危険な宗教ですか?何か問題がありますか?

エホバの証人は輸血をしないというのがニュースで話題になっていた。
フランスではカルト(セクト)と認定されたと聞いたことがある・・・。

大丈夫なの?と心配な方へ。




「エホバの証人」という宗教組織は私に害悪を与えますか?

エホバの証人は私を拉致したり暴力を振るいますか?
いいえ、「エホバの証人」という宗教法人としてはそのような行為を著しく否定しています。

それでは「エホバの証人」の信者はどうですか?
エホバの証人は暴力行為を非としていますし、詐欺行為や人の心を傷つけるような行動も非としています。
しかし、それは「自分たちが良くない」と信じている範囲においてのみ、です。

一般的にエホバの証人は、社会的な常識(慣習)よりも自分たちの戒律を重視します。
例えば、子供が友達と初詣でに行くと言った場合はこれを許しません。

初詣でという行為は「異教に関わる背信行為」となるためです。
同様に、飲み会での乾杯もしません。神以外への栄光を讃える行為と信じているからです。

エホバの証人は「自分たちが良いと思う範囲」で最前を尽くしますが、戒律で非とされたものには徹底的に対抗します。


エホバの証人の戒律が厳しいという点について

戒律が厳しくそれに徹底的に従うのが「エホバの証人」なんですね。では、それによる弊害はないんですか?
「エホバの証人」という宗教組織の見解としては、厳しい数々の戒律は神慮によるものと解釈しています。
そのため、一見、多くの人が悲しんでいるという現状があるとしても、最終的には良い結果になると確信しています。

ですから「戒律により精神的苦痛がある」と訴えても、最後は良い結果になりますという対応を受けます。
「今の良く無い結果は過程である。最後は良くなる。今が全てと思うのはあなたの視点であり私はそのように考えない」
というのがエホバの証人の主張ですので、これを問題と見なすか、宗教の自由とみなすか実に難しい問題を抱えています。


ところで、戒律を破るなどの信者の問題はエホバの証人内でどのように扱われているのですか?
エホバの証人は信者同士で起きた問題を「宗教組織内で処理する」という教理を持っています。

例えば、信者の男性Aと信者の女性Bが不倫をしたとします。
本来これは家庭裁判所で争う内容と思われますが、エホバの証人では幹部信者を交えて当事者間で話し合うようです。
こうした問題の取り扱いを審理委員会と呼ぶようですが、これは関係者だけで秘密裏に行われ、他人がその判断経緯を傍聴することは一切許されていません。

また、弁護制度も無く、一般の裁判制度のような明確な判例や法律もなく、個人のある程度自由な裁量が許されている聖書を基準に裁定するため、地域ごとにその対応には違いがあるようです。

例えば、信者となった学生同士が婚前交渉を行い妊娠までするといった事態に大して「本人達が反省しているので破門しない」というケースもありますが、結婚していない信者の男女が仲良く街を歩いていると「婚姻前の異性間の親しい交流は神に非とされている」と破門を受けたという事例もあるようです。



その宗教裁判のようなものではどんな制裁があるのですか?
実のところ、破門されるか否か、一定期間の宗教活動の制限があるか否か、それだけです。
別に罰金があるとか殴られるとかそういったものはないようです。


では宗教裁判をここで問題かのように提起したのはなぜですか?
この宗教裁判よりも、破門されることに多大な恐怖心を持つ信者が多いため、この宗教裁判システムにより元信者が著しい精神的苦痛を味わったことを報告したり、「神に見捨てられた」と自暴自棄になった人のケースが幾つかネットなどを通して話題になりつつあるからです。


よく解りません。破門されたぐらいでなぜ元信者は落胆するのですか?
「エホバの証人」は今の人間社会を一時的なものと考えており「そもそも、人間の政府はいずれ滅ぶ」と信じています。
また、救いを受けるには神に認められるため、熱心な宗教活動を多くの時間を割いて行うべきとも考えています。

そのため、社会的に高い地位にあった人が入信後はその全ての地位を捨てて、多くの時間を布教活動に費やしたり、倍率の高い大学へ進学が可能であった信者の学生が高卒という進路を選択し、パートタイムの仕事を行いながら布教活動を行ったりするようです。

そうした人にとって、宗教以外にはもはや何もありません。
仕事よりも宗教を優先させるため、資産がありません。中には年金すら惜しむ信者もいるようです。
また、信者以外との交遊を最小限にしようと勤めるため、人間関係が信者の人達だけになる人も少なくないようです。

つまり、そういった人にとって「エホバの証人」は社会基盤そのものとなっており、
破門されるということは単に心情的な悲嘆だけでなく、社会的に行き場を失うということを意味しています。


仕事などより宗教を優先させるという人達ゆえに破門が恐れてるのは解りました。でも、時間をかければ仕事も見つかるでしょうし、また一般社会の人間関係も築けるのではありませんか?
勿論、破門されすぐに社会復帰した人も大勢います。
しかし、一般的に「二世」と呼ばれるエホバの証人の信者同士が結婚し、その間に生まれた子供は一般社会になかなか参加できないようです。

学校では信者以外の学生ばかりですが、そうしたクラスメイトと親しくすることを避けるよう親が要求します。
また、テレビ番組やインターネットは、エホバの証人の戒律では「推奨できない情報源が多くある、それより教理を学ぶように」と進められているため、禁じられている場合があります。

また、冠婚葬祭もエホバの証人の風習以外のものには参加を避ける傾向にあるので、二世と呼ばれるエホバの証人の子供達は、一般社会での慣習をほとんど知りません。

さらに、学業より宗教を優先させるよう親が求めるケースも多く、そもそも親は仕事よりも宗教を重視した生活を築いているため、資金的にも戒律的にも低学歴で社会人となる人が多いようです。
(余談ですが、「エホバの証人」の宗教法人としての見解によると、聖書を学ぶ事は大学教育に匹敵する高い教育があるそうです。)

それだけでなく、「エホバの証人」という宗教組織内でも当然ながら人間関係の相性がありますので(それはどんな集団組織でも同じです)、人によっては一般人の人間関係はほとんど無いですが、「エホバの証人」内にも友達はほとんどいません、という子供もいるようです。


もう少し問題点を解りやすく言って下さい
  • 「エホバの証人」は宗教活動を一般社会の活動(投票などの政治活動、学業や就業、信者でない人達との交流)よりも優先します。
  • 「エホバの証人」は信者同士の間でのみ深い人間関係を築こうと努めます。
  • 結果的に、財産も人間関係もなく学歴もほとんど無い社会的に立場の弱い人達が「エホバの証人」という宗教組織では必然的に多くいます。このような人達は宗教組織を抜け出した場合、一般社会での生活は困難です。
  • つまり、「間接的に信教の自由」を「エホバの証人」は行使しにくくしています。これにより、人権が損なわれ、脱退したくても社会的立場があまりに不利なため脱退できない信者が大勢いるようです。
  • また、一般のテレビや映画、インターネットなども閲覧することを「エホバの証人」は避けるように勧めています。その結果、良心的にその戒律に従った誠実な人ほど、世間知らずで破門をうけたあと、一般社会では右も左も解らずに途方に暮れているようです。



エホバの証人の問題点がよく解りました。私は個人として何ができますか?

まず、日本では信教の自由が認められています。
無理矢理、「エホバの証人」である人にその信仰を捨てるよう求めるのは、良く無いと思います。

しかし、「辞めたいと思う人が、事実上辞める事が出来ない宗教」というのは安全でしょうか?
それは本当に人の人権を尊重し、また子供達の将来を考えた行為でしょうか?

一般社会を「いずれ滅びる一時的な世界」と考えて生きている集団組織は果たして日本社会に有益でしょうか?

今の日本社会は確かに多くの問題があります。
しかし、それらを「神がいずれ何とかする」と決めつけ、「人間達がどうやっても無駄である」と
結論付けている人達が、例えばあなたの街の70%を占めたとしたら、どんな街になると思いますか?


問題点から目をそらさず、例え一人一人に限界があり、沢山のどうにもならない厳しい現実も受け入れつつも
自分なりにできる何かを行動していくほうが、他の人を考えた良い行動ではないでしょうか?

世の中に沢山の思想や価値観があり、社会は多様性を持っている事を教え、自分で考えて最前を尽くせるよう子供を育てる方が、情報を宗教の教理を軸とし、インターネットなどを禁止し、人間関係まで限定した中で子供を育てるより多くの可能性をもたらしませんか?

「エホバの証人」は、「神の深い考えにより今のような生活を送っている。これが最前のはずと信じています」と論じます。
「エホバの証人」が何を信じ、何を大切にするかは勿論自由です。

しかし、日本国民として日本社会の中で生活しながら、その社会的サービスを受けながら、働けるのに働かない=あまり納税しない、子供を熱心な宗教家になるよう育てる=少子化のこの時代にますます社会的に扶養すべき人が増えるという意味です、といった行動を行う宗教組織は良いものと言えますか?


「エホバの証人」は人に希望を与え、人生に意義を見いだし、今がなぜ生きるのに困難な時代であるかの理由を聖書より説明できると言います。

聖書には多くの情報があり、例えばなぜ人は存在するのか、どうすれば幸福に生きられるのか、神とは何か、神は何を求めているか、神は何をして下さるのか、説明できるとしています。

確かにそうしたテーマは興味深いかも知れません。
誰でも、なぜ地球は存在するのだろう?なぜ宇宙はあるのだろう?自分は死んだらどうなるのだろう?死んだ人は意識があるのだろうか?宇宙はなぜ「始まった」のだろうか?といった多くの謎があります。

しかし、一つ冷静に考えてみましょう。

そうした謎は興味深いですが、あなたの隣で寝ている愛する家族がそれを知るべきですか?
それを知る事で、社会が良くなりますか?

むしろ、「今」この「現実」で私たちが考え、知り、行動すべき点は、つまり、もっと優先度の高い行動は沢山ありませんか?


神を知らないと水が飲めなくて死にますか?
宇宙の始まりを知ると、仕事が成功し、子供が健康になりますか?



「エホバの証人」は「現世の救済ではなく現世では心の希望を持てるようにします。救済は未来にあります。」と回答するでしょう。


勿論、絶望はよくありません。
明日はテスト!という時に勉強していなからと諦めてゲームをするより、時間を惜しんで勉強した方が、「点は上がります」。

しかし、「エホバの証人」はこのような考え方です。
明日はテスト?今から勉強しても「赤点だよね?」、どうせ後で追試受ければいいでしょ。何とかなるよ。

テストで例えると、放棄してしまうことより勉強することに意義がありませんか?
実際、追試でどうにかなるとして、そのような考え方がいつでも通用すると思いますか?



このような質問を、どうぞ、「エホバの証人」に問いかけてみてください。
問いかけるだけで、それ以上は必要ありません。


そもそも、「エホバの証人」は宗教的議論を行いません。
そのような意見交換は避けるよう教えられています。

また、自分が何か疑問となる点があっても、インターネットや図書館などで自分で調べることがないようにと教えられています。

そのため、もしかするとあなたは「エホバの証人」になろうとしている人、なっている人に、そのような疑問を提起することができるかも知れません。


「エホバの証人」で検索すると多くの情報があります。
そうした情報で気になったものをピックアップし、「エホバの証人」の方に見せてあげるのも良いかも知れません。

なぜなら、そうした問題を考えるといった概念を持たない人が多いからです。


信教の自由を私たちは誰であれ尊重すべきです。
ですが、問題点があるなら同じ地域住民として、家族として、同じ日本人として、問題点を指摘したり一緒に考えてみませんか?と個人で聞いてみることはできると思います。

そのような行動を通して、「エホバの証人」がどんな人か知る事ができると思います。
また、「エホバの証人」の方だけでなく、あなた自身、より最前の決定を下すことができると思います。
2008年07月27日(日) 18:42:34 Modified by mofutegu




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