「キャウッ、キャウキャウ・・・」
「キュウ・・・キュッキュキュウ・・・」
外に逃げ出せないように地面を深くくりぬいた穴の中で、子供達が甲高い声を上げながら跳ね回っていた。
その元気な幼子達の様子を眺めながら、深い溜息をつく。
「ふう・・・全く、なぜワシがこやつらの面倒を見ていなければならんのだ・・・?」
本来子供達の面倒を見るのは妻の役目のはずなのだが、当の妻はワシに一言言い残すと今日も上機嫌で洞窟を出ていった。
「獲物を獲ってくるから、その間子供達をお願いね」
・・・それはワシの役目だというのに。
確かに、妻は夕方頃になると森の獣達を狩って帰ってくる。
だが、朝早くからでかけていく割には決して収穫の量は多くなかった。
恐らく、昼の間はどこかでゆっくりと羽を伸ばしておるのだろう。ワシに面倒な役目を押し付けて。
「むうぅ・・・退屈だ・・・」
穴の底で飛び跳ねる5匹の小さなドラゴン達。その体は妻に似て、みな赤紫色の短毛に覆われていた。
濃紺の体毛を生やしたワシの遺伝子などどこへ吹き飛んだのやら・・・
もしかしたら、妻はこの間にもどこかで他の雄ドラゴンといかがわしい関係でも持っているのかも知れぬ。

だがワシは妻に対してどんなに疑惑や不満を持とうとも、それを直接ぶつけるようなことはしなかった。
いや、ワシにその勇気がなかったといっていいだろう。
なにしろ妻ときたら、雌のくせにワシよりも2回りも3回りも大きな体をしているのだ。
その上普段は温厚だが、1度怒り出すと手がつけられないほどの乱暴者でもあった。
ついこの間獲物が見つからずに小鹿を1頭しか狩ってこれなかったときなどは無理矢理ワシの手から獲物を奪い取って一呑みにしてしまった挙句、腹が減ったと一晩中ワシの首をその太い尻尾で締めつけて・・・うう、思い出しただけでも寒気がする。
「少し、外の風に当たってくるとしよう・・・」
どうせ妻は日が落ちるまで帰っては来ぬし、子供達も別に見ていなくとも問題はなかろう。
これまでだって何度居眠りをして帰ってきた妻に叩き起こされたことかわからないが、子供達に異常があったことは1度としてなかったのだ。

サクッサクッという短い草を踏むワシの足音が、静かな森の中に響いていた。
せめて子供達の面倒を代わりに見てくれる者でもいれば、ワシも昼の間は安心して出歩けるというものなのだが・・・
そんなことを考えながら木々の間を掻き分けるように歩いていくと、突然フワリと変わった臭いが鼻をついた。
「む・・・人間の臭いがするな・・・」
さわさわと葉を揺する微風に乗ってくるその臭いの元に視線を向けてみると、山を登る途中と見られる人間が1人、よたよたと重い荷物にふらつきながらこちらにやってくるのが見えた。
「むぅ・・・ふふふ、よいことを思いついたぞ」
ワシはその人間の若者を見て一計を案じると、そばにあった一際大きな大木の陰にスッと身を隠した。

「ふぅ・・・ふぅ・・・」
なだらかとは言え決して平らではない地面を少しずつ登坂しながら、俺は荒い息をついていた。
少し、荷物を多く持ってきすぎたのかもしれない。まあ大部分が食料だから、いずれは軽くなるのだろうけど。
春先の柔らかな陽光を浴びながら細い道を進んでいくと、奥の方に太い大木が見えてきた。
少し、あの辺りで休んでいく方がいいかもしれない。
俺は大木の元へと辿りつくと、重い荷物を地面にドサリと置いてしゃがみ込んだ。
「はあ〜〜〜・・・疲れた・・・」
その時、乾いた地面をじっと見つめながら疲れた体を休めていた俺の視界の端で何かが動いた。
「え?」
何とはなしにその方向へと顔を向け、俺は思わずその場に凍りついた。
日除けにしていた大木の陰から、大きな濃紺の毛に覆われたドラゴンがヌッと顔を出していたのだ。
「うわっ!うわあああ!」
こちらを見ながら何やらニヤニヤと笑っているドラゴンの顔に本能的な恐怖を覚え、俺は疲れも忘れて弾かれたようにその場から駆け出していた。

何でこんなところにドラゴンが・・・とにかく・・・捕まったら殺される!
だが木の陰からバッと飛び出したドラゴンはその巨体を躍らせると、素早い鹿をも捕える瞬発力で一足飛びに俺に追いついてきた。
そして背後から体当たりを食らい、恐ろしいドラゴンに地面の上に押し倒される。
「う、うわあああ!た、助けて・・・助け・・・ひっ!」
恐怖に叫んだ刹那、ナイフのように鋭いドラゴンの鉤爪が背後から俺の喉元に突きつけられていた。
そして、薄皮を切るようにそっと4本の刃物が首の上をなぞっていく。
地面の上にうつ伏せに組み敷かれ、俺は絶体絶命の窮地に陥っていた。
「ひ、ひぃぃぃぃ・・・」
俺を押し潰さないように加減はしているようだったが、ズッシリと背中に預けられたドラゴンの体重は到底人の力で押し退けられるようなものではなかった。
「ふふふ・・・このワシから逃げ切れるとでも思ったか?」
ドラゴンがそう言いながら、ヒタヒタと冷たい爪を俺の首筋に触れさせる。
「た、助けてくれぇ・・・」
「生憎ワシは今かなり腹が減っていてな・・・折角捕らえた獲物を逃してやる気にはなれんのだ」
「う、うぅ・・・そんな・・・」
情け容赦ないドラゴンの宣告に、目から涙が溢れてくる。
「ふふふふ・・・だが、ワシの頼みを聞いてくれるというのなら、他の獲物を探してやってもよいぞ」
「ほ、本当に?な、なんでもするよ!」
助かる希望があるのならと、俺はドラゴンの言葉にほとんど反射的に答えていた。
「そうか・・・ならば、今食い殺すのは我慢してやろう」
その返事に満足したのか、ドラゴンは俺の上からどくと柔らかくも筋肉の引き締まった尻尾で腕を巻き取り、俺の体をグイッと引き起こした。
そして、俺の片腕を尻尾で捕まえたままどこかへ向かって歩き出す。
俺・・・これから一体どうなるんだろう・・・
半ば引きずられるようにしてドラゴンの後をついていきながら、俺は徐々に湧き上がってくる不安に胸を締めつけられていた。

俺が思っていたよりもずっと早く、ドラゴンの目的地である深い洞窟が見えてきた。
その奥の方から、何やら甲高い鳴き声がキャッキャと漏れ聞こえてくる。
「ほ、本当に助けてくれるのか?」
いざ洞窟の中に足を踏み入れる段階になって、俺はその暗い穴に恐怖を覚えてドラゴンの尻尾を引っ張った。
だが俺の力ではドラゴンの歩みは全く止まることもなく、そのままズルズルと洞窟の中に引き込まれてしまう。
「少なくとも、ワシは助けてやる。ワシはな・・・」
意味深な言葉を返しながら、ドラゴンがグイッと俺の腕を引っ張る。
「わっ」
唐突に引き寄せられ、俺はバランスを失ってドサッと地面に手をついた。
そして、目の前に広がっていた光景にポッカリと口を開けたまま固まる。
深さ2m近くはあろうかという縦穴の底で、赤紫色に染まった5匹の小さなドラゴン達が飛び跳ねていたのだ。
「こ、これは?」
「ワシが出かけている間、お前がこの子供達の面倒を見るのだ」
「お、俺が?」
予想外の一言に、驚きの表情を浮かべてドラゴンの方を振り返る。
だが、ドラゴンは何も言わずに俺の体にグルリと尻尾を巻きつけると、ゆっくりと仔竜達の巣穴の底へと俺を降ろした。
「ふふふ・・・わかっているとは思うが、もし子供達に何かあったときは・・・命がないと思え」
「ま、待ってくれ!」
慌てて上に登ろうと穴の縁に手をかけた俺を、ドラゴンが首を伸ばして覗き込んでくる。
「黙って言うことを聞いておれ・・・この牙の餌食にはなりたくなかろう?」
そう言って、ドラゴンが唾液に濡れ光る凶器を口の端から覗かせる。
「う、うぅ・・・」
その恐ろしさに力が抜け、俺はドサッと穴の底にへたり込んだ。
「もし逃げ出したりすれば臭いでわかるのだからな。ふふふふ・・・では、頼んだぞ」
「そ、そんな・・・」

絶望の表情で穴の上を見上げる俺をその場に残すと、ドラゴンはクルリと背を向けて再び洞窟の外へと出ていった。
ふと横を見ると、突然穴の中に入ってきた巨大な侵入者を警戒するように5匹の仔竜達が身を寄せ合うようにして俺を睨みつけている。
とにかく・・・彼らが怪我をしないように見ていればいいのだろうか?
仔竜達はみな体長50センチほどのずんぐりした体で、短いながらもフサフサと鮮やかな赤紫色の毛を生やしていた。
一見するとまるで変わった色の犬か何かに見えるが、細長く伸びた顎と頭頂から生えた小さな黒い角が、それが紛れもなくドラゴンの子であることを示している。
巣穴は直径4mほどのいびつな円形で、あの親のドラゴンがこの子供達のために掘ったものなのだろう。
「な、なぁお前達・・・仲良くしような?」
とりあえず彼らの警戒を解こうと、俺はできる限り自然な笑みを浮かべて怯える仔竜達ににじり寄った。
「キュ・・・キュウウ・・・」
「キャッ!キャキャッ」
俺が近づくにつれて壁に体を押し付けるように小さく体を丸める者もいれば、まるで威嚇するかのように甲高い声を上げて小さな両手と口を広げる者もいる。
その口の中にも、小さいながら尖った牙の断片がいくつも見て取れた。
あれに思い切り噛まれたら・・・指の1、2本は食い千切られてしまうんじゃないだろうか・・・?
内心ビクビクしながらも更に接近を試みた次の瞬間、今まで壁の隅で固まっていた仔竜達がパッと散り、一気に俺に向かって飛びかかってきた。
「わ、わあああっ!」
小さなドラゴン達の突然の反撃に、俺は思わず情けない悲鳴を上げていた。

1匹の仔竜が、驚いて後ろによろけた俺の腹にボスッと体当たりした。
その衝撃で固い地面の上にドサッと尻餅をついてしまう。
さらに残った4匹の仔竜達が一斉に俺の上へとのしかかってきた。
「わわわっ」
小柄とはいえ40kg以上もある子供達の圧迫に耐えかね、慌てて彼らを跳ねのけて地面にうつ伏せになる。
だが仔竜達はそれにもお構いなしに背中の上へとよじ登ると、俺の髪の毛を引っ掴んで上に引っ張った。
「キュキュッ!」
「キャウ、キャウ!」
「ぐあっ」
甲高い声を上げながらはしゃぐ仔竜に思い切り首を仰け反らされ、俺は髪を引っ張られる痛みと圧迫された首の苦しさに呻き声を上げた。
多分、彼らは遊んでいるだけなのだろう。
その証拠に、抵抗を封じられた俺の横で数匹の仔竜達が楽しそうに騒いでいる。
ようやく背中に乗った暴れん坊が掴んでいた髪を離し、俺はそのままグッタリと地面に横たわった。
とりあえず、遊び相手としては認められたということなのだろうか。
まださほど尖ってもいない鉤爪で俺の服をあちこち引っ掻き回す仔竜達の暴挙に耐えながら、俺は少しだけ気持ちが落ちついたような気がした。

日が西に傾きかけた頃、ワシは大きめの鹿と猪を狩って洞窟へと戻ってきた。
これだけの食料があれば、たとえ妻が何も獲物を獲ってこなかったとしてもあの人間にまでは手を出さぬだろう。
まあ、当面の問題はどうやってあの人間の存在を妻に認めさせるかの方なのだが。
洞窟の中に入ると、ワシは獲物を地面に置いて子供達の巣穴の中を覗き込んだ。
予想通りというのか、人間は酷く疲れた様子で穴の壁に背中を預けて座り込んでいて、子供達がその周りでスヤスヤと小さな寝息を立てて眠っている。
彼らに噛みつかれたのかそれとも引っ掻かれたのか、人間の着ていた服はすでにあちこちに穴が空いてボロボロになっていた。
「帰ったぞ」
ワシの声に、人間がゆっくりと顔を上げた。
顔の所々に赤く爪の跡がついていて、彼がこの数時間子供達の相手をするのにどれ程苦労したのかが見て取れる。
「あ、ああ・・・」
ロクに返事を返す気力もないのか、人間はそれだけ呟くと再び蹲ってウトウトと首を振り始めた。
この様子を妻が見たら一体何と言うだろう?
なぜここに人間がいるのかとワシを問い詰めた後、疲れ切ったあの人間をペロリと食ってしまうのだろうか?
それとも、別に構わないとワシにも自由な時間を許してくれるのだろうか?
考えてみれば、この人間には酷なことをしたものだ。
妻がどういう態度を取るにしろ、恐らく彼はもう生きてここから出て行くことはできないだろう。
ただ妻に食われるのがいつになるかというだけの違いなのだ。

ドス・・・ドス・・・
「む?」
突然聞こえてきた大きな足音に後ろを振り向くと、夕闇の中から赤紫色の大きな塊が洞窟の中に入ってくるのが見えた。
いよいよこの人間と、そしてワシの運命が決まる時間がやってきたのだ。

「帰ったわよ」
「う、うむ・・・」
毒々しいと言っても差し支えないような赤紫色の毛に覆われた妻は、巨大な体をユサユサと揺らして背に乗せていた2頭の鹿を地面に振るい落とした。
ワシの頭ですら一呑みにできそうな大きな顎に、一体どういう肉付けをすればこのような美しさになるというのだろう。
見上げるような高さにある妻の顔は、今日も獲物を探すような妖しくも危険な眼差しを辺りに振りまきながら輝いていた。
「あら、何か言いたそうね」
心の動揺を見透かされたのか、妻の方が先に口を開く。
ええい、怖気づくな・・・ワシの自由のためだ、なんとしてでも妻にあの人間が子守りをすることを認めさせなければ・・・
「いや・・・その、実はな・・・」
むう・・・だめだ・・・情けないことだがとても面と向かってはこの妻に強く物言いすることができぬ。
ワシは仕方なく、黙って巣穴を覆い隠していた体を寄せて妻に子供達の様子を覗かせた。
気持ちよさそうに眠る子供達の横でグッタリしている人間を一瞥し、妻がワシの方にギラリと問い詰めるような視線を向ける。
「なんで子供達と一緒に人間がいるのよ?」
さすがに、子守りをサボりたいがための代わりをとは口が裂けても言えぬ。
何か適当な理由が必要だろう。
「こ、子供達が退屈そうだったのでな・・・人間を遊び相手につけたのだ」
「ふ〜ん・・・」
いかにも疑わしそうな目でワシと人間を交互にじろじろと眺めた後、妻は地面に置いた獲物の方へクルッと向きを変えて言った。
「別にいいわよ、子供達に危険がないなら」
その言葉に、恐る恐る我々の会話を聞いていた人間以上にワシもホッと胸を撫で下ろす。
だがその直後、妻が首だけをこちらに振り向けてボソリと一言呟いた。
「それに、いざというときは非常食にもなるしね・・・うふふ・・・」

ひ、非常食?それって、やっぱり俺を食うってことなのか・・・?
穴の上で交わされるドラゴン達の会話に聞き耳を立てながら、俺は非常食という言葉に心臓の鼓動が跳ね上がったのを感じた。
バリッムシャッグシャッ・・・
「な、何だ・・・?」
唐突に何かを咀嚼するような大きな音が聞こえ、俺はゆっくりと起き上がると穴の上に手をかけてそろそろと顔を上に突き出した。
「ひ・・・」
そして目の前で繰り広げられていた光景に恐怖を覚え、ずるずると再び穴の底へと滑り落ちる。
あの雄のドラゴンなどより何倍も大きな恐ろしい赤紫色のドラゴンが、こちらに背を向けたまま両手に掴んだ猪と鹿をバリバリと貪り食っていたのだ。
グシッモグッボリッボリッ
美味そうに太い尻尾を左右に揺らしながら、口の端からポタポタと憐れな獲物達の血を滴らせている。
「う・・・ううぅ・・・」
その光景に、俺は自分もいずれああなるのかと穴の底でブルブルと震えていた。

ゴクンという洞窟中に響き渡るような嚥下の音とともに2頭の鹿と猪を平らげると、妻は残った鹿をワシの前に放り出して広い寝床の上で眠りについてしまった。
結局のところ、妻はあまり子供達のことなど気にかけていないのだろう。
人間を代わりにつけてまで子供の面倒を見ようとしているワシが馬鹿らしく思えてくる。
ワシはおとなしく残された鹿をムシャムシャと頬張ると、怯えた目でガタガタと震えていた人間に声をかけた。
「心配するな・・・ワシも昼間は狩りに出て獲物を獲ってこよう。そうすれば、お前も妻に食われずに済む」
そして人間が無言でコクコクと頷いたのを確認すると、ワシは膨れた腹を抱えて寝床の上に蹲った。
やれやれ・・・これからどうなることやら・・・

しばらくして闇に包まれた洞窟内が静かになると、俺はようやく人心地ついてゴツゴツした岩の地面に横たわった。
「はあ・・・なんでこんなことに・・・」
そして仔竜達に引っ掻かれてボロボロになった自分の服を見ながら、深く溜息をつく。
ドラゴン達が眠りについたとしても、俺にはもう逃げ出そうなどという気力は残されていなかった。
なにしろ、俺はドラゴンの食事の光景を見てしまったのだ。
もし逃げようとしてドラゴンに捕まったらどうなるのかをこれ以上ないほどはっきりと見せつけられ、彼らに歯向かう気概などとうの昔に砕け散っている。
やがて子守りの疲労と死の恐怖に消耗して、俺は無造作に地面に転がったままの格好で眠りについた。

シュル・・・シュルシュル・・・シュッ
「むぐっ!?」
だがその時、突然穴の底で眠っていた俺の体になにか暖かく柔らかいものが巻きつけられた。
声を上げようとした俺の口にもその何物かが巻きつけられ、口を封じられたまま穴の上へゆっくりと引き上げられてしまう。
そして闇の中に浮かんだ2つの妖しい輝きを目の当たりにして、俺はあの雌ドラゴンの尻尾が巻きつけられているのだと悟っていた。
「む・・・むぐ!むぐぅ〜!」
恐怖に駆られて辺りを見回すが、頼りになりそうな雄のドラゴンはゴオオッと空気を震わせるような鼾をかきながら寝床の上で眠っている。
やがて恐怖でパニックに陥る俺の様子を楽しむように、黄色く光るトカゲのようなドラゴンの眼が細められた。
「ん〜!ん〜〜!」
誰か!誰か助けてくれ!このままでは食われてしまう!
だが必死で声を上げようとしても、きつく口を締めつける尻尾の猿轡が外れることは決してなかった。
成す術もなく地面の上に体を広げられ、両手を巨大なドラゴンの腕で地面に押しつけられてしまう。
「んぐ〜〜〜!む〜〜〜〜〜〜〜!」
どんなに激しく暴れてみても、口と腰を巻き取ったドラゴンの尻尾がその抵抗を無力化してしまう。
俺が万策尽きたのを確認すると、ドラゴンは口の端から突き出た巨大な牙を振りかざしてすでに穴だらけになっていた俺の服をビリビリと破り始めた。
ドラゴンから逃れようと弱々しく首を振る間に、あっという間に服を全て引き千切られて裸にされてしまう。
そして、べろぉっと分厚い舌が俺の胸板を舐め上げてきた。
ひいいぃぃ・・・いやだ、いやだあああ・・・
胸を擦り上げる舌の感触と背筋を駆け上がってくる寒気に、ビリビリと体が震えてしまう。
もう食われるしかないという絶望感に、俺は口を塞がれたまま涙を流して喘いでいた。

ペロッレロレロッ
なおも執拗に、ドラゴンが露出した俺の体を舐め回していた。
生暖かい吐息と唾液が冷えた体の上をなぞる度に、ぞわぞわと耐え難い恐怖が湧き上がってくる。
そして一通り俺の体を舐め尽くすと、ドラゴンは俺の耳元に巨大な口を近づけて囁いた。
「うふふふ・・・なかなかおいしそうね・・・」
恐ろしさにきつく閉じられた目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出す。
ペロンと俺の顎を掬い上げるように最後の一舐めをした後、黄色い眼が俺の眼前でユラユラと揺れた。
「そんなに恐がらなくてもいいわよ。まだ誰もあなたを食べるなんて言ってないでしょ?」
そう言いながら、ドラゴンが俺の口を塞いでいた尻尾を緩める。
だが口がきけるようになっても、俺にはすでに叫ぶ力も勇気も残されてはいなかった。
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして、しゃっくりをあげながらドラゴンに問い返す。
「あう・・・う・・・ほ、ほんとに・・・?」
「ちょっと私の暇潰しにつき合ってくれると嬉しいんだけど・・・どう?」
ドラゴンは相変わらずどこか安心できない目つきで俺の顔を眺めると、ニヤリと笑った。
「ひ、暇潰しって?」
「あら、みんな寝静まった後じゃなきゃできないことっていったら、1つしかないじゃないの」
そう言って、ドラゴンがクスクスと笑い声をあげる。
なんとなくその答えに予想はついたものの、俺は敢えて黙っていた。

「鈍い人間ね。これに決まってるでしょ?」
俺が黙っていたせいか体に巻きつけられていた尻尾が解かれ、無防備な姿を曝け出していたペニスの裏側を肌触りのよいフサフサの尻尾でスリッと擦り上げられる。
「はうっ・・・ま、待ってくれよ、何で俺が・・・」
唐突に与えられた快感にビクンと体を跳ねさせながら、俺はか細い声を絞り出した。
「あら、嫌なの?・・・ふーん・・・別にいいけど」
「え・・・?」
やけにあっさりと諦めるドラゴンの様子に、嫌な予感が募る。
「あー、なんか急にお腹が空いてきちゃったわ。今から獲物を探しにいくのも面倒だし・・・」
ま、まさか・・・
「うふふ・・・どこかに何か食べられるものでも転がってないかしら・・・ね?」
独り言のようにそう呟きながら、ドラゴンが最後にジロッと俺を見下ろす。
「あ、ああ・・・そんな・・・」
「あら、そういえばちょうどよさそうなのがここにいたわね・・・うふふふふ・・・」
「く、食わないって言ったじゃないかぁ・・・」
だがそんな抗議も空しく、鋭い牙を生やしたドラゴンの凶悪な顎が俺の顔に突きつけられる。

「あなた、本当は子供達の遊び相手なんかじゃなくて、代わりに面倒みてくれって言われたんじゃないの?」
「うう・・・どうしてそれを・・・」
「ほらやっぱり。でも夫はともかく私の役に立ってくれないのなら・・・あなたを生かしておく理由はないわね」
ドラゴンはそれだけ言うと、俺の体など一口で飲み込んでしまえそうな巨大な口をガバッと開いた。
「わああ!わかった、つき合う!つき合うから食わないでくれぇ!うぐっ」
恐怖に駆られて叫んだ直後、雄のドラゴンなどとは比較にならないほど大きい鎌のような鉤爪を生やした手が、俺の口をグッと塞ぐ。
「ほら、騒いじゃだめよ。夫が起きちゃうじゃないの」
「あうぅ・・・」
俺が観念したのに満足したのか、ドラゴンは含み笑いを漏らしながら黄色い眼をさらに輝かせていた。

「うふふふ・・・それじゃ、遠慮なく頂くわね・・・」
俺の両手を地面に押しつけたまま、ドラゴンは腰を浮かせて体を揺らめかせた。
視界を塞ぐ巨竜の影に、否応無しに不安が膨れ上がっていく。
大きい・・・あまりに大きすぎる。
このドラゴンの巨大さに比べたら、あの雄のドラゴンでさえまるで子供のように見える。
むしろなぜこうまでサイズの違う雌雄がともに暮らしているのか疑問に思うほどだった。
ドラゴンの股間に咲いた真っ赤な花びらがグワッと花弁を広げ、恐怖に縮み上がった俺のペニスに狙いをつける。
「はあ・・・あ・・・」
息の詰まるような圧迫感が、その場を支配していた。
膣と呼ぶにはあまりに深く、また性器と呼ぶにはあまりに凶悪で、見る者を恐怖と絶望の淵に叩き込むような絶対的なドラゴンの秘所が、俺の目の前でグチュグチュと音を立てて蠢いている。
「うああ・・・や、やっぱり待って・・・」

喰 わ れ る

本能的に脳裏に刻みつけられたその言葉に、俺は首を振って拒絶を示していた。
だが、ドラゴンはそれを知ってか知らずかウットリと恍惚の表情を浮かべたままゆっくりと腰を下ろしてきた。
クチュ・・・クチュル・・・
「ひっ・・・!」
ドラゴンの持つもう1つの口にペニスが徐々に飲み込まれていく様を見せつけられながら、俺はじわじわとせり上がってくる快感に身を震わせた。
ヌチュ・・・クチャァ・・・
淫靡な膣でペニスを根元まで飲み込んだまま、ドラゴンが俺の顔を覗き込む。
「うふふ・・・どう?なかなか悪くないでしょ?」
「た、頼む・・・もう許してくれぇ・・・ひぃぃ・・・」
ただ入れているだけでペニスを舐めしゃぶられるような感覚にとらわれ、俺は早くも白旗を上げていた。
「あら、何を言ってるのよ。これからが本番でしょ?」
そう言いながら、たった1度だけドラゴンが前後に腰を揺り動かす。
ズリュッグシュルッ
「は・・・う・・・」
唐突に加えられた前後運動に体がついていけず、熱く蕩けた膣の中でペニスが肉襞に思いきり擦りまくられた。
だが悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を上げようと呼吸を引きつけた直後、ドラゴンが鋭い視線で俺を睨みつける。
"騒げば食い殺すぞ・・・"
背筋の凍るようなメッセージをその視線から読み取り、俺は喉まで出かかった叫び声をゴクリと飲み込んだ。

「う・・・くぅ・・・」
「うふふふ・・・いい子ね。でも、これでも耐えられるかしら?」
愉快そうな笑みを浮かべながらドラゴンが地面に押しつけていた俺の手を離し、刃物のような鉤爪の先で俺の脇腹をつつーっと撫で上げる。
と同時に、再びドラゴンの巨大な腰が前後に激しく振り回された。しかも、今度は3度も。
「うぅっ!うぐぐぐ・・・む〜〜〜〜〜〜!!」
とても人間には耐えられぬ強烈な快感に、俺は悲鳴を上げぬように両手で口を強く押さえて悶え狂った。
一瞬にして股間にこみ上げてきた射精感を抑えきれず、ドシュッとドラゴンの膣の中に1度目の精を放つ。
「あら・・・うふふふ・・・予想通り、なかなかおいしいわよ・・・」
「も、もうやめて・・・おね・・・が・・・い・・・ああっ!」
楽しみの中断を主張する俺を戒めるかのように、ペニスがズリュッとしゃくり上げられる。
その快感に思わず小さな悲鳴を上げてしまい、俺は慌ててドラゴンの顔色をうかがった。
「うふふ・・・まだ始まったばかりよ?それに私に付き合ってくれなきゃどうなるかは、わかってるわね?」
「ひぃぃぃ・・・た、助けて・・・」
美しい声と顔に似合わぬ恐ろしげな牙をこれ見よがしに剥き出しながら、ドラゴンは俺のペニスを容赦なく貪り始めていた。

「ほ、ほんとに・・・助けてくれるのか?」
あまりの快楽にこのまま悶え死にそうな不安を抱え、俺は恐る恐るドラゴンに念を押した。
「さあどうかしら?あんまり早く気絶しちゃったりしたら、次に気がついたときは私のお腹の中かもね」
「そ、そんな・・・」
グチュッグチュッ
「はぁぅ・・・」
次の反論を封じ込めるかのように分厚い肉襞が翻り、俺のペニスをグリグリと擦り潰す。
半ば予想はしていたその責めに両手をグッと握り締めて堪えると、俺は半分涙を浮かべた顔でドラゴンの顔を見つめ返した。
最早どんな命乞いをしたとしても、このドラゴンは聞き入れてはくれないだろう。
俺が生き延びるためには、この美しくも残虐なドラゴンの暇潰しにひたすら耐え忍ぶよりほかにないのだ。
「うふふ・・・じゃあ覚悟を決めたところでそろそろ・・・本気で行くわよ」
ドラゴンがそう言うと、脇腹に触れていた太いドラゴンの腕がガッシリと地面を踏みしめた。
俺の上に完全に覆い被さるようにして、軽く腰が浮かされる。
「声を上げないように、せいぜいその口をしっかりと押さえていることね」
チラリと眠っている夫を一瞥した後、ドラゴンが淫靡な視線を俺に注いだ。

声を上げる間もなく、ドラゴンの腰がゆっくりと前後に動き始める。
ズチュッ・・・ヌチュッ・・・クチュッ、ゴシュッ、グリッズリュッドシュッ・・・
「ん、んん〜・・・んぐ〜〜〜〜〜〜!」
言われた通りに必死で口を押さえながら、俺は次第に早くなっていくドラゴンの腰使いにバタバタと身を捩った。
巨大な膣に根元までガッチリと咥え込まれたペニスが俺の体ごと激しく前後左右に揺さぶられ、怒涛の快楽が電流のように何度も何度も体内を駆け巡る。
「うふふふ・・・いつまでもつかしらね・・・」

「ぬぐ〜〜!うう、うああ〜〜ぶぐっ・・・・・・」
耐え切れずに口を離して悲鳴を上げようとした直後、ドラゴンが俺の顔をその手でがっしりと押さえつけた。
「自分で押さえられないのなら、手伝ってあげるわ」
グシュグシュグシュグシュグシュッ・・・
恐ろしいほどの勢いでペニスが弄ばれ、振動と愛液と肉襞の輪舞に蹂躙される。
ビュビュ〜〜〜!
「ん〜〜!ん〜〜〜!!」
限界を超えた快楽に再び精を搾り取られ、それと同時に涙腺に貯め込まれていた涙がドバッと溢れ出した。
俺の顔を掴んだフサフサのドラゴンの手が、見る見るうちに涙に濡れていく。
「うふふ・・・うふふふふふふ・・・・・・」
成す術もなく精を捧げるだけの人形と化した俺を眺めながら、ドラゴンが冷たい笑みを浮かべた。
なおも容赦なく、ドラゴンが俺を嬲る腰に勢いをつける。
た、助けて・・・ああ・・・も、もうだめ・・・いやだ・・・食われるのは・・・い・・・やぁ・・・
ガクガクと振り続けられるドラゴンの膣にひたすらに犯され、俺は薄れゆく意識の中で死を予感した。

三度襲ってきた射精の快感に耐えられず、人間はかっと目を見開いたままガクリと気を失った。
余程あの脅しが効いたのか、あまりの死の恐怖に気絶した顔にも絶望の色がありありと浮かんでいる。
私は人間の頭を掴んでいた手を離すと、涙に濡れたその顔を清めるように一舐めして聞こえぬ耳に囁いた。
「うふふ・・・食べるなんて冗談よ・・・私のもとにきた以上、末永く可愛がってあげるわ・・・」
ぐったりと横たわった人間に尻尾を巻きつけ、元通りに子供達の眠る巣穴の底へゆっくりと降ろしてやる。
毎夜の楽しみができて、私は静かな笑みを湛えたまま再び寝床の上に寝そべった。

「じゃああなた、今日も子供達をお願いね」
翌朝、妻はいつも通りに朝早く起き出すと、眠ったフリをしていたワシに一言言い残して出掛けていった。
全く・・・いつもいつもワシに面倒ばかり押し付けおってからに・・・
だが、今日は昨日までとは違う。ワシの代わりに子供達の面倒を見てくれる、従順な人間がいるのだ。
妻が外に消えていったのを確認すると、ワシはのそりと起き上がって巣穴の底を覗き込んだ。
いつの間に服を脱いだのか、裸になった人間が寒さを凌ぐように2匹の子供達を両手に抱えて眠り込んでいる。
まあ、子供達に引っ掻かれてすでにボロ布のようになっていた服だ。どこかへ脱ぎ捨ててあるのかも知れぬ。
ワシが覗き込んだ気配に気付いたのか、声をかけようとする直前に人間が目を覚ました。
「ん・・・おはよう・・・」
相変わらず寒そうに子供を抱き抱えたまま、人間が呟く。
「ワシもこれから狩りに出掛けてくる。その間、子供達のことは頼んだぞ」
地面に転がったまま人間が頷いたのを確認すると、ワシはウキウキと洞窟の外へ出て行った。
「・・・うふふ、やっぱり出てきたわね・・・どうなるか見てなさいよ・・・」
その時、言いつけを破って出掛けたワシの姿を妻が遠くから覗いていたなど、ワシは夢にも思わなかった。

「キュウ・・・」
「キャウッキャウン」
眠気に再び眼を閉じようとした俺の耳に、起き出した仔竜達の甲高い泣き声が聞こえ始めた。
今日もまた、このやんちゃなドラゴン達の相手をしてやらなければならない。
だが仔竜達も俺の存在に慣れてきたのか、もう勢い余って腕に噛みついたりするようなことはなくなっていた。
それにしても、よくあの大きなドラゴンに食われずに済んだものだ。
いや、もしかしたらこれから毎晩、俺はあの恐ろしい暇潰しとやらにつき合わされるのかもしれない。
凶悪なドラゴンの牙を目の前に突きつけられては、所詮人間の俺に抗う術などありはしないのだから。
おとなしくなった仔竜の頭をサワサワと撫でながら、俺はいつまで生きていられるのか憂うようになっていった。

タタッという足音が、背後からワシの耳に届いた。
そちらを振り向くと、やや大きめの鹿が1頭、木の陰から飛び出したのが目に入る。
どうやら、今日最初の収穫になりそうだ。
ワシは逃げようとした人間を捕えた時のように木々の間を縫って素早く鹿に飛びかかると、その頭をガッと地面に強く叩きつけて首の骨を折った。
小さな断末魔を残して息絶えた鹿を見下ろし、ふうと一息つく。
だが次の瞬間背後から大きな赤紫色の腕が伸びてきて、ワシの仕留めた鹿を奪ってしまった。
「おのれ、なに・・・を・・・」
獲物を横取りされた怒りに思わず背後を振り向きながら不埒者を睨みつけ、そして恐怖に固まる。
あの大きな鹿をゴクンと丸呑みにしてしまった妻が、ニヤニヤと危険な笑みを浮かべながらワシを見下ろしていた。

なじるような妻の視線に耐えかね、ワシはサッと顔を背けて平静を装った。
「な、なんだお前か・・・こんな所で一体なにを・・・」
だがその瞬間大きな手がワシの顎をガシッと掴み、そのまま無理矢理妻の方へと顔を向けさせられる。
「ちゃんとこっちを向いて言ってよ。私が怖いのかしら?」
そう言ってワシの自尊心をズタズタに引き裂いてから、妻がスッと目を細める。
「それで・・・子供達の面倒はどうしたの?」
「う・・・い、いや、子供達が腹を空かせてそうだったのでな・・・何か食べ物を・・・」
「うふふ・・・嘘ばっかり。あの人間に代わりに面倒見てくれるように言ったんでしょ?」
全てを見透かしたように、妻がワシの顎をクイクイと指先で弄ぶ。
「な、なぜそれを・・・」
「あの人間をちょっと脅したら、素直に吐いてくれたわよ」
そう言うと、妻は怯えるワシの目をじっと睨みつけてきた。
「今すぐ戻りなさい。さもないと・・・あの人間より先にあなたを食べちゃうわよ」
「う、な、何だと?そんなこと・・・」
そう反論しかけた途端、妻は突然声に殺気を含ませてワシを一喝した。
「いいわね?」
「あぅ・・・わ、わかった・・・」
ようやくきつく掴まれていた顎を解放され、ワシは妻が目を光らせている中トボトボと洞窟に向かって歩いて行った。

うう・・・なぜだ・・・なぜワシには自由な時間が与えられぬのだ・・・?
子供達の面倒を見るのは妻の役目ではないか。なのにワシが逆らえぬのをいいことに・・・
それに、あの人間はワシがこれまで1度も寝かしつけられなかった子供達をしっかりと寝せていた。
妻にとって、子育てもロクにできぬワシなどもう必要ないのかも知れぬ。
いっそ、このままどこかへ消えてしまおうか・・・

深い葛藤に悩まされながらも、ワシはやはり洞窟へと足を向けていた。どうせ他に行くあてなどないのだ。
音を立てぬようにそっと巣穴の中を覗くと、人間が子供達と楽しそうに遊んでいる。
ワシが連れてきたはずなのに、いつのまにかこの人間はワシに取って代わろうとしていた。
この洞窟の中にですら、もうワシの居場所はなくなりつつあるのだ。
その事実に憤りを感じ、思わず人間の体に尻尾を巻きつけて上へと持ち上げる。
「うわっ!」
突然の事態に、人間が驚きの声を上げた。
「おのれ・・・お前のせいでワシは・・・ワシは・・・」
それが逆恨みであることは重々承知していたが、ワシは情けなさとやるせなさに人間を噛み殺そうと大きく口を開けた。
「うわ、わあああああ!」
何の予告もなしに向けられた殺意の牙に、人間が悲痛な叫び声を上げる。
それに反応して、子供達がキャンキャンと大声で喚き立て始めた。
「キャウキャウッ!」
「キュイッ!」
「キュキュウッ!」
それに驚いて巣穴を覗くと、子供達が必死で持ち上げられた人間の足を掴んで引っ張っている。
「何だ、この人間を殺すなというのか?」
そう問いかけると、5匹の子供達が一斉にコクコクと首を縦に振った。
「う、うぅ・・・うおおおおおおおおおおお!」
そのあまりの衝撃に、ワシは人間を穴の底へと降ろすと大声を上げて洞窟の外へと走り出していた。

「ふう・・・ふう・・・」
失意と悲しみに我を忘れて森の中を駆け抜け、大きな木の陰で荒い息をつく。
「う・・・ううぅ・・・」
自分の子供達までもに拒絶され、ワシはもう完全に行き場をなくしてしまっていた。
憔悴した顔で辺りを見回し、そばにあった大木に視線を止める。
これは・・・あの人間を捕えた時にワシが隠れていた木ではないか。
人間を襲った時に弾き飛ばされた大きな荷物が、いまだに道の向こうに落ちている。
ワシが人間に子供達の面倒を見させようなどという馬鹿なことさえ考えなければ、きっと今もワシはあの洞窟の中でゴロゴロと平和な時を過ごしていられたはずなのに・・・

そう、考えてみれば巣穴の中に卵を産み落とした時の妻の顔は、今まで見たことがないほど苦痛に歪んでいた。
産卵が終わった後も動くことができず空腹に喘ぐ妻のもとに、ワシが1日中獲物を運び続けたのだ。
そして今は妻がワシの代わりに狩りに出て、ワシのための獲物も獲ってきてくれている。
体が大きいせいかどことなく恐ろしく感じる妻ではあるが、きっと彼女には彼女なりにワシに対する恩返しのつもりでもあったのかも知れぬ。
なのにそんな妻の気も知らず・・・ワシはなんという愚かなことをしてしまったのだろう。
「うぅ・・・うぐぐ・・・ぐぐぐぐ・・・・・・」
大木のもとにガクリとくずおれながら、ワシは己の愚行を悔やんで日が暮れるまで泣いていた。

突然俺を食い殺そうとした雄のドラゴンは、結局夜になっても洞窟に戻ってくることはなかった。
一体、外で何があったというのだろう?
必死で俺の命を救ってくれた仔竜達を優しくあやしながら、徐々に夕闇に包まれて行く外の様子をうかがう。
ちょうど最後の仔竜を寝かしつけた時、ズシッズシッという重量感のある足音とともにあの大きなドラゴンが帰ってきた。
「夫は・・・帰ってきていないのね・・・」
キョロキョロと辺りを見回した後に平坦な声でそう呟き、ドラゴンが背に乗せていた4頭の猪を地面に落として食べ始める。
その食事の光景を見ないようにして巣穴の底に隠れていると、やがてバリバリという咀嚼音が聞こえなくなった。
何事かと思って穴の縁から顔を出すと、すでに食事を終えたドラゴンが寝床の上に丸まって目を閉じている。
だが地面の上には、まるで消えた夫の帰りを待つかのように手付かずのままの猪が1頭だけ残されていた。
あの恐ろしいドラゴンも、表面上はどうあれ夫の帰りを待っているのだろう。
残虐さばかりが目立っていた雌のドラゴンに、俺はその時初めて優しさの一端を垣間見た気がした。

辺りが静寂と闇に包まれると、ワシはようやく気の抜けた四肢に力を送り込んだ。
妻からも子供からも必要とされぬこの打ちひしがれた身を、一体どこで癒せばいいのだろう。
帰巣本能が働いているというべきか、歩き始めるとどうしても洞窟のある方向へと足を向けてしまう。
仕方ない・・・帰ろう。たとえ妻に食い殺されることになっても、もはやそれはそれで構わぬ。
朝から何も食べていない腹が空腹を訴え始めたが、ワシは獲物を探す気力もなくただただ洞窟を目指して歩き続けた。

妻も人間も子供達もみな寝静まったのか、闇の中に落ちた洞窟からは何の音も聞こえてはこなかった。
妻の気配を探りながら、恐る恐る洞窟の中へと足を踏み入れる。
そして、ワシは地面に無造作に残されていた1頭の猪を見つけた。
「こ、これは・・・」
手付かずのまま残されていた大きな獲物・・・
それが妻の残してくれたものだと悟り、ワシは猪を抱えたまま音を立てぬように洞窟の外へ出た。
そして手近にあった木の根元に身を預け、手にしていた猪を見つめる。
空腹のワシには、これ以上ない最高の贈り物だった。
まだ自分の居場所が残されていたことに、声を押し殺して再び涙を溢れさせる。
「あうぅ・・・うぐぐぐぐ・・・」
流れる涙にも構わず猪にかぶりつくと、ワシは満腹の腹を揺らしながら洞窟の中に戻って眠った。

翌朝目が覚めると、目の前で妻がワシの顔を覗き込んでいた。
一瞬ドキリとしたが、すぐに覚悟を固めて妻の目を覗き返す。
「すまぬな・・・ワシは・・・」
「いいのよ。あなたは子供達の面倒さえみててくれれば・・・それに、あの人間の様子もね」
それは、あの人間を逃がすなということなのだろう。
昨日までのワシなら、恐らく嫌な顔をして逃れる理由の1つでも考えたかも知れぬ。
だが、これがワシの仕事だというのなら、それを受け入れるとしよう。
「・・・わかった」
「じゃあ、お願いね」
妻はそう言うと、いつも通りどこかへと出掛けていった。
ほんの少し、妻に対する恐れが軽くなったような気がする。
ワシは昨日と同じように子供達を抱いて眠っている人間を覗き込むと、巣穴の上に半分首を突き出したまま蹲った。
そのゴソゴソという物音に、人間が目を覚ます。
人間はワシの顔を見るとビクッと身を縮めたが、抱いたままの子供を離そうとはしなかった。
「お、俺を食う気か?」
「いや、お前が逃げぬように見張っているだけだ。それがワシの仕事だからな」
その言葉を聞き、人間が少しだけ緊張を解いた。

「もしよければだが・・・」
「?」
巣穴を覗き込んだ雄のドラゴンが、言い難そうに顔を歪めて俺に尋ねてきた。
「どうすれば子供達に懐いてもらえるのか、ワシに教えてくれぬか?」
「へ?あ、あはははは・・・」
予想外のドラゴンの質問に、思わず心の底から笑ってしまう。
「な、何がおかしいのだ!?ワシはこれでも真剣なのだぞ!」
「・・・それなら、とりあえず1匹抱いてみなよ」
俺はそう言って、腕の中で眠っていた1匹の仔竜を穴の上へと押し上げ、ドラゴンに抱かせてみた。
「キュウ・・・」
「う・・・」
小さな寝言を漏らすように、ウトウトと眠ったままの仔竜が声を上げる。
その仔竜を抱きながら、雄のドラゴンが戸惑いを隠せぬ様子で俺に視線を向けた。
「こ、これでよいのか?」
「ああ。そうやって撫でてやれば、すぐに懐いてくれるよ。あんたの子だろ?」
「そ、そうか。ふふ・・・ふふふ・・・」
途端に笑みを浮かべて仔竜をあやし始めたドラゴンを眺めながら、俺は胸の内に明るい希望が芽吹いてきたのを感じていた。

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