ。
そして隅の方にある静かなブースを見つけると、俺は取り敢えずあの山のことについて書かれていそうな本を片っ端から集めてくることにした。
だがその過程で、ここ1週間分の新聞を並べているコーナーがチラリと目に入ってくる。
更にはその幾つも並んだ見出しの中に「行方不明」という単語を見つけると、俺はふとある疑問が脳裏に過ったことを感じていた。

そう言えば・・・俺は父が山に調査に入ったことが行方不明になった原因なのだと勝手に決め付けていた。
もちろんそれは父が失踪の直前まであの山に関して何かを調べていたことに起因するのだが、父のような特定の目的を持たずにあの山へ入る人は一体どのくらいいるのだろうか?
そしてその人達が、一体どのくらいの割合で行方不明になっているのだろうか?
もしあの山の異常な森の深さとは別のところに父の失踪の原因があったとしたら、そこに何らかの関係性が見出せるかも知れない。
俺はそんな予想を基に歴史書の棚から離れると、一般公開されている警察資料の棚に向かっていた。

「あった・・・これだ」
やがてその棚の中に"行方不明者名簿"という名の資料を見つけると、逸る気持ちを抑えながらそれを静かに引っ張り出す。
これは図書館や役所等の限られた公共施設に置かれている資料で、直近の10年間、この国で行方不明になっている人が毎月更新されている。
顔写真、名前、年齢、性別、その他その人間が行方不明になる直前まで主に何をしていたのかといった簡潔な情報が載っていて、生存や死亡が確認された人は随時リストから除外されるという仕組みだ。
まあ実際には行方不明者が見つかるというケースは稀らしく、事実上このリストは過去10年の遺体の見つかっていない死亡者リストと化していると言っても過言ではないだろう。
そしてその中には当然、俺の父の顔と名前も載っている。
最後に生存が確認されたのは「自宅」となっていて、父があの山に関わっていたことを示す証拠は行動記録にある"失踪の数日前に課外調査の為西の森へ入った"という記述のみだ。

だが何気なく周囲のページに載っていた他の行方不明者の写真に視線を移した途端に、俺はある奇妙なことに気が付いていた。
この資料は例えば数人のグループが海や山で遭難した場合のことを考慮してか、索引の頭が「最後に生存の確認された場所」になっている。
例えば自宅で姿を見たのを最後に失踪した人間が名前順に並んでいて、その後に何処何処の海で遭難した人がまた名前順で載っている・・・という具合にだ。
そして当初の俺の目的から行くと当然あの山で行方不明になった人を調べるつもりだったのだが、驚いたことにここ10年の間に"あの山で"失踪した人間はたったの12人しかいないらしい。
しかもそのほとんどが3〜4人の団体で森に入ったということだから、件数的にはほんの数件だ。
そしてそれ以上に俺が興味を持ったのは、最後の行動記録にあの山に入ったらしいことが書かれている人達の多くがあろうことか"自宅"から失踪しているという事実だった。

これは一体どういうことなんだ・・・?
最後に自分の家で生存が確認された行方不明者の実に半数近くが、失踪する1週間前までにあの山へ入ったという記録が残っている。
逆に言えば俺が知らないだけで意外と大勢の人間があの森に入っているということなのかも知れないが、たとえそうだったとしても失踪との因果関係がはっきりしない以上不気味なことには変わりない。
それに俺のこの手の怪我・・・
森の中で見つけた奇妙な爪で負った怪我の傷口から鱗が生えてきたという事実が、何となくではあるものの俺の脳裏にある破滅的な終末を予感させる。
まさか・・・な・・・
そして理性では必死に否定しながらも確かめられずにはいられない衝動に突き動かされると、俺はきつく縛っていた包帯を緩めて指先の傷口をほんの少しだけ覗いていた。

「う、うわあっ!」
次の瞬間、静寂に包まれていた図書館の中にそんな俺の甲高い悲鳴が響き渡る。
だが心ではしまったと思いながらも、俺の視線は自分の指先からどうやっても離れてくれそうにない。
傷の周りを覆っていた黒い鱗が、更にその数を増やしていたのだ。
「あ・・・ぁ・・・そんな・・・そんな馬鹿な・・・」
今日の朝起きて傷口の状態を確認してから、まだ精々2時間程度の時間しか経ってはいないはず。
それなのにさっきまではほんの数枚の鱗が貼り付いていただけだった俺の指は、今やその先端から第2関節の辺りまでがすっぽりと漆黒の鱗に覆い尽くされていた。
このままじゃ俺の体は・・・この奇妙な鱗にすっぽりと覆い尽くされてしまうんじゃないだろうか・・・?
いやそれどころか・・・人間ですらなくなってしまうのでは・・・?

そんな未知の恐怖に、俺は慌てて席を立ち上がると全ての本を棚に戻して図書館を飛び出していた。
早く何とかしないと・・・でも、こんなことを一体誰に相談できるって言うんだ?
半ばパニックに陥り掛けた頭で幾ら思案を巡らせてみても、とても良い解決策が浮かんでくる気配は無い。
そして取り敢えず家まで走って帰り着くと、俺は自室に飛び込んで箪笥から手袋を引っ張り出していた。
もう季節は真夏だというのに手袋をするのは流石に抵抗があったものの、こんな異形とも言える手を他人に見られるのだけは絶対に避けたいところだ。
それにこうなってしまった以上、この鱗のことを母にも隠し通すのであればもう家にはいられないだろう。
取り敢えずは何処か人目に付きにくい場所に一旦身を潜めて、今後の計画を立て直す必要がある。
だが近代化の進んだこの国で人目に付かない場所など、もうあの森しか残っていないだろう。
とは言え、もしこのまま俺が行方を晦ましてしまったらやはり父と同じように西の山に入った後で自宅から姿を消した失踪者の仲間入りをしてしまうに違いない。
そしてそれは、父もあの森で俺と同じく黒い爪で怪我を負い、傷口から生えてきた鱗を他人に見られまいとして山に奔ったのであろうことを示していた。

「畜生・・・俺・・・どうなっちまうんだ・・・?」
カムフラージュの為にと両手に厚い毛糸の手袋をしたまま西の山へと向かう俺の姿を、道端ですれ違う幾人もの人々が奇異の目で見つめてくる。
だが今の俺には、そんなことなどもうどうでも良かった。
もしかしたら俺はもう間も無く、人間でなくなってしまうのかも知れないのだから。
そしてそんな恐怖に怯えながらも何とか昨日もやってきた森の入口まで辿り着くと、俺は躊躇い無くその薄暗い森の中へと分け入っていた。

ふと手袋を捲り上げて指先の様子を見てみると、黒い鱗がもう指の付け根の辺りにまで侵食してきている。
自分が自分でなくなっていくような奇妙な喪失感はこれ以上ない程にひしひしと感じるのに、徐々に鱗に覆われていく指先から全く苦痛の類を感じないのが俺は逆に恐ろしかった。
やがておぼろげな記憶を頼りに木々の間を掻き分けていくと、昨日も見つけたあの綺麗に切断された木が俺の視界に入ってくる。
しかしその滑らかな断面の上に昨日俺が地面に取り落としたはずの黒爪が真っ直ぐ突き立っていたのを目にすると、俺は絶望の余りその場に崩れ落ちていた。

そんな・・・あれは・・・あの爪は・・・俺が昨日確かに・・・
昨日初めてここへ来た時と全く同じように木の断面に突き立っている黒い爪の様子に、薄々感じてはいたもののどうしても信じたくなかったある仮定が急速にその現実味を帯びていく。
あれは・・・罠なんだ。
俺のように興味本位で森に入った人間の目に触れさせ、その爪で傷を負った人間を異形の者に変化させる何者かの仕掛けた罠・・・
恐らくはこの場所以外にも、森の中で比較的標高の低い場所に幾つも同じような物があるのに違いない。
だが真の問題はそこではなく・・・一体誰が何の目的であんなものを仕掛けているのかということだった。
地面に落ちていたはずの爪が元の場所に戻されているということは、罠を仕掛けた何者かがこの数時間の内にこの場所へ立ち寄っていることを意味している。
そして恐らくそれは・・・人間ではないはずなのだ。

相変わらず周囲にはまるで生物の気配を感じないというのに、その静寂に潜んでいる何かしらの脅威が激しい悪寒となって俺の背筋をザワリと駆け上がっていく。
果たして・・・これ以上森の奥に進んでもいいものなのだろうか・・・
だが既に手の平を介して他の指にまで不気味な黒い鱗の侵蝕が進んでしまっている今となっては、人目の多い町に引き返すことなどできるはずもない。
「畜生・・・畜生・・・何でこんなことに・・・」
当てもなく薄暗い森の中を彷徨いながらだんだんと人間ではない別のモノに変わっていくのは本当に恐ろしかったものの、俺は半ば自棄気味に足を前に踏み出していた。

「ははっ・・・これじゃあ、まるでドラゴンの手だな・・・」
今や手首の辺りまですっぽりと鱗に覆われてしまった自身の右手から視線を離すと、俺は諦観に染まり切った乾いた笑い声を漏らしながら木々の間から微かに見える夕日を眺めていた。
鱗の侵蝕はなおも止まる気配が無く、少しずつ俺の腕を飲み込んでいくのがはっきりと分かってしまう。
もしかして俺は・・・ドラゴンになるのだろうか?
かつてこの山で目撃されたという多種多様な姿形のドラゴン達がもし俺と同じように人間からドラゴンに姿を変えた者達だったとしたら・・・
想像と言うよりは寧ろ確信に近いそんな思考に身を委ねながら、もうどうにでもなれという思いが俺の脳裏を支配していく。
そしてもしそれが真実なのだとすれば、この山にはあの爪の罠を仕掛けた本物のドラゴンが伝説で言い伝えられているようにたった1匹で棲んでいる可能性が極めて高い。
だが俺や、或いは父のように人間から姿を変えたドラゴンが何処にも見つけられないことを考えれば、この先ドラゴンになった俺を待っている未来は決して明るいものではないだろうことが容易に推察できる。
もう人間として生きていく希望は絶たれているのだろうという諦め故に今は辛うじて正気を保てているが、本当は大声で泣き叫びたい程の不安と恐怖で頭が一杯だったのだ。

それから更に数時間後、俺はようやく森の中で少しばかり木々の疎らな場所を見つけると思わずふうっと安堵の息を漏らしていた。
しかもその上折れた大木の一部が地面に転がっていて、腰を掛けて休むのにも具合が良さそうだ。
朝から何も食べていない割に空腹感はほとんど感じていなかったものの、流石に長時間森の中を歩き通した疲労はたっぷりと溜まってしまっているらしい。
「よっ・・・と・・・」
やがて棒のようになった足を休ませようと大きな丸太の上に腰掛けると、俺は二の腕まで這い上がってきた黒い鱗をそっと摩っていた。
初めは気味が悪かったものの、光沢のある綺麗な鱗にここまですっぽりと覆われてしまうとなんだかこれも思った程悪くはないかも知れないという思いがふと心の中に湧き上がってしまう。
このままドラゴンになったら、一体何をしようか・・・?
空を飛べるような翼はあるのだろうか?
それとも、人間の心も失ってしまうのだろうか?
様々な現実逃避にも似たそんな妄想に身を任せている内に心の緊張も幾分かは和らいできたのか、激しい疲労が運んできた睡魔の大群が徐々に俺の中でその勢力を強めていく。
だが辺りももう暗くなってきたし少しでも眠ろうかと丸太の上で横になったその時、俺は地面の上に奇妙な物を見つけてまどろみに緩んでいた目を大きく見開いていた。

あれは何だ・・・?
それは黒く湿った地面の上に無造作に落ちていた、手の平サイズの小さな手帳。
その年季が入った薄茶色の表紙に、俺は見覚えがある。
「まさか・・・?」
そして思わずそう呟きながらも緊張に震える手を伸ばすと、俺はかつて父が肌身離さず持っていたその懐かしい手帳をそっと拾い上げていた。
どうして父の手帳がこんなところに・・・
いや、父が最後にこの森に入った可能性が高い以上、ここに手帳があったことはさして驚くことじゃない。
寧ろ問題は、この中に一体何が書かれているのかということだった。

心の何処かで、読まない方が良いんじゃないかという良心の叫びが空しく響く。
だが父に一体何が起こったのか、俺はどうしても知りたかった。
いや、知っておかなければならなかったのだ。
そしてゴクリと息を呑む音が喉の奥に消えていくと、指の流れに沿ってこの4年間の内に雨に濡れてふやけてしまったらしい手帳のページがゆっくりと開いていく。
前半部分には父がこれまでこの森について調べてきたのであろう調査結果が、過去の史実を交えて事細かに書き記されていた。
だが本や資料から俺が得ることのできた知識や内容が一通り全て目に入ると、その先に日付の付された日記状の書き込みが続いていく。
やがてそこに6月15日と書かれた長い文章を見つけると、俺は一気に心臓の鼓動が早くなったことを感じていた。
「6月15日・・・?確か・・・父さんがこの森に入った日だ」
そうだ、間違い無い。
あの日は確か日曜日で、父さんが森に出掛けて行ったのを家から見送った記憶がある。

6月15日(日) 晴れ
いよいよ、実際にあの山に登ってみる日がやってきた。
とは言っても、相手は今以って人跡未踏の現代の秘境。
私も登山の経験は多少あるものの、流石に初日は様子見程度で済ませておくのが無難というものだろう。
(中略)
登山道から深い森の中に入って、数十分が経っただろうか。
密集した無数の木々に阻まれてまだ1キロ程度しか進めていないが、極めて奇妙な物を発見した。
切り株・・・と言っていいのか分からないが、太い幹の中程で綺麗に切断された木の上に真っ黒な獣の爪のような物が真っ直ぐに突き立っている。
大きな爪だ。長さは約27センチ、僅かに湾曲しているが刃面の切れ味はまるでナイフのように鋭いようだ。
もし本当にこれが何者かの爪だとすれば、その持ち主は相当な巨獣であることが想像できる。
何故こんなところに置かれているのかは分からないが、もう少し詳しく調べてみる必要がありそうだ。
(中略)
先程見つけた爪で、手首に小さな怪我を負ってしまった。
爪を調べようと木から持ち上げた途端にまるで独りでに動いて斬り掛かってきたように見えたのだが、今は異常が無いところを見るとあれは私の目の錯覚だったのだろうか?
幸いすぐに消毒と止血を施したところ無事に血は止まってくれたようだが、森に入って早々に怪我をするとは幸先が悪いことこの上ない。
今日は一旦引き返して、もう少しこの爪のことを調べてみることにする。
だがこの爪は何かしらの意味があってここに置かれている可能性もあるだけに、標本としてこれを家に持ち帰るのは一応止めておくとしよう。

やっぱり、父は俺と同じようにあの爪で怪我を負ったのだ。
ということは、この先のページにはその後父がどうなったのかが書かれていることになる。
しかもそれを目にしたが最後、俺はたとえそこにどんな結末が待ち受けていようとも甘んじてそれを受け入れなければならないのだ。
だが、俺も最早まともな人生を送ることには絶望した身だ。
この先一体何が起ころうとも、今更自分の運命に抗うつもりはない。
そして1度だけ大きく息を吸うと、俺は水気で貼り付いていた手帳の次のページを慎重にめくっていた。

ぺリッ・・・パリ・・・パリ・・・
乾いた音を伴ってふやけて歪んだ紙がめくれていく様子にじっと目を凝らしながら、父の身に、そしてこれから俺の身に起こる事実を受け入れる覚悟をゆっくりと握り締める。

6月16日(月) 晴れ
朝目を覚ますと、昨日森で負った怪我に異常があった。
傷口の周辺を取り囲むように、茶褐色の鱗状の組織が現れている。
妙な病原菌にでも感染したかと思い昼過ぎには一応医者に見せたものの、どんな精密検査でも原因を究明するには至らなかった。
幸い切り傷の方はもう完全に塞がって特にこれといった痛痒は感じないが、新種の奇病の可能性もあるだけに家族と接触するのは極力避けるべきだろう。
(中略)
怪我を負ってから24時間、状況に更に変化があった。
ほんの数時間で、傷口周りの鱗の数が倍近くに増えている。
運動機能に特に障害は無いようだが、一刻も早く治療法を見つける必要がありそうだ。
こうして私が目を凝らしている間にも、新たな鱗がゆっくりと増殖していく様子が観察できる。
小さな鱗が重なり合っているお陰かかなり硬い鱗にもかかわらず手首を動かすのに不自由は感じないが、このままでは数日の内に全身がこの奇妙な鱗に覆われてしまうことだろう。
とにかく、明日の朝になっても症状の進行が止まらなかった時は家を出ることにしよう。
(中略)
怪我から36時間が経過した。
深夜にふと目を覚ましてしまったのは心の何処かにこの奇怪な現象に対する不安があったからだが、腕を見ればもう肩口の辺りまでが茶褐色の鱗で綺麗に覆われてしまっている。
この後、私は一体どうなってしまうのだろうか・・・

怪我から36時間か・・・
森で爪を見つけたのは確か昨日の朝9時頃だったはずだから、もうすぐ俺も怪我を負ってから36時間が経つ計算になる。
それで肩口の辺りまでが鱗に覆われていたということは、症状の進行は大体父のそれと同じくらいだと考えていいだろう。
だが最初に怪我の異常に気付いたのが今から約12時間前であることを考えれば、腕を1本丸ごと覆ってしまった鱗の侵蝕速度は想像以上に速いような気がした。
しかも人間の皮膚と鱗の境目を見ていると、文字通り増殖するように鱗が生成されていくのが分かる。
つまり鱗の部分と接触している皮膚が多ければ多い程、この変異は加速するのだ。
だとすれば今はまだ片腕だけだからこの程度の速度で済んでいるものの、これが肩を越えて胴体にまで及ぶと爆発的に鱗が広がってしまう可能性は十分にある。
とにかく、この先を早く確認しなくては・・・

6月17日(火) 曇り
不安を抑えて夜は何とか眠ることができたが、あれからたった6時間で首から胸全体が鱗に覆われていた。
このままでは数日と言わず、今日明日には完全に全身が鱗に覆い尽されてしまうだろう。
十分な準備をする時間は取れないだろうが、とにかく今は人目を避ける為にもこうなった原因を探る為にももう1度早急にあの山に登る必要がある。
そして居間にいた家内と息子に出掛けることだけを伝えると、私は鱗を他人に見られないようにフードで顔を覆って家を出ることにした。

そう言えば、父が失踪した日を俺が今一つはっきり覚えていなかったのは実際に父の姿を見たのが山に登った日曜日が最後だったからだろう。
月曜日は父も医者に行った時以外は書斎に篭って夕食の時にも姿を見せなかったし、その翌日も朝方に母とともに"ちょっと出てくる"という声を聞いただけだったような気がする。
しかし、本当の問題はここからだ。
人目を忍んで山に向かった父に果たしてどんな運命が待っていたのか、そして森の奥深いこの場所に手帳を落としたところまでの経緯が書かれていればいいのだが・・・
だがまるでそんな俺の期待に応えるように、次のページには父の最後の日記が不気味な形で綴られていた。

森に入ってから、もう数時間が経った。
一昨日見つけたあの黒い爪は相変わらず木に突き刺さっていたが、私が調べなければならないのは爪ではなく一体誰が何の目的でこんな物を仕掛けているのかということだ。
(中略)
怪我から48時間が経ち、既に私の体は両の膝下と片腕の肘から先を残して全身が鱗に覆われている。
更には鱗に包まれた表皮とともに体内の各器官も変異しているのか、もう随分長いこと食事を取っていないにもかかわらずほとんど空腹感を感じていない。
鱗が頭部を覆うにつれて髪は全て抜け落ち、鼻先が僅かずつではあるが長く伸びるように肥大化している。
それに伴って両目が顔の左右に離れ、視野が広がると同時に片目の死角も増えた。
臀部からも恐らくは尻尾と思われる筋肉質な突起が生え始めているが、同時に性器は股間に走った深い割れ目の中に隠れてしまったようだ。
五感がこれまでに無い程に鋭敏になり、人間の姿であった時には全く感じられなかった何かしらの生物の気配が確かにこの森の中に存在しているのが分かる。
だが何よりも恐ろしかったのは、私が何時の間にか4足歩行で森の中を歩いていたことだ。
自身の姿が今どうなっているのか鏡も水面も無い森の中では正確に分からないが、きっと史実に言い伝えられているドラゴンそのものの姿をしていることだろう。
(中略)
怪我から約60時間・・・
ついに私の全身が茶褐色の鱗に覆われてしまった。
鼻先は更に長く前方に伸び、尻尾ももう40センチ位の長さになっている。
結局この"竜化"現象についてはこれといった情報も解決策も見つけることはできなかったものの、今もこうして手帳に人間の文字を書いていられることから考えればきっと心は人間のままなのだろう。
家内や息子に会うことはもうできそうもないが、私はこの森で1匹のドラゴンとし―――

「・・・!?」
何だ?どうして日記がこんな中途半端なところで突然終わっているんだ?
一体この時、父の身に何があったというのだろうか?
だがほとんど確信に近い予感とともにふと周囲を見渡すと、俺はもう真っ暗で何も見えなくなったはずの地面の上に黒くて細い物が半分土に埋もれるようにして突き出しているのを見つけてしまっていた。
それはここにあるのが自然な、しかし心の中では決してあって欲しくなかった物・・・
「これは・・・ペン・・・?そ、それじゃあ・・・父さんは・・・」
ここ・・・正にここなのだ・・・
父は他でもないこの場所で、手帳にこの最後の日記を綴っていたのだろう。
そして唐突に終わっているこの日記の内容を見る限り、最早ここで何が起こったのかは明白だった。

「父さんは・・・襲われたんだ。ここで、何者かに・・・」
馬鹿な・・・何者かだって?何を寝惚けたことを言ってるんだ。
誰が父を襲ったのかなんて、もう判り切っていることじゃないか。
太古の昔からこの森に棲んでいる本物のドラゴンが、人間からドラゴンに姿を変えた父を襲ったのだ。
ここに手帳以外にそれらしい痕跡が残っていないことから考えるに、恐らく父はここでは殺されずに何処かに連れ去られてしまったと考える方が自然だろう。

しかしもしそうだとすると、どうしてそのドラゴンはわざわざあんな爪の罠を用意してまで大勢の人間をドラゴンに変えているのだろうか?
確かに罠に掛かった人間が後々この森に入ってくる可能性は比較的高いかも知れないが、そんな回りくどいことをしなくてもこの森で人間を捕まえるのはそれ程難しいことではないはずだ。
とは言え、ここで俺が幾ら想像を働かせてみたところで真実に辿り着くことなどできるはずがない。
それを知る為には俺が・・・俺自身が、実際にそのドラゴンに襲われてみるしか方法は無いのだ。
そしてそんな冷たい恐怖の滲んだ確かな覚悟を決めると、俺はそっと倒木の上に横になって潔く朝を待つことにした。

翌朝、俺は木々の梢の間から差し込んでくる微かな光の気配で目を覚ましていた。
「おお・・・」
もうすぐ怪我を負ってから48時間・・・父の日記にあったように俺の体は手足の先を残してそのほとんどが漆黒の鱗に覆われ、前方に長く肥大化した鼻先が広がった視界の端に見えている。
更にはズボンを下げて股間に目を向けると滑らかな鱗の間に1本の長いスリットが走っていて、その中に性器が収納されているらしい感触があった。
尻の方からはほんの少しではあるが確かに尻尾のような肉の隆起が突き出していて、いよいよ本格的に俺の体がドラゴンのそれへと作り変えられているらしい。
とは言え父の日記のお陰でこのまま完全にドラゴンになってしまうまでこの体の変化が緩やかに続くだけだと知っているだけに、今のところ大した恐怖や不安は感じずに済んでいる。
それよりも寧ろ問題は、昨日までは全く感じ取ることのできなかった何者かの気配が今はこの明るい森の中に確かに感じられるということだった。

だがもし仮にこの気配を発しているのが森に棲むドラゴンなのだとしたら、恐らくは相手の方も俺の存在を同じように感じていることだろう。
つまり俺がこの気配に気が付くずっと前から、相手は俺がこの場所にいることが分かっているはずなのだ。
だとすれば、どうしてこいつは俺を父のように襲わないのだろうか?
もしかしたら俺が完全にドラゴンの姿になってしまうまで待つつもりなのかも知れないが、その理由が分からない以上は取り敢えず警戒を怠らないようにするしかない。
尤も、いざ実際に本物のドラゴンが・・・それもあんな巨爪の持ち主が目の前に現れたとしたら、如何に心の準備をしていようとも自力で窮地を脱することができるとは思えなかったのだが・・・

とにかく、今の俺にできることはせめて自由に動ける間にできるだけこの山の情報を集めることだ。
姿が変わってもこの人間の心だけは変わらずに持ち続けることができるというのなら、この際もうドラゴンにでも何でもなってやろうじゃないか。
俺はそんな諦観にも似た決心とともに着ていた服を全てその場に脱ぎ捨てると、両手足でしっかりと地面を踏み締めていた。
幸い肉棒は深いスリットの中に収められていて裸でも特にこれといった不便は無いし、まだ人間の姿を保っている片腕ももうしばらくすれば完全に頑強な鱗に覆われることだろう。
靴だけはまだ両足が生身なだけに手放せないだろうが、その心配も後数時間で無くなるはずなのだ。

サク・・・サク・・・
成る程・・・父が何時の間にか4足で歩いていた理由が、何となく分かったような気がする。
どうやら僅かずつではあるが、首が長く伸び続けているらしい。
それと同時に首周りを支える骨が太く丈夫になっているお陰で、両足だけで立つと相当な負担が両肩に掛かるようになっている。
これなら確かに両手を地面に付いて直接肩を支えた方が負担が減るし、もう少し尻尾が長くなれば体のバランスもより安定することだろう。
初めて指先にできた鱗を見た時は随分と狼狽したものだが、今ではドラゴンに変わっていく自分を楽しむような心の余裕が生まれているのが自分でも分かる。
これで森の中に何の脅威も無かったなら、どれ程良かったことか・・・

だがそんな気の抜けた安堵感が芽生えたせいか、俺は森の中でふと立ち止まった途端に背筋にゾクリという激しい悪寒を感じてその場に凍り付いていた。
「グルルル・・・」
一体何時の間に、何処から姿を現したのか・・・
自身のすぐ背後から、低くくぐもった獣の唸り声のようなものが響いてくる。
い、いる・・・のか・・・?俺の背後に・・・ドラゴン・・・が・・・
鼻腔の奥を突く、咽返るような血の匂い。
燃えるような熱を帯びている、興奮した荒々しい息遣い。
そして真っ直ぐ俺の背中に注がれている、突き刺すかのような鋭い視線。
振り向いたら襲われる・・・そう確信できる程の、剥き出しの冷たい殺意。
それらの絶望的な情報が頭の中へ一気に流れ込み、やがて凄絶な恐怖となって俺の体温を下げていった。

蛇に睨まれた蛙・・・という表現があるが、それは強大な捕食者と目を合わせてしまった獲物が許容量を超えた恐怖と絶望に硬直してしまう現象を指す。
だが背後から睨み付けられただけで、まだ相手の姿形や正確な正体さえ明らかではないというのに恐ろしさに体が動かなくなってしまうなどということが本当に起こり得るのだろうか?
背後に佇むその存在に気付いた瞬間から一向に動いてくれなそうな手足を呪いながら、俺はただただゴクリと大きく息を呑むことしかできなかった。

ガシッ・・・ドシャッ!
「ひっ・・・が・・・」
その数瞬後、俺は巨大な手で頭を掴まれたかと思った途端に地面の上へと力強く叩き付けられていた。
強烈な衝撃と微かな痛みで揺れる視界の端に、真っ赤な鱗と乳白色の長い爪が飛び込んでくる。
人間の時に比べて少しばかり体全体が大きくなっているはずの俺の頭を片手で鷲掴みにできるのだから、姿は見えなくともこいつが相当に巨大な・・・ドラゴンであることは想像が付いた。
メキ・・・ミシミシ・・・
更には無造作に踏み付けた俺の頭にゆっくりと凶悪な体重を掛けながら、背後のドラゴンが俺の体を舐め回すように眺めている気配が伝わってくる。

「あ・・・ぐぅ・・・」
「フン・・・後少しといったところか・・・」
え・・・?い、今こいつ・・・人間の言葉を喋ったのか・・・?
大気を震わせるような野太い、しかし何処と無く艶も感じさせるその奇妙なドラゴンの声に、言葉が通じるという安堵とこれから何をされるのかという不安が同時に湧き上がってくる。
だが拘束から逃れようと首に力を入れた瞬間、ドラゴンは俺の鼻先を覆うようにその巨掌を滑らせていた。
ギュッ・・・
「む・・・むぐ・・・ぐむ〜〜!」
たったそれだけの動作で鼻と口を同時に塞がれてしまい、呼吸困難の苦しみが俺の視界を明滅させる。
全力で引き剥がそうとしているというのに、鼻先を握り締めるドラゴンの手はビクともしなかった。

た、助けて・・・苦しい・・・し、死ぬ・・・
やがて呼吸器を握り潰されたままバタバタと苦悶にのた打ち回る俺の様子を見かねたのか、ドラゴンが俺の耳元に囁くように小さな、それでいて恐ろしい言葉を投げ掛けてくる。
「安心するがいい・・・命までは奪おうとは言わぬ・・・今はまだ・・・な」
そして獲物の抵抗を捻じ伏せるようにドラゴンの手に更に無慈悲な力が込められると、俺は文字通り息の根を止められてグッタリと意識を失ってしまっていた。

「う・・・ゲホゲホッ・・・ゴホッ・・・」
次に気が付いた時、俺は真っ暗な闇の中にいた。
周囲を見回してもゴツゴツとした岩壁の輪郭のようなものが薄っすらと周囲を取り囲んでいるばかりで、俺をこんな目に遭わせたあのドラゴンの姿は何処にも見えない。
「こ、ここは・・・一体何処なんだ?」
ドラゴンの眼のお陰かほとんど光源が無くとも見える状況から察するにここは深い洞窟か何かのようだが、どうやらあのドラゴンは気絶した俺を生かしたままここへと連れてきたらしい。
恐らくは父が奴に襲われた時もきっと、こんな風に知らぬ間に何処かへと連れ込まれてしまったのだ。

俺も父も出会い頭に奴に殺されなかったのはある意味で幸運だったと言えるのかも知れないが、そうかと言って状況が好転したわけでもないだけに油断は禁物だ。
一応あのドラゴンも"今はまだ"俺を殺すつもりではないらしいから、下手に逆らわないように取り敢えずはここでしばらく待っていた方が良いだろう。
そしてそんなことを考えている内に、やがてズシッズシッという重々しい足音が俺の耳へと届いてきた。
やはり、下手に逃げようとしていたら危険なタイミングだったに違いない。
だが心中に湧き上がる不安と必死で戦っていた俺の前に、いよいよ巨大なドラゴンがその姿を現していた。

「う・・・ぁ・・・」
これが・・・こいつが・・・遥か昔からこの山に棲んでいたというドラゴンなのか・・・?
3メートル近くにもなろうかという体高に、全身を覆った真っ赤な鱗。
地面を踏み締めた両手足からは森で見掛けたのと同じくらいの長い爪が生えていて、大きく見開かれた白眼が眼前の小さな獲物に対して溢れんばかりの殺意を滾らせている。
その上俺の胴体程の太さがありそうな屈強な尾と洞窟の天井を覆い尽くさんばかりに広げられた蝙蝠のような巨翼が、俺の心から希望の残滓を残らず啜り上げていった。
こいつに捕まってから何時間経ったのかは分からなかったものの、両手足が完全に鱗に覆われていることや尻尾の長さから考えても60時間はとうに過ぎているはず。
だとすればもう名実ともに俺はこいつと同じドラゴンになっているはずなのだが、同族意識の欠片も見当たらない巨竜の冷たい視線が俺は心底恐ろしかったのだ。

「お、俺を・・・一体どうするつもりなんだ・・・?」
「私の口から・・・それを聞きたいのか?」
だが明らかに無事では済みそうにない雰囲気を醸し出すドラゴンにそう問い返されて、俺は迂闊に肯定の返事を返すこともできずに固まっていた。
そして俺が返答に詰まったことを確かめると、ドラゴンがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
ズシッ・・・ズシッ・・・
「あ・・・う、うあぁ・・・」
殺気を纏ったまま無言で躙り寄ってくる巨大なドラゴンの迫力に怯えて、俺は恐怖に痺れる体をあたふたと引き摺りながら後退さっていた。

「フフフ・・・何処へ逃げようというのだ・・・?」
俺が逃げ切れないことを知っているからか、赤竜が相変わらず速度を変えずにゆっくりと近付いてくる。
捕まったら一体何をされるのか・・・
そしてそんな逃れようのない激しい不安で胸が一杯になると、俺は無駄な足掻きを止めて両目一杯に恐怖の涙を浮かべたままドラゴンの接近を甘んじて受け入れていた。
「た、助けて・・・ひぃ・・・」
ガシッ・・・
やがて静かにこちらへ伸ばされてきた鋭い爪の生え揃ったドラゴンの手が、叶わぬ命乞いを吐き出した俺の首を乱暴に鷲掴みにする。
余りの体格差に逆らう気力も湧かず、俺はされるがままに仰向けに地面に押し倒されながら悲鳴だけは上げないように必死に歯を食い縛っていた。

「ほう・・・私にここまでされて叫び声も上げぬとは・・・お前は、随分と肝の据わった雄のようだな」
そう言ってガクガクと震える俺の体を眺め回しながら、ドラゴンが少しばかり愉しげに首を傾ける。
「それとも、声も出せぬ程の恐怖に焼かれているのか?」
片手で俺の体を地面に押さえ付けながらペロリと大きな舌を舐めずるそのドラゴンの様子に、俺は今にも食い殺されてしまうかも知れないという思いで生きた心地がしなかった。
「う・・・ぅ・・・」
「フン・・・まあ、私はどちらでも構わぬがな・・・」
やがて独り言のようにそう呟いたドラゴンが、不意にその視線を俺の股間へと移動させる。
そして一体何をと思う間も無く、その巨口から這い出した大きな舌がたっぷりと熱い唾液を纏ったまま俺の股間に走っていた割れ目の中へと勢い良く突っ込まれていた。

ズリュリュッ・・・!
「うぐあっ!?」
その想像だにしていなかった強烈な刺激に、ついつい甲高い嬌声が喉から零れ出していく。
だがドラゴンの方はというと、俺の脚を踏み付けて身動きを封じたまま更にその舌先を暴れさせていた。
狭いスリットの中で屈強なドラゴンの舌が激しくのた打ち回り、その暴挙に翻弄された肉棒が強烈な快感とともに大きく膨張していく。
そして人間のそれとは似ても似つかない歪な肉の塔がスリットの外に飛び出してしまうと、俺は赤竜の顔に浮かんでいた底冷えのする妖しい笑みを見てようやくその恐ろしい目的を悟ったのだった。

「や、止め・・・ろ・・・うああぁっ・・・!」
股間に走った深い割れ目の間から突き出した、ピンク色の鋭い雄槍。
花弁を閉じた花の蕾のようにさえ見えるその肉棒に、赤竜の舌が更に絡み付いていく。
ジュルジュル・・・ギュゥ・・・ジョリリッ・・・
熱い唾液を溢れさせながら敏感な雄の象徴を締め付けては摩り下ろしていく巧みな舌遣いの前に、俺はロクに声も上げられぬまま必死に身を捩って悶え狂っていた。
「フフフフ・・・やはり堪らぬな・・・活きの良い雄を舐るのは・・・」
そう言いながら、巨竜の舌責めが更に苛烈さを増す。
首と脚を踏み付けられているだけなので一応両腕は自由が利くものの、こんな化け物相手に一体どうすればこの状況から逃れられるのか俺には想像も付かなかった。
だが両の拳を握り締めながら怒涛の快楽に耐え続けるのも、流石にもう限界が近い。
そしていよいよ俺の精を啜り上げるべく肉棒に幾重にも分厚い舌が巻き付けられたその時、俺は嗜虐的な笑みを浮かべるその赤竜の顔を思わず力一杯殴り付けてしまっていた。

「うわあああっ!」
ズガッ!
その直後、自分でも思った以上の音と衝撃が右の拳に弾けていく。
だが反射的にとは言えこんな恐ろしい怪物に逆らってしまったという現実に我を取り戻すと、俺はゆっくりとこちらに振り向けられた赤竜の顔に背筋を凍らせることになった。
恐らくは怒りの表情を浮かべているだろうという俺の予想を裏切って、赤竜の顔には先程までと全く同じ愉悦の笑みが貼り付いていたのだ。
「あ・・・あ・・・」
「この期に及んでまだ私に楯突く気力があるとは・・・少々驚いたぞ・・・」
そしてそう言いながら、赤竜が自身の右手に生えていたあの刃のような大爪をペロリと舐め上げる。

こ、殺される・・・!
次の瞬間俺は微塵の疑いも無くそう確信すると、獲物の反撃に拘束への意識が薄れたのか僅かに力の緩んでいた赤竜の腕と脚を振り払って頭を持ち上げていた。
だがそこへ、渾身の力が込められているのであろう巨竜の全力の爪撃が叩き付けられる。
バギャッ!
「ぎゃあっ!」
更には横殴りにされた頭がゴツゴツした岩の地面の上に激突したかと思うと、今度は赤竜がまだ十分には伸び切っていない未発達の尻尾を握り締めていた。
そして片手で俺の体を宙吊りに持ち上げると、そのまま勢いを付けて再び地面の上へと力一杯振り下ろす。
グシャッ!
やがて凄まじい衝撃が背中から全身に飛び火すると、俺は息の詰まる苦しみに両目を大きく見開いた。
しかしそれだけでは収まらず、あろうことか洞窟の天井近くまで高々と持ち上げられた極太の尻尾が間髪入れずに無防備に曝け出されていた俺の腹に容赦無く叩き込まれたのだった。

ズドオォン・・・!
「がっ・・・は・・・」
肺の中の空気を全て吐き出したかのような掠れた呻き声が、静寂を取り戻した洞内に微かに響く。
だがその段になって、俺は身に受けた激しい衝撃による息苦しさ以外にはほとんど痛みらしい痛みを感じていなかったことに初めて気が付いていた。
そんな馬鹿な・・・
あの爪の一撃も、猛烈な勢いで岩に叩き付けられたのも、もちろん最後の尾撃だって・・・
人間の身で受けたなら間違い無く即死は免れない程の強烈な攻撃だったはずだ。
それなのにほとんど痛みが無かったどころか体の方はまるで無傷だなんて、俄かには信じられない。

「な、何で・・・」
「フフフ・・・それが強靭な雄竜の体というもの・・・簡単には死ねぬのだ。憐れなことにな・・・」
そ、そうだ・・・
人間からドラゴンに姿を変えた小柄な俺がこれだけのことをされても全くの無事なのだから、この巨大な赤竜にはどんなことをしても抵抗にすらならないということに他ならない。
しかもそれは同時に、この赤竜が俺を痛め付けるのに一切の手加減が必要無いことをも示していた。
「さて・・・抵抗が無駄だと悟ったのなら、おとなしく私に身を委ねるがいい・・・」
ち、畜生・・・畜生・・・
そしてまるで子供を諭すようなその何処か柔和ささえ感じる赤竜の言葉に心が折れてしまうと、俺は再び肉棒に巻き付けられた獰猛な巨竜の舌を絶望的な面持ちで見つめていることしかできなかった。

ジュ・・・ジュルッ・・・
「う・・・ぐぅ・・・」
決して慌てず、決して急がず、赤竜の長い舌が捕らえた雄をねっとりと撫で回していく。
自分でも想像以上に頑強な体になったお陰かこの巨竜に対して感じていた命の危険は多少和らいだものの、抵抗の術も無く嬲り弄ばれるだけという悲惨な立場に立たされていることは依然として変わりがないのだ。
ギュッ・・・ギュゥッ・・・
「ふあっ・・・は・・・ぁ・・・」
少しずつ少しずつ強くなるその舌の締め付けが、耐え難い快感となって肉棒に屈辱的な解放を迫っていく。
時折赤竜の視線が俺の顔へと振り向けられる様子から察するに、恐らくは俺が耐え切れずに体の力を抜いてしまうその瞬間を辛抱強く待っているのだろう。

「く・・・くそぉっ・・・」
徐々に徐々に、肉棒に塗り込められる刺激が強くなっていく。
それは決して直接的に射精に結び付くような激しいものではなかったものの、俺の忍耐という名の心の礎は怒涛の勢いで押し寄せる快楽の激流にその根元から押し流され掛けていた。
だがそれでも必死に両拳を握り締めて射精を堪えていると、真っ赤な舌のとぐろから尖った肉棒の先端が僅かにその頭を見せていた。
更には特に刺激に敏感なその先端が、赤竜の舌先でチロチロと軽く舐め回されてしまう。
「うああっ・・・!そ、それはぁ・・・!」
それまでのじんわりとした快感から突如として鋭いこそばゆさを叩き込まれ、俺は思わず両手脚をバタバタと暴れされながら悶え転げていた。
グギュッ!
「ひゃああぁ・・・!」
そして俺の集中が切れたことを確信した赤竜の舌が一際強く肉棒を締め上げた次の瞬間、ついに堪え切れなかった屈服の雄汁が肉棒の先から勢い良く噴き出してしまっていた。

ビュビュ〜〜ビュルルルッ・・・
「が・・・ぁ・・・ぅ・・・」
人間のそれとは比べ物にならない程の大量の白濁が、すかさず肉棒を咥え込んだ赤竜の口内へと吸い上げられていく。
その余りにも強烈な気持ち良さに、俺は十数秒にも及んだ射精が途切れた後もしばらくの間は小刻みな痙攣を繰り返しながら地面に引っ繰り返っていた。
「どうだ・・・雄竜の身で達するのは、極上の心地だろう?」
そんな俺の痴態を愉しげに眺めながら、赤竜が耳元に囁くような甘い声を投げ掛けてくる。
「あ・・・な・・・何で・・・こんなこと・・・を・・・」
「何故こんなことをだと?フフフ・・・お前は、玩具で遊ぶのにいちいち理由を求めるのか?」

玩具?こいつ・・・今、俺のことを玩具だって言ったのか?
「ふ、ふざけるな・・・!俺は・・・俺は玩具なんかじゃ・・・」
「私の呪いを受けて雄竜に姿を変えた時点で、お前は私の玩具に成り下がったのだ」
そう言った赤竜の顔に、侮蔑にも似た冷ややかな表情が貼り付いている。
「そんな・・・そんな下らない理由でお前は・・・俺を、ドラゴンにしたっていうのか・・・?」
「下らぬかどうかはこの私が決めることだ・・・それに、玩具は丈夫なことに越したことはないからな」
畜生・・・こいつ・・・俺を同族どころか生き物とさえ看做していないってことじゃないか。
「フン・・・何か言いたそうだな・・・だが諦めるがいい。直に、自身の境遇を受け入れるようになる」
「それを受け入れたらどうなるんだ?どうせ、見逃してくれるっていうわけじゃないんだろ?」
「知れたこと・・・身も心もボロボロになって壊れるまで使った玩具は、土に還してやるだけだ」
何て奴だ・・・こいつには、他者に対する慈悲というものが毛の先程も感じられない。
こいつはただ自己の欲求を満たす為だけに、大勢の人間達の命を食い物にしてきた性悪な悪魔なのだ。
そしてそれはつまり、俺の父もまたこの赤竜の玩具として手酷く扱われ命を落としたことを意味していた。

くそっ・・・俺の父はこんな奴に・・・
父の死という現実は父が行方を晦ましてからしばらく経った頃に何とか受け入れたものの、それがこんな化け物に死ぬまで嬲り者にされるという悲惨な最期だったことが、俺は心底悔しかった。
何としても、たとえ敵わぬまでも、この憎たらしいドラゴンをどうにかしてやりたい・・・
そんな激しい怨嗟の感情が、絶望に弱り掛けていた俺の瞳に再び力強い輝きを取り戻していく。
しかし赤竜はそんな俺の変化には気付かなかったらしく、おもむろに俺の肉棒をその巨大な脚でゆっくりと踏み付けていた。
グリ・・・グリグリ・・・グリリッ・・・
「うあっ・・・!や、止めろぉっ・・・」
「フフフ・・・下らぬお喋りはもう終わりだ。お前はただ、私に無様な泣き声を聞かせていれば良いのだ」
そう言いながら、赤竜が射精を終えてまだ刺激に敏感な肉棒を更に激しく踏み躙る。
決して踏み潰さぬように、それでいて執拗に扱かれては擦り上げられる肉棒が、俺の口から屈辱に塗れた歓喜の悲鳴を迸らせようと凄まじい快感を全身に弾けさせた。

だがこの赤竜に対する怒りや恨みの感情が、辛うじて快楽に屈しそうになる俺の心を奮い立たせていく。
「ぐ・・・ぐうぅ・・・」
やがてたっぷり10分程も続いた肉棒の蹂躙を必死に耐え抜くと、俺は荒い息を吐きながら眼前の赤竜をキッと睨み付けていた。
「ほう・・・私のこの責めにここまで耐えられるとは・・・」
「当たり前だ・・・お、お前なんかの・・・思い通りになんてなって堪るか」
しかしそんな俺の精一杯の強がりに、赤竜から何故か愉しげな笑みが返ってくる。
「フン・・・思い通りになって堪るか、か・・・何が私の思惑か、知りもせぬ身でよく言ったものだな」
「な、何だって?」
そして思わずそう聞き返した俺の言葉に、赤竜から無言でありながら明確な返答が返ってきた。

グシャッ!
「ぐわあっ!」
大きな脚で股間を力一杯鷲掴みにされ、無造作に握り締められた肉棒が苦しげに指の間から顔を出す。
「フフフフ・・・どうだ・・・これでも耐えられるというのか?」
更にはそのまま小刻みに脚をブルブルと震わされて乱暴に肉棒を磨り潰されると、俺は先程までの責めとは比べ物にならないその暴力的な快楽に一瞬にして我慢の限界を超えてしまっていた。
「う、うああああぁ〜〜!」
ブシュッ・・・ビュルルルッ・・・
赤竜の脚の下から、またしても大量の精が溢れ出してしまう。
最初の責めは、敢えて俺が耐え切れるように大分手加減されていたらしい。
そして一旦は俺が責め苦に勝ったかのような気分にさせてからそれを容赦無く踏み躙るなんて、この赤竜はどこまで底意地の悪い捻くれた性格をしているのだろうか。

「おやおや・・・得意げに強がった割には、随分と無様に悶え狂ったものだな・・・フフフフフ・・・」
ち・・・畜生・・・
こんな化け物にいいように弄ばれて、男としての意地が甚く傷付いていく。
だがますます憤怒に燃える俺の顔にようやく気が付いたのか、赤竜が僅かにその表情を引き締めていた。
「妙なこともあるものだ。私に弄ばれて怒るのはまだ分かるが・・・お前は私に何か恨みでもあるのか?」
「ああ、あるさ・・・お前は・・・こんな風にして俺の父さんも笑いながら甚振り殺したんだな・・・」
「お前の父だと?・・・さあな、過去に壊した玩具のことなど、いちいち覚えていられるものか」
その赤竜の言葉に、俺は心中に溜め込んでいた怒りがついに爆発していた。
「な、何だと・・・この野郎!」
しかしそんな俺の抵抗の兆しを読み取ったのか、赤竜が素早く片手で俺の頭を地面に捻じ伏せる。
ドシャッ!
「ぐ・・・ぅ・・・く、くそぉっ・・・」
「愚か者め・・・抗っても無駄だというのがまだ分からぬとは・・・仕方無い」
そしてそんな何処か呆れ気味の赤竜の声が聞こえると、俺はその直後に耳に届いたクチュッという奇妙な水音の正体に思い当たってビクリと体を硬直させていた。

「あ・・・な、何をする気なんだ・・・?」
「フフフ・・・惚けるな・・・お前にも、既に察しは付いているのだろう?」
もちろん、さっき聞こえたのが一体何の音かは分かり切っている。
散々に獲物を弄び嗜虐的な興奮で濡れに濡れた、この赤竜の膣の蠢き。
こいつはいよいよ、俺のモノをその獰猛な秘所に咥え込もうとしているのだ。
「私の中は苦しいぞ・・・特に心身ばかりが丈夫な雄竜には、気絶することも許されぬからなぁ・・・」
「な・・・そ、そんな・・・」
「まあ、そう怯える必要は無い。私に逆らおうなどというお前の気力が枯れ果てたら、離してやろう」
そう言いながらジュルリとこれ見よがしに舌を舐めずった赤竜の顔に、激しい欲情の色が表れていた。
そして自分の意思とは関係無くピンと天を向いて屹立してしまった憐れな肉棒に、肉欲の大口を開けた赤竜の秘所がゆっくりと覆い被さってくる。

「う、うああっ・・・」
赤竜に顔を押さえ付けられているせいでその細部まで見ることは出来なかったものの、俺は正に強大な捕食者に取って食われる小さな獲物の気分を味わっていた。
ゆっくりと、そしてじんわりと、燃え盛る竜膣が発する高熱が宛ら吐息のように肉棒に吹き掛けられる。
「どうだ、絶望的な気分だろう?涙を流して懇願すれば、少しは手心を加えてやっても良いのだぞ?」
「うぐ・・・だ、誰が・・・そんなこと・・・」
だが必死に意地を張ってそう答えた俺の目には、悔しさと恐怖と不安で大粒の涙が浮かんでしまっていた。
ヌチュ・・・
「ひっ・・・ぐ・・・」
そんな今にも折れそうな程に弱り切った俺の心を更に追い詰めるかのように、赤竜が雄槍の先端を熱い愛液に濡れそぼった淫唇で微かに舐め上げる。
その想像以上の快感と熱さに、俺は力一杯歯を食い縛って悲鳴を噛み潰していた。

「強情な奴め・・・そんなに地獄の苦しみを味わいたいのか?」
「い、今更・・・死ぬのなんて怖くない・・・!」
「分からぬ奴だ・・・私に呑まれれば死ぬのではなく、呑まれても容易には死ねぬと言っているのだぞ」
じわりじわりと、俺の不安を煽り立てる巧みな赤竜の言葉が脳裏に染み渡っていく。
死を覚悟すれば大抵のことには耐えられるだろうと思っていたというのに、こいつはその決死の覚悟さえゆっくりと時間を掛けて突き崩そうというのか。
だがそうかと言って不倶戴天とも言えるこの憎らしい赤竜に今更折れるわけにもいかず、俺はガタガタと震えながらも辛うじて沈黙を守り通していた。
「覚悟は変わらぬか・・・ならば、精々後悔するのだな・・・」

赤竜はやや諦め気味にそう呟くと、静かにその腰を下ろしていた。
その瞬間、人間のそれに比べれば遥かに太くて長い雄竜の肉棒がジュブリという粘着質な水音を残して根元まで赤竜の膣に呑み込まれてしまう。
「か・・・あっ・・・」
あ、熱い・・・熱すぎる・・・!
まるで、溶岩の海にでも肉棒を突っ込んでしまったかのようだ。
しかもきつく締め付けられているのにもかかわらず周りの襞が波打って、根元から先端までが余すところ無く扱き上げられてしまう。

グジュッ・・・グジュッ・・・メキメキッ・・・
「ぐ・・・がああぁぁ・・・!」
それは最早快感や苦痛などという言葉では言い表せぬ、狂気を呼び覚ます圧倒的な雌の暴力だった。
喉の奥から獣染みた咆哮を上げてしまう程の熱さが、痛みが、息苦しさが、そしてそれらを遥かに上回る甘美な刺激が、俺の五感を容赦無く焼き尽くしていく。
途端に強烈な射精感が湧き上がり、それが肉棒の根元で堰き止められたまま解放を求めて猛り狂っていた。
「フフフフ・・・大分気に入ったようだな・・・では、そろそろ楽にしてやろう」
やがてそんな赤竜の声が耳に届くと、それまで肉棒の根元を締め上げていた膣肉が急激に弛緩する。
その瞬間体内で溜まりに溜まっていた白濁のマグマが肉棒を競り上がり、俺は断末魔にも似た甲高い叫び声を上げながら赤竜の中へ盛大に精を噴火させていた。

ドブッ・・・ドプドプッ・・・!
「うああああああぁ〜〜!」
限界を超えた射精の快感に、両手脚がバタバタと宙を掻き毟る。
だが赤竜はそんな人外の苦悶にのた打ち回る俺を見下ろしながら微かな嘲笑を浮かべると、再び肉棒の根元をきつく締め上げながらゆっくりとその腰を浮かせていた。
やがてそれが一体何を意味するのかを理解した瞬間、反射的に赤竜を制止しようと右手を突き上げる。
「だ、駄目・・・それだけは・・・頼むから止めてくれぇっ・・・!」
赤竜の思惑通りに許しを懇願してしまったという、たとえようもない屈辱感。
しかし心折れ必死に許しを懇願した獲物を見つめる巨竜の顔に、慈悲の色は微塵も見当たらない。
「フン・・・聞こえぬな」
そしてそんな取り付く島も無い冷たい一言を吐き捨てると、赤竜が俺の肉棒を咥え込んだままその腰を激しく前後に揺さぶっていた。

ズリュッ!ゴシュッ!グジュッグジュッ!ズシュッ!
「あががが・・・がぁ・・・」
射精中の肉棒を更に滅茶苦茶にシェイクされ、視界が真っ白な光に包まれる。
だが自分でも到底耐え切れないだろうと思われたその快楽地獄の中でさえ、俺は意識を失うという唯一の逃避の道を完全に閉ざされてしまっていた。
夥しい量の精液が肉棒の先から止め処なく噴出し、激しい脱力感とともに全身の自由が奪われていく。
た、助けて・・・こんなの・・・頭がどうにかなってしまいそうだ・・・!
そして実に3分余りもの間途切れることのなかった凄まじい射精がようやく終わりを迎えると、俺は正に精魂尽き果てたかのようにクタッと弛緩した体を地面に投げ出していた。

「フフフ・・・随分と辛そうだな・・・どうだ、これでもまだ私に逆らうつもりか・・・?」
「う・・・は・・・ぁ・・・」
じょ、冗談じゃない・・・こんな拷問みたいなことを延々と続けられたら、幾らドラゴンの体が丈夫だとは言っても何れ心身に破滅的な破綻を来たすであろうことは間違い無い。
とは言えここで折れてしまえば俺はもう死ぬまでこいつの玩具として扱われ、雄としてはこれ以上無い程に惨めな思いを味わわせられながら死を迎えることになるのだろう。
それでももしこれが俺の・・・俺1人だけの問題だったなら、ここできっと白旗を揚げていたはずだ。
だがここで俺がこの赤竜に屈したら、それはこいつが父にした仕打ちをも認めることになってしまう。
それだけは・・・たとえ身も心も壊れ悲惨な狂い死にの結末を迎えることになったとしても、こいつが父にしたことだけは絶対に許してはならないのだ。

「ふ、ふざ・・・けるな・・・俺を痛め付けて従わせられると思っているのなら・・・大間違いだ!」
赤竜の腹下で依然として肉棒をその膣に囚われたままだというのに、俺は荒い息を吐き出しながら精一杯の怒りを込めてそう叫んでいた。
「解せぬな・・・無用な苦しみに耐えながら私に抗うことに、一体何の意味があるというのだ?」
「俺の・・・父さんは・・・4年前、お前の罠に掛かって命を落とした。それが・・・許せないんだ」
それを聞くと、赤竜が俺の顔を覗き込むように近付けていた頭をそっと離していく。
「成る程・・・若い人間だったとはいえ、伊達に黒鱗を纏っているわけではないということか」
「・・・どういう意味だ?」
「私の呪いを受けた人間は、人生に強い目的や覚悟を持っている者程その体色が漆黒に近くなるのだ」
体色が・・・?だがそう言えば、父の手帳には茶褐色の鱗が生えてきたという記述があった気がする。
この赤竜の言葉を信じるなら、それが父の人生に対する覚悟の度合いだったということだろう。
「お前の場合は、父親の仇討ちが人生の目的だったというわけだな」

正確に言えば、赤竜のその推測は少し違う。
俺は手帳を見つけるまで父の身に何が起こったのかを正確には知らなかったし、こいつに襲われて父が不遇な死を遂げたこともつい先程知ったばかりなのだ。
しかしそれでも、俺が行方不明になった父を見つけ出したいという強い目的を持ってこの4年間を生きてきたことは間違い無いだろう。
「どうしてそんなことを・・・?」
「人生に生き甲斐を持ち生きることに執着している人間程、心が強く嬲り甲斐のある竜になるからだ」
ということは、俺はこいつにとって正に極上の獲物・・・いや、玩具だったというわけか。
「へっ・・・だ、だったら・・・幾ら痛め付けたところで俺が折れないことは分かっただろう?」
「フン、先程泣きながら私に慈悲を乞うた口が、よく言ったものだ」
「う・・・き、聞こえないって言った癖に・・・」
さっきはあっさりと俺の懇願を聞き流したというのに、痛い所を突いてきやがって・・・

「だが、確かに手強そうではあるな・・・一朝一夕に篭絡できる程の、柔な覚悟の持ち主ではなさそうだ」
「だったら、どうするつもりなんだ?」
「お前の覚悟が萎えるのに時間が必要だというのなら、必要なだけの時間を掛けるだけのこと」
赤竜はそう言うと、俺の肉棒をゆっくりと熱い膣から吐き出していた。
「私に嬲られる惨めな日々に耐えかねてお前が恭順を誓うその日まで・・・飼ってやると言っているのだ」
「飼ってやるだって・・・?お前・・・俺を一体何だと・・・」
「何だ、不服なのか?玩具よりは愛玩動物の方が、まだ少しは優しくしてやれるのだが・・・」
うぐ・・・確かに、それはそうかも知れないが・・・
「そ、そうじゃなくて・・・何で俺が父さんの仇のお前なんかと暮らさなきゃならないんだ?」
「私がそう決めたからだ。言っておくが、お前にはそれを拒む権利など無い。それとも、躾が必要か?」

そんな不穏な言葉とともに、嬉しげに躍動した赤竜の膣が再びねっとりとした水音を周囲に響かせる。
「う・・・ち、畜生・・・卑怯だぞ」
「フン・・・何とでも言うがいい。だがこれは、お前にも悪い話ではないはずなのだがな」
「俺にも悪い話じゃない?お前のペットになることがか?」
こいつは、一体何を言っているのだろうか?
どう考えたってこの赤竜の狙いは、単に俺をじっくり時間を掛けて篭絡したいだけにしか見えないのだが。
「私の呪いを受けた人間は、単に竜に姿を変えて終わりではない。時とともに、竜として成長もするのだ」
「え・・・?」
「だから何れは、私のような巨躯を手に入れることもできるはずだ。私への仇討ちも、夢ではないぞ?」
俺が・・・何時かこの赤竜と同じくらいの・・・巨大な体を手に入れられる・・・?
「尤も・・・これから始まる私との永い永い絶望的な日々を、お前が乗り越えられればの話だがな」
「たとえどんなに永い時間でも・・・その先に希望があるのなら、乗り越えてやるさ」
「フン、勇ましいのだな・・・まあいい・・・夜は一時休戦だ。このまま朝まで、床を共にするとしよう」

それを聞くと、俺は素直にその赤竜の言葉に従っていた。
そしてその巨大な腕で俺の体をそっと抱き込むと、大分長く伸びた黒い尻尾に赤竜の尾が絡み付けられる。
何処と無く優しさを感じるその所作に、俺はつい思ったことを口に出していた。
「なあ・・・」
「・・・何だ?」
「あんた、本当に雄を痛め付けるのだけが趣味なのか?実は強い夫を探していたとか・・・ぐえっ!」
だがそこまで言った途端、赤竜の太い腕が俺の背骨を力一杯締め上げる。
メキ・・・メキメキメキ・・・
「あが・・・や、止め・・・苦し・・・」
「五体満足で朝を迎えたいと思うのなら、余計な詮索はせぬことだ・・・」
「せ、詮索って・・・じゃあやっぱり・・・は・・・あぅ・・・」

俺が黙らなかったことに腹を立てたのか、抱き潰されそうな程の圧迫が更に強められる。
しかしそれもものの数分で自然と緩められると、俺はホッと安堵の息を吐いていた。
「ゲホッゲホッ・・・な、何だ・・・もう終わりか・・・図星を突かれた割りには、意外と優しいんだな」
「減らず口を・・・明日どうなるか、覚えているがいい」
恐らくは精一杯の脅迫のつもりで言ったのだろうその言葉が、何故か今だけは睦言のように聞こえる。
「それはいいけど・・・あんたこそ忘れないでくれよ。俺は一応、"愛玩動物"なんだからさ」
「もちろんだ。嫌という程に可愛がってやるから、精々覚悟しておくのだな」
俺はそれを聞くと、返事をする代わりに赤竜の硬い胸元へ自身の頬を黙って擦り付けたのだった。

それから、数百年という永い永い時が流れた。
人間達の住む町は文明の発展に従ってますます大きく栄えたものの、不思議なことに太古の森を湛える山には一切人間による開発の手が入ることは無かったという。
だがかつて森の中に置かれていたという不気味な巨大な黒い爪は何時しか1つ残らず消えてなくなり、山に入った人間が姿を消すという事例も随分と少なくなったということだ。
そしてもう1つ・・・町の歴史書に、新たな記述が書き加えられていることも忘れてはならないだろう。
それは町の西に広がる深い森に覆われた山の中で、今も赤と黒の巨大な雌雄のドラゴンが仲睦まじく暮らしているという、複数の目撃証言による噂話だった―――

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