【アビグドール・リーベルマン】



イスラエルの極右派政治家。政党イスラエル・ベイテイヌの創立者。

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1958年モルドバで生まれる。幼名イヴェト。1978年イスラエルに移民。イスラエル軍で兵役。ヘブライ大学社会学科卒業。


1996年のネタニヤフ政権では首相府長官に任命されるが1年後汚職疑惑が発覚すると辞任。1999年に政党イスラエル・ベイテイヌを創立。総選挙で4議席獲得する。2000年には他の右派政党と合併し、国家統一党となる。

2001年10月には同じく国家統一党のレハブアム・ゼエビーと共に内閣から辞任を表明。しかし、辞任が受理される前にゼエビー観光大臣が暗殺される。シャロン首相(当時)の要請により、辞任を保留。結果的には2002年3月に辞任した。

エルアクサ・インティファーダの真っ最中に行われた2003年総選挙では、国家統一党党首に就任。紛争の解決法として、「トランスファー(人口交換)」を掲げ、7議席獲得した。


第2次シャロン内閣では交通相に任命。2004年6月、分離計画に反対した国家統一党党員らはシャロン首相により解雇される。


2004年末、イスラエル・ベイテイヌは国家統一党と分裂。2006年総選挙、今度は「土地交換」とアラブ系市民からの市民権剥奪を政策として掲げ、11議席獲得する。


リーベルマンの政策:
パレスチナ指導部への完全な不信が特徴。昔はアラブ人の追放を呼びかけていたが、現在はアラブ系の町とユダヤ人入植地の交換を呼びかけている。

イスラエル国内では極右として捉えられている。左派からは人種差別主義者でアラブ人嫌いとして見られている。しかし、ロシアからの移民、特にイスラエル生活が長い移民からは、ロシア系移民の代表として捉えられている。

政策の変化については、右派からは、大イスラエル主義を諦めパレスチナ国家樹立を認めたとして見られ、左派からは、土地交換計画はアラブ系市民の市民権を剥奪する為、危険な思想だとして見られている。
2006年10月23日(月) 15:44:48 Modified by moshejp




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