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ピ・・・ピピピピッ・・・
"Farth12 0900"
Farth8での調査終了後、調査エリアを最初の着陸場所からおよそ2000キロ北側の亜寒帯へと移した調査班は1日の休養を挟んで再びCIによる環境査定を再開させていた。
「Farth12 0903、CIアウェイクニングフェーズを開始します」
「データ送受信用配線のリジェクト完了。起動用のショック用意」
「チャージしています。離れてください」
数日振りのCIの起動準備にも最早手馴れたもので、リーダーが静かに見守る中新たなCIの素体に"命"とも言うべき膨大なデータが吹き込まれていく。

ドンッ
やがて起動の電気ショックが与えられた音が船室に響き渡ると、ややあって目を覚ましたCIがゆっくりとその目を開けていた。
「CI。気分はどう?」
「ああ・・・問題無い。今日は・・・Farth12?前回の調査とは随分間が開いてるね?」
そう言ってベッドから体を起こしながら周囲を見回していたCIに、リーダーの男が近付いていく。
「調査エリア変更の為に船を北上させていたんだ。生憎、適切な着陸場所を見つけるのに難航してしまったがな」
「成る程・・・では、今日の調査項目は?」
「Farth2と同じくまずは洞窟の調査だな。ここは亜寒帯だ。今はまだ冬ではないが、かなり気温は低いと思ってくれ」
「了解。では、FPモードでのデータ記録を開始します」

私はそう言って何時ものようにカメラと各種センサーを起動させると、日付が開いているせいで何だか久し振りな気がするセンサー類の動作確認に意識を振り向けていた。
現在日時はFarth12の0911、船室の床面積は約330平方メートル、気温は摂氏16.3度、船室内の船員は全員バイタル良好・・・空調はある程度効いているようだが女性船員達が少し肌寒そうにしているようだ。
「CI・・・今回も自爆装置の類は搭載していない。ただ、未知の生物種との遭遇の可能性もあるから用心するんだぞ」
「その割には、今回の素体は比較的軽装ですね」
「Farth調査地球司令部から新たに送られてきた、機動性を重視した素体だ。そのテストも兼ねていると思ってくれ」
確かに・・・体重は以前までの素体の約80%とかなりの軽量化が図られているようだ。
その分体表を覆う装甲の大部分は取り外されてしまっているようだが、元々私の体は調査の為の"使い捨て"を想定されたもの・・・
何れにせよ人間への影響調査の為に人体情報ともリンクされるのだから、無用に重い装甲を身に纏う必要は無いというのが司令部の結論なのだろう。

「調査場所の座標は何処ですか?」
「ここから西北西約7キロのところにある洞窟だ。地下空洞と言った方が正確だが、規模は小さくない」
私はそれを聞いてベッドから降りると、まずは新しい素体であるという自身の装備を確かめていた。
「ん・・・?」
だがその中に、標準の武装リストに無い武器が1つ余分に装備されているらしい。
「これは?」
どうやら、左手の指に装備されたフィンガーレーザーの射出口を1箇所だけ改良して数発の小型のニードルが撃てるようになっているようだ。
「解析班がお前の回収した麻薬花の成分から強力な麻酔弾を開発したんだ。生物の捕獲にも使えるかも知れんからな」
成る程・・・私がローバーに収容した麻薬花はたった1輪だったというのに、それだけで10発分もの麻酔弾が作れるというのは解析班の優秀さはもちろん、それだけの麻薬成分をあの花が内包していたという証左なのだろう。
「それとCI、もう1つ問題がある。この周辺は地形の凹凸が激しい岩地で、現状のままではローバーが使えないんだ」
「ローバーは解析班の方に回して悪路に対応出来るよう改良して貰ってるけど、まだもう少し時間が掛かりそうなの」
「だから、今回の移動には飛翔用ウィングを使ってくれ。洞窟へ入る時の為に簡単に着脱出来るよう改良してある」

飛翔用ウィングか・・・
Farth4で馬の調査の時にも使用したが、ジェット噴射による最高時速は大体85キロくらいだった。
ということは、7キロ離れた目的地までは約5分程で到達出来る見込みだろう。
「了解。では、調査に移ります」
私はそう言うと、これまでと同じように船員の案内で船の外へと送り出されていた。
「うっ・・・」
やがて外に出た瞬間、船内とは比べ物にならない程に寒い外気に一瞬身を震わせてしまう。
気温は摂氏2.6度・・・私が寒く感じるのは人体情報とリンクされているが故の感覚なのだが、普通の人間ならこの寒さでは適切な衣服を身に着けなければあっという間に凍死してしまうだろう。
「CI、通信確認だ。聞こえるか?」
「はい、音声良好です。こちらの声と画像は大丈夫ですか?」
「今のところは画像、音声ともにクリアだ。ただ、洞窟内では正常に電波が飛ぶ保証が無いから中継器を使ってくれ」
私はそんなリーダーの言葉に頷くと、静かに飛翔用のウィングを広げていた。
船の周囲は辛うじて平坦といえるような岩地が広がっているものの、それより外側は確かに凸凹とした冷たい岩肌が其処彼処に露出していて、元来悪路には強いはずのあのローバーでも走破するのが難しいだろうことはすぐに分かる。
船よりずっと南の方には針葉樹林が広がっているようなのだが、今回の目的地である西北西の方角には延々と殺風景な岩地が続いているだけだった。

「CI、相対マップ上に目的地の洞窟の位置を示しておいた。早速向かってくれ」
「了解。目的地に向かいます」
そう言いながらまずは飛翔ウィングの感触を確かめる為に垂直方向にジェット噴射してみると、体重が軽くなったせいか思った以上に簡単に体が浮き上がる。
「おっ・・・おお・・・」
そしてそのままウィングの角度を調整してみると、私はあっという間に凄まじい速度で空を飛んでいた。
ゴオオオオッ
「凄い・・・優に時速100キロ以上出ているようだ」
「重量が20%も軽い上に、空気抵抗を軽減出来るよう装甲や体の空力特性も改良されているからだ。墜落するなよ」
まるで轟音のような激しい風の音に混じってそんなリーダーの声が聞こえたものの、私は当初の想定よりも早いほんの3分余りで目的地となる地下空洞のある岩地へと到着してしまっていた。
ただでさえ凍えそうな程に低い気温の中を高速で移動したことで体感温度は氷点下にまで達する程だったのだが、地中へ向かって伸びている広い洞窟の前に降り立つと寒さを我慢してまずは飛翔用のウィングを取り外す。

「目的地へ到着しました。飛翔用ウィングの離脱完了。通信確保の為の中継器を設置します」
「よし。中継器の設置が完了したら中へ入ってくれ。分かっていると思うが、いきなり暗闇の中を照らすなよ」
もちろん、それは良く分かっている。
Farth2での洞窟調査では催淫性の粘液を纏った蛭状の生物に襲われたものだが、地球上に存在する通常の蛭でさえ眼点と呼ばれる光を検知する受光器官を持っているくらいなのだ。
そんな連中に暗闇の中で突然光を当てることがどんな結果を引き起こすのかは、想像するまでも無く既にこの体へ嫌という程に刻み付けられている。
そしてそんなことを考えながらも首尾良く通信の為の中継器の設置が終わると、私は延々と奥まで続いているように見える深い洞内へと静かに入っていった。

自然に出来た洞窟なだけに足場は非常に悪いのだが、ここにはまだ外光が辛うじて届いている。
そして左右に曲がりくねった場所に差し掛かると、いよいよ私は漆黒の暗闇に覆われた空間の前で立ち止まっていた。
「CI、何か見えるか?」
「いえ・・・赤外線カメラとスターライトスコープを併用して、無照明で中に入ります」
「分かった。バイタルはこちらでモニターしているが、記録用カメラが用を成さなくなる。報告は密にしてくれ」
もちろん、言われなくてもそのつもりだ。
「了解」
私は短くそれだけ返事を返すと、静かにカメラを暗視モードに切り替えていた。
前回の洞窟調査では超音波探査も実行したものだが、仮に何かの生物がこの洞窟内にいたとしたら何が刺激になって襲い掛かってくるか分かったものではないだけに今回は慎重にならざるを得ない。
そして岩壁に反射する微かな外光の残滓を数万倍に増幅して暗闇の中を見つめた私は、先の見通せない湾曲した通路が更に奥深くまで続いている光景に少しばかり緊張の度合いを高めていた。

今のところ、視界の中に何らかの生物が居る気配は無いようだ。
もちろん、中に何もいないのであればそれはそれで構わない。
安全の確保された広い居住スペースが見つかれば、船外活動の拠点にすることも出来るからだ。
「周辺に生体の気配無し・・・更に奥へ進みます」
「分かった。だが、慎重にな。今回の調査の主目的は安全の確保だ。危険を感じたら離脱も視野に入れるんだぞ」
「大丈夫です」
これまでのリーダーは心情的にはどうあれ表面上は私が犠牲になることを厭わずに環境調査の任務を続けて来たというのに、ここにきて私の身を案じるようなことを口にしたのは一体何故なのだろうか?
もちろん今回は安全の確保が主目的なのだから無闇に私の身を危険に晒す必要は無いという判断なのかも知れないが、それを考えてももしかしたらリーダーを始めとした船員達の間で何らかの意識の変革が起きているのかも知れない。
もちろん今回は安全の確保が主目的なのだから無闇に私の身を危険に晒す必要は無いという判断なのかも知れないが、それを考えてもどうもリーダーを始めとした船員達の間で何らかの意識の変革が起きているのかも知れない。
尤も・・・仮にそうだとしたらその原因がこの私自身にあるのだろうことは容易に想像が付くのだが・・・

ピチョン・・・
「ん・・・?」
とその時、私は洞窟の奥の方から水滴が滴るような音が響いて来たことに気付いてふと足を止めていた。
ピチョン・・・ピチョッ・・・
断続的な、しかし規則的ではないその音の感じから察するに、恐らくは何処かに水溜まりのようなものがあってそこに複数の個所から水滴が垂れ落ちているのだろう。
「CI、どうかしたの?」
「いえ・・・どうやら、奥の方に水場があるようです。微かにですが水音が聞こえます」
「水場か・・・深くなければ良いんだが・・・取り敢えず、現在位置の安全が確保出来たら照明を設置してくれ」
私はそれを聞いて一旦カメラの暗視モードを切ると、右腕に搭載されていたケミカルライトを1本取り出していた。

パキッ・・・
そしてその端を折り曲げて軽く振ると、オレンジ色の強烈な光が暗闇に包まれていた洞内をほんのりと照らし出す。
「よし、記録用カメラでも周囲が見えるようになったぞ」
「このライト、発光時間はどのくらいあるんだい?」
「それは連鎖発光式のウルトラオレンジライトよ。1ブロックの発光時間は約5分、それが4ブロック連結してるの」
成る程・・・つまり、これ1本で約20分間はこの程度の光量を維持出来るということか。
これなら、かなり距離があったとしてもカメラを暗視モードに切り替えれば広範囲を見ることが出来るはずだ。
そして煌々と光り輝くライトを地面の上に置くと、私は更に洞窟の奥深くへと足を踏み入れていった。

ピチョ・・・ピチョン・・・ピチャ・・・
奥に近付くにつれて、聞こえてくる水音の数がどんどんと増えてくる。
初めは小さな水溜まり程度のものを想像していたのだが、音の反響具合からするにそれなりの広さがある地底湖のようなものが存在しているのかも知れない。
「CI、そろそろ記録用カメラには何も映らなくなってきたが、何か見えるか?」
「まだ足場の悪い曲がりくねった通路が続いています。幾つか枝分かれもありますが、水音の聞こえる方へ進みます」
やはり自然に形成された洞窟は何かの生物が作ったそれとは違って無造作に岩棚に開いた穴のようなものらしく、そこそこに大きな岩の突起が突き出していたり急な傾斜があったりとかなり歩きにくい。
照明が十分にあればスパイダーなどを使って先行探査をするという手もあるのだが、この悪路では私でさえゆっくりと進むのが精一杯だったのだ。

だが更に暗闇の中を慎重に進んで行くと、私はいよいよ水音の出所と思われる比較的広い場所に到達していた。
「おお・・・」
「CI、どうしたの?」
「待って、今ライトを点けるよ」
そう言った私の目の前に、幅約20メートル、奥行きが50メートル程もある浅い地底湖が広がっている。
すぐに浅いと分かったのは、暗視モードで見ただけでも底が見通せる程に水の透明度が高かったからだ。
その清涼な水溜まりの上に、見えない程に高い天井付近からポタポタと無数の水滴が落ちてきているらしい。
地表の入口から洞窟内はずっと下り坂になっていたから、ここは地下数十メートル・・・
ということは恐らくここの天井は地表付近にあって、そこから水が地中へと浸潤してきているのだろう。
周辺に生体反応は無し・・・と・・・
私は一応赤外線カメラと暗視モードによる視認で周囲に生物の姿が見えないことを確認すると、少し光量を絞ってアイライトを点灯していた。

「凄い・・・綺麗な湖ね」
「CI、一応その水を水質検査してみてくれ。飲用可能な水なら大発見だ」
「了解」
私はそんなリーダーの言葉に従って、足下に広がっている水を検査用シリンダーへと入れていた。
ピ、ピ、ピ・・・ピー・・・
「結果が出たわ・・・ちょっとミネラル分が多くて硬そうだけど、完全に飲用可能な純水よ」
「それに、水素と珪素もかなりの濃度で溶け込んでるな。いわゆる"奇跡の水"という奴じゃないか」
飲用可能な水源を見つけたからだろうか、リーダーの声が何時もより少し明るいような感じがする。
「微量に含まれている細菌類は未知の種だから人間が飲むには殺菌が必要だろうが、一応飲んでみたらどうだ?」
確かに、バイオ抗体を持っている私ならば仮に危険な細菌類が含まれていたとしても対処出来る可能性が高いだろう。
私はそう思って両手で湖の水を掬うと、そっと一口それを飲んでみた。
ゴクッ・・・
キンと冷えた冷たい水が喉を流れ落ち、何だかここまで歩いて来た疲れが少し軽くなったような気がする。
「味はどう?」
「凄く冷たくて美味しいよ。確かにちょっと硬度が高いけど、体には良さそうだ」

だがそう言ってふと周囲を見回したその時、私は近くにあった岩の陰から何らかの軟体生物が顔を出していたことにギョッとしてそちらに顔を向けていた。
それまでは岩の陰に潜んでいたから気が付かなかったのか、1匹の大きな蛭のような生き物が岩の上で静かに身を横たえている。
「CI、そいつは何だ?また蛭か?」
「そう見えますが・・・Farth2で遭遇したのとはどうやら違う種のようです」
まるで周囲の岩肌と同化しているかのような、黒っぽい体に細い白の縦筋が入った全長30センチ程の蛭状生物・・・
見たところ周囲に他の仲間は居ないらしく、単独で私の前に姿を現したようだ。

「CI、そのくらいの生物なら直接検査用シリンダーで精密検査が出来る。安全に捕獲出来ないか?」
「了解。では、パラライズニードルのセーフティをアンロックします」
私は解析班があの麻薬花から開発したという左手の指先に装備された麻酔針を相変わらず岩の上で緩慢に動いている蛭に向けると、慎重に狙いを定めてそれを発射していた。
プシュッ
やがて寸分違わず胴体に短いニードルが突き刺さった標的が、一瞬ビクンという震えを見せたかと思うとそのまま完全に動きを止める。
「よし、命中したぞ」
「あの麻酔は、どれくらい効果が持続するんだ?」
「ニードルを量産する為に若干希釈したので、対象のサイズにもよりますが恐らくは数分程度かと・・・」
数分か・・・まあ、検査はすぐに完了するから特に問題は無いだろう。
私はそう思ってぐったりと伸びている蛭に慎重に手を触れると、デロリとした見た目の割りに余り滑り気を感じない以外には特に問題が無いことを確認してからそれを丸ごと検査用のシリンダーに入れていた。

「CI、シリンダーの機能を生体検査モードに切り替えて。完全な検査完了までは30秒程掛かるわ」
「了解。モードを切り替えて検査を実行します」
そう言いながら検査用シリンダーの設定を変えると、私は検査が終わるまでの間依然として動く気配の無い奇妙な蛭の様子を透明な強化ガラス越しに見つめていた。
ピ、ピ、ピ・・・ピピピピピ・・・
「CI、結果が出たわ。もうその蛭は放しても大丈夫よ」
「了解。それで、結果は?」
私はそれを聞いてヒクヒクと力無く震えている蛭を元の岩の上に戻してやると、検査用シリンダーの内部洗浄を実行しながらそう問い掛けていた。

「体の構造的には特に気になる点は見られないけど・・・あ、待って・・・この蛭、生殖器が無いみたい」
「生殖器が無いだと?地球上の蛭は雌雄同体だが、種によって生殖孔や陰茎などはあったはずだ。これは違うのか?」
「確かに腹側に孔のようなものはありますが、生殖の機能を有しているものではなさそうです」
検査したデータや画像を見ながらリーダーと女性船員が交わしている会話に耳を欹てながらも、しかし私は脳内に送られてきた同じデータにもっと検証するべき点があることを感じ取っていた。
「リーダー・・・生殖の方法も疑問ですが、体液の組成を見てください」
「体液?ああ・・・ん?体内に保留している液体や体表を覆う液体の99%以上が水・・・いや、寧ろこれは・・・」
「ミネラルや他の元素の含有割合も何もかも・・・その地底湖の水と全く同じ成分だわ」
やはり・・・道理で、蛭を手に持った時に想像していたような粘液の感触を感じなかったわけだ。
「どうしてその蛭の体液が、地底湖の水質成分と同じなんだ?」
「いえ・・・そうではなく・・・多分逆なんだと思います」
「逆・・・?」
その私の言葉に、何かを考え込んでいるかのような数秒の沈黙が返って来る。
だがやがてそれが意味することに気付いたのか、女性船員の少し動揺した声が聞こえて来た。

「まさか・・・そこ溜まっている大量の湖水が、実は全てあの蛭の体液だって言うの?」
「この湖は、ここからでは見えない程に高い天井付近からどうにかして降り注いでいる水で出来ています」
「もしそれが全て蛭の体液だったとしたら・・・というよりもCI、お前はさっきそれを飲んでたが大丈夫なのか?」
私はそれを聞いて少しばかり顔を顰めたものの、努めて平静を装って返事を返していた。
「ええ、まあ・・・組成自体は極普通のミネラルウォーターでしたし、バイオ抗体のお陰か細菌の影響もありません」
「それなら良いんだが・・・とにかく、探索を続けよう。湖に入れるか?」
それは、この湖が実は全てあの蛭の体液かも知れないという事実を知ってもなお心情的な意味でここへ入ることが出来るのかという確認なのだろう。
だが、元々の私に与えられた任務の危険性を考えればそのくらいどうということはない。
「問題ありません。ライトを設置して奥へ進みます」
私はそう言って再び腕に搭載されていたケミカルライトを取り出すと、それを発光させてから湖畔の近くにある岩の上に置いていた。
だが次の瞬間、周囲を明るく照らし出した視界の中に先程私が蛭を戻した大きな岩の上で何時の間にか8匹もの蛭がもぞもぞと蠢いている光景が目に入ってくる。

「待て、CI。何時の間にか蛭の数が増えているぞ。そんなにたくさん一体何処から姿を現したんだ?」
「わ、分かりません。あんなに居たら、事前の探査で少しくらい感知出来てもおかしくないはずなんですが・・・」
しかしそう言った瞬間、私は彼らが一体何処から現れたのかという疑問の答えを目の当たりにしていた。
眼前でウネウネと緩慢な動作を繰り返している蛭達が、揃って頭の先からゆっくりと左右に分かれていったのだ。
「分裂・・・してる・・・」
「分裂?そうか・・・道理で生殖器が見当たらないわけだ。恐らくそいつは分裂で単体生殖出来る種の蛭なんだろう」
やがてそんな私とリーダーの遣り取りに、女性船員が割り込んでくる。
「え?でも待って・・・さっきCIが検査の終わった蛭を岩に戻したのは、ほんの5分くらい前のことよ」
「ああ・・・それがどうかしたのか?」
「もしそこに居る蛭が全て最初の1匹から分裂して増えたなら、この短時間に4回も分裂を繰り返してることになるわ」
まさか・・・?
そんな思いに早くも16匹に増えた蛭を注意深く観察してみると、確かにものの数十秒で早くも次の分裂の兆候が出始めているのが目に入る。

「そんな・・・確かに分裂の度に体のサイズは小さくなってるけど、もう次の分裂が始まってるみたいだ・・・」
「恐らくはサイズ下限による分裂限界があるからこのままネズミ算式に増えるということは無いだろうが・・・」
「それを加味しても恐るべき繁殖力ですね・・・どうしますか?今ならまだ全て排除出来ますが・・・」
私はそう言うと、自身の装備を再確認していた。
この軽装素体には、標準素体に装備されている高威力の重火器の類がほとんど搭載されていないのだ。
装備類の中で蛭の大群に対して使用出来そうなものといえば精々が火炎放射器くらいのもので、爆弾の類は高音と閃光を発する閃光手榴弾や小型ダイナマイト、後は投擲用の2液混合爆弾くらいのものしかない。
「いや・・・現状で敵対行動を見せていない以上、今は下手に刺激しない方が良いだろう。先へ進んでくれ」
「了解です」
私はそう言うと、もう既に30匹以上にまで分裂した小さな蛭達からまだまだ奥まで続いているらしい洞窟の暗がりへと視線を移していた。
だが・・・リーダーが明らかに急激な分裂行動を開始した蛭達に敵意が無いと判断したことに異議を挟まなかった私は、きっと心の何処かで油断していたのだろう。
何故なら彼らが今私に襲い掛かってこない理由は、彼らの内に秘められた意思とはある意味で全く別の次元にある問題に起因するものだったのだから。

私は煌々と発光するケミカルライトの光を直視しないようにカメラを暗視モードに切り替えると、足下に広がっている冷たい地底湖にそっと足を踏み入れていた。
これらが全て、あの蛭の体液・・・
Farth2の探索において催淫性の体液が溜まった洞窟内で無数の蛭達に生殖の為の苗床とされて命を落とした記憶が、ふと私の脳裏にフラッシュバックする。
いや・・・大丈夫だ。
蛭の体液と聞けば確かに不気味だが、これは水素と珪素、そして豊富なミネラル分をも含んだただの硬水・・・
組成だけを見れば、僅かに含まれているという自然細菌を除けば雨水よりも清浄で人間の飲用に適した水なのだ。
だが必死に自分に言い聞かせるようにして膝下辺りまでを湖水に浸したまま更に数歩進んだその時・・・
私は突然自身の背中にベチャベチャッという水音とともに何かが大量に取り付いてきた感触を味わっていた。
「えっ・・・?」
そして一瞬の思考の間を挟んでその正体が先程私の目の前で分裂を繰り返していたあの蛭達なのだという結論に至った瞬間、装甲に覆われていない柔らかな皮膜部分に無数の蛭達が食い付いたのだろう微かな感触が全身に弾けていく。

「うっ・・・」
「どうしたCI?大丈夫か?」
「は、はい・・・どうやら先程の蛭達が突然背後から私に飛び掛かって来たようです」
それを聞いて、リーダーや船員達が少し慌てている様子が微かな雑音となって届いてくる。
「ですが、痛みはほとんど感じないので問題はありません。すぐに引き剥がします」
「待ってCI。痛みを感じないの?」
「え?ええ・・・それが何か?」
蛭に噛まれても痛みを感じない・・・私はそれが普通のことだと思っていたのだが、何かおかしいのだろうか?
「何だ?痛みを感じないのがどうかしたのか?」
「蛭に噛まれても痛みを感じないことが多いのは、彼らがヒルディンと呼ばれる麻酔成分を持っているからなんです」
「ああ・・・それは知っているが・・・確か唾液に入っていて、血液凝固を阻害する効能もあるんだったな?」
リーダーにも女性船員が何を危惧しているのかが分からないらしく、私は手の届くところに付いている蛭を引っぺがしながらそんな彼らの会話に聞き耳を立てていた。

「そうです。でもさっきあの蛭を検査した時は、そんな麻酔成分は体内の何処にも持っていなかったんですよ?」
そう言われてみると、確かにあの蛭の体液を構成していたのはこの湖水と同じ純粋な水がほとんどで、それ以外に目に付くような化学物質などは全く持っていなかったように思う。
では・・・何故噛まれても痛みを感じないのだろうか?
何匹か蛭を引き剥がした後の小さな傷口からは微量にではあるが血も流れ出していて、この傷で何の理由も無く全く痛みを感じないというのは確かに些か不自然な気もする。
「それで、どうすれば良いんだ?」
「蛭は剥がしながらでも良いから、可能ならもう1度その蛭をシリンダーで検査してみてくれないかしら?」
「あ、ああ・・・分かった」
私はそう言うと、たった今し方肩口から引き剥がした蛭をそのまま検査用のシリンダーに入れていた。
そして検査を開始しながら、まだ背中に十数匹は食い付いているらしい蛭達を振り上げた尻尾で叩き落としていく。

ピ、ピ、ピ・・・ピピピピピ・・・
やがて30秒の経過とともに検査が終了すると、私はまだ数匹の蛭達が手も尻尾も届きにくい背の真ん中辺りに残っている感触を感じながらも検査用シリンダーから検査した蛭を排出していた。
「どう?何か判った?」
「そんな・・・CI、早くその蛭を全部引き剥がして!特に傷口に体液が触れないように、真っ直ぐ剥がすのよ!」
「ど、どうして?」
一体、彼女は何を慌てているというのだろうか?
バシッ!
だがそんな疑問を抱きながらも最後の数匹を叩き落とそうと尻尾を思い切り振り上げると、どうやら尻尾が直撃してしまったらしい1匹の蛭がグチャッという音とともに潰れた感触が伝わってくる。
「あっ・・・」
そしてドロリと垂れ落ちた大量の体液が他の蛭達に噛まれて出来ていた小さな傷口に達した瞬間、私は突然全身を激しい麻痺に侵されてバシャッと浅い水の中にへたり込んでしまっていた。

「CI!大丈夫!?」
「あ・・・ああ・・・蛭は全部落としたけど・・・体が・・・動かないんだ・・・」
さっき潰れた蛭の体液が傷口に触れた瞬間、一体何が起こったというのだろうか?
「CI、検査結果を見ろ。その蛭の体液が、何時の間にか全て強力な麻酔成分に変わっているんだ」
「それだけじゃないの。その麻酔成分の組成が・・・さっきCIが蛭に撃ち込んだ麻酔針の成分と一致したのよ」
「ど、どういう・・・こと・・・?」
さっき私が蛭に撃ち込んだ麻酔針・・・あの麻酔薬は、解析班が麻薬花を研究して調合した特別なものだったはず。
なのにこの蛭達の体液がその麻酔成分に変わっていたということは、つまり・・・
外部から体内に取り込んだ物質を、そっくりそのままコピーしたとでもいうのだろうか?
い、いや・・・もし仮にそうだったのだとしても、今検査した蛭は私が尻尾で叩き潰してしまったのとは別の個体だ。
別の・・・最初の蛭から分裂して産まれた・・・
「ああっ・・・!」
「ど、どうしたの!?」
「まずい・・・この蛭は、体内に取り込んだ物質を体液としてコピーして、しかもそのまま無数に分裂出来るんだ!」

私はその信じられない事実に気が付くと、慌ててフレイムスロアーのセーフティをアンロックしていた。
とにかく、今はこの麻酔成分を持った蛭達を全て殲滅しなくてはならない。
サイズ下限による分裂限界が来たのか今はまだ32匹までしか増えていないが、このまま成長を続けて更に分裂が進めばこの強力な麻酔成分を持った蛭達が無数に誕生してしまう。
そうなれば、この惑星の生態系に重大なダメージを与えてしまうことは避けられないだろう。
それにさっきこいつらがすぐに私に襲い掛かって来なかったのは、恐らく分裂した個体もまだ私が撃ち込んだ麻酔針の影響で十分に動くことが出来なかったからだ。
ということは、本来のこいつらは積極的に他の生物へ襲い掛かる好戦的で凶暴な連中だということになる。
「CI、どうする気だ!?」
「戦闘態勢に入ります。まだ体は満足に動きませんが、麻痺の効果は数分で消えるはず・・・」
「分かった。だが気を付けろ。相手は数十匹の小型の生物だ。1匹でも見逃せば、結局繁殖は食い止められんぞ」
もちろん、それは分かっている。
それにこの特殊な麻酔薬は、一旦麻痺が回復したとしても体内に予防抗体が出来上がるわけではない。
つまり、傷口に体液が触れれば何度でも体が麻痺してしまうということになる。
既に背中のあちこちには蛭の噛み傷があるから、ナノマシンによる傷の治癒が完了するまではまた大勢で背後から飛び掛かられただけで再び体が麻痺してしまう危険性が高かった。

「間も無く麻痺が回復します。回復次第、戦闘の為に照明弾を発射します」
「分かった。こちらも記録用カメラで索敵をサポートする。操作ラグはあるが、遠隔操作に切り替えるぞ」
「了解」
やがてそんな遣り取りが終わると、操作権限を船に委譲した記録カメラが私の視界とは別方向へと向けられる。
それを確認して私も小型の照明弾を右手の指先に装填すると、ようやく体が自由に動くようになったことを確認してその発射口を頭上に向けていた。
「では、照明弾を発射します。記録カメラで閃光を直視しないよう注意してください」
「良いぞCI。発射だ」
私はそんなリーダーの声が聞こえると、パシュッという小さな音とともに小型の照明弾を闇に覆われた高い洞窟の天井へ向けて発射していた。

カッ!
その数瞬後、眩い光が洞内を煌々と照らし出すと同時に突然大きな光量を投げ掛けられた周囲の蛭達が視界の其処彼処で驚いたようにバシャリと跳ね回る。
私はそれを見て素早く腕に装備された火炎放射器を振り向けると、数匹の蛭達に向けて激しい炎を放射していた。
ゴオオオオオッ!
岩の上や水面上にいた蛭達が、その炎に巻かれてジュクジュクと沸騰するように弾け飛んでいく。
だが記録カメラと目視で確認出来る限りの蛭達を排除して残りは水中に逃げ込んだ数匹を残すのみとなったその時、私は何故か周囲を照らす照明弾の光がチラチラと明滅したような気がした。

ドチャドチャドチャドチャドチャッ!バシャアッ!
「う、うわああぁっ!?」
まるで無数の何かが天井から降り注いできたかのような気配に顔を上げる間も無く、私は突然頭上から奇妙な軟体生物達に襲い掛かられてそのまま水の中に倒れ込んでしまっていた。
「CI!蛭だ!天井から無数の蛭が降って来たようだが、平気か?」
「は、はい・・・少々驚きましたが、今のところは特に・・・」
そしてそう言いながら体は自由に動くことを確認すると、水の中に四つん這いになったまま先程と同じように背中に張り付いた蛭達を1匹ずつ引き剥がしていく。
血を吸われた傷口に触れても体が麻痺しないということは、この大勢の蛭達はずっとこの洞窟の天井付近にいてここの地底湖の水と同じ成分の湧水を体内で増幅しここへ降らせていた連中なのだろう。
だが困ったことに、更に数十匹の蛭達が周囲に増えてしまったせいで私はあの麻酔成分を体内に持った蛭がどれなのか判別出来なくなってしまっていた。

「リーダー、麻酔成分を持った蛭を数匹見失いました。この大量の蛭達の中から対象を特定するのは不可能です」
「分かった。仕方が無い・・・一旦そこを離脱して船に戻り、重火器を装備して戻るというプランはどうだ?」
「了解です。私が戻るまでに飛翔用ウィングでも運搬可能な重量の重火器を選定しておいて貰えると助かります」
私はそう言うと、背中に貼り付いていた最後の1匹を引き剥がしてポイッと水中に放り投げていた。
確かに今の装備では、ここに巣食う蛭達を全滅させるのは至難の業だろう。
火炎放射器の燃料も多くは残っていないし、そもそも水中に避難されてしまえば炎は無力化されてしまうのだ。
「リーダー、CIの武器の選定は私が・・・」
「ああ、頼む。今のCIは軽装甲タイプだから、飛翔用ウィングでもクラスB火器のほとんどは運搬可能なはずだ」
「了解です」
やがて自ら武器の選定を申し出た女性船員がその場を離れた気配が伝わってくると、それに続いて少々落ち着きを取り戻したリーダーの声が聞こえてくる。
「よし、それじゃあ一旦帰還だ。当初の調査目的からは若干逸れてしまうが、生態系の維持の為には仕方が無い」
「はい、ではこれより帰還・・・」

だがそう言った瞬間、私は死角にあった岩陰から1匹の蛭が飛び跳ねてきた気配を感じて背後を振り向いていた。
そして反射的に勢い良く振るった腕が見事に空中にいた蛭を捉えると、そのままバシッという小気味の良い音ともにそれを弾き飛ばす。
しかしそれが災いしたのか、私は盛大に飛び散ったその蛭の体液を全身に浴びてしまっていた。
パチャパチャッ・・・
「うっ・・・うあっ・・・!」
バシャシャッ!
い、今のは・・・う・・・体が・・・また、麻痺を・・・
「どうしたCI?何かトラブルか?」
「い、今打ち払った蛭が・・・麻酔成分を持った個体だったようです・・・体液を浴びて、体がまた麻痺を・・・」
それを聞いて、リーダーが少し動揺したような気配が伝わってくる。
「今のところそれ以上の攻撃を仕掛けてくる様子はありませんが、洞窟の離脱までにはもう少し掛かりそうです」
私はそう言いながら何とか水面から顔だけは出るようにして呼吸を確保すると、徐々に照明弾の明かりが弱り始めた様子を見つめながら周囲を這ったり泳いだりしている蛭達の動向にも注意を向けていた。

確かに、こいつらは集団で私に飛び掛かってはくるものの今のところは体に貼り付いて吸血する以外の攻撃をしてくる様子が無い。
まあ恐らくはそれが本来の蛭の生態なのだろうから、彼らの体液が麻酔成分を持ってしまったのは単純に麻酔針を撃ち込んでしまったという私の行動の結果でしかないのだろう。
吸血の傷口はナノマシンの働きで後数分もすれば塞がるだろうし、取り敢えず今は体が動くようになってから落ち着いて洞窟を脱出すれば済む話だ。
だが相変わらず心配そうにしているのだろうリーダーを安心させるようにそう言おうとした時、私は自身の腹の上に水中から近付いて来た1匹の蛭がもぞもぞと攀じ登って来るのを目にしていた。

く・・・くそ・・・まだ両手が言うことを聞かないっていうのに・・・
そして未知の軟体生物が動けぬ体の上を這い回るという気色の悪い感覚を味わっている内に、更に数匹の蛭達がそれに呼応するかのように私の腹の上へと這い登ってくる。
「う・・・うあっ・・・」
そしてその内の1匹がゆっくりと私の肩口を回って背中側にまで這っていくと、私はビクッと全身を震わせていた。
「かっ・・・はぁっ・・・」
しまった・・・こいつは、麻酔成分を持った個体だ・・・背中の・・・傷口の上に・・・
そうこうしている間にも、腹の上で蠢いていた他の蛭達が装甲に覆われていない部分へと無作為に食い付いていく。
幾ら私が体内のナノマシンで傷の治癒を早めることが出来るとはいっても、元々のリソースが限られているのだから治癒に掛かる時間は修復箇所の数に比例して長くなってしまう。
ただでさえ数十箇所にも及ぶ傷口の修復には時間が掛かるというのに、治りの遅い傷口の上に麻痺性の体液を持った蛭に陣取られては何時まで経っても体が動くようにはならないだろう。

「CI、大丈夫か?」
「ま、麻痺性の蛭が1匹、背中を這っています。傷口の上をあちこち移動しているせいで、麻痺が回復出来ません」
「武器は使えないのか?」
武器・・・武器か・・・
確かに遠隔照準の出来る小型の火器くらいなら使えないこともないだろうが、体の前面に吸い付いている蛭達はそれで排除出来ても背中側に回った蛭はどうしようもないだろう。
自発的に体の前側に出てきてくれれば狙うチャンスもあるかも知れないが、もしこの蛭が標的の抵抗を封じる為に意図的にこうしているのだとしたら正直なところ私にはもうお手上げだ。
「ぶ、武器は使えますが・・・現状の装備では背面の蛭をどうしても排除出来ないんです」
「調査用のスパイダーは装備されているだろう?そのロボットアームを使って蛭を取り除けないか?」
「首から下が水中に沈んでいる為、スパイダーが機能しません」
それでようやくリーダーにも私の置かれている状況が伝わったのか、彼が何かを考え込んでいるらしい。

だがそうこうしている間にそれまで弱々しくも周囲を照らしていた照明弾が力を失って消えてしまうと、突如として真っ暗な闇が周囲を覆い尽くしていた。
幸い先程点灯したケミカルライトの光源はまだ生きていたものの、もう最初の点灯から十数分が経過している。
発光ブロックも最後の4つ目に突入している頃だろうし、それが何時消えてもおかしくない状況だ。
「CI、どうした?何も見えなくなったぞ」
「照明弾が消えました。ウルトラオレンジの発光時間も残り僅かなので、アイライトを点灯します」
とは言え、この現状を打破する為には何よりもまず背中を這っている麻痺性の蛭を引き剥がさなくてはならない。
腹側の蛭達もまるで私を傷付ければ付ける程背中の傷の治癒が遅くなることを理解しているかの如く、吸血もそこそこにあちこちの皮膜を食い破ることの方に目的を置いているようだ。
そしてそんな無力感に漬け込まれた静寂がしばらく続くと、私は何時の間にかザワザワとしたざわめきのようなものが聞こえ始めた気配に周囲へと顔を振り向けていた。

「なっ・・・!?」
その瞬間、私は一体何処からこれだけの量が湧いて出てきたのかと思う程の大量の蛭達がほんの数メートル程の距離を取ってグルリと周囲を円形に覆いつくしていた光景を目の当たりにしていた。
ざっと数えても数百・・・いや、数千匹は確実にいるだろう。
「CI、武装の選定は終わったけど・・・どうしたの!?」
更には丁度そこへ戻って来た女性船員がアイライトに照らされた無数の黒々とした蛭達の大群を目の当たりにして驚きの声を上げたのが聞こえると、私はようやく自分自身に迫っていた危機を過小評価していたことに気付いていた。

ザワ・・・ザワザワワ・・・
「う・・・うわああぁっ・・・」
やがて獲物が恐怖の滲んだ悲鳴を漏らしたのを確かめると、まるでそれを合図にしたかのように周囲を取り囲んでいた蛭達の大群がこちらに向かって押し寄せてきたのが目に入る。
だが私が身動きの取れない状態であることを知っているからか、それとも逃げ場の無い俎上に乗せられた獲物の心を甚振るつもりなのか、彼らは特に急ぐことも慌てることもなく黒々とした大波となってゆっくりと迫ってきた。
「ひっ・・・ぃ・・・」
だ、大丈夫だ・・・如何に数が多かろうとも、この蛭達に出来ることは精々がその口で私の血を吸うことだけのはず。
この無数の蛭達に延々と血を吸われ続けたりしたら確かに私は絶命してしまうかも知れないが、それはそれで今回の調査を失敗してしまったという以上の悪い結果にはならないことだろう。
だが・・・そんなある種の達観にも似た私の思惑は、思わぬ形で裏切られることになったのだった。

ザワザワザワ・・・
「く・・・くぅ・・・」
やがてもう鼻先が私の体に触れられる程の至近距離まで押し寄せてきた無数の蛭達が、そのまま大挙して襲い掛かってくるのだろうという予想とは裏腹に直前でピタリと動きを止める。
だがほんの少しでも彼らを刺激すれば途端に数千匹の蛭達の海に飲まれて血を吸い尽くされてしまいそうな恐ろしい気配に、私は必死に漏れ出しそうになる悲鳴を堪えながら牙を食い縛っていた。
そしてそんな絶望的な刹那の静寂が過ぎ去ると、やがて私の腹の上に群がっていた数匹の蛭達が突然何を思ったのか私の股間へと向かって這い始めたのが目に入る。
「な・・・何・・・を・・・」
そんな疑問を敢えて声に出したのは、最早分かり切っている無慈悲な結論へと思考が辿り着くのをほんの少しでも遅らせたかったからだろうか・・・

ニュル・・・ニュルニュルル・・・
「くぁっ・・・は・・・」
しかしそんな涙ぐましい抵抗も空しく、私はすっかりと麻痺してほとんど何の感覚も感じない手足とは対照的に自身の股間に走るスリットの中へと潜り込んだ蛭達が送り込んでくる凄まじい快感にビクンと全身を震わせていた。
「うあっ・・・や・・・止め・・・ろぉっ・・・」
ほとんど純粋な水を体液としているせいか、雄の性器を格納した深い亀裂の中へと侵入した蛭達が内部を這い回る度にその気色悪い軟体が敏感な肉棒を潤滑油無しに扱き上げてくる。
しかも1匹どころか4、5匹もの蛭達に狭いスリットの中を滅茶苦茶に掻き回されて、私はその耐え難い快楽に打ち負けるとズリュッという大きな音とともに二股に分かれた歪な雄槍を体外に隆起させてしまっていた。
それと同時にスリットの中へ潜り込んでいた蛭達も外へと排出されたものの、隠れていた標的が姿を現したことを感じ取ったのか更に別の蛭達がそのヘミペニスへと向けて群がっていく。

ニュルニュル・・・ズリュリュッ・・・
「ひっ・・・ひあっ・・・」
肉棒へ与えられる快感はこんなにも鮮明に感じるというのに、何故相変わらず私の手足は動かないのだろう?
麻酔針を作った解析班が、標的の末端神経だけを麻痺させるように麻薬花の成分に特別な調合を施したのだろうか?
それとも、検査用シリンダーで解析出来なかっただけで元々この蛭達には何らかの特殊な性質があったのだろうか?
だがその何れにしても、私はまるで味見をするかのように肉棒を這い回っている蛭達の様子を半ば戦々恐々とした面持ちで見守っていることしか出来なかった。
そして雄としての最大の弱点を好き勝手に弄ばれながら抵抗らしい抵抗も出来ないまま喘ぐばかりだった私の様子に、いよいよ周囲を埋め尽くした他の蛭達が1匹、また1匹と遠慮がちに私の体へと攀じ登って来る。
「ひいいぃっ・・・」
あくまでもじわじわと・・・獲物の恐怖心と絶望感を極限まで煽り倒すような蛭達の行動に、私はきつく目を瞑りながらただただ体に塗り込められる快感に悶えていた。

既に肉棒には十数匹の蛭達が群がり、Y字型に分かれた肉棒をその漆黒の体ですっぽりと覆い尽くしてしまっている。
その競争からあぶれた大多数の連中も他に獲物の弱点が無いか探るように全身を余すところ無く這い回っていて、私はその想像を絶する気色悪さにきつく牙を食い縛ったままガチガチと震えていた。
まだ何処に食い付かれたわけでも何らかの苦痛を与えられたわけでもないというのに、この先に何が起こるのかが想像出来てしまうことが逆に私の胸を恐怖の鎖で締め付けていく。
チュッ・・・チュウウッ・・・
「くあっ・・・!」
だがそんな私の静かな戦慄は、突如として肉棒に走った鋭い痛みにも似た快感で弾け飛んでいた。
見れば数匹の蛭達が、肉棒の其処彼処に喰らい付いてはチュウチュウと血を吸っている。
蛭本来の麻酔成分を持たない彼らの吸血には当然ながら牙を突き刺されたことによる痛みを感じたものの、私はどういうわけかその痛みさえもが一周回って強烈な快感に変換されてしまっていたのだ。

チュッ・・・チュブッ・・・チュウウゥ・・・
しかもそうこうしている内に体の方を這い回っていた蛭達も装甲に覆われていない露出部を見つけては噛み付いたり細い舌先で舐り回したりと思うがままに責め立ててきて、私はいよいよ激しくもんどり打っていた。
ただでさえ軽装なお陰で無防備な皮膜が剥き出しになっている場所が多いというのに、食い付く場所を見つけられなかった蛭達が僅かな装甲の裏側にまでその柔らかい体を強引に捻じ込んでくる。
しかもそれだけ盛大に彼らに集られながらも、私はまだこの責め苦が単なる味見・・・
本番の前のほんのお遊びでしかないことをほとんど本能的に感じ取ってしまっていた。
恐らくそう思った理由は、顔以外のほとんど全身を舐られ責め立てられている私の姿を周囲を埋め尽くす数千匹の蛭達が依然として静観していたからだろう。
もしこれが彼らにとって本番の捕食・・・或いは生殖行動なのだとしたら、他の蛭達が抵抗も出来ないまま成す術も無く貪り尽くされていく獲物を黙って静観などしているはずがない。
恐らく"その時"が来たら、この蛭達はきっと川に落ちた大型動物に群がる獰猛なピラニアの大群の如く我先にと私へ向かって飛び掛かってくるに違いないのだ。

ニュル・・・ズリュリュッ・・・グリュッ・・・
「うっ・・・く・・・うああっ・・・」
しかしそんな私の不安を知ってか知らずか、無数の蛭達による淫らな物色がなおも続けられていく。
純水の体液に覆われた蛭達が体中を這い回る度に嫌悪感とそれを遥かに上回る何とも表現しようのない快感が走り、全く感覚の無いはずの手足の指先にまでジンとした甘い感覚が広がっていくような気がする。
特に肉棒に群がっている連中はまるでそこが私の弱点であることを知っているかのように一斉に動きを止めると、先端が幾本にも分かれた奇妙な舌を伸ばして敏感な雄槍を舐め回し始めていた。

チロチロチロチロチロチロチロチロチロチロッ・・・
「うっ・・・うあああああああああああ〜〜〜〜っ!」
1本だけでもその穂先がまるで手の指のように五股に分かれている舌が更に十数本・・・
都合100本近い細かな舌先が、宛ら無数の触手の群れのようになって肉棒の中でも特に感覚の鋭敏な鈴口の辺りを徹底的に舐め擽ってくる。
その余りに暴力的かつ執拗な舌責めに、私は唯一自由の利く首を左右に振り乱しながら盛大に悶え狂っていた。
ビュルルルルッ・・・ビュククッ・・・
一瞬にして限界を超えた快楽に、大量の白濁が二股のペニスから勢い良く発射される。
だがまるで潮を噴くように周囲へと飛び散ったその精には目もくれず、1匹の蛭が今度はその舌先をズルリと鈴口の中にまで突っ込んできていた。

ジュル・・・ジュルルルル・・・
「うがががぁ〜〜〜っ!」
快楽を感じる神経が集中した尿道内を細かな指先を供えた蛭の舌が這い回り、高圧電流に触れたかのような爆発的な快感が全身に跳ね回っていく。
そんな私の姿にその責めが効果的だと判断したのか、更に数匹の蛭達までもが挙って私の尿道を犯し始めていた。
ズルッ・・・ズリュリュッ・・・ザワザワザワ・・・
「ギャバアアアッ!」
頭が爆発しそうな程の凄まじい快感が弾け飛び、血を吐くような甲高い悲鳴が暗闇に覆われた洞内にこだまする。
だが喉が張り裂けんばかりの大声を上げる私を黙らせようとしてか、或いは単に別の侵入口を見つけただけなのか、間断無く叫び声を上げ続ける私の口内に別の蛭達が突然跳ねるようにして飛び込んできていた。

ズボズボッ・・・ゴキュッ・・・ング・・・
「がっ・・・あ・・・あぐっ・・・」
そして余りにも突然の事態に反応出来ず2匹程の蛭を思わず呑み込んでしまうと、体内を不気味な軟体が蠢くおぞましい感覚が強烈な吐き気とともに競り上がってくる。
「う・・・えっ・・・」
だがそちらに意識を割かれている間にも更に数本の舌先が尿道に捻じ込まれ、私は意識が散り散りに引き裂かれるかのような快楽地獄の中で悶絶させられていた。
ザワザワザワザワ・・・
「ガギャッ・・・や・・・がはっ・・・」
最早意味のある言葉を吐き出すことさえ出来ずにビクンビクンと全身を痙攣させながらただただ精を貪られるというある意味で屈辱的な状況に、その状況をモニターしているはずの船からも一切の反応が返ってこない。
恐らくアイライトの頼りない光だけでは周囲の正確な状況を掴めていないこともあるのだろうが、それ以上に私の上げる悲痛な悲鳴にきっと声を失ってしまっているのだろう。

シュルシュルッ・・・
「ひっ・・・ぎぁっ・・・」
更には痙攣するように身悶えている私の装甲の裏側にまで細長い舌先が侵入し、外気にすら晒されていない敏感な皮膜にまでこそばゆい感触が塗り込められていた。
手足の自由だけが利かないまま全身を舐め回され擽り犯されるという拷問のような責め苦に、視界と思考回路が文字通りのショートを起こしそうな勢いで目まぐるしく明滅する。
だが悲鳴を漏らす度に新たな蛭達が私の口内へ侵入しようと機を窺っている気配を感じ取ってしまい、私は絶え間無く込み上げてくる未曾有の気色悪さに必死に耐えながら口を噤んでいた。

ジュルッ・・・ジュルジュルジュルル・・・
「アギャ・・・ァ・・・」
肉棒ばかりか尿道にまで突っ込まれてしまった無数の蛭達の舌先が、ワシャワシャと小刻みに震えながらこれでもかとばかりに私の快楽神経を蹂躙していく。
ビュルルルッ・・・ビュク・・・
その限界を超えた快楽の嵐にまたしても白濁のマグマが噴出し、私はまだ自分が正気を保っていることを心の底から恨んでいた。
噴水のように周囲へ飛び散って湖水に漂う私の精にはまるで興味を示さないというのに、何故この蛭達はこれ程までに徹底的に私を責め嬲ろうとするのだろうか?
それはもしかしたら獲物に飛び掛かり血を啜るという単純な本能によって行動するある意味で純真無垢な性質が故の結果なのかも知れないが、殺意も敵意も無いはずの蛭達の行動には凄まじい悪意だけが見え隠れしている気がする。
第一、精を貪ることもしないのなら彼らの養分は一体何なのだろうか?
もし獲物の血を吸うことだけが摂食方法なのであれば、そもそもここには数千匹の蛭達がいるのだから一斉に私に飛び掛かって全身に噛み付いて血を啜れば流石の私でも数分と命を保っていることは出来ないだろう。
にもかかわらず気も狂わんばかりの快楽責めは別として積極的に私の命までは脅かそうとしてこない辺り、何か彼らの中に別の黒い思惑を感じ取らざるを得ないのだ。

だが辛うじてまだ機能しているそんな思考に必死に意識を集中していると、今度は私の尻に目を付けたらしい数匹の蛭達が細長い舌先を尻穴の周りへと這わせ始めていた。
「くあっ!」
サワサワ・・・サワサワとまるで様子を窺うように感覚の鋭敏な粘膜を擽り立てながら、私の反応を窺っているような気配が蛭達の様子から感じ取れてしまう。
そしてその小さく窄まった入口の奥に深い空間が広がっていることをどうにかして読み取ったのか、いよいよ1匹の蛭がその頭を勢い良く私の尻へと突っ込んでいた。
ズボッ・・・グリグリグリグリッ・・・!
「あああああああっ!」
手足を持たぬ蛭達の移動方法は頭部と尾部に付いた吸盤上の器官による尺取虫のような伸縮運動が基本ではあるのだが、その吸盤の使えない狭い穴の中へ入り込んだ彼らの移動方法は文字通りの匍匐前進・・・
細長い軟体を激しく左右に震わせた蛭が尻穴を拡張し腸内へと入り込んでくる感覚は、まるで柔らかいバイブを突っ込まれたかのような奇妙な快感を伴うものだった。

ズボズボッ・・・ゴリゴリゴリゴリ・・・
「こ・・・今度は・・・2匹・・・も・・・」
しかも1匹目が完全に腸内に潜り込んだ瞬間を見計らって、間髪入れずに今度は2匹の蛭が我先にと競うように尻穴へ頭を突っ込んでくる。
その無遠慮で力強い侵入に抗うことも出来ないまま、私は体の内外から徹底的に流し込まれてくる快感という名の苦痛に半ば精神が壊れ掛けてしまっていた。
だがそんな瀕死の獲物にもまるで容赦する気配さえ見せないまま、2匹の蛭達が今度はゆっくりとペニスの先端に纏わり付いてくる。
そしてそれぞれがその腹側に備わった大きな孔で2つの穂先を包み込むと、キュッキュッというリズミカルな締め付けが敏感な肉棒へと与えられていた。

「うあっ・・・ああっ・・・!」
細い舌先で尿道を弄ばれるこそばゆさとは次元の違う、純粋に雄を狂わせる断続的な収縮刺激。
既に数回の射精を経ていたはずだというのに、私はその余りにも的確に快楽のツボを突いた蛭達の責めにまたしても堪えようのない射精感が込み上げてくるのを感じていた。
ギュッ!グギュッ!
「ああっ!」
そして射精を目前に迎えたペニスがビクンと震えたのを感じ取ったのか、二股の先端を抱き込んだ蛭達がまるで示し合わせたかのようにその身をきつく収縮させる。
その小さな体の一体何処にそんな力が秘められているのかと思えるような強烈な締め上げに、私は甲高い悲鳴を漏らしながらまたしても濃厚な白濁を搾り上げられてしまっていた。

ギュグッ・・・ゴギュッ・・・ギュブッ・・・
「はぁっ!あ・・・うああっ・・・!」
更には射精中のペニスを問答無用に扱き上げられて、頭の中が真っ白になるような恍惚感が炸裂していく。
勢い良く噴出した精は当然のことながらペニスに纏わり付いた蛭達だけでは受け止め切れずに溢れ出して周囲に飛び散ったものの、その身にたっぷりと精を受けた蛭達はまるで満足したように自ら肉棒からその身を離していた。
「は・・・ぁ・・・」
だがようやく解放されたかと思ったのも束の間、今度は別の2匹の蛭達が先程と同じように腹の孔でペニスを包むとまだ射精の余韻が抜け切っていないペニスをより激しく締め上げてくる。

ギュッ!ゴギュッ!メシッ!
「う、うあああっ!」
その情け容赦の無い圧搾のような責めに、しかし私は悲鳴を上げる以外の随意行動を取ることが一切出来なかった。
余りの気持ち良さに思わず忘れていたものの、相変わらず私の手足は背中の傷口に自身の体を擦り付けている麻痺性の蛭のせいで全くと言って良い程に自由が利かないのだ。
せめて全身が完全に麻痺してくれればこんな快楽地獄も味わわずに済んだだろうに、蛭達もまるで全てを理解しているかのように的確な快感だけを私の体に叩き込んでくる。
そしてものの1分も経たない内にまたも射精感が込み上げてくると、さっきよりも更に痛烈な止めの締め付けが肉棒に浴びせ掛けられていた。
メキャッ!グシャッ!
「グギャッ!!」
まるでペニスを押し潰されたのではないかと思えるような無慈悲な圧搾に、限界まで見開かれた双眸から思わず涙が零れだしていく。
そしてもう何度目になるのか判然としない射精をその身に受けた蛭が離れると、また次の蛭達が入れ替わるように私の肉棒を押し包んでいた。

ま、まさか・・・私は・・・このままここにいる数千匹の蛭達にこうして際限無く搾られ続けるのだろうか・・・?
周囲に集まっている蛭達は相変わらずまるで自分の順番を待っているかのようにピタリと動きを止めていて、尻穴と喉の奥に侵入した蛭達だけが時折その身を震わせて私を内部から責め立ててくる。
その様は正に無数の蛭達による神聖な宴の様相を呈していて、私はそこへ供された極上の御馳走でしかないのだろう。
ギュグッ!メキュ!ミシャッ!
「ひぎいいぃっ!」
蛭達も射精の度に精の量が減ることを本能的に知っているのだろうか、回数を重ねる毎に肉棒を締め上げる力が増しているような気がする。
だがその暴力的なまでの締め付けにも苦痛以上に激しい快感を感じてしまい、私は苦悶と恍惚の表情を交互に浮かべながらただひたすらに泣き叫ぶことしか出来なかったのだった。

「そんな・・・まさか・・・」
だがもう何度味わわされたか分からない射精と圧搾の繰り返しに半ば燃え尽き掛けていたその時、私は船で交わされているのだろう会話が聞こえて来たことでほんの少しだけぼやけていた意識を取り戻していた。
「リーダー、これを見てください」
「ん?何だ?」
「CIから送られてきた2匹の蛭の検査データを解析班に送って詳細な分析を依頼していたんですが、結果が・・・」
しかしその船内の会話に耳を欹てている間にも、ペニスへと与えられる圧搾が更にその凶悪さを増していく。
グシャッ!メキャッ!グシュッ!
「がっ・・・あっ・・・」
覚醒して現実に引き戻されたことでそれまで自覚していなかった感覚が復活してしまい、私は苦悶の声を漏らしながらも必死にスピーカーから聞こえてくる船員達の声に意識を集中していた。

「"CARL分析結果報告"・・・?このカールというのは?」
「Cloning And Replication Leechの頭字語で、この"複製蛭"を示す仮称です」
「成る程、複製蛭か・・・それで、結果はどうだったんだ?」
そんなリーダーの問い掛けに、報告を読んでいるらしい女性船員が少しばかり緊張した様子で答える。
「この蛭の生殖方法は既に判明したように分裂による単体生殖ですが、腹側に孔があったのを覚えていますか?」
「ああ・・・だが、あれは生殖孔ではなかったんじゃないのか?」
「はい。分析の結果からするとあの孔は確かに生殖孔ではなく、体内のある内臓器官に直接繋がっていました」
ミシッ!ギュグッ!
「あぐ・・・ぅ・・・」
2匹がまるで息を合わせたかのように同時にその身を収縮させる度に、全身が跳ね上がるような快感と苦痛が同時に浴びせ掛けられていく。
だが船での会話の内容がどうしても気になってしまい、私は涙目になりながらも懸命に鮮明な意識を保ち続けていた。

「その器官とは?」
「端的に言うと、この蛭が全身に纏っている体液を精製する器官なんですが・・・」
体液を精製する器官・・・ということは、この蛭の体液は体内から滲出しているわけではなく、その腹側の孔から全身に行き渡っているということなのだろうか?
「この蛭は、そこに取り込んだ物質の分子や塩基を入れ替えることで完全な複製を作り出すことが出来るんです」
「つまり、CIの撃ち込んだ麻酔針の麻酔成分も、そうして作られたと?」
「そうです。つまり、液状の物質であれば分子的・遺伝的に同一の性質を持ったクローンを作ることが可能に・・・」
だがそこまで言った時、リーダーが驚いたように口を挟む。
「待て。今、"遺伝的に"と言ったな?」
「え、ええ・・・」
「それはつまり、"精液"も複製可能ということか?」

それを聞いた瞬間、私はリーダーが何を懸念していたのかを瞬時に悟っていた。
「恐らくは・・・」
「CI、今の話を聞いていたか?」
「は、はい・・・状況は理解出来ましたが・・・げ、現状では手の打ちようが・・・うあっ!」
メシャグシッ!
まるで私とリーダーの会話を妨害するかのように、2匹の蛭達がペニスへ更に凶悪な圧搾を浴びせ掛けてくる。
「CIの精はあらゆる生物の雌と交配可能な遺伝的操作を加えられている。もしそれが複製されるとなれば・・・」
「この蛭が・・・あらゆる生物と交配可能に・・・?」
「そうだ。厳密にはCIの遺伝的情報を持った精なわけだから蛭ではなくCIとの交配ということになるが・・・」
そう言いながら、リーダーがその声に困惑と焦燥を滲ませていく。
「そうなれば、事態は生態系の破壊どころか取り返しの付かない甚大なバイオハザードに発展する可能性があるぞ!」
「リ、リーダー・・・どうすれば・・・?」
だがリーダーはその私の質問に答える前に、女性船員の方に声を向けていた。

「他に情報は無いのか?」
「他には・・・複製の生成過程の話になりますが、複製物質の変遷は可逆的ではなく一方向的なものだと・・・」
「一方向的?済まんが、もっと簡単に言ってくれ」
恐らくは心中穏やかではないのだろうに、リーダーが懸命に平静を装っている様子が声から私にも伝わってくる。
「複数の物質を同時に取り込んでも、その中でより構造の複雑な物を優先的に複製対象に選ぶということのようです」
成る程・・・ということは、今ここに集まっている純水を体液にしている大部分の連中は、水よりも複雑な構造を持った物質を与えることでそれを優先的に複製対象に選ぶということか・・・
「リ、リーダー・・・1つ、事態を解決する案があります。あぐっ!きょ、協力・・・して頂けますか・・・?」
メギュッ!グシャッ!
既に幾度と無く射精をしているせいか私がなかなか絶頂に至らないことに業を煮やしたかのように、いよいよ蛭達の圧搾にも殺意に似た強い情動が宿ってきたような気がする。
だがそれにもめげずに何とかそう声を絞り出すと、リーダーがまるで食い付くように返事を返してくる。

「何だCI!?何をすれば良い!?」
「これから、2つの武装のセーフティをアンロックしてスパイダーを射出します。それを遠隔操作で・・・うがっ!」
「CI、会話が難しいなら調査データに作業手順をインプットして送信してくれ。とにかく時間が惜しいんだ」
成る程、確かにその手があった。
私はなおも激しさを増す蛭達の責めにきつく口元を引き結ぶと、作業手順を追記したパッケージデータを船に送信していた。
メシャ!グシャアッ!ビュビュッ・・・ビュクク・・・
「アギャアァッ!」
だがその瞬間、ペニスを押し潰されたような壮絶な圧搾と射精の衝撃が私の意識を一瞬にして消し飛ばしていく。
そして洞内に響き渡った悲鳴の残響が消えるよりも早く、私はパタッとその場で力尽きてしまったのだった。


「リーダー、CIが意識を喪失したようです」
「データは?調査データは届いたのか?」
「それが・・・データ自体は届いたんですが、コンパイル途中でCIが意識を失った為に後半部分が判読不能に・・・」
私はその報告に一瞬暗澹とした気分を味わいながらも、CIから送られてきたデータに自ら目を通していた。
調査データの送信を優先する為に事態打開の作業手順をパッケージデータの後ろへ追記してしまったことで、確かに肝心なデータの一部がコンパイルを中断されて機械語のまま画面に表示されている。
「内容は復元出来ないのか?」
「CIが目を覚ませばすぐに出来ますが、こちらで修復するとなるとどうしても1時間程は掛かる見込みです」
「1時間か・・・仕方無い。とにかくCIの案に沿って、出来ることから始めよう。まずはスパイダーだな?」
私はそう言うと、確かに気を失う直前にCIがスパイダーをリリースしていることを確認して周囲を見回していた。

「誰か、スパイダーの遠隔操作に長けている者はいないか?」
「ああ、それなら僕が対応します。スパイダーの基本ソフトの製作にも携わったことがありますので」
やがて私の呼び掛けにすぐさま近くにいた若い船員が応えると、彼が普段私の使っているメインコンソールへと素早く移動する。
「よし、CIから届いた作業手順に従って進めるんだ。中継器を介した操作だから、470ミリ秒の操作ラグを考慮しろ」
「了解。まずはCIがセーフティをアンロックした、2液混合爆弾をリジェクトします」
「でも、セーフティはアンロックしててもCIはまだそれを腕の中に格納したままよ。スパイダーで取り出せるの?」
確かに、状況から判断しても手足の麻痺していたCIが2液混合爆弾をリリースする暇は無かったはず。
スパイダーのロボットアームはそれなりに精密な動作が可能ではあるものの、気を失ったCIから特定の装備を取り外すことなど出来るのだろうか?
「スパイダーは元々、偵察用ではなくCIのサポートをメイン目的に作られたガジェットなんだよ」
だが彼は暗視モードに切り替えたスパイダーのカメラ画像に意識を集中しながらも、その疑問に淀み無く答えていた。
「だからスパイダーには、その気になればCIの装甲と装備を全て分解出来るだけのポテンシャルが備わっているんだ」

そしてそう言いながら無数の蛭達が蠢くCIの体の上をスパイダーに素早く駆け抜けさせると、彼が右腕の辺りに纏わり付いている数匹の蛭達を半秒近い操作ラグを全く感じさせない滑らかな操作で次々と払い除けていく。
「よし、2液混合爆弾の格納部が露出。リジェクト作業を開始します」
更にはそう言うなりロボットアームの先端を駆使して爆弾を格納していた部分のネジを素早く取り外すと、ものの2分と経たない内に格納部が開いて小さなカプセル状の爆弾がその姿を露わにしていた。
「2液混合爆弾摘出。続いて爆破信管を解除します」
「待て、信管を解除するのか?それでは薬液を混合しても爆発しなくなるぞ」
「しかし、CIから送られてきた作業手順には確かにそう記載されていますが・・・」
そう言われて改めて調査データに視線を落としてみると、確かにリジェクトした爆弾の信管を取り外すように書かれているのが目に入る。

「・・・分かった、続けてくれ」
CIは、一体どんなプランを考えたというのだろうか?
あの素体に搭載されている2液混合爆弾はたった1個のみ。
サイズの割りにはそれなりの爆発力はあるものの、この事態を解決出来るような装備でないことは明らかだろう。
やがてそんなことを考えている間に信管の解除作業も完了したらしく、スパイダーが起爆能力を失った爆弾をCIの腕から取り出した様子が記録カメラに映り込んでいた。
「それをどうするの?」
「信管を抜いた状態で起爆装置を作動させて、内部のニトロメタンとエチレンジアミンを混合するんだ」
だがそこまで言うと、途端に彼の表情が少しばかり曇ってしまう。
「でも、手順で確認出来るのはここまでだ。ここから先はデータの修復を待たないと・・・」
「いや、待てよ・・・そうか・・・その手があったか!」
まるで天啓のように突如としてCIの意図に気付いた私は、しばし考え事をしながら地面に落としていた視線を持ち上げていた。

「リーダー、何か・・・?」
「薬液の混合は終わったか?」
「は、はい。現状確認出来る手順までは滞り無く完了しています」
そしてそれを証明するかのように彼がカメラの前へ黄色掛かった液体の充填されているカプセルを掲げると、私はすぐさまCIに搭載された記録用カメラで周囲を確認していた。
「至急それを投擲するんだ。目標座標はここ・・・CIを基点に2時の方向3メートル地点にいる蛭の群れだ」
「りょ、了解。しかし、運搬ではなく投擲して良いのですか?」
「そうだ。カプセルが割れなければ意味が無いから、全力で投げ付けてやれ」
彼はその私の命令を聞くと、操作ラグを考慮に入れながらカプセルを持ったスパイダーのロボットアームを段階的に加速させて指示した通りの蛭の群れに勢い良くそれを投げ付けていた。

ブン!ガシャァッ!
「カプセルの投擲完了。しかし、これで一体何を・・・?」
「良いから、すぐに次の作業に取り掛かってくれ。今度はCIの左手だ」
「了解。左手に移動します」
少しばかり困惑した様子を見せながらも、彼が大勢の蛭達の上を跨ぐようにしてスパイダーをCIの左手へ移動させる。
「リーダー。先程カプセルを投擲した辺りから黄色い粘液を纏った蛭が数匹這い出しています。あれは一体・・・?」
「混合した液体爆薬を取り込んで、それを体液に変化させた蛭だ。もう少し時間が経てば、爆発的に増殖するだろう」
「成る程・・・複製蛭の特性を利用して、液体爆薬を大量に量産するということか!」
だがその言葉に頷いた私を見つめながらも、女性船員が怪訝そうな表情を浮かべる。
「で、でも・・・信管を解除したから幾ら爆薬を量産しても爆発はしないんじゃないの?」
「液体爆薬は、信管の代用として旧式カメラのフラッシュのような光刺激でも起爆することが出来るんだよ」
「そうだ。つまりCIがセーフティをアンロックした2つの武装というのは、2液混合爆弾ともう1つ・・・」
そしてまるでその私の言葉を待っていたかのように、素早く作業を終えた彼がCIの左手から小さな黒い球体を取り出していた。

「フラッシュバンのリジェクト完了。何時でも起動出来ます」
「分かった。では不測の事態を避ける為に、スパイダーを蛭のいない安全区域に避難させてくれ。後は待つしかない」
やがてその指示もスムーズに完了すると、スパイダーの操作を終えた彼がフゥと大きな息を吐いていた。
スパイダーのカメラには相変わらず気を失ったCIのペニスを情け容赦無く圧搾している蛭達の姿が映っていて、周囲に群れを成している連中の中には既に全身の体液をCIの精液に変化させたらしい白い個体が何匹も混じっている。
それでも2匹ずつ入れ替わるようにしてCIを責め立てている蛭達よりは、山のように群れている蛭達の中へ直接投げ込んだ液体爆薬の方が周囲への伝播速度は遥かに速かった。
やがてそれから30分も経つ頃にはCIの周囲を取り囲んでいた蛭達の60%以上が液体爆薬の体液を身に纏っていて、美しく澄んでいた地底湖の水までもが薄っすらとした黄と白の混ざり合う濁った色へと変わってしまったらしい。

「リーダー、そろそろですか?」
「ああ・・・少なく見積もっても100キロ近い液体爆薬の山だ。逃げ出した奴がいなければ一網打尽に出来るだろう」
しかしそれを聞いて再びスパイダーの操作に戻った彼が、どういうわけか作業の途中でふとその動きを止めてしまう。
「・・・どうした?何かトラブルか?」
「い、いえ・・・違います。ただ・・・」
「ただ・・・何だ?」
もう後はフラッシュバンの起爆スイッチを押すだけのはずだというのに、彼は一体何を躊躇っているのだろうか?
そしてそこまで考えてから、私は一体何が彼の体を縛り付けているのかを理解してしまっていた。

「待て・・・君はもう十分だ・・・そのスイッチは、私が押そう」
彼にとってそのスイッチを押すことは、私から与えられたただの命令・・・
だがそれは同時に、スパイダーのすぐ傍で気を失っているCIの命を奪う引き金でもあったのだ。
これまでの都合6度にも及ぶ調査で、幾度と無く無惨な最期を遂げてきたCI達・・・
もちろんそれは常に危険と隣り合わせのこのFarthを調査するに当たって当然覚悟すべき結末ではあるのだが、今回ばかりは不慮の事故や得体の知れない原生生物達によって齎された死とはその意味合いが違う。
この船にいる誰かがスイッチを押してCIを殺さなければならないというかつてない状況に、事態を理解した彼の手が凍り付いてしまったのは寧ろ当然の結果なのかも知れなかった。
「お、お願いします」
「ああ・・・」
やがて静かにメインコンソールを離れた彼と入れ替わるようにして席に戻ると、私はスパイダーのカメラに映し出されているCIの姿をじっくりと観察していた。

「よし、押すぞ・・・」
そして今にも荒れ狂いそうになる気分を落ち着けようと深く息を吸い込むと、スパイダーにフラッシュバンの起爆スイッチを押すよう命令を下す。
だがその刹那、私はカメラに映っていたCIの顔に確かに微かな笑みが浮かんだのを見逃さなかった。
CI―――!
次の瞬間、ドンッという重々しい破裂音とともに暗視モードだったスパイダーのカメラが眩い閃光を受けてショートする。
そしてそれに僅かに遅れて凄まじい轟音が一瞬だけ記録されると、カメラに映っていた全ての世界が跡形も無く消し飛んでいた。

「Farth12 1354、通信信号完全消失・・・CI、機能停止しました」
「起爆から17秒後に爆音を感知。震動の様子から推測すると、洞窟は完全に崩落したようです」
「分かった。各自、調査データの精査と解析班への分析依頼、それと通常素体でCIの準備に取り掛かってくれ」
私は船員達にそれだけ指示して船室を離れると、誰もいない通路でぐったりと壁に背中を預けていた。
CIは・・・何時の間に意識を回復していたのだろうか?
CIが気を失っているという前提でバイタルから目を離していたせいか誰も彼が覚醒していることには気付いていなかったものの、私がフラッシュバンを起爆した瞬間の彼には確かに意識があったのだ。
何故・・・一体どうしてそんなことを・・・?
無事に意識を取り戻したのであれば、すぐにそう報告をくれれば良かっただけだというのに・・・

とは言え、あの状況を打開する方法が爆弾を起爆させる以外に無かったのもまた事実だろう。
そんな中でもしCIが意識を取り戻したことが船に伝われば、きっと彼を殺す為のスイッチなどこの私を含めて誰も押すことなど出来なかったのに違いない。
そして彼はそれを見抜いていたからこそ、敢えて終始意識を失っている振りをしていたのだ。
もちろん、それがCIなりの気遣いであったのだろうことは私にだって重々分かっている。
それでも私は・・・正にこの手で彼を殺してしまったのだ。
正常な意識を保って・・・確かに目を覚ましていた彼を・・・
やがて一通りの仕事を終えたらしい女性船員が船室から出てくると、通路でうな垂れていた私に気付いた彼女が慌てて駆け寄ってくる。
「リーダー、何処か具合でも?」
「いや・・・大丈夫、何でもないんだ・・・ただ少し、独りにしてくれないか?」
「は、はい・・・」
私はそう言って心配そうな面持ちを浮かべながらも黙って食堂の方へと消えていった彼女の後姿を見送ると、両の拳をきつく握り締めながら照明の明かりを冷たく照り返す地面に視線を落としたのだった。

どなたでも編集できます